第一章 その三
「おやっ?」
車を走らせていた吉田が突如としてそんな声を上げたので、鈴音と沙希は何事かと前部座席に身を乗り出しながら尋ねた。
「どうしたんですか?」
鈴音が尋ねると吉田も訳が分からないという感じで首を傾げると顎で前を指し示した。そんな吉田の行為を見て鈴音と沙希も視線を前に向けると、遥か前方に明かりが付いている。いや、正確には何かが燃え上がっているような、そんな感じの明かりが二人の目に飛び込んできた。
「事故ですかね?」
「こんな所であんな派手な事故が起きるとは思えませんが、その可能性が高いですね」
沙希の問い掛けに吉田も自分の推測を話す。確かに何かがそこで燃え上がっていることは確かだ。だからと言って、こんな道の真ん中でキャンプファイアーみたいな事をする人が居るとは思えない。だからこそ沙希も吉田も事故だと予想したのだ。
まあ、こんな状況下だから何が起こっても不思議ではないのだが、さすがにキャンプファイアーをする変人が居るとは思えない。けど事故にしてもあそこまでの炎が上がっているのだから、相当の大惨事になっているはずだ。
「飛ばしますから、二人とも後ろでしっかりと座っててくださいね」
何か悪い予感を感じた吉田は後ろの二人にそう言うと、二人が座るのを確認せずに一気にスピードを上げた。鈴音はちょっと遅れてしまい座りそこねて沙希の方に倒れそうになるが、沙希に支えてもらって何とか無事に座る事が出来た。
そんな三人を乗せた車が闇夜を一気に斬り裂くように山道を一気に駆け上がっていく。徐々に近づいてくる燃えるような明かり。そして車は上り坂を一気に駆け上がると一時的な平らな道に出ると、その先には明かりの正体があった。
それは沙希と吉田の想像を遥かに超える光景だった。その光景を見た吉田は少し遠くに車を止めるとシートベルトを外して車から降りた。そんな吉田に続く鈴音達。そんな鈴音達の前には炎に包まれはいるが、車だという事がしっかりと分かるほど原型を留めた車が炎上していた。
何事かと鈴音は燃え上がっている車に近づこうとするが、それを吉田は止めた。
「あれだけ炎上しているのですから、まだガソリンが残っていても不思議はありません。ですから今の時点で近づくのは危険ですよ」
そんな事を言って来た吉田に沙希も同意してきたので、鈴音はその場で足を止めると燃え上がる車に目を向ける。そしてまだ残っていたガソリンに引火したのだろう。車は爆発すると共に大量の炎と爆煙を一気に吹き上げる。
その衝撃は鈴音達にも伝わっており。爆発の衝撃波と炎の熱を鈴音達はしっかりと感じる事が出来た。どうやら吉田が言ったとおりに近づかない方が正解だったようだ。それでも何でこんな事態になったのかを調べるために鈴音は提案を出してくる。
「とりあえず遠回りに車の前方に回ってみようよ」
そんな鈴音の提案に頷く沙希と吉田。炎に包まれているが、車の後部には事故の形跡が残ってはいない。炎でしっかりと確認は出来ないが、これだけの事故を巻き起こすような形跡が残っていないのは確かだった。そうなるとこうなった原因は車の前方にあると鈴音は推測して、沙希も吉田もそんな鈴音の考えに賛同したのだ。
三人は車が再び爆発しても被害が出ない距離を保ちながら、燃え上がっている車を中心に回るように炎上する車の前に出ようとするが、横に来ただけでも車が事故で無残な姿になっている事はすぐに分かった。
「うわ~、これは凄いね」
そんな感想を漏らす鈴音に沙希と吉田は辺りを見回した。なにしろ車の前部は完全にひしゃげており、最早車の原型を留めていないほどに潰れている。そんな車を見て沙希と吉田は車が何かと正面衝突した事をすぐに察するが、何とぶつかったのかがまったく分からなかった。
なにしろ車の真正面には何もなく。炎で照らし出された辺りにも車がぶつかったような物は無いし、崖下に落っこちた形跡も無かった。そうなると何に車は思いっきり正面衝突したのだろうと沙希が首を傾げていると鈴音が変な声を上げた。
「ぐぎゃっ!」
突然に声を上げた鈴音に目を向ける沙希と吉田。その鈴音は何かとぶつかったようで顔を押さえながらうずくまっていた。どうやら顔を思いっきりぶつけたらしいが、沙希と吉田は首を傾げた。なにしろ鈴音が何にぶつかったのかが分からなかったからだ。それでも鈴音を放っては置けない沙希は鈴音に駆け寄る。
「大丈夫? というか、何をやってるの?」
そんな事を尋ねてきた沙希に対して鈴音は前方を指差した。
「ここに思いっきりぶつかった。沙希~、凄く痛かったよ~」
そんな事を言い出した鈴音に沙希は首を傾げる。なにしろ鈴音の前方には何も無い。車の炎で照らされた道があるだけで障害物になるような物は何も無かった。だからこそ沙希は首を傾げるのだが、吉田はそこに何かがあるのかと察したのだろう。鈴音がぶつかった部分に手を伸ばすとすぐに引っ込めた。
「どうしたんですか?」
沙希がすぐに吉田に尋ねると吉田も訳が分からないと言ったような表情で再び手を伸ばした。そしてこんな事を口にした。
「いやはや、こんな事はまったく信じられませんが、どうやらここには見えない壁のような物があるみたいですね」
そんな事を言い出した吉田に沙希は再び首を傾げた。まあ、いきなり見えない壁などと言われてもしっくりと来ないのだろう。けれども確かめるだけの価値があると察した沙希は吉田と同じように目の前に手を伸ばしてみる。すると沙希の手はまるでそれ以上の侵入を阻むかのような硬い物に当たった感触を受けた。
その事で吉田と同じようにビックリして手を引っ込める沙希。けれどももう一度手を伸ばして、それをしっかりと確認すると吉田が言ったように確かに見えない壁のような物がそこには存在していた。
「何なんですか、これ?」
「いやはや、私に聞かれても分かりませんよ」
見えない壁に困惑の態度を示す沙希と吉田。そんな二人を見ていた鈴音も同じように見えない壁に触ってみる。感触からしてかなり硬そうだ。そこで鈴音は軽く叩いてみるが重い音しかしなかった。どうやら相当硬いようだ。そんな見えない壁と燃え上がっている車を見て鈴音は全員と同じ結論を出した。
「じゃあ、この車はこの壁にぶつかって事?」
「そうでしょうね、それもまったく見えませんから、相当なスピードでぶつかったのでしょうね」
そんな推論を話す吉田に沙希も同意した。だがそうなってくると、やっぱり一番気になるのはこの見えない壁だ。そもそも見えない壁などが存在している事が不可解だ。透明なガラスならともかく。車を大破させるほど頑丈なガラスなどは聞いた事が無い。
吉田は壁伝いに車から離れていくと、ついには崖まで来てしまった。そこから崖下になっているため注意しながら手を伸ばして行くと崖の上を触ってみる吉田。どうやら見えない壁は崖を通り越して存在しているらしい。
そんな吉田の行動を見ていた沙希は鈴音の元から離れると炎上している車の反対側へと向かって吉田と同じように崖の感触を確かめながら炎上する車から離れていく。そしてついには森にまで見えない壁が続いている事を確かめた。
「吉田さん、こっちもダメです。森の中まで壁が続いているようです」
「そうですか、園崎さん、とりあえず戻って来てください」
そんな吉田の言葉を受けて沙希は鈴音と吉田が待つ元へ戻ると頭を悩ませる事になる。それは吉田も同じだ。そんな二人に確かめるように鈴音は尋ねた。
「つまり見えない壁はここだけじゃなくて、広範囲に展開されているって事?」
鈴音の出した答えに同時に頷く沙希と吉田。どうやら三人とも同じ結論に達したようだ。つまり見えない壁は道を塞いでるだけじゃない。まるで村を隔離するように広範囲に展開されている可能性が高いという事だ。
だがそうなると疑問は再び元の位置に戻る。
「結局、この見えない壁はいったい何なの?」
そんな鈴音の問い掛けに沙希も吉田も答える事が出来なかった。それはそうだ。まさかこんな物が存在しているとは予想外どころか常識のはんちゅうを超えている。そもそもこんな物が存在していること事態が常識外れだ。
けれども今ならそんな常識外れな見えない壁も受け入れる事が三人には出来た。なにしろ空には未だに赤錆のような真っ黒い雲が広がっており、村は夜のように真っ暗だ。そのうえ通信機器もテレビでさえもまったく仕えない状態だ。全てが常識外れだ、そこに見えない壁が一つ加わっただけでも今の三人にはもう驚く事も無く、ただ冷静に今の状況を考えるのだった。
「黒い雲で村は夜のように暗い、そのうえ全ての通信機器が使えない、そして今度は見えない壁。まったく、いったいどうなっているのよ」
そんな愚痴を漏らす沙希に吉田も溜息を付くしかなかった。そんな中で鈴音だけが冷静に現状を分析していた。
う~ん、ここまで来ると本当に常識を捨てないと結論は出ないかもしれないね。だって、今度は見えない壁で村から出れないんだから。……あれっ、という事は私達は村に閉じ込められたって事? ……ううん、それだけじゃない。電話も無線も通じないという事は完全に……隔離されたって事だよね。でも……いったい何の為に?
そこまで考えた鈴音だが、ここで考えていても結論が出るわけではないと思考を切り替える事にした。
少し冷静になってみよう……私達の目的は平坂に行って応援を呼んでくる事。でも、今度は見えない壁が邪魔になっている。まるで私達を村から出さないように……う~ん、まったく、箱庭に閉じ込められたような気分だよ。でも……まだ閉じ込められたって結論付けるのは早いかもしれない。だって、まだ全部確かめた訳じゃないんだから。
そんな結論を出した鈴音は吉田に確かめるために質問する。
「吉田さん、他に平坂に行く道は無いんですか?」
いきなり鈴音からそんな質問を喰らった吉田は何かを考えていたのだろう。少しだけ驚いた仕草をするとすぐに鈴音の質問に答えてきた。
「ええ、ありますけど……かなり遠回りになってしまいますね」
「でも……そっちの道が通れるなら、その道で平坂に行くべきだと思います。私達の目的は見えない壁の解明じゃない。平坂に行く事なんだから」
「……そうですね」
鈴音の言葉に少し間を置いて返答をしてきた吉田。やっぱり吉田もこの見えない壁が気になっているのは確かなのだろう。それでも鈴音の言うとおりだと吉田も思考を切り替える事にした。
「分かりました。ここはひとまず別の道で平坂に向かいましょう」
そんな事を言い出した吉田に沙希は尋ねるかのように言葉を発した。
「ここはそのままにしておいて良いんですか?」
確かにここに見えない壁があるのは確かであり、これからここに来た者が燃え上がる車と同じような運命になる可能性もまったく無いわけじゃない。なにしろ車も永遠に燃えている訳では無いし、なにかしら注意を促す事をしておいた方が良いだろうと沙希は言い出したのだ。
そんな沙希の言葉に吉田は考える仕草をするとすぐに何かを思い出したのだろう。すぐに車に戻ると何かを手に戻って来た。どうやらビニールテープのようだ。吉田はそれを見えない壁に貼り始めた。テープにはKEEP OUTと書かれている。警察が事件現場に貼るテープのようで、そこには立ち入り禁止と書かれている。それを目立つように見えない壁に貼り付ける吉田。もちろん炎上している車に気をつけながら貼り付けていく。
遠目から見ればまるでビニールテープが空中に貼り付けられているように見えて、なんとも不可思議な光景だ。けれどもこれで、この車のような事故はもう起きないだろうと吉田は作業を終えると車に戻った。それと同時に鈴音と沙希も再び車に乗り込む。もちろん、別の道から平坂に向かうためだ。
そして吉田は車をUターンさせると、その場を後にした。
車が発進して再び夜道を走っていると、その車内では鈴音が吉田に質問していた。
「吉田さん、もしかして、その道にもオブジェがあります?」
突然にして意味が分からない質問だが、まさか鈴音の質問に対して無視する事が出来ないので、吉田はすぐにその質問に答えてきた。
「ええ、ありますよ。なにしろ、あの意味不明なオブジェは村を囲むように建てられてますから、村の出入り口にはあるんですよ」
「なるほど、じゃあ、次の道でもオブジェが見えたら、そこで車を止めてください」
そんな事を言い出した鈴音に対して沙希と吉田は鈴音が何を言いたいのかをすぐに理解した。つまりあの見えない壁がその道にも存在している可能性があるという事だ。もし存在しており、確認もせずに突っ込んで行けば先程見た車のように無残な最期を迎える事は確実だ。だからこそ鈴音は慎重に行動すべきだと警告を発してきたのだ。
要するに見えない壁があると分っているのに、わざわざそこに突っ込むような真似はするなということだ。もし、無いにしても先程の光景を見たら、まずは見えない壁が存在しているかどうかを確認するのが一番大事だと鈴音は主張したのだ。
「分かりました」
そんな鈴音の意図をすぐに理解した吉田はそんな言葉を返してきて運転に集中した。なにしろこんな状況だ。次に何が出てくるか分かったものじゃない。だからこそ吉田は注意深く車を走らせ、その後部座席では鈴音と沙希が見えない壁について話していた。
「鈴音、今まで調べてきた中で見えない壁なんて情報があったっけ?」
沙希としては鈴音が静音のノートや古い文献などを見ているから、そこから現状を打破する状況が無いのかと質問してきたのだが、そんな沙希の問い掛けに鈴音は首を横に振るだけだった。
「見えない壁だけじゃなくて、今の状況についての事についても書かれているのを見た事は一度も無いよ。姉さんのノートに書かれて無かったし、今までに起きてない現象だと考えるべきじゃない」
静音は村の歴史について調べていた。そこで見えない壁や真っ黒な雲で夜のようになる現象が過去に起こっていたなら静音が調べ着いていても不思議は無い。けれども静音のノートにも羽入家の文献にもそのような事は書かれていなかった。
だからこそ鈴音は今の現象は過去に例が無い現象だと言ったのだろう。そんな鈴音の言葉を受け取って沙希は考えながら口にする。
「つまり……今までに起きていなかった事が今起こってる」
「もしくは、これを引き起こすために誰かが計画してたとか」
そんな言葉を口にした鈴音を沙希は驚きの視線で見詰めた。まさかこの現象が人の手によって引き起こされた物だとは沙希には考えも付かなかった事だ。そんな沙希に向かって鈴音は更に話を進める。
「これも仮定の話なんだけど……もし人の手で超能力やら崇りやらの超常的な力が使えるとしたら……どうする?」
「……つまり呪術的な物で今の現象を誰かが引き起こしてる。そういう事ですか?」
沙希の代わりに吉田が口を挟んできた。吉田の意見はまさに鈴音が言おうとしていた事なのか鈴音は吉田に向かって頷いた。吉田もそんな鈴音をバックミラー越しに確認すると更に自分の意見を言って来た。
「つまりは、今の現象は誰かが超常的な力で巻き起こしている物。そういう考えも持っておくべきというところですかな」
「ええ、これも考察の一つに加えても良いと思います」
吉田の意見にそんな言葉を返す鈴音。先程の話も今の話も全ては鈴音の推論を元に成り立っている非常識とも言える推論だ。だからこそ鈴音も吉田も結論を出す事無く、ただそういう可能性があるという考えを持つという事を確認したに過ぎない。
なにしろ鈴音の推論自体が現実離れした非常識な物だ。けど鈴音達が今体験している現象も現実離れした非常識な物と言えるだろう。だからこそ鈴音も非常識な論理をいろいろと出して行き、沙希と吉田はそんな鈴音の考えを一つの考察として捉える事で真実に近づこうとしているのだ。
それが分っているだけに吉田は鈴音の問い掛けに対して結論付ける言い方はしなかったのだ。それは沙希も充分に分っていることだけに沙希も鈴音の推論を考えの一つとして受け止めて考えたのだろう。そんな沙希には一つの疑問が浮かんできた。
「鈴音、人為的に超常的な力を起こしているなら、真っ先に疑わしいのは誰になるわけ? 私がこの村に来て知っている中では、超常的な力に対して詳しい人なんて思い浮かばないんだけど」
「う~ん」
さすがに鈴音もそこまでは考えてなかったのだろう。沙希の問い掛けに唸る事しか出来なかった。確かに鈴音達が来界村に来てからというもの、超常的な現象に詳しい人に知り合った憶えは無い。
鈴音がそんな態度を取ったので沙希は吉田にも聞いてみるが、吉田にもそんな心当たりは無いのだろう。きっぱりとその手に詳しい人物は知らないと言って来た。これで八方塞だ。肝心の超常現象を起こしている人物が浮かんでこない以上は考えを進めることが出来ない。
けれども鈴音はたった一人だけ、その手の事に詳しい人物に心当たりがあったが、その推論はあまりにもバカげているし、それに確たる証拠が無いからには疑う理由が無い。そもそも何処にいるのかが分らないのだからしかたない。そう、鈴音が思い当たる人物……それが静音だ。
静音は村の歴史について深く調べていた。それに静音が出した結論から、この村には奇妙な点がある。それはとある事だけが、まるで記録されているみたいに残っている事だ。その中には当然のように呪術的な事や超常的な事が書かれている文献があってもおかしくは無い。実際に静音はそこから崇りという結論に辿り着いているのだから。
だからと言って静音が今の現象を引き起こしているとは考え辛い。まさか一ヶ月の間に静音が超常的な力を見につけたとも思えない。それに静音は鈴音にとってたった一人の家族である。だから静音が元から、そのような超常的な力どころか超能力や霊感に関しても無縁であった事を知っている。だから静音がこのような事をするとはとても考えられなかった。
そもそも静音がこのような事をする理由が見付からない。もし静音が超常的な力を持っていたとしても、特定の人物だけをその力を持って殺せば良いだけで、ここまでする理由が無い。まさか静音が村人を全て殺そうなどとは考えないだろう。そこまでの動機が静音には無い。
だからこそ鈴音はその事を口にする事はなかった。だがそうなると静音以外の人物を挙げないといけない。鈴音は一応源三郎も思案に入れてみたが、すぐに却下した。なにしろ羽入家はそんな力に頼らなくても充分過ぎるほどの武力を持っているのを昨日見ている。今更になってこんな事をするぐらいなら、あの武器を使って戦争でも引き起こした方が源三郎にとっては得る物が多いだろう。
だからこの件に関しては羽入家の人間は全て除かれる事になる。それから鈴音は村で出会った人々を思い出してみるが、誰一人として今の現象を引き起こせるような知識を見せた事がある人物は思い当たらなかった。
そんな時だった。鈴音と同じく考え込んでいた沙希が口を開いてきた。
「鈴音、私がこんな事を言うのもあれなんだけど」
「どうしたの?」
沙希にしては歯切れが悪く。どうやら自分の推論が常識からかなり外れている事に抵抗を捨てきれないらしい。まあ、そこが沙希らしいところでもあるが、今の非常識が広がっている中では常識なんて物は通用しないと沙希も感じたのだろう。意を決したように沙希は話を続けてきた。
「今の現象を私達が知っている人物に限るから思い当たらないわけで、もし……過去に村人を全滅させたいと思った人がいるのだとしたら。その人が怪しいんじゃない」
「つまり、この現象を引き起こしている人物は生きている人じゃなくて、もう死んでいる人って事?」
そんな鈴音の答えに沙希は頷いて見せた。沙希にしてみればこんな事を真剣に考えている事が馬鹿げているのだろう。だが今の現実を目の前にしてはそんな事を言っていられないのだろう。だからこそ鈴音を見習って常識を捨てて、考える幅を思いっきり広げたというわけだ。
だがそんな沙希の行動も無意味ではなかった。沙希にそう言われて鈴音はその可能性もあるのではないのかと思い始めていた。
なるほど、沙希の言う通りかもしれないよね。今の現象を引き起こしている人物が私達の知らない人だという可能性もあるし、すでに死んでいて死霊と化してこの現象を引き起こしているのかもしれない。でも……そうなると誰を疑えばいいのか、どうやって調べればいいのか……その手順がまったく分からなくなってくるよね。
つまりはここでどんなに考えても手詰まりになってくるという訳である。それだけ今の現状が非常識であり、それだけ鈴音達は今の現状に対する情報を持っていないのである。だからこそ車の中でどんなに考えても結論が出るはずも無かった。
けれども鈴音は考える事は止めなかった。確かに結論は出ないかもしれないけど、考えるという行為自体はまったく無駄では無いと鈴音は昔から静音に教わっているからだ。確かに考えるだけでは事態は収まらないけど、考える事で原因を突き止める要因となったり、事態を収拾する切っ掛けを思い付く事になるからだ。
だから静音は昔から鈴音に考える事の重要性を教えてきたのだろう。そして鈴音はそんな静音の教育をしっかりと身に付けていた。だからこそ今の状況を車の中で必死になって考えているのだ。
でも……手掛かりが無いわけじゃないかな。だって、村長さんが残してくれた遺言。それにヒントが隠されているかもしれない。なにしろ村長さんは今の事態を引き起こしている人物に直接接触したわけだから。だからこそ村長さんは家の人達が人質に取られているのを知る事が出来たし、それが原因で脅されて九本のオブジェを建てた訳なんだから。……あ~、こんな事なら村長さんの遺言が書かれたノートを持ってくれば良かった。
今更そんな事で後悔する鈴音。だが鈴音達が桐生家を出たのは美咲を探すためであって、決してこの事態を解決するためじゃない。だから鈴音もそこまでは気が回らなくてもしかたないだろう。
だが事態がここまで悪化しているとなると、美咲を見つけるのも大事だが、今の事態を収拾するのも大事になってくる。なにしろ村長は今の事態を予想しており、この事態を鈴音なら収拾する事が出来ると遺言と遺品を残してくれたのだから。
鈴音がそんな事を考えていると次のオブジェが置かれている平坂との境界線が近づいてきたのだろう。だんだんと道は悪くなっていき車の中にいても道の悪さが分かるほど揺れ始めた。それから鈴音は外に視線を移すと、相変わらず真っ暗で何も見えないが、微かなライトの明かりで自分達が大分狭い、獣道のような細い道を走っているのだと理解した。
その道はほとんど使われていないのだろう。どうやら先程の道が出来る前までは、この道を使っていたらしく。それなりに道は出来ているが、土がむき出しの状態で、とてもじゃないが整備された道路とは言えなかった。
それでも平坂に通じているのは間違いない。だから鈴音達は進むしかないのだと、揺れる車に我慢しながら道の先を見ていると吉田が口を開いてきた。
「確かそろそろオブジェが置いてある境界線で出るはずです」
どうやら目的地は近いようだ。鈴音と沙希は揺れる車の中で頷きあうと、これからの事態を予想しながら黙って車に揺られるのだった。
それからしばらくもしないうちに目的地に着いたのだろう。吉田はオブジェの近くに車を止めると鈴音達は車から降りる。それから道の先に懐中電灯を向けてみるが、やっぱり何かの障害物があるとはとても思えないほど視界はハッキリしていた。
それでも先程のように見えない壁があるかもしれないと鈴音を先頭にゆっくりと歩き出す。そして事態は沙希が予想した最悪の事態の通りに運ぶ。なにしろ先頭を歩いていた鈴音が変な声を上げるのと同時に後ろに仰け反ってきたからだ。
「ぎゃんっ!」
鈴音は何かにぶつかったように後ろに倒れこんで来たが、そんな鈴音を沙希はすぐに支えた。やっぱりここにも見えない壁は存在しているようだ。そう沙希が予想していたからこそ、倒れてきた鈴音をすぐに支える事が出来たのだ。
だがそれは沙希が予想した最悪な事態であり、それは吉田も同じようで鈴音を見て苦虫を噛み砕いているような苦い顔をしていた。
「ここもダメというわけですか」
苦い顔でそんな事を言い出してきた吉田に対して沙希は口を開く。
「念の為にこの壁がどこまで続いているのか、確かめられる所まで確かめてみましょう」
そんな沙希の言葉に吉田はすぐに頷くと森の方へ壁の存在を手で確認しながら向かっていく。そして沙希も未だに痛がっている鈴音を座らせると、吉田とは反対の森へ見えない壁に手を当てながら進んでいく。
二人とも森の手前まで見えない壁を確認しながら進んだ時だった。吉田が沙希に向かって叫んできた。
「あまり奥には行かないでくださいね。なにしろこんな暗い中を森の奥まで行くのは危険ですから。適当なところで戻ってきてください」
「分かりました」
吉田の言葉に沙希も叫ぶように返事をすると、うっそうと茂っている草を掻き分けながら進んでいく。右手で見えない壁の存在を確認しながら淡い期待を持って進んでいくが、一向に見えない壁が途切れる事は無く、茂っている草が沙希の行く手を阻む。
なにしろほとんど使われていない道の上に、森の中まで人の手が及ぶはずが無く。沙希はなかなか前に進めなかったが、吉田にもあまり奥に行くなと言われているので、後ろを確認しながら沙希は森の中を進んで行き。そしてとうとう諦めたかのように溜息を付いた。
これ以上は無駄みたいね。沙希はそう決断すると戻る事にした。沙希は念の為に鈴音達が見える場所までしか進まなかった。確かに見えない壁を伝っていけば、それを頼りに森の奥に行っても大丈夫だろうが、見えない壁が必ず道しるべになるとは限らない。それどころか、こんな森の奥だ。足場がどんな状態になっているか分かった物じゃない。腐った木が転がっているのならともかく、いきなり崖になっていたらかなり危険だ。だからこそ沙希は早々に切り上げる事にしたのだ。
それは吉田も同じらしく。沙希が戻った頃には吉田も戻っていた。
「どうでした?」
真っ先に尋ねる沙希に吉田は首を横に振った。そんな吉田を見て沙希は溜息を付いた。
「そちらもダメでしたか」
そんな沙希の態度を見て吉田も沙希の方も見えない壁が存在しているのを察したのだろう。吉田も溜息交じりでそんな言葉を出すのだった。
そんな二人を見ていた鈴音はすっかり回復したのだろう。一旦、車に戻ると長い物を手にして戻って来た。
「鈴音、どうしたの?」
鈴音の行動にそんな問い掛けをする沙希。そんな沙希に向かって鈴音は笑みを浮かべると手にした長い物を見せる。それは鈴音が桐生家を出る時に、念の為と持ち出した刃引きをした刀だった。
「それでどうするつもり?」
確かにこんな状況でそんな物を持ち出しても何も変わりないだろうと沙希は思ったのだろう。でも鈴音はそんな事は思ってなかった。
「これで見えない壁を斬り付けてみるよ。もしかしたら壊れるかもしれないでしょ」
そんな事を自信満々に言う鈴音に対して沙希は疲れたような顔で言葉を返してきた。
「あのね鈴音。さっきの車を見たでしょ。この壁は車が猛スピードでぶつかっても存在してたのよ。今更斬り付けたところで壊れるとは思えないでしょ」
確かに沙希の言うとおりだろう。鈴音達は先程、見えない壁に思いっきりぶつかったと思われる車を目にしているのだ。つまり見えない壁は車が猛スピードで突っ込んでも壊れないほど頑丈だという事を証明しているのと同じだ。だからこそ沙希はそんな事を言ったのだが、鈴音には鈴音なりの理由があるようだ。
「それは力の掛かり方の違いだよ。車のようにぶつかる面積が大きいとそれだけ衝撃の力が分散されるでしょ。でもつるはしのようにぶつかる面積を小さくする事で衝撃の力が一点に集中させる事で壁を壊せる可能性があるじゃない」
「まあ、そう言われればそうかもね」
つまり鈴音は衝撃負荷に関する言葉を口にしたのだ。簡単に例えるなら分厚い鉄板を想像してもらう。そこに車が猛スピードでぶつかっても鉄板はへこむ事すらないだろう。それだけ車がぶつかった時の衝撃は分散されて鉄板自体にはそんなに負荷は掛からないのだ。まあ、理由はそれだけでは無い。今の車は事故の為に衝撃吸収の為に車の前部が潰れやすくなっている。
つまりあれだけの大事故にも関わらず。見えない壁に掛かった衝撃は少ないというわけだ。
それに対して刀のように力を一点に集中出来る物の方が鉄板に衝撃を与えやすい。想像するのだとしたら分厚い鉄板につるはしで穴を空けようとしている場面を想像してもらえば簡単だろう。
確かに時間は掛かるが、その方が少しずつではあるが鉄板に衝撃を与えて砕く事が出来るだろう。
鈴音としてはその事を言いたかった訳で、鈴音の言葉を聞いた沙希も吉田も納得した。そんな二人を見て鈴音は袋から刀を取り出すと、刀を鞘から抜いて鞘を沙希に手渡す。そして鈴音は見えない壁の前で刀を構えると呼吸を整える。
なにしろ見えない壁が頑丈なのは先程の事故を見ればすぐに分かる。それをこれから砕こうというのだから鈴音は精神を集中させて、見えないが確実にそこに存在している壁をしっかりと捉える。ゆっくりと刀を構えた鈴音は呼吸が整うのを確認しながら精神を集中させていく。そして呼吸と精神が合うと一気に刀を振り上げた。
「せいっ!」
気合の一言と同時に一気に刀を振り下ろす鈴音。そんな鈴音が放った一撃は確実に見えない壁に直撃したのだろう。激しくぶつかり合う金属音が鳴り響くと鈴音の刀は途中で止まっている。傍から見ているとただの素振りだが、先程の金属音が確実に見えない壁に一撃を入れた事を証明している。そして刀は……鈴音の手から落ちてしまった。
それと同時に鈴音は涙目で沙希に顔を向けた。
「沙希~、痛いよ~」
「……まあ、そりゃあ、そうでしょうね」
呆れた顔で返事を返す沙希。どうやら沙希には鈴音が痛がっている理由がしっかりと分っているようだ。
なにしろ頑丈な壁に刀を振り下ろしたのだ。その反動として衝撃が刀を通して鈴音の手に直撃したのだから、鈴音は刀を通してかなりの痛みが伝わったのは確実だろう。
沙希としてはそんな事は少し考えれば分かるだろうと言いたげだったが、すっかり涙目になっている鈴音に向けて言うのは酷だと思ったのだろう。だから心の中に留めて呆れた視線だけを向けるのだった。
その間に吉田は鈴音が刀を入れた場所を確認してみるが、どれだけ手探りで触っても見えない壁が砕けたような後は無いし、へこんだ箇所も見つける事が出来なかった。
「どうやらダメみたいですね」
これで壁を壊して進むという鈴音のアイデアも尽きたかと思われたが、回復した鈴音はまだまだとばかりに今度はあまり力を入れずに連続で見えない壁を斬り付けるが、一つとして壁を傷つけた手応えを感じる事が無かった。
連続で刀を振ったので一息つくために壁から離れた鈴音。その間に吉田は先程のように鈴音が斬り付けた場所を手探りで探ってみるが、どこも砕けた場所は無かったし、傷のような物も発見する事が出来なかった。だから吉田は鈴音に振り返ると首を横に振るのだった。
そんな吉田を見て鈴音は力尽きたようにその場に座り込んだ。どうやら自分の行為が徒労に終わった事に一気に疲れが出たようだ。そんな鈴音を沙希はゆっくりと立たせると吉田も呼んで話し始めた。
「これでこの道もダメって事ですよね。これからどうします? 他の道を探しますか?」
吉田にそんな事を尋ねる沙希。だが吉田としてもこの道が使えないとなると、他にどの道を行けば良いのか検討が付かないようだ。
どうやら鈴音達は完全に五里霧中の中にいるようだ。その事にやっと気付いた鈴音は思考を切り替える事を余技されるのだった。
さてさて、新たに現れた異変である見えない壁ですが、その正体は……透明度が高い対ミサイル用強化ガラスですっ!!! ……まあ、嘘ですけどね。
ちなみにいつもの事ですけど、今の嘘には何の意味が無いただの戯言です。……いや、だって、後書きだし、ちょっとは期待に答えて遊ばないとって思って。
……えっ、そんな期待はしてないって……マジッスかっ!!! そんな、じゃあ私が信じてきたのはいったいなんだったの、これから何を信じて生きて行けばいいのっ!!! ねえ、神様……教えてくださいな。お賽銭を奮発するからっ!!!
……自分でやっておいてあれですが、少し飽きてきましたね。まあ、毎回遊んでいるわけでは無いので、良いですけど。さすがに後書きだけを書きまくっている状態なので遊びが続くと飽きてきますね。
……まあ、私が勝ってに飽きてるだけですけどね。
そんな訳で、今回は満足するほど遊んだので本編には一度も触れずに締めようかと思います。
以上、あ~、そういえば、いつもは締める時に決まり文句を入れてたんだけど、今回は入れてないなと今頃になって気付いた葵夢幻でした。次からはちゃんと入れて行こうかと思ってます。