第36話 協定の終焉
「ルーカスさん!」
「ビ、ビエル君!どうしてここに……」
ウォーレンとガレスウッド南側入り口付近で激戦を確認した俺は、一旦足を止め、そこで指揮をとっていたルーカスさんに声をかけた。
そこでは、ルーカスさん率いる冒険者ギルドの面々が、合成獣のこれ以上の街への進入を阻止するため、壮絶な戦いを繰り広げていた。
「話はあとにしましょう!ルーカスさん、ギルドのみんなを連れて一旦街の中へ戻って、侵入した魔物達をなんとかしてもらえませんか?ちょっと寒いかもしれませんが」
「確かにいきなり肌寒くなったけど……。し、しかしビエル君!敵は主にここから続々と街へと群れが流入している!ここを防がないと意味が……」
「ええ。だからこれ以上の進入は一旦俺が塞ぎますんで、ルーカスさんたちは中の敵をなんとかしてください。今、敵はこの寒さでかなり弱ってきてると思いますんで」
「塞ぐって、ビエル君。一体どうやって……」
南の奥地へ行く前に、やるべき仕事がある。
付け焼刃かもしれないが、とりあえず街へ侵入する魔物の数をこれ以上増やすわけにはいかない!
「いいから早く!」
「あ、ああわかった!ギルドメンバーに告ぐ!全員戦闘を一旦止め、街の内側へ移動しろ!」
ルーカスさんの叫びで、それを聞いたギルドメンバーが一斉に街の中へと瞬時に移動した。さすがルーカスさん!リーダーらしくてかっこいいよ!
それじゃあ、やりますか!
この錬金術は、かなりの魔力量と精度が要求されるからさすがに結構な集中力がいるんだけど……
オッケー。だいぶ高まった。
ま、こんなもんかな。よし、いこう。
おりゃ!
「絶壁錬成」
俺はかなり練度の高い魔力を極地開放し、両手を地面について街をスッポリ納めてしまうほど巨大な錬成陣を召喚した。
光の柱が街を包みこみ、そして……
ゴゴゴゴゴゴ……
地鳴りとともに、ウォーレンとガレスウッドの境界上の地面が一気に隆起する。それは一瞬で数十メートルの高さに至り、ウォーレンは瞬く間に巨大な壁が全周囲を覆う要塞都市へと変貌を遂げた!
「ふぅ。これで魔物の進入はしばらく防げるでしょ。中のことは頼んだよ、みんな!」
対処療法は終わった。
あとは、南の奥地で敵の発生源を叩くだけ……
……なんだ、アレは。
『全世界の愛しき人間諸君に告ぐ』
空が歪んで……通信系の魔術が展開されているようだけど……。
巨大映像に、一人の男が映し出される。
『私の名前はグレイル・ボーガン。国選の極級錬金術師である』
「!?」
自己紹介で絶句してしまった。
まさかここでいきなり俺を捨てた親父様の登場とはね。さすがに予想してなかったからかなり焦った。でも一体、アイツがなんでこんな大掛かりな一斉放送を……。
『単刀直入に伝える。今、中堅都市ウォーレンが合成獣の襲撃を受けて多くの死傷者が出ている。これは魔族が不戦協定を破棄し、我々に対して宣戦布告してきたことと同義だ。我々の王はこの事態を重く捉え、現時刻を持って不戦協定の破棄をご決断された。魔族は再び我々の敵となった』
……はぁ?なに言ってんだコイツ。
『だが安心してほしい。我々は秘密裏にその兆候を捉え、事前に策を講じた。すでに魔王宮へ最強の刺客を送り込んだ。ほどなく魔王討伐の知らせが入る頃合いだろう』
……ちょっと、なに言ってるかわからない。
『だが戦はそれで終わらない。世界各地にはまだ、高位の魔族が多く存在し我々の命を脅かしてくるだろう。これからその戦いに我々は備えなくてはならない……』
……まだなにか言っているが、正直もうまったく頭に入ってこない。
魔王宮に最強の刺客が送り込まれた。この事実から推測される最悪の事態。
「ラヴィが……危ない!」
目的が急遽変更された。
俺はすぐに、ラヴィの元へ向かわなくてはならなくなった!
「そうだ、ペンダント!」
俺はポケットから、ラヴィとの別れ際にもらったペンダントを取り出し、握りしめていた。あの時の話だと、コイツを空にかざしてラヴィの名前を叫べば道標になってくれるという話だが……。
いや、考える時間がもったいない。
「ラヴィの居場所を教えてくれ!ペンダントよ!」
叫ぶことに照れて躊躇している場合ではない。俺はすぐに実行した。
すると……
「赫い、光……」
目を凝らさなければ見逃してしまうほど、細くて弱弱しい赫い光の筋が北西の方角に向かって伸びている。この光が指し示す先に、ラヴィがいるはず!
「みんなゴメン。俺、行かなきゃ」
魔物の街への進入は今のところ、防げている。しばらくは持つだろう。ガレスウッド南の奥地攻略はラヴィの安全を確認してからだ。
とにかく、イヤな予感と不安感が止まらない。
「……急ごう」
再び五芒の錬成陣を発現し、地表の物質から階段を錬成。上空からもう一度この赫い光が指し示す方角へ向かって一気に駆けようと思う!
「ラヴィ……ラヴィ!」
ラヴィの笑顔を思い浮かべながら、同時にどうしようもない憎しみの感情に支配されそうになっている自分がいると自覚できる。
――グレイル・ボーガン。
確証はないが、この一連の事態はすべてコイツが仕組んだ策略なのだと思う。
合成獣の生成と不戦協定の破棄。ウォーレン襲撃と魔王討伐。そして、俺を捨てたこと。
ラヴィは、自分も父も人間が好きだと言っていた。魔族に比べれば弱く儚い存在だけれど、だからこそ互いが互いを支え合い、寄り添って生きる人間がうらやましいとさえ言っていた。魔族は各々が強すぎるがゆえに、孤立しやすい存在だから。
確かに人間と魔族の間で受け入れらない思いや、どうしてもうまくいかない感覚のズレなんかは当然あったが、それでもともに手を取り合って歩む未来を夢見ていた。人間を知れば、魔族ももっと幸せになれると信じていたから。
だがその思いは踏みにじられた。俺の父、グレイルの手によって。
「……絶対に、許さねぇ」
どういう理由でこの協定を壊したのか問いたださねばならない。そして、とにかくヤツの顔面に一発本気のパンチを叩き込まなければ気が済まない。
俺は転生前も含めて、人生で初めて、激しい怒りに打ち震えていた。