エピローグ
桜が満開に開花し、桜吹雪が舞っている中で、鈴音は卒業証書を入れた筒を手にし、袴姿で桜を見上げていた。そんな桜並木のすぐ傍にある建物には、鈴音達が通っていた大学の卒業式と大きく書かれた看板が立っていた。
そう、今日は鈴音達の卒業式だったのだ。その卒業式も終わり、鈴音は一足先に建物を後にして、今では桜並木の中で桜を眺めていた。
そんな鈴音が眺めている桜に向かって微笑むのだった。
来界村で起こった事件は既に忘れ去れているほど時間が経ったが、事件の当事者達はしっかりと覚えていた。それに、鈴音もお盆や静音の命日にはしっかりと来界村に行っていたので、今では、すっかり来界村が鈴音の故郷とも言える場所に成っていた。
そんな来界村との縁を作り、大学でも縁を作り、そして……今日、この日を持って鈴音は大学を卒業した。新たなる一歩を踏み出すために。
そんな鈴音が桜を見上げていると聞きなれた声が聞こえてきた。
「鈴音、やっと見つけた。まったく、こんな所で何をやってるのよ?」
少し怒ったような声で鈴音に声を掛けてきたのは、鈴音と同じく袴姿の沙希だった。そんな沙希に視線を移すと、また桜に視線を戻す鈴音。それでも沙希の問い掛けに答えてきた。
「ん~、報告かな。大学を卒業したよって、それから、これからは自分が望んだ道を歩いていけるよって……姉さんにね」
そんな鈴音の言葉に沙希は半分ほど呆れて、半分は微笑みながら溜息を付くのだった。まあ、沙希にも鈴音の気持ちは充分に分っているが、何も、こんな所で一人にならなくては良いのではという疑問があったからこそ、半分ほど呆れたのだ。
けれども、鈴音がこの場所を選んだ理由も沙希にはしっかりと分っていた。もし、静音が生きていたのなら、やっぱり建物の傍ではなく、この桜並木で待っていただろうと推測が出来たからだ。それは静音なりの祝い方であり、この桜並木が鈴音、そして沙希をより彩ってくれると分っているから、静音が生きていたなら、やっぱり、この場所で二人を迎えていた、だろうと鈴音の気持ちは分っていた。
それだけに、沙希はそれ以上の事は言わなかった。その代わりにといった感じに話題を切り替えてきた。
「それにしても……卒業が出来たから良いものの、村から帰ってきてからは驚いたわよ。いきなり学科を変えると、言い出してから、すぐに受験を受けて、本当に学科を変えちゃったんだから」
そんな沙希の言葉に鈴音はやっと沙希の方に向くと微笑みながら言葉を返してきた。
「それは沙希だって一緒でしょ。私も沙希が学科を変えると言い出した時は驚いたもの。でも……私達がそんな事を言い出したのは、やっぱり……村での出来事があったからだよね」
「そうね……それはそうと、私が警察官を目指して学科を変えたのは分かるんだけど。鈴音は何で教育学部に変えたわけ? まあ、小学生なら鈴音の頭でも何とかなると思うけど、やっぱり一抹の不安があるのよね~」
「う~、沙希~、酷いよ~」
そう、二人とも事件の後に今まで受けていた学部から違う学部へと変えたのだ。そのため、もう一度受験する事になり、二人の卒業は一年遅れなのだ。それでも、鈴音は沙希が言ったように教育学部へ、沙希は警察官を目指して法学部へと学部を変えたのだ。
どうやら二人とも……来界村での経験が自分の人生に大きな影響を与えたようだ。まあ、あんな体験なんて、ほとんどの人が出来ない事だから、影響が大きくても不思議では無いが、沙希としては鈴音が教育者としての道を選んだのには、やっぱり疑問と不安があるよだ。
そんな沙希に鈴音は文句を言うと、沙希に背を向けて、再び桜を見上げながら答える。
「私は……幼い頃から姉さんにいろいろな事を教わり続けた。それは、とても大事な事で、それがあったからこそ、私はどんな困難にも立ち向かえた。だからね、思ったの、私が姉さんが教えたもらった事、それを少しでも多くの子供達に教えたいなって。勉強だけじゃなく、人生において大切な事を伝えたくて、私はその道を選んだんだよ」
「……なるほどね」
「まあ、未だに上手く伝えられるか分からないんだけどね」
「そりゃあ、鈴音ですから」
「う~、どういう意味だよ~」
沙希の言葉に振り返って、沙希に拗ねた視線を投げ掛ける鈴音。そんな鈴音が仕返しとばかりに沙希に言葉を放つのだった。
「沙希だって、まだ警察官の試験を合格したわけじゃないんでしょ~。私はしっかりと教員免許を取って、就職先だって決まってるもん。未だに試験に合格が出来るか分からない、沙希とは一緒にしないで欲しいな~」
鈴音なりに最大限の皮肉を込めて言葉を放ったが、沙希には、やっぱり通じていないようで、沙希は微笑みながら言葉を返すのだった。
「確かに、私は大学院生としての過程が残ってるからね~。でもさ、それさえ終われば試験も有利になるし、エリートコースを行けるのよ。ただの一教員が、エリートの私に、そんな皮肉が通ると思ってるの?」
「う~、だったら、エリートらしく、平坂に行かないで警視庁に居れば良いじゃん」
「残念でした~、私が平坂署の署長を目指してるのは羽入家との因縁に決着を付けるためよ。だから警視庁でしっかりと経験を積んでから、平坂署の署長として赴任する予定なの」
「……予定は未定」
「何か言ったかな、鈴音」
「いひゃいよ、はなひて~」
鈴音が呟いた言葉をしっかりと聞いていた沙希が鈴音のほっぺたを引っ張り、口を横に長くしてやる。まあ、これも二人なりのスキンシップなのだろう。だから二人とも笑いながら、じゃれつくような事をしていた。
そして、やっと沙希から解放された鈴音が、こんな事を言い出した。
「そういえば、この前にね。吉田さんに沙希の野望を伝えたら、私が定年になってから赴任してくださいだって。やっぱり吉田さんも沙希に顎で使われるような事にはなりたくないみたいだね~」
そんな鈴音の言葉を聞いた沙希が満面の笑みを向けながら言うのだった。
「残念だけど、私は一気にエリートコースを突っ走って、すぐに平坂署の署長になってやるんだからね。その時には吉田さんを扱き使う予定なんだからね」
「あははっ、そんなに吉田さんを苛めたら可哀想だよ~」
「吉田さんだから良いのよ」
「沙希ったら、酷すぎ~」
そんな言葉を出して笑い出す鈴音と沙希。そんな時だった、二人とも聞き覚えたがる声が二人の名前を呼びながら、こちらに向かってくるのだった。
「鈴音先輩に沙希先輩、こんな所に居たんですか、散々探しましたよ」
そんな言葉を発してきた人物に鈴音と沙希は対称的な態度で、こちらに向かってくる人物の名前を口にするのだった。
「あっ、七海ちゃ~ん」
「げっ、七海」
歓迎するように手を振る鈴音とは対称的に、沙希はめんどうなのが来たとばかりに溜息を付くのだった。そんな沙希の態度がしっかりと見えていたのだろう。七海は二人の前に辿り着くと、まずは鈴音に言葉を掛ける七海。
「鈴音先輩、卒業おめどうございます。あ~、おまけで沙希先輩もおめでとうです」
「私はおまけかっ! まったく、七海もここ来た時にも驚かされたけど、ここまで鈴音に懐くのも驚きだったわ」
「それは沙希先輩に人望が無いからですよ」
「相変わらずはっきり言うわね、この子は」
二人とも笑顔なのだが、まったく笑ってはいない。それどころか、二人とも炎を背負って、視線は火花を放つのだった。そんな状況に苦笑いする鈴音は七海がここに来た時の事を思い出していた。
それは去年の事だった。七海は二人に知らせずに、ここの大学を受験して、見事に合格したのだった。二人がそれを知ったのは、大学のキャンパスで七海に声を掛けられてからだ。それからというもの、七海は鈴音の事をしっかりと先輩として尊敬し、沙希に対しては敵対心を持って対応する事が多かった。
まあ、あの事件の時に七海を救ったのは鈴音だと言えるだろう。だからだろう、七海が鈴音を慕うようになっても不思議ではない。だからこそ、七海は鈴音と一緒の大学を受験したのだろう。七海も鈴音が居るから、ここを受験したと豪語するぐらいだから間違いないだろう。だから鈴音とは仲が良かったのだが……やっぱり沙希との相性は最悪だった。まあ、村でも沙希は最初から羽入家に対して敵対心を持っていたし、沙希が警察官となって平坂署を希望するのも、そこに羽入家の本拠地があるからだ。まあ、だからこそ、任侠者と言える羽入家の七海と警察官を希望する沙希が、今から衝突する事が多かったのだ。
まあ、もっとも、二人とも正式に警察官になった訳でも、羽入家を継いだワケでもない。今は七海も羽入家を継ぐために勉強中だという事だ。その一環として七海は鈴音達が居る大学を受験したのだ。それに七海が村を出て、鈴音達の大学に通えるようになったのも、羽入家の呪いが消えた証拠でもある。だからこそ、七海はここぞとばかりに羽目を外し、鈴音には懐き、沙希には敵対心を燃やしていた。
まあ、そんな二人が一緒に居るのである。だからだろう、今は正式ではなくても、二人が衝突するのは当然とも言えるだろう。
けれども、二人ともお互いにトップを座を目指したり、継ぐ立場にあるのだ。だから、いつもはある程度のところで妥協するのも当然と言える事だった。まあ、衝突してばかりだと、お互いに溝を深めるばかりだという事が分っているからこそ、沙希と七海は衝突しても、丁度良いところでお互いに退くのだった。
そんな沙希に対する態度とは対称的に七海は鈴音には凄く懐いていた。それはもう、飼い猫のように。やはり、事件の事で鈴音に助けてもらった、いや、敵対していながらも鈴音は七海を助け、優しくしてくれた。その事が七海の胸に深く刻まれたのだろう。だからこそ、七海は鈴音に懐いて、沙希とは敵対心を向き出しにしてるのだ。
そんな二人がこの場に居るのだから、当然のように、というか、いつものように二人はお互いに皮肉を込めた言葉を贈り合う。
「とりあえず、沙希先輩、卒業おめでとうです。それはそうと、平坂署に赴任しても仕方ないですよ。なにしろ、その前に私が羽入家を継いでますから、警察の介入なんて許しませんよ。だから、沙希先輩の出番は無いのと同じです」
「別に七海が羽入家を継いでいようと、いまいと関係が無いのよ。私は経験を積んで、いつかは羽入家を潰してやるんだから。残念だったわね、七海。せっかく継いだ羽入家なのに、すぐに潰れる事になるなんてね」
「へぇ~、それはそれは、そんな事が沙希先輩に出来るとは思いませんけどね。逆に羽入家の言いなりに、つまり、私の言いなりになるのがオチだと思いますよ。ついで、ですから、今からでも敬語を使うのを止めましょうか、沙希先輩」
「はんっ、私が赴任すれば羽入家の介入なんて許さないわよ。逆に羽入家を追い落として、私に対して、今以上に敬語を使わないようになるのが目に見えてるのよ。落ちぶれた羽入家を継ぐんだから、七海も大変よね」
「勝手に羽入家を落ちぶれた事にしないでください。それよりも自分の心配をした方が良いんじゃないんですか。現時点では沙希先輩は大学院生、確実に警視庁に入れると決まったワケじゃないんですから」
「そっちこそ、今でこそ源三郎さんが生きてるから良いものの、それもいつまで持つか分からないわよ。源三郎さんが死んだ後に七海が継いで、そこから落ちぶれる展開も良くある事だからね。まあ、それだけ後継者が無能だって事でしょう」
「それは……私に対して喧嘩を売ってると思って良いのでしょうか?」
「そう聞こえなかったら、ごめんなさい。七海がこの程度の意味も分からないとは思っていなかったからね」
「…………」
「…………」
「フッ――――っ!」
「シャ――――っ!」
いつの間にか舌戦から威嚇に入る沙希と七海。まあ、二人とも威嚇の仕方が間違ってるとも思わなくもないが、そんな光景を鈴音は半笑いで呆れたようにしていると、いつまでも威嚇をしている二人の中に割って入るのだった。
「ほらほら、二人とも、こんな日にまで喧嘩しないの。今日はおめでたい日なんだから」
「はい、鈴音先輩がそういうなら止めます」
七海はすぐにそんな事を言うと、鈴音の腕に抱き付き、そのまま甘えるように鈴音の腕にほお擦りをするのだった。一方の沙希は、これも、いつもの事だと分っているだろう。鈴音に甘えている七海に対して、もう何も言わなくなっていた。どうやら、この展開は七海が、ここに来てからは、いつもの事になってしまったのだろう。
そんな七海を見ながらも、沙希は何かを思いだしたかのように言葉を口にする。
「そういえば、七海がここに来た事にも驚いたけど。羽入家を継ぐって聞いた時には、もっと驚いたものよね。まったく、どんな神経と考えで、そんな事を言い出したのかは分からないけど、よくもまあ、羽入家を継ぐ決意をしたものね」
「それは沙希先輩には関係が無い事です」
やっぱり沙希には徹底的に敵対心を表に出してくる七海。そんな七海に沙希は拳を震わせ、鈴音は苦笑いを浮かべていた。まあ、七海の態度から沙希の苛立つのも当然と言えるが、間に立たされている鈴音としても、もう笑うしかなかったようだ。そして、この場を収めるために、今度は鈴音も知りたいとばかりに言葉を口にする。
「うん、そういえば、私もそこが気になってたんだよね~。なにしろ、七海ちゃんは羽入家の束縛から逃れるために玉虫と手を組んだワケでしょ? それなのに、羽入家を継ぐ事を決めた理由は私も知りたいかな」
「はい、分かりました。それじゃあ、話しますね」
やっぱり鈴音には思いっきり素直な七海。そんな七海が鈴音の腕を放すと、鈴音から一歩ほど下がり、鈴音達に背を向けてから語り始めた。
「あの事件の後、私はずっと鈴音先輩に言われた事をずっと考えてました、自分自身が犯してきた罪に対して何が出来るのかを。自分が犯した罪と……死んだ千坂の為に何が出来るって。そんな時にお爺様に言われたんです、私は既に答えを知っているって。それでやっと気付けたんです。私が自分自身の罪と……千坂の死に報いる事が出来る道を。それが羽入家を継ぐ事だったんです。羽入家を継ぐ事で、私は更なる罪を重ねるかもしれない。でも、それ以上に羽入家の当主となって、出来る事が多いと思いました。羽入家を継ぐ事で村に対して大事な事が出来る。私が殺した人に対しては何も出来ないかもしれないですけど、村に住んでいる関係者を守る事が出来る。羽入家はそれだけの力を持ってる。だから決めたんです、羽入家を継いで、村の為に尽力を尽くそうと。これが鈴音先輩に言われた事の答えなんです」
それだけ言うと、七海は涙を拭うような仕草をする。やっぱり、普段では気にしなくても、口に出してしまうと、あの時の悲しみが戻ってくるのだろう。だからこそ、七海は鈴音達に泣き顔を見せないように背を向けて話したのだ。
そんな七海が再び、二人に向かって振り返った時には、先程までと同じ笑顔を二人に見せてきた。そして鈴音は、そんな七海の言葉を聞いて思う事があったのだろう。鈴音は七海の肩に手を置くと、優しい笑みを浮かべて七海に言うのだった。
「うん、七海ちゃんが、一生懸命に考えて出した答えだからね。私にも、そして誰にも、その答えが合っているのか、間違っているのかは分からない。そんな事は後世の人にでも語らせれば良い。今、大事なのは七海ちゃんは出した答えの道をしっかりと歩いて行く事だと思うよ。だから、それで良いと思う。うん、充分にしっかりとした答えだよ」
「は、はい、ありがとうございます、鈴音先輩」
鈴音の言葉を聞いた七海は鈴音に抱き付くと、そのまま鈴音の胸に顔を押し付けながら自分を落ち着けようと、しっかりと鈴音の温もりを確かめる。そして鈴音も、そんな七海の頭を優しく撫でてやるのだった。
そんな二人の光景を沙希は近くから優しく見守ってやるのだった。
七海の心が落ち着いて鈴音から離れると、七海は残っている涙を拭うと話題を切り替えてきたのだ。
「そういえば、お二人とも知ってますか? 美咲が医者を目指しているって事を?」
「えっ! そうなんだ」
「あ~、そういえば、誰かから聞いたような気がするわね」
七海の言葉に違った対応を見せる鈴音と沙希。まあ、その辺は二人らしいという事で良いとしよう。それよりも鈴音は美咲が医者を目指している理由の方が気になったらしく、その事を七海に聞くのだった。
「それで、何で医者なのかな? 美咲ちゃんには、もう罪悪感は残って無いと思ったけど、未だに心に何か引っ掛かる物があるのかな?」
そんな言葉を出しながら沙希を見る鈴音。そして沙希は首を横に振ってきたので、沙希が理由を知らないと分かったら、今度は七海に視線を向ける。そして七海は顔を伏せると自分の推測を話し始めた。
「これは私の推測ですけど、美咲は……静音さんと静馬さんを殺した時の事を悔やんでいるようです。だから医者になりたいと思ったみたいです」
「でも、それは美咲ちゃんの意思とは関係無く、玉虫が美咲ちゃんの身体を使って行った事でしょう? そんな美咲ちゃんに罪があるとは思えないし、罪を感じる必要も無いと思うんだけどな~」
そんな事を言って来た鈴音に対して、七海は辛い事に耐えるかのように鈴音の手を取って、軽く握り締めると、続きを話し始めた。
「私も玉虫から聞いただけですから、しっかりとした根拠はありません。でも、理に適ってると思います。確かに美咲は玉虫に身体を乗っ取られ、二人を殺害しましたが……いくら御神刀の力があったからと言っても、美咲と比べて静音さんと静馬さんとは身長差がありすぎます。だから一撃で殺す事が出来なかったみたいです。だから美咲の身体を乗っ取った玉虫は、まず二人の後ろから背中にかけて足まで一撃で切り裂きました。そうやって、二人足を傷つける事で、動けないようにしてから、トドメを刺したみたいです。美咲は、その事をしっかりと覚えてて、その事が関係していると思います。自分の目の前で苦しんでる二人の姿をしっかりと見てますから、だから、美咲は苦しんでいる人を一人でも多く助けたくて、医師としての道を選んだのかもしれません」
そんな七海の説明を聞いた鈴音と沙希。それから鈴音は何かを思い出したかのように手を叩くと、それから言葉を口にするのだった。
「あ~、あの事件から、私達も極力、事件の事を話さないようにしてたからね。そっか、未だに解明が出来てないのは、そこだけだったんだ」
「玉虫が美咲ちゃんの身体を使って静音さんと静馬さんを殺した事は私達も知っていた。けど、その詳細は知らなかったし、事件を忘れようとしてる美咲ちゃんに詳細な事を聞く事なんて出来ないからね。私も静音さんの死が、どんな形で行われたのかまでは知らなかったわ」
そんな鈴音と沙希の言葉を聞いて頷く七海。あの事件の後、鈴音達は何度も来界村に行き、その度に桐生家に泊まっており、美咲と話をする事も多くなっていたが、鈴音達は絶対に事件に関する事は口に出さなかった。
なにしろ美咲も精神的に大きな傷を負っている。それは静音と静馬を殺した事だけではない、一つ間違えば鈴音達も殺していた事になるのだ。だからこそ、鈴音達は村では事件の事を一切も話題には出さなかった。それは……全て終わった事だと区切りを付けるために。
けど、あの事件で人生に影響を受けた人物も多いだろう。なにしろ、あの事件では玉虫の名前なんて一度も報道されてはいない。事件の後で吉田との会話に出てきたように、全ては羽入家の内部抗争という形で事を収めた。
そのため、羽入家から数人の実刑者が出るだけで事は収まった。なにしろ、羽入家の使用人もかなり被害にあっているのだ。だから、死者に汚名を着せる事で実刑者が少なくなったのだ。簡単に言えば、黒幕が逮捕されて、実行者は死んだ扱いになっているのだ。さすがに死者まで裁判にかける事が出来ない。だからこそ、羽入家から内部抗争の黒幕を数人ほど出すだけで、事件は終わりを迎えた。
そんな事があったからこそ、鈴音達は余計に美咲に気を使って事件の事を話題に出す事は絶対にしなかったのだ。それでも、美咲には事件の爪跡がしっかりと残っていたのだろう。だからこそ、美咲はそんな答えを出したかもしれない。
鈴音がそんな事を思い、美咲は美咲なり一生懸命に考えて出した答だ。そんな美咲の答えに鈴音は充分だとばかりに笑みを浮かべる。そんな鈴音とは対称的に、沙希は何かを思い出したかのように手を叩くと、意地悪な視線を七海に向ける。
「そういえば七海、あんたはその事を早くから知ってたんでしょ。だから美咲の口から余計な事が出ないように、美咲ちゃんに当時の事を思い出させる事を口にした。そして、それを思い出した美咲ちゃんだからこそ、体調を崩す切っ掛けとなった。私達が何かに気付く前に、依り代だった美咲ちゃんの口を封じるために、神社で美咲ちゃんに、その事を思い出させる事を口に出した。そうでしょう?」
「うっ、さすが沙希先輩、嫌な事ばかり覚えてますね」
どうやら図星だったらしく、沙希の言葉にたじろく七海。確かに、神社で七海が静音の事を話した時、七海はしっかりと静音の傷に付いて話しており、それを聞いてから美咲の体調が一気に崩れたのだ。まるで……思い出したくない傷を思い出したかのように。
当時の七海から見れば、鈴音達を混乱させるように仕向けたつもりだろうけど、それが逆に美咲を追い詰め、鈴音達に影柱の存在を教える切っ掛けを作ってしまったのは、七海としても誤算と言えるだろう。
けれども、今頃になって、そんな話を詮無き事。もう、全てが終わっているのだから。だからこそ、鈴音は桜を見上げると、美咲の気持ちが分かるように口を開くのだった。
「そっか、美咲ちゃんは殺してしまった。大切なお兄さん、そして姉さんの事をずっと気に掛けていたんだね。だから、助けられる命を目の前にして、何も出来なかった自分が許せなくて、そんな自分に何が出来るか考えて、それで医者になる事を決めたんだね」
鈴音がそういうと七海が同調するかのように言葉を続けてくる。
「そうだと思います。美咲の身長から考えても、御神刀の力を持っても一撃で静音さんと静馬さんを殺す事なんて不可能です。それに相手が二人ですから、どちらかを斬れば、もう一人に気付かれるのは当然。そうなれば、相手が動く前に動きを封じるのが一番です。だから玉虫は静音さんを背後から斬り付けると、すぐに静馬さんの足を斬って、動きを封じたんだと思います。依り代なった美咲は、そんな二人を目の前にして、すぐに治療すれば治る傷なのに、玉虫によって、二人に二回も傷を与えると、やっと二人の死を確認したようです。だから、美咲にとっては目の前で苦しんでる人ほど耐え難いものがあるんでしょうね」
七海も暗い口調でそんな言葉を口にすると、納得したように鈴音が頷き、七海も顔を伏せる。そんな二人を見て、沙希は思いっきり明るい口調で話し始めた。
「でもさっ! 今では美咲ちゃんもしっかりと答えを出して、自分で決めた道を進もうとしてるんでしょ。だったら、私達が応援してあげないとでしょ。美咲ちゃんには罪は無いし、辛い事ばかりだったから、これからはしっかりと頑張れるように私達が応援しないとどうするのよ。それに……今日は私達の卒業式、私達も、それぞれの道を歩き始める。そんな日に、あまり暗い話をするものじゃないわよ。これからの明るい未来について話さないと」
「……まあ、沙希先輩の人生が挫折する事は決まってますが」
「な~・な~・み~」
七海の一言で七海の後ろに回り込んだ沙希が、そのまま七海の首を取って締め上げようとするが、それに抵抗するかのように七海も沙希の腕から逃れようと頑張る。そんな二人を見てると、鈴音も暗い事を考えていた自分がバカらしくなり、そんな二人を見ながら笑うのだった。
そんな鈴音の笑顔に釣られるかのように、沙希も笑い出し、沙希から逃れた七海も笑うのだった。それから七海は話題をこれからの事に切り替えてきた。
「そういえば、鈴音先輩。確か、平坂の小学校に就職が決まったんですよね。鈴音先輩が教育者とて適任だと思いますが、何で平坂の小学校を選んだんですか? まあ、最近では、かなり開発が進み、人口も増えてきてるのも確かですけど、それでも田舎なのは確かですよ。鈴音先輩なら、もっと良い所に就職できたと思いますけど、何で平坂なんですか?」
そんな質問を受けて、鈴音は優しい笑みを浮かべるとしっかりと答える。
「確かに別な所を推薦されたけどね、でも……私は村で作った縁を大事にしたと思ったから。私が、あの事件で影響を受けた事は自分の人生だけじゃない、村の人達との絆も大事にしたいと思ったから。それに姉さんの慰霊碑も来界村にあるから、すぐ近くの平坂を選んだの。それに沙希も七海ちゃんもいずれは、二人とも立場は違ってもこっちに来るんでしょ。そんな場所に私だけが居ないのも寂しいものがあるからね」
「そうですね、沙希先輩はともかく、私は鈴音先輩の傍に居たいです」
「はいはい、七海はそうやって鈴音に甘えて、羽入家を潰すと良いわ」
「そういう沙希先輩こそ、鈴音先輩が居なくなっても大丈夫なんですか? 今までは金魚のフンみたいに、ずっと傍に居たくせに」
「そういう七海だって、ここに来てからの一年はずっと鈴音に引っ付いてたじゃない」
「…………」
「…………」
「フッ――――っ!」
「シャ――――っ!」
再び威嚇状態に入る沙希と七海。そんな二人を、鈴音はやっぱり苦笑いを浮かべながら見守るしかなかった。まあ、これが二人なりの接し方だという事は鈴音もしっかりと分っているからこそ、別に止めようとはしなかった。まあ……接し方に多少の問題はあるとしても、二人がこれで仲良く? 出来るのなら問題無いと鈴音は笑うしかなかった。
そんな鈴音が視線を桜に向けると思う。
姉さん、皆……やっとここまで来れたよ。私だけじゃなくて、沙希も七海ちゃんも美咲ちゃんも自分の道を歩き始めた。やっと……事件から立ち直れる事が出来た。それぞれに想いは違うけど、やっと自分の足で歩き始めた。それは私も同じ、だから姉さん、安心して良いよ。これからは私もしっかりと自分の道を歩いて行くから。そして、沙希や七海ちゃん、あの事件を切っ掛けに作り出した縁の螺旋を広げて行けると思う。だから、私は平坂に行く事を選んだ。あそこなら姉さんとも近くに居られるしね。だから姉さん、ちゃんと見ててね、これからの私達を、そして……私達の未来を。
鈴音がそんな事を思っていると、再び話がこじれたのだろう。七海が鈴音の腕に抱き付いてきた。その衝撃に鈴音は驚きながらも七海を受け止めると、文句を言って来た沙希をなだめる。そのため、会話は終わりとなり、話題は別の方向に、意味の無い雑談に変わって行くのだった。
「あっ、そうそう、鈴音先輩。お爺様が、結婚相手が見付かったら絶対自分の所に連れて来いって言ってましたよ」
「あの爺さんも、鈴音と良い、静音さんと良い、二人に相当肩入れしてるからね。どうせ、父親代わりに、相手をコテンパンに叩きのめすつもりなんでしょ」
「あははっ、沙希先輩の言うとおりかもしれないですね」
「でも、それだと、七海ちゃんの時が一番酷いと思うけど」
「……うっ、さすがに、そこまでは考えてませんでした」
「まあ、七海を彼女にしたいっていう人が居るとは思えないけどね」
「それは沙希先輩も同じだと思います、いや、それ以上だと思います」
「まあ、それまで、あの爺さんが生きてればの話だけどね」
「残念ですけど、お爺様は最近どころか、ここ数年ほど風邪一つひきませんでした。それにお爺様も言ってました『自分は悪運を溜め込んでいるから、そう簡単には逝かない』って、あの様子だと、本当に長生きしそうですね」
「まあ、それは、それで良い事なんじゃない?」
「そうですね」
「そうかな~、あの爺さんといい、七海といい、羽入家の人間は疲れる人ばかりじゃない。だから、さっさとあの爺さんには引退してもらいたいものだわ」
「残念でしたね、沙希先輩。お爺様は『生涯現役だ』と言い張ってますから」
「……やっぱり羽入家は厄介な人だらけだわ」
「なら、さっさと挫折して、平坂になんか来ないでください」
「七海――っ!」
七海の言葉を切っ掛けに怒り出した沙希が七海にお仕置をしようとするが、そんな沙希から逃げるように、七海も元気に走り回る。そんな二人の追いかけっこを見ながら鈴音は思うのだった。
二人とも元気だね~、まあ、これはこれで良いのかな、ねえ、姉さん。私は新たなる道を進むけど、振り返った道も悪くはないよね。私なりに精一杯の事が出来たよね。それに姉さんも言ってたし、人生を振り返って、こんなものと思えれば充分だって。私は、ここまでの人生を振り返って、充分に役目を果たしたと思うから。充分どころか幸せと言えるのかな? 姉さんなら、そう言ってくれるよね。そして……これからの新しい人生も一生懸命に頑張りなさいって、言ってくれるよね。だから……大丈夫だよ、姉さん。確かに私は天涯孤独の身になったかもしれない。けど、周りを見れば、沙希が居て、七海ちゃんが居る。この縁はずっと続いて行くと思う。だから姉さん、ありがとう、そして、これからもよろしくね。
そんな事を思っていると一陣の風が駆け抜けて、再び桜吹雪が舞い踊る。それが静音の答えではないかと鈴音には思えた。
そして今まで追いかけっこをしていた二人だが、七海が沙希に捕まり、今ではお仕置と称して首を絞めているが、七海は今度は本気とばかりに沙希の腕を捻って、逆関節を痛めつけると、緩んだ沙希の腕から逃げ出した。そして、そんな七海がカメラを取り出してきたのだ。そして、七海が二人に向かって言うのだった。
「今日はお二人の門出ですからね、しっかりとカメラを持ってきましたよ。写真を撮りましょうよ、写真」
「七海にしては準備が良いわね」
「別に沙希先輩を撮るつもりはありませんから」
「七海っ!」
「ほらほら、二人とも、じゃれあってるといつまで経っても終わらないよ。それに、卒業の記念写真だもの。しっかりと撮ってもらいましょう」
「仕方ないわね」
「仕方ないですね、沙希先輩も一緒に撮ってあげますよ」
「なっ!」
「はいはい」
沙希が再び暴れだす前に鈴音は沙希の腕を取ると、さっさと引っ張って行き、そのまま、桜の木をバックにして、鈴音と沙希が並ぶのだった。そんな二人にカメラを向けた七海が何枚かの写真を撮ると、今度は通りがかった人に頼んで、カメラを渡すと、三人で写真を何枚か撮ってもらった。
写真も撮った事だし、七海はすぐに二人の卒業を祝おうと言い出し、既に店の予約を取っていると言い出してきた。どうやら羽入家の力で上等な店の予約を取っておいたようだ。もちろん、全て羽入家が支払う事になっているようだ。
そんな七海の話を聞いて、沙希は呆れながら、鈴音は半笑いになりながらも、七海の提案に賛成すると、これから卒業祝いに突入して行く事が決まった。
そんな中で、鈴音は後ろを振り返ると、再び桜並木が鈴音の目に入る。その時に一陣の風が吹きぬけて、道を桜吹雪で彩る。そう、それは今まで歩いてきた道のように。そして、前を見ればこれから歩みだす道を示しているように鈴音には思えた。それは人の一生と同じと言えるだろう。
人生なんて、どうなるかなんて分かったものではない。鈴音達のように、新たなる道を歩き始める者、静音のように人生の途中で強制退場させされる者。どちらも一陣の風のように、長いようで短い人生を歩み、その道を華で彩る。その華が何なのかは、その人次第だろう。そして……人は時に咎という華を咲かす。
その華は枯れる事無く、人生という道に沿って咲き連ねる。咎という華は一度でも咲かせれば一生、咲き続けるものだから。だからこそ、人は時に、振り返って自分の人生を見直す必要があるのだろう。先程の鈴音のように。そこには今まで自分が乗り越えた壁、逃げ出した牢、迂回した道、様々な物があるだろう。そして……そこにあってはならないのは咎という華だ。
咎の華は一度咲けば、鎖となって一生絡みついてくる。そこに罪悪感が無くてもだ。
でもっ! 人は絶対に自分の道を振り返るものなのだ。そこで初めて咎という華に気付くかもしれない。だが、その時には、もう遅い。そう、それは既に終わった事なのだから。だから、咎を消す事は出来ない。でも、咎に対して何かを出来るのは確かな事だ。だから、一番大事なのは咎に対する後悔じゃない、咎に対して何を成したかである。
そして、もう一つ、後ろを振り返れば見る事が出来るであろう。人との……縁を。人は人と触れ合う事で変わったり、影響を受ける事もある。それが良い方向か、悪い方向かは、その人次第であろう。でも……その人と関わった事で、その人との間に縁が出来た事は確かである。
後は、出来た縁を強く、長くしていくか。それとも断ち切るか、それが問題となってくる。でも、それもその人次第なのだ。縁を長く螺旋を作るか、断ち切るか、それは、その人達の問題になってくるだろう。
多くの人が、そんな縁の螺旋を作ろうとしている。縁の螺旋に血筋も親類も関係が無い、一番大事なのは、その縁をどうするかである。長くするも良し、断ち切るのも良し、結局はその人次第となっている。
だが、願わくば長い縁の螺旋を、そんな螺旋を多くの人が持てる事を、そして、その縁の螺旋が永久である事を。
そして……鈴音が作り出した縁の螺旋も、長く永久である事を。それこそが、鈴音が村で得た最高の物だからだ。だからこそ願う、この時間を、この関係を、長く、そしてずっと……続いていきますようにと。
はい、そんな訳で、やっと完成した断罪の日~咎~ですが、如何でしたでしょうか? まあ、私なりに最後は何とかまとめた感じですからね~。その辺の苦悩が出てなければ良いと思っております。
そんな訳で、二部目の咎はこれで終わりとなります。そんな訳で、番外編となる三部目についてですが……やっぱり、未だに、いつ頃、上げるかは予定が立っておりません。まあ、たぶん、来年になると思いますけどね。
まあ、その間に書きたい物があるので、そっちを全部片付けてから、三部作目に取り掛かろうかと思ってます。そして、その内容も少しだけ公開しときますね。
三部作目は、玉虫偏、美咲編、七海編、鈴音編、沙希編、の五つとなっております。縁と咎では語り切れなかった、話に触れる玉虫偏、美咲編、七海編。そして過去の話になる鈴音編、沙希編という内容になっております。
まあ、編ごとに、主役が変わりますので、多方面から断罪の日を見る事が出来ると思います。それに、本編では、ほとんど触れる事が無かった鈴音と沙希の出会い、そして沙希と静音の約束。それについても書こうと思っております。
まあ、そんな感じでお送りする断罪の日ですが……まあ、まだ予定が立っていないので、気長に待ってくださいな。という事で、まだまだ続く断罪の日ですが、本編が終わった事で一区切りして、間を置いてから三部作目に取り掛かろうと思っております。
そんな訳で、断罪の日を楽しんでくれた方は、もう少しお待ちくださいな。三部作目をそのうち書きますので(笑) まあ、今はいつ頃、書けるかなんて予定は立ってないですからね~。
という事で、三部作目に触れた事だし、本編も終わったので、この後書きも終わりにしようと思います。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、今まで断罪の日に付き合ってくれた方には、更にありがとうございました。そして、いつものように評価感想もお待ちしております。
以上、やっと終わった事で羽目を外そうとしている葵夢幻でした。