第七章 その五
……綺麗。夕暮れに染まった丘の上で、七海は帰って来た来界村を見て、そう感じた。
今までは、この村を、そして羽入家を疎んでいた七海だが、こうして改めてみると、自分が捨てようとしていた物が、どれだけの価値があり、どれだけの輝きを放っているのかが初めて分かったような気がする七海だった。
そんな七海の横に立っている千坂が優しく七海に声をかける。
「おかえりなさいませ、七海お嬢様」
久しぶりに聞く千坂の声に七海は自然と涙を流していた。村を出る前は、あれほどまでに村を、羽入家を疎んでいた七海だが、こうして帰れる場所、帰ってこられる場所がある事がどれだけ幸せかを七海は千坂の声を聞いて実感していた。そんな七海が心に思う。
何で……何で私はこの村を捨てようとしたんだろう、何で……帰れる家を捨てようとしたんだろう。村を出て、こんなにも傷ついた私を……優しく迎えてくれた、この場所を……何で捨てようとしたんだろう。そんな事を思う七海は流れ出る涙を拭うが、涙は止まる事無く、拭っても拭っても溢れ出てくるのだった。
そんな七海に千坂はハンカチを差し出してくる。七海はそんな千坂を見上げながらも、千坂が差し出して来たハンカチに手を出す。だが七海が掴んだのはハンカチではなく、千坂の手だった。七海は千坂の手を取ると、まるで千坂にすがりつくように涙を流し続けた。そんな七海の姿を見て、千坂は優しく声を掛ける。
「大丈夫ですか、七海お嬢様」
自分にすがり付いてきた七海を心配している千坂だが、千坂は七海が震えている事を察すると、そのまま膝を付いて七海を優しく抱き止めてやるのだった。そんな千坂が七海に優しく話しかける。
「もう大丈夫です、七海お嬢様。これからも、この千坂が七海お嬢様をお守りしますから、ですから……どうぞ、ご安心ください」
そんな千坂の言葉を聞いて七海は千坂の胸に顔を埋めながら、今まで誰にも話す事が出来なかった恐怖を思いっきり口にする。
「怖かったっ! 誰かは分からないけど、でもっ! ずっと私を見てた、そして私に囁き続けた。村へ帰れ、村へ帰れってっ! 誰も居ないはずなのに、そんなものは存在しないはずなのに。でもっ! それは私に向かって囁き続け、ずっと私を見続けた。それがもの凄く怖かったっ! でも……でも、こんな事は誰にも言えない。だって、誰も居ないのに……それは私にだけ囁き続けて、見続けたから。だから怖かったっ! 私にだけに分かる存在がっ! その存在が持っている畏怖と恐怖がっ! とてつもなくっ! ……怖かったの」
堰を切ったかのように、今まで誰にも言えなかった恐怖を口にする七海。それだけ村を出てから七海は自分にだけにしか分からない存在に恐怖し続けたのだろう。だから千坂に抱き付くと、今までの恐怖を吐き出すと、七海の恐怖心は少しだけ楽になった。今まで誰にも言えなかった事だけに、千坂に全て吐き出した事が七海を楽にさせたのだろう。
そんな七海に千坂はハンカチですっかり涙で濡れた七海の顔をふいてやるのだった。それから千坂は七海の片手をしっかりと手に取ると、源三郎から言われていた事を口にする。
「七海お嬢様、どうかご安心ください。これからは、この千坂が七海お嬢様をお守りし、そして……いつかは七海お嬢様の願いを叶えて差し上げます。ですから、今はご辛抱ください。必ず、七海お嬢様の願いを、この千坂が叶えて差し上げます」
「……千坂」
片膝を付いて、まるでお姫様の手を取って忠誠を誓う千坂の姿に七海はどれだけ勇気付けられた事だろう。それほどまでに千坂が近くに居てくれる、そして自分の願いを叶えてくれるといった事が七海には嬉しかったのだ。そして、そんな千坂がこんな言葉を付け加えてくる。
「七海お嬢様、今後は、この千坂も源三郎様と同様に七海お嬢様にも忠義を尽くすつもりです。だから七海お嬢様、どうか、この千坂を自分の左腕だと思って、思う存分にお使いください。私は、七海お嬢様から下された命も必ず遂行してみせます、この命を七海お嬢様に捧げます。だから七海お嬢様、ご安心ください。これからは、この千坂が七海お嬢様もお守りしいたします」
七海の心が先程とは正反対に、まるで百八十度回転したかのように七海の心には別の思いが生まれており。千坂の言葉が七海の胸を貫くだけではなく、まるで言葉が鎖になったかのように七海は千坂の言葉が自分を縛り付けているように思えた。
そう、この時に七海は理解したのだ。自分を縛り付けているのは村を出てから感じていた畏怖と恐怖だけではない。羽入家、そのものも自分を縛り付けようとしている。そう理解したからこそ七海の心は反転したと言えるだろう。なにしろ、先程の千坂が発した言葉は七海の理想を実現させる物だった。だが、今しがた放った千坂の言葉は七海の理想を壊し崩して、新たに七海を縛り付ける物だと理解したからだ。
だから未だに七海の手を取って、七海を安心させようと必死に手を撫でている千坂の姿を七海は見下ろしながらも複雑な心境になっていた。確かに千坂が傍に、そして自分の片腕となって動いてくれるなら、これほど心強い者は無いだろう。だが、その千坂が自分の手を取って離さない鎖のようにも七海には思えたのだ。だからこそ、七海は複雑な心境となった。
千坂の言葉は七海に二つの考えを植えつけた。一つは七海の理想を叶えるために千坂が全力を持って実現してくれるという事。もう一つは千坂が羽入家の一部となり、羽入家と一緒に自分を縛り付けるという事。そんな矛盾した考えを一気に植え付けられたのだから、七海としては、どう反応して良いのか分からなかった。
だが、七海は源三郎が次の当主にしようとしているほどの器量を持っている。だから、この時も千坂に対して羽入家の次期当主に相応しいぐらいの器量を見せ付けるのだった。
未だに七海の手を取って、七海を安心させようとする千坂。自分の手に重なっている千坂の手に、もう片方の手を重ねる七海。その行動を見て、千坂も七海が落ち着いたと判断したのだろう。千坂は顔を上げて七海の顔を見る。
そして七海は顔を向けてきた千坂に対して、自分の心境をまったく表に出さずに、ただ千坂の忠誠心に対して言葉を述べるのだった。
「ありがとう……千坂。あなたが傍に居てくれれば、これほど心強い者はないわ。だから千坂、これからも私の為に働いてくれる? 私の理想を叶える為に動いてくれる?」
最後にそんな質問をする七海。けれども七海の中では、すでに答えは出ていたのだ。千坂が、いや、源三郎が七海を次期当主にしようとしている事は千坂の言葉からしっかりと理解できた。つまり、七海の理想を叶えるためには羽入家が一番の障害になる事は必須事項と言えるだろう。
それなのに、七海は千坂に向かって矛盾した質問を投げ掛けたのだ。最初の質問は次期当主となっても自分の為に働いてくれるか、という事。最後は自分の理想を叶える為に羽入家を裏切ってくれるかという事。そんな質問を七海は千坂に問い掛けたのだ。
だが千坂には七海の心境を読み取る事が出来なかったのだろう。いや、正確には七海が帰って来たという事実だけでも、千坂は充分に満足する結果を出したと言えるだろう。だからこそ、千坂はここで七海に忠誠を誓い。七海の為、そして羽入家の為に働く事を約束するのだった。
「もちろんです、七海お嬢様。この千坂、命尽きるまで七海お嬢様の近くで勤めに励みたいと思っております」
……千坂、それは違うのよ。そんな事を思う七海だが、自分の心境をまったく表に出さなかった。むしろ、村を出てからの畏怖と恐怖が七海の態度に箔を付けたと言えるだろう。だから七海は、この状況でも自分の本心を出す事はなかったのだ……その事が後の悲劇に繋がるとは、七海も千坂も知る由も無かった。
そもそも二人の考えには大きなすれ違いがあったのだ。七海はその事に気付いていた、けれども表に出さずに、誰も信用せずに自分の力だけで遂行しようとしていた。そんな時に玉虫と出会ってしまったのだ。だから七海が玉虫に協力してもおかしくはなかった。そして、その二人の考えはこうだ。
七海は自分の理想と羽入家を別に考えていた。
千坂は七海の理想と羽入家を一緒に考えてた。
七海は自分の理想を叶えるためには羽入家が最大の障害になると決め付けており、千坂は七海が羽入家を継ぐ事で、七海に本当の自由を与えようとしていた。そんな二人のすれ違いが、結果として千坂の死で幕を閉じる事になるとは七海も思ってはいなかっただろう。
その時はただ、七海は千坂が傍に居てくれる事が嬉しくて、心強かった。けれども同時に真逆な事も思っていた。七海は千坂が傍に居る事で、まるで千坂が羽入家と自分を繋ぎ止める鎖のような存在に思えたのだ。
そんな複雑で矛盾した心境を隠したまま、七海は羽入家に戻った。七海としては源三郎から叱咤を喰らうと思っていただろう。だが、羽入家はまるで何事も無かったかのように七海を受け入れた。まるで……七海の帰還が当たり前かのように。そして、そんな羽入家の態度が、後の七海に理解を早める結果となってしまった。そう、七海が玉虫の共犯者になるまで時間が掛からなかったように。
だからこそ、七海は己の手で、時には他人の手で罪を犯し続けた。その時の七海には見えなかったのだ。自分がどれだけの屍を踏み台にして、天から吊るされた蜘蛛の糸を掴むかのように手を伸ばす、そんな自分の姿がどれだけ罪深い物かを……。
罪を蔑ろにする者がどれだけ多い事だろう。だけど、罪と向き合い、罪を受け入れる事で人は新たに進む事が出来るのだ。ほとんどの犯罪者が、その事に気付くのが遅いだろう。けれども、気付けば進めるのだ。だからこそ七海もゆっくりと動き出す。
ゆっくりと立ち上がる七海。地面から伸びている鎖が体中に巻き付いているのを感じながらも七海はしっかりと立ち上がった。そんな七海を見て鈴音が叫ぶ。
「沙希っ、戻ってっ!」
鈴音の言葉を聞くのと同時に玉虫の口を塞いでいた手を引き抜くと沙希は思いっきり後ろに向かってジャンプする。そのすぐ後に七海が手にしていた御神刀が沙希が居た地点に向かって突き出されていた。どうやら鈴音には七海が沙希を攻撃する事を逸早く察したようだ。そんな七海を見たからこそ、鈴音は勝利を確信し、最終幕へと移るのだった。
鈴音は沙希に目を向けると頷いた。そんな鈴音を見た沙希も頷くと、七海から距離を取りつつ鈴音と合流する。その間にも七海は充分に鈴音でも沙希でも攻撃が出来だろう。けれども七海はまったく動く事無く、ただ鈴音の動向を見守っていたのだ。
そして沙希が鈴音と合流すると七海は鈴音に向かって終幕の言葉を口にする。
「鈴音さん、決着を付けましょう」
それだけの短い言葉だった。けれども、その短い言葉には七海のいろいろな思いや覚悟が詰まっていたのだ。鈴音はそんな七海の心境をしっかりと察していた。だからこそ、七海に答えるのだった。
「そうだね。今の七海ちゃんには分かるよね。千坂さんが残してくれた言葉、覚悟無き者に未来は無い、そんな言葉を。だから七海ちゃん、終わりにしよう。覚悟或る者に未来を歩ませるために」
同時に御神刀と霊刀を構える鈴音と七海。それから両者とも、まったく動く事無く、ただ時間だけが過ぎていた。その時間が長いのか短いのか、鈴音の隣に居る沙希には、まったく分からなかった。ただ、二人の戦いに決着が付くのを、ただ見守るだけだった。
そして、それは玉虫も同じだった。玉虫は未だに七海の後ろで宙に浮いているが、その表情は無表情だった。どうやら玉虫にも分っているようだ。既に勝敗が付いた事を、だからこそ、玉虫は今更になって無駄な事はしようとはしなかった。沙希と同様に最後まで見守るのだった。
そんな空気の中、静寂がその場を支配する。風すらなく、草木が揺れる音すらしない、不気味なほどの静けさだ。そんな静寂の中で鈴音と七海は対峙して、お互いに刀を構えている。
そして唐突に一陣の風が駆け抜ける。草木が一斉にお互いの葉を擦り合わせて音を掻き立てる。そして二人は、まるで、その一陣の風を待っていたかのように、風が駆け抜けるのと同時に二人とも同じタイミングで飛び出す。
一気に二人の距離が縮まっていく、そして二人とも同じタイミングでお互いの刀を振り出すのだった。
一陣の風が止まり、再び静寂が戻った場所に大きく鳴り響く金属音。そんな音が響き渡ったからか、それとも二人の集中力が増強されていたのかは分からない。ただ、二人の目にはぶつかりあった二つの刀がスローモーションのように見えた。
鈴音は霊刀をしっかりと振り抜くのをしっかりと感じ取り、ゆっくりと動く光景の中で霊刀が七海の手前で目的の物が回転しながら飛んで行くのをしっかりと目にしていた。
そして七海も、しっかりと目にしていた。鈴音の霊刀とぶつかり合った御神刀が七海の手から弾かれて、回転しながら宙を舞うのを。
そう、二人とも刀は同じ。つまり振り出すタイミングも同じ、後はどれだけの力を込められるかによって結果が違ってくる。そして今回は二人とも、お互いを斬り付けるのではなく、お互いの刀をぶつける事を前提に刀を振り出したのだ。
結果は七海にもやる前から分っていたのだろう。だが、これをしないと七海は前に進めない。だからこそ、七海はあえて鈴音との戦いに終止符を打つために、最後の戦いを始めたのだ。そして、その結果として、七海が手にしていた御神刀は霊刀に弾かれるだけではなく。ぶつかり合った衝撃で七海の手から御神刀が弾き飛ばされる結果となってしまった。
だからこそ、鈴音の霊刀はしっかりと御神刀を弾き飛ばして振り抜いたし、七海の御神刀は鈴音の狙い通りに七海から離す事が出来た。そして鈴音が刀を振り抜くと時間が戻ったかのように、回転しながら空中を待っていた御神刀が地面へと突き刺さる。
鈴音は御神刀の事をまったく確認せずに沙希に向かって叫ぶのだった。
「沙希っ、行ってっ!」
呆然と二人の戦いを見ていた沙希だったが、鈴音の言葉で自分の役目を思い出したのだろう。沙希は一気に目標に向かって駆け出した。その間にも鈴音は次なる相手を斬り付けるために七海の横を一気に駆け抜ける。
そう、鈴音が次の目標としたのは玉虫だ。事態がここまで進んだからには、ここで玉虫に余計な事をされると、せっかく作戦通りに進んでいた鈴音の計画に狂いが生じる事になる。だから鈴音は玉虫に何もさせないために、玉虫に向かって霊刀を振るうのだった。
だが、玉虫はこうなる事が既に分っていたのかもしれない。いや、七海の心が壊されて、幻覚を見せた時点で玉虫は敗北を感じていたのかもしれない。それほどまでに鈴音が立てた作戦は精巧で見事な物だったと玉虫は感服していただろう。だからこそ、ここで鈴音が自分に向かって霊刀を振るって来る事も玉虫には容易に読めた。
なにしろ七海が崩れた時点で勝敗が付いたと言っても良いのだ。そんな状況で悪あがきするほど玉虫の器量も小さくは無いのだ。だからと言って、ここで鈴音に倒されてやるほど玉虫は諦めが良い訳でもなかった。だから玉虫は鈴音の攻撃を避け続ける。
その間にも沙希は七海に向かって一気に距離を詰める。一方の七海は、まるで全てが終わったかのように、虚脱したような表情で天を仰いだ。そう、七海もやっと理解したようだ。これで……良かったのだと。
そんな七海の腹に沙希は渾身の一撃を入れる。御神刀を手にしていない七海は、既に普通の中学生だ。先程までのように玉虫からの加護や力は既に無い。もう、ただの人間に戻っている七海に沙希は渾身の一撃を入れたのである。
だから七海の意識が薄れて、沈むまで、ほとんど時間が掛からなかった。そんな中で七海は思いを馳せる。
……なんで……私は千坂の言葉に耳を貸さなかったのかな。いや、本当は私も分っていたのに、でも……私はその前に心を硬く固めてしまった。だから……千坂の言葉も私には届かなかった。千坂の言っている事が正しいと分っていながらも、私は……。でも千坂、私はあなたに謝りはしないわよ。だって……私を救ってくれなかった、あなたが悪いんだから。千坂……私に忠誠を付くするのなら、私の傍に来なかったの、私の傍で私を止めなかったの、なんで……私の傍で私を救おうとしなかったの。あなたが傍に居てくれたら……私は……。ねえ……どうして……こんな事になったんだろう。本当は……本当なら……。
そんな事を思いながら七海の意識は沈んで行くのだった。閉じた瞳から一筋の涙を流しながら。
昏倒した七海を支えるようにしながら沙希は地面に膝を付いて七海を支えてやる。そんな沙希が鈴音に向かって叫ぶ。
「鈴音、こっちは終わったわよっ!」
そんな沙希の言葉を聞いて、鈴音は避けられると分っている霊刀を振り抜くと、すぐに後ろに跳んで玉虫から距離を取った。それから鈴音は霊刀を下ろすと、玉虫に向かって勝利の笑みを浮かべると話し掛ける。
「残念だったね、せっかく用意した最後の切り札なのに。この勝負は私達の勝だよ。さて、切り札を失った玉虫様はどうするのかな~?」
ワザとらしく最後は挑発する鈴音。それは玉虫がここでは既に戦いを挑んでこない事を承知しての挑発だ。だから玉虫が、そんな挑発に乗るわけが無かった。それどころか玉虫は逆に笑みを浮かべながら鈴音と話すのだった。
「最後の切り札? ふっふっふっ、何の事やのう。わらわは最後の切り札を使った覚えは無いのやえ」
余裕をたっぷりと鈴音に見せ付けるように、そんな言葉を発する玉虫。そんな玉虫の言葉を聞いて鈴音も余裕を見せながら話を続ける。
「なるほど……ねえ。でも最強の切り札だった事は確かでしょ」
そんな鈴音の言葉を聞いて玉虫は笑い出した。鈴音としては七海こそが玉虫の共犯者であり、玉虫にとっても最強の手段だと思ったからこそ、そんな言葉を口にしたのだが、玉虫の態度を見る限りは違うようだ。
だから鈴音は自分の考えを切り替える事にした。もちろん、余裕を消さないように注意を払いながら。そんな鈴音を見て、玉虫は鈴音の心を読んだかのように言葉を発する。
「どうやら主は、わらわが最も強力な手段としているのは七海だと思ったようやのう。だが、それは違うというものやえ。主達には何度も言っておるでやのう、主達が最後まで来れたなら、わらわが自ら相手をしてやるとやのう」
確かに、その言葉は鈴音も沙希も聞いた事がある言葉だった。玉虫は最初に対戦した時から口にしている。鈴音達が最後まで来れたなら、自分自身が相手になると。鈴音も、その言葉を思い出したからこそ、方向を変えて話を続ける。
「そういう事ね、まあ、考えてみれば、そうだよね~。なにしろ……あなたが一番強大な力を持っているんだものね。最強の切り札はあなた自身と考えた方が筋が通るよ~。でもさ、七海ちゃんにもかなり期待してたんじゃないの?」
「ふっふっふっ、確かに、そうやのう。だからこそ、わらわからも七海の心を揺るがして暴走させたのやがのう。まさか、それを逆手に取られるとは思いもよらない事だったやえ。さすがはわらわの存在や柱の意味を掴んだ者と褒めてやろうかのう」
「玉虫様から褒められるなんて光栄だね~。でもさ、その玉虫様も……次で最後でしょ。唯一の協力者だった七海ちゃんは、こうやって倒れた。そうなると……玉虫様も最後の手段を出すしかないでしょ。なにしろ、七海ちゃん以上の切り札が無いからには、私達を止めるためには最強の切り札を出すしかないんだからね~」
「ふっふっふっ、まさに、その通りやのう」
お互いに余裕を見せるフリをしながらも緊迫した会話を続ける鈴音と玉虫。二人とも分っているのだ。次に対峙した時こそ……本当の決着を付ける時だという事を。だからこそ、二人とも相手に弱味を見せたくは無いのだ。だから余裕があるフリをしている。
だが、玉虫には最強の切り札を出す前に、まだ何かがあるのだろう。袂から扇を出すと、それを開いて、顔の下半分を隠す。まるで自分の余裕を見せないように。どうやら玉虫は見せない事で、今まで見せていた余裕の意味を増す効果があると考えたのだろう。
確かに、そんなフリをされれば鈴音も少しだけ戸惑いを感じていた。お互いに余裕が無い事は明らかだ。それなのに玉虫には、まだ余裕をするフリを隠すだけの余裕がある。つまり、心理的には鈴音達の方が追い詰められているとも見受けられる。
けれども、鈴音が戸惑っていた事も一時の事。鈴音はすぐに玉虫が余裕を隠した理由を口にしてきた。
「どうやら玉虫様には確証があるみたいだね~、私達が……あなたを絶対に倒せないという確証が」
「どうして、そう思うのやえ」
「それは……これだよ」
そう言って鈴音は霊刀を横にして前に出す。確かに刃は玉虫に向いてはいるものの、この場で戦う事は玉虫はしないだろうし、鈴音としても連戦は避けたかった。だから、鈴音が霊刀を出したのには別の理由があると玉虫はすぐに察する事が出来た。そして、その理由さえも。
鈴音も玉虫がそこまで分っていると察しながらも言葉を口にするのだった。
「確かに、この霊刀はあなたを傷付ける力を持っている。でも……傷付ける事と倒す事では、まったくの別問題、次元が違いすぎる。要するに玉虫様は私が持っている霊刀では自分を倒す事が出来ないと確信したからこそ、ここに来て余裕を隠すだけの余裕を見せる事が出来た。そういう事でしょ~」
鈴音の言葉を聞いて玉虫は扇を再び袂へ仕舞うと、今度は明らかに余裕があるように口元に笑みを浮かべながら話を続けてきた。
「ふっふっふっ、そこまで分っておきながら、それでも、わらわを倒すつもりなのかやえ?」
そんな質問をする玉虫。それはそうだ、なにしろ鈴音は先程、自分の口から玉虫は霊刀で倒す事が不可能だと断言している。だからこそ、玉虫はあからさまに余裕を見せ付けてきたし、そんな質問をするだけの余裕を見せてきた。
一方の鈴音は玉虫の質問に対して、玉虫を真似するかのように口元に笑みを浮かべると玉虫の質問に答えるのだった。
「もちろん、私達はあなたを倒すつもりだよ。でも……私は一回もこの霊刀であなたを倒すとは言ってないよ。もっとも、村長さんは、この霊刀であなたを倒せると思ってたみたいだけど。私はこれだけではあなたを倒せるとは思っていないよ~。だからこそ、私達はあなたを倒せるんだよ~」
「ふっふっふっ、まるで勝利を確信しているような言葉やのう。それだけの大言を吐けるのやから、よっぽどの自信があるみたいやのう。だが、それも……わらわと戦う事が出来ればの話でやのう。七海を失ったからには、わらわも引き籠るしかないからやのう」
「やっぱり、私達があなたの元へ行けないと思っている言葉だよね~。でもさ、村長さんは私達があなたの元へ行けるように、しっかりと準備してくれてた。だから私達はあなたの元へ行ける。だから、あなたを倒せるんだよ~」
鈴音の言葉を聞いて、ここに来て玉虫の顔から余裕が消えた。どうやら鈴音の言葉が的を射ていたようだ。
そう、玉虫には絶対の自信があった。鈴音達が最後までこれないという自信が。だが、鈴音はここで村長と言うキーワードを出してきた。霊刀だけでも、村長にいっぱい喰わされたというのに、その村長がまだ何かの計算を入れて、何かを仕込んでいたのなら、それは玉虫にとっても充分に警戒するに値する事だった。
だからこそ、玉虫も決断するしかなかったのだろう。そう……鈴音達と戦う決意を。
そう決断した玉虫は片手を広げる。そして今まで地面に刺さっていた御神刀が一瞬のうちに玉虫の手に移動すると、玉虫はしっかりと御神刀を握り締める。
それから玉虫は笑みを浮かべると鈴音に向かってはっきりと断言するのだった。
「なら、待っててやのうや。いつでも来るがいいや、その時はしっかりとわらわが相手になってやのう。では、待っているとするやのう。わらわ達が決着を付ける、その場所で」
玉虫がそれだけの言葉を口にすると玉虫の身体が徐々に消えて行く。そんな時だった、消えかけた玉虫が最後とばかりに言葉を投げ掛けてきた。
「そうそう、表柱を破壊すれば羽入家の血筋による暴走は止まるやのう。だがやのう、それは一時的な事やえ。わらわを倒さない限りは、再び羽入家の血筋達は暴走を開始し、殺戮を繰り返すのやえ。それを止めたければ、一刻も早く、わらわの元へ来るが良いやのう」
最後にそれだけの言葉を残して玉虫は御神刀ともども消え去って行った。どうやら玉虫も最後の決戦場で鈴音達を待ち受けるつもりなのだろう。そして鈴音も、あの場所こそが最後の決戦場だという事をしっかりと分っていた。
そんな鈴音が最後に向けて思考を巡らす。
う~ん、確かに……一刻も早く玉虫を倒しに行かないといけないんだけど……このままじゃいけないよね。そんな事を思った鈴音は沙希の方へと視線を向ける。沙希は七海を横たえて、七海を見守っていた。そして鈴音の視線も七海に向けられて、鈴音は七海について考える。
七海ちゃんを助けて、尚且つ玉虫を退けるためとはいえ……ちょっと七海ちゃんを傷つけ過ぎちゃったかな? でも……あれぐらいしないと七海ちゃんは自分の間違いに気付かないだろうな~。傷つく事で、痛みを知る事で、初めて分かる事もあるのかな~? ……まあ、何にしても、少しは七海ちゃんと話さないとだよね。玉虫を倒すのは、その次、最後の最後だよ。
そんな事を考えた鈴音は、それ以上は考えても無駄だと判断したのだろう。霊刀を仕舞うと沙希の元へ向かって、一緒に七海の様子を窺う。鈴音としては心体共に傷付けてしまったからこそ、余計に七海が心配なのだろう。沙希は鈴音の顔に七海を心配する色が出ている事をはっきりと見て取れた。だからこそ、沙希は鈴音に向かって言うのだった。
「大丈夫よ、急所を攻撃した訳じゃないから重大な傷は負って無いわよ。ただ気絶させるための攻撃をしただけだから、もう少ししたら目が覚めると思うわよ」
そんな沙希の言葉を聞いて鈴音は少し安心したように息を吐くと、今度は沙希に顔を向けるのだった。
「そっか、なら安心だね。それで……沙希」
「最後まで一緒に行くに決まってるじゃない」
鈴音が最後まで言う前に沙希は答えてしまった。こうなっては鈴音としては、何も言えなくなってしまった。鈴音としては、次こそが玉虫と決着をつける最終局面だ。つまり、退くなら今しかないからこそ、沙希に最後の確認をしようとしたのだが、沙希から言われてしまっては鈴音は言葉を失い苦笑するしかなかった。
そんな鈴音が沙希に向かって言葉を放つ。
「ありがとう、沙希。とっても心強いよ」
そんな鈴音の言葉を聞いて沙希は笑みを浮かべると、鈴音に向かってはっきりと言ってやるのだった。
「当たり前でしょ。それに……鈴音一人に任せてたら、どうなるか分かったものじゃないしね。だから最後の最後まで一緒に行くだけよ」
「なんか……バカにされてるのか、頼りにして欲しいのか分からない言葉だね」
「バカにしてるに決まってるじゃない」
「はっきりと言い切ったっ! しかも、かなり意地悪だっ!」
久しぶりと感じるほどに、前はいつものように交わされていた会話だ。だからだろう、そんな会話をした後に二人で思いっきり笑い出したのは。だからこそ、二人とも行き先に何の不安も無かった。二人で行けば絶対に玉虫を倒せるという自信を持つ事が出来た。それぐらいに、久しぶりの会話は二人の心を和ませたのだった。
だからと言って、いつまでも楽観的ではいられない。沙希は最後の戦いについて鈴音の意見を聞いて来た。
「それで鈴音、次も作戦があるの?」
そんな質問を聞いた鈴音は首を横に振る。それから自分が考えた事を素直に口にするのだった。
「はっきり言って、次も勝てる確証も自信も無い。ただ、絶対的に玉虫を倒せる方法なら分ってる。私達は玉虫を倒すんじゃない。玉虫を倒すための方法が実行できるか、どうかに、これからの事がかかってる」
そんな言葉を聞いたものだから、沙希は当然のように鈴音に聞き返す。
「それで、その方法っていうのは何なの?」
沙希からの質問に鈴音は真剣な面持ちを沙希に向けると口を開く。
「それは……」
鈴音の口から出た玉虫を倒す方法。それを聞いて沙希は一瞬だけ、驚きを示したが、すぐにいつもの沙希に戻った。そんな沙希が鈴音から顔を逸らして言葉を口にする。
「それしか……方法が無いんだ」
少し静かに言葉にされた沙希の声は、明らかに事の重大さ、そして困難な事を示していた。そんな沙希に鈴音は一度頷いてから言葉を返した。
「本当の事を言うと……本当にそんな事が出来るのかなって自分でも疑ってる。……でも、玉虫を確実に倒す方法は、これしかない。だから……これをやらないと絶対に玉虫を倒す事は不可能なんだよ」
「まったく、はっきり言わないでよね」
鈴音の言葉にそんな言葉を返す沙希。けれども沙希の顔には笑みが浮かんでいた。どうやら沙希も覚悟を決めたようだ。
鈴音の言葉を聞く限りでは、鈴音にも、これで玉虫を倒せると確信している。だが、それを実行するとなると、かなり困難な事になるのは間違いない。つまり、次の戦いは今回以上に厳しい戦いになる事は確かだと、鈴音も沙希も確信し、覚悟を決めた。絶対に……玉虫を倒すという覚悟を。だからこそ、沙希の笑みを見た鈴音も笑みを浮かべる。
それから沙希は立ち上がると、良くは分からないが辺りを見回す。確かに玉虫は羽入家の血筋が止まると断言した。それを確かめたいのだが、さすがにここからでは、まったく分からなかった。
そんな沙希に続くかのように鈴音も立ち上がると沙希の隣に立つ。もちろん、辺りを見回しても暗すぎて、まったく分からない。けれども、鈴音としては沙希が隣にいる事が重要なのだ。だから鈴音は沙希の隣に立ちながらも、沙希の顔を見ずに言葉を口にする。
「絶対に玉虫を倒して……三人で帰ろうね」
「……当然でしょ」
鈴音の言葉に、そんな言葉で返す沙希。そして二人は自然と片手を上げると、軽くタッチを交わすのだった。
さてさて、これでやっと第七章も終わりました。……なんか……長かった。
まあ、そんな訳で、遂に七海との戦いに決着が付きましたね~。ゲームで言うなら中ボスを倒した感じですかね~。だがっ!!! まだエンディングではない。なにしろ玉虫というラスボスが待っているのですから。
だが、次の第八章ではラスボス戦には入りません。まあ、精々、ラスボスの前に行くところまで、ですかね。そんな感じの第八章となるでしょうね。
さあ、次回予告は終わった。そして肝心な、次回の更新ですが……未だに予定が立っていませんっ!!! つまり……いつ頃、更新するか私にも分かりませんっ!!!
……えっと、まあ、そんな訳ですので、次回の更新まで、またまた気長いにお待ちくださいな。なんとか頑張って、早めに上げますから。
でもでも、第八章は話数が少ないので、結構早めに上げるかもしれません。そんな訳で、あまり更新には期待せずに、気長にお待ちください……結局はこの一言に尽きますね。
さ~て、皆さんの理解を勝手に得た事にしておいて、逃げるように締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、指先が冷え切って、さっきから打ち間違え多い葵夢幻でした。