第1話 転生特典【体力概念0】
瘴気漂う深い森の奥地。
俺を抱きかかえ、彷徨っていた屈強な戦士風の男が急に歩みを止める。
「これ以上は危険だな……。悪く思うなよ、坊主。恨むのなら、あんな女の元に生を受けた自身の運命を呪え」
「あう(いや、こんなところに置き去りにされたらまた死ぬって)」
意識はハッキリしていて思考も出来る。だが、話すことは出来ない。
理由は簡単だ。
そう。俺は異世界に転生したばかりの赤ちゃんだからだ。
春の大型連休を利用して、人気の育成ゲームを発売から3日3晩ぶっ通しでやっていたら、急に意識が遠のいた。寝不足だったから気を失ったように眠っただけだろうと軽く考えていた。
甘かった。
実は、そのまま死んでいたらしい。
そして気が付いたら、この異世界で再び生を受けていた。
しかもなぜか……
筋肉のおっさんに森へ捨てられる寸前の状態からという苦境スタート。
いきなり詰んでいた。
こっちの世界に来る途中、女神に会った。
記憶が曖昧でなにを言っていたのかほぼ覚えていないのだが、一つだけ脳裏に刻まれている言葉がある。
「転生特典は……【体力概念0】です!」
【体力概念0】ってなに?
転生モノのラノベで、はずれスキルだけど実は最強!ってのがあるけど、俺が授かったであろうこの能力は本当にハズレの匂いがプンプンする。
せっかく転生して特典があるなら、もっとまともな能力が欲しかった。
凄い魔法とか剣の才能とかさ。
そもそも【体力概念0】って体力があるのかないのかどっちなんだよ。概念がないってことは、考え方そのものがないってこと?てか体力ってそもそもなに?HP??
いや、考えるだけ無駄なのかもしれない。少なくとも、転生してすでに大ピンチな今の状況を打開できるようなスキル?でないことだけは確かだ。
「じゃあな、《《不遇の錬金術師》》」
「だう!(ちょ!錬金術師って……)」
俺を冷たい地べたに置いてサッサとその場を去っていく筋肉戦士。濃い霧のような瘴気ですぐに背中が見えなくなる。
お、置いてかないでくれよぉ!
いくら前世の記憶があるとはいえ、赤ちゃん状態でかつ明らかに使えない【体力概念0】なんていう訳のわからないスキルだけで、このデンジャラスな森を1人で生き残れるはずが……
グルルルル……
ガルルルル……
ジュルジュル……ジュルジュル……
ジュポポポポ……
あ、これ完全に終わったわ。
瘴気の奥に明らかな魔物の群れ。
完全に囲まれ、ロックオンされている。
「あうあう(やれやれ)」
少しは期待した俺が愚かだった。
所詮、運命なんてこんなもんだよな。
思い返せば、俺の人生こんなんばっか。
小さい頃、野球の才能があると言われ、寸暇を惜しんで必死に練習したことがある。いや、していたつもりだった。
いかんせん、俺は生まつき身体が弱く、長時間の練習をこなすことができなかった。当然、ひたすら頑張るライバルたちに後れを取り始め、結局はレギュラー候補から脱落。努力をしないヤツという烙印を押され、俺はその道を諦めた。
ならば勉強だ!ということで中学の頃は真面目に授業を受け、塾にも毎日通った。けど、俺には向いてなかった。
文字や数字は常に俺へ催眠術をかけてきて集中力を奪い、成績を一定以上の水準に上げることを拒んだ。つまり、身体だけではなく脳みそすらも疲労を蓄積しやすい、とても貧弱な体質だったのだ。
野球もダメ。勉強もイマイチ。
努力したい気持ちだけはあったが、俺の身体はまったく適応してくれなかった。
その後はなんとなく中学、高校、大学を卒業し、普通の社畜になった。人生に目標もなく、ただ漫然と過ごしていた。
今思い返すと、趣味が育成ゲームだったのはその反動だったのかもしれない。せめてゲームの世界でだけは、疲労を気にせず存分に自分を鍛え、強い奴らとしのぎを削りあいながら頂点を目指したい。
いや、その趣味ですら疲労の壁に阻まれ、満足のいく結果は出せなかった。
最強キャラ育成を目指して何度も何度も最初からやり直した。順調に育成が進んでも、最終的にはケガ率という確率の壁に弾かれ、怪我や病気になって中途半端なキャラメイクしかできなかった。
結果、俺自身が死んでるし。
異世界転生はしたけど、また死にそうだし。
「……あうあう(……やれやれ)」
もう「やれやれ」しか出てこない。
このまま異世界の魔物達に食い殺され、無残にあの世へ送られちゃうんだろうな。
ホント、儚い人生だった。
「あちょー!!」
ドゴッ!バキッ!
「だう?(へっ?)」
魔物の呻き声が、衝撃音とともに次々とかき消されていく!あの瘴気の中で、一体なにが起こってるんだ!?
「あーもう!見にくい!!」
え?しゃべった!!この声ってまさか……
女の子??
「魔王旋風!!」
なんて言ったのかよく聞き取れなかったが、少女がなにかを叫ぶと、俺の目の前でいきなり突風が巻き起こった。彼女を中心に瘴気が一気に空へと舞い上がり、併せて彼女の半径数m以内にいた魔物や生えていた木々や草花が次々飛ばされていく。
これはもしかして魔術、なのか?
「野生の雑種ごときが!我に歯向かうなんざ100億万年早いのよ!」
完全に晴れた視界の先に、声の主はいた。
周囲を空いた魔術の中央で、仁王立ちで佇んでいる。
「……ん?」
「……あう(……あ、やべ)」
たまたま少女の魔術に巻き込まれない位置にいた俺。ポカンと今の光景を目の当たりにしていたら、ついにその少女と目が合った。
「あれぇ?あれれれぇ?」
「ばぶ……(あ、どうも……)」
可愛らしい少女を想像していたら、その通りだった。背の低い、とても愛くるしい幼女だった。ただ……
頭には、とても立派な角が生えていた。
「なんでこんなところに人間の赤ちゃんがいるの?」
「あう~(俺が知りたい)」
一気に俺の傍に駆け寄ってきたピンク髪に角の生えた少女。整った綺麗な顔をしていたが、目は切れ長で鋭く、少し開いた口から覗いた八重歯はかなり長めだった。
「うーん。どうしよっかなぁ……」
「ふええ(目が怖い。泣きそう)」
「ばぁちゃん怒るかなぁ……でも、こんなところに置き去りにもできないし……」
ぶつぶつ何かをつぶやきながら、俺をジロジロ舐め回すように見回す少女。カワイイ娘は嫌いじゃないが、魔術で色々吹っ飛ばしちゃうツノの生えた魔族みたいな女の子はちょっと苦手かもしれない。
……ん?
えっ?
「よいしょっと」
「ふえ?」
わっ!ちょっと、マジですか!
少女はひょいっと俺を持ち上げ、軽々と抱きかかえた!
「とりあえず、一緒に帰ろっか!」
「ふええ!(帰るってどこにだよぉ)」
「ぶーん!」
俺の懸念など伝わるはずもなく、彼女の足は一気に加速。
生い茂る森の樹々を慣れた足取りでヒョイヒョイすり抜けながら、走ること数分。
気が付くと、目の前には割と大きめな、古びた掘立小屋があった。
「おーい!ばあちゃーん!」
「おや、ラヴィや。もう戻ったのかい」
小屋の前にある小さな椅子に座り、辞書みたいな書物に目を通していた老婆の姿が俺の目にも映った。少女の名前はラヴィと言うらしい。あのおばあさんはラヴィちゃんの身内かな?
「人間の赤ちゃん拾ったー!」
「こんな秘境に人間の赤子じゃと?そんなヤツは生贄にでもして……って、なっ!?」
おばあさんの元に駆け寄り、俺を持ち上げて紹介するラヴィちゃん。興味無さそうに俺をチラッとだけ見たおばあさんの動作が固まる。
そして、おばあさんは叫んだ。
「なんじゃその子はぁぁぁ!育成の…育成の血が騒ぐぅぅぅ!!」
何故か歓喜の叫び。
コレ、なんかヤバいヤツと違うか?