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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第二章 推理と真実
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第二章 その一

「千坂さんっ!」

 千坂の姿を確認した鈴音は真っ先に千坂に駆け寄る。どうやら応急手当は終わっているようだが、包帯から染み出している血が千坂の怪我が決して軽くない事を物語っていた。それだけではない。千坂の身体には怪我をしていない箇所にも血が付着している。それが何を物語っているかは鈴音には分かりはしないが、千坂の怪我が思っていたよりも軽いようで少しだけ安心する事が出来た。

 けど千坂が怪我を負っている事には変わりない。だから千坂を見て鈴音は動揺を隠せなかったが、千坂は鈴音の顔を見て安心したかのように笑みを浮かべて鈴音に話し掛けてきた。

「よかった、ご無事だったんですね。鈴音さん」

「私が無事って、いったい何があったんですか?」

 そんな鈴音の問い掛けに千坂はすぐに答える事が出来なかった。さすがに傷が痛むのだろう。鈴音の顔を見て一安心したものの、千坂の怪我が治ったわけではない。だからその場にいた金井が鈴音を千坂から遠ざけると、とりあえず座るように促してきた。

 千坂は椅子に座っているものの少し苦しそうに息をしていた。どうやら怪我だけでなく、ここまで怪我をした身体で走ってきたのだろう。だから体力的にも相当キツイものがあるようだ。そんな千坂を横目にすでにテーブルについている吉田は金井に説明を求めた。

 そんな金井がこんな事を言って来た。

「実はつい先程駆け込んで来たので私も詳しくは聞いてはいないんです。これだけの怪我ですから、まずは応急手当が先だと先程まで介抱していただけで、詳しい事はこれから聞こうと思ってたんですよ」

 つまり金井は千坂の応急手当に追われてて未だに詳しい事情は聞いていないようだ。どうやら鈴音達は丁度良いタイミングで帰ってきたようだが、千坂の怪我を見ても何かが起こっているのは間違いないだろう。

 なにしろ外の現象や村の境目で見た見えない壁などを思い出してみれば、羽入家で何かがあってもおかしくは無い。その事は村長も予期していたかのように遺言を残しているし、実際に何かがあってもおかしくないと鈴音達は冷静でいられた。

 それは車の中で散々非現実的な会話を行った為だろう。だから今になって千坂が怪我を負って駐在所に駆け込んできても鈴音達はそんなに動揺する事無く、冷静に対処する事が出来る心構えが出来ていた。

 そして吉田は金井にまずは千坂の容態を聞いてきた。吉田としては千坂がしっかりと喋れるかが一番気がかりなのだろう。そんな吉田の質問に金井は千坂の様態を詳しく話し始めた。どうやら脇腹に銃弾が貫通した後が残っており、その他にも鋭利な刃物で斬り付けられた箇所がいくつあり、銃弾がかすめた箇所も幾つかあるだけで、一番重い傷は脇腹だけで後はかすり傷程度のようだが、かなりの数を負っている為、これだけ派手に包帯を巻かなければいけなかったようだ。

 それでも千坂の身体に巻かれている包帯から滲み出ている血が気になる鈴音は、その事を金井に尋ねると、金井はまず鈴音に平気ですと伝えて、千坂の身体に付いている血はほとんど返り血だと説明した。だから千坂は血まみれでも、怪我はそんなに重くない事を説明するのだった。

 その間にも千坂は落ち着いてきたのだろう。金井に水を貰えるように頼むと、金井はコップに入った水を千坂の前に置くと、千坂はその水を一気に飲み干してしまった。その所為だろうか、咳き込む千坂を鈴音は優しく背中をさすって上げるのだった。

 そんな鈴音にもう大丈夫と手で合図する千坂。そんな千坂を見て鈴音も安心したかのように再び椅子に腰を下ろすと吉田が口を開いてきた。

「それじゃあ、千坂さん。まずは何があったのかを詳しく話してもらいましょうか」

 相手が千坂なのか、職業病なのかは分からないが、吉田は事情聴取のように千坂に質問を開始した。そんな吉田に千坂は頷くと、その身に起こった出来事を話し始めた。

「村で起きている現象については皆さんもご存知の事でしょう。なにしろこんな状態ですからね。羽入家としてもこのような現象を体験するは初めてでして、下の者はうろたえるばかりでした。そんな状況で羽入家には更に追い討ちを掛けるような予想外な事態が発生したのです」

「ほう、その予想外な事態とは」

 千坂の言葉に冷静に対処する吉田。なにしろ吉田もすでにいろいろな予想外な出来事を体験している。だからこれから千坂の口からどんな言葉が出てこようとも驚きはしないだろう。そんな吉田とは違って鈴音は千坂の話に聞き入る。

 どんな事態が起こったのかはまだ分からないが、それが原因で千坂がここまでの怪我を負ったのは確かである。だからこそ鈴音は千坂の話を聞き逃さないとばかりに耳を傾けるのだった。そこに今の現象を打破する手段があると信じて。

 そんな鈴音と吉田に見詰められながら千坂は話を続けてきた。

「それは羽入家の血筋、つまり羽入家の親戚に当たる方々ですね。その方々が死んだように眠っており、どんな事をしても目を覚まさなかったのです。羽入家の指示は羽入家の血筋を背負っている方々が指示を出して、いろいろな事態に対処をしてきました。それが今回に限ってはそんな方々がどんな事をしても起きないので下の者は慌てるばかりでした」

 えっと、それはつまり、羽入家の命令系統は羽入家の親戚、つまり羽入家の血筋をひいている者が上に立って指示を出していくという世襲制で羽入家は受け継がれてきたのかな。千坂の話を聞いてそう解釈する鈴音。

 確かに鈴音が解釈した通りだった。羽入家は源三郎を筆頭に、七海の両親である羽入博、智子夫婦。そしてその下に七海の叔父や叔母に当たる人物が次々と並んで行き、下の者に命令を出していたのだ。

 それが羽入家の命令系統であり、その命令系統があったからこそ羽入家は正常に機能する事が出来ていたのだ。けれども千坂の話から推測すると羽入家の血筋を引いた者が死んだように眠っており、どうやっても起きないのだという。

 そうなれば当然のように命令系統が崩れて、誰が誰に指示を出して良いものか、誰の指示に従えば良いのかが分からなくなってしまう。そんな事になれば羽入家に仕えている者は混乱するばかりだろう。千坂の話ではその時の様子は右往左往の一言に尽きるという。千坂はそんな羽入家の混乱を取り除こうと、相当奮闘していたようだ。

 そして更なる非常事態はその後に起きた。

「外の異変と家の中で発生した異変で羽入家は混乱の坩堝るつぼでした。そんな時です。突如として銃声が家中に鳴り響き、悲鳴と断末魔が木魂したのです。もちろん、私もすぐに銃声がした現場へと向かいました。そこで私が見た物は……羽入家の血筋を引いている方が銃を片手に使用人を撃ち殺している場面でした」

 そこまで話した千坂は一旦水で喉を潤す。さすがに一気に喋ったのと、その場面を思い出してしまったのだろう。千坂としては思い出したくも無い無残な光景だっただろうと鈴音は千坂を気遣うような視線を送った。

 そんな鈴音の視線に気付いた千坂は鈴音に心配無いとばかりに口元に笑みを浮かべてみせる。そして一息付いた千坂は再び語り始めるのだった。

「その羽入家の血筋を引いた方は何のためらいも無く使用人に銃口を向けて、無表情に使用人を次々と殺害して行ったのです。もちろん、私もそんな場面に出くわしたからにはじっとしている事は出来ませんでした。私はその羽入家の血筋を引いた方に飛び掛り、そのまま取り押さえようとしたのですが、別の羽入家の血筋が現れて私を背後から撃ったのです」

 つまり千坂が一番深い傷を負っている脇腹の傷が、その時に出来た傷なのだろう。まさか千坂も後ろから別の人物に撃たれるとは思っていなかったようで、千坂が気付いた時には銃弾が身体を貫通した後だった。

 もちろん、そんな傷を負った直後だ。千坂は取り押さえた羽入家の血筋をそのまま押さえ込む事が出来ずに、暴れだした羽入家の血筋に蹴り飛ばされてしまったようだ。けれどもそれが幸いな事に、千坂は障子を突き破って、続きの部屋まで転がり込んでしまった。だからこそ羽入家の血筋は千坂では無く、別の使用人に銃口を向けて発砲したらしい。

 そんな光景を見た千坂は異常な事態は外だけではなく、羽入家でも起きていると確信して、傷口を押さえながらも次の行動に出たようだ。

「羽入家の血筋を引いた方は明らかに異常でした。その瞳にはまるで生気が無く、無表情のままに無残にも使用人を次々と殺して行っているのです。そんな光景を目にして私は説得や取り押さえる事を止めました。今の方々にはどんな言葉も届かないと感じたからです。そんな私はその現場から逃げるように立ち去ると真っ先に源三郎様の元へ向かいました」

 それは千坂が特別な立場に居るからこそ千坂は源三郎の元へ向かったのだ。羽入家の命令系統は源三郎を筆頭にピラミッド式になっているが、千坂は例外として源三郎の親衛隊みたいな位置に居たのだ。つまり千坂に命令できるのは源三郎のみであり、源三郎の命令は絶対だったのだ。

 そして羽入家の血筋が目覚めているのなら、源三郎も目覚めているだろうと考えた千坂は真っ先に源三郎の元へ向かったのだ。そして無事に源三郎の部屋に着いた千坂は挨拶も無しに源三郎の部屋を閉ざしている障子を開くのだった。

「そして私は源三郎様を発見する事になったのですが、その源三郎様は何かに苦しめられているかのようにうめいていました。だから私はすぐに源三郎様に駆け寄ると、源三郎様は私を見て鈴音さんに伝言を頼んだのです」

「えっ、なんで私なんですか?」

 いきなり自分が指名されて戸惑う鈴音。それは鈴音としても予想外な事であり、まさかあの源三郎が鈴音に伝言を託すとは、当の鈴音も思ってもいなかった事だ。けれども、あの源三郎が鈴音を指名して伝言を千坂に託したのである。これはしっかりと聞かないと思った鈴音は座り直すと再び千坂の言葉に耳を傾けた。

 そんな千坂が鈴音に顔を向けて源三郎の伝言を伝えると言って来たので、鈴音が頷くと千坂は源三郎の伝言を鈴音に伝え始めた。

「今の鈴音さんには、この状況を打破する鍵を全て持っている。それでも真実が見えないのは、相手があまりにも非常識な存在だからだ。だから現実を捨てて今を見る事、そして緒方が残したノートに全てのヒントか書かれている。それだけではなく、緒方は鈴音さんには唯一対抗できる武器まで託した。だからこんな事を頼めた筋では無いが、どうかこの村を救ってほしい。源三郎様はそう鈴音さんに告げるように申しました」

 えっと、いきなりそんな事を言われても困るんですけど。源三郎の伝言を聞いてすっかり混乱する鈴音。なにしろ源三郎の伝言が何を意味しているのかが鈴音にはまったく分からなかったからだ。

 源三郎の伝言を聞いてすっかり混乱した鈴音を見て、沙希は鈴音には考える時間が必要だろうと話を切り替えてきた。

「なんで源三郎さんは苦しむようにうめいてたんですか? 何か持病でも持っていたんですか?」

 そんな沙希の問い掛けに千坂は首を横に振った。どうやら源三郎には持病は無く、今になって苦しむような病気は発病したわけでは無いようだ。だったらどうしてと沙希が首を傾げるのを千坂は見たのだろう。千坂はその事について話し始めてきた。

「私も源三郎様の様態が気になって問い掛けたのですが、源三郎様は呪いに抵抗しているだけだから心配するなというばかりでした」

「呪い……ですか?」

「はい」

 まさか源三郎の口から呪いなどという言葉が出るとは思ってなかった沙希は思わず驚いた顔をしてしまった。それはそうだろう、なにしろ羽入家は源三郎の元で現代兵器でまだ分からない連続殺人の犯人に対抗しようとしていたのだ。つまり源三郎も呪いなどという非現実的な事をまったく信じていない物だと沙希は思っていたからだ。

 そんな沙希に向かって千坂は話を続けてきた。

「信じられないのも分かります。私も未だに信じる気にはなれませんから。ですけど、羽入家の惨状を見ると……あながち呪いというのもありえるのでは無いのかと思い始めたぐらいですから」

 つまり千坂も頭から源三郎が残した呪いという言葉を鵜呑みにせずに、何かの比喩だと思っていたらしいが、羽入家の惨状と村の異変を見れば源三郎が言った呪いもあながち嘘では無いと思い始めたのだろう。

 そんな千坂に沙希は質問をしてみる。もちろんこれからの事をだ。

「あの、千坂さん。羽入家の人達は使用人の人達を殺してるんですよね。……もし、羽入家の使用人が全て殺された後は……羽入家の人達はどうすると思いますか?」

 突然そんな質問をされて少しだけ驚いた表情を見せた千坂。それは千坂が羽入家の惨状だけを見ていて、それからの事なんて考えている余裕が無かったからだ。だから千坂は少しだけ驚きながらも頭を動かして沙希の質問を考えてみた。そして出た答えは一つだけである。

「それは……羽入家の方々が持っている銃口が……今度は村人に向けられるという事ですか?」

 質問を質問で返す千坂。とてもではないが千坂としてもそんな事は考えたくは無かった。けれども千坂は実際に羽入家の血筋が狂ったように殺人を繰り返している現場を見ている。そして羽入家に殺す対象が居なくなれば、今度は標的を村人に定めて村人を殺しに掛かるところを想像するのは容易い事だった。

 そんな千坂の質問に沙希は頷いて見せた。どうやら沙希も同じ考えのようだ。そして未だに思い悩んでいる鈴音の頭を小突くと、鈴音の意識をこっちに引っ張り出してきて話し始めた。

「鈴音、どうやら事態は私達が想像した最悪な方向に向かってるみたいよ」

「どういう事、沙希?」

 鈴音はすっかり考える事に夢中になっていて千坂の話を聞いていなかったようだ。だから代わりに沙希が千坂と話していたのだが、どうやら千坂の話を聞く限りでは鈴音達が本気にしていなかった最悪な想像通りに事態が運んでいる事を自覚した沙希は千坂の話を鈴音にもした。

「……それってつまり」

「そう、これで全部揃ったというわけ」

「まさか本当にこのような事態があるとは思いませんでしたよ。いったい上にどう報告すれば良いものやら」

 鈴音、沙希、吉田の順番で感想を述べる。そんな光景を見て千坂と金井は首を傾げるばかりだった。それはそうだ、鈴音達が車の中で話し合った最悪な事態がこれで整ったのだから。沙希はその事を伝えるために千坂と金井に向かって車の中で話し合った事。そして見えない壁で村から出れない事を二人に伝えた。

 さすがにそんな沙希の話を聞いた千坂と金井は驚きを隠せないといった表情をしている。それはそうだろう。なにしろこれで全てが揃ったのだから。そう、これで村を全滅させるための手段が全て揃ったのだ。

「けど、まさか、そのような事が」

 さすがの千坂も信じられないといった顔をしている。そして金井は最早何と言って良いのか分からないといった感じで呆然としていた。そんな二人から視線を外した吉田がタバコに火を付けて話を続けてきた。

「正直な事を言いますと、私も車内では半分ぐらいしか信じてなかったんで鈴音さんの話を受け入れようとはしなかったんですよ。ですが……ここまで状況が揃ってしまえば鈴音さんの話を信じるしかないでしょうね」

 そんな吉田の言葉に鈴音もどう返事をして良いのか迷っていた。確かに鈴音が言い出した事なのだが、鈴音もその話を本気で信じたわけではない。ただ、その可能性が限りなく低いけどあるのではあるのでは程度の事で話していたのだが、実際にここまでの状況が揃ってしまうと鈴音も半信半疑だった自分の推論を信じるしかなかった。

 そんな鈴音が口を開いて話し始めた。

「見えない壁で村は閉鎖された。村の人達は牢獄に入れられた死刑囚みたいなものだよ。そして死刑執行人となった羽入家から逃れる事が出来ない。このままだと本当に羽入家の血筋によって村人全てが殺される事になるかもしれない。でも……一つだけ分からない事があるんだよね」

「その分からない事って?」

 沙希がオウム返しで聞いてくる。そんな沙希に顔を向けて鈴音は自分の考えを話し始めた。

「見えない壁は村人を逃がさないため、羽入家は村人を殺すため、テレビや無線が通じないのは外からの救援を来させないため。つまりこれらの現象には全て理由があるけど、村の空を覆い尽くしている雲は何の為に存在してるんだろう。もし村人を全て殺すなら、こんな真っ暗な中じゃなくて明るい中なら殺しやすいのに」

「確かに考えてみればそれだけが理由が無いわよね。他の異常現象は全て理由があって行われた事であって、空を覆う雲だけが理由が無い……なんてワケが無いわよね。つまり空を覆う雲にも理由があるって事?」

 そんな沙希の考えに鈴音は首を縦に振ってきた。どうやら沙希の言った通りの事を鈴音は考えていたようだ。そんな話をする二人に向かって突然に千坂が話し掛けてきた。どうやら未だに納得が行っていないようだ。

「ちょっと待ってください。確かに今の羽入家では殺戮が行われてますけど、それが村中にまで広がるという証拠があるんですか? もしかしたら羽入家だけを滅ぼすために、こんな事態になっているかもしれないじゃないですか。その可能性もありますよね」

 そんな事を言ってくる千坂。まあ千坂の気持ちも分からなくは無い。羽入家の血筋が錯乱したかのように殺人を繰り返しているという事実だけでも耐えがたいというのに、その殺戮が村中にまで広がるなんて考えてもみたくない事だから。

 そんな千坂に向かって鈴音は少しだけ考える仕草をすると千坂に向かって、その答えを言って来た。

「千坂さんの気持ちは分かります。でも……羽入家の血筋が村中の人達を殺すのは確かな事だと私は思います」

「その根拠は何ですか?」

 そう問われて鈴音は千坂を指差した。指を指された千坂は首を傾げるばかりだ。なんで自分が指差されたのかがまったく分っていないようだ。そんな千坂に鈴音は自分の考えを告げる。

「もし羽入家だけを全滅させるなら……ここまで規模の大きな事はしないでしょう。なにしろ村人を村から出せないほどの壁を作れるほどの力を持っているんですよ。もし羽入家だけを潰すのが目的なら羽入家だけを隔離すればいいだけじゃないですか。でも千坂さんは羽入家を脱出してここに居る。それはつまり相手の目的が羽入家だけじゃない証拠ですよ」

「……そんな」

 鈴音の話を聞いてがっくりとうな垂れる千坂。先程まで見ていた光景をこれからも見なくてはいけないとならないとなると、さすがの千坂も耐え切れずに気分が沈んでしまうようだ。そんな千坂を無視するようにタバコの煙を吐き出しながら吉田が口を開いてきた。

「これで羽入家の暴走目的が分かりましたね。そうなると我々はどう動けばよいのでしょうね。外からの増援が無いからには暴走した羽入家と戦う事なんて出来ませんよ。精々、少し抵抗したところでこちらがやられるのは目に見えてますからね」

「……そうですね」

 吉田の言葉を聞いて沙希は力なく返事をする。確かに今の事態は可能性の一つとして考えてはいた。けれどもこんな最悪な事態が実際に起こるとどうやって今の状況を打破していけば良いのか沙希も吉田も分からないと言った顔をしている。

 そんな二人に鈴音ははっきりと告げた。

「羽入家と戦っちゃダメだよ。私達の敵は……羽入家じゃない」

「なんで、そう言い切れるのよ?」

 鈴音の言葉にすぐにそんな質問をする沙希。そんな質問に鈴音はすぐに答える事は無かった。それは自分でもどうしてそんな事を言ったのかが良く分かっていなかったからだ。だが一つだけ分っている。羽入家の血筋は操られているのであって、暴走した羽入家の血筋と戦っても無意味だという事だ。

 そこで鈴音は思考を巡らす。

 う~ん、そうなると……私達の敵って誰になるんだろう? 今の事態を引き起こしている人物? でも、それって誰? う~ん、結局は堂々巡りになっちゃうんだよね。でも……今の羽入家と戦っても無意味な事は確かだよね。だって、私達が本当に戦わないといけない相手は羽入家の血筋を暴走させてる人物なんだから。う~ん、源三郎さんは全てのヒントが私に揃ってるって言ってたけど……それでも分からないって事はまだ情報が足りないのか、もしくは私が何かを見落としてるだけなのかな?

 結局は結論が出ない鈴音は沙希に向かってとりあえず言い繕う。

「暴走している羽入家の血筋は誰かに操られているのは確かだよ。もし正気を保ってられるならこんな事はしないと思うし、正気を保ってられないから暴走してるんだし、正気を保とうとしてるから源三郎さんが苦しんでるんじゃないかな?」

「つまり鈴音は羽入家が敵じゃなくて、羽入家を暴走させている呪いが敵だと言いたい訳?」

「う~ん、呪いって言葉で括っちゃうと事態が見えなくなるから、羽入家を裏で暴走させている人物が私達の敵……って事かな」

「そうなると……羽入源三郎が言った言葉を受け止めないといけませんね」

 吉田が横から口を挟んできたので鈴音と沙希はそちらに目を向けると、吉田はタバコを灰皿に押し付けて揉み消すと頭を掻きながら話を続けてきた。

「千坂さんの証言では『相手があまりにも非常識な存在だからだ』とあります」

 どうやら吉田は先程の千坂が証言した事をノートに書きとめていたらしく、それを見ながら鈴音達との会話を続けてきた。

「つまり鈴音さんが言う、私達が対峙すべき敵はあまりにも非常識な存在という事になりますね。しかも増援が来ないからには、本意では無いですが私達だけでこの事態を何とかしないといけないという事になります」

 そんな事を言った吉田は大きく溜息を付いた。吉田としてはこのような事態は警察が本腰を入れて調査すべきだと考えているのだが、平坂との連絡を完全に断たれた今となってはどうしても鈴音達を巻き込んで動くしかなかった。

 それだけではない。羽入源三郎も村長も鈴音になら村が救えると思ったからこそ、いろいろな情報だけでなく、村長は遺品まで鈴音に託したのだ。そして源三郎も鈴音に村を救ってくれと頼んだという事実からして、今の事態を収拾するには鈴音の存在が必要不可欠だと認めざる得なかった。

 もちろん、吉田としては一般市民である鈴音達に危険な事に付き合わせたくはなかったのだが、事態の収拾に鈴音達が必要なら、どうしても鈴音達に付き合ってもらわないといけないと腹を括るしかなかったのだ。

「それで鈴音さん、私達が何とかすべき相手はいったい誰なんでしょうね」

「えっと……それは……」

 鈴音もその事を考えており、未だに結論が出ていないのだ。それはしょうがないだろう、なにしろ鈴音にはこんな事が出来る人物に思い当たる節が無いのだから。だから鈴音が知らない人物が巻き起こしているとなると鈴音にはまったく検討が付かなかった。

 そんな時だった。千坂が何かを思い出したかのように鈴音達の会話に割り込んできた。

「すいません、先程の証言で抜けているところがあったので、そこを訂正してもらえますか」

 いきなりそんな事を言って来た千坂に自然と視線が集まる。どうやら千坂は先程の話で話し忘れていた事があるようだ。いや、正確にはあまり重要では無いと思ったから記憶からスッパリと切り捨てられていたのだろう。けれども鈴音達の話を聞いているうちに思い出したようだ。

 そんな千坂が鈴音に向かって顔を向けて口を開いてきた。

「もしかしたら……源三郎様はしっかりと私達が相手にする人物を知っておられたのかもしれません。だからあんな事を言ったのでしょう」

 ……あんな事? 鈴音には千坂が何を言っているのかが分からなかった。その間にも吉田は調書を取る準備が出来たのだろう。修正箇所を千坂に尋ねる。

「それで、どこを修正すれば良いのですか?」

 そんな吉田の問い掛けに千坂はちょっとだけ動揺を示す。先程はあれだけの事を言っておきながら、今頃になってやっぱり意味は無いと思い始めたのだろう。それはそうだ、なにしろそんな言葉自体が出て来る事が非常識なのだから。

 だが、一旦言い出したからには言わない訳にはいかないと千坂はゆっくりと口を開いた。

「先程、源三郎様が呪いに抵抗している。その箇所を訂正してください」

「どんな風にですか?」

 吉田にそう聞かれると千坂は一旦吉田から顔を逸らすと鈴音に顔を向けてきた。そして鈴音に向かって話しかけるのだった。

「これから言う事は未だに私も信じる事が出来ません。でも……もしかしたら……この方が鈴音さんが倒すべきお方なのかもしれません」

「へっ?」

 千坂の言葉にすっとんきょうな声を上げる鈴音。それはまるで千坂が鈴音が今現在迷っている答えを知っているような言葉だったし、まるで目上の人物を指すかのような言葉だったからだ。千坂がそんな言葉使いをしたからには、その人物は相当誰にとっても目上に見られているのだろう。そして鈴音にはそんな人物は一人しか思い当たらなかった。

 まさか……姉さんの名前なんて出てこないでしょうね。そんな心配をする鈴音。まさか静音がこんな事態を引き起こしているとは思いもよらない事だが、今の状況からして考えればどんな言葉が出てきても不思議ではなかった。だから千坂の口から静音だという言葉が出てきても不思議ではなかった。

 それほどまでに現状は非常識なのである。

 そして千坂は鈴音に告げる事を告げたのか、再び吉田に顔を戻すと話を戻してきた。

「先程は源三郎様は呪いに抵抗してると言いましたが、源三郎様がおっしゃった事とは少し違っていたのです。私もそれを重要視していなかったために忘れていたのですが、先程の話を聞いてやっと思い出しました」

「それで正確には羽入源三郎は何と言ってたんですか」

 そんな吉田の問い掛けに千坂はすぐに答えようと口を動かすが言葉は出てこなかった。やっぱり未だにそんな事を信じる気になれないからちゅうちょしたのだろう。けれども、これも源三郎のためと腹を括ると今度はしっかりとした言葉で吉田に告げた。

「源三郎様はこうおっしゃいました……『玉虫の呪いに抵抗しているだけ』……だからと」

「えっ!」

「なっ!」

「…………」

 千坂の言葉にそれぞれの反応を示す鈴音達。鈴音は確かに玉虫が復活して村を全滅させようという可能性を上げてはみたものの、やっぱり自分自身でも半信半疑であり、千坂から玉虫という言葉が出た事に驚きを隠せないようだ。

 それは沙希も同じであり、沙希も鈴音の話を半信半疑に受け取っており、玉虫の存在などはすっかり忘れていたのだが、千坂の口からその言葉が出るとやっぱり驚きを隠せないようだ。まさか鈴音が出した推論の一つがこうも的を射ているとは思ってもいなかったからだ。

 そして吉田はどこまで非常識な事が続くのかと疲れきったように息を吐くのだった。まあ、吉田の気持ちも分からなくは無い。警察として現実的に考えなければいけない立場に居なければいけないのだが、現状はそんな吉田を笑うかのように現実離れした事ばかりだ。だから吉田としてもそれを受け入れなければいけないと腹を括るしかなかった。

 そしてその言葉を聞いた鈴音は驚きながらも思考を新たに巡らす。

 本当に……玉虫様が絡んでたの? まあ、確かによくよく考えてみれば玉虫様に関する事を姉さんも村長さんも残していたけど、まさか源三郎さんまでその言葉を口にするなんて思ってもみなかったよ。でも、そうなると……全ての辻褄が合う……のかな? あ~、ダメだ、ここだと姉さんのノートも無いし村長さんが残してくれた御神刀の模造刀も無い。う~ん、一旦桐生家に戻らないといけないかな。あっ、でも、その前に確かめておかないと。

「千坂さん」

 どうしても確かめたい事がある鈴音は千坂に向かって話しかける。話しかけられた千坂はゆっくりと鈴音に顔を向けてきた。千坂も自分でそんな事を言っておきながら、自分の言った事が信じられないといったところだろう。

 それはそうだ。玉虫様といえば、この村では神様といて祀られている存在だ。そんな玉虫様が村を滅ぼそうなどと考える事はおろか、玉虫様が復活する事を考える事態が愚かしいうえに、玉虫様の呪いなどという事がある事態が非常識でならなかった。

 けれども鈴音の事を無視できない千坂は鈴音の話に耳を傾けた。

「源三郎さんは他にも玉虫様に関して何か言ってませんでしたか?」

 そう聞かれて千坂は少しの時間だけ考えると首を横に振った。どうやら源三郎が玉虫というキーワードを出したのはその時だけらしい。けれども、他に心当たりがあるのか横から沙希が口を出してきた。

「鈴音、昨日の話しを覚えてる」

「昨日の話しって、どれ?」

「羽入家で七海ちゃんと話した時の事よ。その時にも羽入家には玉虫様の呪いがあるって」

 沙希にそう言われて昨日の事を思い出してみる鈴音。そして記憶を少しほじくるとすぐにその事が思い出された。なにしろ昨日、そんな話を聞いたからこそ、鈴音は玉虫様が村人を全滅させるという推論を立てる要因の一つとなったのだから。

 そんな鈴音に沙希はしっかりと向かって話しかける。

「もしかしたら……昨日七海ちゃんから聞いた話は……全部本当の事で、玉虫様の呪いが羽入家を暴走させて村人全てを殺そうとしてる。だから今の羽入家は……羽入家の血筋達は玉虫様の呪いで発狂したかのように殺戮を繰り返してる。つまり私達が相手にするのは……」

 まるで信じられないという顔で鈴音は沙希を見詰める。でも沙希にはしっかりとした理由……は無かった。ただ鈴音を信じるならそれしかないと思ったからこそ、沙希ははっきりとその言葉を口にした。

「そう、私達が相手にするのは玉虫様……いや、もう、様を付けるのはやめましょう。私達の敵は……玉虫なのよ」







 はい、そんな訳でいよいよ第二章が始まりました~。そして最後には沙希から衝撃の言葉が飛び出しましたね~。さてさて、次の展開が気になる方は次の話に進んでみましょう~。

 さてさて、そんな訳でやっと現れた千坂ですが、衝撃の証言をしましたね。けど、これで鈴音の推理していた物が一つだけ、的を射ていた事が証明されましたね~。

 そして最後に沙希による衝撃の告白。……いやね、今回の話はあまり触れることが無いと思ったので、適当に現状整理しただけなんですけどね。

 でもでも、今まで後書きにいろいろと書いてきたからには書かない訳には行かないじゃないですかっ! それこそ私のジャスティスッ!!! ……はい、意味が分からなくて、ごめんなさい。

 まあ、あれですよ。山があるから登るのと同じで、後書き欄があるからには無意味な事だとしても書きたくなる、というわけですよ。

 さてさて、本来なら第二章も四話で終わらせるつもりだったんですけど、話がまとめきらずに五話になってしまいました。なので、一気に読むにしても、ゆっくり読むにしても楽しんで頂けたら幸いです。という事で締めましょうか。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、なんか……頭痛い、と呟く葵夢幻でした。

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