第四章 その三
考えるよりも速く鈴音は身体を動かしていた。真上から落ちてくる御神刀に対して鈴音は横に倒れるように転がると何とか御神刀を回避して、鈴音が居た位置に御神刀がもの凄い音を発てて落ちた。
どうやらかなり玉虫の力が宿っているみたいで、あのまま突っ立っていれば串刺しどころか押し潰されて鈴音は今頃、幾つもの肉片になっていただろう。それほどまでの威力を出してきた玉虫。どうやら鈴音の挑戦状が玉虫を大爆発させた事には変わりないようだ。
一見するとそれは鈴音にとってはとても不利になると見えるが、鈴音は玉虫が我を忘れるほどの瞬間を待っていたのだ。そう、玉虫が冷静なうちは勝ち目が無いと鈴音は理解したからこそ、あえて挑発して玉虫を怒らせたのだが、さすがにここまで大爆発するとは鈴音にも予想外であり、好都合でもあった。
玉虫の一撃を何とか避けた鈴音はうつ伏せのまま、玉虫の方に目を向けて様子を窺う。
うん、どうやらかなり怒らせる事に成功したみたいだけど……さすがにやりすぎたかな~? ここまで本気を出されると先にこっちがやられちゃったりして~……って! それじゃあ冗談にもならないよ。……虚しい事を考えてないで、こっちも本気でやらないとか~。
怒らせ過ぎた玉虫を見て鈴音は思わず心の中で一人漫才をしてしまう。それほどまでに玉虫の力は強大であり、鈴音の思考に影響を与える物だった。まあ、影響の出方が鈴音らしいと言えばらしいのだが、相変わらず緊迫感が無い事だけは確かだった。けれども、緊迫感が無いのにもしっかりとした理由があった。
さてと、これで玉虫が完全に怒った事だし、少しぐらいの小細工なら気付かれないよね。後は……こっちから仕掛けるだけだよっ! どうやら鈴音には何かしらの策があるらしい。策があるからこそ玉虫をここまで怒らせたのだ。まあ、鈴音の予想以上に怒らせてしまったことではあるが、これで玉虫に冷静さが消えた事は確かだろう。だからこそ鈴音に付け入る隙が出来るというものだ。
鈴音は未だに地面に刺さっている御神刀を見ると、起き上がるのと同時に水夏霞に向かって一気に駆け出す。確かに御神刀は先程の攻撃で未だに地面に突き刺さっている。だから攻撃を仕掛けるのには絶好の機会だ。だが相手は玉虫が憑依している水夏霞である。決してこの状況でも油断が出来るものではなかった。
そんな水夏霞に一気に迫ると鈴音は水夏霞を斬るつもりで霊刀を横一線に振るう。けれどもやはりというか、鈴音の予想どうりに御神刀はいつの間にか水夏霞の手に戻っており、鈴音の霊刀を受け止めた。
だが水夏霞の動きはそれだけは無かった。水夏霞は鈴音の霊刀を受け止めた衝撃が無くなる瞬間を狙って一気に鈴音が持っている霊刀を弾きに来たのだ。刀がぶつかり合った衝撃が無くなる刹那の瞬間にそんな事をやってきたものだから、鈴音は霊刀はさすがに手放さないものの、体勢が崩されたのは確かだった。
そんな鈴音に水夏霞はいつの間にか構えなおしており、振り上げた御神刀を鈴音に向かって振り下ろす。もちろん鈴音も体勢が崩された瞬間に水夏霞の反撃を予想していたので、その攻撃を受け止める事は何とか出来た。だがこれでまた刀同士がぶつかり合って拮抗状態に入ったのは確かな事だ。
けれども、そんな状態を傍観しているほど今の玉虫には冷静さが欠けていた。二人の動きが止まった事を良い事に玉虫は鈴音に向かって手を差し出すと力を使う。
一方の鈴音は水夏霞の御神刀を受け止めているだけで精一杯だというのに、更に玉虫からの攻撃が来たのである。鈴音は成す術が無いまま吹き飛ばされて、地面に叩きつけられて転がるとやっと止まった。
けれども今の鈴音には、この状態で休んでいる時間は無い。なにしろ玉虫の攻撃で今の鈴音は隙だらけだ。だから水夏霞が一気に仕掛けてくる事は容易に想像できるだろう。そして鈴音が予想したどおりに鈴音が顔を上げた時には、すでに水夏霞が鈴音の前に立っており、御神刀の切っ先を鈴音に向けていた。
まだまだっ! 鈴音は痛みを気合で押さえ込むと、すぐに横に転がった。もちろん水夏霞の攻撃を避けるためだ。なにしろ水夏霞は上から鈴音に御神刀を突き刺そうと切っ先を鈴音に向けてきている。後は思いっきり突き刺せば良いだけだが、その前に鈴音が横に転がったので御神刀は再び地面に突き刺さる事になってしまった。
けれども水夏霞はすぐに御神刀を引き抜くと再び鈴音を突き刺そうとする。どうやらこのまま鈴音を立たせるつもりは無いようだ。そんな連続で突いてくる御神刀に鈴音は横に転がりながも何とか避け続ける。
だがこんな事を続けていては、いつかは御神刀に突き刺されてしまう事は鈴音にも分っている。だからこそ、ここはとんでもない手段に出るのだった。今まで横に回転して御神刀を避け続けていた鈴音がタイミングを計ると横ではなく、縦に転がったのだ。
まるで後転をするかのように霊刀を手放して水夏霞に向かって転がる鈴音。そのおかげで水夏霞が突き出した御神刀は地面に突き刺さる事になるのだが、一番厄介なのは御神刀よりも間近に迫った鈴音である。
そんな鈴音がただ避けるだけで終わるはずが無かった。鈴音は後転したのを利用して、水夏霞の懐に入ると両手で身体を支えて、水夏霞を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。御神刀を地面に刺している水夏霞には防ぐ手段は無い。それに鈴音は一気に水夏霞の懐に入っての蹴りである。いくら玉虫が付いているかと言っても、この攻撃を防ぐ事は出来なかった。
それでも玉虫の力が支えているのだろう。確かに水夏霞は御神刀を手放すように鈴音に蹴りだされて、後ろに倒れるような形で飛んで行くが、決して倒れる事は無かった。どうやら玉虫の力で空中で姿勢を立て直すと、何事も無かったように着地したようだ。
だが、これで鈴音も体勢を立て直す時間を取る事が出来た。鈴音は素早く霊刀を拾うと、再び水夏霞に向かって構える。その頃には今まで地面に突き刺さっていた御神刀も水夏霞の手に戻っており、鈴音と同じく御神刀を構えてくる。
そんな鈴音と水夏霞の攻防に玉虫も業を煮やしてきたのだろう。ここに来て玉虫は更なる力を発揮させるのだった。その事にまったく気付かない鈴音は水夏霞に向かって再び駆け出す。そんな鈴音に合わせて水夏霞も駆け出し、そしてお互いの刀が間合いに入ると同時に刀を振るいだすのだった。
なにしろ霊刀は御神刀の模造刀である。だからその長さも間合いもまったく同じ、だから鈴音が霊刀を振るい出すのと同時に水夏霞も御神刀を振るい出せば、両者が刀を振るいだすタイミングは一緒である。だからこそ、今度も再び刀同士がぶつかり合うと思っていた鈴音だが、ここで玉虫の力が発揮された。
鈴音としては水夏霞よりも早めに霊刀を振るいだしたと思っていただけに、その刀身があまり深く水夏霞に届くようには振るってはいなかった。つまり霊刀の切っ先ぐらいは水夏霞に届くぐらいのタイミングで刀を振るったのだ。だから水夏霞が少しだけ身体を後ろに仰け反らせれば鈴音の刀が届く事は無い。玉虫はそれが分っているからこそ、このタイミングで力を発揮してきた。
そして、そのタイミングだからこそ鈴音は先手を取って玉虫を牽制できるとも思ったのだろう。だからこそ鈴音は水夏霞よりも早く振り出したつもりだったが、結果的には両者とも刀を振り出したタイミングは一緒だった。
同時に振るいだされた刀はぶつかり合って金属音を立てる、と鈴音は思っていただろう。だが玉虫の力が鈴音の予想を外す事になる。なにしろ振るいだされた御神刀が途中で消えたのである。そのため鈴音の霊刀は水夏霞すらも傷つける事無く、空を斬る羽目になってしまった。
そうなると当然鈴音に隙が出来るわけである。その隙を狙って玉虫は再び水夏霞に御神刀を握らせると下から一気に斬り上げる。さすがにこんな卑怯染みた攻撃をしてくるとは思っていなかった鈴音は驚きながらも身体を動かす。
先程も言ったように刀の長さは同じ。だから水夏霞が身体を少し後ろに仰け反らしただけで鈴音の霊刀を避けたたように、鈴音も身体を少しだけ後ろに仰け反らせて、そのまま紙一重で避けようとしたのだが、さすがに驚いただけあって、鈴音はそのまま後ろに倒れてしまった。
まさかのアクシデントだが、さすがの玉虫もこんなアクシデントまでは予想は出来ないのだろう。玉虫は驚いたような顔をしている。なにしろ玉虫は鈴音が同じように避ける事を予想して、水夏霞に御神刀を持たせると一歩だけ前に踏み込ませたのである。
その一歩だけで間合いはかなり縮まるものである。つまり鈴音が水夏霞と同じように避けていれば今頃は水夏霞の御神刀が鈴音の首に深く食い込んで、首を切り落とされていただろう。けれども鈴音にとっては幸いとも言えるアクシデントによって首を切り落とされる事なく、無事に水夏霞の攻撃を避ける事が出来たのだ。
そして倒れた鈴音もいつの間にか一歩だけ踏み込んでいた水夏霞を見て、自分が幸いな事に気付いた。そんな鈴音が一瞬の内に思考を巡らす。よかった、転んだ時はダメかと思ったけど、まさか踏み込んでたとは思ってなかったよ。でも、今度はこっちの番だよっ! 鈴音は即決すると、そのまま立ち上がらずに、膝を付いたまま水夏霞に向かって体当たりを敢行する。
なにしろ玉虫もトドメと思って繰り出した攻撃を避けられたのだ。さすがに数秒のだけだが玉虫でも呆然としてしまう。だがその数秒こそが鈴音にとっては反撃の好機なのだ。なにしろ水夏霞は刀を振り抜いた後なので前はがら空きである。だからそこに飛び込んで体当たりする事は鈴音にとっては容易な事である。
そして、そんな鈴音の体当たりは見事に成功して水夏霞の体を宙に浮かせるのと同時に弾き飛ばす事に成功した。今度は不意を付かれただけに、さすがの玉虫も水夏霞を支える事が出来なかったようだ。鈴音にとっては正に不幸中の幸いと言ったところだろう。
水夏霞と玉虫を弾き飛ばして、倒れさせる事に成功した今、鈴音にとっては反撃に転じる最大の好機と言えるだろう。だが鈴音が反撃に出る事はなかった。鈴音はあえて黙って玉虫と水夏霞の動向を窺ったのだ。そんな鈴音が思う。
言葉で玉虫を挑発する事に成功した、そして今は攻防によって玉虫を焦らす事に成功したといえるよね。だったら……次こそが玉虫を倒す最大の好機だよねっ! どうやら鈴音はいよいよ秘めていた作戦を決行するようだ。だからこそ倒れている水夏霞と玉虫に追撃する事無く、見据えている。
そして鈴音が水夏霞を見据えていると水夏霞はまるで倒れた人形を起き上がらせるような形で立ち上がってきた。それも玉虫の力なのだろうが、こんな事態でもなければ鈴音でも悲鳴を上げそうなぐらい不気味な起き上がり方をしたのだから。未だに玉虫が憑依していて、戦いが終わっていない事を示していた。
起き上がってきた水夏霞に対して鈴音は右手で霊刀を握ると、左手を腰に添える。刀というのは普通では両手で握る物だ。なにしろ刀は鉄の塊と言っても良いほどの重量がある。だから片手で振るうと、どうしても遅くなるのは必定だ。もちろん、そんな事は鈴音も充分に分っている。けど玉虫を倒すにはこれしかないと鈴音は判断したからこそ右手で霊刀を握るのだ。
そんな不可解な構えを見せてくる鈴音に対して玉虫は何も感じなかった。それどころか、鈴音を相手にここまで苦戦している事と、先程の鈴音が放った暴言により、鈴音が何をしてこようが今の玉虫には鈴音を倒す事しか考えてなかった。だから鈴音が不可解な構えを見せたとしても、今の玉虫には気にする事も、いや、気に留める事もない心境なのだろう。
戦闘が始まる前の玉虫なら、今の鈴音を見て何かしらの策略があると気に留めただろう。だが今の玉虫は鈴音の策略にはまって冷静さを欠いている。それだけではない、なにしろ玉虫は自分自身が持っている強大な力を過信している。
なにしろ玉虫が千年以上の歳月を掛けて築き上げてきた計画と力だ。だから玉虫は誰にも自分は倒せないという絶対の自信を持っていた。だからこそ、玉虫は簡単に鈴音が放った挑発に乗ったのだ。それだけの自信があったからこそといえるだろう。
鈴音としても、そこまで考えていた訳ではない。せいぜい玉虫が冷静さを失ってくれて自分の行動を見逃してくれれば良いな、とぐらいしか考えていなかっただろう。
だが、こうして水夏霞を通して刃を交えると鈴音にはしっかりと分かった。玉虫が自分自身の力に絶対的な自信を持っている事を、そして自分を倒せる相手が絶対に居ないと信じている事を、だからこそ玉虫は怒りに身を任せているのだ。鈴音はその事を霊刀を通して感じ取っていた。だからこそ、ここで決着を付けるために必殺の構えに出たのだ。どうやら鈴音は次の攻撃で玉虫に示そうというのだろう。玉虫を倒せる力がここに有ると。
そんな鈴音の思惑に気付かないままに玉虫は、いつまでも動こうとはしない鈴音に苛立ちを感じたのだろう。水夏霞を操り先手を取ろうとするために、水夏霞と共に一気に駆け出す。
その瞬間を待っていたかのように鈴音も構えを崩す事無く一気に駆け出すと、左手で思いっきり握る。そう、鈴音が握った物こそが、この戦いに決着をつけるための鍵であり、玉虫を倒すための切っ掛けとなるための鍵でもあった。つまり、それこそが鈴音の策略おいて最大の効果を発揮する物だった。
そんな鈴音の策略に気付かないままに玉虫は水夏霞を操り、二人の距離がある程度縮まると、またしても玉虫は力を発揮させる。今度は水夏霞に対して力を発揮したようだ。
なにしろ突如として水夏霞が駆けるスピードが一気に増したのだから。全速力以上の走りを見せながら一気に鈴音に迫る水夏霞。玉虫は二人の距離を一気に縮める事により、鈴音のタイミングを狂わせ、一気に鈴音にトドメを刺そうと思ったようだ。
鈴音としても玉虫がそんな力を発揮してくるのは予想外だ。けれども鈴音は冷静だった。確かに、これで鈴音が霊刀を振るうタイミングは狂ってしまうだろう。だが、それは鈴音が霊刀を振ろうとした時に発揮される効果だ。そう、鈴音は最初から水夏霞に向かって霊刀を振るおうとは思っていなかったのだ。
だから玉虫の力に驚きながらも、玉虫の思惑通りに鈴音の策略に狂いが生じる事は無かった。
そんな鈴音の思惑に気付かないまま、玉虫は水夏霞を操り、一気に御神刀の間合いに入ると御神刀を振り上げる。一方の鈴音はまさかのスピードアップにより少しだけ行動が遅れている。そんな鈴音を見て笑みを浮かべる玉虫は水夏霞に御神刀を思いっきり振り下ろすように操作するのだった。
これで決まった。少なくとも玉虫はそう思っただろう……金属音が鳴り響くまでは。そう、突如として鳴り響いた金属音に玉虫は驚きの光景を目にする。確かに御神刀は鈴音に向かって振り下ろされていた。だが、その刀身が鈴音の身体まで届く事はなかった。そして鈴音の右手には霊刀が握られている。
だとすると鳴り響いた金属音は何なのか? その答えは鈴音の左手にあった。鈴音の左手が思いっきり握り締めている物。それは……霊刀の鞘だった。そう、鈴音があえて右手だけで霊刀を持ったのは、左手に鞘を握るためだ。そして、その鞘で水夏霞の攻撃を防ごうという策略を思いついたからこそ、鈴音はあんな不可解な構えをしたのだ。
まさかこんな事で攻撃が防がれると思っていなかった玉虫は呆然としてしまう。けれども鈴音はその間に更に距離を縮めて身体を水夏霞に密着させる。それから鈴音は水夏霞の後ろに居る玉虫に意地悪な笑みを浮かべると口を開くのだった。
「玉虫様のお力を持っても、鉄ごしらえの鞘を斬り裂く事は出来なかったみたいだね。残念だったわね、この鞘が鉄ごしらえで、木でこしらえた物だったら斬り裂けただろうけど、これは鉄ごしらえだから重くてしかたなかったよ」
そんな鈴音の言葉に玉虫はやっと我に返ると驚きながらも、鈴音が水夏霞に密着している事に目を付けてきて言葉を返す。
「確かにこの事態は驚きやのう。じゃが主とて、そのままでは動けないでやのう」
確かに玉虫が言ったとおりに鈴音は水夏霞に身体を密着させているので自由に霊刀を振るう事が出来ない。けれども鈴音はそんな玉虫の言葉を聞いて余裕の笑みを浮かべながら玉虫との会話を続ける。
「そうだね、確かに、この体勢だと水夏霞さんに斬り付ける事は出来ないよ。でもさ……あなたに突き刺す事は出来るんだよねっ!」
「な、なん」
玉虫が言葉を返すよりも速く、鈴音は水夏霞の肩に霊刀を乗せるように移動させると、そのまま右手に渾身の力を込めて突き出した。
突き出された霊刀はそのまま玉虫を目掛けて一気に突き進んで行き……玉虫の左肩に突き刺さった。そんな光景に玉虫は余裕の笑みを浮かべる。玉虫は刀如きで自分を傷つける事は不可能だと思っているからだ。だがその笑みはすぐに驚きに変わり、玉虫は霊刀が突き刺さった左肩に驚愕の眼差しを向ける。
そして鈴音にはしっかりとした手応えがあった。だから鈴音には霊刀が玉虫を倒せる唯一の武器だという証明にもなったし、なによりこれで玉虫を倒せるという確証を得た事が何よりの収穫だったからだ。
そして数秒の静寂が訪れた後に玉虫がゆっくりと口を動かし始める。
「いっ……あっ、きっ……あ――――――――――――――――――――――――っ」
最初は動揺して言葉が出なかったのだろう。だが左肩から感じる、千年以上も感じた事の無い激痛に玉虫は悲鳴を上げるのだった。
そんな玉虫の悲鳴を聞きながら鈴音は更に霊刀を突き入れる。ここで少しでも玉虫にダメージを負わせて起きたいのだろう。それに運が良ければ、このまま玉虫を倒す事も可能だと感じたからこそ、鈴音は容赦無く、玉虫の悲鳴を聞きながら霊刀を突き入れるのだった。
だが玉虫はそんなに甘い相手では無いと鈴音は予想しながらも、その予想が外れる事を祈ったが、最悪というべきか、最良というべきか玉虫は悲鳴を上げながらも、このままではやられると思ったのだろう。更に身体に入って来る霊刀の感触と激痛を感じながらも、すぐに行動に出た。
突如として玉虫の姿が消えると鈴音は今まで右手で感じていた突き刺した感触が無くなるのと同時に、まるで糸が切れた操り人形みたいに倒れこんで来た水夏霞を左腕で慌てて支えるのだった。
あまりにも突然、玉虫が居なくなったので、鈴音は思いっきり右手を突き出した状態で左腕だけで水夏霞を支えなければいけないのだ。そんな状態が何時までも鈴音に出来るわけが無く、鈴音は水夏霞を支えながらも、ゆっくりと座ると水夏霞をそのまま仰向けに横たえるのだった。
そして鈴音は水夏霞の顔を見ると、今ではやすからに目を閉じている。どうやら玉虫を倒すまでは行かなくとも撃退する事には成功したのだと鈴音は悟ったが、すぐに玉虫の声が聞こえてくると鈴音は慌てて、そちらに身体を向けて霊刀を構えるのだった。
けれども鈴音はすぐに刀を下ろした。それは玉虫の姿を見たからだろう。鈴音が見た玉虫は左肩を降ろしながら、傷口を右手で押さえ込み、顔は鬼以上の形相となっている。
ここで一つ思い出してほしい。玉虫は傀儡、つまり憑依しなければ相手に傷一つ付けることが出来ないのだ。そして鈴音を弾き飛ばしたりした力も憑依する事が条件なのだ。だから憑依していない玉虫には鈴音を傷つける事は出来ない。それどころか玉虫は先程の攻撃で深手を負っている。
そんな状態でたとえ新たなる傀儡を用意しておいたとしても、とても戦えるとは思えない。だから鈴音は刀を下ろして、玉虫を見据えるのだった。その玉虫はというと鈴音にしてやられた悔しさを隠す事無く、すぐ横に御神刀を浮かべながら鈴音に向かって言葉を投げ掛けてくるのだった。
「その刀……まさかわらわを傷つけるとは。いったいどうやって、どの刀を手に入れたっ!」
やはり自分を傷つける物が無いと過信していた玉虫にとっては鈴音が手にしている霊刀は驚くのに充分な物であり、唯一恐怖に値する物なのだろう。そんな言葉を放ってきた。その言葉を聞いて鈴音は霊刀を玉虫に向けると口を開く。
「これは村長さんが残してくれた……あなたを倒すための武器よっ! 村長さんは誰に何を言われようとも、これを作り上げた。村長さんも黙ってあなたの脅迫に屈してた訳じゃないのよ。こうやってあなたを倒すための武器を用意してた。この刀こそ……村長さんからのあなたに対する最後の抵抗なのよっ!」
鈴音の言葉を聞いて玉虫は更に悔しそうな顔をする。ただでさえ鈴音に傷を負わされた事が屈辱なのに、その原因となったのが今まで自分に膝を屈していた村長だとすると更に悔しくなったのだろう。だからこそ、その悔しさを隠す事無く口に出す。
「あの老いぼれめ、そのような物を用意しておったとはのう。影でこそこそと動いておったのはしっておったからやのう。だから早めに始末したというのに、そんな物を託しておったとはやのう」
「やっぱり私達の密約を聞いていたのは……あなただったのね。なにしろ私達にも村長さんにもあなたの姿は見えないもの。あなたの姿が見えてたのは憑依していた時に自分の意思を表に出した時だけ。あなたは自分の姿が見えないし、気配も感じさせない事を利用して私達の密約を聞いてた。でも村長さんはあなたが居る事を想定して、あんな密約をしてきた。まさか本当にあなたが居るとは思ってなかったでしょうけどね。だからあなたは村長さんを始末する必要が有った」
つまり村長が鈴音達との約束を取り付けるのに密約にしたのは玉虫を警戒していたからだ。なにしろ普段の玉虫は人間には見る事が出来ない。だから村長は常に警戒しており、鈴音達と約束するためにも密約という形を取った。
けれども、まさか本当に玉虫に聞かれるとは思っていなかったのだろう。そして、その話を聞いた玉虫も黙っているわけには行かなかった。なにしろ玉虫は村長を脅迫して九本の柱を建てさせるために村長の前に姿を見せているのだ。このまま鈴音達に全てを話されて、十本の柱が未完成にされるのは、まずいと玉虫は村長を殺害するしかなかったのだ。
それに村長を殺すのは容易い事だろう。なにしろ村長を脅迫するために、村長の家に住む者全員に刀傷を付けて人質にしてしまったのだから。だから鈴音達が見た、村長の孫である斎輝の背中にあった刀傷も玉虫の傀儡とされている証拠でもあった。
誰を使って村長を殺害したかまでは分からないが、玉虫の手で確実に殺害されたのは確かなようだ。だが村長は常に狙われている事を知っており、同居している者を警戒していた。だからこそ村長の行動は奇行と呼ばれ、玉虫もすぐに殺す事が出来なかったのだ。
それを裏付ける言葉を鈴音は口にする。
「でも、村長さんはあなたに脅迫されている事から常に警戒を怠らなかった。だからあなたは一撃で村長さんを殺す事が出来なかった。最初の一撃で背中に深手を負ったものの、村長さんはあなたの攻撃を掻い潜りながらある場所を目指した。そう……それは村長さんが殺されていた場所である書斎。村長さんは、それに重要な事が書かれている事を私達に示している。だから自分に何かあれば、あのノートは絶対に見るだろうと確信していた。だからこそ村長さんは、そのノートに最後の遺言として私にこの刀を託した。それで村長さんは自分がやるべき事が全て終わったと思ったんだと思うよ。だからこそ、最後はあなたに真正面から動じる事無く殺された。私に……村の将来を託せたから」
最後に凛とした声ではっきりと言葉を告げる鈴音。それは村長が殺された原因が自分にあるという後悔と村長が託した意思を受け取ったという決意が現れている言葉だからこそ、鈴音の声は凛として玉虫にも届いたのだろう。
だが、玉虫にとってはこれ以上が無いぐらい不愉快だった。まさか自分が思うように操っていた人間に裏で自分を倒せる武器を託していたなんて、玉虫にとってはこれ以上に不愉快な事は無かった。
けれども再び水夏霞に憑依するのは不可能である。なにしろ水夏霞は鈴音のすぐ横で寝かされている。もし、再び水夏霞に憑依するとなると、今度は憑依した瞬間に鈴音に斬られるだろう。だからこそ玉虫は水夏霞に憑依する事が出来ない。そんな状態に玉虫はある事を思っていた。
これが……恐怖という物やのうか? 千年以上も悪霊として恐怖の対象だった玉虫にとっては恐怖に値する物は存在しなかった。けれども今は違う、今は目の前に玉虫が恐怖に値する。玉虫という存在を消せる物が存在している。しかも、それが強い意志と決意を持つ者に握られているのだから玉虫にとっては脅威以外の何者でもなかった。
それに、この場には水夏霞以外に傀儡と出来る人物は用意してない。水夏霞だけで鈴音を殺せるという油断以上の怠慢が玉虫に次の手を用意するという事を考えさせなかった。
つまり今の状況は玉虫にとっては手詰まり。水夏霞が使えないからには退くしかないのだ。それが分っているからこそ鈴音は刀を下ろして、玉虫は悔しさを隠さなかったのだ。そんな玉虫が鈴音を睨みながら話を続けてくる。
「なるほどやのう。あの老いぼれの最後がやけに素直だったのは全てを主に託したからやらか。なら、決着を付けねばいけないようやのう」
「その状態で今の私に勝てるとは思っては無いでしょう」
「ふっふっふっ、どこまでも頭が回る小娘やのう。そのとおりやえ、今のわらわでは主に勝てぬだろうやえ。だから……一つずつ潰す事にするかやのう。そして主達が最後まで来れた時、その時こそ、わらわ自身の手で始末してやろうぞ。精々、最後まで来れるように頑張る事やのう。まあ、こちらにも切り札はあるから最後まで来れるとは思えんがやのう」
そんな玉虫の言葉を受けて鈴音は数秒だけ瞳を閉じて考えると、瞳を開いた後はしっかりと強い意志を瞳に込めて玉虫を見詰めながら答える。
「あなたがどんな邪魔をしてこようと私達は九本の柱を破壊して、あなたが言う最後の場所まで辿り着く。そして……あなたを絶対に倒すっ! 私にはあなたを倒す責任と決意がある。それがある限りは絶対にあなたを倒す」
「ふっふっふっ、ならばやってみるが良いやのう。ここからはわらわも本気で主達を殺しに掛かるやのう。だから覚悟しておいた良いやのう」
「私達は殺されない……絶対にっ!」
「……ふっふっふっ」
……消えたようだね~。玉虫の笑い声が消えるのと同時に姿と御神刀、そして気配まで消えた事により、玉虫が完全にこの場から退いた事を確認した鈴音はやっと一安心したように大きく息を吐いた。
それにしても……強かったな~。さっきは強がって、あんな事を言ったけど……本当に私達は玉虫を倒せるのかな~。……あ~っ! もうっ! 弱気になっちゃダメだ、よしっ、こんな時は。玉虫の強さに少しだけ弱気になった鈴音は霊刀を仕舞うと無線機を取り出した。そして無線機の電源を入れると送信ボタンを押して無線機に向かって話しかける。
「え~、こちら鈴音……沙希のバ~カ」
突如としてそんな事を言った鈴音は吉田と千坂は呆然としているだろうと思い少しだけ笑うのだった。そんな事をしている間に沙希からの返信が来た。
『はいはい、分かったから。それで、何かあったの?』
「少しは、しっかりとしたリアクションを返してよ~。そんな事じゃリアクション王の名は手に入らないよ」
『そんな不必要な名誉は鈴音に上げるわよ。それに……今は傍に居てあげられないんだから、さっさと話す事は話なさい。そうすれば、こっちの用事をさっさと終わらせて傍に行って上げるから』
「……沙希」
『何よ?』
「……やっぱり……沙希ってずるいな」
『それはどうも』
そんな会話をした鈴音は沙希の返答を聞いて思いっきり笑うのだった。
この村に来てから、いや、それよりも前から沙希は鈴音の傍に居る事が多かった。だからこそ沙希には分かるのだ。鈴音が少しだけ弱気になっている事を、少しだけ誰かに寄りかかりたいと思っている事を。だからこそ沙希は鈴音の気持ちに気付いて、そんな言葉を返し。その言葉から沙希が自分の気持ちを悟っている事に気付いた鈴音は、沙希の事をずるいと思いながらも嬉しかった。
それから鈴音は先程の事を報告した。まあ、沙希も玉虫との大勝負をやっているのだから、鈴音が玉虫との戦いを聞いても吉田も千坂も、そんなには驚きはしなかった。さすがにこれだけの話を聞いたら免疫も出来るというものなのだろう。
そして吉田から感想が送られてきた。
『なるほど、村長殺しにはそんな裏があった訳ですか。それにしても、どうして玉虫は村長の首を取らなかったのでしょう? 玉虫は千の首を集めるために殺人を繰り返していたわけですから、その中に村長の首を入れても不思議は無いと思うのですが』
そんな事を言って来た吉田に鈴音はすぐに答えを出した。
「それは姉さんのノートに書いてありました。『首はすでに』だけでしたが、村長を殺す前に玉虫は既に千の首を揃えてたんです。だから村長の首を必要としなかった。だから村長の首を取らなかっただけなんです」
『なるほど、秋月が死んだ時点で首は千に達しようとしていた。だから後の数件は影で行えば千の首が揃ったから、村長の首は必要としなかった。それに村長殺害の目的は口封じに有った訳ですから、無理に首を取る必要もなかったという訳ですか』
「ええ、そういう事になりますね」
鈴音の答えを聞いて納得したのだろう。それから吉田からの返信は無かった。そして今度は珍しく千坂から鈴音に向かって話しかけてきたのだ。
『鈴音さん、そんなに玉虫の力は強大なのですか?』
珍しく質問してきた千坂に鈴音は首を傾げながらも、先程の戦闘で体験した玉虫の力を全て話す事にした。さすがに玉虫を怒らせて本気にさせたものだから、玉虫の力が強大すぎて話しきるのに時間を要したが、全てを話しきると千坂は納得したような返事を返してきた。
その返事に違和感を感じる鈴音。だからこそ千坂に聞いてみる事にした。
「千坂さん、何か思う事があるんですか?」
その質問に千坂はすぐに返答してこなかった。その事に鈴音が首を傾げていると千坂からの返答が来た。
『いえ、少し気に掛かったものですから。玉虫は必ず傀儡を伴って現れる。だから私の前に現れる時は必ず……』
千坂はそこまでしか言わなかった。いや、正確には言いたくないし、考えたくも無かったのだろう。だからこそ、こう付け加えてきた。
『ただ、ちょっとだけ、その可能性があるかもしれないと思っただけです。だから確証があるわけでも無いですし、思い過ごしと言う事もあるかもしれないので気にしないでください』
そんな返答を返す千坂に鈴音は黙っていられなくなったのだろう。千坂に向けて送信する。
「あの、千坂さん。こうなった今では私達は運命を共にしていると言っても過言じゃないと思います。だから気になる事があるなら言ってください」
そんな言葉を送る鈴音。そして千坂からの返答を待つが、またしても千坂はすぐに返信をしてこなかった。それでも無線機を睨むように千坂からの返信を待つ鈴音。そんな鈴音を察したのか分からないが、千坂からの返信が来た。
『ありがとうございます、鈴音さん。ですが……もし、私が考えたとおりなら、それは私とその人の問題なんです。皆さん、ただでさえ苦労しているのに、そのうえ私事で苦労させる訳には行きません。だから気にしないでください。それに……もし、何かあったとしても手はありますから心配しないでください。それに最低限の情報だけは伝えられるようにしておきますから』
「千坂……さん」
まるで何かを覚悟したかのような千坂の言葉に鈴音は不安を覚える。けど、それと同時に、これ以上は立ち入ってはいけない領域を目の前にしている感覚を覚えるのだった。つまりこれ以上は聞かないでくれという事なのだろう。千坂の言葉からそんな意思を汲み取る鈴音だった。だからこそ、鈴音は最後に千坂に向けて言葉を放つ。
「千坂さん、どうか無理はしないでくださいね。さっきも言ったとおりに私達は運命を共にしているような物です。一人で無理な事は全員でやれば良いんですから」
そんな鈴音の言葉に千坂はすぐに返信してきた。その声は今までに聞いた事が無いほど優しい物だった
『ありがとうございます、鈴音さん』
それを最後に通信を終了する事になった。鈴音としても報告する事は全て報告したし、これ以上は話していても埒が明かない。だからこそ鈴音は通信を終了して、通信機と霊刀を再び仕舞った時だった。
「う、う~ん」
今まで横たわっていた水夏霞が声を上げてきたのだ。その事に鈴音はゆっくりと水夏霞の方へ振り向くと、水夏霞が起き上がるのを見守るのだった。
さてさて、第四章はここで終わりとなります。まあ、正直な事を言うと、もう少しだけ書いて水夏霞の部分は終わらせても良かったんだけど……ページ数が凄い事になりそうなので止めました。
そんな訳で第五章では……あの人が……凄い事をします。というか、それはやり過ぎだろう、と思うぐらい凄い事をやります。まあ、そうまでして、その人は止めたかったんでしょうね。大切な人を……。まあ、そこいら辺のお楽しみは第五章を上げるまでお待ちください。
さてさて、当初の予定なら第五章も三話ぐらいで終わらせる予定だったのですが……思っていたより鈴音と玉虫のバトルが長引いたので、すっかり水夏霞のシーンを後回しにしたおかげで、たぶん四話ぐらいになると思います。
それはつまりっ!!! ……次に更新出来るのが何時なのかわからないって事ですよっ!!!
……まあ、そんな訳で、とりあえず思いっきりごめんなさいっ!!! もう頭を地面にこすり付けるぐらい土下座するので、五章が上がるまでの時間をくださいなっ!!!
というか……現時点でいろいろとあり過ぎて、いつ頃に第五章が上がるかの予定すら立ちません。まあ、そんな訳で……気長に待ってくださいなっ!!! いや、頑張りますよっ! いやいや、それはもう思いっきり頑張りますよっ!!! でもいろいろとあり過ぎて予定が立てられないだけですから、なるべく早く上げますから。だから勘弁してくださいなっ!!!
……さあ、言い訳と謝罪は終わったっ!!! 先にここまで謝っておけば、更新がかなり遅れも苦情は来ないだろうと勝手に納得する事にしましたっ! そう、これこそ世間で言う開き直りですっ!!!
……いやね、本当にもう、いろいろとあり過ぎて、この先はどうなるか、私自身の事なのに分からないのですよ。すっかり五里霧中です。そんな訳で次の更新がいつになのかまったく分からないので、皆様は気長にお待ちくださいな。
ちなみに、すでに言い訳と謝罪はしたから苦情はスルーするっ!!! まあ、苦情はこないと思うけどね。なにしろ皆さん、更新が遅れる事を理解してくれてるから。うんうん……ってっ! 誰だっ! 私と一緒に頷いた奴っ!!! この事で納得して良いのは私だけだっ!!! 勝手に納得する奴には足の小指をタンスの角にぶつける刑に処してやるっ!!! そして私が頭をタンスにぶつける……結局は私が痛い目をみるじゃんっ!!!
……そろそろ戯言に飽きた? だがっ!!! この戯言は止めない。なにしろ後書きだから。……後書き……そこはフリーダムな空間。つまり私にとっては何をやっても良いスペース。これこそフリーダムっ!!!
……えっと、ごめんなさい。少しはしゃぎ過ぎました。だから十字架に縛らないで、火をつけないで、火あぶりだけは止めて---っ!!!
ふぅ、さてさて、そろそろ遊び終わったので締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、そういや、つい最近だけどブログの方に短編小説を上げたっけ、とちょっとだけ過去を振り返ってみた葵夢幻でした。