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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第九章 最終決戦
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第九章 そのニ

 玉虫は相変わらず着物の上にボロボロの羽織を数枚ほど羽織っているが、地面にしっかりと足を付けていた。これだけでも、玉虫は美咲という依り代を吸収する事で身体を得たのと同じだと理解した方が良いだろう。つまり、今の玉虫は普通の人間と同様に身体を持ってはいるが、その中には怨念の塊とも言える力を備えている最悪な状態だと言えるだろう。

 そして、それを可能にしたのが依り代の力であり、玉虫が最終手段として確保していた美咲の存在だ。玉虫の一時的な復活、そして完全復活には依り代が必要なのだ。依り代があるからこそ玉虫は自分の力を表に出せるし、依り代がある限りは玉虫の力は尽きる事無く、存分に振るわれる事だろう。

 つまり依り代、今回の場合は美咲がそれに当たるが、そんな美咲を取り込む事によって玉虫は自分の姿を悪霊という不透明な物から、実質的な身体を持つという完全な物へと変化させたのだ。これこそが依り代の役割であり、依り代によって発揮される玉虫の力なのだろう。

 だが、美咲が依り代として玉虫の中に吸収されて事には間違いは無い。だから、今の玉虫を殺すのは、美咲を殺すのと同じだ。そこは鈴音は分っている、分っているからこそ、無謀とも言える分の悪い賭けに出たのだ。

 そんな鈴音と沙希がそれぞれ駆け出すと、一気に玉虫との距離を詰めて行く。一方の玉虫は自分の歯向かってくる二人をあざ笑うかのように、御神刀を一振りすると、それだけで衝撃は強風となり、鈴音と沙希に叩きつける。

 だが、鈴音と沙希もその程度の事は予想できていた事だ。いや、正確には、完全に復活して身体まで手に入れた玉虫だからこそ、何が起こっても既に驚きはしないのだろう。だからこそ、冷静に身体を動かす事が出来た。

 強風と言っても、所詮は玉虫が二人の進行と威嚇を込めた一振りだ。そんな物では鈴音達を殺すどころか、傷一つ付ける事は出来ないだろう。もちろん、玉虫もそんな事は分っている。分っていてやったのだ。最初の威嚇で二人がどんな反応を示すかを見るために。

 そして二人は強風を叩き付けられた最初は足が止まってしまったが、すぐに強風の中を再び駆け出し始めた。二人とも分っているのだ、この強風が玉虫の威嚇であり、すぐに治まるという事を、だから二人とも今では既に玉虫の間合いに近づきつつあった。

 そんな二人の反応を見て、玉虫は思う。

 やはり、事がここに至っては、威嚇などは意味がないようやのう。やはり、わらわが直接、手を下さねばならぬようやのう。そう、玉虫は二人の中にある自分への恐怖心を確かめたのだ。少しでも玉虫に恐怖を感じていたのなら、先程の威嚇で少しは萎縮するはずだ。だが二人とも萎縮するどころか、まったく動じずに玉虫に向かって迫ってくる。これは、すでに二人の中に玉虫に対する恐怖心が無くなった事を示している。

 それは玉虫にとっては少しだけ都合が悪かった。玉虫の力、その根源となっているのは玉虫自信の怨念に過ぎないが、その怨念を増長させているのは玉虫に対する恐怖と畏怖。それから、玉虫を崇める信仰心に御神刀に溜め込んだ怨念だ。

 だが、鈴音と沙希は村の外から来た人間だからこそ、最初から玉虫に対する信仰心はまったくない。それに羽入家の者では無いから、玉虫の恐怖を肌で感じた事も無い。更に言えば、今まで戦ってきた中で鈴音と沙希は既に玉虫に対する恐怖心や畏怖するという感情を無くしてしまっている。それは、今では二人とも玉虫と対等な敵と認識したからに過ぎないのだ。

 だが、悪霊である玉虫にとっては、そんな二人を相手にするのだから、この上なく厄介な相手とも言えるだろう。だからこそ、玉虫は完全に二人を斬り殺すつもりで御神刀を振るいだすのだった。

 そんな玉虫の行動に逸早く、対応に出たのは鈴音だった。なにしろ沙希は無手で武器を手にしてはいない。だから玉虫の御神刀を防ぐのは不可能だ。だからこそ鈴音が前面に立って、御神刀を中心に玉虫の攻撃を防がなくてはいけなかった。

 そんな鈴音と玉虫が何回か刃を打ち合わせる。そんな中で鈴音は玉虫の力がいかに強大かを改めて感じるのだった。つ~、数回打ち合っただけなのに手が痺れるよ~。あれは一撃でも喰らったら確実に致命傷だよね~。でも、これが私の役目なんだから……頼んだよ、沙希。そう思いながら鈴音はもう一度、玉虫の御神刀と一回だけ打ち合う。

 そう、ここで鈴音は攻勢には出られないのだ。なにより、玉虫の攻撃は先程も鈴音が思ったとおりに重く、威力もあり、一撃でも喰らえば、確実に死に至るだろう。そんな攻撃を鈴音は防ぎながらも、玉虫に対して多少の牽制もしておいたのだ。

 そんな戦いに玉虫の注意が完全に鈴音に向いたところで一気に沙希が動き出す。沙希は既に玉虫の後ろまで回りこんでおり、玉虫に向かって一気に間合いを詰めると、回転を付けながら跳んで右足を繰り出す。もちろん、玉虫の後頭部を目掛けてだ。

 けれども相手は完全な力を取り戻した玉虫である。玉虫は鈴音の一撃を防ぎながら弾き、それと同時に右手を御神刀から離して鈴音に向けると、衝撃波のような物を鈴音に叩きつけるのだった。そのため、鈴音は弾き飛ばされて玉虫から距離を空ける事になってしまった。後は沙希に対する対処だけである。

 玉虫は鈴音を弾き飛ばした後にすぐに身を屈めると沙希の回し蹴りを回避する。それと同時に玉虫は上空に居るであろう沙希に向かって、御神刀を両手に握り締めると、沙希が居ると思われる地点に御神刀を振るう……が、御神刀は空を斬るだけだった。

 御神刀を振るうのと同時に振り返った玉虫は沙希の姿を探すが、すぐには見付からなかった。だが下から殺気を感じると玉虫はすぐに跳び上がった。それと同時に沙希は足払いしようとして放った蹴りが空を切る。

 そう、沙希は素早く着地するのと同時に身を屈めて、未だに残っている遠心力を使って足払いを玉虫に仕掛けたのだ。もちろん、これは玉虫の反撃を予想しての行動だ。だからこそ、玉虫は完全に虚を付かれる形になってしまったのだ。

 そして、この形こそ、沙希が目論んでいた形なのだ。玉虫は沙希の足払いを避けるために、今は空中に飛び上がっている。それに対して沙希は身を屈めながら拳を構えていた。それは、まるで空中に居る鳥を狙うように、沙希は全身のバネを引き絞って一気に拳を繰り出す。これこそが沙希の狙っていた作戦だ。なにしろ、今の玉虫は空中に居るのだから攻撃を防ぐ事は出来ても、避ける事は不可能である。そこに、全身を弓の弦みたいにしならせた沙希の拳が飛んでくるのだ。いくら玉虫でも避ける事は不可能だろう。

 もちろん、御神刀で防御するという事も可能だろう。だが、そのためには足で踏ん張る必要があるのだ。つまり、沙希は御神刀の刃だけに注意して攻撃すれば、確実に玉虫にダメージを与える事が出来るのだ。そして……沙希の繰り出した攻撃は見事にヒットした……とは言え無いだろう。

 空中に居ながらも沙希の目論見を読んだ玉虫は御神刀から、すぐに右手を離すと、そのまま沙希の拳を受け止めに行ったのだ。もちろん、空中に居るのだから完璧に防ぐ事は出来ない。だが、受け流すように沙希の攻撃を無効化するのは簡単だ。

 玉虫は沙希の攻撃を右手で受け止めるのと同時に、沙希は腕を伸ばし、玉虫は受け止めた腕を縮めたのだ。そして沙希の腕が完全に伸びきったところで玉虫は縮めた腕を一気に伸ばすと、玉虫は見事に沙希の攻撃を無効化し、更に腕を一気に伸ばした事により、後ろに跳ぶ事が出来た玉虫は沙希と距離を空ける事が出来たのだ。

 これで沙希の攻撃は完全に無効化された……と玉虫は思っただろう。だが、突如として玉虫の悲鳴が響き渡る。

「ぎゃああああぁぁぁぁっ!」

 それと同時に御神刀が地面に落ちると玉虫は沙希の拳を受け止めた右手を庇うように、膝を屈して痛みに耐えているようだ。そんな光景を目にして、沙希は笑みを浮かべると玉虫を攻撃した右手を一回だけ軽く振る。

 そんな沙希を睨み付けながら玉虫は叫ぶ。

「なんじゃ、この力はっ! 主はいったい何をやったのやっ!」

 どうやら玉虫は何かの力によって右手にダメージを負ったようだ。その証拠に、玉虫の右手は火傷のように焼け爛れているようだが、回復能力も上がっているのだろう。かなり早いスピードで玉虫の右手は元の状態に戻っている。それでも、玉虫にこれだけのダメージを与えたのだから、玉虫には沙希が何をやったのかが不可解で仕方なかった。

 一方の沙希は、まさか、ここまでの力があるとは思っていなかったようだ。驚き半分、笑みを半分といった表情で玉虫に向かって右手を突き出した。それから玉虫に向かって意地悪な笑みを浮かべながら話し掛ける。

「まさか、水夏霞さんから貰ったお札が、ここまで効果的だったとはね~。意外と良い物を貰ったわ。おかげで……玉虫様を思いっきり苦しめる事が出来るんだからねっ!」

 そんな事を叫ぶ沙希に対して玉虫は沙希の右手、グローブの下に貼り付けてあるお札を苦々しい顔を見ていた。

「鎮魂の札とはやのう……まさか、そこまで用意してあるとは思いもよらぬかったやのう。確かに、その札ならわらわを傷付ける事が出来るでやのう。それだけではない、使い方によってはわらわに多大なダメージを負わせる事も可能や」

「へぇ~、そこまで自ら教えてくれるなんてね。このお札に対する対抗策があると見て、良いみたいね」

「ふっふっふっ、それは違うというものやのう」

「どういう意味よ?」

 余裕を見せてきた玉虫に対して沙希は問い掛ける。だが、その間にも玉虫の右手は完全に回復して元の状態に戻ると、玉虫は立ち上がって、御神刀を操るかのように右手で受け取ると、そのまま刀の露を払うように、横に一振りする。

 そんな光景を見ていた鈴音が沙希に向かって叫ぶ。

「沙希っ! 事が最終局面に達したからこそ、お互いに何をしてきても不思議じゃないっ! だから玉虫も私達も、相手が何をしてこようと今更驚く事でも無いし、それに対処出来ない限りは勝てないだけなのよっ! 玉虫はそれを分ってる、だから玉虫は驚きもしないし、冷静に対抗策を考えてるだけよっ! だから手を止めないでっ!」

 鈴音はそう叫ぶとすぐに霊刀を手に玉虫に向かって駆け始める。沙希も鈴音の言葉を聞いて納得する物があったのだろう。すぐに玉虫の死角を探すべく玉虫の横を回るように駆け出す。そんな二人を見て、玉虫も軽く口元に笑みを浮かべると、突っ込んできた鈴音と打ち合う。

 打ち合うと言っても、鈴音はなるべく玉虫の攻撃を真正面から受け止める事はしなかった。なるべく刃にそって流したり、横から打ち付けて攻撃を逸らしたりと様々な工夫を凝らしてなんとか玉虫と打ち合っていた。

 だが、そんな鈴音の行動が玉虫に余裕を与える事になった。鈴音がそのような工夫をしてきた事に玉虫は気付いたのだ。つまり、鈴音には玉虫の攻撃を真正面から受け止める事は何度も出来ないと。だからこそ、ここは一気に攻勢に出ようとする玉虫だが、お互いの刀を真上に打ち上げるように攻撃すると、玉虫はそのまま鈴音に向かって倒れ込んだ。正確には右手で御神刀を真上に上げて、左肘を鈴音に打ち付ける当身に出たのだ。

 さすがに玉虫がそんな行動に出てくるとは思っていなかった鈴音は、まんまと玉虫の当身を喰らってしまった。こうして鈴音を動けなくすると玉虫は、すぐに左手を後ろに回す。そして、左手から力を解き放つと、それは衝撃波となって沙希に襲い掛かり、弾き飛ばすのだった。

 さすがは玉虫と言ったところだろう。沙希に有効な手段があると分かったなら、沙希を一切近づけない、つもりなのだろう。だからこそ、鈴音に対しては動きを止めるだけで、沙希は完全に弾き飛ばしたのだ。

 だが、鈴音も当身のダメージで苦しんでいるワケにはいかなかった。それに、そもそも、鈴音への当身は沙希を弾き飛ばすために鈴音の動きを止めるために取った手段であり、ダメージはそんなに大きくはなかった。精々、沙希を吹き飛ばす間だけ鈴音の動きを止めているだけに過ぎなかった。

 だからこそ、鈴音もすぐに玉虫に対して攻勢に出る。なにしろ沙希に攻撃をした後だ。いくら玉虫とはいえ、さすがに隙が出来るというものだ。そんな玉虫に向かって霊刀を振り下ろす鈴音。だが、そんな鈴音の攻撃を玉虫は右手一本で御神刀を握り、それだけで振り下ろされた鈴音の霊刀を防いでしまったのだ。

 鈴音はそのまま玉虫の防御を崩そうと力を入れるが、玉虫は右手一本で御神刀を支えているのに、鈴音は両手で持っている霊刀では玉虫の御神刀を押し切る事は出来なかった。つまり、玉虫は右手一本でも、かなりの力を出せるという事だ。それが分かった鈴音は自ら、少しだけ退くと玉虫の力に対して考える。

 う~ん、さすがに強すぎるかな~。まさか、ここまでの力を持ってるなんて思って無かったよ~。さすが玉虫様ってところかな~。さ~て、ここからどうしようかな~。尽きるまでは、まだ時間が掛かりそうだし……事がここに至っては言葉は意味を成さないか~。なら……やるべき事は一つだけだよね~。

 そんな事を考えた鈴音は冷静に周りを見る。玉虫は未だに余裕があるのだろうか、それとも下手に動く事を警戒しているのか、今は鈴音達の動向を窺っている。そんな玉虫の後ろで弾き飛ばされた沙希が何とか立ち上がって、今にも攻撃に出れそうだ。そして鈴音も、沙希と同様にいつでも攻撃に出れる体勢だった。そんな現状を見て鈴音は一瞬で判断する。

 合わせるしかないかっ!

 そう決断した鈴音は沙希に向かって叫ぶ。

「沙希っ! 合わせてっ!」

「分かったわっ!」

 鈴音の言葉に二つ返事で言葉を返す沙希。もちろん、沙希に鈴音の思惑が全て分かった訳では無い。ただ、鈴音が決断したからこそ、鈴音の意見に乗っただけなのだ。それぐらい、沙希は鈴音を信頼していると言っても良いだろう。

 だからこそ、二人は阿吽の呼吸で同時に駆け出す。二人のスピードと距離を考えると、玉虫に到達するのは同時だろう。そうなると玉虫はどちらかを先に叩かないと二人を同時に相手をしないといけない。だからこそ、玉虫も瞬時に決断すると沙希に向かって駆け出すのだった。

 沙希としても玉虫がこちらに向かって来た場合の事も考えていたのだろう。だからこそ、沙希は駆けるスピードを一気に上げると玉虫との距離を一気に詰める。もちろん、ここで一気に距離を詰めないと沙希には不利だからだ。

 そして一気に二人の距離が縮まると玉虫は御神刀を振り出そうとする。このままでは、沙希は確実に御神刀で斬られる事は間違いないだろう。だが、沙希も伊達に静音との付き合いがあった訳ではない。むしろ、静音との遊びに付き合わされて対処策を知っている。だから後は……タイミングだけだった。

 沙希は振られる御神刀よりも玉虫の手に集中して観察をしていた。そして、玉虫が御神刀を振り出そうとした瞬間、玉虫の両手に力がこもり、振り出す準備に入る。沙希はそのタイミングを見計らって跳ぶのだった。

 もちろん、ただ跳んだだけで玉虫が沙希を見失うはずが無い。むしろ、沙希が空中に跳んだ事により格好の的に思えただろう。だからこそ、玉虫は刃の角度を沙希に向けて修正すると御神刀を一気に振り出……せなかった。

 その事に苦々しい顔をする玉虫、まさか玉虫もこんな方法で斬撃を防いで来るとは思っていなかっただろう。そして、沙希も上手く行った事に少しだけ安堵すると共に未だに油断がならないと気を引き締める。それはそうだ、なにしろ沙希は……玉虫が御神刀を握っている柄に蹴りを入れたのだから。

 つまり、沙希は上に跳んだのではなく、スピードを落とさずに前方上空、しかも玉虫の両手に目掛けて跳んだのだ。だからこそ、玉虫が御神刀を振り出すよりも早く、沙希の蹴りが御神刀の柄に当たった事になる。

 玉虫も、まさかあそこから蹴りが跳んで来るとは思ってはいなかっただろう。だからこそ、沙希に一本取られる形で玉虫は御神刀を振り出せずに、逆に沙希の蹴りで御神刀を弾き飛ばされないように力を込めるしかなかった。そして蹴りの衝撃が消えると、沙希はそのまま御神刀の柄を踏み込む形で、再び玉虫の後ろに向かって跳ぶのだった。

 見事な軽業と言える沙希の行動に玉虫はすぐに沙希を追おうとするが、その余裕を与えるほど鈴音達は甘くなかった。沙希が玉虫から離れるのと同時に鈴音はすでに玉虫の後ろから霊刀を振り上げていたのだ。

 玉虫は仕方ないといった感じで舌打ちをすると、御神刀で霊刀の攻撃を防ぐ。だが、鈴音の攻撃はそれで終わりではなかった。ぶつかり合った御神刀と霊刀だが、鈴音はワザと力の方向を御神刀ではなく下に向けたのだ。そのため、ぶつかり合った御神刀と霊刀だが、まるで霊刀が御神刀をなぞるように、霊刀は一気に下に向かって振り下ろされたのだ。

 そこから鈴音は身体のバネを活かして一気に玉虫に向かって距離を詰めるのと同時に霊刀の刃を玉虫に向ける。どうやら鈴音は完全に玉虫の懐に入った事を利用して、そのまま一気に駆け抜けるのと同時に玉虫を斬り裂こうとしたのだろう。

 だが、玉虫も二人の攻撃にほんろうされているばかりではなかった。一気に横を駆け抜けようとする鈴音。そんな鈴音の横腹にいつの間にか玉虫の手が当てられていた。そして、玉虫が力を放つと鈴音は思い掛けない衝撃を受けて弾き飛ばされてしまった。これで、しばらくは鈴音からの攻撃は来ないだろう。後は攻撃を仕掛けてくるであろう沙希に対応するだけである。玉虫は、そう判断したが、それが間違いである事に気付くのに、そんなに時間は要らなかった。なにしろ……沙希からの攻撃は行われなかったのだから。

 そして、その肝心な沙希はというと、いつの間にか鈴音の元へ駆け寄っていた。そして、鈴音も弾き飛ばされて、地面に叩きつけられたものの、打ち身だけで済んだのだろう。今では大したダメージも無く、しっかりと立ち上がり、霊刀を手にしていた。

 そんな鈴音と沙希に対して玉虫は迷った。このまま、一気に攻勢に持って行くべきか、それとも、確実に一人ずつ倒せる状況に持って行くか。どちらにしても、二人を相手にする事には変わりは無い。後は各個撃破するか、それとも二人まとめて撃破するかの、どちらかである。

 だからこそ玉虫は迷ったのだ。鈴音の霊刀もかなり厄介だが、沙希が身に付けている鎮魂の札も厄介だった。両方とも確実に玉虫を傷付ける事が出来る。更に言えば、鎮魂の札は玉虫の霊を慰めるために作られたものだ。普通の霊なら札の力で成仏する事だろう。だが、悪霊となった玉虫に対しては、力を封じられるのと同時に傷付けられるのと同じ効果を発揮してくる。元々は玉虫の霊を慰めるために作られたものだが、悪霊となった玉虫にとっては慰めどころか退治に近い形で札の力は働く。だからこそ、厄介なのだ。

 沙希の事だから、確実に札を貼り付けているのは手だけでは無いだろう。他にどこに貼り付けているのかが分からないからこそ、厄介なのだ。鈴音の霊刀は全体が見えるだけ防ぐのも避けるのも簡単だ。だが、沙希が持っている札は貼り付けている場所によっては下手を打って反撃を喰らう可能性がある。だがら厄介な事この上無いのだ。そして、その事が玉虫を攻勢に出る事を迷わせていた。

 鈴音達に言わせれば思っても寄らなかった効果が、いつの間にか発動していたと言えるだろう。まさか、水夏霞から貰ったお札がここまでの効果を出してくれるとは鈴音にとっても大きな誤算だった。だが、その誤算が鈴音達にとっては有利に働いている。だからこそ、沙希と合流した鈴音は誤算を最大限に利用するために隣に居る沙希に話し掛ける。

「そう言えば沙希、お札はどこに何個ぐらい張ってあるの?」

「両手と両足、後は両膝ね。まあ、私は攻撃をするところにか張らなかったからね。そこに一枚ずつ張り付けてあるわよ」

「そっか、なら作戦変更。私はとにかく御神刀の攻撃を防ぐから、沙希は攻撃に集中して。二人で同時に仕掛けるよ~」

「分かったわ」

 どうやら鈴音は玉虫と自分が思いも寄らなかった誤算に、お互いの作戦を組み直す必要があったようだ。しかも、それは鈴音達には嬉しい誤算だった言えるだろう。まさか、水夏霞からお守りのように貰った物が、ここまでの効果を発揮するとは二人にとって誤算と言えるだろう。鈴音はお札がここまでの効果を発揮するとは思ってなかった、そして玉虫は鈴音達が鎮魂の札を手に入れている事を知らなかった。

 そんな誤算があったからこそ、玉虫も鈴音も戦いに対応できていない部分があったと言えるだろう。だが、これで鈴音達は、その誤算を修正し、自分達が最大限に活用できるようにしてきたのだ。後は動くだけである。だからこそ、鈴音は霊刀を構えると隣に居る沙希に声を掛ける。

「じゃあ、沙希、行くわよ」

「いつでも、どうぞ」

 そんな沙希の返答に鈴音は少しだけ口元で笑うと、すぐに気を引き締めて戦闘体勢に入る。そして、鈴音は玉虫に向かって駆け出すと、それを合図に沙希も駆け出してきた。向かって来る二人に玉虫は苦々しい顔をしていた。まさか鈴音達が、ここまでの抵抗を見せてくるとは思いも寄らなかった事だ。玉虫としては美咲を取り込みさえすれば、その力だけで鈴音達をすぐに殺せるものだと思っていただろう。だが鈴音達は意外にも手強く、なかなか殺す事が出来なかった。

 だが、それでも玉虫の中には焦りは無かった。たぶん、玉虫も心のどこかで思っていたのだろう。鈴音達がここまで来たのだからこそ、そう簡単には鈴音達を倒せないと、そして……もしかしたら……と。そんな思いが玉虫の中にあったのかもしれない。

 けれども今は鈴音達に対処する方が先である。だからこそ、玉虫は鋭い瞳を鈴音達に向けると御神刀を構えた。そんな玉虫に突っ込んでくる鈴音と沙希。そして、鈴音の攻撃から再び戦いが再開される。

 鈴音は真っ先に攻撃を仕掛けた。狙いはもちろん、玉虫に御神刀を使わせる事だ。そんな鈴音が左脇に構えた霊刀を一気に切り上げる。そんな攻撃は当然のように玉虫の御神刀によって霊刀は玉虫を傷付ける事は無かった。

 けれども、これで玉虫の御神刀を封じたのと同じだ。だからこそ、ここぞとばかりに沙希は玉虫の腹を目掛けて、思いっきり蹴りを突き出す……が、その蹴りが玉虫に届く事は無かった。なにしろ玉虫は右手で御神刀を握り、鈴音の霊刀を防ぎ、左手で沙希の足首を掴んで止めたのだから。

 まずいっ! 玉虫が二人の攻撃を簡単に防いできた事に鈴音の中にある危険信号はかなりの警鐘を鳴らしていたようだ。だからこそ、鈴音はワザと霊刀を手放すと、そのまま玉虫に体当たりする。そのおかげで霊刀は地面に落ちるのと同時に御神刀が地面に突き刺さる。そして玉虫の身体は鈴音の体当たりで倒れだすが、沙希の足を掴んでいる手を離しはしなかった。

「沙希っ!」

 とっさに危険を知らせるように沙希の名前を叫ぶ鈴音。その叫びに沙希も何かがあると感じ取ったのだろう。玉虫が倒れるのと同じように引っ張られる足を見て、沙希は即断する。沙希はとっさに跳び上がると自分の片足を掴んでいる玉虫の手に蹴りを入れたのだ。

 沙希が先程言ったとおりに、足にも、正確には靴底にもお札があるのだろう。沙希に蹴られた玉虫の手は火傷のような傷が広がると、さすがの玉虫も手を離すしかなかった。これで沙希は自由になった訳だが、沙希は片足を解放するために片足を使っている。つまり、今は空中に跳んでいる状態なのだ、しかも真横になって寝そべるような体勢で。

 その状態でも、沙希は何とか身体を捻り、何とか受身を取る。そして沙希が地面に叩きつけられるのと同時に玉虫も倒れた。その間に鈴音は、すぐに霊刀を手にし、沙希もすぐに立ち上がると玉虫から距離を取る。

 そして再び合流する鈴音と沙希。そこで沙希が鈴音に話し掛ける。

「鈴音、どうやら玉虫様はマジギレされたようですね」

「沙希、その言い方は失礼だよ。せめて怒り心頭で本気になったって言わないと」

 そんな会話をするとお互いに余裕が無い事を確かめ合う。

「それで、鈴音、どうするの。本気になった玉虫を相手に、どこまで出来るか分かったもんじゃないわよ」

「それでも、やるしかないよ~、沙希。それが……私達がここまで来た理由なんだから」

「今更だけど……私達って、かなりの貧乏くじを引かされたみたいね」

「あははっ、確かに。けど……くじを引いたのなら、その責任を果たさないとね。それが私達にしか出来ない事なんだから」

「確かに。さ~て、玉虫様も休憩が終わったみたいよ。こっちも覚悟を決めて行かないとね」

「そうだね」

 玉虫の手がぎこちなく動くと、まるで倒れた人形を起き上がられるように、直線的に立ち上がる。そんな玉虫が右手を軽く開くと、そこに御神刀が現れて、そして御神刀は玉虫の手に強く握られる。

 そんな玉虫を見て、鈴音と沙希は気を引き締める。そんな鈴音達とは正反対に玉虫は静かだった。まるで本当の人形みたいに、まったく動こうとはしなかった。その事がかえって鈴音達に不気味だと感じさせていたほどだ。それほどまでに玉虫は本気を出してきたのだろう。いや、正確にはリミッターが外れたと言っても良いだろう。

 玉虫は身体を得た事により人間に近づいたのだ。だからこそ、悪霊という存在よりも人間という存在に近づいていたのだ。だが、今の玉虫は再び悪霊として存在に戻ろうとしている。その証拠に玉虫の身体からは、悪霊の姿だった時に放っていた紫色のオーラが出ていた。それは身体を得ながらも悪霊としての力も最大限に出そうという玉虫が持っている本当の意味での力と言えるだろう。

 つまり、先程までの力は玉虫が本来持っている全力ではなく、依り代を元に身体能力だけで戦っていたに過ぎないのだ。つまり、力を放って鈴音達を弾き飛ばした時だけの意外は力を使っていないと言えるだろう。それはつまり、力で身体能力を上げていない事を意味していた。

 だからこそ、鈴音と沙希にも玉虫の動きがはっきりと見えたし、普通に抵抗も出来た。それは玉虫が身体能力を上げていない事の証明とも言えるだろう。

 だが、今の玉虫は完全に身体能力を上げて鈴音達を殺そうとしている。玉虫も全ての力を解放うしたからこそ、余裕を浮かべる事無く、無機質に立っているのだ。つまり、恐ろしいと言えるだろう。今の玉虫にどれだけの力が潜んでいるのかがまったく検討が付かない。つまり今の玉虫が持っている力は未知数に近いと言えるだろう。

 鈴音もそれが分っているだけに沙希に注意を促す。そして……肝心な玉虫はというと……既に思考は止まっていたのだ。玉虫の力も無尽蔵では無い、という事だろう。確かに御神刀から溢れ出る力の源とも言える怨念は尽きる事が無い。だが、一回でどれだけの力が出せるかとなると別問題になって来るだろう。

 つまり、無限の体力があっても走るスピードを上げ続ける事は出来ない、という事だ。だからこそ、玉虫は力を放出量を上げるために思考を止めたのだ。それだけではない、今の玉虫は味覚、聴覚、色の識別感覚などが無くなっている。つまり、戦闘に必要が無い感覚を切ることにより、反射神経や身体能力などを上げてきたのだ。だからこそ、玉虫は思考すらも切って、鈴音達を殺す事に専念しようとしたのだろう。

 そんな玉虫がゆっくりと御神刀を振り上げる。そして……その場から動かずに一気に鈴音達に向かって振り下ろした。

 まずいっ! とっさに危険だと感じたのだろう。沙希は鈴音を押し倒す感じで地面に伏せる。そして二人の上には、数個の何かが飛んで行ったのを鈴音は感じ取っていた。そんな光景を見て鈴音は思考を巡らす。

 うわ~、沙希が居てくれなかったら、私は今頃だと斬り刻まれてたよ~。それにしても……これだけの技となると横一線とか、そんなレベルじゃない。刀を振るうだけで空気を切り裂き、風刃とも言える刃を遠くに飛ばす事が出来るみたいだね。う~ん、ここまで来ると反則としか言い用が無いよ~。でも……単純な攻撃なら読めば良いだけ。

 そう判断した鈴音は未だに上に乗っかってる沙希に話し掛ける。

「ありがとう、沙希。それで沙希、これからだけど、私から離れないで、なんとか攻撃を加えて。今の玉虫には言葉どころか考える事も放棄しているみたいだから。そんな状態になられたら、私達は一瞬でやられるけど、逆言えば玉虫の攻撃が読みやすくなったといえるよ。だから常に私に合わせて」

「まったく、毎度の事ながら無茶な事を言ってくるわね。けど……それでこそ鈴音だからね。分かったわ、何とかしてみるわよ」

「うん、それでこそ沙希だよ」

「じゃあ、そろそろ行くわよ」

 沙希は鈴音の上から退くと二人ともすぐに立ち上がり、鈴音は玉虫の様子を観察する。そんな鈴音の後ろで沙希が、いつでも動けるように待機していた。そんな状況の中で鈴音は、ある事に思考を持って行く。

 玉虫は考える事を止めて、私達を殺すだけに力を使うようになった。でもね~、それは逆に言えば、自分自身の怨念と自分の意思を切り離したと言えるんだよ。ねえ……玉虫さん、あなたが本当に望んだ事は何なの? 本当に願った願いは何なの? あなたが望んだ幸せは……どんなのなの? 怨念から切り離された今なら、それを考える事が出来るよね。そして……もしかしたら私の心で思った事も聞こえてるかもしれない。だから玉虫さん……思い出して……あなたが望んだ……あるべきだった未来の事を……。

 そんな事を心で思う鈴音。けれども、いや、当然というべきか玉虫からの返事がある訳が無い。なにしろ、今の玉虫は鈴音達を殺すために自我すらも捨てたような物だ。そんな玉虫に心で思った事が伝わるはずが無かった。

 そう……伝わるはずが無い。でも……それに賭けてみたいというのも鈴音の本音だろう。だからこそ、鈴音は霊刀を構えると心込める、それは沙希でも美咲のためでも無い。目の前にいる敵である玉虫のためだ。そんな事に意味は無いと沙希ならいうだろう。けど……鈴音は信じたいのだ。いや、信じているのだ。玉虫の中にも、優しい玉虫がいて、その玉虫が未だに残っている事を……だからこそ、今は戦いに集中するために玉虫をしっかりと観察して動きを先読みするのだった。

 そして玉虫が動くのと同時に鈴音は行動を開始して、沙希も鈴音に続く。そして、今まで鈴音達が居たところに何か巨大な物が落ちたような音と衝撃が伝わってくる。そんな感覚を感じながらも鈴音は玉虫をしっかりと観察して次の動きを読む。

 そんな事をしながらも鈴音は心の中で玉虫に問い掛けていた。


 ……あなたが本当に望んだ事は何? と……






 さ~て、いよいよ始まった玉虫との最終決戦ですね。そんな中で鈴音は玉虫の事を思う。そう、それが一番大事だと鈴音は分っているから。とまあ、こんな感じですかね。

 それにしても……美咲を取り込むなんてね~……いったい何人ぐらいが推理出来たんでしょうね。というよりも、美咲が依り代だという事実は何人ぐらい推理出来たんでしょうかね~。まあ、縁で結構なヒントを出してたから、これは比較的に簡単だと思いますけどね~。まあ、この展開は予想外かもしれませんが、とにかく、これで依り代については完全に説明が終わりましたね。

 そして美咲を取り込んだ玉虫様が身体を取り戻してしましました。あ~、ちなみに、玉虫様のスリーサイズは……。

 ……作者斬殺中……

 いかんいかん、玉虫様がマジギレしてた事をすっかり忘れてたよ~。まあ、けど、玉虫様に関しては後々に、なってから明らかになりますので、その時にでも確認してくださいな。

 ちなみに、スリーサイズに関しては絶対に明らかになりません。いや、だって、そんな事をしたら、私は羽入家以上の呪いが掛けられるからね~。だから、絶対無理。そんな訳で、そこは諦めてくださいな~。えっ、ダメ? 教えろって……ふっふっふっ、私だって、いつも殺られているワケではないのですよっ!!!!

 ここで伏せカードをオープンっ!! 玉虫様の怒りを発動。これにより、玉虫様の秘密を知ろうとした人は羽入家の血筋によって消滅させられるっ!!!!

 ふっふっふ、どうだっ!!!! これこそが、私が持っているレアカードだっ!!!!

 さてさて、戯言はこれぐらいにして、そろそろ締めましょうか。次もありますしね。そんな訳で。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、来週のこの時間はスーパータイムの時間だよ、と無駄な宣伝をしてみた葵夢幻でした。

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