第19話 ガレスウッドの謎
「いえね、仕事の邪魔をされちゃ困るから、ちょっと脅かしたら逃げてくれないかなって思っただけなんですよ」
すでにヴァンさんから先ほどの圧は感じない。俺の存在を認識し、完全に笑顔で話し合いモードに移行してくれたようだ。
「そうだったんですね!でも最初、俺のこと狙ってましたよね?攪乱するための動きだったんですか?」
確実に仕留めるつもりならもっと違うモーションになっていたはず。それをしなかったのは、そういうことだろう。
「いいえ。仕掛ける前は強いほうから先に気絶させようと思っていましたが、距離を詰めたらそれが難しいミッションになると直感しましたので、急遽弱いほうから叩くことにしました。まぁ、失敗でしたけど」
なるほど。瞬時に戦略を変えて軌道修正するあたり、ヴァンさんもなかなかの手練れだね。彼の戦闘を見るのは初めてだったけど、さすがは魔王の最側近さんだ。
「それにしてもビエル様。またご成長されたようで。とんでもない回し蹴りを放つのですね。おかげで右腕がお釈迦になっちゃいましたよ」
確かに、ヴァンさんの右腕はダラリと下がり、重力に逆らえなくなっていた。
「えっ?俺は威嚇のつもりで軽く蹴っただけなんだけど……すいません。大丈夫、ですか?」
「軽く?ははは、またまたご冗談を。あんな強烈な蹴りをガードしたのは魔王様の逆鱗に触れて本気の制裁を受けた時以来ですよ。ああ、腕は勝手に治りますんで、ご心配には及びません」
そっか。魔族って自己治癒能力がとんでもなく早いから怪我はすぐ治るんでしたね。ラヴィやリゼリアばあちゃんもそうでした……
……。
「ラヴィ、元気にしてますか?」
「ラヴィ様ですか?えーっと、まぁ。元気は元気なのですが……」
なんか含みのある言い方だな。
「なにかあったんですか?」
「うーん。それがですね……」
話を聞くと、ラヴィは魔王宮に戻ってからずっとため息をつきながら、俺の名前ばかりつぶやいているそうだ。それでヴァンさんが手を焼いていると。
「そんなに気にされるなら、会いに行かれてはどうですかとご進言しているのですが。それはプライドが許さないからどうのこうの言われて困ってます」
「あ、はは。そう、なんですね」
意外にラヴィはさみしがり屋さんだったんだね。確かに、別れ際も泣きそうな顔してたからそうかなとは思っていたけど。
「ここで会ったのもなにかの縁でしょう。ビエル様、お暇ができたらすぐに魔王宮へ遊びに来てください。ラヴィ様のあのご様子を近くでずっと見ているのは少し辛いものがあります」
「わかりました。でも今は色々忙しいから、時間が出来たら伺います」
「絶対ですよ?お願いしますね!」
ヴァンさんが動く左手で握手しながらそう言うもんだから、少しバツが悪くなる俺。彼にとっては結構切実な悩みなのかもしれない。
「ところでヴァンさん。さっき仕事がどうとか言ってた気がするけど、それってオークキングのことですか?」
ラヴィの話をするためにここへ来たワケじゃないことを思い出した。そろそろ本題に入ろうと思う。ん?そういえばさっきからルーカスさん、一言もしゃべってないな。どうしたんだろ……。
あ、なんか顔が青ざめて小刻みに震えてる!やっぱ疲れて体調悪いんだ!座って休めばいいと思うんだけど……いや、ルーカスさんにもプライドがあるんだろう。今はそっとしておこう。
「あーそうですね。政治的な内容も含みますので、あまり詳しいことはお話できないのですが……。ビエル様にすべてを黙っておくのは難しそうですので、説明できるギリギリの範囲でお話しますね」
よくわかってるじゃないですか、ヴァンさん!こっちにも事情があるんだから、何も話さずに帰るなんて、絶対許しませんよ?てか政治的な内容ってなんだ。その言葉だけでかなり重みを感じるけど。
「おっしゃる通り、私はオークキングが目的でここにやってきました。不戦協定の協約では、このガレスウッドにオークキングの生息は認められておりません。ですので、魔物を保護・管理する我々の立場として、オークキングを元の生息域に戻さなくてはいけないので、今回私にそのミッションが魔王様より与えられました」
確かに、リゼリアばあちゃん家にあった『不戦協定協約全書』にそんな一文があったような気もする。魔族は魔物全般の監督責任を負わなければならないとかなんとか。個人的には自然保護団体とか動物愛護団体みたいなものをイメージしていた。
「ヴァンさんも忙しいんですね。実は俺たちもギルドの依頼でオークキングをやっつけるためにここまで来てたんですよ。ねっ、ルーカスさん」
「お、おうよ……」
ルーカスさん。あさっての方向向いて相槌打ってるだけじゃ、説得力がないじゃないですか。俺の説明にもう少し補足入れるとかしてくださいよ。
「そうだったのですね。ん?ギルドの依頼ということは……ビエル様。無事冒険者になられていたようですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとうヴァンさん」
「本来であれば人間サイドでこのような情報が出回る前に、魔族サイドで処理しなければいけない案件だったのですが、申し訳ございませんでした。ただ仕事はもう終わっておりますので、ご安心ください」
「えっ?もしかしてもう捕まえちゃったの?」
ただオークキングの生体反応はまったく感じられない。捕まえたのなら近くにいるはずなんだけどな。まさかヴァンさん、保護するとか言ってオークキングをボコボコにしすぎちゃったとか?
「あーそれがですね……実はちょっと我々が想定していた状況とは事情が少し異なっておりましてね。急遽処分する運びになっちゃったんですよ」
ボコボコどころではなかったようだ。
「ってことは、もう倒しちゃってるってことですか?」
「はい。胴体部分はもう焼却処分しちゃいました。検体が必要なので頭だけは残していて。あっちで冷やして置いてあります」
ヴァンさんは自身が突撃してきた奥地の方角を指さし、軽くそう言ってのけた。目的はすでに果たされていたけど、ヴァンさんの『検体』という言葉が引っかかる。
「調べたいことがある、ということか、魔族」
相変わらず目も合わさず、ビクンビクンしながらヴァンさんに問いかけるルーカスさん。S級なんだから、いくら疲れているからってもう少ししっかりしてほしい。
「貴殿がビエル様の保護者の冒険者様ですか?ビエル様がいつもお世話になっております。ええそうですね。ここにいたオークキングは調査が必要な個体でした」
「ど、どういうことだ?」
「申し訳ございません。これ以上、私の口からお答えできることはありません」
ルーカスさんの質問に対して丁寧な受け答えをし、頭を下げるヴァンさん。これだけ謙虚な対応をされると、逆にこれ以上の深掘りが難しいことを悟らされる。
「俺たちも一応、依頼を受けてここに来てるんで、疑うワケじゃないですけどオークキングの頭、見せてもらってもいいですか?」
検死くらいはしておかなくちゃね。
実は倒していませんでした!じゃ話にならないからね。
「もちろんです。ちょっと待って下さいね……はい、これです」
「はやっ!」
お願いしたら、ヴァンさんは瞬間移動のごときスピードで奥地に戻ってオークキングの頭を持ってきた。確かにこの頭部はオークキングのもので間違いない。冷凍魔術でキンッキンッに冷やされていて、悪魔的な凍らせ方をされてはいるが。
「信じてもらえましたか?」
「うん!ヴァンさんはそれ持って魔王宮帰るの?」
「そうですね。頭部は魔王宮の研究施設で責任を持って色々調べさせていただきます。ビエル様はあまりお気になさらなくていいですよ。大人の話になりそうですから」
「そっか。って、正直めっちゃ気になるけど、今は話せないんでしょ?」
「申し訳ございません」
「じゃあ今度魔王宮遊びに行ったとき、話せるようになってたら教えてね。俺、もう子供じゃないし」
「ははは。それもそうですね。どうも私は、まだビエル様が小さい時のイメージを未だに引きずっているようです」
オークキングの冷たい頭部を脇に抱えながら笑顔になるヴァンさん。彼は魔王の最側近っていう立場だから、言いたくても言えない事なんてたくさんあるのだろう。元社畜だった俺も、そのくらいの事情は察してるつもりだ。大人の事情ってのは、生きていく上では確かにあるもんだからな。特に、政治の世界ではね。
「それじゃあヴァンさん。俺たちギルド戻って達成報告しないといけないから、そろそろ帰りますね。久しぶりに会えてうれしかったです」
「私もです、ビエル様。今日のことはラヴィ様にもしっかりとお伝えしておきます」
「あまり余計なことは言わないでいいですからね。ラヴィはすぐ怒るから」
「承知しております。それでは」
そう言い残し、ヴァンさんはまた瞬足を使ってガレスウッドを後にした。
その様子を茫然と眺めていたルーカスさん。ヴァンさんがいなくなってすぐにその場で尻もちをつき、そして俺に向かってこう言い放った。
「……ビエル君。キミ、いったい何者なの??」