第五章 その三
「やっと覚悟が出来たようね、千坂」
姿を現した千坂を見て七海は、まるで千坂を見下すような視線で千坂に言葉を放ってきた。そんな七海の姿を見て千坂は自分の無力さを感じながらも言葉を返す。
「覚悟なら……すでに出来ております。七海お嬢様」
そんな千坂の言葉を聞いて七海は鼻で笑ってみせる。
「ふっ、さすが千坂ね、最後だけは潔いみたいね」
千坂の覚悟が自分の死だけを意味する物だけだと思った七海は、そんな言葉を千坂に投げ掛けるが、千坂はそんな七海の言葉を聞いて首を横に振ってきた。その態度が七海には不可解であり、癪に障ったのだろう。七海は声を荒げて千坂に尋ねてきた。
「なら千坂っ! あなたの覚悟はいったいなんなのっ!」
そんな荒げた七海の声に千坂は顔を伏せるのと、まるで何かを祈るような心境で次の行動を開始する。それは千坂の言葉と共に開始された。
「それは……これが私の覚悟ですっ!」
その言葉の後に銃声が鳴り響く。あまりにも突然の出来事で七海の頭では、すぐに何が起こったのかが理解出来なかった。けれども今まで左手に握っていた拳銃の変わりに、激痛が走っている事はすぐに理解できた。
「その覚悟は見事っ! だが、わらわを忘れておろう」
玉虫が右手を前に出すと、そこから何かの力が発せられたのだろう。千坂は突風以上の衝撃波を喰らうと、その場に踏ん張る事も出来ずに吹き飛ばされて思いっきり柱に体をぶつける事になってしまった。
ぐっ! これが玉虫の力ですか。確かに強大ですね……ですが、それだけのようです。どうやら千坂には玉虫の力に何かを感じる物があったらしい。そして、それを鈴音達に伝えるために、しっかりと無線機が千坂達の会話を拾えているか、場所を確認すると頷いた。
どうやら千坂が自分の体に隠した無線機はかなり感度を上げており、千坂の言葉だけでなく、七海や玉虫の声さえも拾えているようだ。これで、この場で話された事は全て鈴音達に伝わる。それこそが千坂が鈴音に出来る、唯一の行動なのだ。
千坂はすでに死を覚悟している。だが、下手に無駄死にするわけにはいかない。だからこそ、この場での会話を鈴音達に伝える事で情報だけは鈴音達に伝えるようにしてあるのだ。千坂もいろいろと考えたが、この方法だけが千坂の覚悟と目的を一緒に遂行するための唯一の手段なのだ。
だからこそ、千坂はあえて玉虫を刺激するのような発言をする。確かに千坂の体は思いっきり柱に叩きつけられたが、あまりダメージは無いようだ。さすがに鍛え方が違うのだろう。ただ吹き飛ばされたぐらいでは千坂にダメージを与える事は出来ないようだ。上手く受身を取って千坂はダメージを最小限に抑えたのだ。
だから千坂はすぐに立ち上がると、もう一度七海に銃口を向ける。そんな千坂の姿を見て玉虫が軽く笑いながら話しかけてきた。
「ふっふっふっ、無駄な事は止めるのやのう。主に七海を殺す事は出来ないやのう。もし、殺す気があるのなら……先程の一撃で仕留めていたでやのう」
「まるで私の事を良く知っているような言い方ですね」
玉虫の言葉にそんな言葉を返す千坂。銃口は以前と七海に向いたままだが、七海も玉虫も千坂が七海を殺せるとは思っていない。だからこそ、玉虫はここまで余裕を見せながら千坂との会話を続けてくるのだった。
「なに、七海が協力すると言ってからは七海と行動を共にする事が多かったのう。それゆえ、わらわは羽入家の事にもすっかり詳しくなり、そなたの事も影ながら見ておったわけやえ」
「なるほど、確かに羽入家には警察関係の情報も入ってきますし、七海お嬢様と一緒に居れば警察や我々の動きは筒抜けですから、あなたが千の首を集めるのも簡単な事だったでしょうね」
「ふっふっふっ、その通りやえ。主らのおかげで以前よりも格段に首を多く集める事が出来たのやえ。利用されていると分かったのなら、今ここで礼の一つでも言っておくとするやのうか」
「結構です」
千坂は短く答えると今度は頭を回してきた。なるほど、確かに七海お嬢様の傍に居れば羽入家の情報は筒抜け。それに玉虫の存在が認識できない状態なら、玉虫が羽入家に居れば七海お嬢様も知らない情報さえも手にする事が出来る。どうりで警察も梃子摺るはずです、なにしろ警察の情報は羽入家を通して黒幕の玉虫に筒抜けだったんですから。そんな状態で犯人を特定するどころか、こんな事態を見破る事さえ不可能でしょうね。
つまりはこういう事だったのだろう。玉虫は時には七海と一緒に、そして時には七海から離れて源三郎を中心とした羽入家の首脳会議に潜入する事が出来た。そこで玉虫は警察の情報を入手し、活かしてきた。
要するに警察が誰を犯人と特定しようとしているのか、また誰を容疑者として確保しようとしているのかが筒抜けだったわけである。そんな状態で警察が動いても、その前に玉虫が傀儡に取りつかないようにして、別の傀儡で犯行を行えば警察の捜査は振り出しに戻るという訳である。
その結果として今回の事件では多くの犠牲者を出し、遂には千の首が揃ってしまうという事態に陥ってしまった。まさか千坂も自分達が玉虫に情報を提供していたとは、予想外どころか予想すらも出来なかった事だ。
だが、この話をする事で今まで警察を欺いてきたカラクリを解明する事が出来たのは確かだろう。それだけでも鈴音達にとって、特に吉田にとっては有意義な情報を送った事になる。だから、これからは鈴音に有益な情報を送らなければいけない。そう考えた千坂は話を切り替える事にした。
「それにしても……柱が次々と破壊されているのに随分と余裕ですね。確かにあなたの力は強大ですけど、状況は私達の方が有利ですよ?」
そんな千坂の質問にも玉虫は余裕の笑みを浮かべながら答えてきた。
「ふっふっふっ、村を囲む柱は増強壁に過ぎんのやえ。たとえ破壊されたとしても大した支障は出ないのやのう」
「なるほど、つまり村を囲む柱が破壊されても大した障害とはならない。一番大事なのは村の中央にある表柱と影柱ですか。この二つがある限りはあなたとの決着は付かないという事ですね」
「どうやら主達は互いに連絡を取り合っているようやのう。そこまで知っておるなら一つだけ良い事を教えてやのう。村の真ん中にそびえ立つ表柱、それを破壊すれば羽入家の暴走は止まるのやえ。さすがのわらわも表柱を破壊されては羽入家を操り続ける事はできんのやえ。とはいえ……それも一時的に過ぎぬがやのう。裏柱が存在する限り、羽入家は再び殺戮を開始する。つまり、わらわを滅さない事には村が死ぬだけなのは確かやのう」
「玉虫っ!」
玉虫の言葉を遮って七海が叫ぶ。どうやら調子に乗って喋り過ぎている玉虫を制したのだろう。どうやら七海にとってはこれ以上鈴音達に余計な情報は与えたくないようだ。けれども玉虫がそこまで話してしまったからには、もう遅い。今の情報は千坂が隠し持っている無線機からしっかりと鈴音達に伝わっているはずだ。
千坂は今の玉虫が話した事を有意義に使ってくれるだろうと鈴音を信じるしかなかった。そして玉虫は七海に制されて、七海が内心で少し焦っている事を感じたのだろう。だからこれ以上七海を刺激しないように、今は七海の後ろで黙る事にしたようだ。
そんな七海が千坂に向かって話し掛けてくる。
「千坂、今更ここで情報を得てもしかたないでしょ。あなたらしくない珍しい行動ね。なにしろ……千坂、あなたはここで死ぬのだから」
「七海お嬢様……」
再び話し始めた七海に千坂は何て言って良いのかが分からなかった。先程の会話で七海の説得に失敗したからには最後の手段を使うしかない事はすでに分かりきっている。それでも、千坂は最後まで七海に忠誠を尽くすのだった。
今まで拳銃を七海に向けていた千坂の手から拳銃が落ちる。そんな千坂を見て七海は冷たい視線を千坂に向けながら問い掛けてくるのだった。
「千坂、それはいったい何のまねかしら?」
そんな七海の言葉に千坂は奥歯を噛み締めると顔を伏せて、悔しさを見せないように七海の問い掛けに答えるのだった。
「私は……ここで、この場所でっ! 七海お嬢様に忠誠を誓いました。そんな七海お嬢様を……私の手で殺せる訳がありません。少なくとも、先程玉虫が言った通りに私には七海お嬢様を殺す事はできません」
「けど、さっきは私に向かって撃って来たじゃない」
皮肉めいた七海の千坂に届くが、そんな七海の言葉を聞いて千坂は顔を上げると、瞳に決意と覚悟を秘めながら七海に言葉を向ける。
「はい、仰るとおりです。先程は七海お嬢様が私を射殺できないように発砲させて頂きました」
確かに先程の発砲で千坂が放った銃弾は正確に七海が持っている拳銃に当たり、そのまま拳銃に弾をめり込ませ、破壊しながら七海の手から弾き飛ばした。これで千坂が言ったとおりに七海に千坂を拳銃で殺すという行動が出来なくなった。だが七海の右手には拳銃以上に厄介な御神刀が握られている。御神刀が七海の手にある限りは状況が変わっていないのは同じだ。それでも千坂は七海に向かって訴え続ける。
「先程の発砲は私の目的を遂行し、七海お嬢様を止めるための手段に過ぎないのです」
「……千坂、あなたは今になっても状況が分かっていないようね。今更私の手から銃が無くなっても、この御神刀がある限りは、あなたを殺す事は容易なのよ。それに、例えあなたが銃を手にしていても、この御神刀は破壊出来ないし、私の手から離す事も不可能なのよ。つまり……千坂、あなたは無力であり、どんな抵抗も私には効かないのよっ!」
御神刀を千坂に向けながら宣言する七海。けれども、その程度の事は千坂にも充分に分っていた。それでも千坂が発砲したのは、千坂が言ったとおりに目的を遂行し、七海を止めるためである。そのために拳銃が邪魔だったから撃ち落しただけにすぎない。
まあ、いかに近距離だったとはいえ、確実に七海の手から拳銃を撃ち落した千坂の腕も確かな物があっただろう。それなら御神刀も同じように落とせそうな物だが、御神刀は影柱である。拳銃程度で破壊できるとは千坂も思ってはいない。
それに今の七海には玉虫の力が宿っている。そんな状態で拳銃を撃ち落したように、御神刀だけを弾き飛ばせるとも思ってはいなかった。なにしろ玉虫の力が強大である事は、すでに沙希や鈴音の話を聞いて知っている。今更拳銃如きで対抗出来るわけが無いと千坂が考えても不思議ではない。
なら、なぜ拳銃だけを撃ち落したかというと、全ては鈴音に言われた目標を遂行し、なおかつ七海を止めるためである。そのために千坂は先程七海に向けて発砲を続けたし、最後の一撃で七海の手から拳銃を弾き飛ばしている。そう、全ては……この場所に誘導し、自分の目的を達成するために。そんな千坂の思惑に気付かないまま七海は御神刀を構える。そんな七海が千坂に向かって最終宣告をしてくる。
「さあ、千坂。私達の関係もそろそろ終わりにしましょう。あなたの死によってね。そうする事で私は本当の自由を得るのよ」
そんな七海の最終宣告に逆らうかのように千坂も叫ぶ。
「いいえ、それは違いますっ! 七海お嬢様、源三郎様は人を傷つける時には必ず覚悟をお持ちでした。人を傷つける覚悟、時には人の命を奪う覚悟をっ! ですが、今の七海お嬢様には何の覚悟もありませんっ! ただ、ご自身が自由になりたいという願望だけ、それだけで人の命を奪ってきた七海お嬢様には本当の自由が何なのか分からないでしょう。いえ、覚悟無く、人を傷つけ、命を奪ってきた七海お嬢様は本当の自由を得る事が出来ないっ! この千坂、最後の奉仕として、これだけは言わせてもらいます。覚悟無き殺人に未来は無いとっ!」
「それを詭弁というのよ千坂っ! どんな覚悟や理由があったとしても殺人は殺人、後はどう逃げ切れば良いだけよっ!」
「逃げるだけでは未来は掴めませんっ! たとえ、どんな理由があったとして殺人をしたとしても、その事実からは逃げる事は出来ない。だから向き合う覚悟が必要なのです。ですが、今の七海お嬢様には覚悟が無いっ! だから七海お嬢様が望んでいる自由などは手に入れる事が出来ないと言わせてもらいますっ! この言葉を私から贈る最後の忠誠だと思って受け止めてくださいっ!」
二人の舌戦とも言える言葉の交錯。けれども、千坂の言葉を最後に七海は首を横に振るのだった。七海には分っているのだ。こうなった千坂には何を言っても無駄だと、そして……千坂が言っている事が正しいと。
それでも七海は千坂の言葉を、忠誠を受け入れる気にはなれなかった。なにしろ七海は玉虫と協力すると決めた時から覚悟を決めていたからだ。どれだけ己の手を汚しても自由を手に入れると、そのために何人の血が流れようと自由を手に入れると。そんな覚悟があったからこそ、七海は千坂の言葉に耳を貸さなかった。千坂の言っている事が正しいかもと少しだけ思いながらも。
だから七海の心は少しだけ揺らぎ始め、七海も揺らぎ始めた自分の心に気が付いていた。気が付いていたからこそ、七海は御神刀を千坂に向けるのだった。これ以上、千坂に心を乱されないように。
どうやら七海にも分っているようだ。ここで千坂の言葉を聞いて自分の心が揺らいでしまえば、その先に待っているのは自由ではなく、羽入家の束縛だと。再び鎖に繋がれるのだと、だからこそ七海はこれ以上、自分の心が揺らぐ前に御神刀を構えるのだった。
「千坂、どうやら……これ以上の言葉は必要ないみたいね」
静かに言葉を口にする七海に千坂は少しだけ悲しげな瞳を見せるが、すぐに七海が攻撃して来ても対応できるように無手で構える。
「残念ですが、そのようです……ですから、これから最後のご奉仕をさせてもらいますっ!」
言葉を言い放つと同時に千坂の瞳も鋭くなり、今までと雰囲気がガラリと変わる。そんな千坂を見て七海の後ろから玉虫が口を出してきた。
「さすが羽入家に仕えていた者やのう。これほどの殺気を放つとはやのう」
「でも……私達の敵じゃない。そうでしょ、玉虫」
「ふっふっふっ、当たり前やのう。ただの人間がわらわの力に敵う道理が無いのや」
「……じゃあ、行くわよ」
来るっ! 二人の会話を聞いていた千坂は会話が終わるのと同時に七海から放たれた殺気を感じ取ると七海からの攻撃が来る事がすぐに分かった。現に七海は常人とは思えないスピードで一気に千坂に迫ってきている。
それでも千坂は冷静だった。なにしろ沙希と鈴音の話で玉虫の力がどのように作用するかは大体想像は出来ていた。だから相手が七海でも、いや、七海だからこそ最大限に気を引き締めて最後の忠誠を貫くのだった。
一気に間合いを詰めてきた七海が跳ぶと、千坂の直上から御神刀を振り上げて、そのまま千坂に向かって振り下ろそうとしている。玉虫の力によって七海の身体能力が飛躍的に上がっているのだろう。跳び上がった七海は軽く長身である千坂を飛び越えるぐらい跳び上がり、一気に御神刀を振り下ろそうとしている。
上空、しかも三メートルぐらい跳び上がっているのだから、重力の力も加えられて、そのまま御神刀が千坂に振り下ろされれば、千坂は見事に真っ二つにされるほどの切れ味を出せるだろう。どうやら七海は完全に千坂を殺すつもりらしい。だが千坂も最後の忠誠を貫くために七海に立ち向かうのだった。
千坂の身体能力なら七海の初撃は避けられるだろう。だが千坂はそこをまったく動こうとはしなかった。まるで……七海を待っているかのように。その姿が七海には死を潔く受け入れたと思えたのだろう。だから七海はちゅうちょする事無く、千坂に向かって一気に御神刀を振り下ろすのだった。七海もこの一撃で千坂との関係を思い出にしたかったのだろう。
だが事態は七海の予想を超えた動きを見せてきた。
御神刀は確かに千坂に向かって振り下ろされた。それでも御神刀の刀身が千坂の体に食い込むどころか斬り裂く事無く、今は切っ先が地面に突き刺さっている。そして千坂はというと……七海の腕を押さえ込むかのように、いつの間にか七海の横に回りこんで七海の動きを封じていた。
「なっ! 千坂!」
思い掛けない千坂の動きに七海は驚きを隠せなかった。確かに千坂の身体能力が高い事は七海も知っていた。だが千坂は七海が放った渾身の一撃を紙一重でかわすと、そのまま七海の横に周り込んで、七海の腕を片手で押さえ込むのと同時に足と腕を使って、完全に七海を押さえ込んでしまったのである。
玉虫の力が宿っているとはいえ、七海の身体は普通の人間と同じである。そのうえ二人の間にはかなりの身体差がある、だから大きな千坂が小さな七海を押さえつける事は容易だった。後は七海を逃がさないように間接を押さえ込み、七海の動きを封じれば良いだけだ。千坂もそれが分かっていたのだろう。間接を押さえ込むようにすれば動きを完全に封じる事が出来る。
けれども玉虫の力は強大である。いくら間接を押さえ込まれているとはいえ、七海が全力を出せば、一分も経たないうちに千坂を払い除ける事が可能だろう。それが分っているからこそ、七海は笑みを浮かべながら、身体を密着させてきた千坂に向かって話し掛ける。
「随分と往生際が悪いわね千坂。あなたはいつからそんな風になったのかしら、それともお爺様の命令だから」
そんな七海の言葉に首を横に振りながら千坂は懐から、ある物を取り出そうとしていた。
「いいえ、これで良いのです。すでに源三郎様には浮世での別れは告げました。後は……七海お嬢様を止めるために……ここで一緒に死んでもらいます」
「なっ! 千坂、何をっ!」
まさかの言葉に七海は動揺を隠す事が出来なかった。そんな七海に千坂はあるスイッチを取り出すと力任せにジャケットの前を開く。
「それは……C4!」
「はい、その通りです。私には七海お嬢様のご理解を得る事が出来ませんでした。ですから……最後の忠義として冥府へのお供をさせて頂きますっ!」
「千坂っ! お前は最初からこれを狙ってたのねっ!」
千坂のジャケットの下、そこには千坂が体中に巻き付けたC4、つまりプラスチック爆弾が大量に巻き付けられていた。
まさか千坂がこんな準備をしていたとは七海は予想も出来なかった事だが、千坂この状況を作るために今まで柱を破壊しなかったし、ワザと七海から攻撃させたのだ。なにしろ今の千坂達がいるすぐ横には柱がある。そのうえ七海は押さえ込んでおり、脱出するには時間が掛かる状態だ。ここで自爆すれば柱を破壊するのと同時に七海を殺す事が可能だと千坂は考えたのだ。だからこそ、千坂は七海を止めるために自爆という手段を選んだのだ。
いくら玉虫の力が強大だとしても零距離での大爆発から七海を守る事が出来ないと考えたのだろう。そんな覚悟を決めていたからこそ、千坂は今の状況を作るために最大限の努力をし、七海と玉虫を欺いたのだ。
そんな千坂が爆弾のスイッチを解除して、いつでも爆発出来るようにする。その光景を見ていた七海が叫ぶ。
「やめなさい千坂っ! ここであなたと私が死んでも何も変わらないのよっ!」
そんな七海の叫びに千坂は首を横に振った。
「いいえ、変わります。これで鈴音さんとの約束を果たし、七海お嬢様を止める事が、これ以上の罪を重ねる事を阻止する事が出来ます。そのために私の命を捧げるのだとしたら、私は本望です。だから七海お嬢様、私と一緒に冥府に行ってください。この千坂、冥府でも七海お嬢様に忠誠を誓います」
「ダメよっ! ち」
七海の言葉を聞き終える前に千坂は爆弾のスイッチを押した。その瞬間にスイッチから電流が走り、千坂の身体に巻き付けられていた爆弾が一斉に爆発して、爆発の連鎖が大爆発を引き起こす。
紅蓮の炎と膨大な煙を上げながら。
千坂の自爆によって柱は見事に破壊された。そして爆発の影響で周辺の木々にも火が燃え移り、今では山火事のような状態になっている。そんな炎を背中に七海は爆心地を悲しげな瞳で見ていた。
今ではすっかり煙が晴れて、地面は綺麗に爆発の後を残していた。そんな地面に転がっている物は何も無い。何も無い地面がより一層、七海に虚無感を芽生え始めるのだった。
そんな七海の後ろで玉虫が軽く笑う。
「ふっふっふっ、わらわの力を甘く見たようやのう。このような事をしても無駄死にだというのに……もっとも、七海よ。主もまったく無事という訳にはいかなかったようやのう」
玉虫が七海に視線を向ける。けれども七海は傷どころか火傷すら負っていなかった。傷ついたものといえば、七海が着ている制服だけだ。七海が着ている制服の半分は爆発の衝撃で吹き飛んでおり、さらけ出た七海の肌を炎の明かりが白い肌を紅く染める。
そんな七海を見て玉虫が挑発するかのように語りかける。
「あの者、長年主に仕えてきたのでやのう。死を目の当たりにして哀愁でも憶えたのかやえ」
「そんな訳無いでしょっ!」
玉虫の言葉を大声で否定する七海。そんな七海を玉虫は笑みを隠すように扇子で顔を隠すと、それ以上は何も言わなかった。
一方の七海は未だに千坂が居た爆心地を見詰めていた。
……千坂……あなたがそれほどまでの覚悟と忠誠を持っていたなんてね。正直、ここまでするとは驚きだったわ。でもね千坂、あなたが思っている以上に玉虫の力は、千年の歳月で積もりに積もった玉虫の怨念には通じないのよ。それほどの力を玉虫は持ってる。私は羽入家を出て、そして玉虫に出会った時から、その事を分っていた。だから私は玉虫に協力した……羽入家が……人間がいくら抵抗しようとも敵わないと分かったから。それに羽入家の血筋をひいている私が一番良く分かったから。でも千坂……あなたは最後の最後まで私の気持ちに気付かなかったようね。千坂……死ぬ覚悟が出来ていたなら……せめて形見ぐらい残して行きなさいっ!
七海は自分でも抑えきれない心をどうして良いのか分からなくなったのだろう。手にした御神刀をむやみやたらに振るい始めると、未だに燃え続けている木々を次々に切り倒していった。しかも一振りで一本の木を切り倒しているのである。どうやら未だに玉虫の力が七海に作用しているは確かなようだ。
そんな七海の姿を玉虫は扇子で顔を隠しながら、隠した裏では楽しげな顔で七海の行為を見ていた。そんな玉虫も、こんな事を思う。
千坂と言ったかやのう、主の覚悟と忠誠は見事やったやえ。だが千坂よ、主は最後の最後まで七海の気持ちに気付かなかったようやのう。千坂よ、主が忠誠という名で七海の存在を重んじていたように、七海も千坂という存在を重んじていたのやえ。忠誠、信頼、絆、どれにおいても七海は千坂に一番を置いていたのやえ。だからこそ、七海は千坂、主を引き入れようとしたのやえ。それほどまでに主の存在が七海の中では大きかったのやからやのう。まあ、それを表に出す七海ではないからやのう。千坂が気付かないのも無理は無い……かのう。
そんな事を思いながら玉虫は周りの木々を切り倒して、息を荒くしている七海を楽しげな視線で見ていた。けれども、これは玉虫の非情さを表す物ではなかった。玉虫にとっては千坂と七海のやり取りは、まるで一つの芝居を見ているような気分にさせたからだ。
一方は忠義を貫き、一方は信義に気付いて欲しかった。そんな二人か描いた物語は、まるで芝居のように玉虫には見えたのだろう。なにしろ玉虫は七海以外に気付かれる事無く、羽入家に出入りしていたのだ。だから千坂の忠義にも、そして七海の信義にも気が付いていた。そんな二人がすれ違い、最後にはこんな結末を迎えたのだ。
それはまるで良く出来た芝居であり、物語でもあった。当の本人達はそんな事は思ってもいないだろうが、傍から見ている玉虫にとっては良く知っている二人がすれ違うのは芝居を見ているのと同じような気持ちにさせたのだろう。
けれども今の七海は千坂が死んで機嫌が悪いのは目に見えている。だからこそ、玉虫は楽しげな顔を七海に見せなかったのだ。そんな玉虫が七海の様子を見ながら、七海が落ち着いたと判断すると話し掛けてきた。
「さて、わらわはそろそろ次の邪魔をして行ってやろうやのう。もう、ここに居る意味は無いからやな」
そんな事を言って来た玉虫に七海は未だに周りの炎で自分自身を染め上げながら、静かに玉虫の方へ振り返ると口を開くのだった。
「もう無駄よ。今から行っても八本の柱は守りきれない」
「ほう、では、どうするつもりやえ」
七海の言葉に玉虫の瞳が真剣な眼差しとなる。どうやら玉虫も七海が何を言い出すかが分っているようだ。分っていながらも聞いてくるという所は意地の悪い玉虫らしいと言えるだろう。そんな玉虫に向かって、七海は無機質な瞳を向けながら話を続けてくる。
「もう……遊びは終わりよ。八本の柱なんて破壊させれば良いわ。表柱が有る限りは私達を止める事が出来ないのだから。だから……残りを表柱で待ち構えて……殺すわ」
どうやら七海は今度こそは本気で鈴音達を殺しに掛かるようだ。そんな七海を見て玉虫は軽く笑ってから言葉を返してきた。
「ふっふっふっ、わらわとしては千年ぶりの解放やからのう。もう少し遊びたいのやったが、事がここまで進んでしまってはしかたないやのう。ならば向かうとするかやえ」
「ええ、行きましょう。全てに終焉を迎えるために」
そんな言葉を残して七海は歩き出そうとするが、すぐに足を止めて振り返ると再び爆心地に目を向けた。そこにはやはり爆発の後しか残っておらず、石一つ、砂ですら吹き飛ばされている状態だった。そんな爆心地を見て七海が一言だけ思った。
……バカ千坂。
七海は再び振り返ると歩みを進める。そして七海達の姿は炎の中に消えていくのだった。
「千坂さんっ! 千坂さんっ!」
千坂が無線機の送信ボタンを固定してからというもの、千坂と七海達の会話は鈴音達に筒抜けだった。そして千坂が自爆するのと同時に無線機も当然壊れて、今では鈴音達の間でも連絡が可能になっているが、鈴音は無線機に向かって千坂を呼び続けるのだった。
もう、何回千坂を呼び続けたのか分からない。それでも千坂からの返信は無く、代わりに沙希からの叫び声が聞こえてきた。
『鈴音っ! いい加減にしてっ! もう鈴音にも分ってるでしょっ! 私の所からでも未だに爆発の後が見えているぐらいなんだから』
「でも沙希っ!」
『でもじゃないっ! 今の状況を打破できるのは私達だけなのよっ! それとも人に言われないと受け入れられないのっ! 人に甘えないと立てないのっ! 皆っ! ……皆……分っているだから……今更、言わせないでよ』
「でも、でも」
鈴音はまるで体中の力が抜けたように茂みの中に座り込むと、そのまま思いっきり泣いた。その泣き声は無線機を通じて沙希や吉田には伝わってはいないが、全員が同じ気持ちだという事は鈴音にも分っていた。だからこそ鈴音は我慢する事無く泣いたのだ……次の待ち構えているだろう最悪な展開を予想して……。
涙が枯れるのではないのかと思うほど泣いた鈴音は、やっと茂みの中から立ち上がると静かに無線機の送信ボタンを押して沙希と吉田に話し掛ける。
「沙希、吉田さん。そっちの柱はどうなってますか?」
悲しげで、無機質な鈴音の声が無線機を通じて沙希と吉田にも聞こえたのだろう。二人とも最低限の事だけを言葉にして返してきた。
『こちらは先程破壊したばかりです。これから表柱に向かいます』
『私の方はすでに向かっているわ』
「分かりました……なら……表柱で決着を付けます」
鈴音の言葉に沙希と吉田は無線機の向こうで驚いている事だろう。なにしろ鈴音は表柱で決着を付けると断言したのだ。
もし、玉虫との決着を付けるとしたら必ず影柱というだろう。それなのに鈴音は表柱と断言した。それは鈴音が表柱で待ち構えていると考えたからだ。そう……七海と玉虫が。
そんな鈴音の言葉を聞いて吉田が言葉を返してきた。
『鈴音さんは未だに羽入家のお嬢さんが生きていると思っているのですか? 私は……もう、すでに死んでると思いますけど』
吉田もそれなりに気を使ったのだろう。さすがに千坂と一緒にとは言えなかったようだ。そんな吉田の言葉を聞いて鈴音は沙希に意見を求めてきた。
「吉田さんがそう思うのも最もだと思います。けど沙希、沙希はどう思う?」
いきなり話を振られて沙希も考え込んでいるのだろう。すぐに返事を返す事無く、少しだけ間を置いてから返答を返してきた。
『私も死んでると思う……七海ちゃん以外ならね。玉虫にとって七海ちゃんは他の傀儡と違って特別な存在だと思う。たぶんだけど……玉虫が力得るために依り代と契約して復活するように、七海ちゃんとも何かしらの契約をして、他の傀儡とも羽入家の血筋とも違う、特別な存在となってもおかしくないと思うわよ』
沙希がそんな事を言うと、すぐに吉田がその根拠を聞いていた。
『今、村では羽入家の血筋が殺戮を繰り返してる。でも……七海ちゃんだけが玉虫の呪いに掛かる事無く自我を保ってる。なんて言うか……さっきの話を聞いている限り、七海ちゃんと玉虫には何かしらの契約が結ばれており、そのため七海ちゃんには玉虫の力が強く作用していると考えて良いと思います』
『なるほど、確かにそう考えられますね』
さすがに沙希も千坂という単語を避けてきたようだ。今、その言葉を出してしまえば、再び全員の心が揺れ動き。玉虫に付け入れられる隙が生まれると沙希は考えたようだ。けれども、そんな考えを吹き飛ばすかのように鈴音が送信ボタンを押した。
「私も沙希と同意見です。七海ちゃんは他の傀儡とも羽入家の血筋とも違う存在になってる。だからこそ、千坂さんの自爆に巻き込まれようとも玉虫の力で守られたと考えるべきでしょう」
『……鈴音』
無線機から沙希の心配そうな声が聞こえてきた。さすがに沙希も千坂が忠義を通して自爆した事に心が揺れているようだ。けれども今の鈴音は違っていた。それは先程鈴音が思いっきり泣いたからだ。思いっきり泣いて、全ての悲しみを表にした。だからこそ、今は千坂の意思を、残してくれた物を有意義に使う事が出来る。千坂もそれを願ってたからこそ、無線機で自分達の会話を鈴音達に送り続けたはずだと、そう思えるからこそ鈴音は今では立つ事が出来る、歩く事が出来る。そして……決着を付ける事が出来る。それだけの決意を抱いていた。
だからこそ鈴音は少し明るい声で沙希に告げるのだった。
「沙希、さっき沙希が言ったとおりだよ。今の状況を打破出来るのは私達だけ、だから……今の私達に立ち止まる事は許されない。それに……さっきの会話は千坂さんが命を掛けて送ってくれた情報と……メッセージだよ」
『メッセージ?』
先程の会話にそのような意味が含まれているとは思っていなかった沙希はオウム返しで言葉を返してくる。そんな沙希に鈴音は安心したような優しさ、けれどもその中に強い意志を込めた声で言葉を返す。
「そう……千坂さんが私達に託したメッセージ。もし……七海ちゃんが生きているなら、私達に止めて欲しい、助けてやって欲しい。そんな願いが込められたメッセージなんだよ」
そんな鈴音の言葉を聞いて沙希は黙り込んでしまった。沙希も先程の会話に込められた千坂の思いに気が付いたようだ。そして吉田も千坂の思いに気が付いたのだろう。こんな言葉を返してきた。
『千坂さんとは長年敵と見てきましたが、その忠義は本物だったのですね。私は一人の人間として千坂さんの忠義と決意は尊敬に値する物だと思います』
そんな吉田の言葉を聞いて鈴音は軽く笑う。まさか吉田から、そのような言葉が出るとは思ってもみなかったのだろう。けれども、よくよく考えたら、それは当然の事かもしれないと鈴音は思った。
たとえ、どのような心でも。その心に強い意志があるのだとしたら、その意思は誰かの心を動かす力がある、誰かに影響を与える力がある、誰かを……助ける力がある。鈴音はそんな風に考える事にした。だからこそ千坂が見せてくれた忠義と覚悟を無駄にしないためにも、今は自分に出来る事を考えるのだった。
はい、そんな訳で第五章はここで終わりとなります。
さてさて、第六章ですが……次は二話ぐらいで終わりにしようかと思っております。まあ、すでに分っていると思うので書いちゃいますが、遂に鈴音と七海が直接対決に入るわけですよ……第七章で(笑)
まあ、第六章はそんな第七章の前フリと今までの展開を振り返っての、七海への対抗策や鈴音の推理が展開される……予定……かも。
と、まあ、そんな感じで進めて行こうかな~。とか思っているわけでして、まだ第六章での具体的な内容は考えて無かったりして~(笑)
……えっと、はい、ごめんなさい、ちゃんと考えます。だから……だからっ!!! ムチとロウソクはやめて―――っ!!! そんな事をしたらっ! そんな事をしたらっ!!! 目覚めちゃうじゃないか―――っ!!! ……いやん。
まあ、私はどちらかというと攻める方が好きですけどね。……えっと、お昼にこの後書きを読んだ方には申し訳ないです。でもまあ、たまにはこんな戯言も笑えるよね。というか……笑って流して―――っ!!!
そんな訳で、第六章ですが……えっと……いつ頃上がるかが、まったく想像出来ないというか、予定が立たないというか、まあ、たぶん……今年中には上がるんじゃね。という感じです(笑)
いやっ! 頑張るよっ! もちろん頑張るよっ!!! でもさ、ちょっとした事情で無理な物は無理じゃない。だから、遅れても、ゆ・る・し・て(ハート)
ごめんなさい、ごめんなさいっ! ちょっと愛敬を入れただけなんです、誠意を込めただけなんですっ! だから……ロウソクを垂らさないでっ!!! ……あっ、あっ……あんっ!
……というか、さっきから私はいったい何を書いているのだろうと、少しだけ自分を取り戻して、本気でそんな事を思ってしまった。けどまあ、私の後書きだから、これぐらいが普通ですよね~。
と、まあ、長くなってきたので、そろそろ締めましょうか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、……本気で第六章の内容をどうしようかと、今更本気で悩んでいる葵夢幻でした。小説を書く時には計画的に(笑)