表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第七章 羽入七海
25/39

第七章 その四

 苦しげに悲鳴を上げる七海。そんな七海の姿を見て動揺していた玉虫だが、これが鈴音が狙っていた事だと悟ったかのように、玉虫は鋭い視線を鈴音に向けてきた。

「主はいったい……何をやりおったのやっ!」

 そんな事を叫んで来た玉虫に対して、七海が苦しみだした事により形勢が一気に逆転した鈴音は余裕を出しながらも、玉虫に対して笑みを浮かべるとはっきりと断言する。

「残念だけど、私は何もやってないよ。何かをしたのは……玉虫、あなたの方よっ!」

 そう断言して玉虫を指差す鈴音。そんな指摘をされて玉虫は驚きを示すものの、自分では心当たりが無いのだろう。だからこれも鈴音の策略だと読んで、玉虫は一度静かになり、いかにも冷静さを取り戻したかのように態度を変えると鈴音に向かって静かに話しかける。

「わらわの……所為というのかやえ」

 一気に静かになった玉虫に鈴音は警戒心を強める事はしなかった。そんな鈴音とは正反対に隣にいる沙希は玉虫を警戒しているようだが、鈴音には分っていたのだ、今の玉虫が虚勢を張っている事に。だからこそ、鈴音は余裕の笑みを浮かべながらも何が起こったのかを玉虫に対して言ってやるのだった。

「そう、あなたの所為よ。あなたは七海ちゃんに力を与えすぎた。確かに七海ちゃんは羽入家の血筋で、あなたとも特別な契約により、羽入家でも特別な力を得て、特別な存在になったかもしれない。けど……七海ちゃんはまだ中学生、身体も成長している最中なのよ。だから例え、あなたの力によって七海ちゃんの身体が守られているからと言っても、沙希が与えた小さなダメージは少しずつ蓄積されて、最後には大きくなる。そう、あなたの力を受け止めきれないほどにね」

「…………」

 鈴音の言葉に玉虫は何の反応も示す事は無かった。玉虫にも分っているのだろう、七海がこんな状態のままに自分が動揺を示してしまっては、確実に鈴音が主導権を持って行くと。だからこそ、玉虫は黙って鈴音の話を聞くのだった。鈴音が話してくる、七海の身に起こった事が理解できれば、それに対応する対抗策が思いつく可能性があるからだ。だからこそ玉虫は沈黙を守り続けた。

 黙り続ける玉虫を見て、鈴音は確実に玉虫を追い込んでいるという確証を得ていた。それは玉虫が何の反応を示さない事が、鈴音に確証を得させる結果となっているからだ。もし、七海の身に何が起こったか、玉虫がそれを理解していれば、玉虫はすぐに手を打つはずだ。

 それなのに今の玉虫は何もせずに、ただ鈴音の言葉に耳を傾けている。その事実だけでも、鈴音は玉虫を追い込んだ確証になったのだ。だからと言って決して玉虫は油断が出来ない相手だ。それは鈴音が一番良く分かっているのだが、鈴音は七海を助けるために、あえて玉虫に何が起こっているのかを説明し続けるのだった。

「それだけじゃない、あなたは私と一緒に七海ちゃんを追い詰めた。七海ちゃんを暴走させて更なる力を与えるために。確かに暴走状態の七海ちゃんに更なる力を与えれば七海ちゃんは最強とも言える力を得る事が出来た。けど……七海ちゃんは幼すぎた。その身体も、心も。そんな七海ちゃんだからこそ、長時間あなたの力を受け入れる事が出来なかったのよ。そこに沙希から小さいとはいえダメージが蓄積される。その事が七海ちゃんの限界を加速させる結果となった。つまり沙希は無駄に攻撃してたわけじゃない、七海ちゃんの限界を加速させるために攻撃してたのよ」

 そんな鈴音の説明を聞いて、やっと玉虫は反応を示してきた。それは沙希にとっては予想外の反応だろう。なにしろ玉虫は余裕を見せ付けるように軽く笑ったのだから。そして笑った後に鈴音に向かって会話を続けてきた。

「なるほどのう、つまりわらわ達は主の手の上で踊っていたに過ぎぬというわけやのう」

「そうかもね。でも、これからも私の手の平で踊り続ける気は無いんでしょ」

 玉虫の言葉にそんな言葉を返す鈴音。両者ともに余裕を見せている。けれども鈴音はしっかりと気付いていたようだ。玉虫が先程までの虚勢を捨てて、今では本当の余裕を見せているという事に。どうやら玉虫は何かしらの手を考えたようだ。そんな玉虫が余裕を顔に出しながら会話を続ける。

「もちろん、そのつもりやえ。このまま踊り続けては癪だからやのう。しかし……七海の体力まで計算に入れておるとはやのう。そこだけはわらわの完敗と言わざるえないでやのう」

 そんな玉虫の言葉を聞いて鈴音は確信に近い事を思った。もう勝負は付いたみたいだね~。でも玉虫は戦いを止める気は無し、勝つ気も無い。ただ七海ちゃんが壊れるまで、駒として使うつもりみたいだね~。まあ、玉虫は私達が最後まで行けないと確信しているから余裕を見せているけど、ここまで来た私達だからこそ最後まで来るとも思い始めてるみたいだね~。だから七海ちゃんを最後まで使って、私達の体力を削っておきたいんだろうね~。う~ん、もう充分に疲れてるんだけど、ここでそれを見せるわけにはいかないし、七海ちゃんを助けるまでもう一息だから、最後までしっかりしないとね。

 そんな事を考えた鈴音は隣に居る沙希だけに聞こえるように短く静かに話す。

「沙希、作戦を第三段階に行くよ。その事を吉田さんに伝えて」

 鈴音の言葉を聞くと沙希は頷くだけで返事を返す事はしなかった。それから沙希は鈴音の後ろに隠れるようにすると無線機を取り出して吉田と連絡を取る。その間に鈴音も沙希に気が向かないように玉虫との会話を続けるのだった。

「あっさりと負けを認めるなんて、玉虫様らしくないよ~。千年以上も恨みを持っていたんでしょ。もう少し歯ごたえが無いとね~」

「ふっふっふっ、言ってくれるやのう、小娘。だが、まだ終わったわけでは無いやのう。まだ、わらわには充分な手があるのやからのう」

「やっぱりね~。けど、それが最後の手なんでしょ。私達はその最後に有る壁を乗り越えて、絶対にあなたに辿り着くわよ」

「ふっふっふっ、ならば……やってみるがよいやっ!」

 玉虫はそう言うと七海に手を向ける。その途端に七海から発していた紫色のオーラが玉虫に吸収されるように、玉虫の手から玉虫の中に入って行く。その光景を見ただけも、鈴音には七海に注ぎ込んだ力を戻している事が充分に分かった。

 さすがにこれ以上、限界を超えた力を七海に与えて、逆に七海を使い物にならなくしておくよりかは、力を戻して七海を再び戦える状態に戻した方が良いと判断したのだろう。もちろん、鈴音も玉虫が、そうしてくるだろうと考えていた。そして、この時こそが鈴音は反撃する最大のチャンスだとも考えていたのである。

 なにしろ玉虫の力を注がれて、七海は人間離れした力を発揮していたのだ。だが、そんな力を出していれば七海の身体が保たれるはずが無い。成長期である七海の身体だからこそ、過ぎた玉虫の力は使えば使うほど七海の身体を壊す要因となるのである。

 そこに沙希が小さいとはいえダメージを蓄積させたのだ。玉虫の力で七海の身体にはかなりの負担が掛かっているというのに、そこにダメージが蓄積されれば、七海の身体が限界を迎えて動けなくなる事は充分に考えられる。

 つまり鈴音は玉虫がここで自分達を殺すために全力を出してくると考えたからこそ、七海を最大限に使うために、七海への負担を考えずに七海に力を与えてくると読んでいたのだ。だからこそ、七海の身体が限界を迎えて動けなくなるのを早めるために、沙希に攻撃させていたのである。まさか玉虫もここまで鈴音達が粘ってくるとは思ってもいなかったし、七海の負担まで計算に入れて戦いに挑んでくるとは思ってはいなかったようだ。

 そんな玉虫に残された手はただ一つである。先程までの七海は玉虫の力が付加されたからこそ身体が限界を迎えたのである。ならば玉虫の力を抜けば、七海の身体は再び動けるようになる。つまり七海はまだ戦えるという事である。

 それに七海には戦う理由が在る。それがある限りは七海は戦うだろう。そして、それがあるからこそ、鈴音は七海に対して残酷にならなければいけない。それこそが千坂の意思を継いで七海を助ける事になるのだから。

 そんな作戦を立てている鈴音だからこそ、今は黙って玉虫がやっている事を黙って見ているのであった。そして玉虫の力が全部七海から抜けたのだろう。七海からは紫色のオーラは消えて、今では苦しそうに荒い息をしている。それだけを見ただけでも、七海の体力が限界なのは分かるだろう。

 だが玉虫は自ら手にしていた御神刀を七海の前に瞬間的に移動させると、七海の瞳に再び闘志が宿り、荒い呼吸のまま御神刀を手にして七海は立ち上がったのである。さすがは源三郎の孫だけの事はあるみたいだ。こんな修羅場でも決して戦う意思を消さないところは源三郎に似ている言えるだろう。だが、戦う理由については源三郎とは正反対だった。

 だからこそ、鈴音は七海を止めなくてはいけない、七海を助けなければいけないのである。どんな手段を使っても、その手段がどんなに残酷な物でもだ。

 七海が立ち上がった事で玉虫は再び七海の後ろに回り込む。それから玉虫は七海に向かって語りかけるのであった。

「さあ、七海よ。まだ戦えるであろう。私の力で守ってやのう、やから充分に力を発揮するが良いでやのう」

 勝手な事を言ってるな~。玉虫の言葉を聞いて、思わずそんな事を思う鈴音。なにしろ玉虫は七海を強化するために、七海を追い詰めて暴走させたのである。しかも鈴音と一緒になって、それなのに、今になって共に戦おうと言っているような物なのだ。普通なら戦う前に、玉虫に対して怒りなどの感情が芽生えそうだが、七海には絶対に成し遂げたい目的がある。そのために罪を重ねてきた。だから今は、そんな感情が芽生える隙も心には無いのだ。

 七海の心は未だに一つ。ただ、全ての鎖を断ち切って自由になりたいという目標だけにしか向いていないようだ。だから玉虫がそんな言葉を口にしても、七海は玉虫に対して特別な感情を抱く事は無かった。それどころか、逆にここまで追い詰めてきた鈴音に対して七海は闘志を燃やすのだった。

 鈴音も気付いていただろう。七海の心が完全に自分に向いている事が。なにしろ今では七海にとって鈴音が最大の障害である。だからこそ、七海は絶対に鈴音を排除しなければいけないと思い込んでいるのである。だからこそ、七海の心は鈴音を敵視しかしなかった。だから七海は気付かなかったのだろう。そんな七海の心にこそ鈴音は勝機を見出していた事に。

 そんな七海が呼吸を整えると御神刀を構える。それと同時に吉田に連絡をしていた沙希が再び鈴音の横に立つと拳を構える。そんな沙希が鈴音に向かって顔は向けないが話しかけるのであった。

「さあて、これが、ここでの最終局面よね。鈴音、きっちりとケリを付けて、次に行ってやろうじゃない」

 そんな沙希の言葉に鈴音も微笑むと霊刀を構える。

「当たり前よ。だから沙希、行くわよ」

「当然」

 どうやら鈴音達も、ここで七海との戦いに決着を付けるつもりらしい。だからこそ、二人とも気を引き締めるように、お互いに言葉を掛けると戦う準備を整える。七海もそんな二人を見て、今度こそはと確実に殺すつもりなのだろう。闘志と一緒に殺気も出しながら、御神刀を鈴音達に向けて背後の玉虫から力を借りる。

 こうしてお互いに戦うための準備が整うと、いよいよ最終戦とも言える戦いが幕を開けるのである。



 戦いの幕が開くと、真っ先に動いたのは鈴音と沙希だった。なにしろ七海は立ってはいるものの、先程までの行為で体力を消耗している状態だ。だからこそ七海は動きの少ない防衛からの反撃を狙って動きはしなかった。そんな七海とは正反対に鈴音と沙希には、まだまだ体力的にも心理的にも余裕が残っている。だからこそ、ここは一気に攻めに出たのである。

 一気に距離を詰めてくる鈴音達に七海も御神刀を構えて迎え撃うとう姿勢を見せる。体力が限界ギリギリでも七海には玉虫の力によって、まだまだ戦う事を示すかのように七海には立っているだけだが隙は無かった。それでも鈴音はあえて霊刀を七海に向かって振り下ろす。

 当然のように七海は御神刀で鈴音の霊刀を防ぐように受け止める。玉虫の力で助けられているとは言っても、今の七海には、この状態から鈴音を弾き飛ばすような力を出すのは不可能だった。それどころか、鈴音の攻撃に耐えるだけで精一杯だった。

 そんな七海の状態を鈴音は見抜いているかのように、鋭い眼差しのまま刃を交じあわせながら七海に話し掛けてきたのである。

「さて、七海ちゃん。もう自我を取り戻してるでしょ。だから私の言葉がはっきりと聞こえるし、私とも話が出来る。どお、少しは話をしてみない?」

 まるで七海を試すような、あるいはバカにするような言葉を投げ掛ける鈴音。そんな鈴音に対して七海は目付きを更に鋭くすると力任せに鈴音の霊刀を弾く。だが今の七海は体力が限界の状態だ。無理にそんな事をすれば、すぐに次の行動に移る事が出来ない。

 だからだろう、そんな七海をフォローするために玉虫が七海の後ろから手を抱いてきて、力を放ってきたのは。

 けれども、そんな玉虫のフォローも沙希によって潰される事になる。確かに玉虫を傷つける事が出来るのは鈴音が持っている霊刀だけだ。だが、玉虫から放たれた力は全てのものに作用する。そう、以前の戦いで鈴音や沙希を吹き飛ばしたように、玉虫から放たれた力は全てを弾き飛ばす事が出来る。

 だが逆に言えば、玉虫から放たれた力が全てに作用するからこそ、その力に干渉する事が出来るのだ。それを実証するかのように鈴音に放たれた力の前に立ちはだかった沙希は、玉虫が放ってきた力は目に見えないが、力が突き進む事で空気の流れが生じるのを利用して、しっかりと力の位置を把握していた。そしてタイミングを合わせると沙希は玉虫が放った力に向かって拳を思いっきり放つのだった。

 見えない力と沙希の拳がぶつかり合い。その衝撃でぶつかり合っているであろう場所からは風が衝撃となり、辺りに散らばる。さすがは玉虫の力と言ったところだろう。放たれたとはいえ、沙希が放った渾身の一撃と拮抗するだけの力を有しているのだから。だからと言って、沙希もこのまま引き下がるわけには行かなかった。だからこそ、沙希は咆哮を上げるように叫ぶ。

「やあぁっ!」

 沙希の叫びと共に沙希の拳が玉虫の力を貫いて消滅させた。玉虫の力もさることながら、沙希の意気込みも強大な玉虫に負けじと力を発揮するのだった。

 だが、沙希が玉虫の力を砕いたのも沙希がそれだけの力を有しているからでは無い。なによりも大きかったのが、七海の体力と一緒に削られた七海に与えた力である。つまり、玉虫は七海に力を与える事により、七海を最強にしたが、結果として七海の身体に負担を掛けて体力を限界まで削られる事になった。だが、削られたのは七海の体力だけではない。そう、玉虫の力もしっかりと削られていたのだ。なにしろ玉虫は自分の身体が半透明になるほど、自分の力を七海に移譲していたのだから。

 だから七海の体力と共に玉虫の力もかなり消耗されていたのだ。だからこそ、沙希でも粉砕できる程度の力しか発揮できないのだ。つまり、先程までの攻撃は七海の体力だけではなく、しっかりと玉虫の力までも削っていたのだ。

 沙希に攻撃を粉砕されて、やっとその事実に気が付いた玉虫は舌打ちをするかのように苦い顔をする。確かに玉虫は強大な力を有しており、御神刀がある限りは無尽蔵に力を発揮できるだろう。だが、いくら玉虫が強大でも、一度消費した力を回復させるためには時間が必要なのだ。

 それは人間が体力を消耗して休憩が必要なように、玉虫も消耗した力を回復させるためには時間が必要なのだ。鈴音はそこまで考えていたからこそ、この決戦では消耗戦を挑んだのだ。玉虫が一気に力を解放すると読んだからこそ、その力を全て使わせる消耗戦を。

 その結果として玉虫達は消耗し、一気に形勢が鈴音達に片寄った。だからこそ、今の形勢は鈴音の読み勝ちと言えるだろう。だからこそ、鈴音はこの戦いに決着を付けるために、最初は無理をしてでも玉虫に力を使わせたのだ。そう、この時を狙って。

 沙希が玉虫の力を粉砕した時には、鈴音は再び七海へと迫っていた。だが玉虫は今しがた力を使ったばかりだ。だからここは七海が迎え撃つしかない。けれども、先程のように先手を取られて押さえ込まれると七海には不利だ。だからこそ、七海はあえて攻撃に出た。

 まったく同時に振り出された霊刀と御神刀。二つの刀はぶつかり合い、そして反発しあう。体力が消耗しているとはいえ、さすがは玉虫の力を付加させた七海と言えるだろう。まだ、鈴音とまともに打ち合うだけの力を発揮できるようだ。

 だが七海の体力が限界なのは確かな事だった。だから最初は打ち合っていた鈴音と七海だが、徐々に七海の反応が遅くなっていくのを鈴音はしっかりと確認していた。だからこそ、ここぞとばかりに一気に攻撃のスピードを速めた。

 もちろん、そんな事をすれば七海の行動が遅れてくる。だからこそ、七海はしかたなく鈴音の攻撃を受け止めて、そのまま防御体勢を維持しなくてはいけなかった。

 そんな七海に鈴音は口元に笑みを浮かべると再び、七海に向かって話し掛ける。

「さ~て、七海ちゃん。そろそろ懺悔の時間と行こうか」

「懺悔?」

 鈴音の口から出た意外な言葉に七海は思わず、その言葉を繰り返してしまった。これで七海が自我を取り戻しており、鈴音の言葉が七海に届く事が明白となってしまった。更に言うと、七海の心がここから更に揺れ始めると七海の戦闘力に大きく関わってくる。だから玉虫としては、黙って鈴音と七海に会話をさせる訳にはいかなかった。

「これ以上の言葉は不要やえっ!」

 七海の戦闘力を維持するためにも玉虫は鈴音に向かって力を放とうとするが、その頃には玉虫の後ろから迫っていた沙希に玉虫は気付く事は無かった。なにしろ玉虫は自分を傷つける事が出来る、鈴音の霊刀さえ気にしていれば、どんな攻撃も効かないのだ。だが、その慢心こそが鈴音達の狙いに気付かせない要因となってしまっていた。

「させないってのっ!」

 玉虫の後ろから跳んで、そのまま回し蹴りを放つ沙希。もちろん、沙希の放った蹴りは玉虫の身体を通り抜ける。もちろん、沙希も自分の攻撃が玉虫に通じるとは思ってはいない。そう、沙希の狙いは別にあったのだ。それに玉虫が気付いた時にはすでに遅かった。

「なっ!」

 鈴音に向かって放とうとしていた力。そこに沙希の蹴りが直撃して、玉虫は力を放つ事が出来なくなってしまった。そう、これこそが沙希の狙いなのだ。自分の蹴りが玉虫の身体を素通りする事はすでに察しが付いている事だ。だが先程の事で分かったと思うが、玉虫が攻撃に使う力には沙希も触れる事が出来る。つまり、玉虫の後ろ、完全な死角からの攻撃妨害。それこそが沙希の狙いだったのだ。

 そのため、まだ力が完全に集っていない玉虫の攻撃は沙希の蹴りによって消滅させられてしまったのだ。沙希も自分の攻撃が玉虫の身体を素通りすると分っていても、実際に素通りした足を見て、少しだけ気持ち悪かった。まあ、玉虫の身体が素通り出来ると想像していても、実際に体験すると少しだけ、そんな事を思ってしまうのだろう。

 だが、これで玉虫が次の行動に移るまでの時間が出来た。その間に鈴音は七海との会話を続ける。

「七海ちゃんは自由になりたくて罪を重ねてた。まるで天からぶら下がった蜘蛛と糸を見て、その先に希望を見たように、七海ちゃんは上に手を伸ばした。けどさ、七海ちゃん。七海ちゃんは、その糸を掴むために何をした。七海ちゃんの下には何がある?」

「…………」

 鈴音の話に七海は返答しなかった。七海も伊達に玉虫の共犯者をやってきた訳ではないようだ。七海にも分っていたのだ、鈴音がここで七海の心を攻め立てようとしていた事が、だからこそ七海は沈黙を守って、心を氷で固めた。そうする事で鈴音の言葉を届かないようした。

 だが鈴音には七海がそうする事が、いや、事態がここまで進むと、そうするしか無いと分かっていたのだろう。鈴音は更に七海の上を取って、そのまま押さえ込むと、更に言葉を口にする。

「そうやって自分の罪から目を逸らして、ずっと自分の罪から逃げ続けてるから、七海ちゃんは下を見ない。だから私から言ってあげるよ。今、七海ちゃんの積み重ねた罪、その足元にあるのは……千坂さんの遺体だよ」

「わあぁぁっ!」

 鈴音の言葉をしっかりと耳にした七海は渾身の力を振り絞って、鈴音の霊刀を押し返して、そのまま鈴音を弾く。もっとも、鈴音は七海の反応が分っていたのだろう。七海が御神刀を力づくで振り出してきた時には、自ら後ろに跳んで弾き飛ばされる事を防いでいたのだ。だからこそ、鈴音は七海が御神刀を振り抜いた時には、しっかりと七海と距離を開けた場所に着地していた。

 それから鈴音は少しだけ悲しげな顔をすると、次の瞬間には決意を固めたように鋭い顔付きに戻って、距離は開いたが七海に向かって話し掛ける。

「じゃあ、七海ちゃん。千坂さんの下には何がある、それは……私が言わなくても分ってるでしょ。千坂さんの下には……七海ちゃんが今まで殺してきた人の遺体がある。七海ちゃんが奪って来た、その人の未来と希望がある。七海ちゃんは、今……血塗られた無数の屍を土台に立っているんだよ。自分だけの望みを叶えるためにね。ほら、足元を見てごらん、今まで七海ちゃんが殺してきた人達の遺体が見えるはずだよ」

 鈴音の言葉に七海は思わず自分の足元を見てしまった。そして、そこには……鈴音が言った通りに無数の血塗られた屍があり、七海はそんな屍の上に立っているのをしっかりと目にするのだった。

 もちろん、これは幻覚といえるだろう。けれども鈴音には幻覚を見せるような、特殊な力は無い。この幻覚は疲れきった七海の心が鈴音の言葉を切っ掛けに勝手に作り出した幻覚に過ぎないのだ。

 七海の心が勝手に作り出した幻覚。だが、その幻覚は鈴音が計算した上に成り立っていた物だ。

 つまり鈴音は最初から、これを狙って行動していた。最初の時に玉虫が七海を最強にするために七海の心を追い詰めるために、玉虫と一緒に七海を追い詰めたのも。七海が暴走して限界を向かえ、すっかり疲れさせるのも、全てはこの幻覚を七海に見せるための行動に過ぎないのだ。

 最初の暴走で七海は最強の力を手に入れたが、そのために心が壊れるぐらいの現実を突きつけられた。そして体力が限界を迎えると自然に考える力を失う。その時点で七海の心と身体は消耗しきっていた。そのため、七海が心を硬く固めたつもりでも、七海の心はすでに限界を迎えているのである。つまり今の七海は心身ともに限界にある。そんな七海だからこそ鈴音の言葉で簡単に心が揺らいで、心が勝手に幻覚を七海に見せているのだ。

 鈴音も自分の言葉で七海が幻覚を見るであろうと、しっかりと心理を読んでの行動だ。なにしろ千坂が残した言葉どおりに、今まで七海は自分自身の罪と向き合う事はしなかった。つまり、どれだけの罪を重ねようとも罪悪感も罪の意識も感じなかったのだから。それだけ七海は天から吊るされた糸を掴もうと屍を重ねてきた……下を見る事無く。

 だが、すっかり身体も心も疲れきった七海は始めて目にする。今まで自分が積み重ねてきた罪を自分の為に犠牲にしてきた無数の屍を。それは七海とって初めて突き付けられた罪への意識である。今まで罪から目を逸らしてきた七海に、それを受け止めるだけの余裕は残されていなかった。

「ぁ、あぁぁ、いやあぁぁぁぁっ!」

 七海は狂ったかのように、いや、初めて自分の罪を見て狂ったのだ。そして、少しでも自らの罪から逃れるために、七海は御神刀で地面を何度も斬り付ける。七海としては幻覚として見た、自分の足元にある屍を斬っているつもりだった。だが、いくら斬っても屍は消えない。むしろ、更に傷つけられた屍は血飛沫を上げて、七海を血で染めていくのだった。

 すっかり狂った七海が地面を斬り付ける。もちろん、そんな光景を玉虫が黙って見ているはずが無い。玉虫は七海に向けて言葉を放つ。

「落ち着け七海、それは、ッ!」

 突如として言葉が出ない事を感じた玉虫は自分の後ろに居る沙希を睨み付けるかのように、見えはしないが殺気を後ろに放つ。一方の沙希は自分の行動に気持ち悪いと感じながらも玉虫に向かって言葉を放つのだった。

「さすがの玉虫様でも、こうされると言葉が出ないんだね。まったく、思いっきり気持ち悪いけど、今は黙っててもらうわよ」

 そう言いながら沙希は自分の右腕を見詰める、半分近く玉虫の後頭部から口へと付き抜けた自分の右腕を。

 玉虫としても驚いただろ。まさか、こんな手段で自分の口を塞いでくる者が居るとは思いもよらなかった事だ。そして、玉虫の口を塞いでいる沙希も鈴音から、この作戦を聞くまでは、ここまで気持ち悪い事になるとは想像できてはいなかったが、自分の行動が有効であり、今は玉虫の口を塞ぐのに成功している事から玉虫の口を塞ぎ続ける。

 なにしろ玉虫は悪霊。その身体は見えていても触れる事は出来ない。鈴音はまたしても、その点を逆に取って玉虫の口を封じたのだ。玉虫も悪霊とはいえ、言葉を発するためには声帯ではなく、口で空気の揺らぎを作って言葉にして発している。

 だが、今は玉虫の頭を付き抜けた沙希の腕が玉虫の口から手を出している。つまり玉虫の口が沙希の腕で塞がれた状態だ。さすがの玉虫でも、そんな事をされれば言葉を発する事が出来ない。そうなると玉虫としては沙希を排除したいのだが、七海を保護するために七海と一体化している玉虫は七海が振り向かない限りは、沙希と向かい合う事が出来ないのだ。

 もちろん、七海から離れる事も玉虫は考えた。だが今の七海から離れてしまっては、次に待っているのは鈴音の霊刀だろう。そうなると完全に撤退せざるえない。だからこそ、玉虫はこの事態を逆転させる手段を考えるが、その前に鈴音の言葉が七海を更に追い詰める。

「そうやって斬り続けたければ斬れば良いよ。でも、いくら斬っても七海ちゃんの下にある屍の山は消えない。だって、それは七海ちゃんが殺してきた人達だもの、七海ちゃんが殺し続けてきた人達だよ。だから絶対に戻らない、だって……もう死んでるんだから。そして七海ちゃん、しっかりと自分の足元を見ると良いよ。だって……今踏みつけているのは……千坂さんだから」

 その途端に七海の動きが止まる。まるで絶対に斬ってはいけないものを見つけたかのように、絶対に傷つけてはいけないものを見つけたかのように、七海の動きは止まって自分の足元を見詰める。

 そんな七海の目には、しっかりと映ったことだろう。七海を支えるかのように、屍の山頂で横たわっている千坂の姿が。七海に忠誠を誓い、七海の為に死んだ千坂の遺体を踏みつけている自分の姿が七海の目にはしっかりと映った。

 だからこそ七海は斬れなくなったのだ。千坂は七海ために死んだのだ、それは七海自身も充分に分っていた。千坂が七海を止めるために、七海を助けるために、そして七海への忠義を果たすために命を落とした。そんな千坂を七海は踏みつけているのだ。だから七海はそれ以上、斬りつける事が出来なかった。それは自分の為に死んだ千坂を更に斬り付けるようなものだからだ。

 そこに更なる鈴音の言葉が届く。

「七海ちゃん、言ったよね。殺人は殺人、後は逃げれば良いだけって。逃げられる? 踏み付けてる千坂さんから、その下にある無数の屍から……逃げられる? 逃げ切る事が出来る? 今まで見なかった人達から、自分の手を血で染めながら殺してきた人達から……逃げる事が出来る? そして……どこまで逃げるの? その踏み付けている屍の山から」

 逃げられない、逃げられるわけが無い。七海の頭が勝手にそんな判断を下す。それも、しかたないだろう。なにしろ七海は初めて自分自身が犯してきた罪を見たのだから。殺した者が生き返ったりしない限りは、七海が踏み付けている屍の山は消えないと七海は認識してしまったからだ。

 そして死者が戻らないのは自然の摂理である。だから死者は生き返らない。つまり七海が築いてきた屍の山は絶対に消えない。どんなに足掻こうとも、抵抗しようとも、それは確実にそこに存在しているのだから。

 七海はそれをはっきりと認識したのだろう。自然と七海の手が震えだし、御神刀も小刻みに震えだす。そして、その震えが全身に達すると七海は立つ事さえ出来なくなったかのように、膝を屈して地面に座り込む。

 そんな七海を見て、鈴音は感情を表に出さないだけで精一杯だった。玉虫は何とか沙希が抑えてくれてるから、玉虫からの介入は無いに等しいだろう。だからこそ鈴音は突き落とさなければいけなかった。七海を罪の奈落へと。

 鈴音の本心を言えば、本当はこんな事はしたくはなかった。だが七海を止めるには、七海を助けるには、これしかないと鈴音は決意を固めたからこそ感情を表に出さないように堪えているのだ。そのためか自然と鈴音が握っている霊刀に力がこもる。鈴音も苦しいのだ、七海を追い詰めている事が。

 だが、これをしない限りは七海は止まらないし、助ける事も出来ない。そのために鈴音は七海の心を激しく揺らして、揺らし続けて、最後には壊そうとしているのだ。そう、何かを築くには何かを壊さないといけない。だから鈴音は今まで罪から逃げていた七海の心を壊して、そこに罪と向き合う七海を築こうとしている。だから鈴音は残酷にならなくてはいけなかった。そこまでしないと……七海の心が壊れないからだ。

 だから鈴音は霊刀を強く握り締めながらも七海に向かって最後の言葉を放つ。

「残念だったね、七海ちゃん。せっかく天から吊るされた糸だけど、七海ちゃんは絶対にそれを掴めない。だって……七海ちゃんが踏み付けている屍が絶対にそれを許さないから。ほら、今でも七海ちゃんを逃がさないとばかりに七海ちゃんに向かって手を伸ばしてくる。手を、足を、七海ちゃんが殺した屍がしっかりと掴んで離さない。掴まれた屍の身体は新たなる鎖となって七海ちゃんを繋ぎ止める。絶対に……自由になる事を許さないように。残念だったね、自由になるための行為が……新たなる鎖を生み出す結果となるなんて。そして七海ちゃん、その鎖は絶対に抜け出す事が出来ない。だって……その屍はもう……戻れないんだから」

 鈴音の言葉に従うかのように、七海の下にある屍の山から一本一本と手が伸びて来る。そして、その手は七海の手を、足を、身体を掴むと鎖へと変化した。七海を絶対に逃がさないように、七海を絶対に許さないと言わんばかりに七海を縛るのだった。

 そんな光景を目の当たりにしながらも七海はどうする事も出来なかった。七海も自分の頭ではしっかりと理解してからだ。自分は人を殺していると、屍を積み上げていると。けれども、今まではそれを踏み台に玉虫が示した糸を掴むために必死だった。だから、いくらでも屍を積み上げる事が出来た。

 だが、こうして屍に目を向けると七海は何も出来なかった。これも七海は頭で自然と分っていたことだからだ。自分が殺してきた人達は……もう戻らないと。だから、新たに自分を縛ってくる屍に対して七海は何かをする事が出来なかった。自分が殺して来た人達に、もう何をしても無駄だと分っているからだ。

 そこは源三郎が羽入家の次期当主と認めるだけの七海らしいと言えるだろう。普通の人物なら自分が犯した罪が鎖になろうとも、無駄な抵抗を続けるだけだ。なにしろ、それが過去の物で、もう取り返しが付かない事だと認められないからだ。

 だが七海は違う。既に理解してしまったのだ。自分が犯してきた事が、もう取り返しが付かない事だと。殺して来た人達が二度と戻らないと。それが分っているからこそ七海は何も出来なかった。

 だが、それで良いのだ。そうやって自分自身の罪と向き合い。自分が罪人である事から、罪人として新たに歩めるのだから。

 そんな幻覚を見ながらも、屍が次々と鎖となって七海を縛る中で、七海は踏み付けている、自分の為に死んでくれた千坂に向かって手を伸ばす。そして千坂の手を取ると、まるで千坂の温もりを思い出すかのように一筋の涙を流した。

 そんな七海の脳裏にあの時の事が思い出される。夕暮れが差し込み、村が見渡せるあの場所で、この来界村に帰って来た時の事が自然と七海は思い出していた。






 さてさて、いつもは戯言が多い私の後書きですが、今回はちょっと真面目に語ろうと思います。

 本編で鈴音は七海に幻覚を見せるほどの言葉を発してますね。まあ、これは本編にも書いてありますが、それほどまでに七海は心身共に疲れきっていたし、七海の心には罪悪感があったのですよ。

 でも、七海はその罪、罪悪感を見ようとはしなかった。けど、心身共に疲れきった状態で七海は鈴音の言葉で幻覚を見たのですよ。それは、七海が思っていた以上に過酷で、鈴音が思っていた以上に残酷な事だったんでしょうね。

 でも、それをしない限りは七海を止められない、七海を救えない。だからこそ、鈴音は残酷だと分かりながらも七海の心を壊したのですよ。

 創造と破壊は表裏一体。破壊したからこそ、そこに創造できる。つまり破壊と創造は繋がってるのですよ。それは人の心も同じだと思います。

 人の心も自分の考えや理論、そんな物で創造されている。でも、七海はそこに罪という物を加えて、その罪を見なかった。だからこそ、鈴音は七海に罪を見せるために、一回だけ七海の心を破壊し、創造するしかなかったのですよ。

 今回、鈴音は悪役のように七海を追い詰めてますけど、そこまでしないと七海は何も変わらないと鈴音には分っていたんでしょうね。何かで硬くしてしまった心を変えるには……一回だけ心を破壊するしか、元に戻す事も、新しい心を作るのも、そして七海のように自分の罪と向き合う事が出来ないのですよ。

 だから破壊と創造は表裏一体、人の心も、また同じだと、そんな風に私は思います。

 さてさて、真面目に語ったところで、そろそろ締めますか。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、人は自分の考えや価値観を簡単に変えられない、だから変わらなくてはいけない時には、誰かに心を破壊してもらう必要があるのだと考えている葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ