第28話 魔術学院の生徒会
謹慎明けの初日の放課後。
大人しく授業を受けた俺は、6時限目のチャイムが鳴るのと同時に生徒会室へ向けて歩みを進めていた。俺が生徒会長にお願いしたいことは1つ。ターナーのユーリちゃんに対するイジメをやめさせてほしい件についてだけだ。
「生徒会長のティエリさん、いますかぁ」
扉に鍵は掛かっていなかったので、勢いよく戸を横にすらし、生徒会室の中の様子を伺う俺。中には男女二人がPCと睨めっこしながら手元をカタカタ鳴らしていたが、俺が入ってきたことに気付いて二人とも同時にその手を止めた。
「ああ、君のことは知っている。錬金術科を主席合格し、入学早々1ヵ月で理事長の息子ターナーを魔術で締め上げて停学処分を喰らったビエル君、だね」
「マジありえねっすわ」
2人とも俺の事は知っていたご様子。ヒョロ眼鏡の男の方が、俺が停学になった経緯までご丁寧に説明してくれた。さすがは生徒会。情報が早い。
って、女性のほう。おさげ髪の典型的地味系真面目少女なのに、言葉遣いがギャルっぽくてビビった。ギャップがありすぎて少し戸惑う。
「お二人のどちらかが生徒会長さん?」
「いや、ティエリさんはまだ来てないよ」
ヒョロ眼鏡がやんわりと否定した。どうやらこの2人は違ったようだ。まぁ確かに、彼らから会長的な威厳とかオーラは感じない。
「てかさ、アンタ生徒会長になんの用があるワケ?あ、もしかして、ターナーの豚くん締め上げて停学になったことに異議があるとか、そんなカンジ?」
別にそんな事に異論はない。
俺はただ、ユーリちゃんのイジメを一刻も早く止めさせたいだけだ。
「おいおい、そんなに睨まないでくれよ。僕らなんもしてないでしょ?生徒会長はもうすぐ来るはずだから、それまでここで大人しく……」
「部外者を俺の許可なく勝手に入れるな。ここはヘルボーガンの聖域だぞ」
「あ、ティエリさん。お疲れ様です」
「お疲れっス!」
生徒会室の入り口付近でヒョロ眼鏡と地味ギャルに対して睨みを利かせていたら、本命の男がやってきた。俺を一瞥するなり部外者と断じ、生徒会室へ入室することを拒まれたようだった。
「ああ!ティエリ様!コイツですよ、コイツ!!」
ティエリさんの後ろになんかデカい図体の豚がいると思ったら、さらに大本命のターナーだった。この野郎……まさか生徒会も巻き込んで、俺に復讐しようって魂胆だったんじゃないだろうな?
「アンタが生徒会長さんか?」
ただ、今俺が話をしたいのはこの男。オールバックの金髪に彫の深い危険な碧の眼差し。鼻も鋭利で口元は真一文字に結ばれている。体格は俺よりひとまわり以上デカいか。風格は確かに他の生徒とは比べ物にならない。
ティエリ・ボーガン。こいつで間違いない。
「俺は口の聞き方を知らない礼儀知らずなガキは嫌いでな。先客がある。去れ」
な、なんて威圧的な生徒会長だ。見た目通りじゃないか!てか、年齢2つしか違わないハズなのにガキってなんだ。俺、そんなに子供っぽい顔してるか?まぁ、ユーリちゃんやエリザさんからよく童顔だとは言われるけども。
「そういうことだ、ビエル君。早々にお引き取り願おう」
「あーゴメンね、ビエル君。ウチの生徒会長、一度言ったことは絶対曲げない主義なんだ。アタシはチョットくらい話聞いてあげてもいいかなって思ってたんだけど」
地味ギャルはギャップしかないんだけどな。生徒会はとても個性的な面子が揃っているようだ。ってそんな事はどうでもいい!俺は後ろの豚くんを止めるためにここまで来たんだから、このまま黙って引き下がるわけにはいかない。
「いや、こっちにも事情があるんでね。生徒会長にはソイツのイジメを止めてもらわなきゃ困る。俺の親友が迷惑してる」
「はぁ?俺がいつそんな事したってんだよ?証拠でもあんのかよ、証拠!!」
「証拠はてめぇの性格だッ!お前が指示してユーリちゃんイジメてることはもうわかってるんだぞ!」
我ながら頭の悪いことを言っている自覚はある。ただ、この男の顔を見ていたらどうにも怒りが込み上げてきて、ワケのわからない事を口走ってしまった。一回冷静になろう。
「用があるのはターナーだけだ。貴様に用はない」
あ、なんかこの生徒会長、ムカつくかも。
「俺はアンタら二人に用があるんだよ。黙って俺の話を聞け」
「なっ!ビエル!お前、ティエリ様になんて口に聞き方を……」
「……いいだろう、わかった。少し時間を割いてやる。こんな入口で立ち話もなんだ。全員生徒会室に一旦入れ」
ん?ちょっと威圧したら話聞いてくれそうになってるな。
やっぱ噛み付いて来る相手には強気でいかないとダメだよな!弱弱しくお願いなんてスタンスじゃダメだ。強弁一択で話をつけさせてもらおう。
先にスタスタと室内へ入っていくティエリとヒョロ眼鏡と地味ギャル。ターナーは小走りにその後ろをついていく。俺はさらにその後ろをゆっくりと歩いて……
ガラガラガラガラ……ピシャリ!
生徒会室の入り口の扉が何故か勝手に動き、勝手に閉まった。ガチャっという音も聞こえた気がした。おそらく、鍵をかけられた!
「アルスティン、ゼニス」
ティエリが正面を見据え、聞きなれない個人の名をつぶやいた。
彼が視線を向けている先。俺も視線も合わせる。
部屋の一番奥。何故か畳が敷いてある空間に2人の男が鎮座している。
俺から見て左側にいる男。正座で瞑想をしているのか、目を閉じじっとしている様子だ。畳まで届くくらい長いサラサラの黒髪に細い眉毛が印象的。シャープな顔立ちで、目を開けばきっといい男なのだろうと想像ができるほど、精悍な雰囲気を醸し出している。
片や右側にいる男。こちらは茶髪の短髪で耳たぶには小粒なピアスが光っている。眼光は彼は胡坐をかいていて、ニヤニヤしながら俺とティエリを見定めるような視線を返してくる。
「……はい」
瞑想してるほうがアルスティン、でいいのかな?口元も動かせず、消え入りそうなほど小さな声で「はい」とだけ返事をした。目はまだ閉じたままだ。
「制裁ですかい?ティエリの旦那」
コイツはゼニスでいいのかな?彼は目を大きくかっぴらき、明らかに好戦的な態度で「制裁」という単語を口にした。
直感的に、戦いの予感を感じさせる。
「俺はターナーと話がある。ゼニス、アルスティン。片づけておけ」
「……了解しました」
「腕の一本くらいは覚悟してもらうぜ、あんちゃん!」
アルスティンが長い髪を揺らめかせながらゆっくりとした動作で立ち上がる。同時に、ゼニスがパキパキと一本一本指を鳴らしながら軽快な動作で飛び上がる。
ティエリとターナーは戦闘モードになっている二人の間を土足ですり抜け、畳の間のさらに奥の部屋へと消えていった。
「じゃ、俺たちも」
ヒョロ眼鏡と地味ギャルも意外な速さでティエリたちを追って、一緒に奥の部屋へと消えていった。
「……やれやれ」
別に戦いに来たワケじゃないんだけどな。お願いをしにきただけなのに。
「(ああ。なかなか素直で気持ちのいい魔力だな)」
アルスティンは静かで淀みのない碧い魔力が揺らめいている。ゼニスは猛々しく激しい赤い魔力を滾らせている。どちらもこれからいい鍛錬を重ねれば、とても強い魔術師になれるだろう。
だが
俺はユーリちゃんを守らなきゃいけない。イジメを止めさせなければならない。
話を聞く気がないなら、仕方がない。
「……行くぞ」
「ひゃっはぁ!」
力ずくで、わからせてやるから覚悟しとけよッ!




