第七章 その一
羽入家を、そして村を出てから……私は始めて知った。大いなる……畏怖と恐怖を。それこそが羽入家の人間を村に縛り付けている鎖だった。来るべき日に……兵となって村を滅ぼすための。だから羽入家の人間は村を出る事を許されなかった。たとえ出たとしても……必ず帰って来る、そこに……大いなる畏怖と恐怖があるから。
その事を知らない、幼かった私は意気揚々と羽入家を脱出して村を出た。もちろん、お爺様が追っ手を差し向けて来ると考えたからこそ、周到な準備を費やし、一番信頼を置ける人に私をかくまわせた。けど……お爺様からの追っ手は無かった。それは当然だ、お爺様は、いや、羽入家の者は誰でも知っている。羽入家の物が絶対に村から出る事が許されない存在だという事を。だから村から出た私を誰も探さなかった。そして……私は知った、大いなる……畏怖と恐怖を。
最初は気のせいだと言い聞かせた、自分自身に徹底的に。でも……それは確実に、そして正確に私を恐怖に陥れた。そして……それはいつも言う……『村に帰れ』……と。その声は段々と大きくなり、最後には私は気が狂いそうなほど、その声に恐怖した、その存在に畏怖した。だから……私は帰って来た……再び……羽入家に。
でも……一つだけ嬉しいと思う事があった、一つだけ愕然とする事があった。それは私が村に、羽入家に戻る時だった。その時、私を迎えに来た……が私をあの場所に連れて行ってくれた。そう、村外れにある、村が見渡せる場所へ。
そこには丁度夕日が落ち込み、夕焼けが綺麗だった。夕焼けに染められた村はとても綺麗で、私が捨てようとしていた物が、こんなにも綺麗だった事を始めて知った。そして、そこであの誓いが立てられた。その誓いは私を諦めさせるのには充分な物だった。だから私は……あの誓いが嬉しいとも感じる事が出来た。そう……あの夜までは。
あの夜、まだ村が大きな騒ぎになる前だった。だから私は時々、羽入家を抜け出して、夜風をあびながら気分転換していた。その時だった、突如として……それは私の前に現れた。私にはそれが何なのかがすぐに分かった。なにしろ……その時に私の中では再び姿を見せたのだから……大いなる畏怖と恐怖が。
それから私は知る事になる。羽入家に架せられた鎖と呪いを……。それを知った時に私の中で全ての鎖が千切れて、崩れ落ちて行った。だから私はその瞬間から、その存在を恐怖する事も畏怖する事も無くなった。その存在こそ、私が一度は諦めた希望をもたらしてくれると知ったから、その存在が……全ての根源だと知ったから。だから……私は……。
「七海」
夜と間違えそうな暗闇の中、数本の街灯に照らされながらも七海は今まで閉じていた瞳を静かに開いた。すぐ横に居る、凛とした玉虫の声が七海の耳に入ったからだ。それから七海は真っ直ぐ前を見据える。そこにはこちらに向かってくる人影がしっかりと見えた。微かに照らされている街灯に……手にしている刃を光らせながら。
「どうやら遊戯の時間は終わりのようやのう」
そんな玉虫の声が七海の耳に入る。その言葉を聞いて七海は静かに思う。
……そう、これで終わり。手を伸ばせば掴める所まで来ている。だから……絶対に邪魔はさせません。後一歩……踏み出せば、私は……。だから……絶対にここで負ける訳にはいかない。
七海は右手に持っている御神刀の刃をそちらに向けて、左手で拳銃の安全装置を解除する。これで七海はいつでも戦える準備が出来たと言っても良いだろう。
だが七海は気付いてはいなかった。いや、正確に言えば気付いていただろうが、七海はそこに目を向ける事を拒絶してたのだ。だからこそ、今はこちらに向かってくる人物。今では広場に入ってきて街灯に照らされている鈴音の姿をしっかりと見据えるのだった。
鈴音の姿をはっきりと見た七海が静かに思う。
これで……終わりにする。だから……私はっ!
鈴音を見据える七海の目付きが一気に変わった。今までは無機質に、穏やかに鈴音を見ていたのだが、今ではしっかりと敵を見据えるように鋭い目付きとなっている。そして七海は静かに銃口を鈴音に向けるのだった。
銃口を向けてきたので七海がそれ以上は近づくなという意思表示だと感じた鈴音は歩みを止めると霊刀をしっかりと握り締めて、そして素早く思考を巡らすのだった。
七海ちゃんにとっては、ここが、今この時が終劇の舞台だと思ってるよね。確かに……ここで七海ちゃんを止めないと私達は次に行けない。本当の最終局面に辿り着けない。だから……絶対に七海ちゃんを倒さないといけない。物理的じゃなく、心を折らないと私達には勝ち目が無い。だから七海ちゃん。負けられないのは私達も同じだよ。
そんな事を思った鈴音は七海とは対称的に微笑みながら七海に話し掛ける。
「やっぱり……決着を付けないといけないんだよね」
そんな言葉を口にした鈴音に対して七海はキツイ口調で言い返す。
「当然です、鈴音さんもそのつもりで来たのでしょう。それは鈴音さんの目をみれば分かります。私が生きている事も察しが付いていたし、ここで私が待ち伏せている事も察していたはずです。だから鈴音さんは私と決着を付けるために、ここに来たのでしょう」
やはり七海も鈴音がそこまで自分達の行動を読んでいると推理していたようだ。だから鈴音の目に決意が出ていた事を七海は見落とさなかった。鈴音が微笑んでいても、鈴音の目にはしっかりと七海に対する決意と覚悟が出ていたようだ。
そんな七海の言葉を聞いて鈴音は誤魔化すように苦笑いしながら言い返す。
「う~ん、やっぱり見破られちゃったか。まあ……その通りだから言い返す必要も無いかな。でもね七海ちゃん、私達が最後に倒すのは七海ちゃんじゃない、そこに居る玉虫だよ。だから無理に七海ちゃんと戦う必要も無いかな~、なんて思ったんだけど」
そんな鈴音の言葉を聞いて、今度は七海ではなく玉虫が笑いながら言葉を返す。
「ふっふっふっ、その程度で七海が態度を変えると思ったのかやえ。言っておくがのう、今の七海は強いやえ。なにしろ……全ての鎖が切れたからやのう」
そんな言葉を口にして笑う玉虫。そんな玉虫とは対称的にまったく笑顔を見せない七海。そんな二人を見て鈴音は確信する。その決め手となったのが玉虫の言葉なのだが、二人ともその事にまったく気付いていないようだ。だからこそ、鈴音はあえて道化師を気取るのだった。
「あ~、やっぱり七海ちゃんと玉虫を相手にするのは分が悪いから、また後で、って言うのはダメ?」
そんな事を言いだした鈴音に玉虫は笑うが、七海は笑う事無く、更に目付きと口調を鋭くして鈴音に言い返すのだった。
「遊びはもう終わりです。八本の柱が破壊されたからには、柱を破壊した鈴音さん達も殺さなくてはいけません。鈴音さんも、それだけの覚悟があったからこそ、この表柱を破壊したのでしょう」
鈴音が作り出した空気を払拭するように七海の言葉が今までの雰囲気を斬り裂く。それでも鈴音は態度を変える事無く、七海と話し続けるのだった。
「う~ん、実は言うとね……そこまで考えてなかったりして~。まあ、オブジェが柱だって事には気が付いたけど、そこからは行き当たりバッタリだったんだよね~。いや~、驚く事が多すぎて驚き疲れたよ~」
あくまでも道化師を気取る鈴音に対して七海は思わず引き金を引きそうになった。けれども鈴音の事だから、どこに罠が仕掛けてあるか分からないと判断した七海は銃口はままで発砲はしなかった。だからだろうか、七海は代わりに奥歯を強く噛み締める。そんな七海を見て、鈴音はここで態度を変えてきた。
「七海ちゃん……随分と焦ってるみたいだね~。いや、違うかな。痛いんでしょ……心が。だから七海ちゃんは早く決着を付けようと、早く終わりにしようとしてる。終わってしまえば……全部忘れる事が出来るからね~」
「…………」
最初の言葉だけは微笑みながら、次の言葉からは真顔で七海に言葉を叩きつける鈴音だった。一方でそんな言葉を叩き付けられた七海は言葉を返す事無く、ただ奥歯を強く噛み締めるだけだった。そんな七海の代わりに玉虫が口を開いてくる。
「なるほど、そういう事やのう。やっと主の企みが分かったやえ」
「へぇ~、もう気付かれちゃったんだ。でも……本当にそれが合っているか、分からないよ」
笑みを浮かべながら言葉を口にする玉虫に対して鈴音も微笑を絶やす事無く言葉を返した。どうやら玉虫には鈴音がどんな作戦で来たのかが察しが付いたようだ。鈴音も玉虫が的確に自分の作戦を読んでくると分っていたからこそ、動揺する事無く微笑んでいられるのだ。
そんな鈴音の顔色を窺いながらも玉虫は鈴音の作戦を口にする。
「ならば答え合わせと行こうかのう。主は七海の心を攻めて動揺させようとしておるのやえ。だからこそ、言葉で七海の心を揺らそうとしているのやのう。七海の心が激しく揺れているのならわらわの力も発揮できない。そう考えたのでやのう。それに……確かに主の読みどおりに七海は千坂と言ったかやのう、その者を失ってから心が揺れ動いておる。主達はそこに勝機を見出したのやのう」
玉虫の言葉を黙って聞いていた鈴音だが、玉虫の言葉が終わると大げさに考えたフリをした後にあっさりと、とんでもない事を口にする。
「……大正解~。さすがだね~、まさかそこまで読まれてるとは思って無かったよ~。それで、私達の作戦を読んだからには、玉虫様はどうするおつもりなのかしら?」
ワザとらしく、大げさに言い繕った言葉を口にする鈴音に対して玉虫は訝しげな顔をする。さすがに鈴音がここまで来て、そんな言葉を口にすると玉虫でさえ、まだ何かあるのではないのかと疑うのも当然だろう。
けれども玉虫には鈴音の作戦を読んだ上での勝機があるのだろう。再び顔に笑みを浮かべると鈴音に向かって自らの考えを話すのであった。
「なに、主達が七海の心を揺らしたいというのなら……それに協力してやろうやのう。どうせなら、大嵐が来たように七海の心を揺らしてやろうかのう」
あ~、やっぱり、そう来たか~。玉虫の言葉を聞いて、そんな事を思いながら軽く溜息を付く鈴音。どうやら鈴音はこうなる事は予想していたようだ。けれども、実際にその場面に、そしてこれからの事を考えると鈴音としては少しだけ憂鬱になり溜息が出たようだ。
一方の玉虫はそんな鈴音に気が付かないままに、未だに驚いている七海の後ろに回り込む。そして一度だけ鈴音に向かって笑みを向けると、七海に向かって囁くのだった。
「さあ、七海よ。主も分っておるのやのう。千坂が死んだのは自分の所為だという事を。本当は千坂を味方に引き入れるか、もしくは千坂だけを逃してやるつもりだったのやのう。だが千坂は死んだ。主の所為で、七海、主さえ心に隙を見せなければ千坂を見逃してやる事も出来た、村から脱出させてやる事も出来たのやえ。だが千坂は死んだ……それは七海、主の詰めが甘かった所為やからのう」
そんな言葉を七海に向かって呟く玉虫。まさか玉虫から、そのような言葉を聞こうとは思って無かった七海は鈴音に向けた銃が震えだす。それだけ玉虫の言葉が七海の心を揺るがして動揺させているのだろう。そんな玉虫に同調するかのように鈴音も七海に向かって言葉を叩きつける。
「そう、千坂さんが死んだのは全て七海ちゃんの所為だよ。けど、仕方ないよね。だって、七海ちゃんが先に千坂さんを裏切ってたんだもん。でも千坂さんは、それでも七海ちゃんの為を思って、七海ちゃんに言葉を投げ掛けた。でも七海ちゃんは、そんな千坂さんの言葉を受け入れなかった。だから千坂さんは七海ちゃんと一緒に死ぬ事を選ばざるえなかった。でも……結局死んだのは千坂さんだけだったね」
銃を持っている七海の左手が更に震えが大きくなる。それと同時に七海の瞳孔は開き、息も自然と荒くなっていく。七海がこうなってもしかたないだろう。なにしろ……玉虫と鈴音、二人して七海が目を逸らしていた千坂の死を突き付けているのだから。
千坂の死は……確かに七海の心に大きな傷となって残っていた。だが七海はその傷を出すような仕草は誰にも、玉虫にも見せなかった。それだけでも七海の器量が分かるというものだろう。七海は自分自身の痛みよりも大局を優先させたのだ。
つまりは七海は千坂の死がショックでもの凄く悲しくても、それを隠し続け、自分でも見ないようにしながら、今まで振る舞い続けたのだ。千坂の死で鈴音達でもショックを感じたというのに、七海は柱を守る事を優先させる為に自分自身に千坂の死を見ないように言い聞かせたのだ。
だからこそ、七海は今まで平常心を保つ事が出来ていたのだが、こうして二人から改めて言われると七海も自分自身の心にある傷を自覚せずにはいられなかった。それは一度自覚してしまえば、とてもではないが平常心ではいられない。つまり、千坂の死は七海にとっても凄く悲しくてショックな出来事と言えるだろう。
それを改めて突き付けられたのだから七海の動揺は自然と大きくなり、もう考えるよりも心が動揺してしまい。だんだんと心が崩れていくだろう。
そんな心の崩れに拍車を掛けるように玉虫と鈴音は更に七海を追い込む。
「七海よ、主も気付いておるのやのう。いや、自らの意思でその事から目を逸らし続けたのでやのう。もし、その事に目を向ければ、とても正気ではいらないからやのう。だが七海よ、主の前に現れた敵はその事実を突きつけてきたのやえ。ここまで来ては最早、目を逸らし続ける事は出来ないのやえ。ならば、やる事は一つやのう」
そんな言葉で七海を追い込んで行く玉虫。玉虫としては鈴音を完全に敵視させる目的があったのだろう。それは鈴音も分っている、分っていながらも鈴音は玉虫の言葉に乗るかのような言葉を七海に叩き付けるのだ。
「そう、私達は七海ちゃんの敵だよ。だからこそ、言わせてもらうね。七海ちゃんは千坂さんが死んだのは自分の所為だと感じている。けど、その感情から逃げ続けてる。もし、それを認めてしまえば、七海ちゃんは千坂さんを殺したという事実を背負わなければいけないから。七海ちゃんは、そうやって逃げ続けてるんだよ。誰かを、千坂さんを殺したという事実から。七海ちゃんだて気付いてるんでしょう。千坂さんを自分の手で殺せなかったからこそ、未だに千坂さんの事を忘れられないでいる。千坂さんがあんな死に方をしたからこそ、七海ちゃんは未だに自分を責め続けてる。七海ちゃんはその事に目を逸らし続けてる。でも……私はその事を七海ちゃんに叩きつける。だって……私は七海ちゃんの敵なんだから」
そんな鈴音の言葉を最後に七海は堰を切ったように一気に叫びだす。
「止めて、もう止めてっ! 違う、私は……もう……千坂の事は覚えてないっ! 全部忘れたのよっ! だから今更千坂の事を持ち出さないでっ! 今更死んだ者を持ち出さないでっ! もう……終わった事なんだからっ!」
まるで何かを見る事を拒絶したように瞳を閉じながら、そう叫ぶ七海。そんな七海の後ろで玉虫は笑みを浮かべ、七海の前に居る鈴音は真っ直ぐな瞳で七海を見詰めていた。そんな二人に気付かないままに七海は瞳を閉じながら叫び続ける。
「こんな事で私は止まらないっ! こんな事で止まってたまるもんですかっ! もう終わりが近いというのに、あと少しで私が望んだ未来が手に入るのにっ! こんな所で……私は止まらないっ!」
そんな七海の叫びは鈴音にはとても悲しい物だと思えた。だが七海の後ろで鈴音と一緒に七海を追い詰めていた玉虫は違うようだ。玉虫は七海の肩に手を置くと、再び七海の耳に向かって呟く。
「ならば七海よ、主の手で全てを終わらせるが良い。敵は目の前におるのやえ、仕留める事は簡単やのう」
玉虫はあえて優しい声で七海に向かって、そう呟いた。そんな玉虫の言葉が静かに七海の胸を貫いたのだろう。七海は涙目で視界が少し揺らいでいるものの、しっかりと鈴音を見詰めた。そして七海は引き金に指を掛けるのだった。
その様子を鈴音は何もせずに見詰めていた。七海の手が震えながらも銃口を鈴音に向けて、今にでも引き金を引きそうな七海を鈴音は動く事無く、ただ黙って見詰めていたのである。
そして一発の銃声が高らかに響き渡る。
「……目を瞑って、そんなに震えてる手じゃ……私には当たらないよ」
鈴音は静かに七海に向かって話しかけたのだった。どうやら七海の放った弾丸は鈴音にかすりもせず、鈴音から大きく外れた場所を一気に駆け抜けて行ったようだ。そのため鈴音には七海が発砲した弾丸がかするどころか、まったくも的外れの場所を通り過ぎていったのだ。
鈴音には分っていたのだろう。今の七海では鈴音を的確に殺す事が出来ないと、そしてそれは……どうやら玉虫も一緒の考えのようだ。
確かに二人の言葉によって七海の心は今では大嵐のように大きく揺れ動いている。そんな状態で鈴音に向かって正確に当てる事などは出来ないと、鈴音も玉虫も分っていたようだ。分っていながらも二人とも七海の行動を見守った。それぞれに別な考えを持ちながら。
そして先に動いてきたのは玉虫の方であった。発砲した影響か、荒い息をしている七海に向かって玉虫は優しく呟くのであった。
「おやおや、外れてしまったようやのう。七海よ、先程主が言ったように、終わりは近いのやえ、ここまで来たのだから主も止まれぬでやのう。だから七海よ、主はそのままで良い、そのまま己の心を解放すれば良いのやえ」
「た、ま……虫」
つい先程までは七海を追い込むような言葉を掛けてきた玉虫が、がらりと態度を変えて、今度は七海がまるで正しいかのような言葉を掛けてきた。そんな玉虫に七海はすがるような視線を送ると玉虫は笑みを浮かべながら頷き、七海の背中に手を押し当てるのであった。
「さあ、七海よ。主が望む未来の為に、今は己の心を解放するが良い。わらわも手伝ってやるからやのう。だから七海よ、己の正しさを証明するために、己の心を解放して目の前の敵を討つがよいでやのう。さあ、行くやえ、七海よっ!」
玉虫の言葉が終わるとすぐに、玉虫は己の力を七海に流し込むかのように、玉虫から放たれていた紫色のオーラが一気に七海へと雪崩れ込む。そんな光景を鈴音は黙って見守りながら、これからの事を考えていた。
さ~て、ここまでは予想通りかな~。やっぱり玉虫は七海ちゃんを暴走させてきたね。たぶん、玉虫は七海ちゃんに自分の行動が絶対に正しいと決め付けて、心に誰の言葉も届かないように固めて私を倒そうとしてる。そのためには一度だけ七海ちゃんの心を揺るがす必要があったんだよね~。雨降って地固まる……だっけかな~。まあ、いいや。とにかく、これで七海ちゃんは自分が行ってきた行動が絶対的に正しいと思い込む。いや、この場合は玉虫によって思い込ませたかな~? なんにしても、これで七海ちゃんの心はもう揺るぐ事無く、強く固まった事は確かだよね。
そんな事を考える鈴音。確かに鈴音が考えた通りだった。今の七海は玉虫の力によって自分自身が行ってきた行動が正しいと、絶対的に正しいと思い込ませている状態だろう。なにしろ、一度でも、そうやって心を固めてしまえば、もう心は揺るぐ事無く、確固たる心として固まってしまう。そうなれば鈴音の言葉は七海には届かないだろう。なにしろ、強い意志で固めてしまった心には……誰の言葉も届かないからだ。
鈴音もその事が分っておきながらも、あえてこの時を待っていた。そう、七海が強い意志で心を固めてしまうこの時を。そうなれば鈴音達に勝ち目は無いと思われるが、鈴音は逆にそこにこそ勝機を見出していたのだ。だからこそ玉虫と一緒になって七海を言葉で追い詰めたのだ。
最も、玉虫の狙いは七海の心を強く固めて暴走させる事により、自分の力を流し込んで更なる力を与える事にあったのだろう。だからこそ鈴音の行動を読んだつもりで鈴音と一緒に七海を追い詰め、今はこうやって七海を暴走させようとしている。暴走した七海は更に強くなるだろう、その事は羽入家を影から仕込んできた玉虫が一番良く分かっている。それに七海の傍で七海を見てきた玉虫だからこそ、より一層七海を暴走させて七海に力を与える事が出来る。だからこそ、玉虫としては鈴音の作戦を利用して七海を強化しようとしたのだ……鈴音が隠し持っていた本当の狙いに気付かないままに。
そして肝心な鈴音はというと……暴走し始めている七海を見て内心で少しだけ不安を感じていた。
うわ~、七海ちゃんから凄い力を感じるよ~。う~ん、ちょっとやり過ぎたかな? ……でも、私達が勝つには、この方法しか無いんだよね~。だから……ごめんね、七海ちゃん。本当なら七海ちゃんを傷つける事無く助けたいんだけど……すでに罪を背負っている七海ちゃんを無傷で助けるのは無理なんだよ。だから七海ちゃん……ごめんね……でも、絶対に助けるから。だから……大丈夫……だよね? ……うわ~ん、沙希、吉田さん、本当にお願いだよ~。これからは二人の手に掛かってるし、下手したら私がここで殺されちゃうよ~。
そんな泣き言のような事を思う鈴音。まあ、それもしかたないだろう。確かに、ここまでの事態は予測していた。けど、予測するのと実際に体験するのでは地上と月ぐらいの差があるものだ。だからこそ、改めて暴走して行く七海を見て鈴音が少しだけ弱気になってしかたないだろう。
だが鈴音は千坂の意思を継いで七海を助けると決意を固めている。だから玉虫の力を注がれて暴走いて行く七海を見ながらでも、鈴音は平静を装う事が出来ていた。それだけ鈴音の心も決意で固まっているのだろう。
そんな事をしているうちに、今まで七海に流れ込んでいた紫色のオーラが流れを緩やかにすると、段々と流れは遅くなり、最後には止まってしまった。どうやらこれで七海は完全な暴走状態になったのだろう。
だが、まだ分かったものではない。なにしろ七海は深く頭を垂れて、両腕には力が無いように垂れ下がっているのだから。そんな七海を見て、鈴音は改めて思った。
そういえば、昔だけど姉さんが言ってたっけ。強い決意で心を固めた人は強い……けど、悲しいって。今の七海ちゃんはその言葉通りみたいだよ。七海ちゃんは千坂さんの死から目を逸らして、自分が絶対的に正しいと心を固めてしまった。だから七海ちゃんを見て強いって思うかもしれないけど……それ以上に悲しいよ……今の七海ちゃんは。
そんな事を思ってしまったからだろう。七海を見詰める鈴音の瞳は自然と悲しげな瞳となっていた。そんな鈴音とは正反対に玉虫は高らかに笑いながら鈴音に話しかけてくる。
「ふはははっ、さあ、この状況でどうするのやえ、小娘やっ! 今の七海にはどんな言葉も届かん、どんな訴えも届かん、だから七海は強くなった。主はそんな七海に対して勝てるのかやえ? 無理でやのう、そうでやのう」
そんな言葉を言い終えて玉虫は再び高らかに笑い始める。鈴音は少しだけ顔を俯けると、霊刀を強く握り締めて、奥歯を強く噛み締めた。だが、それも一時の事、鈴音は顔を上げると今までに見せた事が無いほど鋭い睨みを効かせて玉虫を見る。それから玉虫に向かって、はっきりと告げるのだった。
「確かにっ! 今の七海ちゃんは強いよ。でも……それ以上に悲しいよ。だから……だから私はっ! 玉虫、あなたを絶対に許さないっ! 絶対に七海ちゃんを取り戻して、そしてあなたの復讐も止めてみせるっ!」
今までの鈴音からは到底、想像が出来ないほどの迫力で鈴音は玉虫に対して言葉を放った。だが相手も千年以上も恨みを積み重ねてきた玉虫である。鈴音の気迫にたじろぐどころか逆に戦意を高ぶらせるのだった。
「言うてくれるやのう、小娘っ! ならばわらわの前に七海を止めてみるがよいやのうっ! 今の七海は強いやえ、なにしろ全てを見ながらも、全てから逃れようとしているのやからのうっ! ふっふっふっ、人は脆くて強い、そういう生き物やえ。脆くも崩れ去った自分の心を強い意志で固める事で人は強くなる、そういう生き物やえ。主はそういう人を、七海を倒す事が出来るのかやえっ!」
確かに今の七海は玉虫が言った通りの状態だ。七海は千坂の死を突き付けられた事で、その事実から逃れようとした。自らの罪から逃げようとした。その結果として心が脆く崩れようとも逃げ続ける事を選んだ。崩れた心を逃避という強い意志で固めてしまったのである。だからこそ、今の七海は強いのである。
なにしろ一度固めたものを崩してしまえば、その後には崩れた心しか残らないからである。だからこそ、七海は強さを得た、いや、正確には得ざるえなかった。そうしなければ……千坂を殺してしまったという事実、今まで積み重ねてきた罪、それら全てを崩れた心で見たいといけないからだ。
人は崩れた心で残酷な現実を直視できるほど強くは無い。だからこそ、別の強い意志で自分の心を固めて別の強さを得るのだ。そうする事で人は別の強さを得て、見たくないものを見ず、逃げたい場所から逃げ続けるのだ。今の七海はまさに、その強さを手に入れたと言えるだろう。
だからこそ鈴音は先程、七海を見て悲しいと感じたのだ。見なくてはいけない現実、理解しないといけない事実。それら全てから逃げるために七海は心を固めて強さを得た。逃げるための強さである。確かにそれは強いかもしれない。けど……その強さの先には何があるのだろう。たぶん……何も有りはしない。なにしろ……逃げ続けたのだから。
だからこそ悲しいのである。今は強い意志で心を固めているから大丈夫かもしれない。けど……人の心はいつまでも固めていられる物ではない。春が来たら氷が溶け始めるように、固めた心もいつかは崩れる時がやってくる。その時に残っているのは何だろう? たぶん……何も残ってはいないだろう。だからこそ……その強さは悲しいのである。
鈴音はその事を頭や肌ではなく、心でしっかりと感じていた。七海の行く先には……悲しみしかないという事を。だからこそ鈴音は余計に玉虫が許せなくなった。七海を思う悲しみ以上に玉虫に対する怒りが鈴音の中には大きく燃えていた。けれども鈴音はそんな本心を出す事無く、冷静に駒を進めるかのように玉虫に向かって静かに話し掛けるのだった。
「確かに人の心は脆いからこそ強くなれるのかもしれない。けどっ! それは悲しい強さだよっ! だから私は……あなたの行動を……いえ、あなた自身の存在を拒絶するっ! あなたの行動は悲しみしか生みださないから。だから、私はこの村に続いた悲しみの連鎖を断ち切る。玉虫、あなたを倒す事によって」
そんな鈴音の言葉をあざ笑うかのように玉虫も言葉を返す。
「ふっふっふっ、悲しみの連鎖を断ち切りたいというのなら素直に村を出て行くが良いやのう。そうすれば村は自然と滅びて、悲しむ者も居なくなる。主が言う悲しみの連鎖がきえるのやえ。それでも主はわらわに刃を向けるのかやえ?」
「当然でしょ、村が滅んだとしても七海ちゃんは残る、悲しみを抱いたままに。そして……あなたに殺された人達の魂もずっと悲しいまま、そんな事を許しておける訳が無いでしょっ!」
「面白い事を言う小娘やのう。主は生者の為に戦うのか? それとも死者の為か? どっちなのやえ?」
「そんなの決まってるでしょっ! 両方よっ! 未だに生きている人が生きられるように戦う、そしてあなたに殺された人が安らかに眠れように戦う。あなたを倒す事で、あなたがこの村に、ばら撒いてきた悲しみを終わらせる事が出来るのよっ! そこには……生者も死者も無い、ただ安からな時間があるだけ。そのために……私はあなたを倒すっ!」
「ふっふっふっ、面白い事を言う小娘やのう。だが主は忘れておるみたいやのう。わらわという怨霊を生み出したのは……この村やのう。この村が存在する限りはわらわの恨みが消える事は無い。つまり、この村こそが悲しみの元凶やぞっ! 主はその元凶を叩かずにわらわだけを消すと言うのかやえ?」
そんな事を言って来た玉虫に対して鈴音はゆっくりと瞳を閉じると、ゆっくりと首を横に数回振るのだった。それから静かに瞳を開くと静かだけど、はっきりとした口調で玉虫に向かって言葉を返す。
「確かに、あたなが言うとおりに元を正せば、この村自体が元凶かもしれない。けどっ! あなたは七海ちゃんと同じなのよ。だからこそ、私はあなたを倒さなくちゃいけない。それは村の為じゃない、あなたの咎を打ち消す為よっ!」
「わらわの……咎じゃと?」
思いもかけなかった言葉に玉虫は言葉をそのまま言い返す。そんな返って来た言葉に鈴音は頷いて話を続けるのだった。
「あなたも七海ちゃんと同じ、自分自身の罪から目を逸らしてる。だからこそ、あたなは強いし……とても悲しい存在となってる。その悲しみを打ち消すためにも、私は戦わないといけない。いや、なんか違う、私は戦いたいんだ、あなたの咎を打ち消すために、私はあなたを倒したい。これが私の本心よ」
そんな鈴音の言葉を玉虫は真剣な面持ちで黙って聞いていたが、鈴音の話が終わると顔を伏せて軽く笑い出し、最後には天を仰ぐように思いっきり笑った。それから玉虫は狂気と怨念に満ちた目で鈴音を思いっきり見据えるのだった。
「ふっふっふっ、わらわの咎だと。わらわに咎は無い、咎は全てこの村にあるのやえ。だからこそ、わらわは村を滅ぼす。天が村を滅ぼさぬのなら、わらわの手で滅ぼすと決意させたのやえっ! つまり、これこそが天命っ! これこそが断罪なりっ!」
まるで村を滅ぼす事が自分に与えられた使命のように断言する玉虫。そんな玉虫に向かって鈴音も吼えるのだった。
「それは違うっ! たとえ神様が居たとしても、あなたにこんな天命は与えない。こんな……罪だけしか残らない事なんて。だから……あなたにも罪はあるっ! あなたにも咎はあるっ! それだけは覚えておいてもらいましょうか」
「ふっふっふっ、本当に面白い小娘やのう。良いでやのう、その言葉をしっかりと覚えておいてやのう。だがのう、主達が最終局面に来られればの話やがのう。主はわらわに刃を向ける前に、まずは七海を倒さないといけないのやえ。さあ、座興はそろそろ終わりにしようやのう。これで主達との遊びも終わりやえっ!」
「残念だけど私達はここでは止まれないっ! 必ずあなたが待つ最終局面まで辿り着く。けど……その前に七海ちゃんだけは解放してもらうわよっ!」
「ふっふっふっ、ならば……見事、この七海を倒してみせよっ!」
そんな玉虫の言葉と同士に今まで黙り込んでいた七海が天を仰いで咆哮を上げる。それは今までの七海の声とは想像も付かないほど、おぞましい声となり、そんな七海の声が村中に響き渡る。
それと同時に鈴音は霊刀を天に向かって大きく突き上げる。まるで、そのまま天を突きそうなほど迫力で鈴音は霊刀を天に向ける。けれども暴走している七海には、そんな鈴音の行動は何の意味も成さない。最早、威嚇すら通じない状態だ。
そんな七海が右手の御神刀を構え、左手にある銃を鈴音に向けると、今度はしっかりと銃口を鈴音に向ける。
もし、次に七海が発砲すれば、放たれた弾丸は確実に鈴音の心臓か頭を貫く事だろう。それぐらいは鈴音も分っている。それでも鈴音は動く事無く、霊刀を天に向けたままだ。このままでは七海が放つ銃弾によって倒れてしまう事は必須だろう。もちろん、それぐらいの事は鈴音も分っている。分っていてこそ、鈴音はあえて、そのような体勢でいるのだ。七海から見れば、いつでも撃ってくれと言っているような格好で。
そんな鈴音を見て玉虫は確実に何かがある事を察するが、それが何なのかが、まったく想像が付かなかった。なにしろこの場には、鈴音と七海、そして玉虫しか居ないのだから。この状況で誰かが飛び出してきても、七海が発砲する方が早いだろう。だから今の鈴音は正に自殺状態と言っても良いだろう。だからこそ、玉虫は鈴音が何かを企んでいる事を察した。けれども、それでも玉虫は七海に発砲するように促すのだった。
玉虫としては暴走した七海を誰も止められないという確信があったのだろう。それに人間如き、しかも数人で自分に抵抗しているのだ。玉虫が自然と鈴音達を甘く見るのもしかたない事だと言えるだろう。だからこそ、玉虫は勝利を確信して余裕の笑みを浮かべる。
そんな玉虫とは正反対に鈴音は真剣な面持ちで霊刀を天にかざしていた。これこそが、今自分がやるべき事だという事は鈴音が一番良く分かっている。だからこそ、鈴音は動く事無く、霊刀を天に向けているのだ。
そんな両者の無言に満ちた拮抗が始まる。玉虫も鈴音を甘く見ていると言っても警戒していない訳では無い。一方の鈴音も今はこうするしかない事が分かりきっているからこそ、あえて動こうとはしなかったのだ。
そんな拮抗状態の中で一発の弾丸が発射されるのであった。
さ~て、いよいよ第七章が始まりましたねっ!!!
……えっと……もの凄くごめんなさいっ!!! いや、だってね、私も第七章がここまで長くなるとは思ってなかったし、ほら、なんていうか、いろいろとあったし、だから……更新が遅れた事は責めないでくだせえっ!!!
と、まあ、一応言い訳したところで、皆さんのご理解を得たと勝手に思い込む事にします。
……えっと、なんで私は両手を縛られて吊るされているのでしょうか? それと、その手に持っているロケット花火は何? ……いや―――っ!!! ロケット花火を私に向けて撃たないでっ!!! しかも吊るされているから避けられないっ!!! 何か熱いっ、もの凄く熱いんですけどっ!!! って、服に引火してるからっ!!! もうやめて―――っ!!! (厳重注意 花火を人に向けてはいけません)(例外 でも、この作者になら許されるそうです)
……勝手にそんなモラルを作るな―――っ!!!
さ~て、戯言はこの辺にして、そろそろ締めますか。まあ、まだ第七章が始まったばかりですからね~。特に本編に触れずに、次に行こうかと思っております。そんな訳で。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、ロケット花火を人に向けて発射するのが大好きな葵夢幻でした。