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 第5話 母という名の誇り 前編

※本話には、夫婦間トラブル、秘密の過去、家庭内のもつれに関する描写が含まれます。

 また、口喧嘩や明確な対立の場面が出てきます。人物同士の緊張関係にご注意ください。



今回は、

子ども8人の“最強母”亜美が、

久々にランチ会へ登場します。


「産んだ数」が幸せの証なのか?


無言の圧に、

他の女たちがザワつく回です。




「来た来た来た……!」小百合が口元を覆って言った。


 その声に菜津も桂子も一斉に振り返る。


 入り口の自動ドアが音を立て、光の中から現れた。

 亜美だ。


「……ほんとに来たんだ」


 桂子が低く呟く。


 まるで“伝説のポケモン”が現れたかのような空気に、可奈子は内心で苦笑した。


 亜美は、長袖のロングワンピースに日焼け帽、肩にはエコバッグを二つ。

 姿勢は相変わらず良く、堂々としている。


 目立つブランドも着ていないが、どこか「女としての貫禄」がにじみ出ていた。


「ごめーん、遅くなっちゃった!

 バスの時間、合わなくてさ〜」


 声のトーンも昔と変わらない。


 けれど、その声には、8人分の母としての“威厳”と“疲労”と“勝利”が織り交ざっていた。


「亜美ー! ひっさしぶり!

 え、最後に会ったのっていつ?」


「去年の春くらい……?

 7番目が中学入学した頃かなぁ」


 亜美が席に着くや否や、周囲の空気がスッと変わった。

 可奈子はそれを敏感に察知する。


──亜美が来ると、空気が“収束”する。


 いつもは誰かがマウントを取り合い、軽口を飛ばし、張り合っているのに。

 亜美が来ると、みんな自然と“劣等感”を意識し始める。


「で、最近はどう?

  子どもたち、全員元気?」


 桂子が無難に水を向けた。


 亜美は、うなずきながら言う。


「うん、まぁね。

 上の子は就職して実家出て、今は5人が家にいるかな。

 長男はまだ引きこもりだけど……。まぁ少しずつ外出はできるようになってきたし」


「えっ、引きこもりって……。

 もう何年?」


「もう10年目かな。

 19で一回働いて、でも辞めちゃって。それからずっと。 ま、そういう子もいるよね。

 8人もいれば、いろいろあるわ」


──8人もいれば。


 その言葉に、全員が同時に口を閉ざした。

 誰もが頭のどこかで思っている。


(ひとり産むだけで精一杯なのに、8人って……)


 亜美は悪気なく語る。


「下の娘……5人目の子ね、今年から柔道始めたの。

 4人目の三男が同じ年頃には家庭科クラブ入ったのに。

 なんかさ、子どもってほんと個性バラバラで面白いよ」


 その語り口は、“育てることの大変さ”を微塵も感じさせない。

 むしろ、人生の大半を費やしてきた「母という職業」に、彼女自身が誇りを持っているのが伝わってくる。


 すると菜津が、抑えきれずに聞いた。


「……ねぇ。

 それだけ育てて、老後とかどうするの?

 自分のこととか、考えてる?」


 その声色には、皮肉と不安が混じっていた。


 亜美は少し笑って言う。


「うん、そりゃ考えるけど。

 まぁ、今は子どもたちの笑顔が何よりの報酬かな」


「でもそれ、“自己犠牲”って言わない?

 自分を捨てて母親に全振りって、いつか子どもにも重荷になるよ」


 亜美は少しだけまぶたを伏せて、静かに答えた。


「そう思われても仕方ないよね。

 でも……。

 私は、“子どもを産める身体”だったことが、人生最大のギフトだったと思ってる」


 しん、と静まり返るテーブル。

 それぞれの胸に、異なる棘が刺さった。


 小百合は、子どもを手放した過去を思い出していた。


 菜津は、二人で精一杯だった自身の現実に思いを馳せた。


 桂子は、夫を亡くして母一人になった今。

 子どもがどこまで支えてくれるか不安だった。


 そして桃子は──。

(あたしは“母”って、そんなに偉いの?)と心の中で叫んでいた。


 可奈子だけが、黙って紅茶に口をつけていた。


(亜美は……。あの頃と変わってないな)


 いつも凛としていて、誰の言葉にも揺るがず、自分の人生を疑わない。

 その「揺るがなさ」が、時に他人にプレッシャーを与える。


「……そういえば亜美さ。

 あのとき可奈子に言ってたじゃん。

 『子どもって“育てる人間”が親なのよ』って」


 小百合が唐突に言った。


 亜美は「あ〜、言ったかもね」と笑いながらうなずく。


「可奈子は子どもいないけど、ちゃんと“人を見る目”ある。

 あのときから賢かったもんね。

 たぶん私の次くらいに母性あると思ってるよ、ほんとに」


「いやいやいやいやいやいや!」


 桃子が思わず笑いながら制止した。


「そういうこと言って〜。

 だから亜美って天然でマウント取るって言われるのよ〜!

 “私の次に”って! どんだけ自信あるの?」


 一同、爆笑。


 だが、その笑いの奥に、亜美の“誇り”が深く根を張っていることを、誰も否定できなかった。



「母であること」は、

彼女にとって勝利の証。


でもその光は、

他人の影を際立たせる。


次回後編では、

可奈子の静かな内面と


亜美との意外な“共鳴”が描かれます。


そして、

ランチ会の終盤に

“ある噂”がついに明るみに──


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