第38話 痛みを知れ
「……ティエリ様。ビエル君、来ちゃいましたね」
「ああ。来るかもしれんとは、思っていたが……」
ラヴィの首を締め上げていた筋肉のおっさんを、上空からの重力加速度を利用した本気の回し蹴りで吹っ飛ばした俺は、そのまま地上に降り立ち、ラヴィの肩を抱き寄せていた。
ラヴィの近くにもう1人いた女のほうは、警戒心からか、後方の男2人たちの元へと瞬時の判断で下がっていった。
ヴァンさんを人質のように捉えている男2人が、俺の事を知っている風の言葉を口にしていた。俺自身も、あの2人とは面識があったことはすぐに認識した。
「アルスティンさん。それに……」
「久しいな、ビエル。2年ぶりか?」
「……ティエリ・ボーガン」
魔術学院で俺が1年だった時。謹慎明けで生徒会室を訪れた際にいた2人。生徒会役員だったアルスティンさんと当時生徒会長を務めていたティエリ・ボーガン。あの憎っくきグレイル・ボーガンの長兄であり、そして……
「すでに自身の素性は知っているような顔ぶりだな、ビエル」
「俺の肉親はラヴィ姉ちゃんとリゼリアばあちゃんだけだ。俺に兄貴など存在しない」
「薄情なやつだな、ビエル・ボーガン」
「俺を……ボーガンと呼ぶんじゃねぇ!」
いや冷静になれ、俺!あれは挑発だ!
今はどうやってより安全な方法でヴァンさんを助けるかだけを考えろ!
「それになぁ、ビエルよ。お前の言う肉親のばあちゃんとやらは、もしかして魔女リゼリアのことなのか?」
「……だったらなんだよ?」
「気づかないのか?そのばあさんはもうこの世にはいないぞ」
……そんなことは、もう知ってるんだよ!
「そこの女が骨ごと消し炭にしたんだろ?魔力探知でわかってたよ」
「あ、バレちゃってた。えへ」
この世にいようがいなかろうが、リゼリアが俺のばあちゃんだった事実に変わりはない!
「ビエル。わ、我は……」
「色々大変だったんだよね……俺、わかってるから……」
さっきから視界に入っていた地面に転がった頭部は、俺の知識にある魔王の面影と完全に一致していた。ラヴィはこの短期間の間に、たくさんの大事な人たちを失ったのだろう。
「ビエル……」
「大丈夫だよ、ラヴィ。すぐに終わらせるから」
ラヴィの涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て、何故か少し冷静になれた。
これから俺がアイツ等に鉄槌を下すためには、やはり頭はクールにしておく必要がある。錬金術は、精度が重要だからな。
「すぐに、終わらせるだと?ははは。まさか俺たちが2年前の実力と同じだと勘違いしているのか?お前は」
もうしゃべらなくていいぞ、ティエリ・ボーガン。お前の存在は、もう飽きた。
「お前らの実力なんか知らん。だが、《《実力差》》は変わってないだろ」
「……なんだと?」
「俺に気を取られすぎだ。人質はもっとしっかり管理しておけよ」
「なっ!?なにぃぃぃ!!」
音も気配も消し、まるで何事もなかったかのようにヴァンさんを空間操作の錬金術で手繰り寄せていた俺。さすがに錬金術でも最高ランクの難易度を誇る、空間干渉タイプの術式を操るのはすごく難しかったが、うまくいってよかった。
「ビエル……様……」
「治癒」
ヴァンさんの傷の具合が芳しくなかったので、俺はすぐに回復魔術を施した。
「あ、ありがとうございます」
「ヴァンさんは、ラヴィの傍にいてあげてください。聖域錬成」
あまり問答をしている時間はない。すぐに敵は仕掛けてくるだろう。俺は回復後、間髪を入れずすぐに結界を錬成しラヴィたちの安全を確保した。
「あとは、俺が全部片づけますんで……」
「があああああああああ!!!」
すぐに結界を張ったのは正解だった。
俺がさっき吹っ飛ばした筋肉のおっさんが、さらに筋骨マシマシのゴリラみたいな姿になって俺に逆襲を仕掛けてきていた!
だが
「!?」
「そんな馬鹿みたいに突進するだけじゃ、俺は殺れないよ」
パワー系のゴリ押し攻撃など、見切ればまったく意味のない愚行。俺はその攻撃を軽々と避け、すぐに錬金術を発動。万力のような器具を錬成し、ゴリラの首に設置した。そのまま俺の目の前で少し宙に浮かせ、死へのカウントダウンを発動させた。
「がっ……ぐぇ……」
「絶望を知れ」
お前はさっきラヴィの首を締め上げて窒息させようとしていたな。その苦しみ、そのまま返してやるよ。
「がっ……は……。き、貴様は、俺の顔を……覚えて、いないか……?」
「……俺を、捨てた男か」
手で器具を外そうと全霊の力を込めるゴリラが、同時に俺に向かって放った言葉で理解した。コイツは、俺が赤ちゃんの時に、俺を森へ捨てたあの筋肉野郎だった。
「ぐっ……グレイル様は……お前を、鍛えるために……最果ての森に……」
「はぁ?」
「殺すつもりなど……最初から……なかった……んだ……」
「……」
「なぁ……わかる、だろ?だから、なぁ?これ、はずして……」
「ねじ切れ、万力」
ブチ……
ボトリ……
吹き荒ぶ、血の雨。
筋肉戦士は頭と胴がサヨナラし、息絶えた。
「アルスティン!レイラ!すぐに魔獣モードを切り替えろ!あの男だけは、あの男だけはここで絶対に殺しておかなければならない……」
いや、死ぬのはお前らだ。
「……痛みを、知れ!」
「なっ!人体媒介式の錬成陣だと!?まずい、大技が来る!全員散れ!」
「地獄大釜錬成!」
間髪入れず、筋肉野郎の首が飛んだ死肉にさらなる錬成陣を叩き込む俺。危機を悟ってティエリがその場から反射的に離れるよう叫んだが、もう遅い!この媒介で、地層の奥から地球の灼熱を呼び覚ます!
「えっ?アレ?ちょっと、なに……コレ……」
「……ああ。1人しか、捕らえられなかったか」
全員放り込んでやろうと思ったのに、意外に反応が早いじゃないか。アルスティン、ティエリ。だが女のほうは捕まえた。
【地獄大釜錬成】
身動きを完全に封じる封殺の鎖と鉄壁の巨釜。そして人体を媒介にしてマグマを召喚し、釜に注ぎ込む大錬成。
処刑用巨釜。灼熱で体躯と魂を地獄へ送る、俺オリジナルの特製錬金術だ。
「レイラ!クソッ!とにかく魔獣化だ!」
どうした?助けないのか?ティエリ。
そのままボケっと見ていたら、お前の仲間がまた1人地獄へ落ちるぞ。
懺悔の時間は用意した。少しずつ、ゆっくりと鎖で縛り付けた女をマグマの海へと近づけるよう設定してある。
仲間を助けてやれよ、偽りの兄貴。
「いや……あつい……あついよぉぉぉぉ!」
「リゼリアばあちゃんは懺悔の時間さえ与えられなかった。感謝しろよ、女」
「い、いやああああああああ……」
ボッ……
マグマに到達する前に、湧き上がる昇熱で女は焔に包まれた。断末魔は数秒だった。すぐに女の声はしなくなり、煮えたぎるマグマの海へとゆっくり浸され、沈んだ。
「てめぇぇぇぇ!ビエル!!」
ティエリの絶叫がこだまする。
その咆哮主は、すでに人を捨てていた。
「その姿……ティエリ。お前が取り込んだ魔獣は……」
「最強種・キマイラの遺伝子だッ!!この姿になった俺様に、貴様ごときが勝てると……勝てると思うなよぉぉぉぁぁ!」
ついに理性まで捨て、本気の魔獣化を果たしたティエリ。
これで、おあいこだ。色々失って、気づくこともあるだろう。
……いくぞ。最終決戦だ。
これまで一度も出した事なかった俺の本気。
お前に嫌と言うほど、これから味あわせてやる。