第33話 恋敵
「お兄様!今日の放課後、呪術のお稽古とか一緒にいかがですか?」
「えっ?なにそれ楽しそう!やるやる」
「ちょっとビエルさん!いくらめずらしいからって、そんな禍々しくて汚らわしい術式、おいそれと学ばないでください!」
ミコトちゃんとの決闘を終えた翌日の昼休み。
俺は屋上で1人、昼飯のおにぎりを頬張りながら読書にふけっていたら、ミコトちゃんとユーリちゃんがやってきた。
「昨日から思っていましたけど、ユーリさん、あなたお兄様のいったいなんなのです?恋人なんですか?」
「なっ!ち、ちがうわよ!ただの同居人よッ!」
「なーんだ。ただの同居人なのですのね……って、同居人???」
……なんかすんごい、めんどくさい。
昨日、あんなことがあったばかりで気が立ってるのかもしれないけど、もう解決したんだしみんな仲良くやろうよ。
ちなみにあのあと。
ミコトちゃんの縛式を解いた俺は、すぐに臨戦態勢を整えて再び攻撃を仕掛けようとしたのだが、彼女が突然泣き出してしまい「まいった、まいった」とかいうもんだから、拍子抜けして、それで決闘は終了となってしまったのだ。
確かにちょっと異質な力を操る東方の令嬢ってことで少し苦戦はしたけど、終わってみればあっけなかった。ミコトちゃんは最初から自分の持てる力の120%を出して戦っていたようで、俺に最強縛式を解かれてもう手段がなくて降参したとのこと。
んで、まぁほっとくワケにもいかないから「大丈夫?」とか声をかけていたら、いきなり目を輝かせて「お兄様と呼ばせていただけませんか?」とか言い出した。ユーリちゃんはガミガミ言っていたけど、別に呼称なんてなんでもいいから、好きに呼んでいいよって言ったらそのままうつ向いてモジモジし始めたんだ。
まったく意味わかんなかったけど、ともあれ、それで決闘の件は一応決着した。
ただアレだけの騒ぎになっていたから、当然職員室には呼ばれた。いくら生徒間の問題は生徒同士でケリをつけろって暗黙の了解があるとはいえ、決闘はやりすぎだと言われた。
いや、仕掛けてきたのはミコトちゃんだってのは理解してもらってたんだけど、上級生なんだからそこらへんうまくやれよって諭されて。なにそれって感じ。大人はすぐそういう曖昧なこというから本当に信用できない。
「そ、そんな事よりビエルさん!今日は授業が終わる時間一緒だから、帰りに王都の市場で買い物して帰ろうって朝言ってたばっかりじゃないですか!もう忘れちゃったんですか?」
「あーそうだったね。今日は特売日だもんね」
「な、な、なんなんですの?その結婚したての夫婦みたいな会話は!?不埒ですわ!ふしだらですわ!私、妹として、そんなの絶対に認めませんからねッ!」
俺を兄と呼ぶのは好きにしたらいいが、俺の行動にいちいち制限をつけられる覚えはそもそもない。それは越権行為というものだよ、ミコトちゃん。
「ゴメンね、ミコトちゃん。今日はユーリちゃんと買い物して帰る約束してたみたいだから、呪術の修行はまた今度ね」
「そんな事しなくていいです!」
「ただの同居人の分際でごちゃごちゃ五月蠅いのよッ!この天然アホ女が!」
「なっ!誰が天然アホ女ですってぇ!」
か、会話のレベルが低すぎる……。
仮にも君たち、世界最高峰の魔術学院、ヘルボーガンの生徒なんだよね?ケンカするにしても、せめてもう少し知的な皮肉とかでやり合う……
「はんっ!どーせその、あるのかないのかわからない胸を精一杯魔改造して、お兄様の顔に押し付けたりなんかして、理性を殺して無理やり同居させてるんでしょ?私にはぜーんぶ、お見通しなんですからねッ!」
「そんなことしてないわよッ!ぺったんこーなアンタに胸のこと言われたくない!」
「ぺ、ぺったんこーですってぇ!ありますわよ!和装がダボダボでわからないだけで、胸、ありますわよッ!」
「の、わりには動揺してない?そうやって服でごまかすの、ベタすぎて笑える」
な、なんじゃこのやりとり……
頭が痛い。
「表出なさいッ!ユーリ・ヘルメイス!その毒を巻き散らかす口にヘドロのようにねっとりとした、強烈な呪いをねじ込んでやるッ!」
「望むところよッ!ミコト・フジワラ!全身氷漬けにして、墓標で胸のところにとんがった氷の柱を立ててあげるわッ」
「あーもう!ストーップ!!」
もういい加減にしてほしいので、不本意だが仲裁に入る俺。また、いつもの平和な昼休みが不毛な争いによって失われてしまう。
「ビエルさん……」
「お兄様……」
「俺とユーリちゃんはそんなんじゃないから!そんな事でいちいち怒らないで、ミコトちゃん!」
「あ、はい。すいません。お兄様からそのようにおっしゃられるのでしたら……」
「そ、そんな事って……(ガッカリ)」
「今日は放課後、買い物して帰るから。呪術はまた今度。それでいい?」
ちょっと強引だったかな?でもこのくらい言わないと、この場は収まりそうになかったからしょうがないよね。ユーリちゃんがなんか凹んでいるような気もするけど、たぶん気のせいだろう。
「ただお兄様。ちょっとこれだけはお耳に入れておいた方がいいかなってことがあるんですけど……いいですか?」
なんか急にかしこまりだしたミコトちゃん。なんだろう。
「どうしたの?」
「私、呪霊を召喚した時、彼らが何に対して怒り、何を恨んであの世へ旅立ったかが手に取るようにわかるんです」
「あー昨日俺と戦った時の話かな?」
「そうです」
下を向いて、少し話しにくそうに小さな声でそうつぶやくミコトちゃん。思い返すと、確かに霊魂は俺に対してとある勘違いをしているように思えた。
『……グレ……イル……の、せがれも、同……罪……』
「お兄様。お兄様はもしかして、この学院の創家、ボーガン家の末裔なのではないですか?」
「えっ!?」
「……」
「あの霊たちは、ビエルさんから滲み出るグレイル・ボーガンと同じオーラをまざまざと感じて、凄まじい怒りを滲ませていました」
なんとなく、そうじゃないかなって思うところは以前からあった。
正直に話すと、グレイルさんの名前を初めて見た時、他人のような気がしなかった。エリザさんに借りた本を初めて読んだ時、初めて読んだ気がしなかった。その言葉のひとつひとつが、まるで俺の脳細胞の至る所に染みわたり、俺が錬金術師であることを残酷なまでに実感させられていたんだ。
「……知っていたんですか?ビエルさん。貴方が赤子であるにも関わらず、危険な森に貴方を捨てた犯人が、実はグレイル・ボーガンであったという事実を」
「確証は、なかったんだけどね」
「エリザさんは?」
「たぶん、知らないし、気づいてないと思う」
「そう、ですか……」
ユーリちゃんがバツの悪そうな顔をしている。どう反応していいか、どう俺に言葉を投げかければいいかわからない、そんな顔だ。
「私はお兄様の素性とか経緯を知らないから、ただ強さだけで実感はしましたけどね。世界最強の錬金術師、グレイル・ボーガン。お兄様の規格外の強さを証明するのに、お兄様がグレイルの息子であるという事実以上の証拠はありませんわ」
いやまぁ、そこは若干違う気もするけど。
グレイルさんの息子である前に、俺は転生者で、今でこそ自覚している最強の転生特典「体力概念0」持ちであるという事実がある。今はこれ以上情報を錯綜とさせるワケにはいかないので、あえて言わないけど。
「ま、まぁさ!別に俺がもしボーガン家の血筋であったとしても、俺は俺だし!今までとなにも変わらないよ!そもそも俺を捨てたヤツのことなんか、親だなんて思ってないし!」
実際本当にそう思っている。
むしろ憎んですらいる。どんな事情があったにせよ、グレイルという男は赤子の俺を森に捨てたんだ。たまたまラヴィに拾ってもらい、リゼリアばあちゃんに鍛えられて今があるけど、それはただの結果論。
普通であれば、いくら転生特典を与えられた俺とはいえ、とっくに野垂れるか魔物に食われて死んでいただろう。そんな状況を生み出したグレイルという男がもし目の前にいたら、俺は許すことなんてできないかもしれない。
「ビエルさん……」
「さっ!もうすぐお昼休憩も終わるから、みんな教室に戻ろう!授業、遅刻したら先生がうるさ……」
ウウウウウー!ウウウウウー!
[緊急警報!緊急警報!]
[在校生及び教職員は全員至急、第一修練棟へ集まってください]
[繰り返します……]
突然、けたたましい警報と緊急を知らせる校内放送がこだました!
「なに!?えっ?なにが起こったの!?」
「嫌な予感しかしませんわね……」
「このタイミングで、いったい何が……」
事態は、急転直下を迎える。




