第41話 次の戦いはもう始まっている
「【火火葬送】」
若返ったリゼリアの蒼炎に灼かれ、魔王は本当の意味で天へと旅立った。
ちなみに蛇足だが、彼女は生まれたままの姿でここにやって来たので、目のやり場に困った俺はすぐに簡易な服を錬成して彼女に無理矢理着せていた。なのでそのあたりの心配は無用である。
「……」
皆一様に無言で、不規則に立ち上る灰の吹雪を見上げている。
思いはそれぞれなのだろう。魔族の長を失った悲しみや絶望感は計り知れないと思う。ただ俺はすでに、次に自分がどう行動すべきかだけを考えていた。
終わったことを嘆いても仕方がない。
今はただ、この先に進むべき道を決めることのほうが重要だ。
「ビエル様。今後のことなのですが……」
俺がこれからのことを決めるために話を切り出そうとしたら、ヴァンさんが先に話しを始めた。ヴァンさんはもしかしたら、俺と同じで気持ちの切り替えがすでにできているのかもしれない。
「私とラヴィ様は、これから南東の果てを目指します」
「南東?」
「はい。フジワラ領のちょうど真南。人がまったく立ち入らぬ渓谷のさらに奥地に、魔王様に匹敵する実力を持った、とある魔族が隠居しています。まずは魔王軍の立て直しを図るため、我々はその魔族に助力を願うつもりです」
魔王宮が崩壊した今、魔王軍の立て直すために戦力を集結させることが急務なのは理解する。
ただ……
「戦力を集めるなら、まずは魔王宮奪還が最優先だと思う。魔王の娘であるラヴィを旗印に、世界中に散らばる魔族たちを決起させるほうが効率がいい」
おそらくその強い魔族を戦場に引っ張り出すには、直接ラヴィが出向かなければならない理由があるのだろう。ただラヴィは魔王の意思を継ぐ者。魔王宮を奪還し、魔王軍全体の士気を上げる役割を果たす方が先だと思う。
「どちらの言うとることも優先順位はつけられん。渓谷のあやつは戦局を大きく変えるほどの実力を持っておるからの。そこでじゃ。ここは二手に分かれて行動するのが合理的と考えるが、どうかの?」
葬送を終えたリゼリアばあちゃんも議論に参加してきた。ばあちゃんの若い見た目と年寄口調のギャップは未だに慣れない。
「なら、選択肢はひとつしかないじゃない」
ラヴィもついに、議論の輪の中へと入ってきた。彼女にもう涙はない。ひとしきり泣いて、送り出して。気持ちに区切りがついたのだろう。覚悟が決まった、いい表情をしている。
これなら戦える。
「我とビエルが魔王宮の奪還。ヴァンとリゼリアばあちゃんは渓谷のアイツを連れてくる。それでいいよね?」
確かに、自ずと答えはそうなるだろう。
ラヴィは魔王宮に一度戻らなくてはならない。それはマストと考える。
そしてその魔王宮を奪還するには、俺の力がいる。
「ええ……あ、いや。アレをラヴィ様抜きで連れて来るのは、難儀だなぁ……」
「大丈夫じゃよ、ヴァン。ワシ、ぴちぴちじゃから多分イケる」
「相当確率の低い賭けになると思うのです。私」
「失礼じゃの。今のワシはヤツのタイプにバッチリハマっとるから、成功確率は1000%じゃわい」
……ええっと。
どうやらその渓谷の魔族とやらは相当な曲者……というか、たぶん相当な女好きの変態なんだろうな。ヴァンとリゼリアの会話で大体わかった。
「それじゃあ、ヤツのことはヴァンとリゼリアばあちゃんに任せたから、絶対魔王宮まで引っ張って来てね!」
「承知しました。ラヴィ様」
「ヴァンと二人旅というのもなかなか乙じゃの。承知しましたぞ、ラヴィ様」
ラヴィに命じられ、その指令を晴れやかに受け入れる二人。次の行動指針が完全に決まったようだ。
ん?でももう、魔王宮は奪還した前提の言い草になっている様子だが……
「ビエル。魔王宮の奪還なんて楽勝だよね?」
「当然!」
そうだね。その前程で話を進めてもらって構わない。それは造作もない話だった。
「ビエル様。ウォーレンへは顔を出さなくてよろしいのですか?さっきティエリも言っていましたが、お仲間がいるのでしょう?あの街には」
「……いや、今は時間が惜しいですから」
「そうですか……」
ユーリちゃん、エリザさん、ミコトちゃん、あとえーっと、ギルドのみんな……。
気にならないかと言われればめっちゃ気になってはいる。覚悟は決めたつもりだが、いざみんなの顔を思い出すとやっぱり少し寂しい気持ちに苛まれる。
ていうかウォーレンの人たち、大丈夫だったのかな?
中途半端に壁だけ造ってここまで来たけど、最終的にどうなったまでは当然把握できていない。
みんな、無事だったのかな……。
「ウォーレンの合成獣はもう掃討されとるぞい。南からの進軍も止まったようじゃ」
「えっ?リゼリアばあちゃん、ウォーレンの状況が視えるの?」
さすがは伝説の魔女。俺の知らない、便利な魔術を使ったようだ。
「ああ。しかしあの街……いつの間にあんなでっかい壁をこしらえたんじゃ?なんか要塞都市みたいになっとるが……」
「き、きっとウォーレンの優秀な土木技術者さんたちが急造したんだよ!」
「いや、さすがにそうはならんじゃろ……。まぁ別にええんじゃが」
本当にしっかりと視えているようだ、リゼリアばあちゃんは。
俺が壁を造ったことは黙っておこう。なんか色々聞かれると面倒そうだし。
「ウォーレンの中の人たちの状況とかわかる?リゼリアばあちゃん」
「負傷者は多そうじゃが、エリザを中心にその取り巻き連中がなんか色々やっとるから、たぶん大丈夫じゃろ」
「そっかぁ!よかったぁ!」
ホッとした。みんなでウォーレンを守れたみたいで本当によかった!
さっきティエリと対峙してた時は気持ちが高ぶってたから、みんなと戦うこともいとわない的な発言をしちゃったけど、やっぱ俺にはみんなと戦うなんて無理だ。
俺はラヴィと行動をともにはするけど、みんなとまた会えたなら、その時は全力でまた仲良くするための努力を惜しまないつもりでいる。きっと深くお互いの話を聞き合い理解を深め合えば、どんな状況になっても関係は再構築できると信じている。
「ビエル」
「ああ。それじゃあ行こうか、ラヴィ!」
これから先、きっとまだまだ辛い現実が俺たちの前に立ちはだかるのだろう。それは必然であり、避けようのない未来なんだと確信している。
だが下を向いてはいられない。前を見て立ち向かわなければならない。この先どんな未来が待ち受けていようとも、俺は真っすぐにそれらと向き合い、解決していこうと思っている。
そのためには……
まだまだ、努力が必要だ!
「頑張れよ、ビエル」
「いってらっしゃい。ビエル様」
「ああ!ヴァンさんもリゼリアばあちゃんも気を付けてね!」
そう言って、俺たちは二手に分かれてすぐに行動を開始した。
もうすでに、次の戦いは始まっているんだ。
「俺の転生特典【体力概念0】は規格外のSSS級激レアスキル。これからも寝ずにさらなる鍛錬を続けて、みんなのために最強を目指す!」
俺の本当の戦いは、これからだ!