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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
最終章 別れ
36/39

最終章 その一

「姉、さん」

「静音……さん」

 振り返った二人が目にしたのは、京野静音、その人だった。久しぶりに見る静音の姿、懐かしい声。そんな静音の姿に鈴音は思わず立ち上がって、静音に駆け寄ろうとするが、鈴音が立ち上がる前に沙希が力一杯抱きついて、決して鈴音を立たせようとはしなかった。

「は、離してよ、沙希。姉さんが、ずっと探してた姉さんがやっと見付かったんだよ。私は姉さんのところに行かないとなんだよ」

 涙を流しながら、そんな言葉を沙希に向ける鈴音。そんな鈴音の言葉を聞きながらも、沙希は力の限り鈴音を押さえ込み、唇を思いっきり噛み締めている。そう、沙希には分かっているのだ。決して静音に触れてはいけない事に。だからこそ、沙希はしっかりと鈴音を抱き締めて、そこから絶対に立たせようとはしなかった。

 そんな沙希が鈴音にはっきりと告げるべき事を告げる。

「ごめん、鈴音。本当は……途中で分ってたんだよ。静音さんが……殺された事に。玉虫の復活には依り代と贄が必要。依り代が美咲ちゃんなら、贄を決めるのは美咲ちゃんの心にある。その時の美咲ちゃんは静音さんに嫉妬心を抱いてた。だから……美咲ちゃんは自分の手で静音さんを殺した。それだけじゃない、たぶん、静音さんを庇った静馬さんまでも、美咲ちゃんは自分の手で殺している。だからこそ……美咲ちゃんは自分を責めた。自分が静音さん達を殺した事実を知っていたから、だから、私達には笑顔を見せながらも、鈴音と仲良くする事で静音さんの代わりにしようとしてた。だから鈴音、静音さんは……もう……死んだんだよ」

 最後は涙声になり、それでも力の限り鈴音を押さえ込む。それでも、鈴音には信じられない、いや、認めたくない部分があるのだろう。まるで助けを求めるかのように鈴音は静音に向かって手を差し伸べるが、静音がその手を取る事は無かった。

 それから静音は悲しげな表情で言うのだった。

「ごめんね、鈴音。私がもうちょっと美咲ちゃんの事を気に掛けてれば、こんな事は起こらなかったかもしれない。でも……玉虫は美咲ちゃんの心に生まれた嫉妬心に付け込み、依り代とするために御神刀を持たせ、私と静馬さんを殺して贄とさせた。鈴音、それぐらいの事は分っているはずでしょ。だから鈴音、しっかりとその事実と向き合いなさい。それが、今の鈴音がやるべき事なのよ」

 静音の言葉に鈴音は頭をうな垂れると涙を地面に落としながら答えてきた。

「無理……だよ、そんなの。だって、姉さんは……私の目の前に居る、手を伸ばせば届くところに居る。それも事実だよ、それなのに……なんで悲観的な考えをしなくちゃいけないの」

「鈴音……」

 涙ぐみながらも鈴音は目の前にある光景を口にする。確かに、静音は鈴音達の目の前に居る、そして……鈴音が立ち上がって手を伸ばせば、届くところに居る。それは間違いないことだ……真実を無視した事なら。

 だが真実は残酷だ。その事を教えるかのように静音は、しっかりとした口調で鈴音を諭すかのように話し始めるのだった。

「そうね、でも鈴音。私がこうして鈴音の前に居られるのは静馬さんが力を貸してくれたおかげなのよ。少しの時間だけでも、鈴音との別れを告げる時間を作るために。だから、私も逝かなければいけないのよ。でも、その前に……鈴音にはしっかりと現実を受け止めて、私が居なくてもしっかりとやっていけるように、静馬さんは、この時間をくれた。だから鈴音、沙希が言う真実を受け止めなさい、目の前の真実を受け入れなさい。それが、今の鈴音がやるべき事なのよ」

「そんなの……無理だよ。私はっ! ずっと姉さんに育ててもらって、頼ってばかりだった。だから、少しでも姉さんに幸せになってもらおうと一生懸命だった。そんな姉さんが、幸せになる前に死んだなんて受け入れられるわけがないよっ! そんな事……信じたくないよっ!」

「鈴音、それでも現実も真実も違ってるわよ。その矛盾を正すために静馬さんが作ってくれた時間を無駄にするつもり。沙希が言った事も、私が言った事も真実で現実なのよ。だから鈴音」

「それが無理だって言ってるのっ!」

 声を荒げて立ち上がろうとする鈴音を沙希は力一杯に押さえ込んだ。それが自分のやるべき事だと沙希は知っているからだ。それが……静音との約束なのだから。

 けれども鈴音はそんな事はまったく知らない。だから力任せに、沙希を押し剥がそうとするが、沙希は決して鈴音を立ち上がらせる事はしなかった。そんな鈴音も最後には沙希の手に噛み付いて、手から血が流れるほど強く噛み締めて、自分の気持ちを訴える。沙希はそんな鈴音を受け入れるかのように、やはり鈴音を離そうとはしなかった。

 そんな光景を目にした静音が、今度は沙希に向かって話し掛けてきた。

「ありがとう、沙希。約束を守ってくれてるのね。うんうん、やっぱり沙希に頼んでおいてよかったよ」

 明るく話す静音。それが沙希に対する精一杯のお礼だという事を沙希は自然と感じ取っていた。それが約束を果たしたお礼だという事を。だからこそ、沙希は鈴音によって血を流しながらも決して鈴音を離さなかったのだ。そんな沙希が静音との会話を続ける。

「私は……静音さんとの約束を守っただけですよ。あの夜、静音さんに受けた恩に比べれば、これぐらいの事は大した事ではないです。だから静音さん、安心して逝ってください。そして……最後に鈴音の……」

 最後まで言葉に出来なかった沙希。頭では沙希も理解しているのだ、だが、こうして目の前に静音が居て、鈴音が心を痛めている。そんな光景を目にすると、沙希は最後まで言葉に出す事が出来なかった。

 もし、言葉に出してしまえば……自分も泣いてしまって鈴音を押さえ切れない事が分っていたからだ。だからこそ、沙希は手の痛みに意識を向けて、静音から目を逸らした。やはり、沙希もこれ以上は静音を直視出来なかったのだろう。

 そんな沙希に静音は最後の言葉を送る。

「沙希……ありがとう。それから、こんな鈴音だけど、これからもよろしくね。沙希が傍に居れば、私も安心出来るから。だから沙希、ありがとう。そして……これからも鈴音をよろしくね」

「……はい」

 沙希は鈴音の背中に顔を付けて、くぐもった声で返事をした。沙希も、これ以上は我慢が出来ない事は沙希自信が一番良く分かっていた。だからこそ、沙希は静音を見る事無く、一言の返事に全ての想いを乗せて声を絞り出したのだ。

 そんな沙希に微笑を向ける静音。それから静音は沙希の行動に満足したように数回ほど頷くと、また鈴音との会話を始める。

「鈴音、私には時間が無いのよ。いつまでも朧や群雲を見ていても仕方ないでしょ。真実を見なさい。今になって騒いでも、私が戻るワケではないのだから。もう、終わった事なのよ。いいえ、鈴音、あなたが自分自身の手で終わらせた事なのよ。後は最後の真実を見るだけよ、それで……本当に全てが終わる。だから鈴音、あなたが最後にやるべき事は、今の真実を見る事よ。あなたが真実を見ない限り……憎悪の螺旋は終わらないのよ」

「……姉さん」

「鈴音、玉虫を倒した事によって、玉虫に殺された人達の憎悪を、無念を晴らす事が出来た。もう、その人達は誰も恨みはしないし、誰も妬みはしない。既に逝く事が分っているのだから。だから……後は残っている憎悪を……鈴音、あなたの中にある憎悪を消し去るだけでなのよ」

「私の中にある……憎悪?」

「そうよ、あなたは自分自身の手で玉虫を倒した。それは私の敵を討った事には違いない。でもね、鈴音。あなたが私の死を認めない限り……あなたの中には玉虫を恨む気持ちが残ってる。憎悪は終わらないのよ。それに……玉虫と約束したんでしょ、憎悪の螺旋を終わらせるって。だから鈴音、私の死を受け入れなさい。そして、悔しいという気持ちと恨みという気持ちを抑え込みなさい。憎悪の螺旋は……誰かが、そうやって耐えないと断ち切れないのよ」

「…………」

 静音の言葉を聞いて鈴音はやっと自分が抱いていた気持ちに気が付いた。そう、鈴音はずっと恨んでいたのだ。来界村に来る前から、静音の死を考え始めた時から、鈴音はずっと静音が死んでいるのなら、その相手を恨み、憎んでいたのだ。

 けれども鈴音は、その可能性を限りなく零にして思考を巡らしていた。だからこそ、鈴音はずっと気付かなかったのだ。静音が死んでいる事が分かった時に自分が抱く気持ちを。だが、こうして静音に言われてみると、それは確かな事だった。鈴音は玉虫が今回の元凶であり、静音を殺したのなら、鈴音は心の片隅でずっと玉虫を恨んでいた事になる。だからこそ、鈴音は絶対に静音が死んでいる可能性を考えなかった。自分が恨みを持っていると分かったら、その時には冷静な判断が出来ないからだ。

 だから自然と鈴音は、その可能性を心の奥に閉じ込めて、現状だけを推理して、冷静な判断で今回の非常識とも言える、全ての出来事を解明する事が出来た。そう、全ては鈴音の中に恨みという感情が無かったから出来た事なのだ。

 もし、鈴音が途中で玉虫が静音を殺した元凶だという事実を受け入れてたのなら、鈴音は玉虫を恨み、憎しみのあまり冷静な判断が出来なかっただろう。そんな事になっていれば、鈴音達はここまで来れなかったかもしれない、途中で殺されていたかもしれない。その可能性は、あまりにも大きかったのだ。沙希も、その可能性を恐れて、今まで何も言わなかったのだ。全ては、そう、鈴音が自分自身で受け入れないといけない真実なのだから。

 けれども、鈴音は最後まで来れた、玉虫を倒す事が出来た。そこまで出来れば上々だろう。だからこそ、静音も他の人から力を借りて、少しの時間だけだが鈴音達の前に立つ事が出来ているのだ。後は、鈴音が全てを受け入れて、自分自身の力で自分の中にある恨みや憎しみ、そして悔しさといった感情を抑え込まないといけない。そうしない限り、鈴音の中にはずっと、誰に向けて良いのか分からない、憎悪が残ってしまうからだ。その手助けをするために静音は二人の前に現れたと言えるだろう。

 確かに鈴音は自分自身の手で玉虫を倒した。それは静音の敵を討ったとも言えるだろう。だから、鈴音は憎むべき対象を自分自身の手で倒しているのだ。だから鈴音は恨みを抱いてはいけない、憎んではいけない、悔しい気持ちを抱いてはいけないのだ。それは、憎悪を向けるべき対象を既に自分自身の手で倒しているからだ。だからこそ、そうした気持ちを抱いてはいけないのだ。もう……憎むべき相手はいないのだから。

 だからこそ、鈴音は静音の死を受け入れて、全ての感情を抑え込まないといけないのだ。そうして鈴音が耐える事によって、始めて憎悪の螺旋は断ち切られるのだ。鈴音にとっては、とても辛い事で、耐え難い事かもしれない。けど、鈴音が歯を食いしばって憎しみや悔しさを抑え込まないと遺恨を残す事になる、その遺恨は憎悪の螺旋に組み込まれ、更に広がっていくだろう。

 そうなれば、既に恨むべき対象が居ない鈴音にとっては憎悪の螺旋は鈴音を別な方向へと向ける事になるだろう。玉虫ではなく……直接的に手を下した美咲、玉虫に協力した七海、玉虫の兵となった羽入家の血筋。その果ては村そのものを、来界村を恨みの対象としてしまう。そうすれば、鈴音は玉虫と同じ道を歩む事になるだろう。だからこそ、ここで憎悪の螺旋を断ち切らないといけないのだ。鈴音が村を恨む事により、憎悪の螺旋が残って、第二の玉虫を生んでしまうかもしれなのだから。そんな事になれば村はいつか、今回のように惨劇の幕開けとなるだろう。それを防ぐためにも、鈴音はここで静音の死を受け入れて、自分自身の気持ちに対して、歯を食いしばって耐えて、憎悪の螺旋を断ち切らないといけない。

 憎悪の螺旋は……誰かを恨んだり、憎んだりする気持ちは、誰かが耐えなければいけない感情なのだろう。誰かを恨んだり、憎んだりする気持ちが残ると、それを表に出して、その憎悪は恨むべき対象、または関係者へと向けられる。そこで行動を起こせば、今度は行動を行った人物が恨みの対象となる。一つの恨みが起こした行動が、二つ目の悲しみとなり恨みとなって、三つ、四つと憎悪の螺旋を広げていくのだ。そして最後には、今回のように悲しい出来事しか生まない事態に陥ってしまうのかもしれない。

 玉虫から生まれた一つの恨みが、二つ目の恨みを生み出し、数を重ねて強大な力となった今回のように。鈴音はその事を肌で感じた、それは今回の出来事に終止符を打つ張本人だからだ。だからこそ、玉虫は鈴音に頼んだのだろう。憎悪の螺旋を……断ち切ってくれと。

 それは今現在、螺旋の先端にいる鈴音にしか出来ない事だ。だからこそ、鈴音は誰かを恨んではいけない、憎んではいけない。その気持ちを抱いても、胸の奥に仕舞い込んで、決して表に出してはいけないのだ。そのためには、まず、静音の死を受け入れないと始まらない。鈴音の感情に決着を付けるためには。

 けれども、真実は鈴音にとっては残酷すぎた。静音が死んだ今、鈴音は本当に天涯孤独の身となってしまったのだから。だから鈴音が静音の死を受け入れられないのも分からなくはない。静音を失ってしまっては……鈴音は本当に一人になってしまうからだ。

 短い静寂がその場を支配すると静音はゆっくりと鈴音に向かって話し掛けた。

「鈴音、人は誰でも一人なのよ。家族とか、兄弟とか、友達が居ても、人は常に一人なのよ。どんな繋がりも、どんなえにしも、その人が持っている心の奥底までは理解できない。そこに血の繋がりや絆なんて関係無い。だから誰も鈴音が抱いている全ての気持ちを理解はできない、誰も鈴音の気持ち全てに共感する事は出来ないのよ」

「…………」

「でもね、鈴音。全ては理解できなくても、半分ぐらいは理解してもらえたり、察してくれたりしてくれるのも確かよ。だからこそ、人は大事にするの。家族を、兄弟を、友達を、血の繋がりや絆を。私が、たった一人の妹である鈴音を愛し、慈しんだように。そして、鈴音と同じぐらいに私は静馬さんを愛したように。鈴音、人はそうやって人との繋がりを増やしていくものなのよ。だから鈴音、私が居なくなって、鈴音は一人になるかもしれない。でも、隣には沙希が居る、鈴音も誰かを愛して、新しい繋がりを増やして行く事が出来るのよ。それに、今回の出来事で鈴音は美咲ちゃん、それに七海ちゃんや羽入家の人達との繋がりを作ったじゃない。その繋がりは決して無駄じゃない、その繋がりがあったからこそ、鈴音はここまで辿り付けたと思うわ。だから鈴音、私が居なくなっても、鈴音は新しい繋がりを、縁を作る事が出来る。まだ、幸せになる事が出来る。それは確かな事よ」

「でもっ!」

 今まで黙っていた鈴音が叫ぶように声を上げる。もう、鈴音は押さえ込んでくる沙希に対して抵抗はしていなかった。その代わりに、どうしようもない悲しみを流すために涙を流しながら静音に告げる。

「私は……姉さんにも幸せになってもらいたかった。姉さんは私の為に自分の人生を削って、私の為に生きてくれた。そんな姉さんだからこそ、私は……幸せになって欲しかった。姉さんが私を愛してくれたように、私も姉さんを愛してた。だからこそっ! 私の為に頑張ってくれた姉さんには、しっかりと幸せになって欲しかった。そんな姉さんが、未だに幸せになって無い姉さんが……このまま死んで逝くなんて……私はどうして良いのか分からないよっ!」

 静音に向かって今までは、はっきりと言えなかった本音を口にした鈴音。そんな鈴音は、今では全身の力が抜けたようになっており、頭を垂らして沙希に支えてもらっている状態になっていた。それも仕方ないだろう。鈴音が今まで言えなかった本心を静音に向かって言ったのだから。既に何も考えずに、思った事をそのまま口に出したのだ。だから頭は混乱していても、心だけは凪のように静かだった。

 静音も鈴音の本音には気付いていた。けれども、こうして、はっきりと口に出されたのは初めてだった。だからこそ、静音は少しだけ驚いたような表情になると、すぐに優しい微笑みを浮かべて鈴音に向かって、はっきりと告げる。

「幸せだったよ。鈴音も、私の為に一生懸命になってる事は知ってたから。鈴音が私の為に頑張ってる事を知っていたから、だから私も鈴音の為に、どんな事でも頑張れた。この世でたった一人の家族、それをお互いにお互いの事を思って一生懸命だと知ってたから、だから私は自分の人生に不幸だったなんて思ってないわよ。鈴音が居てくれたからこそ、鈴音が傍で頑張ってくれたからこそ、そんな鈴音が居てくれたからこそ、私は幸せだったよ。だから鈴音、鈴音は私の人生まで背負わなくて良いのよ。だって……本当に幸せだったのだから。ねっ、鈴音」

「……本当に?」

「当たり前でしょ、私が鈴音に嘘を教えた事がある? そんなにお姉ちゃんの言葉が信じられない?」

 そんな静音の言葉を聞いて鈴音は頭を横に振る。静音から教わった事、それが鈴音の人生において基本となり、今回の出来事でも根幹には静音からの教訓が多かった。だからこそ、鈴音は静音の言葉を信じる事が出来た、信じ続ける事が出来る。それぐらい、鈴音は静音から教わった事に、静音の言葉を信頼していた。

 それは今になっても変わりは無い。だからこそ、鈴音は静音の人生が不幸ではなかったと、この世でたった一人の家族だからこそ、お互いに頑張って来れたと、そして……その中に幸せがあった事を改めて実感した。

 そんな鈴音が頭を上げるとしっかりと静音を見詰める。それから静音との会話を続けるのだった。

「そっか、なら……良かった。私も姉さんと一緒に、姉さんと暮らしてて幸せだったよ。姉さんが居たからこそ、どんな事でも頑張れた、どんな事があっても、自分の人生が不幸だとは思わなかったよ。全部……姉さんが居てくれたから……」

「そうね……けど、鈴音、これからは鈴音は一人になるかもしれない。でも……傍には親友の沙希がいるでしょ。それに、この村で出来た縁も強い物よ。そして、鈴音も誰かを愛する時が来るのよ。だから、この世で一人になるのは一時の事、人は……生きていれば家族を増やせるのよ。だから鈴音、これから先はずっと一人じゃない。いつか……鈴音も誰かを愛し、子を産んで、家族が増えて行く。それだけじゃない、沙希との繋がりもある。沙希の家族とも親しくなれる。それから、この村で出会った人達とも……しっかりとした縁がある限り、繋がりを持つ事が出来るのよ。そうした縁は螺旋となって広がっていくのよ。だから鈴音、憎悪の螺旋を断ち切って、縁の螺旋を築きなさい。それが鈴音が、これからすべき事よ」

「……うんっ!」

 静音の言葉にはっきりと返事をした鈴音。その返事こそ、鈴音が全ての思いを断ち切る気持ちを思いっきり込めた返事だった。だから、これで憎悪の螺旋は確かに断ち切られた。だが、後に残るのは悲しみだけである。

 確かに鈴音は静音の死を受け入れ、憎悪の螺旋を断ち切った。けど、それで静音が戻ってくるワケではない、静音は既に死んでいるのだから。だから鈴音は静音を失う事を確かに感じ取り、涙を流すのだった。それは当たり前の事だろう。この世でたった一人の家族を失ったのだから、その悲しみは人には分からないほど、鈴音には悲しい出来事なのは確かだろう。

 だから鈴音は涙を流し続けているのだ。それでも、泣かないのは静音を思っての事だろう。ここで静音に弱い部分を見せてしまっては、静音に心配を掛ける事になってしまう。全てを悟った今、鈴音はしっかりと静音を見送らないといけないのだ。だからこそ、鈴音は涙を流しながらも微笑む事が出来た。

 そんな鈴音の微笑みに応えるかのように静音も、いつも鈴音に見せていた優しい微笑をみせるのだった。それは鈴音達をいつもの日常に戻すかのような行為だった。だからこそ、静音は鈴音と暮らしていた時のように明るく話しかける。

「それにしても、これで鈴音の温もりともお別れか~。こんな事になるんだったら、鈴音のファーストキスを奪っておけば良かった」

「その言い方だと、まるで何かをしていたように聞こえるけど」

「うん、鈴音のほっぺには、よくチューってやってたよ」

「姉さん、人が寝ているからって勝手な事をし過ぎ」

「良いじゃない。この世でたった一人の家族だし、愛すべき妹なんだから。お姉ちゃんとしては物足りないぐらいなのよ」

「どうやったら満足するのやら」

「えっとね~」

「答えなくて良いっ!」

 その言葉を最後に笑い出す、鈴音と静音。そう、こんな平凡な会話こそが二人にとって幸せだと言えるべき時間なのだ。この時間があったからこそ、二人ともお互いに思いやり、お互いを支える事が出来たのだ。

 けれども現実は無情にも時を刻む。

 突如として洞窟の奥と川が光りだすと、数え切れないほどの光の玉が出てきて、その光に照らし出されるように影は人を模っていた。そんな光景を目にした静音が静かに目を閉じると鈴音にはっきりと告げる。

「どうやら時間みたいね、私達も逝かないといけないわ」

「……姉さん」

 こんな時にどんな言葉を掛ければ良いのか、どんな言葉が相応しいのか、それは鈴音には、まったく分からなかった。たぶん、どんな言葉も意味を成さないのかもしれないし、言葉を必要としないのかもしれない。

 けれども、鈴音は最後にはっきりと静音に伝えるのだった。

「姉さんっ! 私は姉さんと一緒に居られて良かったっ! 一緒に暮らせて楽しかったっ! だから……私も幸せだったよっ!」

 そんな鈴音の言葉に静音は微笑むと、身体が段々と透明になって行く。胸の中央には、他の玉と同じく、光り輝く玉があった。それこそが魂と呼ぶものかもしれない。だが、今はそのような事はどうでも良い事だ。

 洞窟の奥から、川から浮き上がった光の玉は次々の川の向こうを目指してゆっくりと飛んで行く。その光景に沙希は目を取られて、数々の光の玉を見送るのだった。

 そんな沙希に抱かれて、鈴音はしっかりと静音を見詰めていた。そんな静音が何かを思い出したかのように手を叩くと、音は出ないが、何かを思い出したのは確かなようで、その事について明るく話し始める。

「そういえば、村の文献を調べてて分かったんだけどね。この村は昔は異界村と呼ばれてみたいなのよね。それは、この平坂洞の奥に流れる川が、三途の川と考えられ、こちら側が此岸しがん、生者の世界。向こうが彼岸、死者の世界と言われてたみたいね。死者の世界と繋がっているから、彼岸を異界に例えて異界村と呼ばれてたみたいね。ついでに言うと、平坂洞の語源となったのは黄泉比良坂よもつひらさかが由来なのよ。ここに来るまで坂だったでしょ、そして坂の向こうに対岸が見えない川があるから、ここに来るまでの坂を黄泉比良坂と考えられて、そこから取って、平坂洞って呼ばれるようになったみたね。だから私達は川の向こうに行くのよ。そこが彼岸、死者の世界だからね」

 最後に、そんな説明をする静音。そんな静音に対して鈴音は涙を流しながらも、少し呆れながら言葉を返すのだった。

「姉さん」

「ん~、どうしたの?」

「姉さんも逝くんでしょ、最後の言葉がそれで良いの?」

 そんな事を尋ねる鈴音に対して、静音は優しい微笑みに戻ると、鈴音にはっきりと告げるのだった。

「私が伝えたい事は全て鈴音に伝えてあるわよ。今まで生きてきた中で、鈴音に伝えたい事は全て伝えてきたつもりよ。だから、今になって伝える事はないわよ」

「そっか、そうだよね。だったら……これで良いのかな?」

 そんな言葉を発して、しっかりと静音を見詰める鈴音。そんな鈴音に対して静音は明るく頷くだけだった。それから、ドンドンと薄くなってきた静音の身体はすでに半透明どころか、薄い紙描いた絵のように薄くなっていた。どうやら静音もそろそろ逝くようだ、だからこそ、静音は鈴音に告げる。

「じゃあね、鈴音。あっ、お彼岸には帰るから、その時はお供え物をよろしく~」

「はいはい」

 最後までお気楽な言葉を発する静音に対して鈴音は慣れた感じで返事をする。そして静音は最後の言葉を鈴音に告げる。

「それから……ずっと見守ってるからね」

「……うん」

 鈴音が返事をする前に静音の姿は消えて、今では他と同じく光り輝く玉に映し出された影しか残っては居なかった。それから、静音の玉は二つに別れると、他の玉と同じく、ゆっくりと静音が言っていた彼岸に向かって進んで逝く。静音から別れた、もう一つの光は、たぶん、静音を影で支えてくれていた静馬だと、鈴音は思った。そして、そんな静馬が静音の傍に居てくれるなら充分に安心できると鈴音は安堵していた。

 そして静音の最後を見送るかのように鈴音は最後の言葉を放つ。

「じゃあね、姉さん……」

 それだけを言い残して鈴音達は光の玉を見送り続ける。その一つ一つの輝きが、玉虫に殺されて生贄とされた者達であり、美しく輝くものの、その輝きは悲しい物に鈴音と沙希の瞳には映っていた。そして二人は、そのまま、逝く者を見送り続けるのだった。



「沙希……ごめん」

「別に気にしなくて良いわよ。それよりも、美咲ちゃんを連れて、さっさとここを出るわよ。ここは……私達には相応しくない場所みたいだからね」

「……お願い」

 鈴音はそれだけの言葉を口にするとゆっくりと立ち上がって、川の向こうを見詰める。すでに光の玉は全て川の向こうへと逝った。もう、見送る者は居ない。それでも、鈴音は川の向こうを見詰めていた。

 その間に沙希は美咲を背負うと鈴音に声を掛けた。

「行くわよ、鈴音……泣きたいのなら、泣けばいいじゃない。傍に居てあげるから」

「うん……ありがとう、沙希」

 それから二人はゆっくりと洞窟の方へと歩き出す。鈴音はもう我慢できないのだろう、泣き声こそ上げないものの、思いっきり泣きながら歩き続けた。そんな鈴音の隣を、鈴音の歩調に合わせて歩き続ける沙希。

 沙希としても静音と親交があったからこそ、思いっきり泣きたいところだろう。だが、沙希は涙すら流さなかった。それこそが静音との約束でもあり、鈴音への代償でもあるからだ。だから沙希は悲しい気持ちを思いっきり抑え込み、涙すらみせなかった。

 そんな二人が洞窟内に戻ると不思議な現象が起きていた。鈴音は思いっきり泣いていたから気付かなかったろうが、沙希ははっきりと目にしていた。来る時は不気味な程に並んでいた首の数々が全て消えているからだ。けれども沙希は驚きもしなかった。

 なにしろ玉虫に関しては非常識でオカルト染みた事ばかりだったのだ。今更、首が無くなっていても、先程見送ったのと同時に消えた事は簡単に推測が付く事だった。それは玉虫が完全復活するために、生贄となった呪縛から解放されて、先程皆と一緒に逝ったのだろうと沙希は考えていた。

 そんな沙希の考えが当たっているか、どうかは分からない。それに知る必要も無い。そう、全てはもう、終わった事なのだから。

 そんな二人が平坂洞を出ると足を止めた。なにしろ、空は今まで覆っていた雲が全て無くなっており、今では赤い夕焼けを映し出しているからだ。そんな夕焼けの景色を見ながら、沙希は改めて思った。今日は……本当に長い一日だったわね、と。

 そんな沙希の隣では、未だに涙を流しているものの、しっかりと夕焼けを目にした鈴音が何も言わずに立っている。鈴音が何も言わない理由を沙希はしっかりと分っていた。

 あまりにも赤く染まった空が悲しすぎるほどに赤かったからだ。

 宿敵とも言える者との別れ、そして最も愛しき者との別れ、それでも二人は嘆く事も許されずに、ここまで歩いてきたのだ。そんな二人の瞳に映った夕焼けは悲しさしか示さなかった。そして祈りが裏切られた事に涙を流さずにはいられなかった。

 いつの間にか沙希の顔にも一筋に涙が流れていた。隣で鈴音も涙を流し続けている。そんな二人が夕焼けに思ったのは、たった一つの事だった。


 ―さよなら 愛しき人―






 はい、そんな訳で、やっと出てきた静音ですね~。というか、静音のキャラも豊かになったものだな~。当初の設定だと威厳があるだけのキャラなのに、いつの間にか面白さも混じってしまいました。

 まあ、そんな静音も逝ってしまったので、後に残ったのは悲しみだけですけど……なんというか、静音なら、あっちでも楽しくやってるんじゃないかな? と思うような展開になったような気もします。

 そんな静音とは裏腹に、まったく出番がなかった静馬ですね。……まあ、当初の予定から出す予定は無かったんだけどね。まあ、最後にちょっとだけ触れただけでも良かった事にしましょう(笑)

 というか、三部作の番外編でも静馬の出番は少ないんだけどね(笑)

 まあ、静馬で遊ぶのはこれぐらいにして、まあ、大したキャラじゃないですからね~(笑) そんな訳で、ちょっとシリアスな感じが出ていたと思われる本編ですが、如何でしたでしょうか? 

 まあ、本来の予定なら、少しは泣けるような展開にしたかったんですけどね~。あまり、そんな感じにならなかったかな? まあ、何人かが泣けると思えれば、それだけで成功と言えるでしょうね。

 というか、自分で書いてると、これで本当に泣けるのだろうか? とまったく分からない物で。その辺の意見を下さると参考になるので嬉しいです。

 そんな訳で、いよいよ、最終章に入った断罪の日~咎~ですが、最後まで、ちょっと、シリアスな展開で書いたつもりですけど。う~ん、最後の最後まで泣ける人が居たのなら、今はそれで充分かもしれないですね。

 というか、それが今の私の限界ですね(汗)

 まあ、その辺は今後の課題にするとして、そろそろ次を上げようと思うので、そろそろ締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、あ~、やっと終わるよ~。と一安心している葵夢幻でした。

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