リア充の正体 後編
※本話には、家庭環境や恋愛観・価値観のズレを含む描写があります。
日常会話風の展開ですが、会話の裏に潜むマウントや探り合いなど、人間関係に敏感な方はご注意ください。
真実はいつも、
言葉の外側に潜んでいる。
菜津が知らない“会話の裏”で、
何が交わされていたのか。
後編では、ランチ会の続きを
菜津の視点と
可奈子の観察を交えつつお届けします。
「この間のソウル旅行、良かったねぇ~!」
そう声をかけてきたのは桃子だった。
次のランチ会の席で、何食わぬ顔で菜津の向かいに座ると、まるで親友のようなトーンで話しかけてきた。
菜津はとっさに表情筋を動かし、作り笑いで応じる。
「うん。子どもたちと3人で久しぶりの旅行。
ちょっと贅沢しちゃった」
菜津も桃子に反撃する。
「写真、めっちゃキレイだったよー。
あのカフェ、何て名前?」
「ん?えっと……。何だっけ?
ナントカラテって名前だったと思うけど。
ごめん、忘れちゃった」
打撃を受けた印象のない物言いに、菜津の胸には苛立ちが募っていた。
(あんたが知ってるわけないでしょ、そのカフェ。
知ってるのは……。
あの人の“最近の行き先”だけ)
小百合がニヤニヤと2人の会話を聞きながら、唐揚げにレモンをかけた。
「菜津は写真だけじゃなくて、旅行先のタグ付けも完璧だよねぇ。
まるでプロインフルエンサーだね。
お仕事始めたら?」
その言葉には一見悪意はなかった。
けれど小百合の言葉は、いつも──
“冗談めかして人を刺す”。
「ありがとう。でも、趣味だから。
仕事にしたら、楽しめなくなりそうで」
菜津が笑って答えると、すぐさま亜美が水を向けてきた。
「でも、リアルが一番って言う割に、投稿はいつも加工すごくない?
あ、悪い意味じゃないけど」
一瞬、空気が止まった。
それを救ったのは、桂子の“正論”だった。
「亜美、そういうの今は普通だよ?
自撮りも加工も、ママ友の世界じゃ当たり前。
ね、菜津?」
「……そうね。
加工しないと、“映え”ないから」
菜津はグラスの水を口に含んだ。
冷たい水が喉を通っていくのに、胸の奥はどんどん熱くなっていた。
彼女たちは、知っている。
わかっていて、笑っている。
まるで、落ちかけの女を囲って輪になって笑う……
意地の悪い子どもたちのように。
可奈子はそのとき、黙って隣で紅茶をすするだけだった。
けれど菜津は、可奈子の目を見た瞬間、背筋に薄氷が走るのを感じた。
(可奈子。あんた……もしかして)
可奈子の目は、すべてを見通しているようだった。
真実を口にしないかわりに、他人の嘘を観察しては、飲み込む。
可奈子の無邪気な笑顔は、時に一番残酷だった。
その日、ランチ会が終わったあと、菜津は可奈子を追いかけて歩いた。
ほんの2分の道。誰もいない路地。
「ちょっと、可奈子」
「ん? なに?」
「……何か知ってるでしょ」
可奈子は一度、立ち止まり顔を上げた。
「なにを?」
「桃子と、あの人のこと」
一瞬の沈黙。
セミの鳴き声が、蝉時雨のように鼓膜を打つ。
可奈子はため息をついてから、ゆっくりと微笑んだ。
「知ってるっていうか。
“見えた”だけ?
昨日の桃桃子の目。昔、あんたがあの人に夢中だった頃の目と同じだったから」
「……」
「でも、それって不倫とか略奪とか?
そういう話にするには、ちょっとおかしいんだよね」
「何がよ」
「“あの人”が、本当に桃子を選んでるのか。そこが一番怪しい。
桃子は誰かの男と関係を持つことで、やっと自分の価値を感じる人。
あんたの夫ってだけで、ちょっと“光って見えてる”だけかもよ」
「どういう意味…?」
可奈子は、ほんの少し肩をすくめた。
「だから。全部本当かどうかなんて、わからない。
ただ、誰かを羨んだ目をしてた。
可奈子、あんたも、そうだった」
その言葉は、菜津の胸に鋭く刺さった。
菜津は何も言えず、そのまま立ち尽くすしかなかった。
虚栄と嫉妬と見栄とプライド。
それらが交錯するランチ会という名の“公開処刑”。
その中で、自分はいつの間にか“狙われる側”になっていた。
菜津は歩き出す可奈子の背中を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……私、本当は幸せなんて思ってなかったのかもね」
可奈子は振り返らなかった。
けれど、その背中は、どこか“勝者”のそれに見えた。
言葉は優しくても、
誰かの正しさを押しつけるのは、
戦いの始まり。
それでも彼女たちは、
笑顔を保ったまま自分の立場を主張する。
菜津の仮面は、
少しずつひび割れを見せ始めた。
だが、この物語の真の恐ろしさは、まだ序章。
次回は「桂子」が抱える
“家族と介護”の裏で、
さらに複雑なマウント合戦が始まります。
さらに深く「知られたくない日常」へ。