第八章 その三
「本当にお二人だけで行かれるつもりなんですね?」
「はい」
「心配かもしれませんけど、任せてください」
吉田の問い掛けに答える鈴音と沙希。そんな二人を吉田は心配そうな顔で見ていた。こうなる事が決まったのは、鈴音がある事を言い出した事が切っ掛けとなっている。
それは誰が平坂洞に行くかだ。霊刀を使いこなし、唯一玉虫に対抗出来る鈴音は絶対に行くとして、後は沙希と吉田も同行すると思われたが、鈴音は吉田には残って欲しいと言い出したのだ。その理由は至って単純だ。
今では沈静化した羽入家の血筋による暴走だが、時が来れば確実に殺戮が繰り広げられるだろう。だから吉田には生き残った人をまとめて、もしもの時に備えて欲しいと言い出したのだ。もちどん、吉田としても、そう言われて納得が出来なかった。けれども鈴音が理由を説明すると吉田も納得せざる得なかったのだ。
その理由が、この混乱の中、非常識が渦巻く中で冷静に対応が出来て、尚且つ、生き残った人達を安全に誘導するのには吉田は適役だったからだ。まずは警察という身分、村では事件の事で吉田が歩き回ったものだから、村の人間で吉田を知らない人は居ない。だから吉田が行けば、生き残った人達は安心して出てこられ、安全な場所に誘導する事が出来るだろう。
もう一つの理由が、吉田は全てを知っているという点だ。これは鈴音達が失敗した時に使われる最後の作戦とも言っても良い。こんな非常識な事態、村人達はさぞかし混乱している事だろう。だからこそ、誰も何も知らないのは当然とも言えるだろう。
そんな状況で鈴音達が失敗すると、最後の手段として玉虫に立ち向かうために村を統合できるのは吉田だけなのだ。それから、鈴音は源三郎が未だに生きているなら助力を得る事も吉田に助言をした。あの源三郎の事だ、素直に玉虫の呪いで暴走するとは思えない。それに千坂が残した言葉からも源三郎が生きている事を察する部分があった。だから源三郎も玉虫の呪いが一時的に消えている今では協力してくれるだろうと鈴音は推測していたのだ。
それに源三郎の事だ。玉虫の呪いが一時的に消えたのだとしたら、動かないはずが無いと鈴音は吉田に言って来た。それに源三郎の権力を使えば村人をまとめてるのも簡単だ。後は村人総出て玉虫に対抗するしか手が無いだろう。そのためにも源三郎は重要な人材なのだ。
だから鈴音は最後の手段として吉田と源三郎に全てを託せるようにしておいたのだ。それでも、沙希は失敗するつもりは無いと強がって見せた事により、吉田も少しだけ安心しながらも今後の事を鈴音と相談した。
まずは安全な避難場所だ。本来なら神社が最適だろうが、神社は平坂洞が近くにある。つまり敵陣の近くに逃げるのは、自ら虎の口に入るのと同じだ。そこで選ばれたのが駐在所である。あまり広いスペースではないが、駐在所には金井も居るし、奥まで使えば生き残った村人を保護できる事も出来るし、なにしろ、この駐在所は住居と有事の場合に使われる高い火の見矢倉が設置してある。
だから再び羽入家の血筋が暴走して来ても、駐在所なら立て籠もって抵抗する事は充分に可能だ。その時に、指揮を取る物が居ないとこまるからこそ、吉田には残ってもらわないと困るし、今のうちに源三郎と合流すれば、羽入家が準備してた武器が手に入る可能性もある。
そのためには全てを知っている吉田が中心となって動かないといけないのだ。だから、平坂洞に行くのは鈴音と沙希だけと決まり、吉田も納得せざる得なかったのだ。それに源三郎とも合流できれば更に村人をまとめて、安全性が上がるだろう。
だから吉田は駐在所に戻り次第、再び目覚めるかもしれない羽入家の血筋に備えて準備をしなくてはいけない。後は金井に言って源三郎を迎えにいかせると吉田が言って来たので、鈴音は安心して後を任せる事が出来た。
それから鈴音と沙希は準備に余念が無い事を確認すると、鈴音は未だに車内に居る七海に向かって開いている窓から語りかける。
「それじゃあ、七海ちゃん。行ってくるね。なんて言うか……今更私がこんな事を言う資格は無いんだけど。ゆっくりで良いから……ゆっくりで良いから、自分が何をすべきなのかを考えて、それを実行してこうよ。それが……七海ちゃんの贖罪だよ。じゃあ、私達は七海ちゃんに本当の自由を取り戻すために玉虫を倒してくるよ。うんと……じゃあね」
それだけ言うと鈴音は駆け足で沙希のところに戻ろうとしたが、今まで俯いていた七海が急に窓から顔を出して鈴音の名を呼んできたので、鈴音は足を止めると振り返って笑顔を七海に向ける。一方の七海はなんで、こんな事をしたのか自分でも分っていないような顔をしているが、伝えたい気持ちだけは分っているのだろう。だからこそ、七海はその言葉を口にする。
「鈴音さんも……沙希さんも……気を付けて。私っ! ……私は……」
「うん、大丈夫だよ七海ちゃん。後はお姉さん達に任せておきなさい」
何かを言いかけた七海に対して鈴音は笑顔でそのような言葉を送った。鈴音には分っていたのだろう。今の七海には時間が必要なのだと、だから今は無理をして言葉を出すべきでは無いと。だから七海の言葉を遮って、鈴音はそんな事を言ったのだ。
そんな鈴音の言葉を聞いてぎこちなく微笑む七海に対して、鈴音は大きく手を振ると沙希の元へ戻った。
「お待たせ」
「それでは、吉田さん、後はお願いしますね。私達もしっかりと私達の役目を果たして来ますから」
「分かりました。ここまで来たのですから、私もお二人を最後まで信じる事にしましょう。それから鈴音さん」
吉田がいきなり顔を鈴音に向けてきたので、鈴音は少しだけ呆けた顔で吉田の顔を見る。そんな鈴音を見て吉田は微笑みながら告げるのだった。
「羽入家のお嬢さんに関しても任せてください。決して悪いようにはしませんから」
「はいっ! お願いしますっ!」
吉田の言葉に喜びを思いっきり声高にして返事をする鈴音。確かに警察と羽入家は対立関係にあったが、今となっては七海が玉虫の共犯者だったとしても、今の七海に酷な事は吉田にも出来ない。だからこそ、吉田は鈴音の気持ちを汲み取って、そのような言葉を口にしたし、そのように実行するつもりだ。それが、最後までいけない、吉田が鈴音に対して出来る最良の出来事だと吉田は考えたからだ。
「じゃあ、鈴音、行くわよ」
「うん、じゃあ、行ってきま~す」
まるでピクニックにでも行くように緊迫感の無い声で挨拶をする鈴音に吉田は呆れたような微笑で溜息を付いて見送るのだった。
そんな鈴音と沙希が平坂洞を目指して、遂に歩き始めた。
「そういえば鈴音」
「んっ?」
「水夏霞さんの事はどうする?」
いきなり水夏霞の事を話題に出してきた沙希に対して鈴音は思考を巡らす。神社を経由するからには水夏霞の事が気になっても不思議では無いだろう。
あ~、そういえば……すっかり忘れてたよ。私が玉虫を退けてから、それから誰にも見付からないように家に隠れてるように言ってたんだよね。う~ん、確かに水夏霞さんは玉虫の傀儡だけど……今の状況で玉虫が傀儡を使ってくる可能性は無いに等しいよね。
そんな結論に達した鈴音。もちろん、鈴音がそんな結論に辿り着いたのにはしっかりとした理由がある。
それは玉虫にとっての傀儡を使用する目的を考えたからこそ、鈴音はそのような結論を出したのだ。そもそも傀儡は玉虫が千の首を集めるために使用していた者であり、千の首を揃って完全に復活した今となっては傀儡を使う意味があまり無い。
もちろん、完全復活と言っても身体があるわけじゃないからこそ、沙希と鈴音と対峙した時には傀儡を使ってきたのだが、ここまで事態が進展すると玉虫としては鈴音と沙希を殺さない限りは逆転の手は無い。そのために今は洞窟に籠もっているのだ。
その理由として、羽入家の血筋達の復活が上げられるだろう。やはり今の状況で傀儡を使って鈴音達と対抗するには分が悪すぎる。それならと玉虫は自分の力を最大限に引き出せる場所にまで鈴音達を誘導して戦った方が、確実に鈴音達を殺す事が出来ると考えたのだろう。
それに玉虫も霊刀が平坂洞の鍵でもある事を知らない。だから今は玉虫の元にあるであろう御神刀が玉虫の手にある限りは鈴音達は玉虫の元へは来られない。と玉虫が思っていても不思議では無いが、ここまで玉虫の手を読んで、七海との戦いでは逆転の一手を見せてきた鈴音だ。もしかしたらと、玉虫も最後の場所まで来ると心のどこかで思っているかもしれない。
何にしても、今は下手に動くよりも、鈴音達を殺すために確実な手段を取るのが一番だ。なにしろ鈴音達さえ殺してしまえば、玉虫は恐怖に値する存在が消えるのだから。だから今は平坂洞に籠もっているのである。
だからこそ、玉虫の傀儡である水夏霞に連絡を取って、全員が揃っている駐在所に行くように説得するか、それとも、このまま放っておくかで沙希は悩んだからこそ鈴音に意見を求めたのだ。そんな鈴音が少し考えると納得したように頷いてから沙希との会話を続けてきた。
「うん、それじゃあ、ちょっと寄り道して水夏霞さんにも駐在所に行くように言っておこうか」
そんな鈴音の答えに溜息を付いてから返事をする沙希。
「やっぱりか」
沙希の対応に鈴音は少し笑いながら話を続ける。
「沙希の心配も分かるよ。確かに水夏霞さんは玉虫の傀儡だけど……私達だって玉虫の傀儡が何人居るのか知らないんだよ。だから、誰も気付かずに駐在所に避難している可能性だってあるし、そこに水夏霞さんが加わっても同じじゃない。その時は、まあ私達は死んだ後だろうけど、水夏霞さん以外の傀儡を使う可能性だってあるんだから。たまたま、私達は水夏霞さんが傀儡だと知っているから警戒するのも変な話じゃない」
「……まあ、言われてみれば、そうね。なんというか、自分達が死んだ後の心配なんてしたくは無いけど、今更になって水夏霞さんだけを警戒してもしかたないか。もしかしたら、すでに駐在所の人も玉虫の傀儡になってる可能性だってあるんだしね」
「そうだね。でも……今の状況を考えても、私達が死なない限りは玉虫は再び傀儡を使おうとはしないと思うよ。つまり、私達が確実に玉虫を仕留めれば、そんな事は関係無いって事だよっ!」
「相変わらず、お気楽に言ってくれるわね。このけひょんは」
「だから、そんな変なあだ名を勝手に付けて呼び続けないでっ!」
そんな鈴音の突っ込みを入れた後に笑い出す二人。確かに現状では二人の方が、若干ではあるが優位には違いない。けれども笑っていられるほど、気を抜けないのも確かなのだが、やはり、この二人は笑っている方が似合っているのも確かである。
鈴音は静音の妹であり、良く似ている。だからこそ、村長からも源三郎からも村の未来を託された。だが本当なら鈴音もただの女性である。それなのに村の命運を背負う事になってしまったのだから、鈴音としては考えたく無いほど嫌な事だろう。
だからこそ二人とも現状をそんなに嫌になるほど考えてはいなかった。そこには、やっぱり静音の教えがあったからだろう。静音は二人にこんな話をした事があった。「自分に出来る事なんてちっぽけな物なのよ。だからこそ、人は協力して大事を成し遂げる。でもね、出来ない物は出来ない。だから、出来ない事なら諦めるしか無いわね。でも……少しでも、それが星屑程度の光でも、見えたのだとしたら。それは絶対に出来る事だから諦めちゃダメよ。希望の光が見える限りは笑って歩けるものだもの」そんな静音の言葉が二人に重い気持ちや、嫌になるほどの気分にはさせなかった。
そう、今の二人には星屑程度だが希望が見えているのだ。そこには村を救うためとか、皆を助けたいとか、そんな重たい気持ちも無い。ただ……自分に出来る事、自分にしか出来ない事を精一杯やっているだけなのだ。だからこそ、二人とも笑いながら歩く事が出来るのだ。
未だに空は分厚い雲が広がって日光を遮っており、道も羽入家の血筋が一時的に気を失った事により安心して歩けると言っても、懐中電灯で照らさないと真っ暗だ。そんな道を二人は気楽に、そして……微かに見える希望に向かって歩き続けるのだった。
鈴音が水夏霞の家にあるチャイムを鳴らしても反応が無かった。その事から鈴音は少し言い過ぎたのではないのかと感じていた。
「う~ん、警戒するように言ったけど……少し過敏に成り過ぎてるのかな?」
「鈴音が脅すからでしょ」
「脅してないよっ! 警告しただけだよっ! それなのに人が悪いように言わないでよねっ!」
「もしかして……自覚が無い?」
「だからっ! なんで私が悪い事になってるのっ!」
そんな漫才をしていると玄関ではなく、庭に通じている雨戸が少しだけ開く音が聞こえると鈴音は、そっちの方に元気な声で水夏霞だと思って話しかけるのだった。
「水夏霞さ~んっ! 私だよ、私っ! ちょっとだけ話があるから出てきて~っ!」
鈴音がそれだけを言うと再び雨戸が閉まった後、鈴音と沙希は顔を見合わせるが、すぐに玄関の鍵が開く音が聞こえて水夏霞がゆっくりと顔を出してきた。
「えっと……鈴音……さん?」
まさか鈴音が呑気に尋ねてくるとは思ってはいなかったのだろう。水夏霞は戸惑いながらも鈴音達を見ながら口を開いた。まあ、それはそうだろう、未だに空は赤錆色の分厚い雲が日光を遮っており、村中が真っ暗だ。それはつまり、未だに玉虫の事が解決していない事を示している。つまり、水夏霞にしてみれば、また、いつ、玉虫に身体を支配されても不思議ではないのだ。
そんな自分に呑気な声で鈴音達が尋ねてきたのだから水夏霞が戸惑うのも当然とも言えるだろう。
そんな水夏霞を余所に鈴音は勝手に話を進める。
「水夏霞さんは大丈夫だった。まあ、一度は水夏霞さんをぶっ倒した私が言えることじゃないんだけど、大丈夫?」
そんな事を普段どおりに呑気な口調で尋ねてきた鈴音に水夏霞は必死になって頭を整理しながらも鈴音に対して返答する。
「えっ、あっ、はい、大丈夫です。あの時の私は玉虫の力で守られてましたから、だから傷一つありません。それで鈴音さんは、今頃になって私に何か用があって来たんですか?」
「ううん、私達はこれから玉虫との最終決戦に挑むから、そのついでに顔を見せただけ。それに、今は玉虫の力が弱まってるから安全に村の中を移動できるから、今のうちに駐在所に避難してって伝えに来たの」
「玉虫の力が……弱まってる?」
水夏霞としては思いも寄らない事だ。なにしろ玉虫の傀儡として身体を操られていたのだから、水夏霞も玉虫の力については充分に理解しているつもりだ。それなのに、そう簡単に玉虫の力が弱まったなんて信じられる物ではなかった。
だが、現に鈴音がいつものように呑気な口調で、そんな事を言って来たのだから、何かしらの確証があるのだと水夏霞は考え、それを素直に口に出す事にした。
「えっと、鈴音さん……玉虫に対して何かしたんですか?」
「……ん~、まあ、弱体化には成功したかな。でも、未だに玉虫が存在しているからには、再び羽入家の血筋が暴走しても不思議じゃない。私達はそれを防ぎに玉虫を完全に倒すために、ちょっと奥に行ってくるだけだよ~」
「……はぁ」
答えになっているのか、なっていないのか。まあ、たぶん後者だろう。けれども、水夏霞には鈴音が玉虫に対して優位に事を進めている事だけは理解できた。そして、鈴音達が、これから玉虫との完全決着を付けるために、どこかに行こうという事も。
それを理解したからこそ、水夏霞は少しだけ心配そうな顔で鈴音に尋ねてきた。
「えっと、こんな事を聞いては悪いんだけど……倒せるの、あの、玉虫を?」
そんな水夏霞の質問に対して鈴音は満面の笑みを向けると水夏霞に向かってVサインを出してきた。
「大丈夫、絶対に倒してみせるよ。だから水夏霞さん、念の為に今は一番安全な駐在所に避難してて欲しいんだ。吉田さんも生き残った人達を駐在所に集めて、もしもの場合に備えてるから。まあ、私達は絶対に玉虫を倒してみせるから避難する必要も無いと思うんだけどね。けど、万が一って事もあるから。それに、吉田さんは全部知ってるから、吉田さんの手が空いている時にでも聞けば分かるよ。それに玉虫の存在を知ってる水夏霞さんなら、吉田さんの手伝いも出来ると思ってね」
「……分かりました」
鈴音の言葉を聞いて、少しだけ考えると水夏霞はすぐに答えを出してきた。たぶん水夏霞も理解したのだろう。鈴音達はこれから玉虫との決着を付けるために、どこかに行く。その途中で自分の事を心配してくれて、わざわざ来てくれた事を。
だからこそ、水夏霞はそれ以上は深い事を聞かずに、鈴音達に向かって少しだけ待ってもらうように言うと、一度家の奥に入って、何かを探すような物音が聞こえてくると、すぐに静かになって水夏霞が戻って来た。そして水夏霞の手には何枚ものお札があった。
「これは玉虫様、ううん、玉虫の鎮魂祭に使われるお札で、玉虫の力を封じ込めると言われてます。本当ならお祭りの時に平坂洞と御神刀に張って、玉虫の霊を慰めるために使うんですけど、もしかしたら復活した玉虫にも有効かもしれません。だから、持って行ってください」
「玉虫の魂を慰めるために使われているお札か、鈴音は思う?」
そう言いながらも水夏霞の手からお札を貰い受けている沙希。鈴音はお札について考えると、すぐに答えを出してきた。
「……うん、もしかしたら、結構効くかもしれない。なにしろ完全復活した玉虫に、玉虫の霊を鎮める効果があるお札なら、有効な武器になるかもしれない。ありがとう、水夏霞さん」
「いえ……私には、これぐらいしかお手伝いが出来ませんから」
暗い表情でそんな返答を返してきた水夏霞。やはり自分の意思では無いとは言え、自分の手で両親や他の村人を手に掛けた事を気にしているのだろう。けれども、それは水夏霞の心が解決する問題であり、そのためには時間が必要なのは鈴音が一番良く分かっている。だからこそ、鈴音はそっと水夏霞の手を取ると笑顔を水夏霞に向ける。一方の水夏霞は驚きの表情を示しているが、そんな事に構う事無く、鈴音は話を進める。
「ありがとう、水夏霞さん。お札は有効に使わせてもらうね。それじゃあ、私達は行くから、水夏霞さんもなるべく早く駐在所に避難してください。今の村は一時的に沈静化しているだけですから、玉虫が力を取り戻せば再び殺戮が繰り返されると思いますから。それを少しでも被害を少なくするために、今は駐在所でいろいろと準備しています。まあ、それよりも早く、私達が玉虫を倒せれば良いんだけどね。だから水夏霞さん、今は自分の安全を考えて、早く避難してください。その間に玉虫を倒して来ますから」
鈴音の手から感じる暖かい温もりと言葉から感じる自分を心配してくれていると分かる言葉。水夏霞には、その二つが自分の中に入って行き、少しは気力と勇気が沸いて来たような感触を得る。どうやら鈴音の温もりと言葉が水夏霞を活性化させたようだ。だから水夏霞は真剣な眼差しに変わると、鈴音の手を握り返して、はっきりと言葉を告げる。
「分かりました。鈴音さん達も気を付けて……私達に出来る事はほとんど無いかもしれないですけど……可能な限り生きてみせますから」
「うん、その意気だよ。それじゃあ、水夏霞さん、早めに避難してくださいね」
「はい、鈴音さん達もお気をつけて」
その言葉を最後に鈴音は水夏霞の手を離すと、沙希に向かって一度だけ頷いてから、沙希の横に並んで水夏霞の家を後にしようと水夏霞に背を向けた。そんな二人の背中を見て、水夏霞は何の言葉も掛けなかった。
それは水夏霞が鈴音達を信頼していた証とも言えるだろう。確証も確信も無いが、鈴音達なら必ず玉虫を倒してくれる。水夏霞は二人の背中を見て、そんな風に感じていた。だからこそ、水夏霞は黙って二人を見送ると、早速行動に移る。思い付くだけの準備をすると、水夏霞は家を出て、未だに真っ暗村を駐在所に向かって歩いて行くのだった。背中に大荷物を背負いながら。
一方、水夏霞と分かれた鈴音と沙希は平坂神社の境内を歩いていた。歩きながらも、沙希は水夏霞から渡されたお札を見ている。それから鈴音に尋ねるのだった。
「さっきは水夏霞さんの手前、あんな事を言ったけどさ。本当にこれって玉虫に効くのかな?」
そんな沙希の問い掛けに鈴音はすぐに答えてきた。
「たぶんだけど、効くと思うよ。そもそも、この平坂神社は玉虫の霊を沈めて祀るために建立された神社なんだよ。だからお祭りも玉虫を祀るのと同時に玉虫の霊を鎮める。つまり鎮魂、玉虫の力を弱める効果があると思うよ。そのお札って、見るからにしてお祭りで使われそうなお札でしょ。たから玉虫の霊を鎮める、つまり玉虫の力を弱める効果があるとも考えられるよ。もっとも、使い方としては爆弾みたいに玉虫に投げつけるのが一番だと思うけどね」
「なるほどね、神社の起源と祭りが意味している事を考えれば、確かにお札は有効かも知れないわね。それでどうする? 鈴音も半分ぐらい持っておく?」
そんな沙希の問い掛けに鈴音は首を横に振ってきた。
「私は霊刀を振るうだけで精一杯だよ。だから、そのお札は沙希が私をフォローするために使って。私の考え通りなら、私は玉虫の相手をするだけで精一杯になりそうだから」
「分かったわ、それじゃあ、これでしっかりとフォローしてあげるわよ」
そんな言葉と共に沙希はお札を鈴音に見せながら笑みを向けると、鈴音は何かを思いついたかのように声を上げると自分の考えを話してきた。
「あっ、沙希、余裕があったら、そのお札を御神刀にも張り付けてみて、たぶん、効果があると思うんだ」
「その根拠は?」
「さっき、水夏霞さんはお祭りでお札を御神刀に張って、玉虫の霊を鎮める祭りをするって言ってたでしょ。だから、お札の力が有効なら、御神刀の力、つまり玉虫の根源となる力を封じ込める事が出来る可能性がある」
「まったく、無茶な事を言ってくれるわね。でも……鈴音の言うとおりかもしれないわね。まあ、出来る限りの事はやってみるわよ」
鈴音も沙希も、どうやら同じ結論を出したようだ。水夏霞の話を聞く限りでは、村で行われていた祭りは玉虫を祀り、玉虫の霊を慰める事にある。別に、そんな祭りが行われる事は決して珍しくは無い。
過去にも悪霊となった者を神として祀る事によって、災いを呼ぶ悪霊から守護をする守護神に変える事も珍しくは無い。ちなみに、現在の東京でも同じような事が行われているのは、あまり知られてはいないだろう。
現在の東京を築くために、かつては日本一の怨霊とも言われた霊を神といて祀り上げる事により、悪霊から守護神に変えるという慣わしは決して珍しい事ではないのだ。少し調べれば分かると思うが、現在の東京にも、そうした祀り事が行われている。
つまり悪霊と神は一心同体。だが、玉虫は悪霊として復活した。けれども、そんな玉虫の霊を鎮めるために使われていたお札だ。玉虫自信に張り付けても効果があるだろうが、御神刀に張りつける事が出来れば、玉虫の力を一気に削ぎ落とせる可能性が大きいと、鈴音と沙希は考えたのである。
そんな判断を下したのだから、二人ともお札が有効だと判断したのだろう。それでも、沙希はお札の束、簡単に言うと紙の束を手にしながらも口を開く。
「それにしても……まさか、こんなところで玉虫に有効的な武器が手に入るなんてね。とりあえず、手に張り付けて殴れば結構効果がありそうね。うん、思いも寄らぬところから良い物を得たという感じね」
「棚から牡丹餅だね」
「けひょんの鈴音がまともな事を言ったっ!」
「なんで、そんなに驚く事なのっ! それからいい加減にけひょんはやめてよねっ!」
そんな鈴音の突っ込みに沙希は笑うと鈴音も笑い出した。どうやら、未だに緊迫感が無い二人のようだ。そんな漫才をしながらも沙希はお札をいつでも取り出せるポケットに大事に仕舞いこむと、二人は本殿の裏手に差し掛かっていた。
そして、森と神社を隔てる塀の一部分に作られた一つの扉は……まるで鈴音達を待っていたかのように開かれていた。なにしろ、普段では神社を管理している水夏霞が、ここの鍵を持っているのだから、平坂洞に続く道への扉には鍵が掛かっていたのだが、今は鍵が掛かってなかった。
それどころか、まるで二人を招くように扉は全開になっており、とりおり吹く風によって、開かれた扉が塀へと当たり、不気味な音を立てている。そんな光景を目の当たりにして、ようやく二人の顔から呑気さが消えて、真剣な面持ちになる。
そして、そんな光景を目にした沙希が、少しだけ嫌味を加えて言葉を吐く。
「これって、入ってこれるものなら入って来いっている挑戦状なのかしら。そして、平坂洞を前にして、うろたえる私達でも笑いたいのかしらね」
そんな沙希の言葉を聞いて鈴音は苦笑しながらも答える。
「まあ、そこまでの嫌味を出しているわけじゃないと思うけど……挑発しているように見えるのは確かだね~」
鈴音もそんな言葉を口にした。まあ、それもしかたがないだろう。なにしろ、普段では鍵が掛かっている平坂洞への扉だが、今では全開で風に揺れている。鈴音達は木で出来た扉だからこそ沙希なら蹴破る事も出来ると考えていたから、この扉に関しては考えなかったのだが、まるで鈴音達を誘うように開かれた扉を見ていると、そこに何かしらの意味があるのではないのかと考えてしまう鈴音だった。
けれども鈴音はすぐに、その考えを捨てた。それにはしっかりと意味がある。それを説明するかのように鈴音は口を開くのだった。
「でも……あまり深く考える必要も無いと思う。こんな扉をしっかりと守っていても意味は無いし、玉虫は私達が平坂洞に入れないという判断から余裕を見せていた。それを今更になって、こんな脅しみたいな事をするとは思えないよ」
「じゃあ、何で開いてるんだろう?」
誰でも思う事を口にする沙希。そんな沙希の質問に鈴音はすぐに返答してきた。
「たぶんだけど、誰かが、この先に逃げようとしたのかもしれない。もしくは羽入家の血筋がここから山奥に逃げ込んだ村人を追って行ったのしれない。なんにしても、私達が来る前に、誰からがここから山奥に行った事は確かだよ。現に扉は開かれてるし、鍵だって壊されてる」
鈴音が指摘すると沙希は初めて鍵に目を向けると、少し前まではしっかりと扉を閉めていた鍵だが、今では無理矢理壊した形跡を残している。確かに、鈴音が言ったとおりに誰かが、ここを通った事は間違い無いようだ。たぶん……何も知らないままに。
そうなると面倒な事になると考えた沙希は、その事を口にする。
「そうなると途中で倒れてる羽入家の血筋と出会うか、もしくは生き残った人に出会う可能性もあるわね」
「う~ん、それは無いと思うよ」
沙希の考えを即行で否定してきた鈴音。もちろん、鈴音にはしっかりとした理由が在っての否定だ。
「誰がここを通ったとしても平坂洞に行く可能性は低いよ。もし、逃げるのが目的なら、目立つ平坂洞に行く必要が無い。むしろ、脇道にそれて獣道を進んだ方が逃げられると考えても不思議は無いと思う。そして羽入家の血筋だけど、今頃になって玉虫が呼び寄せたとは考えられない。今では呪いの効果が一時的に消えて、気を失っている状態だから。だから、その前に羽入家の血筋を呼び寄せたとは考えずらい。それに……玉虫は平坂洞のカラクリに絶対の自信を持っていた。それを今更、羽入家の血筋に守護させるって事は、ここに何かありますよって教えてるようなものだよ。そんなミスを玉虫がするとは思えない。つまり、村人にしろ、羽入家の血筋にしろ、ここを通って、脇道に逸れた可能性が高いって事。だから、私達が平坂洞に着くまで、誰かと出会う可能性は低いと思うよ」
「なるほどね、そう言われれば、そうね。どちらにしても平坂洞に行く理由が無い。村人で、辺りの地理に詳しければ、そっちの道を使って逃げてる可能性が高いもんね。わざわざ目立つ平坂洞に行く必要も無い。そして、もしかしたら、その人を追って羽入家の血筋が通っている可能性もあるから、平坂洞への道を外れて、その人を追って獣道に入って行った可能性が高い。そう考えれば、この扉が開いてる理由も何となく説明が付くわね」
「まあ、真相は分からないけど、その程度の理由だと思うよ」
つまり、この扉が開いている事は重要では無い。鈴音も沙希も、そう判断したようだ。理由は先に二人が述べたとおりである。だからこそ、今では二人とも扉を蹴破る手間が省けたとしか考えてはいなかった。
そんな二人が開いている扉を潜って、平坂洞への道を懐中電灯で照らすと、そこには、相変わらず両脇にうっそうとした草木が生い茂っていた。数日前に道を切り開いたとはいえ、さすがに道が狭い事には変わりない。そんな道を二人で並びながら歩くのは無理だ。だからだろう、何があってもすぐに対応が出来るだろうと、自分を評価した沙希が歩き出して、鈴音の前を行く。確かに、こんな場所で何かあれば、武器を手にしてる鈴音よりも、無手の沙希が対応した方が良い。まあ、相手にもよるが。
今となっては、こんな獣道からイノシシなり熊なりが出てくるとは思えない。むしろ、こういう事に敏感な動物だからこそ、前日の内に結界の外にある山に避難していても不思議ではない。だから二人は警戒はしながらも、辛うじて道と呼べるところを歩んで行き、歩を進める。
そんな二人がかなり歩いた時だった。ついにそれは姿を現した。
何本の鎖が掛かっており、鍵穴らしい物が六つあり、中央には右側に少し寄った長方形の穴が空いている。それ以上に、鉄の扉が来る物を拒むかのように不気味な雰囲気をかもし出していた。そう、二人は遂に平坂洞へと到着したのであった。
さてさて、いよいよ平坂洞に向かって出発した鈴音と沙希ですが、途中で水夏霞からキビダンゴを貰って、それを餌に三匹の仲間を手に入れましたね。その三匹の仲間こそ、クワガタ、カマキリ、バッタの三匹……。
ガータガタキリバ、ガタキリバ……うお――――っ!(増殖中) そしてガタキリバコンボを発動させた二人は平坂洞に乗り込んで行くのでした。
……思わず仮面ライダーオーズ、ネタをやってしまったっ!!! いや、なんていうか……思い付きで、というか……ノリ? という事で、皆さんもご一緒に。
ガータガタキリバ、ガタキリバ。
……はい、もう意味不明です。というか、収拾不可能です。そんな訳で、今までの事は無視して話を続けましょうか。
そんな訳で、やっと平坂洞に辿り着いたわけですよ、これが。まあ、本来なら、もっと省略して三話で済まそうかと思ったんですけどね。ちょっとした思い付きで、話を伸ばす事になりました~。まあ、そんな訳で、第八章は全四話になったわけですよ。
まあ、今回の話はただ平坂洞に行くだけですからね~。まあ、いろいろと伏線は隠してますが、それも最終章で出てくる事でしょうね。まあ、伏線に関しては、それまでお楽しみに~。
そんな訳で、無駄に後書きを増やしたので、今回は短く? この辺で締めようと思います。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、プテトラコンボがオーズのファイナルフォームになるのかな? とちょっと思ってみた葵夢幻でした。