第18話 奥地の再会
中堅都市ウォーレンの冒険者ギルドを出発したルーカスさんと俺は、ガレスウッド南の奥地、その入口付近まで走ってやってきた。
「だいぶ瘴気が濃くなってきましたね。ここからは慎重に行きましょうか」
「ああ……はぁはぁ……そう、しよう。うん、そうしよう」
かなりペースを落としてゆっくり走ったけど、ルーカスさんは冒険帰りで疲れていたのか、俺について来るのに必死になっていた。息が上がって少し苦しそうだ。Sランク冒険者って大変なんだな。
普段片手間でやっていたFランククエストとは違い、今回のクエストは目的地までまあまあ距離があった。しかも森の奥地は現在、大量の濃い瘴気が発生していて視界が悪く、慎重に進まなければ迷ってしまうとのこと。
いつもみたいにチャチャッと突っ走ることはできない。今いる場所もかなり霧掛かっていて、すでにルーカスさんの顔も見づらくなっていた。
「この奥に、オークキングがいるんですか?」
「ああ。事前情報ではそのように聞いているね。しかし、それにしても……」
「どうかしましたか?ルーカスさん」
すでに呼吸を整えていたルーカスさんが奥地への入り口、ではなく来た道を振り返って、なにか違和感を感じている様子だった。
「ここまでの道中、一度も魔物と遭遇しなかった。妙だなと思ってね」
「ああ。たしかにそうですね」
ガレスウッドの南側は森全体の中でも特に魔物が多く生息している地域だと受付のマーサさんに聞いていたけど、奥地までの道中でエンカウントは0だった。
運が良かっただけなのか、それとも……
「勘だけど、なんだかすごく嫌な予感がするんだよね。ビエル君、この先さらに視界が悪くなるから俺の近くを離れないでね」
「えっと、ルーカスさん」
「大丈夫だ。なにか不測の事態があっても、俺が必ず君を守ってあげ……」
「いやえっと。さすがにここの瘴気濃すぎるんで、やっぱり先に掃っちゃったほうがいいと思うんですよね。あ、大丈夫です。そういう雑用は自分がやりますんで、ルーカスさんは見ていてください」
「……えっ?はらう?雑用??どういうことかな、ビエル君」
神妙な面持ちからキョトンとした表情に変わるルーカスさん。なんて顔してるんですか。イケメンが台無しですよ!
「そりゃ瘴気をぶっ飛ばすに決まってるじゃないですか。もールーカスさん、何言ってるんですか。ちょっと疲れすぎなんじゃないですか?この仕事終わったらゆっくり休んでくださいね!」
「えっ?あ、うん。えーっと……」
「それじゃあいきます!あ、ルーカスさんはそこから動かないでください。俺の風魔術、結構暴れん坊ですから」
ラヴィに昔教えてもらったあの魔術、瘴気掃うのにうってつけなんだよね。今でも重宝してる。さて、魔力も軽く高まってきたとこだし、右手を空にかざしてっと……
……元気してるかな、ラヴィねぇちゃん。
「魔王旋風!!」
天に向かって差し出した右手から風の魔力を解き放つ。ゴォッという激しい音とともに周囲一帯に小規模な竜巻を複数発生させ、枯れ木や落ち葉とともに瘴気を次々と空へと舞い上げ、かき消していった。
「…………へっ?」
「うわぁ!全部見えるようになったけど、このあたりの原生林って結構すごいですね!エンドフォレストより樹々は多いかも!」
「エンド……フォレスト??」
「あ、そっか!ユーリちゃんにしかまだ言ってなかったですけど、俺、実はエンドフォレストにある魔女の住処出身なんです!みんなには内緒にしてたけど、ルーカスさんはリーダーだから話しておかないとまずいよねっ!」
流れで俺の素性話しちゃったけど、仲間にしてもらう以上、せめてトップくらいには事実をちゃんと伝えておかないとね。やっぱ嘘をつき続けるのはよくないし。
「魔女の住処って……もしかして君、あの伝説の魔女、リゼリアのところで育ったのかい?」
「あっ、やっぱりご存じなんですね!よかった!さすがS級の冒険者さんは違いますね!ユーリちゃんが都市伝説とか言うからちょっと心配してたんです!」
「い、意味が分からない……理解不能だよ……。ところでそのユーリちゃんってのは誰だい?」
「そういえばまだルーカスさんは会っていませんでしたね!僕と一緒に【竜神会】へ仮加入した魔術師志望の女の子です。ヘルメイス家のご令嬢らしいんですけど……」
「ヘ、ヘルメイス家の……ご令嬢??」
いやーやっぱユーリちゃんの家系って凄いんだなぁ。ルーカスさんが他のギルドメンバーと同じように目を白黒させて、息を飲むような反応をしてるのが面白い。
まさかこんなところで真の自己紹介をするとは思わなかったけど、まぁいずれわかることだから早いうちに話せてよかっ……
……なんかいるな。
この生い茂る原生林の少し奥。
瘴気で狂いが生じていた魔力感知が正常に戻り、強い生体反応をひとつ探知する。魔力を強烈に内側から押さえつけてやがるが、俺にはわかる。
オークキングなんだろうけど……。それにしてもこの感覚は明らかにおかしい。魔物が放つそれではない。もっと高位な別のなにかだと俺の経験が言っている。しかし、このほのかに感じる懐かしさはなんだろう。
「ルーカスさん」
「ビエル君。身の上話は終わりにしよう。構えろ……来るぞ!」
ルーカスさんはすでに剣を抜き、腰を落として戦闘態勢に入っている。俺と同様、前方から放たれるおどろおどろしい圧を感じ取ったのだろう。額からはうすら冷や汗が流れている。ん?いや、ここまで走って来たから普通に汗が噴き出してるだけか。
どっちでもいいか。とにかく俺も少し戦闘準備をする必要がありそうな相手ではあるか。
あ、仕掛けてきた。まぁまぁ速いな。俺を目指して突進してきている。どうする?カウンター一閃で沈めるか一度躱して相手の出方を窺うか。まぁいきなり倒しちゃうのもつまんないし、後者にしておくか。お、もう目の前まで来た。んじゃスルッと身体を横にずらして……
なっ!?アイツ、急に標的を俺からルーカスさんに変えやがった!!ヤバい!大丈夫か、ルーカスさん!?あの人かなり疲れてるからこの攻撃、止められる!?
ギィィィィィィン!!
バキィィィィン!!
「ほう……」
「くっ!ビエル君逃げろ!!コイツはオークキングじゃない!魔族だ!!ここは俺が時間を稼ぐから君は逃げて応援を……」
「ん?ビエル君って……」
「うおおおおりゃあああ!!」
ドゴォォォォ!!
なんか魔族のヤツ、若干狼狽える素振りを見せた気がしたけど、ウチのリーダーを狙う不届きな輩だったから特に気にせず正義の回し蹴りをヒットさせてやった!
炸裂音のような打音が森に響き渡り、魔族は俺の蹴りの勢いでズザザザザっと地を滑って後退した。
ただ、確実に側頭部を狙った一撃だったのに、魔族はどうやら右腕一本でガードしていたようで無傷。昏倒させようと思ったのにあてが外れた。
やるじゃん。
「あ、やっぱり。ビエル様じゃないですか」
ガードに使った右腕をダランと下ろし、敵の素顔がはっきりと見えてくる。そして近くで聞くと、声も明らかに聞き覚えがあった。
この魔族は……
「ヴァンさん!!」
敵?の正体は、魔王ゼルビアの最側近。魔王の娘、ラヴィのお目付け役。魔女の住処に何度も美味しいお土産を持ってきてくれていた、あのヴァンさんだった。