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断罪の日 ~咎~  作者: 葵 嵐雪
第三章 玉虫
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第三章 その一

 あ~、それにしても、この二つが揃うと……さすがに重いな。これは乙女の足腰には悪いよ。

 そんな事を思いながらも鈴音は背負ったハンマーを背負い直し、腰に差している霊刀の具合を確かめる。それから鈴音は再び歩みを進めるのだった。

 鈴音が進んでいる道は平坂神社よりも少し左に逸れる道であり、道はあまり整備しておらず、当然のように大地が向き出しになっており、車のわだち以外の場所には短い雑草が生えている。そして道の両脇には背の高い草が茂っていた。

 あまり使われていない道だけに、そんな風になっているのだろう。けれども唯一の救いとして数少ない街灯が、かなりの間隔をあけて設置されているだけでも、今の村を進むのには大いに役に立った。もちろん、街頭の光が届かない場所はしかたなく懐中電灯で照らすのだが、羽入家の血筋がもう村に出回っていてもおかしくないため、鈴音は足元だけを照らして、光が遠くへ行くのを少しでも防いだ。

 まあ、それでも光を発しているのだから気休め程度なのだが、それでもやらないよりかはマシだろうと鈴音はそんな懐中電灯の使い方をしていた。

 そんな鈴音が現状を確かめるように天を仰ぐ。空には相変わらず赤錆色の分厚い雲が日光を遮っており、未だに村は真っ暗な状態だ。それから鈴音は羽入家の方へと顔を向けた。どうやら未だに火事は収まっておらず、羽入家の一角は燃えているようだ。だからと言って羽入家の血筋が未だに羽入家で足止めを喰らっているとは思えない。だからこそ鈴音は慎重に歩みを進めるのだった。

 そんな鈴音が歩きながらも暇なのだろうか、思考を変な方向へと向けている。

 それにしても、自分で言い出したとはいえ、柱の破壊に金属製のハンマーを使う事になるなんて……それに重いし。あ~ぁ、こんな事なら私も何かの免許を取っておけば良かったな~。姉さんに負担が掛かるからって、免許は取らなかったんだけど。こんな状況になるんだったら、何かの免許を取っておけば良かった。……よしっ! 家に帰ったら今まで溜めてた貯金で免許でも取ろうかな~。

 そんな、どうでもよい事を考えながらも鈴音は柱を破壊するために歩みを進めるのだった。そしてこれからの道行きを考えれば、鈴音は溜息しか出なかった。

 鈴音が担当するのは平坂神社を挟むように建てられた二本の柱だ。その一本目を破壊するために鈴音はあえてこんな道を進んでいるのだが、さすがにこんな荷物を抱えならでは鈴音もどうでもよい事をついつい考えてしまうのだろう。

 けれども油断は出来ない。なにしろ鈴音が進んでいる道は羽入家からはそんなに遠くない。つまり、羽入家との血筋に出会う確立は吉田と沙希に比べれば鈴音の方がはるかに高いのだ。だからこそ鈴音は見通しが利く、この道を選んだのだ。

 それに鈴音は目的の柱が建っている場所へは足を運んだ事は無い。先程の会議で道を教えてもらったのだが、その時に羽入家の血筋とあまり出会わないために、吉田と千坂はあえてあまり使われず、それでも見通しが良くて、いつでも隠れられる道を鈴音に教えたのだ。

 その事を思い出して鈴音は辺りを見回してみると、確かに道幅は広く、街灯のおかげでかなり遠くまで見渡せる。そのうえ両脇には背丈の高い草が生い茂っている。だからたとえ羽入家の血筋に出会ったとしても、その草むらに隠れれば充分に羽入家の血筋をやり過ごす事が出来るだろう。

 確かに鈴音は玉虫に対抗するための霊刀を持っているが、それは玉虫にだけ対抗するものであり、さすがに羽入家の血筋に銃器を向けられると鈴音もどうすれば良いのか分からなかった。だからこそ、鈴音には羽入家の血筋と出会っても隠れられるような道を吉田と千坂は教えたのだ。

 それでも鈴音は思う。

 今は良いけど……確か、これ以上進むと道がほとんど無くなって、道なき道を進まないと行けないんじゃなかったけか。……はぁ~、やっぱり免許を取っておけば良かった。……けどまあ、歩きだからこそ、羽入家の血筋と出会わない道を進む事が出来るんだよね。……でも、こんな重い物を持ってそんな道を歩くのは憂鬱だな~。

 今ではすっかりいつもの鈴音に戻っており、会議の時に見せた鈴音の凛々しさはすっかり無くなっていた。沙希に言わせれば、けひょんな鈴音に戻ったと言ったところだろう。鈴音がその言葉を聞けば怒る事は確実だろうが、今の鈴音はそこら辺に居る女性と同じ。いや、それ以上に頼りなく見えてもしかたなかった。なにしろ……けひょんなのだから。

 そんな鈴音が足元だけを懐中電灯で照らしながら歩みを進めながら、次に見えた街灯に目を向ける。そして鈴音は慌てて懐中電灯を消した。なにしろ微かな街灯の光に人影が見えたからだ。それが羽入家の血筋ではなかったにはしろ、今は気付かれない事が最優先と鈴音は道の脇に身体を寄せて、いつでも隠れる体勢を作りながら歩みをゆっくりと進める。そして微かに見えた人影も段々と近づいてくる。どうやらお互いに距離を縮めているのは確かなようだ。

 そこで鈴音は草むらに飛び込むと音に気をつけながら草むらの中を一気に突き進む。どうやら鈴音はこちらに向かってくる相手だけは確かめないといけないと判断したようだ。そして、そんな鈴音の行動が功をそうしたのか、鈴音は一足早く街灯付近に近づくと、草むらの中で気配を殺した。

 確かに鈴音は草むらの中を一気に駆け抜けたが、それぐらいの音は風が吹けば自然と出てもおかしくないぐらいの音しか出してない。だから相手が気付かなくても不思議ではなかった。むしろ気付いた方がどうかしているだろう。

 そんな状況に鈴音は街灯の後ろにある草むらに身を隠しながら相手が通過するのを見守る。草むらの中で息と気配を殺して相手が通過するのを待つ鈴音。けれども同時にいつでも草むらの中を一気に駆けられるような準備もしていた。

 なにしろ相手が羽入家の血筋なら銃器を持っている事は確実だ。さすがの鈴音も銃器を向けられては対抗する手段を持ってはいない。だからこそ、ここは逃げる事を優先させるために鈴音は準備を怠らなかった。

 そして相手の姿が徐々に見えてくる。どうやら相手は小柄なようで、鈴音よりも背は低いようだが、相手が羽入家の血筋なら決して侮る事は出来ない。だから鈴音の警戒心は解かれる事なく、更に相手を観察する。

 その相手は徐々に街灯の光に照らされて足元から徐々にその姿を現してきた。そして鈴音はその相手に驚く事になる。

 あれは……七海ちゃんっ! 姿を現した七海に驚きはしたものの、鈴音は瞳孔を開かせるだけで、決して身動き一つしなかった。もし、ここで少しでも動いてしまえば七海に気付かれる事は確実だろう。

 それに七海に関しては源三郎からの言葉もある。だから顔見知りの七海であっても鈴音は決して気を許す事は出来ないのだった。確かに七海は羽入家の血筋に当たる。けれども源三郎はそれだけでは無いと言っている。七海には何かしら特別な力が有るか、玉虫と繋がっていても不思議では無いと鈴音は推理したからこそ、鈴音は今の七海に決して警戒心を解く事は無かった。

 それに七海の姿を見れば正常ではない事はすぐに分かった。着ている服はいつもの制服だが、その制服は血まみれになっており、七海の両手には拳銃が握られていた。そのうえ表情はいつもと変わらないのだから、その不一致が鈴音は不気味でならなかった。そして、その不一致が鈴音に確信を持たせる。

 ……やっぱり、七海ちゃんだけが特別なんだ。だからあんないつも通りの表情で……あんな事をしてるんだ。それにしても……いったい七海ちゃんに何があったら特別になったの? 鈴音がそんな疑問を抱いていると七海は更に歩みを進めて街灯の下を通過する。そしてそのまま鈴音に気が付かないままに通り過ぎると鈴音は一安心したが、七海は突然歩みを止めると鈴音に向かって銃口を向けてきた。

 気付かれたっ! 鈴音はすぐにその場から逃げるか、あえて留まって七海から情報を引き出すかの二択に絞った。それは七海が正気なら話し合うだけの価値があると鈴音は判断したからだ。けれども七海は意外な行動を取る。

 七海は鈴音に向けた銃口を下ろすと、鈴音が隠れている草むらに向かって、鈴音が思いもよらなかった言葉を投げ掛けてきたのだ。

「そこに居るのは鈴音さんですね。大丈夫ですよ、私達は村人しか殺しませんから。だから村人ではない鈴音さんは殺しません。ですからそんな所に隠れてなくても大丈夫ですよ」

 そんな言葉を投げ掛けてきた七海に鈴音は驚きを隠せなかった。何しろ七海は草むらに誰かが隠れている事を察しただけではなく、隠れている人物が鈴音だと断定してきたのだから。だから鈴音にとっては七海が発した言葉は驚きで、その言葉で鈴音は七海と話をするだけの価値があると判断した。

 鈴音は意を決して草むらから出ると七海と対峙する。鈴音は七海に鋭い視線を送っているが、七海はいつもどおりだ。それどころか七海の顔には余裕に満ちた笑みすら感じるほどだ。そんな七海を見て鈴音は七海との会話を開始する。

「七海ちゃん、よく私が隠れてるって分かったね?」

 一番最初にそんな疑問をぶつける鈴音。そして、そんな疑問をぶつけられた七海はいつも通りに軽く笑みを浮かべながら答えてきた。

「それは簡単な事ですよ。今の私には人の気配を察知する……そう、勘みたいな物が宿ってますから。そしてその人物が、この村の者かどうかも分かるようになってます。ですから、草むらに誰かが隠れている人物が居る事はすぐに分かりました。そしてその人が村人で無いという事も、その後は二択ですね。この村で村人ではない人は限られてます。それにこんな状況で外に出る人物も限られてます。ですから鈴音さんか沙希さんのどちらかと思いました。けど、私と鈴音さんはどうやら因縁があるみたいですから、たぶん鈴音さんだと思って声を掛けただけですよ」

 ……因縁、確かに私は七海ちゃんに好意は抱いていたけど、因縁は感じなかったな。そんな事を思う鈴音。けれども七海はそうは思っていなかったようだ。

「それに……沙希さんなら私を見れば必ず殺気を放つ事でしょう。けれどもそれが無かった。だから私はそこに鈴音さんが居るものだと思ったんですよ。それに……鈴音さんの事ですから全て承知でしょうね。こんな状況で外を出歩いているのですから……やっぱり私と鈴音さんには因縁があるみたいですね」

 そんな七海の言葉に鈴音は始めて言葉を返した。

「七海ちゃん、私は、どちらかと言えば七海ちゃんも源三郎さんも好きだよ。でも……縁はあっても因縁と呼ばれる物は持ってないと思うんだけど」

 鈴音はなるべくいつもの調子で七海と会話した。七海が特別なのはすでに分っている。だからこそ動揺する訳には行かないのだ。もし少しでも隙を見せてしまったら七海に付け込まれるだけだろう。だからこそ、鈴音もいつもの調子で七海と会話をするのだった。

 そんな鈴音の言葉を聞いた七海は一瞬だけ驚きの表情を見せると笑い出した。そんな七海に鈴音はいつものように頬を膨らませながら訪ねるのだった。

「七海ちゃん……何もそこまで笑わなくても良いと思うんだけどな」

 そんな鈴音の言葉に七海は笑いを堪えるように、笑うのをやめると、少し涙が出た目を軽く拭いてか鈴音との会話を再開した。

「それはすいませんでした。でも……今の私を見て、そんな事を言えるという事は……ある程度の事は察しが付いているんですね」

 そんな言葉を発する七海に鈴音は内心で驚きはしたものの、その驚きを決して表に出す事は無かった。

 確かに今の七海を見れば誰もが異常だと思うだろう。なにしろ身体中に返り血を浴びており、両手には拳銃を持っているのだから。そんな人物といつものように普通の口調で会話を始めたのだから鈴音がある程度の事を理解してると七海は思ったようだ。

 あぁ~、やっちゃったかな? 七海の言葉を聞いて鈴音はそんな事を思う。確かに七海の言うとおりだ。今の七海を見て驚かないという事は……ある程度の推論を立てているという事と、七海が他の羽入家の血筋とは違うと言う事を鈴音は理解しているというのを教えたのと同じだ。だからこそ、鈴音はちょっとだけ自分の行動に後悔するものの、ここはあえて牽制に出るのも悪くないとすぐに思考を切り替えることにした。

「う~ん、まあ、ある程度の事は理解しているつもりだよ。だから私としては七海ちゃん達を止めようと思ってるんだよね」

 あえてそんな事を口にする鈴音。確かにバカ正直な言葉だろうが、その言葉に七海がどう反応してくるかで、これからの対応が決まってくる。だからこそ鈴音はあえてそんな言葉を発したのだ。

 そんな鈴音の言葉を受け取って七海は微笑んでみせる。

「そうですか……なら、しかたありませんね」

 そんな言葉と共に七海は鈴音に向かって銃口を向けると一気に発砲した。

 撃たれたっ! 鈴音は思わずそう思い両腕で顔を隠してしまう。……けれども、鈴音には傷みも、出血する感触も感じないままに少しの時間だけ顔を腕に隠していた。

 ……あれっ? 撃たれた感触を選らないままに鈴音は瞳を開けて七海を見てみると、七海は確かに銃口を鈴音に向けており、そして発砲した証拠に銃口から煙のような物が微かに見える。だが鈴音には撃たれた感触も無いし、鈴音は自分の身体を見てみるが、どこも撃たれたような場所は見つける事は出来なかった。

 そんな事をしているうちに鈴音の後ろから人が倒れるよう音がしたので、鈴音は思いっきり驚いてそちらに目を向けると、そこにはどこかで見覚えがある人物が倒れていた。名前も顔もはっきりしないが、この村で出会った事は確かな事であり、七海が撃った人物がその人だと鈴音はやっと理解した。

 そんな鈴音に七海は少し微笑みながら話しかけてきた。

「先程も言ったじゃないですか。私達は村人しか殺しませんと、だから鈴音さんを殺す事は無いですよ」

 七海は微笑を絶やす事無く、そんな言葉を口にすると、撃たれた村人が呻き声を上げてきた。どうやら致命傷は避けたようだ。そんな村人の呻き声に鈴音は思わず駆け寄ろうとするが、その前に七海が更に発砲する。

 その発砲音に鈴音は思わず耳を塞ぎながらも、七海が行った残酷な光景を目にする。

 どうやら七海は一発では死ななかった村人に対して更に発砲を重ねて確実に死ぬまで、何発もの銃弾を撃ち込んだの。村人の身体は銃弾を撃ち込まれる度に、その衝撃で跳ね上がり、そんな事を何度か繰り返しているうちに、すっかり村人は動かなくなり、村人は自らの血で出来た血溜まりに身体を沈める事になった。

 そんな光景に鈴音は驚きを隠せなかった。それはいつもの七海からはとてもではないが想像できない光景だったからだ。いつもの七海は確かに沙希に言わせれば気に食わない程に偉そうな感じがしただろう。けれども、それは七海が羽入家として、そのような教育を受けてきたのだと鈴音は勝手に思ってきたからだ。そんなお嬢様の七海が微笑みながら人をあっさりと殺したのだ。それも鈴音の目の前で。だからこそ鈴音は驚きを隠せなかった。

 そんな鈴音は殺された人物をしっかりと見詰める。その村人はすっかり息絶えて身動き一つ、呼吸をしてる気配も無い。すでに死んでいる事は明きからであり、七海がその人物を殺した事も明らかである。

 鈴音は七海が殺した屍を見て、視界が歪むのを感じた。確かに羽入家の血筋が狂気に囚われた事は千坂から話しに聞いていた。けれども、こうして実際に目の当たりにすると、どうしても鈴音は自分が正気を失いそうになり、吐き気すら覚えた。

 だが、そんな状況でも鈴音は奥歯を強く噛み締め、拳を強く握り締める事で自分の意識がどっかに行ってしまう事を防いだ。確かにこんな光景を突然目にすれば鈴音もショックで意識が飛んでもおかしくは無いだろう。けれども、先程の会議で羽入家の血筋が暴走したように人を殺している事は百も承知だ。だからこそ、鈴音はそのような事を予め想像してショックに耐えられるようにしていた。

 だが想像と現実にはどうしてもギャップがある。そのギャップに鈴音は少しの間だけショックで意識が飛んでいたに過ぎない。だが、想像をしていた事だけに鈴音はすぐに平常心を取り戻す事に成功し、冷静さを取り戻すと先程のようにいつもと同じ口調で七海と話を続け始めた。

「なるほど、羽入家の血筋が平然と村人を殺してるのは本当みたいだね~。うん、これで良く分かったよ。それで七海ちゃんに一つだけ聞きたいんだけど、七海ちゃん達の目的はどこにあるの?」

 そんな言葉を発してきた鈴音に今度は七海が驚きを隠せなかった。なにしろ、つい先程鈴音の目の前で村人を殺した直後である。それなのに鈴音はまるで何事も無かったかのように話を続けてきたのだ。

 普通ならそんな事態が目の前で起これば目撃者は混乱するか、悲鳴を上げるか、どちらにしても普段ではしない反応を示して当然だ。それなのに鈴音はまるで七海がやった殺人が取るに足らない事のような反応を返してきたのだ。その事には七海も驚かずにはいられなかった。

 だからだろう、七海が思わずその事について聞き返してきたのは。

「私は鈴音さんの目の前でその人を殺したんですよ。それなのに……随分と落ち着いてるんですね」

 そんな七海の言葉に鈴音は少し考える仕草をすると答えを返してきた。

「だって、羽入家の血筋が暴走したように殺戮を繰り返しているのはすでに知ってるから、七海ちゃんは羽入家の血筋でしょ。だから人を殺しても驚く事も無いんじゃない。だって羽入家の血筋は殺戮を繰り返してるんだから」

 確かに鈴音の言うとおりに七海はこれまでも何人もの人を殺している。だが、鈴音のような反応を示してきた人物は鈴音が始めてだからこそ、七海は驚きも隠せなかった。

 けれども、その鈴音も見た目以上に余裕がある訳ではない。今は七海の言葉を信じて強がっているに過ぎなかった。七海は何度も『村人以外は殺さない』と断言している。その時点で鈴音の安全はある程度確約されているのも同然だ。だからこそ、鈴音はあえて強気に出たのだ。そうする事で、七海を牽制するのと同時に手を出し辛くしたのだ。

 そんな鈴音の作戦が功をそうしたのか、驚くのは鈴音ではなく、七海になってしまった。そんな七海を見て、鈴音は更に追い討ちを掛けるように話を続けた。

「じゃあ、さっきの質問をもう一度するね。七海ちゃん達の目的は何?」

 そんな鈴音の質問を受けて七海もやっと冷静さを取り戻してきたのだろう。さすがの七海も未だに驚いている事は確かだが、ここでうろたえては鈴音に付け込まれるのは確実だ。だからこそ七海は無理矢理冷静さを取り戻す、いや、自分自身に思いこませて鈴音との会話を始めた。

「目的? 何の事ですか? 鈴音さんならすでに分ってるでしょう。羽入家の血筋は暴走して殺戮を繰り返してると」

 そんな返事を聞いて鈴音はあえて呑気な声で「う~ん」と唸ってから話を続ける。

「私が聞きたいのは羽入家の目的じゃなくて、七海ちゃんとその共犯者が何を目的として、こんな事をしてるのかって事なんだけな~」

 その言葉を聞いて七海の態度は始めて変化を見せた。先程までの微笑みは一気に消えて、鋭い眼差しを鈴音に送っている。表情からも余裕が消えて、今にも鈴音を殺してしまいそうなほど鋭い物になっている。

 そんな七海が静かに言葉を発してきた。

「どうやらこれ以上はやっても無駄みたいですね。だからそろそろ止めませんか。お互いに腹の探り合いは。だから率直にお尋ねします。いったい何を企んでるんですか?」

 そんな七海の言葉を受けて、鈴音は今までの呑気な表情を変えて、七海のように鋭い眼差しと表情になる。どうやら鈴音も覚悟を決めたようだ。だからこそ自分の推測を信じて七海との話を進める。

「そうだね。どうやら七海ちゃんとその共犯者の企みは成功したみたいだから。私達はそれを潰すのが目的かな」

 そんな言葉を放つ鈴音。そんな言葉を受けて七海は鋭い眼差しのままに笑みを浮かべて見せた。

「共犯者ですか、それはいったい誰の事ですか? それに私が何かをしているという確証でもあるんですか?」

 七海の言葉に鈴音はあえて困ったような表情を見せた。

「う~ん、実はそれが問題なんだよね。その共犯者が分からないから困ってるんだけど、でも……何をすれば良いのかは分かってるつもりだよ」

 あえて玉虫の存在を言葉に出さない鈴音。それは七海に鈴音がどこまで推理しているかを隠す役割もあったが、七海から玉虫という言葉が出れば七海と玉虫が繋がっている事が確実な物になるからだ。そんな七海の自爆を狙っての言葉だが、七海はそこまで甘い人物では無い事を鈴音は改めて思い知らされる事になる。

「そうですか、それは残念ですね。でも……これから鈴音さんがやろうとしている行為は徒労に終わると思いますよ。だって……鈴音さんの推測は的外れですから」

 くっ……さすがは七海ちゃんだね。七海ちゃんからそんな言葉を聞くと私も自分の推理に自信が持てなくなってくるよ。でも七海ちゃん、その言葉こそが七海ちゃんに余裕を無くすんだよ。そんな確信を得た鈴音は更に七海との会話を続ける。

「そっか~、なら私には七海ちゃん達を止めるのは不可能だと言いたい訳だね」

「ええ、鈴音さんには私達を止める事は不可能です。ですから、すぐに安全な場所に避難したらどうですか、村人ではない鈴音さんと沙希さんは殺しませんから」

 取ったっ! 鈴音は七海の言葉にそんな事を思い、推測は確信へと進化した。そして先程まで失い欠けていた自分の推理に対する自信を取り戻した鈴音だった。なにしろ先程の七海が言った言葉にはそれだけの意味を含んでいたのだから。

 鈴音はその確信を確かにするために、ここはあえて危険な賭けに出た。

「そうだね。なら安全な場所に避難しようかな。例えば……村の境にあるオブジェのところとか、オブジェは村の境目にあるから一番安全と言えるよね」

「まあ……そうですね」

 言葉を濁してきた七海に鈴音は一気に追い詰める。

「あっ、そうそう。七海ちゃんはさっき私達ってはっきり言ったよね。それはつまり七海ちゃんの他に村をこんな風にしている人物が居るって事だよね。だって、さっきははっきりと私達と断言したもの。その私達は羽入家では無い事は確実だよね。もし羽入家なら七海ちゃんの場合だとはっきりと羽入家と特定するもの。でも……私達という事は……羽入家でも知らない。七海ちゃんしか知らない人物が居るって事だよね」

「…………」

 鈴音の言葉に七海は沈黙と睨みで返してきた。そんな七海を見て、鈴音もこれ以上は危険だと判断した。確かに鈴音の言葉は鈴音の推理に基づいて述べたもので、そんな鈴音の言葉に沈黙で返してきたと言う事は、鈴音の推理が七海とっては良くない方向に伸びているという事だ。

 だからその推理を確実な物にするためにここで七海に問い詰めても良いのだが、なにしろ七海の両手には拳銃が握られている。だから鈴音が全てを理解していると分かれば、七海は間違いなく鈴音を殺すだろう。それは鈴音が七海達の計画を確実に看破しており、これから、その妨害に出る事は確実だからこそ、ここで殺さないといけないと思ってしまうからだ。

 つまりこれ以上、七海を追い詰めてしまうと今度は鈴音が危険になってしまう。だからこそ鈴音は睨みつけてくる七海に対して、あえてこんな言葉を残す。

「七海ちゃん、私はまだ全てを理解していない。でも……必ず七海ちゃん達を止めてみせる。そして……この村を正常に戻してみせる」

「それは……宣戦布告ですか」

「私の目的は村を正常に戻す事だよ。そしてもしそんな私達の前に七海ちゃんが現れるのなら、それは宣戦布告になるね。それとも、今すぐに私を殺しておく。そうすれば、後顧の憂いが取れるかもしれないよ」

 あえて挑発的な言葉を発する鈴音。だが鈴音はあえてそんな言葉を七海に向けて放ったのだ。鈴音の言葉を受けて七海の反応を見れば、七海立場ははっきりとする。そしてその時こそ、七海と玉虫が繋がっている証拠にもなる。だからこそ、七海を追い詰める事無く、あえて挑発的な言葉を放ったのだ。

 そんな鈴音の言葉を受けて七海は顔を伏せると、気分が沈んだような姿を見せるが、すぐに片腕を一気に振り上げて鈴音に銃口を向けてきた。

 ……勝った。七海の行動にそんな事を思う鈴音。銃を突き付けられているというのに鈴音は冷静だった。それは七海が絶対に撃たないという確信を得ていたからだ。

 七海も鈴音の言葉を聞いて鈴音が自分達の計画を潰しかねない危険なファクターなのは確信していた。だが、鈴音は未だに何もしていない。ただ危険因子というだけで村人以外を殺すのは七海達が築いてきたルールに反する行為であり、そんな事をすれば七海は敗北感を拭いきれないだろう。だからこそ七海は鈴音を撃てないのだ。たとえ鈴音が計画にとって危険な存在になるかもしれないけど、ここで鈴音を殺してしまえば七海は鈴音に勝つ機会を永遠に失って、一生敗北感を背負っていく事になる。

 それに七海達には今まで計画通りに事を進めてきたという勝利感がある。それがあるだけに、ここで鈴音を殺して敗北感を味わう事は七海のプライドが許さなかった。だからこそ七海は鈴音を悔しげに睨みながら銃口を下ろすのだった。

 そして七海は銃を真横に向けると弾丸が無くなるまで発砲を続けた。別にそこに村人が居たから発砲した訳ではない。七海は発砲を繰り返す事でストレスを発散して、少しでも頭を冷静に動かそうとしたのだ。

 そんな七海の行動を鈴音は冷静に見守っていた。発砲を続ける七海は弾丸が無くなって、三回ほど引き金を引いた後、慣れた手付きで空になった弾倉を取り出すと、新たに充分な弾丸が詰まった弾倉と入れ替えた。

 そして七海は再び鋭い眼差しで鈴音を睨みつけてきた。

「鈴音さんがどこまで理解しているか分かりかねますが、絶対に私達の邪魔はさせません。それに……私が動かなくても何か有ればすぐに動く人が居ますから。だから今は見逃してあげます。……でもっ! 鈴音さんが最終局面まで辿り着く事が出来たのなら、その時には必ず殺します。これ以上は邪魔される訳には行きませんから」

 そんな言葉を残して七海は鈴音の横を通り過ぎようとするが、すぐに鈴音はそんな七海に向かって話しかけた。

「七海ちゃんっ! ……一つだけ教えて欲しい。七海ちゃんが……ここまでする理由って何? どうしてこんな事をするの?」

 そんな問い掛けに七海は鈴音に顔を向ける事無く、言葉だけを鈴音に届けた。その声は少しだけ悲しげで、そして儚げだった。

「鈴音さんには分かりませんよ。私の気持ちなんて……もし、もし知りたかったら最終局面まで来てください。これは私からの挑戦状です。この挑戦を受けるのなら、その時にお答えしますよ」

 そんな言葉を残して七海は再び歩き始める。そして鈴音の横を通り過ぎて行こうとするが、鈴音はそんな七海に向かって叫ぶ。

「七海ちゃんっ!」

 それだけで後はなんて言って良いのかは鈴音には分からなかった。ただ、七海にはこんな事はすぐに止めて欲しい。そんな気持ちだけで七海を呼び止めたのかもしれない。だが七海には確固たる決意があるのだろう。鈴音の叫びに足を止める事は無かったが、七海は何かを思いだしたような仕草をすると足を止めて、振り向く事無く、鈴音に向かって言葉を放った。

「鈴音さん、最後に教えてあげますよ。この村で最終的に生き残るのは羽入家の血筋と美咲だけです。だから……琴菜さんは最後に殺す事にします。もし……鈴音さんがそれまでに私達を止める事が出来たなら……琴菜さんは助かりますよ。では……頑張ってくださいね」

「七海ちゃん……」

 七海の言葉に少しだけ動揺する鈴音。それは七海の放った言葉がまるで七海が自分を止めて欲しいと言っているようにも聞こえたからだ。だからこそ鈴音は去っていく七海の背中を悲しげに見送る事しか出来なかった。

 そして完全に七海の姿が見えなくなると鈴音は七海が残してくれた言葉に付いて考えてみる。

 ……やっぱり、全ての中心には美咲ちゃんが居たんだ。だから美咲ちゃんは殺される事無く、生き残ることが出来る。それは美咲ちゃんと玉虫に何かしらの因縁があるからかもしれない。そう考えれば美咲ちゃんが生き残る理由が出来る。それと同時に玉虫にとって美咲ちゃんが大事な存在だという事が証明される。そんな事を考えた鈴音は改めて美咲について考えてみる。

 もしかしたら……美咲ちゃんが玉虫を復活させるために何かをしたのかもしれない。ううん、美咲ちゃんは自らそんな事をするはずが無い。だったら……玉虫が美咲ちゃんを利用していると考えた方が辻褄が合う。……許せない。ただでさえ美咲ちゃんは姉さんの事で傷ついているのに、ここでも美咲ちゃんを利用しようなんて……絶対に許せないっ! だから美咲ちゃん絶対に助けるから。美咲の事を考えてそのような決意をする鈴音。

 どうやら鈴音は美咲が玉虫の元に居ると考えたようだ。それなら七海が残した言葉にも辻褄が合う。玉虫にとって美咲が無くてはならない存在だからこそ、最後まで生き残ることが出来るのだ。それだけ美咲の存在が玉虫にとっては重要なのだろう。

 もちろん七海が嘘を付いている可能性もある。けど……先程の事で七海は完全に敗北感を感じたはずだ。だからこそ、今更嘘を付いて鈴音を混乱させるような事は言わないだろうと鈴音は判断した。

 その理由としてはやはり七海の感情を考えてみれば分かる事だ。七海はこれまで自分達の計画通りに進んできた事に優越感を覚えていた。それが先程、鈴音の言葉で一気に崩されたのだ。そんな鈴音に対して七海が今更嘘を重ねる事は出来ないだろうと鈴音は思ったのだ。もし、そこで嘘を付いてしまえば敗北感を強めるだけだ。しかし、本当の情報を与えて、それを後で逆転できれば今までの敗北感を一気に払拭できる。だからこそ七海は本当の情報を鈴音に与えたと考えて良いと鈴音は判断したのだ。

 けれども、どの事実も全ては状況証拠と鈴音の推理に過ぎない。未だに玉虫が絡んでいるという確証が無いからには、この事を全員に伝える事は出来ないと判断したのだろう。だからこそ、鈴音は七海と出会った事を全員に伝える事無く、重たいハンマーを背負いなおして再び、自分の目標である柱を目指して歩き始めた。

 だが鈴音はすぐに立ち止まる事になる。七海が居なくなり、考えがまとまったところで緊張の糸が解けたのだろう。鈴音は激しい吐き気をもよおすと、街灯に寄り掛かり、そのまま膝を付いて、草むらの中に一気に吐いた。

 さすがの鈴音も強がっていただけで精神的なショックは大きかったようだ。なにしろ人が目の前で殺されたのに平常心を装っていたのだから。それだけでなく、七海とのやり取りも強がっていたに過ぎない。だからいつ七海に殺されるかもしれないという恐怖心を拭いきれない部分があったのは確かだ。

 けれども無事にやり過ごす事が出来た。その事で一気に安心した鈴音の緊張は一気に解れて、先程までの強がりやショックが一気に来たのだろう。だから鈴音は全てを吐き出すかのように、草むらの中に胃が空っぽになるのではないのかと思うぐらいの量を一気に吐き出したのだ。

 それほどまでに鈴音が受けたショックが強かったのと、それを抑えるためにかなり強がっていたのだ。そんな状態に鈴音もやっと自分自身がかなり無理していたのだと、やっと気が付いた。けれども、そのおかげで確信は確証に変わった。それだけも無理をしただけの事はあると言えるだろう。

 だが、やっぱり気になるのだろう。鈴音は吐き気が無くなると、殺された村人に目を向けた。幸いな事に地面に伏せるように倒れているために顔は見えない。だから死んでいる実感は少しだけ薄れた。けれども死んでいるのは確かであり、その死体が血溜まりに沈んでいるのも確かな事だ。

 そんな死体に鈴音は悲しげな視線を送ると少しの間だけ死体を見詰める。それから再び視線を前に戻すと少しの間だけ瞳をとじて思う。

 今までは実感がなかったけど……村ではこんな事が行われてるんだ。……止めないと、こんな事は絶対に止めないとだよね。それは自分の為とか誰かの為じゃない、私自身がそうしたいと決めた事だから。だから七海ちゃん……絶対に止めてみせるよ。そして七海ちゃんも……絶対に助けてあげるから。

 最後になんでそんな事を思ったのかは鈴音自身にも分からない。けれども七海を見ていて、鈴音はそんな風に感じたのだから、もしかしたら七海は助けを求めているのかもしれないと鈴音は心の片隅でそんな事を思い始めた。

 だが、それ以上は考える事を止めた。今はこの状況を止める事を優先させる事が最重要事項だ。だから鈴音は桐生家を出る際に琴菜が渡してくれた。ペットボトルに入った水を取り出すと、それで口の中を洗って吐き出し、水を半分ほど飲み干すと、立ち上がって再び自分が目指すべき柱に向かって歩き始めた。



 その頃、吉田は目的の柱であるオブジェに到着していた。吉田はオブジェから遠くに車を止めるとトランクを開けた。そこにはさまざな武器が所狭しと仕舞い込んであり、中には手榴弾までもがあった。

 吉田はその中からスナイパーライフルつまり狙撃銃である。それを取り出すと使い物になるかをしっかりとチェックした。どうやら問題無く使えるようだ。その事を確認した吉田はライフルを片手にトランクを閉めると、ある事を実行するためにスナイパーライフルを構えるのだった。







 え~、そんな訳でやっと上げる事が出来ました第三章ですが……やっぱり予定以上に増えて四話になりました。そんな事もあり、更新が遅れたのですが、その他の詳しい事は私のブログでご確認ください。

 さてさて、そんな訳で今回は鈴音と七海の心理戦みたいな展開になりましたね~。まあ、まだ鈴音達は確証も無く、鈴音の推理を信じるという段階で行動を取ってますからね~。七海から得た情報は貴重でしょうね~。

 まあ、そんな事はさて置き。やっと……七海が表立って動いてきましたね~。というか、私は断罪の中では七海が一番気に行っているキャラなので、やっと表立っての登場に喜んでおります。……まあ、またしばらくは出番が無いんだけどね。

 次に出てくるのは……たぶん五章ぐらいになると思います。……すまん七海。一応重要な位置に立つはずの七海なのに出番が少なくて。でもでも、終盤辺りには出番が多くなったりして~。……まあ……たぶんね。

 まあ、その分だけ咎では語りつくせなかったのを三部作目で語ろうかと思っております。まあ、三部作は番外編というか各人物ごとの話になるので、断罪を深く理解するのには打ってつけの話になるのではないのかと思っております。

 さてさて、今回はこの辺で終わりにしましょうか。……いや、だって、書いている方は後書きを一気に書いているから、全部書いちゃうと後が続かないんだよね~。

 という事で締めます。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、これで久しぶりに残酷な描写が入ったかな? と疑問に思っている葵夢幻でした。

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