ランチ会 後編
※本話には、家庭環境や恋愛観・価値観のズレを含む描写があります。
日常会話風の展開ですが、会話の裏に潜むマウントや探り合いなど、人間関係に敏感な方はご注意ください。
人はなぜ、
昔の友と会いたがるのか。
懐かしさの中にあるのは
安心?
それとも優越感?
マウントが交錯する午後
腹に溜まるのは料理ではない。
トイレから戻った可奈子がテーブルに戻ると、空気がほんの少しだけ変わっていた。
「なによ、その顔。
何かあった?」
そう聞く可奈子に、小百合がニヤニヤしながら耳打ちした。
「桃子がさ。ほら、また“彼氏”の話始めちゃって。
3人いるとか言っててさ〜。そのうち1人、なんか……。
ほら、菜津の旦那に似てるね?って話になっちゃってさ〜」
可奈子は笑った。声を出さずに、目だけで。
「小百合……。あんた、空気読まなすぎ。
今度はマジでケンカになるよ」
「いいじゃん。
ケンカもスパイスだよ、人生の。
ねぇ、桃子」
桃子は、グラスの中のストローをくるくると回している。 さっきまで饒舌だった唇は、不自然なほどに閉じていた。
「似てる。って、だけよ。
そんなわけないじゃん」
「でもさ、その“似てる彼”の特徴?
さっきから聞いてると、菜津の旦那にドンピシャなんだよね」
小百合が笑いをこらえながら言うと、菜津がゆっくりと顔を上げた。
「……は?」
その声は、冷蔵庫の奥にしまわれた氷みたいに、冷えていた。
「桃子〜!?
あなた、また誰かの旦那に手を出してるの?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!
なんで私がそんな……。
っていうか。そんなの偶然でしょ!?」
「だって桃子。前に亜美の旦那とも……ちょっとあったよね?」
小百合の言葉に、周囲が一瞬凍りつく。
桂子がため息をついた。
「またその話?
……小百合。いい加減そういうの掘り返すのやめたら?」
「だって〜、事実でしょ?
ねぇ、可奈子も覚えてるよね?」
可奈子は笑った。
「うん。
でも私は、桃子の“本命”が誰なのかの方が気になるなぁ」
そう言って、あえて“菜津の旦那”の名前を出さなかった。
桃子は焦ったように視線を泳がせた。
その様子を見て、菜津の表情にひびが入る。
「まさか、本当に……?」
「違うって!
菜津の旦那なんて、顔すらちゃんと覚えてないし」
「あーあ、それ言っちゃう?
菜津の旦那、あんたのインスタのフォロワーにいるよね?」
小百合の無遠慮な爆弾投下に、ついに菜津が声を荒げた。
「ふざけないでよ!あんたたち、何なの!?
このランチ会、ただの噂話と攻撃の場じゃない!!」
「それは言えてる」
美知子が静かに呟いた。
「でも、集まりたいのは皆そうなんでしょ?
どこかで…“自分は間違ってない”って、確認したいだけ」
全員が、沈黙した。
沈黙の中で、可奈子はふと思う。
(なんで私……。こんな時間に付き合ってるんだろう)
桃子の表情は今にも泣きそうだったが、化粧の濃さがそれを遮っていた。
菜津は、苛立ったままスマホを取り出し、何かを確認するふりをして席を立った。
「ちょっと、電話。外出るね」
誰も引き止めなかった。
彼女のハイヒールの音が店内に響き、その余韻だけがテーブルに残る。
「なんか、やりすぎちゃった?」
小百合が言う。
「やりすぎなんて、いつもでしょ」
可奈子が笑った。
「でも、あんたたち、案外みんな正直よ。
私、菜津より桃子の方がマシだと思ってるもん」
「はぁ?
ちょっと、どういう意味よ〜!」
桃子が突っ込むと、桂子がふっと笑った。
「くだらない女の争いね。
でも、やめられないんだよなぁ。なんでだろうね?」
「ねぇ、それよりデザート頼まない?」
小百合がすっと手を挙げる。
「このあと、帰りにカフェでも行こっか〜。
今度はタピオカでも飲む?BBAだけど」
「いや、あんたが言うな」
全員が、ふっと笑った。
重たくなった空気が、一瞬だけゆるむ。
可奈子は、その場を遠巻きに見ている自分に気づいていた。
(いつも私は、外から眺めてる。
共感してるふりして、どこかで線を引いてる)
でも──。それで、いい。
テーブルの下、スマホには再び通知が来ていた。
《予約確定。宿は川沿い、貸し切り温泉あり。》
可奈子は微笑む。
(私の本当の人生は、あの場所にある。ここじゃない)
7人が再会した、とあるランチ会。
「久しぶり」という言葉の奥には、
年月の差よりも
気まずさの温度差があったのかもしれません。
7人の女たちのランチ会は、
ふたたび開催されます。
張り合い、
笑い、
傷つけ合い、
それでも集まる。
虚しさの中で、
自分を確認するために。
次回は
それぞれの「今」の裏側が、
少しずつ明るみに。
菜津の視点から
“崩れていく現実”が描かれます。