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捨てられ錬金術師は眠らない  作者: 十森メメ
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第20話 特級錬金術師

 ガレスウッド南の奥地でオークキング討伐のクエストをクリアしてから、また数日の時が流れた。


 魔王の最側近で魔族のヴァンさんがオークキングを倒し、頭部は検体として持ち帰ったものの、結果的には魔物の脅威は去ったのでクエスト的には成功となった。ルーカスさんはこの一件で俺の実力を完全に認め、晴れて中堅都市ウォーレンの冒険者ギルド【竜神会】への正式加入が認められた。


 あ、あとユーリちゃんもついでに合格となっていた。ヘルメイス家出身のご令嬢をギルドに迎え入れることはメリットしかないらしい。戦闘技術は経験でなんとかなるし、冒険は常に俺がフォローすれば問題ないから入れるべきだと、ルーカスさんが簡単に意思決定していた。


 俺が面倒みるんだね。まぁ同じ釜の飯を食う仲だし、別にいいんですけど。


 あと、俺が魔女の住処で育ったことや、魔族と深い関係を築いていることは言わないほうがいいとルーカスさんに言われたので、未だに竜神会のみんなにはその事実を話していない。不戦協定は今も続いているものの、魔族をよく思っていない人間というのは結構多いらしく、みんなとうまくやりたいなら黙っておくのが吉とのこと。


 あえて火種を抱える必要もないので、その件についてはルーカスさんの提案に乗って冒険者を続けるつもりだ。俺はケンカが嫌いなので、できればみんなと仲良く、のほほんと冒険者をやりたいからね。ただそこまで深刻には考えていないので、なにかのタイミングでポロっと言っちゃっても、そこは勘弁願いたい。


「あっ!ビエルさん、ありましたよ!たぶんあれが錬金術師ギルドです!」

「……」

「ビエルさん?」

「……あ、ごめん。ちょっと考え事してた!」


 と、先日のクエスト後にあったことを思い出しながら目的地を目指して歩みを進めていた俺とユーリちゃん。実は今日のミッションは俺の魔法学院入学試験の教材を買うこと。お金に目途がついたから、早速教材が売っているとされるウォーレンの錬金術師ギルドにやってきていたのだ。ちなみにユーリちゃんは自発的についてきただけで、別に俺がお願いして一緒に来てもらったワケではないからね。


「筋トレ移動しなくなったと思ったら次は考え事ですか?ビエルさんって、常になにかしてないとダメな人なんですか?昨日も寝てないっぽいし」

「あ、バレてた?いやさ、エリザさんの家にある本、全部面白すぎて……」

「ちゃんと寝ないといつか大ケガしますよ。睡眠はしっかり取らなきゃですよ」

「はーい」


 たぶん俺のことを心配してお母さんみたいなこと言ってくれていると思うんだけど、俺には転生特典【体力概念0】があるから、この異世界に転生してから今まで一度も疲れを感じたことはない。このことはユーリちゃんにも話していない。言っても絶対信じてもらえないから。てか、疲れない身体とかそれこそありえないしね。


 ちなみに一応、寝ようと思えばいつでも寝られるんだけど、寝る意味はまったくないのでこの寝ない生活を変えるつもりはない。0歳の頃からそうだしね。心配されるのも面倒だし、今度から夜中に本を読むときは、ばれないようにコッソリ読むことにする。


「じゃあ、扉開けますね」

「ちょっとドキドキする」


 錬金術師ギルドの入り口前まですでに辿り着いていた俺たちは、ゆっくりとその扉を開け、中に入っていく。いくつになっても、新しいトビラを開く瞬間というのは胸が高鳴る。


「うわぁ!」

「す、凄い!なんか別世界だね、ユーリちゃん!」


 薄暗い建物内で見えづらかったが、そこが明らかに外の世界とは異質な空間であることは俺もユーリちゃんもすぐに認識できた。


 広々とした部屋には、数名の錬金術師たちが思い思いの実験に没頭している。蒸気が立ち上るフラスコや煌めく魔法陣が所々に散見され、ぶつぶつと呪文を唱える声が交錯する。時折、ポンッという爆発音や光の閃光が部屋を走り、誰かの「しまった!」という叫び声が響き渡っていた。


「あの、すいません。魔術学院[ヘルボーガン]錬金術師科の入試用教材を購入したいんですけど」


 俺たちのことなどまったく意に介せず実験を続ける錬金術師たちを横目に、ギルドの入口から受付までテクテク進んできた俺とユーリちゃん。さっそく受付のおねえさんに試験教材のことを訊ねてみた。


「はいはい。えっと、この時期に買いに来たってことは過去問集の古いヤツでも欲しいのかな?でも、ごめんなさい。さすがに10年以上前の過去問集はウチには置いてないのよ。そういうのが欲しいなら王都に行って……」

「えっ?いや、今から勉強始めるんで、ここで売ってるヤツ全部欲しいんですけど」

「……はい??」


 受付のおねえさんがきょとんとしている。言いたいことはわかってますよ。とってもお高いのでしょう?教材。でも大丈夫!


 ちゃんと準備してきましたからッ!


「お金なら用意してきたんで大丈夫です!」

「いや、お金の問題じゃなくてさ。試験までもう残り半年切ってるのよ?今から始めるってあなた、正気?」

「あ、それは私も散々言いましたんで、気にしないでください」


 ユーリちゃんがフォローしてくれたものの、未だ怪訝そうな表情で俺たちを見つめる受付おねえさん。みんな結果にこだわりすぎじゃないかな。そりゃ合格できるに越したことはないが、別に落ちたっていいじゃないか。そこに至るまでの過程が楽しいんだから。


 この異世界にやってきてから、俺はすべての道程を心底楽しんでいる。


「まぁウチとしては結構な売上になるから別にいいんだけどね。でも凄い物量になるわよ?1回で持って帰れないかも。あと準備に少し時間かかるけど、待てる?」

「全然大丈夫です!」

「じゃあちょっと裏の倉庫行って取って来るわね。在庫、あったかしら……」


 そうつぶやきながら受付奥へと消えて行くおねぇさん。なんか申し訳ない。


 まぁ確かに、こんな時期から超難関校の試験勉強始めるって、普通に考えたら遅すぎるよな。在庫がなかったとしても文句は言わないでおこう。


 ……ん?またこの錬金術師ギルドに誰かやってきたようだ。入口が勢いよく開き、外の光が室内に流入する。


 あれは……

 

「やあやあ皆の衆、久しいな!特級錬金術師、モモチ様のご帰還だぞ!ヨーソロー!」


 実験をしていた錬金術師たちの手もさすがに止まり、全員入口を凝視している。


 現れたのは、小柄なのに自信満々で仁王立ちしながら高笑いしている、特級錬金術師を名乗る1人の女性だった。

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