第29話 理不尽には理不尽を
「……調子に乗りました。すいませんでした、ビエルさん」
「俺は……まだ、負けてね……ぐほぅ!」
アルスティンは冷静で理解が早く、どう足掻いても俺には勝てないことをすぐに認めて頭を下げた。
ゼニスは逆で頭の血が沸騰して絶対に負けを受け入れようとしない。打たれ強いのはわかったから、もういい加減、俺とお前じゃ太陽とミジンコくらい実力差あること、わかれよ。手加減して殴るのって結構難しいんだよ。
「ゼニスさん。俺、これ以上殴るのとか忍びないんですけど……」
「じゃあ殴られろ……生意気な後輩……ごふぅ!」
生意気じゃないし。俺はなにもおかしいことは言っていない。
ちなみに顔面パンチは封印している。全て首以下への軽い打撃だ。俺が人間の顔殴っちゃうと、誤って頭吹っ飛ばしちゃう可能性もしれないしね。そこはしっかり心掛けている。
「……もう、勘弁してやってくれないか、ビエルさん。ゼニス……白目、向いてる」
「えっ!?」
「……」
やべっ!最後の一発、ちょっと力入れすぎちゃったかもしれない!ゼニスさん、立ったまま泡吹いて気絶しちゃってる!
これはマズい!!
「治癒」
息してないような気がしたので、間髪入れずにヒールした。
顔面じゃなくても人間相手だと細心の注意を払わなきゃまずいみたい。
「ぶふぉわ!お、俺、まさか気を失って……」
「アルスティンさんに感謝してくださいね。これ以上はもう殴りませんから」
「……くそが」
はぁ。ようやく諦めてくれたか。回復してあげてこの悪態はムッとするけど、この際、見なかったことにしてあげよう。
「……ティエリさんたちは、畳の間のさらに奥の部屋にいます。……生徒会になんの用があって来たのかは知りませんが……我々に決定権はないので。……陳情があるのなら、直接ティエリさんにお願いしてください」
「ありがとうございます、アルスティンさん。でもお二人が座っていた畳の間ってこの部屋の一番奥のあそこですよね?ここから見た感じ壁にしか見えないんですけど」
生徒会室の中央付近にいた俺は床が畳になっている奥の間を指さし、疑問を投げた。そこに扉や通路があるようには見えない。
「チッ!魔力を目に集中して、奥の壁を視るんだよ!」
「あ、なるほどそういうことですか!ありがとうございます、ゼニスさん!」
「うるせえ。早くやれよ」
毒づきながらもとてもナイスな助言をしてくれたゼニスさん。熱血なだけで、実は結構優しい性格しているのかもしれない。
ゼニスさんは細かいことまで言わなかったけど、要するに壁は魔術でカモフラージュしてあるから、魔力を目に纏わせて、しっかり視て見破れってことね。
「ホントだ。普通に扉になってますね」
「……お前、そんなことまで出来んの?」
「えっ?出来ると思ったから教えてくれたんじゃないの?」
「あー……ああ!ま、まぁそうだな!ヘ、ヘルボーガンの生徒ならその位出来て当然だよな!あは、あははは……」
どうやら普通ではなかったようだ。
出来ないと思って言ってたのか。やっぱ性格優しいって発言は撤回させてもらう。
「まぁいいけど。それじゃあ俺、もう行くね」
長居するつもりもないので、サッサと畳の間の奥にある隠し扉の前に立つ俺。ああ、これ引き戸か。結構仰々しい金属製の扉だな。この窪みに手を入れて横にスライドさせればいいんだな。……ん?ちょっと固いな。錆でもついてるんじゃないの?ちゃんと手入れしろよ。
あ、あれか。この扉も魔力込めないと開かない仕様になってるのか。もーそういうことは一緒に教えてよ、アルスティンさん!親切なのか不親切なのか、それじゃあわかんないよ。まったく。
「んじゃ、ちょっと魔力込めて……よっ!」
ギャリギャリギャリギャリ……
メリメリ……バキィィィィ!!
「あ、しまった」
いや、壊してない。壊してないから。
「えーっと、ビエル君?どうやってその扉を開けたのでしょうか?」
「あ、ビエルっちだ!」
大きな音がしたためか、奥の部屋にいた全員が驚愕の表情で、俺へと一斉に視線を投げてくる。調書とっていたのか、二人並んで奥の仰々しい机で作業していたであろうヒョロ眼鏡と地味ギャルが最初に声をかけてきた。
「ビ、ビエル!?」
「貴様……どうやって扉を……。というより、アルスティンとゼニスはどうした?」
部屋の中央の派手やかな応接セットを使い、おそらく話し込んでいたであろうティエリも続けて疑問を投げてきた。
「ん?わからせてやったけど」
「……どういう意味だ」
そのままの意味だけど、伝わらないかな?まあいい。本題に入ろう。
「そんな事よりティエリさん。今年魔術科に入学したユーリって子がそこにいるターナーにイジメられてるんだ。アンタ生徒会長だろ?なんとかしてよ」
「ターナーはそんな事をしていないと言っている。証拠もないのに言いがかりはよせ」
冷静さを装っているようだけど、さっきより威圧感が弱まっているよ、ティエリさん。アルスティンとゼニスがミッションを達成出来なかったことにいささか動揺しているようだ。
「……あのさ、ティエリさん」
「な、なんだ貴様!それ以上私に近づくな!」
俺はティエリさんの拒絶を無視してツカツカと歩いて応接椅子に座るティエリさんの真横に立った。
あれ?この人ってもしかして……
アルスティンさん達より弱くないか?
それなら話は早い。
「答えは“はい、喜んで”しかないよ。今日以降、もしユーリちゃんの身に何か良からぬ事が起こったとしたら、それは生徒会の怠慢とみなして俺が即座に全員断罪しますから。仮にターナーが仕込んでいなかったとしても、断罪します」
「なっ!なんだその理不尽な交渉!?あり得ないぞ!!」
ティエリが喚く。
理不尽、だと?ふざけるなよ。
「ユーリちゃんは理不尽にイジメられています。だから、俺も理不尽で対抗します」
「そ、そんな道理、通るワケが……!?」
五月蝿い。もう黙れよ、お前。
「それとも、今すぐこの場であなたとターナーに裁きを下しましょうか?俺、今怒ってるから手加減できるかわかりませんよ?ああ、それで俺を退学にしようとしてくる輩がいるとするなら、そいつらも同罪と見なしてもろとも断罪します」
いや、少しイラッとしたけど本当に怒ってはいないからね。これはタダのハッタリだから。出来れば、俺が望む結果をティエリが自ら提案してくれれば、それが一番いいんだけど。
「……魔術科の1年にも、我々の手駒が複数名いる。そいつらに通達を出そう。常時ヘルメイス家のご令嬢をを警護するように、と。それで文句はないか?」
なんだよコイツ。ユーリちゃんがヘルメイスの家系の出だって知ってんじゃんか。
それわかってて俺の事無視しようとしたの?ボーガン家ってのはそんなに偉いのかよ。嫌な感じだ。
「ターナーは?元々全部そいつのせいなんだけど」
警護の話は了解したけど、本質的にはコイツの陰謀を阻止してもらわにゃ困る。
「ターナー」
「は、はい!」
「さっきの話はナシだ。ビエリは優秀な男のようだ。制裁を加える必要はない」
「……えっ?」
やっぱりそういう話をしていたんだね。ま、生徒会程度の実力で俺に制裁を加えるとか不可能な話ではあるけどね。
「今までのことは目を瞑ってやろう。以降、お前もユーリ・ヘルメイスの警護をするように。お前の地位を利用すれば楽な仕事のはずだ。失敗は許さん」
「そ、そんなぁ……」
今にも泣き出しそうな顔をしてうなだれるターナー。もう金輪際、俺たちにちょっかい出してくるんじゃないよ、ブタ君。
さ、これで幸か不幸か、生徒会も俺たちに手は出して来ないだろう。彼らが卒業するまでは、俺とユーリちゃんの学院生活は安泰だ。
「約束は守ってね。それじゃね、生徒会長」
思ったより聞き分けのいい態度で若干拍子抜けしたが、とりあえず当面の問題は解決してよかった。
ただ、俺の去り際、ティエリが苦笑いを浮かべて俺を送り出したその目の奥が、どす黒い憎悪の闇で満たされていたことを、俺は見逃してはいなかった。




