第2話 最果ての森
俺を拾ってくれたツノの生えた可愛らしい女の子は、魔王の娘だと言う。名前はラヴィ。人間で言うと5歳くらいの幼女の見た目だ。
彼女は父である魔王の命令で、かつて勇者パーティを窮地に追い込んだこともある伝説の魔女、リゼリアの元で修行を重ねていた。
魔女の住処へ連れていかれた俺は、リゼリアに転生特典【体力概念0】の本質を見抜かれた。曰く「端的に言うと、無限の体力」だそうだ。
俺が愛してやまない育成ゲームの仕様で例えるなら、どれだけ練習を重ねても体力ゲージがまったく減らない身体だということらしい。つまり疲労によるケガや病気のリスクがゼロで努力し放題ということだ。
事実、俺がこの魔女の住処にやってきてからの5年間、ラヴィと一緒に魔女のスパルタ教育に耐え続けてきたが、疲れたと感じたことは一度もない。
むしろ物足りないくらいだった。
なんせこの【体力概念0】という能力。寝なくても平気で動き続けられるからね。というより、そもそも疲れないから基本眠くならない。
ラヴィもリゼリアも魔族とはいえ寝ないと動けないから、俺は彼女たちが眠っている間もコッソリ自助努力を重ねた。
と言っても、寝床でやれる事は読書と筋トレと魔力アップの瞑想くらいしかなかったんだけどね。ラヴィもばあちゃんも寝てるし。夜に1人で外へ出るのはまだ怖かったし。
でも、それらは単純に楽しかった。なので今日まで1日も寝ないで続けてこられた。体力が無尽蔵にあるってのは、これほど人生を豊かにするもんだと改めて思い知らされたよ。
お、今日も朝日がまぶしいね!
森の朝は本当に清々しい。
ちなみに今日もまったく寝ていない。
夜中は住処にある古い魔術書を読み漁り、今は夜明け前だから外に出て日課の筋力トレーニングを軽くやっていたところだ。
「むにゃむにゃ……眠い……」
眠気眼をこすりながら、寝ぐせで髪の毛が遊んでいるラヴィがやってきた。早朝、俺たちには修業を兼ねた仕事がある。
そう。朝食の準備だ。
そしてそれは、食材を確保するところから始まる。
「おはよう!ラヴィおねぇちゃん!今日もいいお天気だよ!」
「ふわぁ……おはようビエル。今日も朝から元気ね」
あ、ビエルって俺の名前ね。
リゼリアばあちゃんとラヴィがつけてくれたんだ。
個人的にこの名前は気に入っている。
まだ名前の由来は聞いていない。知りたくないワケではないのだが、何故か聞かない方がいいような気が、今もしているからである。
◇◇ ◆ ◇◇
エンドフォレスト。
通称・最果ての森。
俺が拾われ、居候させてもらっている魔女の住処がある樹海の名だ。
リゼリアの話によると、ここは王国の最西端に位置する魔境とのこと。
時折、この森でしか採取できない鉱物や食材を求めて冒険者が立ち入ることはあるようだけど、基本人間がハイキングで訪れるような場所ではない。
まぁ[最果ての森]なんていかにもなネーミングしてるくらいだもんな。こんなところに一般人が無目的で来ることなんて、まずないだろう。
……グルルルル
「あ、いたわよ!今日の朝ごはん!」
ラヴィと魔女の住処を出発し、北へ歩くこと数分ほど。
警戒心むき出しで現れたのは、5歳児の俺を遥かに凌駕する体格を持つ魔性の猪一匹。凶悪な造形をした角を揺らめかせながら、鼻息を荒げて態勢を低く保っている。
「ねぇ、ラヴィおねぇちゃん」
「なに?弟よ」
「今日は僕が狩りをしたいんだけど、いいかな?」
「……はい?」
朝食確保は2人で協力して、というのがリゼリアの本来のお達し。だがいつも狩って解体するのはラヴィが単独で行っていた。俺はただ、運びやすくなった食材を小分けにしたり持って帰るためだけの配達員の仕事しか任せてもらえなかった。
ちなみにラヴィは俺のことを基本的に弟くんと呼ぶ。ラヴィは俺がまだ全然動けなかった0歳の頃からよく面倒を見てくれていた。肉親ではないけれど、彼女は自身を俺の姉代わりだと本気で自覚してくれているのだろう。
リゼリアばあちゃんもそうだけど、魔族のエリートたちが出自のよくわからない人間の子の面倒を見てくれるって、普通に考えてすごい世界観だよな。打算があるにせよ、異世界ってやっぱ不思議なところだなってつくづく思う。
「ダメかな?」
「……あのねぇ、弟くん」
ラヴィがため息をつきながら俺を憐みの目で見つめてきた。そして言い放つ。
「我がいつも簡単そうに魔物を狩っているように見えるかもしれないけど、人間基準だとこの森にいる魔物はみんなAランク以上に指定されてる凶悪なヤツらばかりなのよ?ちなみにあのイノシシもAランク」
「あ、うん。それは知ってる!」
「……はぁ」
なんもわかってねぇなコイツ、みたいな態度でさらに深いため息を付くラヴィ。もしかして、俺がそんなことも知らないと思ってる?
ここに来てからの5年間。住処にあった書物はもう何百回と繰り返し読んでいるんだ。その中には魔物図鑑もあった。当然、そこに書いてあった魔物の情報はすべて頭に刻み込まれている。
「ビエルがそこらの人間の5歳児とは比べ物にならないほど強くなってることは認めるけど、それでもあくまで人間。かなり冒険者ランクの高い、人間でも苦戦必至のあの魔猪の相手を、アナタみたいな小さな子供に出来るわけが……」
ヒュン……
ドグシャッ!!
バタリ
「……へっ?」
「ラヴィおねぇちゃん、話長すぎ」
「はぁぁぁぁ???」
いや、なんか魔物が今にも攻撃仕掛けてきそうで危なかったから、許可もらわなかったけど先にやっちゃいましたよ。
アイツの急所が鼻っ柱だってのは図鑑の知識でわかっていたから、ちょっと足元と拳に魔力を込めて、一気に……ねっ?
「えっと、後処理は頼んでいいかな?僕、血生臭いのまだ苦手だし」
「え?あ、はい……」
完全に沈黙し、地面に突っ伏した魔猪を尻目に、俺はラヴィにニッコリ微笑みながら、食材と化した獣の解体や血抜きをお願いした。
まぁ出来ないこともないんだけどね。
やり方はわかってるんだけど。
血生臭いのが苦手ってのはホントの話だから。
「って、いやいやいやいや!アンタ今、どうやってアイツの事やっつけたのよ??」
「どうやってって……ただ足に軽く魔力込めて、軽く走って、手に軽く魔力込めて、軽く急所を殴っただけなんだけど……」
「軽く……ですって??」
なんかめっちゃ睨まれてるんですけど。目、コワイよ。
倒したんだから別にいいじゃん……あっ!
そういえば、許可もらう前に倒してしまったんだった!
ラヴィってそういうのにうるさい人……じゃなかった、魔族だった!咄嗟にやっちゃったのはまずかったかもしれない。
とりあえず、謝っとこ。
「ゴメンなさい!ラヴィおねぇちゃん!許しももらわず先に倒しちゃって!あのイノシシがおねぇちゃんのこと狙ってたから、つい……」
「えっ!?い、いや……まぁ、いいわ!許す!あは、あははは……」
お、よかった!
なんか笑顔が引きつってるけど、笑ってるからもう大丈夫だろ!
ラヴィが機嫌悪いと大変だからなぁ。
リゼリアのばあちゃんは怒るともっと手が付けられないけど。
ともあれ朝食の確保はできた!
あとはラヴィにバラしてもらって、とっとと住処に持って帰ろうか!
そして朝メシ食ったらまた修行だ!
今日も一日、頑張って行こう!