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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第三章 玉虫
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第三章 その二

 スナイパーライフルを構える吉田。その銃口が向かっている先には何も無い、ただ道が続いているだけだ。けれどもその先には確実に存在している見えない壁。吉田は車を降りてすぐに見えない壁がある事を確認してから車のトランクを開けてスナイパーライフルを取り出したのだ。

 確かにこれなら貫通力においては刀なんかよりもはるかに増している。前に鈴音が見えない壁に刀を振るったが、傷一つ付かなかった。だからこそ吉田は貫通力のあるスナイパーライフルを持ち出してきて、今度はそれで確かめてみようというのだろう。

 けれども、そこは慎重な吉田な事だけはある。しっかりと兆弾した時の事を考えて、位置取りをして兆弾しても安全な場所からスナイパーライフルで見えない壁を狙う。そして狙いがしっかりと定めて……発砲。銃声と共に銃弾が発射される。

 それから吉田は手動で次弾を装填すると弾丸が命中した場所を手探りで確かめてみる。さすがに見えない壁だけに、どこに命中したかはすぐには分からなかった。だが吉田は手探りで探しているうちに突然見えない壁から手を離した。

 どうやらここに当たったみたいですね。そんな確信を持つ吉田。なにしろ吉田が触れた部分にはかなりの熱を持っており、触っただけでかなり熱かったからだ。どうやら兆弾した時の摩擦熱で一気に高温になったようだ。

 それでも熱を持つのは短時間だけで、吉田は再びその部分に触れてみると何とか触れていてもあまり熱くない温度まで下がっていたが、吉田は落胆した。なにしろ見えない壁は確かに弾丸が当たって、その証拠に熱まで放っているというに破壊するどころか、削れたり、へこんだりした部分がまったく無いからだ。これで銃器でも破壊出来ない事が証明された。後は鈴音の推理を信じるしかないと吉田は再びスナイパーライフルをトランクに仕舞いこむと後部座席に置いてある金属製のハンマーを取り出した。

 ハンマーの使用目的はもちろん、柱であるオブジェの破壊である。だからこそ吉田はついでにタバコに火をつけてから、ハンマーを担いでオブジェへと向かった。

 吉田はオブジェを破壊した時の為に車をオブジェから遠くへと停めていた。なにしろ高さがあるオブジェだ。破壊すればどちらに倒れてくるか分かったものではない。だからこそ吉田は車をオブジェから遠くに止めて、とは言ってもオブジェが車の方に倒れてきても大丈夫な距離だ。その短い距離を歩いてオブジェに接近すると、吉田は思わず加えていたタバコを落としてしまうほど口が開いて塞がらなかった。

 なにしろ吉田が見たオブジェは昨日まで認識していたオブジェとは違っていたからだ。昨日まで知っていたオブジェは木をモチーフにしたワケの分からない形をしていた。それは今日も同じだ。だが吉田の知っているオブジェの色はシルバーであり、今現在吉田が目にしているオブジェの色は紫だった。

 いや、正確にはシルバーの下地に紫色を塗ったような、あるいは紫色の布が巻かれているような、そんな感じをさせる色をしていたのだ。その光景があまりにも不思議だったからこそ、吉田は思わずくわえていたタバコを落としてしまったのだ。

 確かに先程も別のオブジェ付近に車を停めている。だが、その時は見えない壁に意識が行っており、オブジェには誰も注目しなかったのだ。だからこそオブジェがこのような色をしていても誰も気が付かなかったようだ。それは吉田も同じであり、まさかオブジェがこのような状態になっているとは思ってもみなかった事だ。

 だからこそ吉田は更に鈴音の推理を更に信じる気になった。なにしろオブジェが柱であり、不可思議な力で村を隔離しているなら、その力を証明するような現象が起きていても不思議では無い。吉田は正に鈴音の推理を実証するかのような現象を目の当たりにしているのだ。だからこそ、吉田は鈴音の推理を更に信じる、いや、確証を持つのだった。

 そうでなければオブジェがこのような変化を遂げるはずが無い。オブジェに柱のような役目があるからこそ、オブジェがこのような変化をしているのだろうと吉田は判断した。だからこそ、吉田は思う。

 やれやれ、ここまで鈴音さんの推理が当たると我々の面目が丸潰れですね。けど、今は鈴音さんの推理が当たった事を喜びましょう。なにしろ、これで今の状況を打破できるんですからね。そんな事を思った吉田は早速とばかりにオブジェを観察する。

 オブジェには土台みたいな物は無い。どう見ても木の成り損ないにしか見えない。だが、それだけに下に行くほど中心の幹と思われる部分は太くなっており、破壊するのには下に行くほど時間が掛かるだろう。

 だがオブジェを完全に破壊する為には木を切り倒すように、根元に近い部分から破壊していかないと壊れないだろうと判断した吉田は、根元よりも少し上の部分に狙いを定めてハンマーを振り上げる。そして一気に狙った部分にハンマーをぶつけるのだった。

 さすがに固いもの同士を力一杯にぶつけたから吉田の手もハンマーを通して衝撃が伝わってくる。だから吉田の手に痛みと共に痺れも少しだけ来た。けれども吉田はそんな手でハンマーをどかすと、ハンマーが当たった部分を確認する。

 そして吉田の表情は明るくなるのだった。なにしろオブジェは見えない壁とは違って、ハンマーの一撃で確実に砕けているのだから。どうやら鈴音の推理どおりにオブジェを破壊するのは可能なようだ。

 けれども、さっきのように力一杯やると、さすがの吉田も手に響くらしく。ここは時間を掛けてでもじっくりとオブジェを破壊する事にした。オブジェの素材は何で出来ているかは不明だが、破壊できる事は間違いない。だからこそ、吉田は無理する事無く、今度は少し加減してハンマーを振るった。

 その衝撃で再びオブジェが軽く揺れると、ハンマーが当たった部分が少しだけ砕ける。そんな作業を繰り返す吉田。なんだか、木こりになった気分ですね。途中でそんな事を思いながらも吉田はハンマーを振るい続ける。

 そして砕けた部分が三分の二ほどに達した時だった。オブジェは音を立てながら、ゆっくりと支えを失った方角へと倒れていった。倒れる時にちょっとだけ吉田の方に倒れてきたので、吉田は慌ててオブジェを迂回するように避けると、オブジェは見事に倒れた。

 それと同時にオブジェは本来の機能を失ったのだろうか。先程まで紫がかっていた色を失い。本来のシルバー色に戻っていた。これでまた鈴音の推理が一つ証明されたというわけだ。

 つまりオブジェには何かしらの力が宿っており、その力があったからこそオブジェは紫がかった色をしていた。そして破壊されたオブジェはその力が失われて本来の色に戻った。そう考えれば鈴音の推理が当たっていると考えてもおかしくは無い。それどころか、鈴音の推理が証明されたと言えるだろう。

 その事に吉田は少しだけ複雑な気分になる。

 やれやれ、ここまで鈴音さんの推理が当たっているとは……まあ、こんな非常識な事態ですからね。私も警察官といてのプライドを捨てないとやってられないですね。そんな冗談染みた感想を抱いた吉田は意気揚々と車へと戻って行き、ハンマーを後部座席に仕舞いこむと、再び運転席に戻って無線を手にするのだった。

「え~、こちら吉田。只今、目標の柱を一本破壊しました。どうやら鈴音さんの推理どおりに柱の破壊は可能でした。それから報告として、柱には紫がかった色をしていましたが、破壊すると本来の色であるシルバーに戻りました。この事からオブジェの色がシルバーに戻れば柱が破壊された証拠になると思います。以上」

 そんな報告を無線で全員に告げる吉田。そんな吉田の報告に沙希と千坂は了解を意味する、短い返答だけを返してきた。けれども鈴音だけは別の事を吉田に言って来たのだ。

『分かりました。けど、吉田さん、気をつけてくださいね。柱が破壊された事を知った玉虫は必ず姿を現すはずです。今の玉虫にはどんな手段も効かないと思うので、すぐに逃げてくださいね』

 そんな事を無線で言ってくる鈴音。そんな鈴音の言葉を受けて吉田の第六感が働いたのだろうか、それとも今までの経験での勘が働いたのだろうか、どちらにしても鈴音の言葉から鈴音に何かあったのではないのかと吉田はそんな考えがふと頭を過ぎった。

 けれどもあくまでも勘であって、確たる証拠は無い。けれども吉田の職業病といえるものだろうか、どうしても鈴音にその事を確かめずにはいられなかった。

「鈴音さん、確かに私は鈴音さんの推理を信じて行動しています。ですが、先程の言葉は必ず玉虫が現れる事を確信しているように思えましたが、何かあったんですか?」

『…………』

 吉田がそんな事を無線を通して鈴音に問い掛けると、すぐに鈴音からの返答は無かった。その事から吉田はこれは鈴音の身に何かがあったなと今までの経験から察する。だからこそ、吉田は更に鈴音に向かって話しかける。

「鈴音さん、どんな事でも報告してもらわないと私達が混乱する可能性があります。なので、どんな小さい事でも良いので、何かあったら報告するようにしましょうと先程約束したばかりではありませんか」

『……すいません』

 どうやら吉田の勘は当たったようで、鈴音は短く謝ると先程の出来事を話し始めた。

『これは確証が無いから黙っていたんですけど、実は……つい先程七海ちゃんと出会いました』

『七海お嬢様とですかっ!』

 鈴音の言葉に千坂が無線を通して驚きの言葉を投げ掛けてきた。そして、そんな言葉を聞いた吉田は思わず頭を抱えた。鈴音は自らどんな事が起きても報告しあうようにしようと言っておきながら、自分の見に起きた事を報告しなかったのだ。

 もし、鈴音が吉田の部下なら鈴音を怒鳴り散らしていたところだろう。けれども実際には鈴音は事件に巻き込まれた女子大生に過ぎない。だからこそ吉田は鈴音に呆れながらも、詳しい報告を求めるのだった。そして鈴音はこんな言葉を返してきた。

『七海ちゃんが言うには羽入家の血筋は村人しか殺さないと断言しました。だから私も見逃してもらったのだと思います。それからもう一つ、七海ちゃんははっきりと断言しました。私ではなく私達と』

 そんな鈴音の報告に吉田は首を傾げながらも言葉の意味を考えてみる。

 ふむ、ここは一つ鈴音さんを見習って発想を逆転させてみましょうか、なにしろ必要とされているのは常識に囚われない柔軟な思考みたいですからね。羽入家のお嬢さんは村人しか殺さないと断言したようですね。ということは……村人なら全て殺す、という意味ですね。そうなると村人ではない我々は見逃してもらえる可能性が高いですね。まあ、相手が羽入家のお嬢さんという特別な存在だったからこそ鈴音さんは見逃してもらったのかもしれませんが、これが狂気に囚われた羽入家の血筋だったら、確実にやられていたでしょうね。

 そんな風に考える吉田。さすがに吉田も今の状況に慣れてきたのだろう。すっかり柔軟な思考が出来るようになっており、こんな非常識な事態でもすんなりと受け入れて真実をしっかり見つけ出そうとしている。そこは警察官らしい思考を持っていると言えるだろう。

 けれども、そんな吉田でもやっぱり気になるのは鈴音が最後に言った言葉だ。だからこそ、今度はその事について考えてみる。

 私ではなく私達ですか……普通に考えれば共犯者が居るという事ですよね。でも……羽入家のお嬢さんが特別な存在なら暴走した羽入家の血筋を私達とは言わないでしょうね。つまりこの場合の私達は……羽入家の血筋では無い、別の存在を示しているというわけですね。そして、その存在こそが……玉虫ですか。

 そんな結論を出した吉田は無線で鈴音に確認を取ってみる。

「鈴音さん、羽入家のお嬢さんは、はっきりと玉虫の存在を肯定したんですか?」

 そんな吉田の問い掛けに鈴音はすぐに返答を送ってきた。

『いえ、七海ちゃんの様子から見て普通じゃない事はすぐに分かりましたし……私の……私の目の前で村人を殺害しました。だから今の時点で玉虫について具体的に追求するのは危険だと判断したので、その部分は濁して共犯者が居るという事実だけを自然と口にするように持って行ったんです。けど、この場合の私達は七海ちゃんと玉虫と考えていいでしょう。ですから吉田さん』

 鈴音は最後の方には心配そうな声に変わって吉田に話を続けたので、吉田はあえて少し軽い口調で鈴音への返答を返す事にした。

「そうですか、それなら良かった」

『良かった?』

 オウム返しに言葉を返してくる鈴音に吉田は鈴音が首を傾げているのではないのかと想像して、少しだけ笑いそうになると話しを続ける。

「鈴音さんの対応は間違ってなかったと思います。今の状況で我々が確信に迫っている事を悟られると、その場で殺されていたかもしれませんからね。そこは上手く誤魔化したと思います。それに……一番最初にオブジェを破壊したのは私ですから。まずは私の所に玉虫が現れるでしょうね。ですから皆さんの危険性が少しは減るわけですよ」

『けど、吉田さん』

 吉田の言葉に心配げな声で返答を返してくる鈴音に吉田は思わず笑みがこぼれる。それから鈴音にはっきりと言葉を返した。

「本来なら私は警察官として皆さんを守る役目にあるのですよ。ですから、少しは危険な事を買って出ないと私の面子が潰れるというものですから。まずは私がなるべく玉虫を引き付けますから、その間に柱の破壊を急いでください」

 はっきりとそう断言する吉田。これは吉田という一人の人間ではなく、吉田が警察官としてのプライドと言っても良い発言だろう。吉田は異変が起こってからというもの、すっかり鈴音に頼りっぱなしだ。だからこそ、危険だと分っている役割を自ら買って出る事で、少しでも警察官としての仕事をしたかったのだろう。

 そんな吉田は鈴音にも気をつけるよう言うと無線での会話を終わりにした。沙希と千坂からも何も返答らしき物が無いので、それぞれに柱の破壊に専念しているのかもしれないと吉田は勝手に判断して、ここはあえて急いで次の柱に向かう事無く。吉田はタバコに火をつけると、車内で煙を巻き上げる。そんな吉田はこんな事を考えていた。

 さて、ああは言ってみたものの、実際に現れるんでしょうかね。けど……今の状況や羽入家のお嬢さんが言った事が確かなら現れる可能性が高いですね。やれやれ、囮調査なんてものは久しぶりですけど、こうでもしないと鈴音さんの推理が当たっている証明にはなりませんからね。ここはじっくりと粘って登場を待つ事にしますか。

 そんな事を考えながらも吉田は車のキーを捻ってエンジンを回す。なにしろ鈴音の推理どおりなら吉田にはどうにも出来ない相手だ。だからこそ、いつでも逃げられるように今は車をアイドリングさせておくに越した事は無いと吉田は判断したようだ。

 そんな吉田が一本目のタバコを吸い終わり、つい二本目のタバコに火をつけてしまった時だった。吉田はふとバックミラーを見えると思わず自分の目を疑ってしまった。それからタバコをくわえたまま吉田は振り向くと、それが錯覚でも幻覚でも無い事をしっかりと認識した。

 現れたっ! 確かに吉田は相手が出てくるのをここで待っていたのだが、やはり現れると驚きは隠せないようだ。そう、とうとう現れたのだ。車のはるか後ろに……玉虫が。

 その人物が玉虫だと吉田にはすぐに分かった。それは通常ではありえない事が起こっているからだ。現れた玉虫は伝承どおりに女性らしい、だから女性が着る着物を着ている。着ている着物は真っ白な死に装束のようにも見えるが、それ以上に生々しかったのだが、胸の部分にべったりと血が付いている事と、玉虫は紫色のオーラみたいな物を出しながら地面から足を離して空中に浮いていた事だ。

 玉虫の足は着物に隠れて見る事は出来なかったが、着物の裾が地面から少し離れた場所にあることから、空中に浮いている事は確かだろう。けれども車からかなり距離があるために玉虫の顔や詳しい姿なんかは良く分からなかった。

 それに長い髪が顔に掛かっており、吉田の位置からは玉虫の表情を見て取ることは出来ない。それでも空中に浮いているという事実。更には先程破壊したオブジェと同じ色をしたオーラのような物を発している事から、どう見ても普通の人間では無い事は確かだ。

 そんな玉虫の姿を見て吉田は思わず硬直してしまう。確かに吉田は玉虫は悪霊のような者だと想像していたが、実際に目の当たりにすると、どうしても動揺を通り越して硬直してしまうみたいだ。

 そんな吉田が自分の目を確かめるように擦ってもう一度、玉虫に目を向けるが、そこで驚いた事に玉虫の姿が消えていたのだ。その事で吉田は更に混乱してしまった。まるで先程見たものが幻覚ではないかと疑ってしまうほどだ。けれども鈴音の予測どおりに玉虫は吉田の前に現れたのは確かだ。

 だからこそ、吉田は冷静にならないと、と思いながらも気ばかりが焦る。それでも吉田は伊達に警察官として羽入家との修羅場を掻い潜ってきた訳ではない。こんな事態は初めてだが、この場に居るのは危険だとすぐに察すると、すぐにタバコを揉み消してハンドルを握る。

 それと同時にバンッと何かを叩くような音が後ろから聞こえてきたが、吉田はそんな音に驚きながらもアクセルを踏み込む。だが車は何かに押さえつけられているみたいで、タイヤは空回りするだけで一向に車は前進しない。

 そんな状況に吉田は焦りながらもバックミラーに目を向ける。そして驚愕するのだった。なにしろバックミラーにはしっかりと玉虫が移っており、しかも車のトランクを思いっきり押さえつけて吉田を逃がさないとばかりに車を押さえつけているのだから。

 どこまで非常識なら気が済むんですかねっ! 思わずそんな事を思ってしまう吉田。それはそうだろう。なにしろ玉虫は見た目だけなら華奢な女性と言ってもいいだろう。もちろん非常識な部分を除けばである。

 そんな玉虫がトランクを押さえ込んだだけで、車が進まないほどの力が働いているのだ。いったいどうやったらそんな事が出来るのか吉田は教えてもらいたい気分だった。それでも今の玉虫に捕まったら吉田は完全に殺されるだろうという直感から吉田は何としても、今の危機を乗り越えないと思い。ここは一気に賭けに出た。

 吉田はアクセルを一気に最後まで踏み込むのと同時にハンドルを切る。もちろん、そんな事をすれば車はスピンして、どの方向に飛んで行くのかが分かったものではない。それでも吉田はアクセルを全開にしながらも、車を何回か回転させた後には何とかコントロールを取り戻して、麓への道を一気に突き進む。

 さすがの玉虫もあんな事をされれば車を押さえておく事は出来ないだろうと吉田は判断したからこその賭けである。そして車が進んだ事により、吉田は賭けに勝ったと一安心するが、後ろから再び何かを叩くような音かが聞こえたので、吉田はバックミラーを見て驚愕する。

 なにしろ玉虫は猛スピードで走っている車にへばり付くように、トランクの上に身体を乗せてリアウィンドウには両手を付いているのだから。そんな状態で猛スピードで走っている車にへばりついているのだから、非常識にしてもほどほどにしてものですねと吉田は思いながらも、玉虫を引き剥がすためにスピードを落とす事無く、蛇行運転をする。

 だが道幅が狭い山道であるために、思いっきり左右に振る事は出来ない。そのうえアクセルが全開だからコントロールするだけで精一杯になってしまう。それでも玉虫は落ちるどころか、まるで這い上がるかのように、少しずつ手を上にもって行き、遂には車をリアウィンドウに押し当てる形で車内を見るかのように顔を近づけてきた。

 吉田もその時に始めてバックミラー越しだが、玉虫の顔をはっきりと見る事が出来て、思わず鳥肌が立つほどの悪寒が走った。

 顔の半分ほどは乱れた髪が散らばってしっかりとは見えないが、顔色からすっかり生気が無くなっており、青白い顔色をしている。更には瞳は燃えるように真っ赤な瞳で車内の吉田を見詰めるかのようにしっかりと車内を見詰めてくる。

 そんな玉虫を更に不気味に見せているのは放っている紫色のオーラと白い着物に広がった血の後だろう。それに玉虫はそんな白い着物の上にボロボロになった羽織のような物を着ていた。だからこそ吉田には玉虫が更に不気味に見えたのだ。

 そして玉虫は更に信じられない行動を取ってきた。今までリアウィンドウに張り付いていた手だが、玉虫が手に力を込めると、今まで張り付いていた手がリアウィンドウを壊す事無く、通り抜けたかのように伸びてきたのである。

 その事に吉田は更なる危機を感じる。まずいですね、まさかここまで非常識な事をやってくるとは思ってもいませんでしたよ。こうなってはしかたないっ! 状況とは反して吉田は冷静だった。それはそうだ、なにしろ先程の事だが吉田は鈴音から非常識な推理を聞いている。しかも、それを信じなければいけない状態になっているのだ。それでも吉田は鈴音の推理を信じると決めた時点で非常識な事に免疫が出来たのだろう。だからこそ、吉田は冷静に危険な賭けに出る。

 吉田が車を走らせている道は両脇が森である。吉田は車を猛スピードで走らせながらも狙いを定めると、タイミングを計ってハンドルを思いっきり切る。もちろん、道幅の狭い道でそんな事をすれば横にある森の木々に直撃したり、突撃したりするのは当然だ。

 けれども吉田は上手くリアサイドだけを巨木に当てると、その衝撃で車の後ろには衝撃が走り、車も左右に揺れながらも吉田は何とか車をコントロールする。かなり危ないやり方だが、こうでもしないと玉虫を振り切れないと感じたのだろう。

 だが玉虫は吉田が思っている以上に非常識な存在だった。先程の衝撃で玉虫が居る部分にはかなりの衝撃があったはずなのに、玉虫は何事も無かったかのように、むしろ吉田を追い詰めるかのように、先程とまったく変わらない姿勢で口元に笑みを浮かべて見せたのだった。

 しつこいっ! 非常識も大概にしてもらいたいものですねっ! あれだけ危険な事をしたのに玉虫には何の変化が無い事に吉田は思わずそんな事を思ってしまった。だからと言って状況が変わる訳ではない。

 玉虫は相変わらず猛スピードで走っている車にへばり付きながらも、車内に向かって手を伸ばしてくる。その手は後部座席、更には後部座席のシートをしっかりと掴むと玉虫は更に身体を乗り出してきて、そのまま車内に向かって通り抜けそうな気配を見せていた。

 だからこそ吉田の焦りは大きくなるばかりだ。なにしろあそこまでやっても玉虫を振り落とせないのだ。ここまで来ると次にどうすれば良いのかは吉田には検討が付かなかった。それでも、玉虫が乗り込んでくれば吉田も無事では済まないという危機感から、吉田は荒い運転を繰り返すが、それでも玉虫は何事も無いようにゆっくりと吉田に迫る。

 くっ! もう……ダメですかね……ならっ! 最後にこの事実だけでも鈴音さんに伝えないと、それだけでも私の役目は果たせる。そんな決意をする吉田は手探りだけで無線を手にすると最後の伝言を伝えようと準備する。

 だが意外な事は唐突に起きるみたいで、玉虫の顔が突然、吉田とは別の方角に向くと。玉虫はじっとそちらを見詰める。そんな玉虫の変化に気付いた吉田は玉虫の動向を見守りながらも車を猛スピードで走らせる。

 そして玉虫は何かを決意したかのように顔を伏せると、車から落ちるように暗闇にその姿を消して行った。突然に玉虫が居なくなった事に吉田は驚くばかりだが、今は油断しない方が良いと判断したのだろう。

 吉田は後ろを警戒しつつも車のスピードを落とす事無く、一気に山を駆け下りて行く。また玉虫が現れる可能性があるからには油断は出来ない。だから吉田は全ての方向に注意を向けながら、なるべく早く車を走らせるのだった。



 ……どうやら助かったようですね。吉田がそう思ったのは車が村の道に入った時だった。既に山道と言える道は走りきっており、現在の道には村では数少ない街灯が設置されている道に出ていた。だからだろう、吉田は街灯の下に車を止めると安心したかのように体中の力が一気に抜けたのを感じたのは。そんな吉田が先程の事を思い出してみる。

 やっぱり……あれが玉虫だったんでしょうね。まさかこんな形で鈴音さんの推理が証明されるとは思ってもいませんでしたよ。ですが……これで鈴音さんの推理と推測が正しい事が証明されましたね。なら、私がやるべき事もはっきりとしました。だから今は柱の破壊を優先しましょうかね。そんな事を思った吉田だが、どうしても確かめておきたい事があるみたいで、車内で一休みとタバコを一本だけ吸うと車の外に出た。

 辺りは相変わらず真っ暗だが、この場所だけは街灯に照らされてしっかり今まで乗っていた車を見る事が出来た。吉田は真っ先にトランクへと向かい、そして再び驚愕した。無理も無い、なにしろ車のトランクには玉虫の手形がしっかりと残る形でへこんでいたのだから。

 それから吉田は念の為にリアウィンドウも調べてみる。そこには指紋のような物は確認できないが、まるで人の手を押し当てたような跡がくっきりと残っていた。その二つの事実だけでも、先程の出来事が錯覚でも幻覚でも無い事を証明していた。そんな吉田が複雑な心境で心に思う。

 この場合は鈴音さんの推理が当たって喜んで良いのか、玉虫の存在に恐怖すべきなのか、分からなくなってきましたね。確かに鈴音の推理どおりに柱を破壊した後に玉虫は姿を現した。そこだけを見れば鈴音の推理が証明された事を喜ぶべきだろう。だが、その後に味わった恐怖を思うと自分達がやっている事が無謀にも吉田には思えた。

 だが、今の現状を打破するためには柱を破壊するしかない。なにしろここまで鈴音の推理が当たっていたのだから。鈴音が見出した打開策が当たっている可能性もはるかに高くなる。いや、最早信じるしかないだろう。玉虫の存在を確認したからには、吉田には鈴音を信じるという選択しか残されていないのである。

 だからこそ、玉虫が恐怖に値する存在であっても、ここは立ち向かっていかないと吉田の面子が立たない。なにしろ吉田は警察官であり、本来ならこんな危険な事には鈴音達を巻き込んではいけない立場にあるのだから。

 今までも吉田はそんな事を考えては、自分の不甲斐無さを感じていた。けれども、その度に非常識な事が起こり、吉田の常識を打ち破って行ったのだから。吉田が自分を不甲斐無いと感じるのも無理はなかった。なにしろ吉田は警察官、こういった非常識な出来事とは無縁の仕事をしているのだから。今の状況で吉田に出来る事が少なくてもしかたないと言えるだろう。

 それでも警察官として、いや、今は村を守るために尽力するのが第一と吉田は気分を入れ直すと再び運転席へと戻って行った。そして車内に設置してある無線を手にとって全員に向かって送信する。

「こちら吉田、先程……玉虫と思われる存在を確認しました」

 短く報告する吉田。確かにあの状況を詳しく説明しろと言われても吉田もどう説明して良いのかが分からないだろう。それほどまでに吉田は焦っていたし、玉虫の存在に危機感を覚えていた。だからこそ短く伝えるだけに終わったのだ。

 そんな吉田の報告を聞いて鈴音が真っ先に返事を返してきた。

『吉田さん大丈夫ですか! どこか怪我とかしてませんか?』

 驚きと心配の声で質問してくる鈴音に吉田は軽く笑うと鈴音に向かって返信する。

「ええ、どこも怪我はありません。だから心配してもらわなくても大丈夫ですよ。これから二本目の柱を破壊しに向かいますので、皆さんも玉虫には気をつけてくださいね」

 そんな言葉を全員に向かって送信する吉田。そんな吉田に千坂は短く返事を返すだけだが、鈴音はやっぱり気になるのだろう。更に吉田に向かって言葉を送信してくる。

『あの、吉田さん。こんな事を聞くのはどうかと思ったんですけど、やっぱり聞いておきたいので聞きますね』

「はいはい、何ですか?」

『その……玉虫はどうした?』

 そんな質問をしてきた鈴音に吉田はどう答えて良いのかが分からなかった。なにしろ先程は玉虫から逃げるのに精一杯でどうする事も出来なかったのだから。やっぱり、そんな質問をされると自分自身の不甲斐無さを感じる吉田。それでも、伝えられる事は伝えようと何とか言葉にするのだった。

「そうですね……はっきり言うと、私の常識からはかけ離れた存在と言えるでしょうね。とてもではないですが、私はあれを普通の人間だとは認識できません。非常識すぎて、なんて言って良いのかも分らないぐらいですからね」

『そうですか……』

 吉田の言葉に力無い声で返事を返す鈴音。どうやら鈴音としては吉田が玉虫に遭遇した事から何らかの情報を得たいと思っていたようだ。だが玉虫の存在は吉田の想像以上に非常識な存在だったために、吉田もそれだけしか言えなかったのだ。

 けれども、まだ伝えるべき事があると思った吉田は再び無線で鈴音に伝える。

「ですが……はっきりと言える事があります。あれは……玉虫という存在は……非常に危険です。少なくとも私はそう感じました。正直な感想を言うと、玉虫を相手にするぐらいなら暴走した羽入家の血筋を相手にした方がマシだと思ったぐらいですから」

 最後に少しだけ冗談交じりの言葉を付け加えながら言葉を送信する吉田。確かに玉虫の存在は吉田が思ったとおりに危険な存在だろう。だからこそ吉田としては、その事に注意を促しておきたかったのだが、あまり深刻に話すと鈴音が心配するだろうと思ったから、最後に冗談交じりの言葉を付け加えたのだ。

 そんな言葉に鈴音も千坂も苦笑するしかなかった。まあ、実際に羽入家の血筋と一戦を交えてきた千坂にとっては笑えない冗談だろうが、そんな冗談でも二人の緊張を解きほぐすのには役に立ったようだ。

 どうやら吉田は玉虫の危険性を促しながらも、あまり緊張させるような事をさせなかったのには成功したようだ。そんな吉田が一安心したように運転席のシートにもたれ掛かると、ある事に気付いたので慌てて再び無線を手にする。

「そういえば先程から沙希さんからの返信が無いのですが、沙希さん、大丈夫ですかっ!」

 そう、さっきから吉田の言葉に返信しているのは鈴音と千坂だけ、沙希からの返信は一度も無かったのだ。その事に気付いた吉田は慌てて沙希に向かって問い掛けるが、すぐに返信は返ってこなかった。その事に気付いた鈴音も沙希に向かって呼び掛ける。

『沙希、沙希っ! 大丈夫なの? 返事をしてっ!』

 沙希に何かがあったのかと心配になった鈴音が慌てて、そんな言葉を送信する。そんな鈴音の言葉にも沙希はすぐに返信が来る事が無かった。その事に吉田も心配になり、沙希に向けて問い掛けるか迷いが生じていた。

 それは無線の性質上、あまりに一斉に送信すると、上手く送受信が出来なくなって、無線が使い物に成らなくなるからだ。だからこそ吉田は無線を手にしているものの、送信する事無く鈴音が沙希に向けて叫び続けるのを悲痛な思いで聞いているしかなかった。

 そして鈴音は沙希に向かって送信を続ける。

『沙希っ! 沙希っ!』

 何度も名前を呼んでは、沙希からの返信を待つ鈴音。それは吉田も千坂も同じで沙希からの返信を悲痛な思いで待つしかなかった。そして鈴音が更に沙希に呼びかけた時だった。やっと、沙希からの返信が返ってきた。

『ごめん、ちょっと動揺してた。それから鈴音……うるさい』

『いきなり冷たい反応っ!』

『…………』

 沙希の言葉にいつものように言葉を返す鈴音だが、沙希からはいつものように言葉が返ってくる事は無かった。そんな事態に鈴音は首を傾げている事だろう。けれども沙希からの返信があったので吉田も千坂も一安心した。だが吉田は沙希からの返信に違和感を感じていた。それは鈴音も同じだろう。そう、沙希の声には余裕が無かったのだ。

 言葉はいつも通りでも、沙希の声には余裕が無かった。まるで予想外の出来事が起こったかのように動揺していたかのような声をしていたのだ。そして沙希自身も動揺してたと言ったのだから沙希に何かがあった事は間違いないと吉田はすぐに判断すると沙希に向かって言葉を送信する。

「沙希さん、何かあったんですか?」

『沙希、どうしたの?』

 鈴音も同じく慌てた様子で言葉を送る。どうやら鈴音も沙希の身に何かがあった事に気付いたようだ。そんな沙希が緊張感のこもった声で吉田に向けて言葉を送ってきた。

『吉田さん、少し聞きたい事があるんですけど』

「何ですか?」

 沙希の言葉になるべく冷静に対処する吉田。そこは警察官らしい対応と言えるだろう。だから吉田は短く返事をするだけで沙希からの言葉を待った。そんな沙希がとんでもない事を言ってくる。

『もしかして、吉田さんが目撃した玉虫というのは……ボロボロの羽織を着ていて、白い着物で胸に大きな血の後が残っている女性の姿をしてませんでしたか? しかも、なんか宙に浮いていて、紫色の何かを体中から出しているような』

「なっ!」

 沙希の言葉に思わず驚きの声を上げる吉田。そう、正しく沙希が言ったとおりの玉虫を吉田は先程目の当たりにしている。つまり、この状況で考えられる事は一つだ。

「沙希さん、もしかしてっ!」

 そんな言葉を送る吉田に沙希は短く返答を返してきた。

『やっぱり、そうなんですね。なら私からの答えは一つです。今……私の目の前に玉虫が居ます』







 さあ、いよいよ姿を現した玉虫ですっ!!! 今回は珍しくホラー調にしてみたんですけど、如何でしたでしょうか。まあ、先にあれだけ説明をしてましたからね。今更怖くは無いと思うんですけど、玉虫が恐ろしい存在と表現出来てたなら良いなと思っております。

 そんな訳で次に玉虫は沙希の前に姿を現したみたいですけど、まあ、沙希の事ですからね。吉田のように素直に逃げないでしょうね。……というか、一気に次の話も上げているので、そこら辺を引っ張るのは止めておきましょう。

 というか、後半の吉田はある意味ではボロボロでしたね~。まあ、玉虫が恐怖する存在して認識するには、あれぐらいやらないといけないと思いましてね。でも……次の話で一気に玉虫像が崩れたりして……。

 まあ、次の話も上がっていると思うので、その辺が気になる人は次を読んでくださいな。

 さて……というか、今回はあまり語る事は無いな~。……いや、だって、吉田が逃げまくるだけの話しだし、内容としては裏話も無いんですよね~。そんな訳で今回は早めに締めます。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、ある意味では次の話で玉虫のキャラを壊してるんじゃないのか? とか思った葵夢幻でした。

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