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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第六章 嵐の前の静けさ
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第六章 その一

 鈴音は雑草で覆われた微かに見える獣道を進みながらも思考を巡らす。当然、次に待っているであろう、七海との戦いについてだ。その事を鈴音は雑草を掻き分けながら、歩みを進めつつ、どんな手段を用いて戦うかを考えていた。

 う~ん、確かに七海ちゃんは生きてるだろうな~。もし、七海ちゃんが千坂さんと一緒に死んでいたら、今頃は玉虫によって傀儡が村の中央にある表柱に集中していてもおかしくないからね~。でも、今のところ表柱に人が集っていないところを聞いたから、だから七海ちゃんは絶対に生きているよね。

 どうやら鈴音はすでに吉田に頼んで表柱の様子を窺ってもらったようだ。なにしろ吉田が乗っている車には様々な装備が用意されていた。だから、その中に双眼鏡があってもおかしくは無かった。だから鈴音は吉田に見晴らしが良い場所に行ってもらい、表柱の様子を窺ってもらったのだ。そして返って来た答えが……表柱に人気が無いというものだった。だからこそ、鈴音は七海が生きているという確証を得る事が出来た。

 もし、あの時、あの場所で千坂と一緒に七海が死んでいたら、玉虫は唯一の共犯者であり、特別な契約の元で特別な力を与えた七海を失った事になる。そうなると玉虫も焦りを見せて、表柱の守護を優先させるために、出来るだけ多くの傀儡を表柱に集めるだろう。そうする事で玉虫は一人の傀儡を失っても、数で鈴音達に対抗出来るようにしているはずだ。

 けれども表柱には今の段階では誰も居ない。それはつまり、玉虫は未だに共犯者を失っていない。つまり七海が生きている証拠だからこそ、玉虫は焦る事無く、じっくりと鈴音達と決着を付けるために着々と準備を進めている事だろう。

 そう考えると表柱に人気が無い理由も、玉虫が未だに鈴音達の前に姿を現さない理由も説明が付く。

 つまり、七海も玉虫も表柱で待ち伏せて鈴音達との戦いに決着を付けようという考えに至ったのだと鈴音は推理しており、見事に鈴音の推測は七海達の動きを察している物だった。

 だからこそ、鈴音は七海を相手に玉虫を倒すための手段を考えるのだった。

 ……う~ん、まいったな~。水夏霞さんの時は霊刀の存在を知らなかったから、玉虫の隙をつく事が出来たけど……今度は玉虫も霊刀を警戒してくるだろうな~。それに……千坂さんの遺言を考えると……七海ちゃんを無駄に傷つける訳には行かないよね~。まあ、多少は荒っぽい攻撃をしても玉虫の力によって守られていると思うけど……やっぱり七海ちゃんと玉虫を相手にするとなると私一人だけじゃ、どうにもならないよね~。そうなると……やっぱり……。

 確かに戦力的に言っても玉虫の方が優位と言えるだろう。なにしろ玉虫の力は強大で、そんな玉虫と特別な契約を交わした七海だからこそ、他の傀儡と違って玉虫の力を最大限に出す事が出来るだろう。だからこそ、鈴音は今までのようには行かないと考えていた。けれども、鈴音が七海達の戦いで苦戦すると分っているのには、他にも理由があるみたいだ。

 私が持っている霊刀を当てにするのは危険だよね~。だって玉虫は私の霊刀を必ず警戒してくるし、水夏霞さんと戦った時みたいに絶対的な隙は見せないだろうな~。だから別の方向で攻めないとかな~。

 確かに水夏霞と戦った時には玉虫は霊刀に自分を傷つける力が宿っている事を知らなかった。だから奇襲とも言える鈴音の攻撃をまんまと喰らう事になってしまったのだ。だが、次に戦う時には玉虫は鈴音の霊刀を充分に警戒してくるはずだ。だから水夏霞と戦った時のように隙は絶対に見せないだろう。逆に霊刀に対しては警戒を強めてくるはずだ。そう考えると次の戦いも霊刀に頼るのは危険だと鈴音は判断したようだ。だからこそ別の角度から物事を見る事にした。

 ここは……やっぱり七海ちゃんを中心に攻めて行った方が確実かな~。千坂さんが自分の命と引き換えに送ってくれたメッセージ……それを使えば七海ちゃんを崩す事が出来るかもしれない。……う~ん、かなり難しいけど……その手しか無いかな~。さすがに次は玉虫も余裕を見せないだろうし、七海ちゃんも今度こそは本気で私達を殺しに来る。けど……その七海ちゃんの心にこそ……私達の勝機はあるかもしれない……のかな? まあ、いいや……だったら。

 鈴音はそう考えると七海達を倒すための戦略を練り上げる。けれども、残念というべきか、当然というべきか、鈴音の頭はすんなりと七海達の倒すための戦略を出せるほどの裁量は無いようだ。だからこそ、鈴音は悩む事になりながらも、静音の事もついでに思い出していた。

 ん~、こういうのは姉さんが得意だったからな~。人の心や思いを読んで、自分の位置を優位に持って行く。その力が有ったからこそ、姉さんはセリグテックスの使者として、この来界村に来たんだし……その力を得るために……姉さんは私を守るために力を付ける必要があった。あれは……そう、両親が無くなって、すぐの事だったな~。

 どうやら鈴音の思考は完全にずれてしまったみたいで、今ではすっかり昔の事を思い出していた。

 あの時は……そう、亡くなった両親の代わりに私達を誰が育てるかで両親の親戚一同がお互いに擦り付け合ってったっけ。最後には、私と姉さんをそれぞれ別々に預かるなんて話も出たっけか。けど……姉さんは、そんな親戚同士の醜い会議に乗り込んではっきりと宣言したんだよね~。『私達の事が邪魔ならはっきりとそう言ったら言いでしょ。私達はあなた達の世話になる気はありませんっ! あなた達の世話になるぐらいなら……私達は自分達で生きて行きますっ!』って、姉さんが宣言してから、姉さんはすぐに自分達を孤児施設に送るように手続きを、その場に居た弁護士の人に頼んだんだっけ。まあ、両親が残してくれた人並みの財産があったからこそ、私達は離れる事無く、二人で施設に入ったんだっけか。

 そんな昔の事を懐かしむかのように思い出す鈴音。けれども鈴音の顔には笑みは浮かばない。なにしろ両親が死んでからというもの鈴音には辛い思い出しかなかったからだ。幸せな思い出と言えば、静音が失踪する前の短期間だけと言えるだろう。そんな昔の事を懐かしみながらも、鈴音は静音が行った事を教訓に七海との戦いに付いて考える。

 ん~、姉さんは誰もが私達を邪魔だと、誰も受け入れようとしないと分っていた。だからこそ、姉さんは自分から孤児施設に入ると宣言して、その場を収めたんだよね。つまり……姉さんは自分の立場を良く分かっていた。そこで自分に出来る最良の手段を見つけ出して、それを実行した。だからこそ、私達は親戚をたらい回し、なんて酷い目を見る事は無かった。う~ん、要するに私も今の自分自身が置かれている状況を、立場を理解しないといけないんだね。

 鈴音はそう考えると思考を切り替える事にした。今までは七海とどうやって戦うかを考えていたが、今度は自分達が今の状況で、どんな行動が最良の結果に繋がるかを考える事にしたのだ。一見すると二つの考えは同じかもしれないが、まったく違った考え方なのだ。

 七海達と戦う事、これは七海達の力に対して、どうやって対抗するかを考えるのだが。後者のどのような行動が最良の結果に繋がるか、これは自分達がどんな行動を取れば、千坂の意思を汲み取り七海を助けてやり、なおかつ玉虫を退かせる手段を考えるという事になる。

 つまり、どう戦うかではない。どうやって七海を助けて玉虫を退けるか、それは七海達を倒すとも言えるかもしれない。けど……ただ倒しただけでは七海は絶対に意思を曲げないし、下手をしたら七海を助けるどころか、逆に殺すという手段を選ばざるえないかもしれないだろう。それを防ぐためにも、鈴音はどんな方法を取ったら最良の結果を出せるかを考える事にした。

 ……う~ん……難しいよ~。考え始めたのは良いのだが、鈴音の思考はすぐに頓挫とんざする事になったようだ。まあ、そこは鈴音だからしょうがないだろう。それに今は傍に沙希が居ない。だから沙希や吉田の助言も無い。無線を通して相談しても良いのだが、時間的猶予を考えると無駄に相談をしている暇は無かった。だからこそ鈴音は自力で最良の結果を出すための手段を考えるしかなかったのだ。

 そんな鈴音の頭にふと千坂が残してくれた言葉が蘇って来るのだった。

 覚悟無き殺人に未来は無い……か。う~ん、私としては殺人を容認するようにも思えるけど……たぶん……千坂さん達には違う意味があるんだろうね~。確かに……覚悟も無く人を殺しても未来なんて開かれない、そこにはただ……罪があるだけ。そう、絶対に消せる事が出来ない罪が……そっか、そういう事なんだ。

 どうやら鈴音は何かを思い付いたようだ。だからか、鈴音しか居ないのに納得したように首を縦に何度か振って頷いた。

 姉さんが言ってたっけ。罰は罪を犯した瞬間から始まる。だから、そう、だからこそ、自分の意思で罪を犯した、犯そうとした者には覚悟が必要なんだ。自分自身の罪と向き合って罰を受け入れる覚悟が。確か……羽入家では暴力団のような行為もやっていた。けど……源三郎さんはそこに覚悟があった。自分自身が行っている行動が罪ならば罰を受け入れる覚悟があったんだ。そんな源三郎さんだったからこそ、羽入家は村の人から慕われていたのかもしれない。けど……七海ちゃんには罪と向き合い罰を受け入れる覚悟が無い。それはつまり……七海ちゃんの行動理念、その心の深くには罪悪感が残っているのかもしれない。だって、七海ちゃんには、その罪悪感と向かい合う覚悟が無いんだから。

 そう考えると千坂が必死になって七海に訴えていた事が鈴音にも理解できた、と鈴音は思っただろう。少なくとも千坂の意思を少しは受け継ぐ事が出来たと鈴音は思った。

 だけど……千坂さんの説得は失敗に終わった。だから千坂さんは私達の障害となる七海ちゃんを自分の命と一緒に排除しようとした。そんな七海ちゃんを私達は助けないといけない。七海ちゃんに……本当の自由が何なのかを教えないといけないのかな~? ん~、でも……千坂さんが言ったとおりに七海ちゃんはすでに罪を犯している。そんな七海ちゃんに私達の言葉が届くかな~。下手すると逆上させちゃうんじゃ……んっ、ちょっと待って……もしかしたら。

 どうやら鈴音は何かを思いついたようだ。だからこそ、鈴音の思考は、またしても別方向へと向かった。

 玉虫が……本当に七海ちゃんに強大な力を与えていたなら……千坂さんは自爆をする前に殺されてたんじゃないのかな? だって、七海ちゃんも最初から千坂さんを殺すつもりなら、あんな不覚を取らずに殺せたと思うんだけど……それをしなかった、ううん、出来なかったのだとしたら……そこに私達が付け込む隙があるという事だよね。だって……私だって千坂さんが死んだと思った瞬間に思いっきり悲しみが込み上げてきたんだから。長年、千坂さんと一緒だった七海ちゃんも、まったく悲しみが込み上げないとは限らないんじゃ。ううん、むしろ千坂さんの死を一番悲しんでいるのは七海ちゃんかもしれない。だとしたら……そこに私達の勝機がある。

 勝機を確信する鈴音。けれども、その手段は逆に言えば卑怯な手段とも言えるかもしれない。けれども、その勝機こそが千坂が残してくれた最大の武器なのだ。その武器があるからこそ、鈴音達は七海を助け、なおかつ玉虫を退ける事が出来る可能性を見出す事が出来たのだ。

 そうなると、後はどうやって、その展開に持って行くかだ。それに七海の事だ、今度こそ鈴音達を殺すために万端な準備をしてくる事だろう。それに対抗するためにも鈴音は再び思考を巡らせるのだった。

 う~ん、次は吉田さんと沙希に頑張ってもらうしかないかな~。私は玉虫を牽制しながら七海ちゃんを崩すのに精一杯になるだろうし。それに最後の一撃は……私じゃなく沙希にやってもらわないとだしね~。そうなると……私は玉虫を警戒しながら七海ちゃんを崩せば良い。うん……もう、この手しかないみたいだね。

 鈴音は念の為に他の方法も考えてみるが、どの手段も最終的には七海を救う事は出来ない。逆に七海を殺してしまう結果になりかねない。だからこそ鈴音は決断するしかなかった。この千坂が残してくれた武器を頼りに七海達を倒す手段を。

 鈴音はその決断をするとすぐに無線機を取って沙希と吉田に連絡を付ける。

「え~、こちら鈴音です。沙希と吉田さんは今の状況を教えてください」

 そんな事を無線で告げると沙希からすぐに答えが返って来た。

『こっちはすでに表柱に向かってるわよ。この分だと私が一番先に付きそうね』

 そんな沙希に続いて吉田も現状を鈴音に報告してくる。

『こちらもすでに表柱に向かっている状態です。ですが、先程の行動で少しだけ遠回りしてしまったので、私の方は時間が掛かりそうですね』

 そんな二人の報告を聞いて、すぐに鈴音は自分が練り上げた戦略を完成させるために、二人に向かって意外な指示を出してきた。

「ごめん、沙希、ちょっとだけプラン変更。沙希は表柱を監視できて、すぐに急行できる位置で待機してて。吉田さんの方は別の場所に向かってもらいます」

 そんな指示を出す鈴音。無線の向こうでは沙希が驚いている事だろう。なにしろ、このまま進めば真っ先に表柱に着くのだから。それなのに途中で待機と言われれば驚きもするだろう。そんな沙希とは対称的に吉田はすぐに鈴音が言った別の場所について聞いてきた。

『鈴音さん、なら私は何処へ向かえば良いのですか?』

 そんな吉田の質問に鈴音は質問で返す事にした。

「その前に吉田さん、狙撃って得意ですか?」

 思い掛けない質問に吉田は驚いた事だろう。それでも吉田はすぐに返答を返してきた。

『ええ、こう見えても昔は特殊部隊で狙撃班に居た時もありますから。遠距離射撃でも状況次第では充分に当てる事が出来ますよ』

 そんな吉田の言葉に鈴音は思わず笑みを浮かべる。どうやら、吉田が自慢するほどの狙撃手ならば、鈴音は優位に最良の結果へ向かう事が出来ると確信したからだ。だからこそ、鈴音は吉田にこんな指示を出した。

「なら、吉田さんは表柱が見える位置で、尚且つ、表柱に居る人物を狙撃出来る場所に居てください。更に注文を付けるなら、玉虫達に気付かれないほど遠くが良いです」

 そんな鈴音の思い切った注文に吉田は思わず苦笑いしている事だろう。けれども、吉田は鈴音の注文に応じた返答を返してきた。

『それなら思い当たる場所があります。かなり遠くですから、私は玉虫達に発見されずらいでしょう。それで、私はそこで何をすれば良いんですか?』

 目的を聞いてきた吉田に鈴音はすぐに返答を返す。

「私達のフォローをお願いします。さすがに今度は七海ちゃんも本気を出してくるだろうし、そうなると銃火器を持ち出してくる事は確実です。なにしろ私には霊刀しか武器が無い事はあっちにも知られている事ですから。それにこちらの戦力も七海ちゃん達にも分っていることでしょう。だから吉田さんには後ろで私達のフォローをお願いします」

 そんな返答を送ると沙希から、すぐに質問が来た。

『鈴音、どうやら何か作戦でも思いついたかもしれないけど。そうだとしたら、まずはそれから説明してくれない』

 確かにこの場合は鈴音の方から何を企んでいるのかを話した方が二人にも、自然と自分達の役割が分かる事だろう。鈴音は沙希の言葉を聞いて、そう判断したからこそ自分が考えた戦略を事細かく二人に説明した。

 鈴音が説明している間は二人とも返答を返さずに、黙って鈴音が立てた戦略を聞いていた。それは少しでも鈴音の戦略が何を意味しているのか、しっかりと理解するためだろう。だが、全ての説明を聞き終わると吉田は思った事を言わざるえなかった。

『確かに、その手段なら最良の結果を得られるかもしれません。ですが、かなり賭けの要素が強すぎますね。しかも分が悪いと私は思いますが……それでも決行するんですか?』

「ええ」

 吉田の質問に鈴音は即答した。どうやら鈴音はこの手しか最良の結果に辿り着く道は無いと覚悟を決めているようだ。だからこそ、無線から吉田の溜息が聞こえると鈴音は軽く笑うのであった。そんな吉田に続いて、次は沙希からの言葉が送られてきた。

『面白いじゃない。たとえ分が悪い賭けでも私はそれに乗るわよ。それに……鈴音一人に任せると結果が最悪になるのは目に見えてるからね』

「う~、沙希の意地悪」

『はいはい、何にしても鈴音』

「んっ?」

『私はどんな場所でも鈴音と一緒に行くわよ。これは静音さんとの約束だし、私自身が決めた事なんだから。だから鈴音……どんな場所でも私が一緒に居ると思って良いわよ』

「……うん……ありがとう、沙希」

 鈴音は沙希が静音と交わした約束については何も知らない。けれども、沙希は静音との約束を切っ掛けに鈴音と運命を共にする事を約束したのも同じだ。だからこそ、鈴音にとっては、とても沙希の存在がやっぱり大事な存在だという事を実感する。

 そんな二人の会話が終わると吉田が言葉を送ってきた。

『では、私は今から、その場所に向かいます。お二人ともお気をつけて、そして私がお二人の背中を守ってあげますよ。それぐらいはやらないと私の立場が無いですからね』

 そんな言葉を送ってきて笑う吉田。やはり警察という立場から民間人である鈴音達に危険な事をさせる分、自分もしっかりと鈴音達を守るために役立つ事に必死になっているのだろう。それでも笑っていられるのは、吉田が鈴音達なら七海を止められると思っているからだろう。それは源三郎も、そして千坂も同じだったかもしれない。

 村長が鈴音に村の未来を託したように、今では吉田も自然と村の未来を託しているのだ。だからこそ吉田は自分の役割を充分に理解していた。今は鈴音達に頼るしかない。だが、今回の事が終わった後の事は自分の出番だという事を理解しているからこそ、今は鈴音達に任せる事が出来るのだ。

 吉田はそんな実感を抱きながらも向かうべき場所へと車を走らせる。それから沙希も言葉を送ってきた。

『じゃあ、鈴音。後で落ち合いましょう。けど鈴音……絶対に油断しちゃダメだよ。なにしろ相手はあの七海ちゃんなんだから』

「うん、分ってるよ。だから沙希、沙希に重要な役目を任せる事にしたんだよ。沙希なら絶対にやってくれると信じてるから」

『うんうん、ちゃんと分ってるじゃない。それに……私は最初っから七海ちゃんは気に入らなかったのよね。だから今回の役目を回してくれた事については感謝してるわよ』

 う~ん、私としてはそんな気持ちで沙希に重要な役割を回した訳じゃないんだけど。まあ、沙希がやる気になってるから良いっか。沙希の言葉を聞いてそんな事を思った鈴音は苦笑が聞こえないように送信ボタンから手を離して軽く苦笑すると再び送信ボタンを押した。

「じゃあ沙希、また後でね」

『鈴音……分ってると思うけど、充分に気をつけなさいよね。この賭けは鈴音を囮にしているような物なんだから』

「分ってるよ沙希。だから今回は沙希と吉田さんに期待してるし、信じてるから任せる事にしたんだよ。だから次の戦いでは沙希と吉田さんには頑張ってもらわないと、そこは期待しているからね」

『良いわよ、その期待に充分過ぎるほど応えてあげようじゃない。それじゃあ、鈴音、また後でね』

「うん、沙希も気をつけてね」

 これで次に行われるであろう戦いについては充分に考えた上で、充分過ぎるほどの戦略を練りだす事が出来た。後はどれだけ戦う事が出来るかだ。

 それに沙希が言ったように、どうやら七海との戦いでは鈴音の役割は囮みたいだ。つまり一番危険なのは鈴音である。それでも鈴音には次の作戦を結構するだけの覚悟がある。成功させる自信はあまり無いけど、鈴音には戦いに望むだけの充分な覚悟があった。だからこそ、鈴音は前に進む事が出来るのだろう。沙希と吉田に後押しされながら。



 ……それにしても……歩くと結構遠いな~。鈴音は未だに雑草まみれの獣道を進んでいる。辺りが高い木々に覆われているために表柱に近づいている実感は無いものの、この道を進めば確実に、更に羽入家の血筋とも出会わずに進む事が出来る。だから鈴音は歩みを進めているのだが、ここまで暗い道を一人で歩いていると自然と気持ちがくじけて来るのだろう。

 それでも次の戦いが待っているからこそ、警戒を緩める事はしないが、こうも獣道を進むと鈴音でなくても、いい加減に嫌になってくる物だ。そして、鈴音も例外にならずに未だに先が見て来ない獣道が嫌になってきた。

 う~ん、沙希と吉田さんからは未だに連絡が無いから、二人ともまだ所定の位置に付いていないんだろうけど……こうも暗い道が続くとさすがに気落ちしてくるな~。あ~、もう、誰だっ! こんな作戦を考えたのはっ! ……私だっ! ……虚しくなってきた。

 方針が決まって鈴音の頭は暇になって来たのだろう。どうやら思考がどうでも良い方向へと向いてしまっているようだ。それに、ただでさえ夜のように暗い空のした、更に暗い獣道を進んでいるのだ。鈴音の思考は自然と暗い方向へと向かって行った。だからか、鈴音は自然と七海について考えていた。

 う~ん、七海ちゃんの目的が分かったのは良いけど……私は何て言えば良いのかな~。そっか……一昨日、七海ちゃんが言っていた『私の望みが叶う』って、この事だったんだね。七海ちゃんは玉虫が復讐を成し遂げるのと同時に玉虫からも羽入家からも解放されて自由を手に入れることが出来る。だから、あの時の七海ちゃんは凄く機嫌がよかったんだ……でも、やっぱりそれは違うよね。七海ちゃんは分っていないのかな……そうやって手に入れた自由の下には……幾つもの不幸と屍がある事に。たぶん分ってないよね。だから千坂さんは必死になって、その事を七海ちゃんに分からせようとした。覚悟無き殺人……それは……どこまでも続く不幸の螺旋階段みたい。

 そんな事を自然と考える鈴音。確かに殺人という行為自体が許される事ではない。だがもっと許されないのは……覚悟無き殺人なのだろう。そもそも人を殺すという事には何かしらの理由が在る。理由無き殺人など存在しない。だから、後は殺人という行為を犯した後に、どのような行動を取るかによって、罪を犯してきた者の未来が決まる。

 確かに殺人を犯した者で未だに警察に捕まる事無く、どこかで暮らしている者も居るだろう。だが、その人は幸せと言えるのだろうか? 人を殺したという過去から目を逸らせ、逃げ続けて幸せと言える物を掴めるのだろうか? もし誰かが答えるとしたら、必ず否と答えるだろう。だが逃げている者から見ればどうだろう。もしかしたら、幸せを手に入れている者も居るかもしれない。

 七海もそんな考えを抱いたからこそ、玉虫と協力して殺人を繰り返して来たのだろう。人を殺すという選択の向こうにしか幸せが無いと思ったからだ。そう思った人間は、もうその事しか見えなくなる。なにしろ罪の向こうに幸せを見つけたのだから、だからその者にとっての幸せは罪の向こうにしかない。そう思いこんでしまうのだ。

 だからこそ、そういう者は平気で罪を犯す。そうしないと幸せが手に入らないと信じ込んでいるからだ。だから他人を不幸にしてでも幸せを手に入れる、そんな手段に出ても不思議では無いだろう。

 けれども……それは本当に幸せと言える物なのだろうか? 他人の未来を奪ってまで手に入れた幸せ、それを本当の幸せだと言えるだろうか? たぶん……この答えは誰にも出せないだろう。なにしろ、罪を犯してでも手に入れた幸せの価値などは誰にも判別出来ないからだ。

 それは幸せの価値が人それぞれ違うように、罪の向こうにある幸せの価値も人それぞれだからだ。だから人は人を殺すのかもしれない。その向こうにある幸せを手に入れるために。だから、他人がどうなろうと関係無いのだ、罪を犯した者は自分の幸せさえ手に入れれば良いと思っているのだから。

 だが他人から見たらどうだろう、被害者の立場からみたらどうだろう。

 他人から見た場合なら……たぶん何も言う事が出来ないだろう。なにしろ他人だから罪に係わり合いも無い。だから他人が犯した罪を自分の物差しで計る事が間違っているのだ。つまり、事件に関わっていない他人には何かを言う権利は無いのだ。

 なら被害者ならどうだろう。被害者と被害者の関係者。これらの者には加害者の罪に対して批判する権利がある。なにしろ事件で被害にあっているのは確かだから。だからこそ、被害者は加害者に向かって批判する権利がある。つまり誰かの罪に対して文句を言えるのは被害者とその関係者だけなのかもしれない。

 他の者は、その事件を客観的に見る、または客観的に人に伝えれば良い。二度とこんな事が起きないようにと願いを込めて。

 つまり、鈴音には七海の行動について批判する権利がある。それは七海が玉虫に関わっているからには、静音の失踪についても鈴音は被害者の立場に居る。だからこそ鈴音は七海を批判する権利を持っている。文句を言う権利を持っている。

 けれども鈴音は七海に文句も批判もする気は起きなかった。それは鈴音が来界村に来て以来、鈴音も七海と関わって、さっきは七海の目的まで耳にした。そんな事実を知っても、鈴音は七海を批判する気にはなれなかった。鈴音には七海を批判する権利が有るというのに。

 逆に鈴音は七海の心境について考えていた。

 七海ちゃんは……罪の向こうにしか幸せを見出せなかった。だから殺人を繰り返してきたんだよね。私には羽入家の重さも玉虫の呪いがどれだけ恐ろしいかも分からない。でも、七海ちゃんはそうする事でしか幸せは手に入らない、自由を手にする事が出来ないと知ったからこそ玉虫と協力することにしたんだよね。私が七海ちゃんの立場だったらどうだろう? 私は七海ちゃんと同じ選択をしたのかな?

 そんな事を考えてみる鈴音。けれども、それは無駄な事だと、すぐに思考を切り替えた。

 そんな事を考えても意味は無いか。姉さんが言ってたっけ、他人の苦痛はその本人にしか分からない。だから私には七海ちゃんの苦痛なんて分からない。けど……逆に言えば七海ちゃんは玉虫に殺された人や残された人の気持ちなんて分からない。だから七海ちゃんは今でも玉虫と行動を共にしてるんだよね。自分自身の幸せだけを見ながら……それは……間違いなのかな? 人が幸せを求めるのは当然の事だよね。でも……だからと言って人の幸せまで奪う権利なんて無い。そっか……だから必要なんだ。人を殺す時の覚悟が……。

 鈴音の考えた通りに、たとえ罪の向こうにしか幸せが無いのだとしても、人は罪を犯す事を許されない。それは自分の幸せと引き換えに他人を不幸にするのと同じだからだ。人は誰かの幸せを奪う権利なんて持ってはいない。だから殺人なんて行為は許されないのだ。だからこそ、必要なのである。人を殺す時には……覚悟が……。その事を実感しながらも鈴音の思考は続く。

 覚悟無き殺人……それは他人の不幸もちゃんと見詰める事なんだよね。自分自身が手に入れた幸せと、他人から奪い取った幸せ。その両方を見比べてこそ、始めてその人は前に進めるのかもしれないよね。誰だっけか、誰かがこんな事を言ってたよね。人生とは重荷を背負って歩く事って。罪を犯すという事は、その重荷に更に荷物を積み重ねる事なのかな。そうだとしたら……辛いだけだよね。

 正確には徳川家康が残した言葉である。『人の一生は重き負うて遠き道を行くが如し』だ。鈴音は記憶の何処からか、曖昧にその言葉を思い出したようだ。

 確かに人の一生は重荷を背負って遠い道を歩いて行くのかもしれない。けれども、それは誰しもが同じであり、誰もが荷物を背負っているのは同じである。

 罪を犯すという事は、その荷物に罪と罰という新たなる荷物を積み込んで、更に重くなった荷物を背負いながら遠くへの道を進むのと一緒なのだろう。そして、その新たに積まれた荷物は決して降ろす事が許されない荷物だ。その人の一生が終わるまで、背負い続けなければいけない物だ。

 だからこそ覚悟が必要なのかもしれない。罪という他人を不幸にした事実をしっかりと見詰める覚悟が。ほとんどの罪人はそんな事には目を向けないだろう。なにしろ、自分の幸せさえ手に入れれば良いのだから。けれども源三郎や千坂、もしかしたら羽入家という存在がその事を実感していたのかもしれない。

 羽入家の者には他人を不幸にする覚悟があった、他人を不幸にしている実感があった。それでも大局を見て時には他人を不幸にしただろう。けれども羽入家はその事実から目を逸らす事はしなかった。少なくとも源三郎はしっかりと他人を不幸にしたという事実を受け止めていたのだろう。

 だからこそ自分自身の罪と向き合い、警察との対立や村を守るために戦う事が出来たのだろう。他人を蹴落としてでも自分を、村を守らなければいけないという使命を背負っていたからだ。そこに罪という荷物を背負い込んで源三郎は今まで歩いてきたのだろう。

 だから源三郎は知っていた。被害者が自分を恨んでいる事を、それでも源三郎は羽入家を、そして来界村を守るために罪を背負い続けたのだ。どれだけ恨まれても、もしかしたら仕返しに来られて自分が殺されようとも、源三郎は自分を殺しに来た人物を恨みはしないだろう。そして周りの者にも恨ませるような事はしなかっただろう。それは自分の罪で自分が滅びるという覚悟を常に持っていたからだ。

 だからこそ、源三郎は村人からも慕われており、たとえ自分が誰かに殺されても決して誰かに誰かを恨ませるような態度は示さなかった。つまり、自分が犯してきた罪を受け入れてきたからこそ、源三郎はいつでも殺される覚悟があったのだ。

 そんな源三郎と比べて七海はどうだろう。七海には何の覚悟も無い。いや、それどころか他人を不幸にした実感すら無いだろう。だからこそ、七海は恨まれて当然だし、七海がその罪より殺されても、七海の関係者には恨みが残るだろう。それは七海が人を不幸にした事実を公にしなかったからだ。だからこそ、新たなる恨みが生まれる。そんな連鎖反応が起こっているのかもしれない。

 だからこそ千坂は七海に覚悟を持って欲しかったのだろう。七海にはしっかりと他人を不幸にした実感を得てもらいたかったのだろう。そうする事で、恨みの連鎖を断ち切ることが出来るからだ。

 けれども七海には、そのような覚悟は無い。だから今回の事件で七海が思ったとおりに事が進んだとしても、七海は本当の自由を手に入れる事は出来ないのだ。次は玉虫の呪いでも羽入家でもない。自分自身の罪という鎖に縛られるのだから。

 それでも今の七海には目の前に来ている自由が欲しいのだろう。だからこそ、七海は玉虫と一緒に復讐の完遂を目論んでいる。七海にしてみれば、もう少しだけ手を伸ばすだけで手に入れられる自由。それは今まで七海が待ち望んでいた幸せであり、七海にとっては、その幸せしか目に入っておらず、自分の下にある他人の不幸に気付いていないのだ。

 気付いていないからこそ七海は罪の向こうにある幸せに手を伸ばす。次に来るのが自分自身の手で犯した罪に縛られる事に気付かないままに。

 そう考えると鈴音は七海を批判するどころか、逆に哀れみさえ感じるようになってしまった。

 七海ちゃんが手に入れたかったのは……たぶん……普通になる事だと思う。そこには羽入家の束縛も無ければ玉虫の呪いも無い。だから七海ちゃんは普通の事を普通に願ったんだと思うんだけど……七海ちゃんには、その普通がとてつもなく遠い場所にあった。まるであかちゃんが星を取ろうと手を伸ばすように……。それは他人から見たらごく普通の事かもしれない。けれども七海ちゃんを取り巻く環境が、その普通をとてつもなく遠くに追いやってしまった。普通か……もしかたら……普通に生きている人が一番幸せなのかな。もし……そうだとしたら……私にも少しだけ七海ちゃんの気持ちが分るよ。

 鈴音にも普通の幸せがあってもよかった。だが幼い頃に両親が亡くなった事により、鈴音は普通の幸せから遠のく事になった。その点だけを見れば、鈴音も七海もある意味では一緒かもしれない。大多数の人が普通に手にしている物、二人はそれを持つ事すら許されなかった。だからこそ鈴音は七海に共感できたのかもしれない。二人とも大多数の人が普通に持っている物を欲したのだから。

 本人達にしてみれば、大多数の人が普通に持っている物を持つ事を許されないのだから、これほど理不尽な事は無いだろう。それでも、二人とも、その環境の中で生きて行くしかないのだ。なにしろそういう環境に生まれてしまったのだから。

 そんな二人の違う点と言えば一つだけだろう。鈴音は自分に与えられた環境の中で自分と静音が幸せになるように努力した。

 一方の七海は自分自身の幸せを手に入れるために他人の未来を強奪した。罪を犯した事により、二人の道は大いに分かれたと言っても良いだろう。

 だからこそ、鈴音には七海にどんな事をしてやれば良いのか、少しだけ分かったような気がしてきた。だからこそ、鈴音は更にその思考を進めながら、表柱を目指して歩みも進めるのであった。



 その頃、今では源三郎しか居ないと思われる羽入家では、意外な人物が姿を現していた。……そう、七海である。なにしろ七海は千坂の自爆に巻き込まれて、衣服の半分以上を喪失していた。傷が無いだけでも幸運とも言える状態だ。だからこそ七海も玉虫の力が強大だと改めて実感するのと共に新たなる服に着替えるのだった。

 そんな七海が服装を整えて姿見の前に立つ。これから鈴音との戦いが待っている事は七海も充分に承知である。それでも七海が選んだ服装は……和服だった。

 確かに和服を着た七海は日本人形のように美しい姿を姿身に写している。けれども、その服装は決して動きやすい服装とは言えないだろう。それでも七海はあえて、この着物を選んだのだ。その着物は青地に鳥が描かれている着物であり、七海が一番気にいっている着物であった。

 玉虫も七海が着替えている姿を近くで見ていたのだが、なんで七海がその着物を選んだのかさえ検討が付かなかった。だが、たとえ七海が着物を着ていても、玉虫には七海の力なら鈴音達を殺せるという自信があった。だから七海が着物を着ても何も言う事はなかった。

 そんな七海の身支度が終わると右手に御神刀、左手に拳銃を持って立ち上がると、別の部屋に向かって歩き出すのだった。







 はい、そんな訳で、いよいよ始まった第六章ですが……まあ、この第六章は次の第七章に入るまでの話の整理や、鈴音の推理を中心に展開していきます。まあ、その辺は本文を読んでもらったとおりですね。

 ……というか……これで話の整理が出来ているかは……まあ……自己処理でお願いします。いや~、さすがに話を伸ばしながら、話を整理するとなると、どうしても処理で来ているのか、書いている私にも分からなくなるんですよね~(笑)

 ……痛っ! 痛いからっ! だから石を投げないで~っ!!! うん、分ってるよ、自分が無責任だって分ってるよっ!!! でも……この場合はしょうがないじゃん、だって……ノープランで書いてるんだからっ!!!

 ……はい、無駄な言い訳はこの辺で終わりにしておきましょうか。

 さてさて、今回の第六章では、あまり触れる所も無いので、後書きもこの辺で終わりにしときますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、何故かは分からないけど……安全地帯のアルバムが欲しいな~、とか思った葵夢幻でした。

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