第23話 合格の誓い
試験本番まで、いよいよ残り30日を切った。
最近、ユーリちゃんの顔色がすこぶる悪い。エリザさんとユーリちゃん、俺で囲む夕食の時間も、ここのところ凄く雰囲気が暗い。
「ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
「おい、ユーリ。食事の時くらい勉強のことは忘れたらどうだ。私は念仏をオカズにして飯を食う趣味はない」
「エリザさん。ユーリちゃんは疲れてるんだから、そんな冷たい事言わなくても」
「はい……すいません……師匠……」
少しでも勉強に集中してもらうため、ここ最近の家事はほぼ全て俺がユーリちゃんの代わりにやってあげていた。エリザさんが契約うんぬんうるさかったけど、明らかに体調が悪そうなユーリちゃんに、これ以上負担を強いるなんて俺にはできなかったから。それに、もともと俺はリゼリアばあちゃんのところで家事を散々やらされていた関係で、案外得意だったりするから別に苦でもないし。
今日の夕食も俺が作った。精が出るように、お肉多めのおかずをたくさん用意してね。あ、魔物の肉じゃないよ。街で普通に売られている少し高級な牛のお肉だよ。
ユーリちゃんは近頃試験対策に忙しくて冒険どころではなかった。なのでギルドにもほとんど顔を出してない。俺は変わらず毎日5つくらいギルドの依頼をこなしていた。なのでお金には少し余裕ができていたので、食材は街の露店で購入している。
ガレスウッドの魔物食はこの街に来た頃は金もなかったのでよくやっていたが、どれも味がイマイチだったのと、何故かここ数か月、ガレスウッドで魔物が極端に出現しなくなっていた事も相まって、途中から食べなくなった。エンドフォレストの魔物は美味しかったんだけどね。ガレスウッドの魔物はエルドラゴン同様、やっぱり味が全部人工的な感じで俺やみんなの口には合わなかったから。
だから食事がマズくて食べられないなんてことはないと思うんだけど。エリザさんはもりもり食べてくれてるし。でもユーリちゃんの箸は一向に進まない。一口、二口野菜を口に運んで、もうご馳走様を言い出しそうだ。
「ユーリちゃん。もっとご飯食べないと、本番までに体調崩しちゃうよ」
「ビエルさんはどうして……そんなに、余裕、なんですか……?」
「確かにそうだな。ビエル。お前はなんでそんなに元気なんだ?むしろお前がユーリみたいになっているなら理由もわかるが」
「えっ!?あ、ほら!俺って体力だけが取り柄だからさ」
転生特典【体力概念0】のことはまだ誰にも話していない。あえて暴露する必要もないのでずっと黙っているが、そろそろ言ったほうがいいのかな?いや、そんなの誰も信じないに決まってるからやっぱやめた。
「私は錬金術科の試験を受けていないから、お前の進捗具合がどの程度なのかわからない。今どんな感じなんだ?受かりそうなのか?」
エリザさんはユーリちゃんに付きっきりだもんね。俺の事は錬金術師ギルドのメンバーに面倒見てくれとお願いしたくれただけで、実際どんな進捗になっているかは把握してないもんね。
ふっふっふ。
実は今の俺はもうとっくにあの山のようにあった教材を全て読み尽くしている。例題集や応用問題集、過去問集も全部20周はした。試験の内容に限って言えば、今の俺に解けない問題などない。と、個人的には思っている。
「まぁ、多分大丈夫なんじゃないかな」
「実技試験もあるんだぞ?」
「俺、そっちのほうが得意だから!」
錬金術師ギルドのみんなが優しく丁寧に色々教えてくれたから、むしろ実技のほうが自信はある。試験課題の錬金術程度ならもう眠っていてもできる。寝れないけど。
「虚言では、なさそうだな」
「試験結果を楽しみにしててね」
「言ってくれるじゃないか。まぁ、お前に関しては今更驚きもしないし、心配もしていないがな」
「ねぇエリザさん。もし邪魔じゃなかったら、残りの期間、俺も一緒にユーリちゃんのサポートに……」
バタンッ!!
えっ?
「ユーリ!!」
「ユーリちゃん!!」
椅子から滑り落ちるように崩れ、ユーリちゃんは食卓の床で突っ伏すように、そのまま意識を失った。
◇◇ ◆ ◇◇
「こ、ここは……」
「気が付いた?」
質素で古い家具しか置いていない、至る所に本が積みあがっているユーリちゃんの自室にいた俺はいた。
彼女を部屋まで運び、心配なので様子を見守るため、俺は夕食後の鍛錬をサボってユーリちゃんの傍にいてあげた。
ベットでうなされるユーリちゃんの姿は苦しげだった。額には汗が滲み、明らかに発熱していたその身体は、これ以上の行動を拒否しているかのような熱さだった。
「今……何時、ですか……」
「夜中だよ、ユーリちゃん」
「寝てる場合じゃ……ない、ですよね……。早く起きて、勉強しなきゃ……」
熱でふにゃふにゃになっている身体を無理やり起こそうとするユーリちゃん。こんな状態で勉強なんて出来るワケがない。
「今日は寝てなきゃダメだよ。明日には治ってるはずだから」
ベットから出ようとしていたユーリちゃんを制し、俺は優しく彼女を押し倒した。あ、いや。そういう意味じゃないよ。
ちなみに明日には治ってるってのは根拠がある話だ。
ユーリちゃんが気を失った後、俺はすぐにエリザさんの工房を飛び出し、エンドフォレストにある魔女の住処に一度帰った。昔、魔王の娘のラヴィが高熱を出した時、リベリアばあちゃんが不思議な薬を使ってすぐに治していたことを思い出したからだ。
ばあちゃんは寝てたけど叩き起こして薬を出させた。魔女曰く「魔族用に調合した薬だから人間には強すぎて毒」とか言うもんだから、仕方なくその場で薬を再調合して人間用に調整し直し、んで、急いで工房までダッシュで戻って来た。
帰ってすぐユーリちゃんの口をこじ開けて薬をねじ込んだ。さすがに俺は薬師じゃないから即効性を実現するのは難しかったが、まぁ一晩ゆっくり寝れば効くはずの薬にはなってたはずだ。
だから、今日は無理をしなくていいんだ。今日だけゆっくり休んで、明日からまた頑張ればいいだけなんだよ、ユーリちゃん。
「……ぐすん」
「ど、どうしたのユーリちゃん!?」
えっ?もしかして薬の調合ヤバかったのかな?いやそれはあり得ない。俺の調合は寸分狂わず完璧だったハズだが……
「ぐすん……ビエルさんばっかり……ズルいです……」
「ずるい??」
「ぐすん……悔しいんです……わたし……。ビエルさん、ずっと凄いから……」
「いや、俺なんてそんな」
「私、こんなに頑張ってるのに……試験はたぶん、ギリギリで……」
「……」
「でも、ビエルさんはすぐに成長していって……私、負けたくなかったんです……」
違うよ、ユーリちゃん。
ユーリちゃんは、負けてないよ。
「俺はただ、生まれつき身体が丈夫なだけなんだよ。ユーリちゃんは負けてない!まぁでも確かに、錬金術科の試験対策はとっくに終えてるし、それに今は魔術科の教材も全部買いこんでもうすぐ読破しちゃいそうだし」
「えっ?ビエルさん、魔術科の勉強も……してるんですか……?」
「あ、いや。そっちは趣味レベルだよ。でも昨日ちょうど『超激ムズ!ヘルボーガン試験直前対策全集』が全部解けたんだよ!」
「……ふふ……あはは」
なんかわかんないけどユーリちゃんが笑ってくれた!薬が効いてきて身体が少し楽になってきたのかな?それならよかった。少し安心した!
「ユーリちゃん?」
「ごめんなさい。そういうこと、真顔で全部言っちゃうビエルさん見てると、なんだか可笑しくなってきちゃって……」
「あはは……それはよかった。あ、そうだユーリちゃん!」
「なんですか?」
「もしユーリちゃんのプライドが許せばでいいんだけど、明日から俺もユーリちゃんのサポートをしようと思ってるんだ。こんな俺でも少しは役に立てるんじゃないかと」
俺はユーリちゃんと一緒に魔法学園へ通いたいと心底願っている。だって魔法学園への入試のきっかけをくれたのは、全てユーリちゃんだから。ぶっちゃけ、俺だけ受かっても行かないかもしれない。
「……」
「やっぱ嫌だよね。ごめん忘れて」
「……ビエルさん」
「なに?」
「ひとつ、条件があります」
「条件?」
「少しの間だけでいいんで……私の手、握っていてもらえませんか?」
「ドキィィィ」
あまりにも予想外の条件に、思わず自分の心臓音を口走ってしまう俺。しおらしいユーリちゃんの潤んだ瞳は可愛すぎた。
「いやいや!そんな!手を握るなんて、そんな……」
「また、眠くなってきました……いい、ですよ、ね?」
「あ、えっと。うん……」
「えっちな事したら、●しますから、ね……」
「……」
話し疲れて眠りについたユーリちゃん。布団の横からダラリと白く細い右手が力なく垂れ下がっている。
「おやすみユーリちゃん。絶対二人で一緒に合格しようね」
ユーリちゃんが出した条件を満たすため、俺は優しくその手を両手で包み込むようにそっと握ってあげた。
彼女の手はとても、熱かった。
そして時はさらに流れゆき……
ついに、試験当日を迎えることになる。




