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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第八章 平坂洞
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第八章 その二

「って、ちょっと鈴音っ!」

 鈴音の言葉を聞いて声を上げてきた沙希を、鈴音は手で制する。どうやら今は黙って聞いて欲しいという事だろう。沙希も鈴音がそんな態度を取ってきたからには、しっかりとした根拠があると思い。その場は引っ込んで鈴音の言葉に耳を傾ける事にした。そう……隣に居た七海の反応に気付かないままに。

 鈴音は吉田の方を見ると頷いてきたので、続きを話し始める事にした。

「沙希も覚えてると思うけど、以前に私と沙希は平坂洞の扉を開けようとしました。けれども開かなかった。だから平坂洞に付いている扉は絶対に開かない扉だと私も沙希も確信しました。でも……それが大きな間違いだったんです」

「鈴音、どういう事よ?」

 鈴音の言葉に素直に質問をしてくる沙希。確かに沙希も鈴音と一緒に平坂洞の扉を開けようとしていたが、まったく開かなかった為に、沙希も絶対に開かない扉だと思っていたようだが、鈴音の言葉を聞いている限りでは、まるで平坂洞を開ける事が出来るような物言いだったからこそ、素直に尋ねたのだ。

 そんな沙希の質問を聞いて鈴音は沙希の方を一回だけ見ると説明を続けてきた。どうやら今はまだ黙って聞いてて欲しいようだ。だからこそ、沙希も何も言わずに鈴音の言葉に耳を傾ける。

「平坂洞の扉は開ける事が出来るんです。いや、正確には玉虫と共犯者だった七海ちゃんには簡単に開ける事が出来てたんです。でも、私達は先入観から扉は開かないと思いこんでいた。ううん、私達だけじゃない。たぶん、誰しもが平坂洞の扉を開ける手段が分からなかったんです。だから平坂洞は開けてはならないもの、聖域とされていたんです。そして、そんな聖域とされている場所だから……玉虫の復活に必要な千の首を隠しておくにも、玉虫の隠れ家とするにしても最適な場所だった。そうでしょ、七海ちゃん?」

 話が七海に振られたので全員の視線が自然と七海に集中する。七海は以前と変わらずに顔を俯けたままだ。そんな七海が誰に向かってかは分からないが、たぶん鈴音に向かって言葉を口にしたのだろう。こんな事を言い出した。

「その通りです。そもそも平坂洞は玉虫が死んだ場所、だから玉虫の怨念が宿るには丁度良かった。それに平坂洞の扉があるからこそ、今まで誰にも千の首を見つけることが出来なかった。そして……鈴音さん達も平坂洞に入ることが出来ません。だって……鍵が無いんだから」

 そんな言葉を聞いた沙希と吉田は驚いた表情で鈴音を見るが、当の鈴音は涼しい顔をしていた。まるで、そんな事は無いと言いたそうな顔で七海を見て、それから優しい表情を浮かべると七海の頭を数回撫でてやるのだった。

 それから鈴音は視線を沙希と吉田に戻すと説明を再開してきた。

「七海ちゃんの言うとおりです。平坂洞を開ける術を誰もが知らなかった。だからこそ、玉虫にしてみれば千の首を隠すには格好の場所だった。それに、首を集められない期間だけ眠るには最適な場所だった。なにしろ玉虫は、そこで殺された。そこに怨念が宿っているからこそ、玉虫が一時的に力を封じて眠るには最適な場所だった。だからこそ、今は玉虫がそこに居るのは当然の事なんです。だからこそ、私達は平坂洞に行かないと行けないんです」

「けど、鈴音」

 沙希が質問し掛けてきたので、鈴音は沙希が言い終わる前に首を横に振った。どうやら沙希の質問が何なのか分っているし、その答えも鈴音には分っているようだ。だからこそ、鈴音は七海の頭を撫でながら説明を続ける。

「先程、七海ちゃんが言ったとおりです。私達には鍵が無い……と、玉虫や七海ちゃんは思ってたでしょうね。だからこそ、玉虫は最後まで余裕を見せてたし、七海ちゃんも私達が平坂洞を開く事が出来ないと思ってる。そうでしょ?」

 鈴音が最後に七海にそんな言葉で尋ねると、七海は顔を上げて鈴音に向けると驚きを隠せない表情をあらわにしていた。どうやら鈴音が言った事に間違いは無いようだ。それから鈴音は沙希と吉田に対して本格的な説明を開始した。

「鍵はしっかりと私が持ってます。そこで沙希、平坂洞を開ける鍵って何だと思う?」

 急に質問を振られて驚きながらも思考を巡らす沙希。だが出てきた答えは至って単純な物だけだった。

「それは、鍵っていうぐらいだから、鍵穴に差し込み、中の仕組みを動かして開錠させる形に削った棒の事でしょ」

 そう、鍵と言えば誰しもがそんな形の鍵を思い浮かべる事だろう。確かに鍵といえば無数の種類があるだろう。最近では電子ロックなども珍しくは無い。それでも、鍵と聞かれたら普通は鍵穴に適した先端が付いている棒を思い浮かべるだろう。それほどまでに鍵と聞いて想像する先入観は強い物だ。

 そんな沙希の答えを聞いて鈴音は首を一度だけ縦に振ると説明の続きをする。

「そう、鍵と聞けば誰しもが沙希が言ったとおりの鍵を思い浮かべると思います。それに、平坂洞の歴史は古い物ですから、そんな物に最新式の電子ロック、たとえば指紋や暗証番号にカードキー、それに眼紋照合なんて出来るわけが無いんです。だから答えは簡単です、平坂洞の鍵穴に鍵を差し込めば……平坂洞は開くんです」

 鈴音の説明が終わってそれぞれの反応を示す沙希達。沙希と吉田は驚きと困惑が入り混じっているが、七海は明らかに敗北感をあらわにして再び鈴音の肩に寄りかかると、そのまま鈴音の膝まで頭を落とし、七海は鈴音の膝枕からの温もりを感じながらも源三郎が言っていた恐怖について考えていた。

 そっか……そういえば……静音さんも、そういう人だった。何も分っていないような顔をしながら、数分後には私達の数歩先まで見通した事を言ってくる人だった。それだけに……お爺様は静音さんを認めたんでしょうね。それは鈴音さんも同じという事だったんだ。お爺様には分っていたんだ。静音さんが秘めていた恐怖を……鈴音さんももっているという事を。そんな事を思いながら、もう何も言いたくないとばかりに鈴音の膝に顔を埋める七海。そんな七海を鈴音は優しく頭を撫でてやるのだった。

 七海に対しては、それだけで充分だろう。だが沙希と吉田には、まだ説明しないといけない部分が残っていた。だからこそ、沙希は真っ先にその事を尋ねてきた。

「けど鈴音、鍵を差し込めば言いだけって言っても、その鍵がどこにあるか分からないから困ってるんじゃないの? そもそも、鍵が何か分っているなら、前に平坂洞を開けようとした時に使えば良かったんじゃない?」

 そんな事を尋ねてくる沙希。確かに沙希が言ったとおりに鈴音は以前にも平坂洞を開けようとしたが開かなかった。だから鈴音と沙希は自然と平坂洞は関係無いと決め付けてしまったのだが、ここに来て、いや、ある事を切っ掛けに鈴音には平坂洞が関係有るという事実に行き着いたようだ。

 そんな鈴音が傍らに置いてあった霊刀を取り出すと、霊刀を袋に入れたまま沙希と吉田に見せた。それから、こんな言葉を口にし始めた。

「知っての通り、これは村長さんが玉虫に対抗するために作った武器です。わざわざ平坂神社から御神刀を持ち出して、誰にも秘密にして模造刀として作り上げた物です。ここで一つだけ引っ掛かる事がありませんか?」

 鈴音にそんな事を言われて考え込む沙希と吉田。けれども二人がいくら考えても、鈴音が差し出してきた霊刀が何を意味しているのかが分からないのだろう。二人ともお互いに顔を見合わせて、首を横に振ると、降参とばかりに鈴音に視線を戻すのだった。

 そんな視線を受けた鈴音が霊刀に秘められたもう一つの意味を説明し始める。

「一番大事なのは、村長さんがわざわざ御神刀を密かに持ち出して、この霊刀を作ったかという事なんです」

 そんな鈴音の出始めた言葉に沙希はすぐに引っ掛かりを感じたのだろう。すぐに質問を鈴音にする事にした。

「けど鈴音、その霊刀は玉虫に対抗出来る武器にするために作ったものでしょ。なら、御神刀を参考にして玉虫を倒せる刀を作ろうとしてもおかしくは無いんじゃない?」

 そんな質問に対して鈴音は首を横に振った。もちろん、鈴音が否定する理由がしっかりとある。第一に、玉虫に対抗するため『だけ』に武器を作る『だけ』なら御神刀を盗むかのように持ち出す理由が薄くなる。

 確かに沙希が言ったとおりに霊刀を作るために御神刀を参考にしたとも考えられるが、村長の行動から言って、霊刀を作ろうとした時期は玉虫と接触した後だ。そんな時期にわざわざ御神刀を盗み出して霊刀を作るという賭けに出るとは鈴音には思えなかった。

 それに御神刀には玉虫の怨念が宿っている。つまり、御神刀は玉虫の半身と言っても良いだろう。それなのに村長は玉虫の存在を知りながらも、短期間であれ、御神刀を神社から密かに持ち出して、霊刀を作り出したのだ。

 もし、玉虫を傷付ける、もしくは倒すためだけなら、わざわざ御神刀を持ち出す必要なんてあるのだろうか? たぶん無いだろう。村長が玉虫と接触した後なら村長は調べれば御神刀を持ち出さずとも霊刀を作る事が出来ただろう。非現実的とはいえ、玉虫の存在を知った村長なら陰陽術なり霊術なり、自力で調べて霊刀を作り出すことが可能だ。それに、そうした方が玉虫に気付かれ難い。

 だが、村長はあえて危険を承知しながらも御神刀を持ち出して霊刀を作り出したのだ。下手をしたら玉虫に気付かれる危険性があっただろう。だが村長は御神刀の模造刀である霊刀を作り出した。鈴音はそこに引っ掛かりを感じたのだ。

 あの村長の事だ。家の物が全員玉虫の傀儡となっている事は百も承知だろう。それなのに、危険を冒して模造刀を作った。玉虫を倒すだけなら御神刀の模造刀で無くでも良いはずだ。玉虫を倒すための霊力なり、力が宿っていれば良いだけなのだから。けれども、村長は危険を承知しながらも御神刀を盗み出すようなまねをした。自分が監視されている事を承知している村長が、そんな事をしたのだ。そこにはきっと深い理由があるのだろうと鈴音は考えたからだ。

 だからこそ鈴音は沙希の質問にこんな風に答えてきた。

「確かに御神刀を参考にすれば玉虫を倒すための霊刀を早く作れたかもしれない。でも、村長さんの立場から考えれば、御神刀を盗み出すような行為なんて危険な博打みたいなものだよ。あの村長さんが、いくら玉虫を倒すためとはいえ、そんな危険な行為に出るとは考え難いよ」

「という事は、村長さんは危険を犯してでも御神刀の模造刀を作らなければいけない理由があった。そういう事ですか?」

 前の席に座っている吉田から、そんな答えが出来たものだから、鈴音はそちらに顔を向けると一回だけ頷いた。どうやら吉田の言った事は的を射ていたようだ。そんな光景を見ていた沙希も思考を巡らすと、すぐに二人が何を言っているのかが理解できたようだ。

 だからこそ、沙希は再び視線を鈴音に戻すと鈴音の言葉を待った。鈴音も全員がこれまでの事を理解した事を確認すると次の説明に入って行く。

「そう、村長さんは危険を冒してでも御神刀から模造刀を作る必要が有った。まあ、ついでだから、玉虫を倒せる力をつけちゃえ、って考えたかもしれません。どちらにしても、一番大事なのは村長さんが危険を冒してでも、御神刀から模造刀を作ったという事実です。それを踏まえた上で沙希、平坂洞についての伝承や情報が他にもある?」

 いきなり話を振られて沙希は驚かずに思考を巡らす。もう、いきなり話を振られるのにも、非現実にも慣れてきたのだろう。だからこそ、この村に来てからの平坂洞について思い出してみるが、何一つとして出ては来なかった。

「そういえば……何も無いわよね。水夏霞さんの話だと、管理してた神社の関係者も空けることが出来なかったみたいだし。それに静音さんのノートや村長さんが残してくれた言葉にも平坂洞については書かれてたけど、開け方については書かれてなかったわね。そういえば、美咲ちゃんの宿題にも平坂洞に関しては、何も書かれて無かったわよね」

「……そう」

 沙希の言葉を聞いて、まるでそこに真意があるかのように鈴音は霊刀を脇に戻すと瞳を閉じて一つ一つ思い出しながら話し始めた。

「平坂洞の扉はあれだけ厳重に締められている。でも、村の記録にも、村の人が伝えてきた話しにも平坂洞の扉に関する話はまったく出てこなかった。あれだけ厳重な扉があるのなら、何かしらの記録や口伝で扉に関しての情報を残してもおかしくない。でも……姉さんが残してくれたノートには、まったく平坂洞の扉に関しては記されてなかった。そして村長さんも私達に伝えてはくれなかった。もしかしたら……村長さんが殺された時、村長さんは平坂洞の扉について伝えたかったのかもしれない。それぐらい、目立ちそうな平坂洞の扉に関する記述や情報が無い、まるで……誰かに消されたかのように」

「って、もしかしてっ!」

 沙希が何か思いついたのだろう、驚きの声を上げて、鈴音は沙希が思いついた事が正しいかのように一度だけ頷くと話を続けてきた。

「姉さんが残してくれた手紙にこんな文章がありました。まるで誰かが長い間それを記録し続けているように、とです。たぶん、これには二つの意味があるのだと思います。一つは玉虫が首をどれだけ集めたかの記録、つまり狩った首を正確に把握するための記録です。そしてもう一つが……まったく逆の事、ある事を歴史から消して行くために記録を操作した。そう考えれば平坂洞の扉について、まったく情報が出てこないのも納得が出来ます」

「そういう事か。つまり玉虫は復活するたびに来界村での犯行を記録するのと同時に平坂洞に関する情報を持っている人を殺し、または記録されていたのを改ざんして伝えてきた。だから誰も平坂洞に関する情報を持ってなかったんだ」

「復活するために使う千の首を正確に記録し、なおかつ自分に不利になる平坂洞の記録を消し続けてき。玉虫は、そんな歴史操作を行いながら千年にも渡って犯行を繰り返してきた、という事ですか」

 吉田がそんな言葉で締めくくると鈴音は大きく頷いた。それから鈴音はゆっくりと瞳を開くと、未だに鈴音の膝に顔を伏せている七海の頭を優しく撫でながら話を続けてきた。

「そういう事です。けど……一人だけ平坂洞の重要性と開け方について気付いた人物が居た」

「それが村長さんってわけね」

 沙希の言葉に頷く鈴音。どうやら村長には平坂洞の重要性が分っていたようだ。いや、正確には玉虫に反撃の一撃を加えるために、調べている過程で平坂洞の重要性に気付いたのだろう。だからこそ、村長は危険を冒して模造刀を作ったのだから。

「村長さんは知ってた、ううん、たぶん村長さんは密かに玉虫に対抗する手段を探してたんだと思います。その過程で平坂洞を開ける手段を発見した、もしくは目にした。なにしろ七海ちゃんと一緒なら玉虫は姿を見せる事が出来たからだよね」

 優しい声で七海にそんな言葉を掛けると、七海は鈴音の膝に顔を埋めながらも一度だけ頷いた。どうやら鈴音が言ったとおりのようだ。

「だから村長さんの奇行が始まったんです。なにしろ村長宅に居る者は全員に刀傷があるはず。実際に村長さんのお孫さんの背中にも刀傷がありました。香村さんは、その刀傷がいつ出来たかは知らないと言っていたけど、たぶん……七海ちゃんと玉虫が村長を引き込む事は出来なくても、何も出来ないように包囲しておいた方が良いと判断したんでしょう。なにしろ村長も、この村では三大勢力の一つですから。だから村長さんは誰にも告げずに行動に出た。家の者は全員玉虫に通じてるのと同じ、そして羽入家に七海ちゃんが居るからには下手に源三郎さんに接触するのも危険だ。そして平坂神社の神主夫婦はすでに玉虫に殺されている。だから村長さんは孤軍奮闘をせざるえなかった。それが村長さんの奇行と言われるようになった原因だったんです」

 つまり村長が誰にも内緒で様々な事をしていたのは、全て玉虫や七海に気付かれないためだったのだ。そのため、奇行などと呼ばれるようになってしまったが、村長としては村を守るために、どんな屈辱的な言葉にも耐えて、玉虫に対抗しようとしたのだ。

 そこまでは沙希にも吉田にも理解出来ただろう。だが、それと平坂洞の扉が、どう結び付くのかが分からないようだから。沙希は率直に、その事を鈴音に尋ねると鈴音からは意外な言葉が飛び出してきた。

「孤軍奮闘を続けてきた村長さんは気付いたんだよ……玉虫達の弱点をね」

「弱点って、そんな物があるのっ!」

 驚きを示す沙希。それはそうだ、玉虫に弱点があるのなら、これから行われる戦いも有利に進める事が出来る。そんな沙希の期待も鈴音は読み取ったのだろう、鈴音は少し残念そうな顔を横に振る。それから詳しい説明へと入っていった。

「玉虫の存在を知った村長さんは不思議に思ったはずだよ。行われていた首狩り殺人の首が何処にあるのかが。千の首が玉虫を復活させるために必要な生贄なのは調べれば分かる事。でも、さすがに首の在り処までは分からなかった。そこで村長さんは玉虫達を観察しているうちに一つの弱点に気が付いた。それは……七海ちゃんが犯行を行った時は必ず玉虫が傍に居るという弱点に」

 そんな言葉を聞いて首を傾げる沙希と吉田。そして話題に上がってきた七海としてはもう悔しいとも思わないのだろう。ただ、鈴音の膝に頭を預けて鈴音の話を聞いているだけだった。そんな七海の頭を優しく撫でながら鈴音は話を続けてきた。

「七海ちゃんは玉虫の共犯者。つまり……七海ちゃんと玉虫が行動を共にしている可能性が大いに高い。他の傀儡を使っている時は、本当にそこに玉虫が居るのか確認出来ない。なにしろ、あの時の玉虫は姿が見えなかったんだから。でも……七海ちゃんが玉虫の共犯者という事を村長さんは知ってた。だからこそ、七海ちゃんの行動を密かに監視してた。そう……最後まで」

 最後だけ言葉を濁した鈴音。それは少しだけ村長の気持ちを察したからだろう。なにしろ七海を監視していたという事は、七海が人を殺す現場を見ていたのだ。そう……ただ……黙って。村長の心境としては目の前で行われている殺人を止めたかっただろう。だが、止めてしまっては玉虫に勝つ事が、村を救う事が出来ないと、村長はそんな胸の苦しみに耐えながら七海を観察していたのだ。

 そして、その時は来た。

「秋月さんの家に踏み込んだ時の事を思い出してください。玉虫達に奥さんを殺されて、気が狂った秋月の家を有効に活用していたんです。だから秋月さんの家は一時的に首を置いておく場所となっていた。まあ、気が狂った秋月さんの事ですから、自分の家に生首があっても気にはしなかったでしょうね。後は夜にでも羽入家を抜け出して、七海ちゃんが秋月の家から首を本来の置き場所である平坂洞にまとめて持って行くだけ。七海ちゃんが持って行くとなると、傍に玉虫が居る可能性が大きい。つまり、七海ちゃんにさえ気付かれなければ玉虫にも気付かれないという事なんです。それこそが玉虫達の弱点であり、村長さんはそれを最大限に利用した。そして村長さんは目にする事になる、平坂洞の開け方を」

 つまり鈴音が言った玉虫達の弱点というのは玉虫が復活する前の話だ。まだ姿が見えない玉虫をしっかりと確認する方法は無い。だが、村長は七海が玉虫の共犯者だという事を知っている。だからこそ、七海を監視すれば何かしら玉虫に対抗する手段が得られるのではないのかと思ったのだろう。要するに、復活して姿が見えるようになった玉虫に対しては、それは弱点でも何でもなく、まったく意味の無い事になったのと同じだ。

 玉虫の弱点が今では意味が無いと分かると沙希は脱力したように背もたれにより掛かり、吉田もタバコに火を付けた。そんな二人を見ながらも鈴音は話を続ける。そう、まだ終わりではない、一番肝心な物が残っている。だからこそ、鈴音はちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべると脱力した沙希に問い掛ける。

「さて、沙希、これが一番重要な問題なんだけど……七海ちゃん達はどうやって平坂洞の扉を開けてた?」

 そんな質問をされて、それが一番重要なのだと気付いたように、脱力した身体に一気に力を入れて起き上がるかのように鈴音に顔を向ける沙希。前の席に座っている吉田も興味津々といった感じで沙希の答えを待っているが、沙希はどんなに考えても答えが出なかった。そもそも、平坂洞の開け方について聞いていたのに、それを逆に質問されて答えなんて出るわけが無い。

 だから、その事に気付いた沙希は鈴音を睨みつけると、鈴音は微笑みながらヒントを出してきた。

「さっきも言ったとおりに鍵は差し込むだけで扉は開く、その現場を見ていたからこそ村長さんは作った、そして村長さんはその事を私達に伝えようとしたけど間に合わなかった。でも……鍵を私に託す事が出来た。さ~て、この場合の鍵って何でしょう?」

 そんな鈴音の問題に沙希は溜息を付いてから答えてきた。

「つまり、霊刀が鍵って事だけど……何か納得できないわね」

 そう、確かに鈴音の言葉を聞いていれば、沙希が言ったとおりに霊刀が鍵だと思って良いだろう。けれども、霊刀は後から作られた物だ。玉虫はその千年前から平坂洞の扉を開けて、首を集めている。だから霊刀が鍵と言われても納得が出来ないのは当然だ。なにしろ、そんな前から霊刀なんて無かったのだから。

 だからこそ沙希は溜息を付いたのだ。そんな沙希に鈴音は日頃の恨みを晴らすかのように、更に意地悪な笑みを浮かべると、続けてヒントを出してきた。

「鍵だからと言って鍵の形をしているとは限らない、そしてそれはこの世に一つしかない。しかも玉虫の怨念が宿っているから、折れる事も曲がる事も無い、だから絶対に形は変わらない。更に言うと玉虫の力なら、鍵を自由に出来る。村長さんが見た光景は、平坂神社から取り出してきた、それを扉に差し込む光景だったんだよ」

「そういう事かっ!」

 全てを理解した沙希が大きな声を上げる。前の席でも納得したかのように、何度か頷いた吉田がタバコを揉み消す。そう、平坂洞を開ける鍵とは……御神刀その物なのだ。

 二人が驚きながらも納得した表情を見せたので、鈴音は真剣な顔に戻ると七海の頭を撫で続けながら話を続けてきた。

「そう、平坂洞を開ける鍵は御神刀その物。そして御神刀は復活した玉虫と一緒にある。つまり玉虫が居る平坂洞に行くには御神刀が必要。けど、玉虫の怨念が宿っている御神刀だからこそ、御神刀は常に玉虫の傍にある。つまり平坂洞を開ける事が出来る、たった一つの鍵を玉虫が握っているからこそ、玉虫は余裕を出しながら姿を消して、平坂洞に籠もってる。なにしろ、平坂洞を開ける鍵は玉虫が握っているんだから、私達には入るための鍵が無い。玉虫も七海ちゃんも、そう考えても不思議じゃない。だから玉虫は最後の手段として裏柱である御神刀を使って、復活した力で再び惨劇を、ううん、玉虫に言わせれば断罪か、それを行おうとしている。誰も……邪魔が出来ないと思っているから」

 そんな鈴音の言葉を聞いて、すっかり反撃の手段が何なのかが分かった沙希が真剣みをおびた微笑を浮かべながら会話を続けてきた。

「でも、実際には鍵は二本ある。それが鈴音が持っている霊刀であり、村長さんが危険を冒してまでも作り上げた霊刀が存在する意味というわけね。村長さんもやってくれるじゃない。まさか、ここまでの手段を私達に残してくれてたなんてね」

 そんな沙希の言葉を聞いた鈴音は首を横に振った。それから少しだけ悲しげな顔で沙希に言うのだった。

「それはちょっと違うよ、沙希。村長さんは一人で玉虫を倒そうとした。復活前の玉虫なら霊刀でも充分に倒せると考えたから。でも……村長さんは知らなかったんだよ……御神刀が裏柱であり、九本目だと思っていた柱が十本目だという事実に。だから村長さんは私達に全てを託すしかなかった。村長さんは反撃を企てながらも玉虫の策略にハマったからこそ、私達に全てを託すしか手は無くなってしまった。村長さんとしては私達を巻き込みたくなかったんだと思うよ。だから、最初に村長さんと会ったときに村長さんは私達に冷たい態度で帰れと言った。全ては私達を巻き込まないために」

「……鈴音」

 鈴音の言葉を聞いて沙希の少しだけ悲しい表情を見せた。それは鈴音が発した言葉に静音という言葉が出てこなかったからだ。たぶん、いや、確実に鈴音も気付いている。沙希は、鈴音の言葉を聞いてしっかりとその事を察した。

 そんな沙希が鈴音の事を思う。鈴音……やっぱり頭では分っていても心では受け止める事を拒絶しているみたいね。そりゃあ、そうだよね……あんな事を……確信も無いのに受け入れられるほど鈴音は……人は強くない。まったく……静音さん、どうやら……あの時の約束を遂げる時が来そうです。普通の日常を過ごしていたのなら、そんな約束なんて忘れ去られても同じなのに、でも……事態が事態ですから……静音さん、あの時に約束した事を……させてもらいますね。そんな事を考えた沙希は一度だけ、大きく呼吸をすると話を元に戻してきた。

「とにかく……玉虫は未だに霊刀が自分を傷つけるだけの刀だけだと思ってる。まさか、これが鍵だとは思っては無い。それにしても鈴音、よく霊刀が平坂洞の鍵だって分かったわね?」

 そんな事を尋ねてきた鈴音は沙希の方に顔を向けると少しだけ表情を和らげながら話を続けてきた。

「別に特別な理由が在ったわけじゃないよ。ただ……村長さんが御神刀の模造刀を作った理由。姉さんのノートや手紙に平坂洞について何も書かれていた無かったという事実。そして、村長さんは私達に何を説明するために密約を交わしたのか。それから平坂洞の扉が持っている特長的な構造。この全が意味している事が分かれば、霊刀が鍵だって事が簡単に分かるよ」

「まあ、そう言われれば、私にも何となく分かるけど……最後の扉が持っている特長的な構造っていうのは何なの?」

「それは簡単だよ。沙希も一緒に平坂洞に行ったでしょ。その時に真ん中に四角形の穴が空いてたよね。そして、穴を覗くと途中で曲がってて、一番奥まで見えなかったよね。その理由が分かれば簡単だよ」

「って、言われてもね~」

 鈴音の言葉にそんな言葉で返す沙希。どうやら沙希には扉が持っている特長的な構造についてはまったく思い浮かぶ事が出来ないようだ。別に沙希の頭が悪いわけではない、沙希だって全てを知っている訳ではない。知らない事柄もある、今回の事はそれに該当したに過ぎないのだ。

 そんな沙希を見て、鈴音は少しだけ意地悪な笑いをすると答えを口にする。

「沙希、平坂洞を開けるためには御神刀を穴に差し込まないといけない、全部丸ごと。それはつまり鞘と同じって事なんだよ。良く「反りがあわない」って言葉を使うでしょ。それは刀の反りは一つ一つ違って同じ物は一つとしてない。だから一つの刀には、一つの鞘にしか納まらないんだよ。つまり平坂洞の鍵穴は御神刀の鞘と寸文の狂いも無く一緒という事になるんだよ。だから、鍵穴に御神刀を差し込むんだなって思い付いたんだよ」

「……なるほどね」

 沙希は瞳を瞑って、軽く拳を作りながら答えた。まあ、この解答を導き出すには、鈴音のように刀に少しは精通して無いとまったく分からない物なのだ。つまり、あまり刀の事を知らない沙希が、その答えを出せなくても不思議では無い。つまり沙希は鈴音に少し意地悪をされた事を察したのだが、さすがに七海ちゃんに膝を貸している鈴音を殴る事は出来ないと、ここは素直に引っ込む事にしたようだ。

 それから、総まとめとして、鈴音が全ての事柄を簡単に説明し始めた。

「とにかく、簡単にまとめて推理するとこんな感じかな。まずは村長さんの行動、これはさっき説明したように。村長さんは行動が制限されているから奇行と言われながらも、玉虫に反撃するための準備をしていた。けど、そこに私達が来たからこそ、村長さんは私を信じて全てを私達に話そうとした。たぶん、村長さんは私達なら、非常識とも思われる事でも信じてくれると確信したんだと思うよ。それから以前に水夏霞さんが平坂洞を聖域と呼んだ事、確かにあの時は平坂洞が封印されて開かないと思ったけど、玉虫の行動を見ている限りは平坂洞が重要なのが分かるし、姉さんのノートや手紙、それに美咲ちゃんの宿題にも平坂洞については何も書かれてなかった。あれだけ目立つ物がまったく伝えられていないという事実。いくら奥まった場所とは言え、それは絶対的におかしい。私達も水夏霞さんから聖域が平坂洞と聞いて驚いたぐらいだから。最後に開ける方法、霊刀が作成された目的から考えれば簡単な事だったんです。わざわざ模造刀を作るからには意味がある。つまり、御神刀にしか出来ない事を他の刀でやるために作る。なら、御神刀は何に使われていたのか、それは扉に付いた長方形の穴を思い出せば結び付く事だったんです。穴は曲がってて一番奥まで見えなかった。そう、まるで刀の鞘を覗いているのと同じように。ここで発想を逆転させれば良いんです。なんで、そんな穴が空いているのか、ではなく、その穴を空ける必要が有ったのか。そう考えれば穴に御神刀を差し込むというカラクリが読めたんです」

 一通り説明を終えた鈴音が一息付く。さすがに、これだけの事を一気に説明したのだから付かれたのだろう。だから七海の頭に手を乗せながら背もたれにもたれかかり、大きく息を吐くのだった。

 けれども沙希には引っ掛かる部分があったのだろう。その事を鈴音に尋ねてみる。

「大体の事は分かったけど、何で鈴音は扉のほぼ中心にある穴だけに注目をしたの。あの扉には他に六つの鍵穴や鎖だってあったのに。鈴音が推理を穴に注目した理由は何?」

 そんな事を尋ねる沙希。まあ、確かに鈴音の推理を聞いているだけでは、やっぱり、そこは気になってもしかたないだろう。なにしろ扉を開ける方法は鈴音でも、玉虫の存在を確認し、玉虫と話して始めて分かった物だ。それなのに、他の物に目もくれず穴に注目した原因を気にしても不思議ではなかった。そして、そんな沙希の質問に同意するかのように吉田も前の席で何度か頷く、どうやら同じ事を聞きたかったようだ。

 そんな二人を見て、鈴音は背もたれに寄り掛かったまま、身体の力を抜いて、すっかりリラックスしながら答えてきた。

「それも発想の逆転だよ」

「っと、言いますと」

 吉田が深く聞いてきたので、鈴音は脱力しながら、車の天井に目を向けながら話し始める。

「鎖についても鍵穴についても結び付く物が無かったんです。けど、中央にある穴には結び付く物があったんです。それが御神刀の模造刀、それだけだったんです。さっきも言ったけど、七海ちゃんが私達について鍵が無いという言葉を聞くまで確証は持てなかったんだけどね。でも、穴の特徴的な構造と御神刀の模造刀はしっかりと結び付く。だから平坂洞には鍵が有って、鍵を開けない限りは入れない、そう考えたという事です」

「なるほど……なんと言いましょうか」

「勘もここまで来ると凄いものね」

「素直に褒めてよっ!」

 沙希の言葉に思わず、そんな突っ込みを入れてしまう鈴音。その所為で車内には沙希を始め、静かに笑い声で広まった。そして笑い声が止まると鈴音は再び背もたれに寄り掛かり、これからの事について考えていた。

 なにしろ、これで最終局面まで行ける事は確かだよね。後は……どうやって玉虫を倒すかだけか。う~ん、それが一番厄介だよね。でも……やらないといけないんだよね。正直に言うと自信は無いけど、一発勝負の賭けに賭けるしかない。それが私に出来る、唯一の事なんだから。

 そんな事を考えた鈴音は頭を休めるために瞳を閉じた。それから鈴音は何も考えないようにした。何にしても、これで全ての謎は解けたと言っても良いだろう。後は玉虫を倒すだけだ。だからこそ、今はゆっくりと休む事にした。全ての準備が整うまで、今は少しだけでも休む事は重要だと、後の事は吉田に任せて、鈴音は膝に七海の温もりを感じながらも、ゆっくりと身体から力を抜いていくのだった。






 さてさて、これで全ての謎が解けたわけですね。いやはや、何か……長かったな。さてと。

 ふっふっふっ、今まで読んできた断罪の日、縁と咎で、最後の謎とも言える、御神刀が鍵という事実を推理出来た人は何人ぐらいいるかな~。まあ、たぶん、かなり少ないと思うけど。

 実際に平坂洞についてのヒントは分かり辛いものばかりでしたからね~。他みたいに直接的な物は一つも無かったはずです。けどけど、平坂洞の中央に付いている長方形の穴は別の意味で触れてるし、間接的に刀の事もいろいろと書いてるし、決め手として村長がわざわざ御神刀の模造刀を作った理由がありますからね~。

 ヒントの欠片は分かり辛い物ばかりでしたけど、ヒントはしっかりとあったから、その欠片を見つけられれば、平坂洞の秘密も推理出来たはずですよ~。まあ、かなり分かり辛かったと思われるのは認めますが。

 そんな訳で、実は今回の話を読む前に解けてたよ、という方は一言でも良いのでメッセくださいな。まあ、居ないと思うけど。ふっふっふっ、そう、それほどまでに、この謎は意地悪であり、かなりの難易度だったのですよ。

 けど……実際は少しだけヒントを書くのを忘れてたのは内緒ね。君と私だけのや・く・そ・く……。

 ……えっと、なんで私は棺桶に押し込められているんでしょうか? しかも、いかにも窯が見えるんですけど……火葬はやめて―――っ!!! せめて土葬にして―――っ!!! えっ、後残ってるのは鳥葬だけ……それが一番残酷やんけっ!!!

 とまあ、毎度の戯言はこの辺で終わりにしておきますか。あっ、そうそう、実際に読む前に謎が解けてた方は感想欄でも、メッセでも良いので一言くださいな。ちょっと、この謎がどれだけの難易度だったのか知りたいので、ご協力くださ~い。といったところで締めますか。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。

 以上、酒くれ~、酒。と、今は経済的な理由で禁酒を余儀なくされている葵夢幻でした。

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