第八章 その四
まるで全てのものを拒むかのように閉じられた平坂洞への扉。そんな扉の前に立つ、鈴音と沙希は以前に訪れた時とはまったく違った雰囲気になっているのを感じ取っていた。平坂洞の扉は厳重に閉じられているだけじゃない、まるで誰も入るなと言わんばかりの不気味さを出してきたからだ。
そんな平坂洞の扉を前にして沙希は思った事を口にする。
「なんか……前に比べると思いっきり不気味に見えるわね。今更だけど、ここから悪霊なり、幽霊なんかが出てきそうな感じだわ」
そんな沙希が出してきた素直な感想に鈴音は自分の考えを口にする。
「たぶんだけど……玉虫の力が作用しているんだと思うよ。玉虫の誰も入ってくるな、っていう思いが力となって、平坂洞を不気味に見せてるのかもしれない。確かに、今の平坂洞を見ると私だって帰りたいぐらいだもの」
「けど、私達は帰る訳には行かないのよね」
沙希は顔に闘志と笑みを交じた顔で平坂洞を見詰める。その横で鈴音が真剣な顔付きで沙希の言葉に続く言葉を出す。
「そう……玉虫を倒すまではね」
それこそが、二人の目的であり、その目的を達成するために二人は、こんな山奥にある平坂洞まで来たのだ。だからこそ、今になって二人が不気味さを出している平坂洞の扉を前にして動じるワケがなかった。
それどころか、沙希は七海の時と同様に充分にやる気を出しているようだ。まあ、沙希の気持ちも分からなくは無い。なにしろ……この奥で待ち構えているであろう、玉虫さえ倒してしまえば全てが終わるのだ……そう……全てが。
だからこそ、沙希は最後の最後まで気を抜かないつもりで充分にやる気を出していた。そんな沙希とは打って変わって鈴音は静か過ぎるほどに冷静だった。けれども、鈴音が出している雰囲気は静か過ぎる、まるで研ぎ澄まされた刃のように。
どうやら鈴音も沙希みたいに表には出さないが、充分に気力は充実しているようだ。そんな二人がお互いに顔を見合わせると、お互いに一回頷いて、心の準備が出来ている事を示してきた。それから鈴音は背負っていた霊刀を静かに抜く。
「じゃあ、沙希……行くよ」
「いつでも良いわよ、何が出てこようとも、今の私なら大丈夫な気がするぐらいだからね」
そんな言葉の後に沙希は闘志のみなぎった顔で口元に笑みを浮かべると、鈴音も静かに口元に笑みを浮かべる。
それから鈴音は平坂洞に近づくと中央の穴を確認する。それから刀の差し込む方向をしっかりと確認すると、鈴音は霊刀と平坂洞の中央にある長方形の穴に霊刀を差し込んでいく。霊刀はゆっくりと穴の中に入って行き、鈴音も刀を鞘に収める感じで穴に霊刀を差し込んで行く。そして刀身が全て穴の中に入ると鈴音は一気に鍔で止まるまで差し込む。
霊刀が全て収まったのと同時にガチャンといった金属音が鳴り響くと、平坂洞周辺から音が聞こえてきた。それは自然な音じゃない、まるでカラクリの歯車が回るような音がするのと同時に平坂洞の扉はゆっくりと観音開きとなっている扉が奥に向かって開いて行く。
平坂洞の扉は厚さがあるのだろう、一気に開く事は無く、ゆっくりと開いていく。それは、そうだ、なにしろ平坂洞の扉を開ける鍵は御神刀なのだ。最低限でも御神刀を収めるだけの厚さと重さをもっているのだ。そこに刀を鍵としたカラクリを仕込んだのだから、扉がゆっくりと開くとは当然と言えるだろう。
少しずつ開いていく扉が鈴音の身体が入れるぐらいまで開くと、鈴音は頭だけを平坂洞の中に入れてみた。そして扉に繋がっている物を確認した。それは扉の中から出ている何十本もの鎖それを束ねて巻き取る事で、扉を動かしているのようだ。
まあ、扉を開けるカラクリは今となっては知る意味は特に無いだろう。だから、先程の鈴音が取った行動は好奇心から出た物と言える。だから、それを確認すると鈴音は沙希の元へと戻り、素直に扉が開くのを待った。
その間にも鎖はドンドンと巻き取られて行き、扉はゆっくりと開く。まるで獲物を食い殺すために虎が口を開くように。それほどまでに、開いていく扉の向こうからは不気味、いや、恐怖をもたらすような雰囲気が風を使って鈴音と沙希に伝えてくる。
そんな雰囲気を感じながらも鈴音と沙希はまったく動じなかった。やはり、ここまで来たのだから二人の覚悟は既に出来ていると言っても良いのだろう。だから、いきなり玉虫が現れたとしても二人は驚きもしないだろう。それほどまでに二人は冷静であり、どんな雰囲気も恐怖もさえも凌駕する覚悟を持っていた。
そして扉が開き終わったのだろう。再びガチャンという金属音が鳴り響くと扉は動きが止まる。扉は完全に壁に密着するまで開く事は無かった。まあ、それは仕方が無いといえるだろう。扉の厚さと重さを考えると、完全に開く状態にするのには無理がある。だから平坂洞の扉は三分の二ほど開いた時点で動きを止めた。
そんな平坂洞を見て沙希は見たままの事を口にする。
「まあ、期待はしてなかったけど……真っ暗ね。懐中電灯でも奥が完全に見えないぐらい暗いわね」
確かに開かれた平坂洞の中は真っ暗だった。それはそうだ、この平坂洞のカラクリ自体が、かなり昔に作られた物なら、当然のように電灯やらの明かりをもたらす物なんてあるわけが無い。あるとすれば微かに両壁に見えるロウソクぐらいな物だろう。
だが、平坂洞は懐中電灯の光が届かないぐらい深いのだ。だからわざわざ、両脇のロウソクに一本一本、火を付けながら進む必要は無いだろう。別に平坂洞を探検に来たわけでは無いのだから、平坂洞自体を調べる必要は無いのだ。ただ、平坂洞を進めば良いだけだから、明かりは懐中電灯だけで充分だ。鈴音も沙希もそう考え、お互いに異論が無い事を確かめるように二人とも頷くと視線を平坂洞に向ける。
「さて、それじゃあ、行きますか」
「うん、沙希も充分に気をつけてね」
「分ってるわよ。ここまで来たんだもの……鈴音、最後まで一緒に戦ってあげるわよ」
「沙希……ありがとう」
それからお互いに向き合って微笑みを浮かべると、すぐに平坂洞に視線を戻して、歩を進める。ここから先、つまり平坂洞は玉虫の領域とも行って良いだろう。そこに足を踏み入れるのだから、二人とも慎重にかつ冷静に平坂洞に足を踏み入れるのだった。
そして二人が平坂洞の扉を超えた瞬間、両脇に設置してあるロウソクが手前から、一つずつ順番に、そして勝手に火が灯って行く。まるで鈴音達を案内するかのように平坂洞は両脇のロウソクで次々と明かりが付いていく。
そんな光景を目にした沙希は軽く震える。別に恐怖したワケではない、これから何が起こるか分からないだけに、気分が高ぶったようだ。つまりは武者震いと言えるだろう。それほどまでに二人はこれから何かあるのだと思ったが、二人の予想に反して、平坂洞に明かりが灯っただけで、これと言った変化は無かった。
そんな出来事に沙希は思った事を口にする。
「来るなら来いって事かしらね。どうやら、玉虫様はわざわざ私達を最後の決戦場まで案内してくれるみたいね」
そんな事を言って来た沙希に背を向けて、鈴音は扉に置かれている霊刀を取り外していた。なにしろ御神刀を入れる穴は中央に空いているとはいえ、ど真ん中に穴があると、扉が開いた時点で刀が落ちて、鍵の役目が無くなってカラクリが止まる可能性がある。だから平坂洞の中央に空いた穴は右側に寄っていたのだ。
それは最後まで御神刀が鍵の役目を果たし、尚且つ、鍵穴が鞘と同様に作られているからにはちょっとやそっとの衝撃では落ちはしない。つまり扉が開く時に生じる振動でも御神刀はしっかりと右側の穴に収まるように設計されているのだ。
だが、こうして中に入ってしまえば鍵の役目は終わりだ。だから鈴音は霊刀を本来の目的に使うために取り外したのだ。そんな鈴音が沙希の考えとは対称的な言葉を口にしてきた。
「私は玉虫がそこまで考えて明かりをつけたとは思って無いよ。そもそも平坂洞は玉虫が本拠地として使ってたと言っても良い場所だから、足を踏み入れたのと同時に玉虫の力で道を照らす明かりが灯るような仕掛けがあっても不思議じゃないと思おう。それにほら、その証拠に、ロウソクの下には見たく無い物がいっぱい続いてる」
「……あぁ、なるほど、確かにこれはあんまり見たくは無いわね」
鈴音の言葉に同意を示す沙希。それはそうだ、なにしろ鈴音が示したロウソクの下には奥に続く長い板が設置してあり、その上には、しゃれこうべ、つまり髑髏が並べられているのだから。
そんな光景を目にしても鈴音と沙希は動じなかった。なにしろ二人とも、ここが玉虫を復活させるために千の首を収める場所だと知っている。だから、二人が目にしているのは、玉虫が復活するために犠牲なった首の数々だという事は誰かに言われなくても察しが付く事だ。だが、決して見てて、気分が良い物でも無い事は確かだった。だが、どうしても目にしてしまう。なにしろ千の首は両脇に並べられるように奥に向かって行っているのだから。奥に進むからには、髑髏に挟まれた道を進むしかないのだ。
「まったく、悪趣味もここまで来ると酷いとしか良いようが無いわね」
別に悪趣味という意味は無いと思うんだけどな~、と思いながらも沙希の言葉に苦笑いを浮かべる鈴音。まあ、確かに玉虫の趣味で髑髏、元は生首だろうが、それを並べているわけではないのだから。全ては、そう、玉虫を復活させるために生贄となった者の末路というべきだろう。その首が並んでいるだけに過ぎない。
それに入口から並べて行ったのだろう。開いた扉から続く髑髏の通路は、最初の方は完全に白骨化しており、しかも、かなり埃を被っている。その事からでも、手前から並べらた事には変わり無いだろう。その事を考えたら鈴音は急に具合が悪くなったように口を押さえてむせるような咳をもらしてきた。そんな鈴音を見た沙希が声を掛けてくる。
「ちょっと、鈴音、大丈夫」
声を掛けてきた沙希に大丈夫とばかりに手で制する鈴音。そんな鈴音に沙希は念の為に持ってきていたのだろう。水の入ったペットボトルを鈴音に渡すと、鈴音は軽く水を飲んでから、沙希に水を返しながら考えた事を口にしてきた。
「ごめん、沙希。ここに並べられている髑髏の先を思い浮かべたら、さすがに気分が悪くなっただけだから」
「髑髏の先って?」
どうやら沙希は鈴音が何を想像したのかが分からなかったのだろう。だから、直球な質問をしてきた。そんな沙希に対して、鈴音は視線で覚悟を決めてとばかりに真剣な眼差しで合図を送ると、沙希も一回だけ大きく深呼吸する。沙希は深呼吸をする事で何を聞かされても大丈夫なように気構えを作ったのだ。そんな沙希に向かって鈴音は先程、思った事を口にする。
「この髑髏って、手前は完全に白骨化してるから良いけど……先に進めば進むほど、狩り取られた首は新しい物になって行くはずだよ。だから、最終的には生首が並んでいるところを進まないと思ったら、さすがに気分が悪くなったわけ」
「うっ、さすがにそこまで想像して無かったわ。先にその事を聞いてなかったら、生首が並んでいる所に行くと完全に吐いてたわね」
そう、玉虫が狩り取っていた首は入口から順番に並べられている。古くは分からないが、玉虫が千年近くの歳月を掛けて狩ってきた首達だ。先に進めば進むほど年代は新しくなり、一番最後には、鈴音達も巻き込まれた連続首狩り殺人事件で狩られた首が並んでいる事だろう。
髑髏なら、鈴音達もいろいろなところで見慣れている物だから、本物であっても、あまり不気味とは感じないだろう。だが、最後の方にあるのは、ここ一ヶ月で狩り取られた首だ。それは、まさに生首であり、腐敗していれば見るに耐えない物だろう。だから鈴音も、それを想像しただけで吐き気を覚えたし、沙希も鈴音の言葉を聞いて、想像しなかったら吐き気を覚えていただろう。それほどまでに生首は二人にとって、見慣れないものだし、しかも本物、まあ、実際に生きている人間から狩り取った首だから本物も偽物もないだろうけど。
これから二人は確実に、つい最近に狩り取られた首を目にする事になるのだ。その事だけでも、先に知っておき、気構えするだけでも、実際に首を目にした時の反応が違っていただろう。だが、二人とも、ここで最悪な想像をしてしまったのである。だから、最後の方に並んでる首を目にしたとしても、二人とも驚きはしないが、気分は良くない事は確かな事だろう。
何にしても、これで先に進む気構えが出来た事は確かだ。だからこそ、二人とも充分に気合を入れ直し、気分を入れ替える。そんな時だった。沙希が左側の壁に突出した四角い棒、いや、柱ぐらいの幅はあるだろう。そんな物を見つけた。
「ねえ、鈴音、あの棒、というか、あの木みたいなのは何だろう?」
そんな質問を鈴音にする沙希。鈴音も沙希に言われて、沙希が示した物を目にすると、反対側の壁にも目を向けてから、すぐに鈴音にはそれが何か分かったのだろう。だから鈴音はあまり興味が無いような声で沙希の質問に答える。
「あ~、あれは特に意味は無いよ。だって、この扉を閉めるためのスイッチみたいな物だから。平坂洞の扉は侵入者を入れないカラクリになってるでしょ。だから、出る時には簡単に出られるようにしてるだけでしょ」
「あ~、なるほど、言われてみれば、そうよね」
鈴音の言葉に納得する沙希。確かに鈴音が言っている通りなのだ。平坂洞の扉は誰かの侵入を防ぐために、わざわざ錯覚を起こさせるための鎖や、無意味に意味深な雰囲気を出している六つの鍵穴があるのだ。それら全ては平坂洞への侵入を防ぐためであり、出る時には大掛かりな仕掛けも、ハッタリを工夫する必要は無いのだ。
つまり、あの柱みたいな棒を押し込めば平坂洞の扉を閉められる。そうすると、その反対側から同じような柱が出てくるようだ。つまり平坂洞に入るためには御神刀という鍵が必要だが、出る時や、入った後に扉を閉めるためには棒を押し込むだけで扉が閉まる仕掛けとなっているのだろう。鈴音は柱を見ただけで、すぐに柱の意味を、こんな風に推理した。
もちろん、そこには鈴音なりの推理が展開されていた。それは平坂洞のカラクリと扉が示している意義を考えれば、簡単に出てくる答えだ。なにしろ平坂洞の扉は侵入者を防ぐために、これだけのハッタリとカラクリを仕込んでいるのである。だから平坂洞は誰にも開ける事が出来なかったし、聖域とも呼ばれるようになったのだ。
けど、それは全て玉虫が平坂洞に侵入者を入れないため、目的はもちろん、千の首が存在している事を隠すために。そのために平坂洞は開けられない扉、聖域とされていたのだ。それだけのカラクリを玉虫は、かなり昔に作らせたのだろう。そのおかげか、今まで玉虫と傀儡、そして七海以外は平坂洞に入る事が出来なかっただろう。
だが、入ってしまえば、閉める必要がある。平坂洞は誰かを閉じ込めるために作られたのではない、侵入者を防ぐために作られたのだ。だから扉を閉める時は簡単なカラクリで済ませたのだろう。なにしろ、そこで扉を閉めるために、何かを工夫する必要は無いのだから。
そう考えたからこそ、鈴音はすぐに沙希に向かって意味が無いと答えたのだ。それに扉の鎖を見れば、より一層分かるというものだろう。扉の中に入るように繋がっている鎖の束。それが示しているのは、扉の中に滑車がある証拠だと言えるだろう。なにしろ御神刀が全て入るだけの厚さだ、滑車程度のカラクリを仕込むのには苦労は無いだろう。
だから、平坂洞の扉は鍵である御神刀でカラクリを作動させると、開ける方の鎖が巻き取られ、閉める時には滑車を通じて扉の中に仕込まれた、鎖を巻き取るカラクリに巻き取られる。扉の中に仕掛けられたカラクリは鎖を巻き取るのと同時に扉を閉める。それぐらいのカラクリなら、かなり昔に作られていても不思議ではない。
もちろん、いつ頃に作られた物かまでは分からないが。この程度のカラクリなら、かなり昔に作れる技術者が居てもおかしくは無いだろう。後は、このカラクリに携わった人物を全て殺してしまえば、何の証拠も残らない。だからこそ、誰も平坂洞の扉を開ける事が出来なかったのだろう。そう……玉虫以外は……。
何にしても、鈴音と沙希には扉を閉める理由は無い。なにしろ、後は玉虫を倒し、ここから出るだけなのだから、わざわざ礼儀正しく扉を閉めて進む必要なんて無いだろう。だからこそ、鈴音は明かりの下にある髑髏を、あまり見ないようにしながら、今ではロウソクの明かりで照らされた平坂洞の奥に目を向ける。
それでも、一番奥は見えない。なにしろ、鈴音が読んだ本の通りなら平坂洞は緩やかな坂になっているはずだ。だから、ここから奥が見えるはずが無い。そして、正しくというべきか、照らされたおかげで入口からでも、奥が下り坂になっている事は入口に居る二人にも確認できた。それから二人はお互いに顔を見合わせると、同時に頷き、再び視線を平坂洞の奥に目を向けた。それから沙希が口を開いてきた。
「さて、それじゃあ、行きますか。最後の戦いに」
「うん、そうだね……絶対に……最後にするために。行こう、沙希」
霊刀を背中の鞘に戻した鈴音が、すっかり懐中電灯が無用に成った平坂洞を奥に向かって歩き始める、その隣を歩き出す沙希。そして二人は未知とも言える平坂洞を進んで行くのだった。
平坂洞の内部は鈴音が読んだ本の通りに、少し進むと緩やかな下り坂になっており。明かりも、少しずつ、長い階段のように並んでおり。その下に並んでいる髑髏達を乗せている板も同じように長い階段状になっていた。そんな中を、あまり横を見ないで前だけを見続けて、歩き続ける鈴音と沙希。
歩き続ける中で、やはりというべきか、鈴音は少しずつ恐怖を感じている事を実感し始めていた。まあ、ただでさえ、玉虫の力で不気味になっている平坂洞だというのに、二人の左右からは物を言わない髑髏が二人を見送っているのだ。そんな状況が長く続けば、さすがに覚悟を決めた鈴音といえども恐怖を実感してくるのだろう。
だからこそ、思考は自然と悪い方向へと向かって行く。
え~ん、さすがに、この中を歩いていくのは怖すぎるかな~。というか、どんなお化け屋敷より怖いよ~。って……泣き言なんて言いたいけど、言ってられない状態だもんね~。それに……玉虫の切り札は絶対に……。う~ん、はっきり言って、まだ依り代がどんな役目を果たすのかが分かって無いんだよね。だから玉虫の出方によっては……私も……覚悟しないとかな。まあ、七海ちゃんにあれだけ偉そうな事を言ったんだもんね。だから……そんな結果になったとしても……私は……ちゃんと立ってられるのかな? そんな疑問を頭に浮かべながら、鈴音の歩みは自然と遅くなっていく。そして鈴音は頭を垂らしながら考え続けるのだった。
今までは何とかなったけど……これから分かる真実次第だと……私は。う~ん、経験した事も無いし、したいと思った事も無いからな~。けど……覚悟だけはしとかないとかな……霊刀を血で穢す……人を斬る……覚悟を……。自分の事ながら情けないかな、そう考えると……手が震えてきちゃったよ。そうならないために作戦を立てたんだけど……どこまで通じるかは分からない。だから……絶対なんて無い。それでも……作戦が失敗したら……最後の手段として……最悪な手段も考えとかないといけない。そんな事……考えたく無いけど。最悪の場合は……私の手で……み。鈴音がそこまで考えると思考が停止した。いや、正確には沙希が手を握ってきてくれたおかげで思考を止める事が出来たといえるだろう。
鈴音もそんな沙希の手をしっかりと握り返すのだった。
一方、沙希は沙希で最悪な思考を巡らしていた。つまり、嫌な考えをしていたのは鈴音だけは無いという事だ。沙希も最悪な思考をしていたからこそ、鈴音の手を取って、お互いに温もりを感じる事で最悪な思考から脱出したのだ。それでも……沙希は最悪な事を考えていた。
……少しずつだけど……髑髏に肉が付き始めてミイラ状に成って来てる。少しずつだけど……首が新しくなって来てる証拠か。もし……見付けてしまった場合はどうすれば良いんだろう? これだけの首があるんだから、だから……あってもおかしくは無い。その場合……この繋いだ鈴音の手をどうすれば良いんだろう? ……静音さん……やっぱり私は卑怯ですよ。この状況になっても、私は自分の考えを鈴音に伝えてない、伝える事が出来ない。ずっと……逃げてばかりですよ。そんな時に……見付けたら……どうすれば良いんですか? ……静音さん……。
沙希の思考がそちらに向くのは自然とも言えるだろう。なにしろ沙希だけが……静音の死亡を玉虫に確認しているのだから。もちろん、玉虫が嘘を付いている可能性が無いわけではないが、沙希が玉虫と対峙した時の状況を考えると玉虫が嘘を付いてまで、沙希を混乱させようとは考えられない。それだけ、玉虫は完全に復活した事で勝ったと感じていたのだから。だからこそ、沙希に対しても余裕を見せてきたし、本気ではなく傀儡を使ってきた。そう考えると、あの時の言葉は正しいと思った方が良いだろう。
つまり、沙希だけが静音の死亡を知っている、既に死んでる事を知っている。けれども、沙希は未だに、その事を一言も鈴音に漏らしてはいない。つまり沙希だけが知っている真実とも言えるだろう。もちろん、沙希がこのような態度に出るには理由があった。一つは鈴音が既に気付いて、自分で立ち直ってくれてていると考えたから。そして、もう一つは静音との約束があった。その約束があったからこそ、沙希は鈴音には何も言わないのだ。全ては……静音との約束を守るために。そんな沙希が静音との約束を思い出しながら、最悪な事態を考える。
……あの時の約束……それがあるから……私は……鈴音を傷付ける、そして私も傷つく。だから……鈴音を助ける事が出来る。そう……静音さんが私を助けてくれたから、だから……私は静音さんとの約束を守って……鈴音を。でも……静音さん、やっぱり辛過ぎますよ。私だって……静音さんの事を……それなのに、こんな役目を私に押し付けるなんて。でも……やらないといけないんですよね。それが……私達の約束だから、そうですよね……静音さん。
そう、沙希は静音との約束があるから、静音に多大な恩があるから、それだけではない、沙希も……静音が好きだったからこそ、余計に辛いし、自らの胸を痛めている。沙希はそんな自分を確認するかのように胸のところを強く握り締めると決断を下す。
よしっ! 決めたっ! もし……最悪な事態になっても……私が鈴音を止める、そして鈴音を歩かせる。それが……私に出来る事だと思うから。そんな決断を下す沙希。
けれども、二人の考えについて共通して言える事は、二人とも最悪な場合を想定しての行動を考えたのであって、決して根拠も確信も無い事を考えていたと言えるだろう。確かに最悪な場合を考えて行動していれば、どんな事態でも対応できるだろう。だが、今の二人は平坂洞の雰囲気に飲み込まれて、思考が悪い方向に行っているだけに過ぎない。そこには、何の根拠も確信も無いのだから、絶対にそうなると決まったわけでは無い。
だからこそ、二人は余計に不安になり、感じていた恐怖が自然と大きくなっていた。そんな時だった。突如として二人して声を上げた。
「ぎゃんっ!」
「はいっ!」
二人の声が洞窟に響き渡る。それから二人は今まで目を瞑っていたのか、ゆっくりと瞳を開くと、今ままでとは全く変わり無い。未だに不気味な平坂洞に居る事を確認すると、お互いに顔を見合わせて、先程の事を話し始める。
「ねえ、沙希。私……さっき、姉さんに怒られた」
「……私もよ。あれは確かに静音さんの声だった。なんで?」
そんな沙希の質問に鈴音も首を横に振るばかりだ。そんな鈴音を見て、沙希は何かを察したのだろう。すぐに両脇に置いてある髑髏を見回すが、これと言って沙希が察したものとは関係無い首が並ぶばかりだった。
そんな不可思議な現象に沙希はますます混乱するばかりだ。けれども、一方で鈴音は何かしらの察しが付いたのだろう。その事を沙希に話し始める。
「ねえ、沙希。私……さっきまで最悪な展開が起こった時の事だけを考えてた。何の根拠も確証も無いのに……雰囲気に呑まれて最悪な事だけを考えてた。沙希は?」
突如として質問を振られる沙希。確かに沙希も最悪な展開について考えていたが、それは決して鈴音には言えない事だ。
「あっ!」
そう考えると沙希には何で、こんな事が起こったのかが想像が付いたのだろう。声を上げると鈴音に同意するかのように自分が考えていた事を濁しながら話す。それはそうだろう、今の時点では本当の事は言えないのだから。そんな沙希が鈴音に向かって話を続ける。
「私も同じだった。一番考えちゃいけない最悪な事を考えて、それで……静音さんに怒られた。そんな感じがした」
「うんうん、そうだよね」
沙希の言葉に同意するかのように首を縦に何度も振る鈴音。そんな鈴音が大きく深呼吸すると……思いっきりむせて咳を連発する。そんな鈴音を呆れながら見詰める沙希が一応聞いておく。
「って、鈴音、何やってるのよ?」
そんな沙希の質問に鈴音はやっと止まった咳に、すっかり涙目になりながらも、涙を拭いながら返事をしてきた。
「気分転換しようと思って深呼吸をしたんだけど……思いっきり不味い空気を吸い込んだみたいで、それで思いっきりむせた」
そんな事を言って来た鈴音に対して沙希は呆れた視線を向けながら話を続ける。
「そりゃあ、そうでしょうよ。こんな換気が悪いところで思いっきり空気を吸えばむせるのも当然でしょ。まあ、気分が悪くならなかっただけでも、よかったじゃない」
「ううん、それは違うと思うよ、沙希」
突如として沙希の言葉を否定する鈴音。そんな鈴音はいつの間にか顔には笑みを浮かべていた。
「さっきまでの私達が気分を悪くしてたんだよ。だからお互いに最悪な事を考えて、勝手に気分を沈めてた。でも、そんな私達を見かねたように姉さんが怒ってくれた。これから最後の戦いに向かうために、元気になるようにね」
そんな鈴音の言葉を聞いて沙希も静かに目を瞑ると、静音の姿を想像してから、ゆっくりと目を開けてから、鈴音との会話を続けてきた。
「その通りかもね。というか、静音さんなら、それぐらい簡単にやりそうよね。遠くからでも私達を見てて、意気消沈している私達を叱咤して元気をくれた。静音さんなら、それぐらい簡単にやるかもね」
「うんうん、幻聴かもしれないけど。さっきまでの私達を見たら、姉さんは絶対に怒ったと思う。これから玉虫との決戦だというのに、そんな事を考えててどうするんだ~って。よしっ! 姉さんからも元気を貰った事だし、これからは気合を入れ直して行こうよ」
「そうね」
短く答える沙希。そんな沙希が気合を入れ直している鈴音を横目に、天を仰ぐように、低い洞窟の天井を見詰めて、思う。
幻聴じゃなく、本当に静音さんが叱咤してくれたのかもね。ありがとうございます、静音さん。おかげで私達は気合を入れ直して、玉虫との戦いで充分な力を発揮できると思います。だから……見ててください。絶対に玉虫を倒しますから。そんな事を思った、沙希が再び鈴音の手を取ると少し強く握り締める。
「絶対に勝つわよ、鈴音」
「うん、もちろんだよ。そして……全部終わらせる。そう、私達の手で。それに……私と沙希なら、何があっても大丈夫だよね」
「当たり前でしょ、どんな事があっても、どんな相手でも、私達がお互いに手を取り合えるなら、どんな敵にだって勝てるわよ。それが悪霊の玉虫様でもね」
沙希の言葉に鈴音は軽く笑うと、改めて真剣な顔付きで沙希を見詰め、沙希も真剣な眼差しを返してきた。
「これからは最悪な事を考えるのは無しだよ。これからは自分に出来る最善の事を考えないといけないと思う。それが玉虫に対抗する手段なんだから」
「そうね、辛気臭いのはこれで終わり。これからは玉虫をぶっ倒す事だけを考えるわよ」
そんな言葉を交わすと、鈴音と沙希はお互いに口元に笑みを浮かべると、繋いだ手を離して、一度だけタッチを交わす。それから二人は、改めて平坂洞の奥へと目を向けて、再び歩き出した。そんな中で沙希が一言だけ、心の中でお礼をいう。
ありがとう、静音さん。
鈴音が立てた作戦からには鈴音は玉虫との、つまり御神刀との戦闘がメインになるだろう。沙希はそのフォローとなるが、悪霊の玉虫に対して、どれぐらい役立てるか分かったものではない。沙希はそう考えながら歩いていた。
平坂洞は未だに下り坂が続いている。そんな中で沙希は悪霊である玉虫に対して、自分がどれだけの事が出来るかを考えていた。けれども、いくら考えても結論は同じだった。なにしろ相手は悪霊の玉虫、沙希の拳や蹴りが通じる相手ではない。だから、沙希はこれからの戦いでどれだけの事が出来るかを考えていたのだが、やっぱりいくら考えても玉虫に通じそうな手は思いつかなかった。
そんな時だった。沙希は先程の事を思い出すと玉虫に有効な手段になりうる手ではないかと思いつく物があった。だからこそ、それをすぐに取り出すと、少しだけ細工をしてみる。その間にすっかり遅れてしまったので、先を進んでいた鈴音が声を掛けてきた。
「沙希、どうしたの?」
「ん~、ちょっと、試してみる価値があると思ってね」
そんな返答をしてくる沙希に鈴音は首を傾げるだけだった。そんな鈴音に沙希は今は内緒とばかりに口元に笑みを浮かべると、急に真剣な顔付きになって人差し指を自らの口に当てる。どうやら鈴音にも静かにしろと言いたいようだ。だから鈴音も黙っていると、それは微かに聞こえてきた。
「これって……川が流れてる音?」
「たぶね、そして、そこが」
「……私達の最終決戦場」
「でしょうね」
微かに川が流れる音が聞こえてくる事から、二人は目的の場所が近いのを感じていた。そんな二人がお互いに顔を見合わせると、一度だけ頷いた。そして二人とも歩みを進める。そして……すぐに鈴音は沙希の手を取って握り締めてきた。まあ、それもしかたないだろう。平坂洞の終わりが近いという事は……両脇に並んでいる首も段々と新しい物になって来たからだ。
沙希は念の為に両脇の首を確かめながら進む。決して見てて、気分が良いものではないが、ここにあってはならない首が無い事を確かめなければいけないのだ。だからこそ、沙希は両脇の首を確かめながら進むが……事態は沙希が思ったのは違う方向で終わっていた。
確かに両脇に並んでいた生首は真新しいものが多い。二人とも、この事態を想定していなかったら吐き気を覚えていた事だろう。その中でも幸いというべきか、二人とも事件の被害者とは、あまり縁が無かった。というよりも、二人が来界村に来てから一週間だ。その間に親しくなった人物なんてたかがしれている。
だから、真新しい首の中に知っている首が無いだけでもマシと言えるだろう。そして、沙希が想定していた静音の首も……見つける事無く、千の首は終わりを迎える。
道が下り坂から平らに戻ると、首を置いてある棚も終わり、ロウソクも終わっている。そして、その先にはいかにも拓けた場所があり、川が流れる音がしっかりと聞こえてくる。そして平坂洞も終えて、目的地ともいえる川辺。まるで、このために作られた決戦場みたいな場所に出た。
そこは天井が高く、とてもじゃないが暗くて天井が見えないほどだ。だが、川の近くには天然の光るコケだろうか、その光が川に反射して辺りを明るく照らし出している。その明かりは、他の明かりが必要無いぐらい、青白い光が辺りを照らしていた。そんな川の手前には大きく拓けた場所があり、平らな地面が広がっている。そして鈴音達がいる場所から川まではかなりの距離があった。それほどまでに広い岩肌の地面が広がっている。
そして川の向こう側は見えない。どうやらかなりの川幅があるようだ、川に反射するコケの光も対岸までは照らし出す事が出来ないほど、川幅があるのは間違いないだろう。けれども、そんな川を背にして、たたずむ人影が一つ。
その人影が、まるで照らされるように鈴音達の目に映ると鈴音は叫ばずにはいられなかった。
「美咲ちゃんっ!」
はい、そんな訳で第八章はここで終わりです。というか、ここで美咲が登場するのは意外かな? 今までの展開を読んでれば、充分に推理出来る展開ですよね~。
そんな訳で、ついに役者が全て揃いましたね。これで第九章では最終決戦に入ります。遂に決着が付く時が来るわけですよ、これが。そんな訳で、第九章では最後まで決着を付けたいと思っております。
……それにしても、気が付けば咎を書き始めてから一年も経ってしまった。ううっ、本来の予定なら、もっと早く終わらせるはずだったのに。去年の後半から一気にペースダウンしましたからね~。
というか、去年の後半は厄年かっ!!! と叫びたくなるほど災厄が続きましたからね~。なんというか……私は呪われてるのか? と思ってしまうほど、ちょっとプライベートな事でいろいろとありました。
まあ、それもちょっとは落ち着き。お盆ぐらいまでは小説にも力を入れる事が出来そうです。まあ……私の気力が戻ればの話ですけどね~。なんというか、それぐらい、いろいろと溜め込んでる状態ですね。あ~、どこかで発散させたいっ!!!
まあ、近いうちに、一人でカラオケにでも行って、数時間ほど熱唱してこようかと思います。というか……一人じゃないと歌えないような歌を熱唱してこようかと思ってます。なんというか……さすがに、この年齢で、あの歌は歌えないよね~。という感じの歌ですね。
まあ、それ以外にも、今まで歌った事が無い歌を熱唱して、こようかと思っております。これで、いろいろと発散出来れば良いんだけどね。
そんな訳で、第九章ですが……なんというか……話的に最も盛り上がり、長くなりそうな場面ですよね~。だからというべきか、未だに何話ぐらい使うか予定が立ってません。
だから、また上に『この小説は二ヶ月以上更新してません』とか書かれる可能性が大きいですね。ううっ、何とか、その前に第九章を完成させたいです。
そんな訳で、未だに予定が立ってない第九章ですが、まあ、あれですよ、次も今回と同様に気長に待ってくださいとしか言えないですね。そんな訳で、気長に待ってくださいっ!!!
さあ、言い訳は終わった。これで更新が遅れも大丈夫だな。……いや、頑張るよ、頑張って書くよ。でもさ……予定は未定どころか……予定すら立って無いじゃん。だから……未定以上……てへっ。
という事で、逃げるように締めようかと思います。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。
以上、第九章さえ、第九章さえ書き終われば、咎の終わりが見えると、はいつくばって、希望に手を伸ばす葵夢幻でした。