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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アヴァロンヘイムユニバース

転生魔王様は静かに暮らしたい

作者: 遠野紫

「これで……! 終わりだァァァァッ!!」


 震える足で地面を蹴った勇者。

 その手には伝説に語られる勇者の剣「暁の剣」が握られている。


「ぐっ……ええぃ、良かろう! 貴様の本気の一撃、我が身に食らわせてみよ!!」


 対して魔王は勇者の全身全霊の攻撃を真っ向から受け止める気でいた。


 それは圧倒的なまでの実力から来る余裕か。

 矮小なる勇者へのせめてもの慈悲か。


 ……否、断じて否。

 手負いである彼女には、もはや避ける程の力など残されていないのだ。


 無論、彼女は最強の魔王であり、その事実が揺らぐことは無い。

 それこそ最強の魔物として名高いドラゴンでさえ、彼女の足元にも及ばない程である。


 それでもなお、勇者は最強の魔王である彼女をここまで追い詰めた。

 それがどれほど常軌を逸した事なのか。この世界にわからない者はいないだろう。


 だからこそディアスは勇者の実力を認め、最後は真正面から受け止めることを選んだ。

 小細工など無しに、真っ向から攻撃を受け止めることで勇者への最大限の敬意を表したのである。


「うおおォォォッッ!!」


 勇者が全身全霊で剣を振り払う。

 その瞬間、まるで夜明けのような眩い光がその剣から放たれ、光の刃となって魔王の体を切り裂いていった。


「ぐぁぁッ……!! これが……! これが、勇者の力……か!!」


 体力もとうに限界を迎えており、今にも倒れそうな状態のディアス。

 それでも彼女は根性で立ち続けた。

 魔王としての誇りが、そうさせていた。


 しかし、もはや攻撃をすることも出来ない程に彼女の体はボロボロである。

 それどころか立っていられることすら奇跡だ。

 もうとっくに満身創痍なんて表現で済むような状態ですら無くなっているのだから。


 故に自らの命がもう長くないことも、ディアスは理解していた。


「勇者よ……よくぞ、我を倒したな……。貴様によって、我の世界征服の野望は絶たれた……。一体、幾度貴様のことを邪魔に思った事だろうな……。しかし、貴様程の実力者に討たれるのであれば、それも本望だ……」


 もはや彼女の美しい紅い瞳も一切の光を失っており、指一本満足に動かすことも出来ない。

 それでもディアスは最後の力を振り絞り、必死に呟き続けた。

 目の前にいる最強の宿敵へと、最大限の敬意を抱きながら。


「ディアス……」


 すると今度は勇者が口を開く。

 彼女もまた瀕死の状態ではあるが、絶対にこれだけは言わないと後悔する……その一心で必死に言葉を紡ごうとしている。


「お前が世界にもたらした渾沌も、成した悪事も……私は絶対に許すことは出来ない……。だけど、もし違う形で出会えていたなら……きっと私たちは良いライバルになれたんじゃないかって……今でも、そう思っているよ」


「そう……言ってくれるか。感謝するぞ……勇者、いや……我が宿敵、アルカよ……」


 勇者の言葉を聞き終えるなり、ディアスはその目を閉じ、立ったまま安らかに息を引き取った。

 こうして世界征服を目論んだ魔王は勇者に討ち取られ、その命を終えたのである。



 ――――――――――――



「……む? ここは、どこだ……?」


 ディアスは見慣れぬ森の中で目を覚ました。

 しかし彼女はすぐにそれがおかしいことだと気づく。 


 と言うのもだ。魔王ディアスは勇者に討伐され、その命を終えている。

 そもそも、目覚める事自体がありえない話なのである。


「確か、我は勇者に敗れたはず……。これはどういうことだ、体の傷も無いではないか……」


 それどころか勇者との戦いで付いたはずの傷も、彼女の男を誘う豊満な体には一切見当たらなかった。

 戦いの中で千切れたであろう長く美しい金髪もすっかり元に戻っている。


 魔王としての驚異的な再生能力があったとしても致命傷からの回復には相当な時間を要するため、これは明らかに異常な事だと言えるだろう。


「妙だな。あれほどの傷がすぐに再生するはずもないが……。それに、ここはどこなのだ。一体何故、我はこのような場所に……むっ、何奴だ!」


 突如、背後から何者かの気配を感じたディアスは振り返る。

 そして警戒したまま気配の正体を探り始めた。


「魔物に近い気配のようだが……少し違うな」


 その気配は彼女が従えていた魔物たちから感じるものと似てはいたが、厳密に同じものかと言われると首を縦には振れない……そんな気配だった。


「まあいい、我に敵意があるのならば滅すればいいだけの事」


 とは言え、彼女にとってその程度の差は大したことでは無い。

 重要なのは敵かどうか。それだけである。


「グゲゲ……!」


「ほう、ゴブリンか。ちょうどいい、この場所について聞かせてもらおう」


 どうやらその気配はゴブリンのものだったらしく、草むらから出てきた彼はゆっくりとディアスへと近づいて行く。

 同様にディアスも彼にこの森について聞こうと歩み寄るのだが……。


「グギャァ! オンナ! オンナダ!」


「ッ!!」


 ゴブリンは初めから彼女の話を聞くつもりなど無かったようだ。

 当然のように、魔王である彼女に襲い掛かってしまう。


「貴様、この我が魔王であると知ってのことか?」


 しかし彼は喧嘩を売る相手を間違えたと言わざるを得ない。

 ゴブリン程度、彼女の敵ではないのだから。


「ガギュァッッ!?」


 もはや魔法を使う必要すらなく、ディアスは拳だけでゴブリンを軽く吹き飛ばした。


「全く、何なのだ。ゴブリンとはここまで知性の低い下劣な魔物だったか?」


 記憶の中のゴブリンを思い浮かべながら悪態をつくディアス。

 彼女の部下であったゴブリンたちには確かな知能があり、彼女にも従順だったのだ。

 少なくとも、こんなに後先考えずに己の欲のために突っ走るような利己的な獣では無かった。


「……どうやら、ここにいる魔物は我の知る魔物とは少し違うようだ」


 その事実を重く受け止めたディアスは認識を改める。

 ここで出会う魔物は自身の知るものとは大きく違う可能性があるのだと。


「となれば下手に森の中を進むのも危険か。どれ、いっそのこと上空から地形の把握でもしてやろう」


 このまま森の中を進めば再びゴブリン、或いはそれ以外のまた別の魔物と出会ってしまう。

 その可能性を考慮したディアスは飛行魔法を使い、上空へと飛んだ。

 上からであれば地形の確認も容易であり、ここが何処なのかもわかるかもしれないのだ。


 しかし……。


「な、何なのだこれは……」


 そんな考えが全てどうでも良くなってしまう程に、彼女の目に映る光景は常軌を逸していた。 

 

「太陽が、二つあるだと……? それに、何なのだあの大樹は……!?」


 空には大きさの違う二つの太陽。

 更には遥か遠くには空へと伸びる巨大な樹がそびえ立っていた。


 明らかに記憶とは違うその光景を前に、流石のディアスも動揺を隠せない。

 見慣れた物とは大きく違うそれを目にしてしまったのだ。無理もないだろう。


 とは言え、彼女が魔王としての強い精神を持っているからこそ、その程度で済んでいるとも言えた。

 こんな景色を常人が見れば間違いなくパニックを起こしていただろう。 

 そうならない時点で、彼女が並々ならぬ精神力の持ち主であることを証明しているのである。


 そして並外れた精神力だからこそ、ある結論に至ることも出来た。


「魔物だけではなく空まで……。こうも違うとなると、やはりここは……別の世界、なのか……?」


 ここまで情報が出揃ってしまえば、そう考えざるを得ないのだ。 

 現に今の状況であれば、彼女のその判断も特段おかしいものでは無い。

 ただそうなった場合、この世界は彼女の知る世界では無いことになる。


「そうか……我が征服しようとした世界も、あの勇者も、ここには……」

 

 あれだけ力を入れて征服しようとした世界も、生涯の宿敵であった勇者アルカも、ここには存在しないのである。

 それがどれだけ虚しく、寂しいことなのか。

 今になって彼女は理解することとなった。


「……」


 想像以上のショックを受けたのか、そのまま力なく高度を下げて行くディアス。

 そして地面へとゆっくり着地するや否や、呆けた様子のままあてもなく歩みを進めた。

 

 彼女の生きがいが全て消失したも同然なのだ。

 これには流石のディアスも堪えた訳である。

 しかしそんな彼女の、過去から解き放たれたことで無防備に開け放たれた思考に入って来たのは……雄大な自然だった。


 森の木々が風で揺れ動く音。

 鳥たちの色とりどりな鳴き声。

 強い流れを感じさせる川の水の音。


 そのどれもが今の彼女には心地よく思えた。

 同時に、彼女の中に一つの生き方を芽生えさせる。


「そうか……こういうのも、悪くないのかもしれないな」


 戦いに明け暮れ、血と渾沌に塗れた生き方しかしてこなかったディアス。

 だが、こうして平穏な大自然の中でゆっくりとした時を過ごすのも悪くはないのではないかと……そう、思い始めていたのだ。


 無論、過去への未練が無いわけでは無い。

 それでも無いものをねだるのは彼女としても本望では無いし、それよりかは前を見て進む方が性に合っていた。


 かくして異世界へと転生した魔王ディアスはこの世界で第二の人生を……平穏なスローライフを送ることに決めたのだった。


 さて、そうと決まればまず大事なのは住むところだろう。

 生憎とこんな森の中に都合よく魔王城などと言う大それたものなどあるはずが無く、住むところは自分で作るしかないのだ。


 そうは言っても彼女は魔王。

 魔王に出来ないことなど無かった。


「ふむ、まずは木材か。であれば風魔法が適任であろう」


 ディアスは風魔法である「ビュート」を使って風の刃を生み出し、次々と木材を確保していく。

 するとあっと言う間に数十本と言う木材が彼女の元に集まった。


 これだけでも充分凄い事だが、驚くのはここからである。

 なんとディアスは手際よく木材を加工し、瞬く間に小粋なログハウスを組み立ててしまったのだ。

 

 流石は魔王。自ら現場に出て魔王城の建設を主導していただけあって、建設の実力も確かなものだった。


「さて、一旦はこんなものだろう」


 完成したログハウスを眺めながらまあまあ満足そうにしているディアス。

 しかし、こうしてはいられないと彼女は再び動き出した。

 住むところを確保したのならば、次の問題は水と食料なのだ。


 とは言え水に関しては魔法に長けた魔王であればどうとでもなる。

 氷魔法を融かして水にすればいいのだから。


 そのためには水瓶が必要になるものの、それも彼女にとっては大した問題ではない。

 土魔法である「ロッカ」を応用して泥を生み出し、それを水瓶にして炎魔法の「フラム」で焼いてしまえば良い訳だ。


「不格好ではあるが、きちんとしたものは設備が整ってから作り直せばよかろう。後はここに……」


 完成したやや歪な水瓶の中に、ディアスは氷魔法の「シャコル」を発動させていくつもの氷塊を入れて行く。

 こうしておけば融けた水が水瓶の中に溜まっていくため、水に関しての問題はこれにて解決なのである。


 それにもし氷が融けない程にまで気温が下がったとしても、その時は炎魔法を使えば良いだけなのでどちらにしても大きな問題は無いだろう。


 お次は食料。こちらは水に比べれば少々手間がかかりそうであった。

 氷を融かせばいい水と違って、いくら魔法に長けている魔王であっても流石に魔法を直接食べて生きて行くわけにはいかない。 


 だがしかし、魔王を侮ることなかれ。

 狩猟も菜園も、彼女にとっては造作もないことである。

 何故なら彼女は魔王だから。


 まずディアスは食べられそうな植物を探し、それを自らの肌の上にのせて毒が無いかを確認した。

 それが済んだら次は口に含み、味や風味から食べても大丈夫かを判断する。

 

 毒を持つ植物が食べてはいけない味や風味を持っているのはあまりにも有名だ。

 この方法で食用の植物を選別するディアスはさぞサバイバルに長けているのだろうと、皆さんはそう思った。


 こうして食べられる植物を発見した彼女はそれを自らの作った菜園へと移植していく。

 毎日食料の確保に出るのも彼女にとってはそれほど苦ではないものの、もしもの時のことを考えると安定した食料供給はマスト。

 いつの間にか彼女のログハウスの周りには大規模な菜園が築かれることとなった。


 さて、既に彼女が生きて行くには十分な量の植物を確保出来た訳だが、魔王の力はまだまだこんなものでは無い。

 食用の植物とくれば、次は肉と魚である。


 幸いにもここは森の奥。

 自然豊かな地であるここには多くの生物が生息していた。

 そして彼女には狩りの技術もある。


 結果、あっという間にディアスは何匹もの生物や魔物を狩り終え、彼らを捌くことで大量の肉を手に入れたのだった。


 そんな量の肉を腐らない内に食べきれるのかと言う話ではあるが、彼女が魔法に長けた魔王であることを忘れてはならない。

 氷魔法を応用すれば肉の保存など容易いことである。

 

 こうしてスローライフを送る決意をしてから瞬く間に食と住を安定させたディアス。

 ならば残るのは衣服だけだが、そもそも彼女の纏う服は彼女自身の魔力で編み出されたものであるためなんら問題は無い。


 なので、実質的に彼女は人の気配一つ無いこの森の奥で衣食住を安定させた訳だ。


「ふむ……我、やはり天才なのかもしれぬな」


 これには思わず、ディアスもそんなことを呟いてしまう。

 当然だろう。何故なら彼女は最強の魔王。

 それは必ずしも戦いだけの話では無く、もはや生活基盤の構築すらも彼女の前には些事なのだった。

 

 ―――と、それが数か月前の出来事である。


 ディアスがこの世界にやってきてから早数か月。

 鳥たちの優美な鳴き声を聞きながら柔らかな日差しと共に目を覚まし、最低限の菜園の管理をした後は何をするのも自由。

 そんな何かに追われるでも無いゆっくりとした毎日を彼女は過ごしていた。


 快適とまでは言えないまでも、生きるのに一切の苦労はない。まさに完璧なスローライフ。

 血と戦いと渾沌に埋め尽くされていた前世では絶対に味わえなかったこの生活を、ディアスは楽しんでいた。


 ……だが、彼女のスローライフは突如として終わりを迎えることとなる。

 

 それはディアスがのんびりと川で釣りをしていた時のこと。


「む……? あれは……人の子か?」


 なんと川の上流から少女が流れてきたのである。


「……仕方あるまい」


 当然だが、この少女を助ける義理など彼女には無かった。

 このまま放っておくことだって出来たし、その判断を非難する者もこの場にはいない。

 だが、何の気まぐれかディアスはその人間を助けることを選んだ。


 この選択が全ての始まりであることも知らずに。


「脈はある……か。おい貴様、大丈夫か」


 ディアスは少女を抱え上げ、意識を確認するべく声をかける。

 だが少女からの返答はない。


「……冷たいな。これでは意識が無くなるのも当然か」


 少女の体は冷たい水の中を流れてきたためか酷く冷え切っていて、肌は青白く唇は紫色になってしまっていた。

 今すぐに温めなければ命に関わるだろう。

 

 となればそう、炎魔法の出番である。


「このくらいで良いか……?」


 ディアスは指先から弱めたフラムを発動させ、少女の体を温め始めた。


「……む?」


 その最中、彼女は少女の紅い髪から覗く尖った長い耳に気付く。


「この耳……もしやエルフか!?」


 その特徴がエルフのものであると言う事は知っていたディアス。

 しかし、実際に見たのはこれが初めてだった。


 と言うのも、彼女が元いた世界ではエルフはとっくの昔に絶滅してしまっていたのだ。

 その存在はもはや伝承や文献などに残されているのみであり、本当に実在したのかと疑う者も少なくはない程だった。


 そんな存在が今、自らの腕の中にいる訳だ。

 流石の魔王とは言え驚きもするだろう。


「驚いたな。まさかこの世界にはまだエルフが存在しているとは……。気になることは多いが……まあよい。今はそのようなことをしている場合でも無かろう」


 次々に少女への興味が湧いてくるディアスではあるものの、ひとまずは彼女をログハウスへと運び込むことに。

 炎魔法で定点から温めるだけでは体温を戻せないと判断したのである。

 事実、少女の震えは収まることは無く、今なお彼女の命の危険が危ないことに変わりは無かった。


「ふむ、一旦はこれで良いだろう」


 ログハウスへと戻ったディアスはフラムで暖炉に火をつけ、ビュートを使って少女の濡れた服を乾かしてから彼女を暖炉のそばへと寝かせた。

 更に念には念を入れて暗黒回復魔法であるケロイを使って少女の傷を治す。


 すると、少女の体に付いた無数の傷はまるで炎症が広がるように蠢いた後、奇麗さっぱりと塞がったのだった。


「何度見てもあまり気持ちのいいものでは無いが……魔族たる我は通常の回復魔法は使えんのよな……」


 彼女の言うようにあまり直視したくない惨状ではあったが、魔族である彼女は通常の回復魔法を使うと自身がダメージを受けてしまうのである。

 そのため、魔族でも使える暗黒回復魔法を彼女を始めとした魔族たちは使用していた。


 そんなこんなでディアスが少女を運び込んでからしばらく経ち……。


「……ん、ぅぅ……?」


 温かい部屋で寝たことで体温が戻ってきたのか、ついに少女は目を覚ました。


「どうやら目が覚めたようだな」


「……? 貴方は……?」

 

 柄にもなく安堵した様子のディアスが声をかける一方、少女は困惑したような表情を浮かべている。

 まあ、目が覚めたらいきなり知らない場所にいて、更には知らない人が目の前にいるのだ。

 そうなるのも当然だろう。


「我か? ……フッ、聞いて驚くが良い。我は最強にして最凶の存在。魔王ディアスである……!」


 そんな少女に、ディアスは初めて会う部下や勇者にする時と同じように名乗ってみせた。


「魔……王……?」


 すると少女の顔が一気に青ざめていく。


「あ、貴方も……私を殺そうと、言うのですか……?」


 今にも消え入りそうな程に小さく、震える声でそう言う少女。


「む? 貴様、妙なことを言うでないわ。もしそうならば最初から貴様を助けたりなどせん」


「えっ……?」


 しかし少女の様子とは裏腹に、ディアスは呆れたように返すのみである。

 殺すつもりなど毛頭ないのはそうだが、そもそも殺すのなら助ける必要など無い訳だ。

 そんな反応になるのも当然と言えば当然のことだろう。


 そして同時に、少女も少しずつ状況が飲みこめてきたらしい。


「もしかして、貴方が私を……?」


 目覚めればそこは温かい部屋。

 となれば目の前にいる人物こそが自らを救った恩人なのだと、そう思うことに違和感は無い。

 現に彼女は目の前にいるディアスに敵意が無いことに気付いているようだ。


 だがそうなって来ると一つの疑問が浮かび上がって来るもので。


「どうして魔王ともあろうお方が、私などをお助けに……?」


 何故、仮にも魔王を名乗る者が自身を助けてくれたのか。

 それが彼女は気になって仕方がないらしい。


「なに、これと言った理由は無い。ただの気まぐれに過ぎんからな」


 とは言え、ディアスにとっては本当に気まぐれだから困ったものである。


「気まぐれ……? その身に危険を背負ってまで、気まぐれで私を助けてくれたとおっしゃるのですか……!?」


「む? 妙な物言いだな。まるで貴様を助けること自体が危険と隣り合わせになるかのようだが」


「……?」


 どこか話が嚙み合っていない様子の二人。

 しかしそれもそのはず。ディアスはこの世界に来てからずっと森の中にいたのだ。

 この世界の常識も、目の前にいるエルフの少女についても、彼女は何一つ知らない訳である。


「そう言う……ことだったのですね」


 それを超速理解したのか、少女はディアスに名乗るのだった。


「名乗り遅れました。私はリーシャ……リーシャ・オルテシアと申します。この世界にただ一人残されたエルフの王家の生き残りにして、破邪の力を持つ巫女です」


「やはりエルフであったか。それにしても、破邪の力……とな?」


 ディアスはリーシャの口から出た「破邪の力」と言う言葉が気になり、彼女へと尋ねる。


「私たちエルフの王家の血筋には代々、邪悪なる者を払う力が受け継がれているのです」


「ほう、邪悪なる力を払う……か」


 リーシャの様子から、彼女が嘘を言っている可能性は万に一つも無いことをディアスは理解していた。

 だがそれでも百聞は一見に如かず。


「少々良いか」


 ディアスはその身で確かめようとする。


「むっ……!?」


 すると彼女に触れようとした瞬間、静電気のようなものがバチンと反応してディアスの手は弾かれたのだった。


「……ッ!?」


 それを見たリーシャも改めて、目の前にいる人物が邪悪なる者……魔王であるのだと理解したようだ。


「やはり貴方は……魔王、なのですね……」


「先程からそう言っておるだろうに。それにしても、中々に強力な破邪の力だな」


 仮にも魔族に特効を持つ破邪の力なるものに触れたディアスではあるが、冷静に、落ち着いた様子でそう言った。

 と言うのも、同じような力自体は元居た世界でも見慣れているのだ。

 それもよく知る人物と共に。


「暁の剣と同じ……であるな」


 リーシャに聞こえないくらいの声でディアスはそう呟く。


 そう、勇者アルカが使用していた暁の剣。

 あの剣こそが、元居た世界における破邪の力の込められた対魔王用武器だったのだ。


 そのため、破邪の力と言う物自体にディアスが驚くことは無かった訳である。


「はい、この力があれば魔王を……魔王リュカオンを討つことが出来るはずなのです」


「ほう、魔王リュカオンとな? そうか、そ奴がこの世界の魔王と言う事か」


 どこの世界にも魔王はいるものなのだな……などと思いながらも、何となく話が読めてきたディアスは話を続ける。


「つまり、貴様はその破邪の力を疎ましく思う魔王リュカオンとやらに追われている訳か」


「その通りです。そして崖にまで追い詰められ、滝へと身を投げた所……こうして貴方に助けられたということになります」


「うむ、そうか……」


 気まぐれとは言え、これまた妙な存在を助けてしまったものだと、表情には出さないものの心の中で若干後悔するディアス。

 だが時既に時間切れ。


「おい、こんな場所に小屋があるぞぉ!!」


 ログハウスの外から、低く呻くような声が聞こえてくる。

 リーシャを追うリュカオンの手先がやってきたのだ。


「ッ!?」


 その声を聞くなりリーシャは先程と同じように顔を青ざめさせると共に、今なお回復しきっていない華奢な体を震わせた。


「逃げる……? いえ、きっともう間に合わない……」


「貴様、急にどうした? ……なるほど。今、外にいる輩が件のリュカオンの差し向けた者と言うことか」


 明らかに異常なリーシャの様子を見たディアスは、ログハウスの外にいるのが彼女を追っていた存在だと言うことを超速理解する。

 流石は魔王。理解力も凄まじい。


「はぁ……待っていろ、我が追っ払ってやる」


「……いえ、私が出ます。貴方は無関係なのですから」 


「良いのか? 奴らは貴様を殺すつもりなのだぞ?」


 先程のことから、破邪の力は接触することでしか発動しないことをディアスは知っていた。

 戦う力が無い彼女がこのまま出て行った所で無惨に殺されて終わりなのだ。


「構いません。救ってもらった恩を返せないことが心残りではありますが、これ以上は貴方を危険に晒してしまいますから」


 それでもリーシャの決断は揺るがない。

 もっとも、それがただの空元気であることはディアスも気付いていた。


 手足は震え、無理やり笑みを浮かべてはいるもののその奥には確かな恐怖が感じられる。

 どう考えても本意では無いだろう。

 彼女のそれはもはや勇気などでは無く、無謀と言って良いものだった。


「全く、そんな体でどうしようと言うのか。傷こそ治したが、体力は回復しておらんのだぞ」


「ですが……」


「何度も言うが、我は魔王だ。あの程度の輩、敵では無い。それにせっかく助けたのにすぐに死なれるのも気分が良くないからの」


 そう言うとディアスは扉を開けようとする……が。


「おらぁっ!! いるんだろぉ!? 破邪の巫女ォ!!」


 リュカオンの手先はあろうことかログハウスの扉を蹴破ってしまった。

 こともあろうに、魔王ディアスが作ったこのログハウスの扉をだ。


「……貴様、何をしている?」


 そんな彼に向けて、ディアスは静かにゆっくりとそう尋ねる。


「あぁ? 何もんだお前は」


「こちらが聞いているのがわからんのか?」


「おいおい、見てわからねえのかよぉ。魔王リュカオン様の配下にして、魔王軍幹部のマイナロスとは俺様のkバブレァッッ」


「貴様の事などどうでも良い」


 ディアスの拳によって、マイナロスと名乗った魔族は後方へと大きく吹き飛ばされていく。


「ク、クソォォ! 痛ェェッッ!! お、俺様は魔王軍幹部なんだぞ!? ただじゃあ済まさねえからな!!」


 しかし仮にも幹部を名乗るだけあってか耐久力はそれなりのもののようで、手加減をしたとは言えディアスの攻撃を受けて割とピンピンしていた。


「ほう、耐えるか。中々に見どころはあるようだな」


「チッ、つくづく人をイラつかせる……! 俺様に上から目線など、許されんぞ! いや、待て。お前の後ろにいるのは……!」


 ディアスの後ろにいるリーシャに気付いたのか、マイナロスはその口角を上げてディアスへと交渉を持ちかける。 


「へ、へへ……やっぱりいるじゃねえか。良いだろう、ソイツを渡してくれりゃあ今の狼藉は不問にしてやるぜ」


 目的はあくまで破邪の巫女の抹殺であり、それさえ果たせればそれで良い。

 そう言わんばかりに、彼はリーシャを渡すようにディアスへと要求した。


 だがしかし、ディアスにとってはもはやリーシャの事などどうでも良かったのだ。

 マイナロスは不敬にも魔王ディアスの作ったログハウスを破壊した。

 それだけで明確な敵として彼女に認識されているのである。

 

「それは無理な相談だな」


「そうか……なら仕方ねえ。死ねぇッ!! フレイムブラスト!!」


 交渉は決裂。その瞬間、マイナロスは炎属性の上級魔法であるフレイムブラストを発動させた。

 

「いけませんディアスさん!」


「なに、心配はいらぬ」


「やせ我慢かぁ!? 生憎だが、俺様の魔法の腕は魔王軍最強! お前如き、あっという間に消し炭にしてやるぜェェッ!!」 


「はぁ……この世界の魔王軍幹部は相手の実力を測ることも出来んのか。……シャコル」


 ディアスはマイナロスの幹部としての質の低さを憂うと共に、氷魔法を発動させた。

 それも上級魔法であるシャコレシアでは無く初級魔法であるシャコルをだ。


「ッ!? 嘘、だろぉ……!?」


 だがその威力はマイナロスの放った魔法を優に超えており、彼の自信満々の一撃はディアスの初級魔法によって難なく打ち消されてしまったのだった。


「うぐぐ、見慣れぬ魔法を使いやがって……」


「どうした。もう終わりか?」


「思いあがるなよぉ!! 上級魔法程度、俺様だって……!」


「上級魔法だと? よもや魔法の質まで低いのかと思えば、本当にそうだったとはな」


 マイナロスが先程のシャコルを上級魔法だと勘違いしていることを知り、ディアスは呆れた様子でそう言う。


「言っておくが、あれは初級魔法だ」


「な、何を言うかと思えば……あの威力の魔法が初級魔法だなんて、そんな訳がねえだろうがよぉ」


「なら、見てみるか?」


 ディアスはいつでも魔法を放てるように右腕へと魔力を込め始めた。


「……ッ!!」


 その圧倒的なまでの魔力量に気付いたのか、マイナロスは怖気づいたように後ずさりをする。

 しかしそれでも逃げ出さないのは彼が魔王軍幹部だからだろうか。 

 それともただ単に負けず嫌いだったからだろうか。


 どちらにせよ、もはや彼に勝ち目など無いことに変わりは無い。


「ええい、こうなればお前も巫女も纏めて焼き払ってやるぜェッッ!! フレイムブラストォォッ!!」


 このままでは不味いと判断したのか、マイナロスは再び魔法を発動させる。

 それも今度は先程よりもかなり威力も規模も向上したものをだ。


「はぁ、何度やろうが結果は変わらんと言うのがわからんのか……いや、これはちと不味いな」


 先程同様、氷魔法で打ち消してやろうかと思ったディアス。

 しかしこのまま大規模な魔法同士をぶつけ合えばその衝撃は凄まじいものとなり、リーシャもログハウスもただでは済まないのだ。


「どうしたぁ!? 俺様の魔法を前に、今更怖気づいたってのかぁ!?」


「うむ、仕方あるまい……」


「きゃっ!?」


 結果、ディアスはログハウスを諦め、リーシャを抱えてその場を去ることを選んだのだった。


「なっ!? お前、逃げるつもりかぁ!?」


「残念だが、今は本気で貴様とやりあえる状態では無いのでな」


「馬鹿が! 俺様から逃げられると思うなよぉ!!」


 ディアスを追うマイナロス。

 だがその距離が縮むことは無く、それどころか両者間の距離はどんどんと離れていった。

 魔王ともあろう存在がフィジカルをおろそかにするはずが無いので当然と言えば当然である。


「ゆ、許さねえ!! 覚えてやがれェッ!!」


 そんなマイナロスの捨て台詞のような叫びもあっという間に聞こえなくなり、ディアスとリーシャの二人は無事に逃げ切ることに成功したのだった。


 とは言え、二人の困難はまだ終わってなどいない。

 

「本当に、よろしかったのですか? あの場所は貴方にとって大事な場所なのでは……」


「構わん。所詮はただのログハウスだからな。また作れば良い。……それよりもだ」


 深刻な表情を浮かべたまま、ディアスは続ける。


「あのような辺鄙な場所で暮らしていたが故、我は路銀を持たぬ。それは貴様も同じなのであろう? この先、どうすれば良いのか。我にはわからんのだ」


 そう、彼女自身が言うようにディアスはこの世界の通貨を持っていないのだ。

 人の世界では金が全てと言う事を知ってはいるものの、その金を持っていないのではどうしようもないのである。


 だからこそリーシャに……邪悪なる魔王がよりにもよって破邪の巫女に助けを求めることになってしまった訳だが、結果として彼女はディアスのその問いに対しての最適解を持っていた。


「それならば冒険者はいかがでしょう。ディアスさん程の実力者であれば、きっと瞬く間に英雄にだってなれちゃいますよ!」


 冒険者。それこそが彼女の持つ最適解であり、同時に今のディアスが最も手っ取り早く金を得られる方法なのだった。

 


 ――――――――――――


 

 魔王城、玉座の間にて。

 魔王リュカオンに呼び出されたマイナロスは目の前でみすみす破邪の巫女を逃してしまった事への責任を問われていた。


「マイナロスよ、貴様には期待していたのだがな」


「申し訳ございません!! 巫女と共にいた見慣れぬ魔法を使う者が想定以上に強く、私では……歯が立ちませんでした……!!」


 マイナロスは拳を強く握り、声を震わせながらそう叫ぶ。

 魔王リュカオンに叱責される恐怖からそうなってしまっているのか。

 

 否、恐らく違うだろう。


 彼は魔王軍幹部にして最強の魔法の使い手である。

 そんな彼であるにもかかわらず、ディアスには手も足も出なかったのだ。

 その事実が彼にとってどれだけの屈辱であったか。もはや想像する必要もあるまい。


「リュカオン様! もう一度、チャンスを頂きたいのです!」


「チャンスだと? 既に貴様には何度も破邪の巫女の抹殺を命じているはずだが。その度に失敗に終わっていたのは、我の記憶違いであっただろうか」


 リュカオンのその言葉通り、マイナロスはこれまでにも巫女であるリーシャの抹殺を何度も失敗していた。

 これ以上となると流石のリュカオンも堪忍袋の緒が切れると言ったところだろう。


 だが、それでもマイナロスは求めた。

 再びディアスと戦うことを。

 

 そして今度こそ彼女を打ち負かし、破邪の巫女を抹殺して見せるとリュカオンに誓ったのだった。


「……よかろう。ただし、これで最後だ。次は無いと思え」


 それだけ言うとリュカオンは影となってマイナロスの前から姿を消す。

 すると彼と入れ替わるようにしてまた別の存在が現れ、あろうことか玉座へと座った。

 つい今の今までリュカオンが座っていた玉座に、その存在は何食わぬ顔で座ったのだ。


 だがそれも当然の事である。

 

「だ、大魔王様……!?」


 マイナロスの口から出た「大魔王」と言葉からわかるように、今彼の前に座っている存在は魔王リュカオンをも従える魔王の中の魔王なのだ。


 すなわち、魔王のものは大魔王のもの。

 そう言わんばかりに大魔王と呼ばれた存在が配下であるリュカオンの玉座に座っていようが、そこに何の問題もあるはずが無かった。


 魔族は力こそが全て。

 強い者が弱い者から奪い、弱ければ全てを失う。

 それが絶対的な理である以上、大魔王に逆らえる者など存在するはずが無いのである。


 そんなとんでもない存在を前にしたマイナロスは、先程魔王リュカオンを前にしていた時よりも更に強い緊張に包み込まれていた。

 

「いきなりで悪いけど、聞きたいことがあるの」


「は! 何なりとお申し付けください!」


「巫女と共にいた存在についてだけど……見慣れぬ魔法を使っていたと言ったね? その人物の特徴を聞かせてもらいたいんだ」


「承知いたしました!」


 マイナロスは大魔王の放つ圧に耐えながら、ディアスに関する記憶の全てを大魔王へと伝えた。

 容姿や話し方に、彼女が使った魔法など何から何まで全てである。


「……やっぱり、そうなんだね」


 すると大魔王は少し嬉しそうな声色でそう呟いた。


「大魔王様……?」


 その姿を不気味に思ったのか、マイナロスは酷く怯えた様子で大魔王の次の言葉を待っている。


 圧倒的なまでの力を持ち、何人もの魔王を束ねる最強の大魔王がやたらと上機嫌なのだ。

 配下からすれば、そこにはもはや純粋な恐怖しか無いことだろう。


「あははっ、ついにこの時が来たんだ。やっと、君に会えるよ……ディアス♡」


 しかし大魔王は絶句しているマイナロスの事などまるで気にする様子も無い。

 それどころか、さながら恋する乙女のような声でディアスの名を呟くや否や、こうしちゃいられないと言わんばかりに彼の前から即座に姿を消したのだった。


「一体、何だったんだ……? まあ、俺様はやるべきことをやるだけだぜ」


 そして大魔王に続き、マイナロスもまたディアスへのリベンジのために玉座の間を後にする。

 今の今まで魔王リュカオンや大魔王の圧に負けてしまっていた彼ではあるが、その戦意までは失われてはいなかった。


 この分ならばきっと、そう遠くない内にディアスとマイナロスは再び戦うこととなるのだろう。

 その時こそ、本当の決着がつく時なのだ。


 ……だが、まだ彼は知らない。ディアスの本当の実力を。

 異世界からやってきた最強の魔王がどれだけ規格外の化け物なのか。

 それを彼は絶望と共に思い知ることとなる。



 ――――――――――――



「ここです、ディアスさん!」


「ほう、中々に立派な建物ではないか」


 無事マイナロスから逃げ切ったディアスとリーシャの二人はとある町の冒険者ギルドへとやってきていた。

 無論、冒険者登録及びクエストを受注するためである。


 そんな訳で早速ギルドの中へと入ったディアスとリーシャ。


「おい、あれ見ろよ」


 するとどういう訳か、瞬く間にディアスへと視線が集まった。

 

「ディアスさん……何故だか物凄く見られているような気がするのですが……」


「貴様が破邪の巫女だから……と言う訳でも無いようだな」


 リーシャが巫女であることは公には知られておらず、彼女へと視線が集まることは無いはずである。

 と言うより、そもそもの話として視線は全てリーシャでは無くディアスへと向かっていた。


「ふむ、そう言う事か」


 それに気付いたディアスは一人で納得している。


「なあよぉ、そこの姉ちゃん。まさかアンタ、冒険者になるってんじゃあねえよな」


 そんな中、一人の男剣士がディアスへと話しかけた。


「……? そのつもりだが?」


「おいおい冗談言っちゃいけねえ。姉ちゃんみたいな美人は冒険者なんかになるもんじゃねえよ。それよりも、俺と茶でも飲まねえか?」


「アイツ、またやってやがる」


「懲りねえなぁアイツも」


 その男は突然ディアスをお茶に誘った訳だが、周りの反応に特に目立ったものは無い。

 恐らく普段から同じようなことを繰り返しているのだと思われる。


 唯一違う点があるとすれば、今回は恐れ多くも魔王をナンパの対象にしてしまった……と言ったところだろう。


「ほう、中々に見る目がある奴だ。しかし、貴様如きが我に釣りあうとでも?」


「んなっ!?」


 それでもディアスは一切感情を動かすこと無く、彼を軽くあしらうのみである。

 当然のことだ。彼女にとってアルカ以外の人間などその他大勢でしか無く、一ミリの興味すら無いのだから。


 とは言え、そんな対応をされた彼が怒るのもまた道理。


「流石の俺も頭に来たぜ。仮にもA級冒険者の俺にそんな口を利いたこと、後悔させてやんないとな」


 腕には相当な自信があるようで、彼はそう言ってディアスの前に立ちふさがった。


「何のつもりだ?」


「なに、生意気な新人冒険者にちょいとお灸を据えてやろうと言うだけさ」


「そうか……なら、その身に教えてやろう。喧嘩を売る相手は選んだ方が良いとな」


 売られた喧嘩は買う主義であるディアス。

 となれば彼女がここで引き下がる理由も無かった。


「始めたのは貴様だろう。どうした? 来ないのか?」


「ぐっ……言わせておけば……」


 煽るディアス。それに対し男剣士は攻撃を仕掛けようとするも、思うように動けずにいた。

 ディアスの放つ圧によって身動きが封じられているのだ。


 それでも彼が戦意を失うことは無かったため、両者を殺伐とした空気が包み込む。

 それにより周りにいた冒険者たちも動き出した。


「おいやめとけって。ギルド内での戦闘行為は規則違反だぞ」


「なあ姉ちゃん、コイツが悪かった。どうかここは穏便に済ませてはくれねえだろうか」


 少なくともギルド内において冒険者同士の戦闘行為はご法度だった。

 そのため、皆ディアスと男剣士の戦いを止めようと必死である。


 しかし彼は止まらない。


「うるせえ! これだけ舐められて黙っていられるかってんだ!」


 怒りが有頂天と言った様子の彼はとうとうディアスへと殴り掛かってしまった。


「はぁ……仕方あるまい」


 そんな彼の攻撃を軽く受け流したディアスはそのまま背後へと回るや否や、攻撃を外して無防備になった彼をガッチリと拘束する。

 そして彼の首を細い腕で締め上げ始めた。


「ぐぁっ……き、きたねえぞアンタ……! 正々堂々真正面から戦いやがれってんだ……!」


「悪いがあまり大事にはしたくないのだ。我としてはここら一帯ごと消し炭にしてやっても良かったのだが、それでは何もかもが徒労となってしまうのでな」


 人間の町ごと彼を燃やすことも厭わないディアスではあったが、そうした場合はせっかく助けたリーシャも間違いなく消し炭になってしまう訳で。

 そうなればログハウスや菜園を捨てたことと合わせて何もかもが徒労に終わってしまうのである。


 だからこそ、出来る限り大事にはならないように彼を無力化することにしたのだった。


「わ、わかった……俺の負けだ……だから、腕を放……」


 最後まで言い終えることなく、力なくだらりと腕を垂らした男剣士。

 完全に意識を失ったようだ。


 後ろから押し付けられるディアスの大きな胸の感触を楽しむ余裕も、最後まで彼には無かったことだろう。

 それだけの圧勝であったことはもはや言うまでもない。


「終わったか。まあ、頑丈さだけは誉めてやろう」


「ディアスさん……! 良かった、無事なのですね」


「当然だ。我があの程度の相手に後れを取るとでも? どれ、予定通り冒険者登録とやらを行うとしよう」


 ディアスは男剣士をその辺にポイ捨てし、本来の目的である冒険者登録をするためにギルドの受付へと歩き出す。


「おぉ……」


 そんな彼女から距離を取る冒険者たち。

 あれだけの実力を見せつけられたのだ。彼女を止めようとする者は誰一人としていないし、止められる者もまたいなかった。


 ―――それからしばらくして、無事に冒険者登録を終えたディアスは早速初めてのクエストを受けることに。


「……貴様も来るのか?」


 だが、どういう訳かリーシャも来ている。

 そのことにディアスは疑問を抱いていた。

 彼女は冒険者としての登録をしていない上に、巫女である以上あまり目立つようなことはするべきでは無いはずなのだ。


 もっとも彼女がついてきたのは共にクエストを受けたいからでは無かった。


「何と言いますか……貴方を放っておくと取り返しのつかないことになるような気がしましたので……」


 その言葉からもわかる通り、ここまでのディアスの傍若無人っぷりを知っているリーシャは彼女を一人にしておくことにある種の危機感のようなものを感じていたのである。


「む? それに何の問題が? 我は魔王なのだ」


 対してディアスは静かにそう返す。

 実際そうなのだから仕方がない。

 どれだけ傍若無人であろうが彼女は魔王。それだけで充分な理由なのだ。


「うーん……そう、なんですかね……?」


「そういうものだ。天上天下唯我独尊。我こそが最強にして至高の魔王なのだからな」


 そして追い打ちのようにディアスがそう言い放ったためか、リーシャは半ば無理やり納得させられてしまうのだった。

 

 ―――それからまた少し経った頃。

 二人はとある草原で魔獣を探していた。

 と言うのもディアスが受けたクエストはグラスウルフと言う狼型の魔獣を討伐するものであり、その生息地がこの辺りなのである。

 

「む? アレだな?」


 初心者御用達の危険度の低い魔獣と言うこともあって中々に数が多いグラスウルフ。

 そのためすぐに彼らはディアスの前に姿を現した。

 もっともその数の多さが問題視され、こうしてクエストを出されている訳でもあるのだが。


「速攻で終わらせてやろう。フランメ」


 そんなグラスウルフの群れにディアスは中級炎魔法である「フランメ」をぶち込んだ。

 すると巨大な炎の渦がグラスウルフの群れを包み込み、あっという間に彼らを消し炭にしてしまう。


「ぐぅっ……凄い威力……!」


 その威力があまりにも高すぎるが故に、彼女の元にまで熱気が迫っている程だった。


「この程度で驚くでない。我の魔法の神髄はこの程度では無いのだからな」


「そんな、これ以上の魔法を……?」


 ディアスの言葉を聞いたリーシャは目を丸くしている。

 たった今放たれた魔法ですら、王国の宮廷魔導士のそれを優に超える威力があるのだ。

 もはや驚くどころか呆れてしまう程である。


 しかし、それだけの威力と規模の魔法を使えば当然多くの人の目につくことだろう。

 町を行き交う商人や吟遊詩人によって情報は瞬く間に拡散され、必然的に魔王軍の情報網にも引っかかってしまうことになる。

 そうなれば勿論マイナロスの元にもその情報は届く訳だ。


 故に、ディアスとの再戦の時を今か今かと待ちわびていた彼が二人の滞在している町にやってくるのに、そう長い時間はかからないのだった。



 ――――――――――――――



 それはディアスが冒険者登録をしてから数日後のこと。

 魔王としての圧倒的なまでの力をもって着実に冒険者としての地位を上げていた彼女が新たなクエストを受注しようとした時のことである。


「む? 何だこの音は?」


 突如として緊急事態を知らせる鐘の音が町中に響き渡った。


 と同時に一人の冒険者が慌てた様子でギルド内へと駆けこみ、叫ぶ。

 

「大変だ!! 魔獣の群れが町に近づいて来てやがる!!」


 それは魔獣の侵攻を知らせるものであった。


「何だって!?」


 ただ事では無いことに気付いたのか、奥からギルドマスターが出てくる。

 そして男から今の状況を聞き出そうとしたものの……。

 

「数は? 今、どの辺りまで来ている?」


「分からねえ、数えきれないくらいいやがるんだ……それに、もうすぐそこに……うわぁぁっ」


「駄目か。にしてもこのままじゃ不味そうなのは確かだな……。今すぐにでも緊急依頼を出すか……?」


 男は気が動転しているようで、あまり有益な情報は得ることが出来なかったギルドマスターは既に次にやるべきことを考え始めていた。


『あー、あー……聞こえてるかぁ?』 


 すると突然、謎の声が町中に響く。


「ッ!? なんだ、この声は!?」


「この声、聞き覚えがあるな。……そうか、あの時のアイツか」


 それは間違いなくあの時リーシャを襲ったマイナロスのものであった。

 幸いにも今この場でその声に聞き覚えがあるのはリーシャとディアスの二人だけであるため、この声の主が魔王軍幹部であることを知る者はいないし、そのせいで混乱が起こることも無いだろう。


『俺様は魔王軍幹部のマイナロスだ。突然だが、お前らに一つ要求がある』


 前言撤回である。

 彼は自ら魔王軍幹部を名乗ってしまった。


「魔王軍……幹部、だと……?」


「どうしてそんな奴がこんな所に来てんだよぉ!!」


「嘘だ……だって、幹部になんて勝てる訳が……」


 案の定、ギルドの中はパニックとなる。

 死を覚悟し、絶望する者。

 今日が人生最後の日だと全てを諦める者。

 多種多様な絶望がギルド内を渾沌へと陥れた。


 当たり前だが、ほとんどの冒険者は魔王軍の幹部どころか低級魔族にすら勝てないのだ。

 そんなとんでもない化け物がやってきたとなれば、恐れ絶望するしかない者がこれだけ多いのも頷ける話ではある。


『いいか、要求はたった一つだぞ。間違っても抵抗しようなどとは思うなよ? ……この町にいるディアスと言う女を差し出せ。そうすればお前らの命だけは助けてやるぜ』


 しかし彼の口から発せられたのはまさかの言葉であった。

 なんと要求を呑めば助けてくれると言うのだ。


「ディアス……?」


「それって……」


 その瞬間、マイナロスから発せられた名前に聞き覚えのある者たちが一斉に彼女の方へと視線を向ける。

 町のために、俺たちのために、さっさと出ていけ。

 そう言っているようであった。


「なるほど、目的は我と言う事か。……良い機会だ。あの時の決着をつけてやろうぞ」


「待ってください、ディアスさん……!」


 ギルドを出ようとするディアスにリーシャが駆け寄って行く。


「リーシャ、貴様はここにいろ」


「でも……」


「戦場において貴様は邪魔だ。巻き込まれれば確実に死は免れん」


「そう……ですか。……わかりました」


 自分がお荷物であることは理解しているのか、リーシャは素直にこの場に残ることを受け入れた様子だ。


「必ず、無事に帰って来てくださいね……?」


「誰に言っている。我は最強にして最凶の魔王だ。あの程度の雑魚に負けはせん」


 そう言ってギルドを出たディアスはマイナロスがいるであろう町の外を目指して走り出す。

 そして町の外に出るや否や、すぐさまマイナロスと思われる存在を発見したのだった。


「とうとう来たかぁ」


 それはマイナロス側も同じだったようで、彼もまたディアスの方へと移動し、その距離を詰めて行く。


「今度こそ、お前をぶち殺してやるから覚悟しておくんだなァ!!」


「ほう、雑魚の癖に無駄口だけは達者なようだ。だが良いだろう。その威勢の良さは褒めてやる」


「な、舐めやがって……!!」


 あの時と変わらず、ディアスに煽られて感情を昂らせるマイナロス。

 故に先手を打ったのは彼の方だった。


「魔王軍幹部に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる!! アイシクルメテオ!!」


 先の戦いとは違い、マイナロスは氷属性の上級魔法を発動させる。

 すると巨大な氷の隕石がディアスへと降り注いだ。


「どうだ見たか! 俺様は炎魔法よりも氷魔法の方が得意なんだぜぇ!?」


 その言葉通り、たった今彼が放った魔法はあの時の炎魔法よりも威力も規模も上であるようだ。

 

「ふむ、また見慣れぬ魔法だが……避けるまでも無いな」


 だがディアスはこれと言って動揺するでもなく、その場に仁王立ちのまま炎属性の中級魔法であるフランメを発動させた。

 上級魔法vs中級魔法と言う、一見してディアス側が不利に見える戦い。

 しかしその結果は真逆のものとなる。


「何だと……!?」


 ディアスが放ったフランメは天へと至るかのような大きな炎の渦となり、マイナロスの魔法を奇麗さっぱり蒸発させてしまったのだった。


「お、俺様の氷魔法すら、あんなにもあっさりと……! それに複数属性まで使いやがるのか……! だが、まだまだ俺様の本気はこんなものじゃねえぇ!!」


「ほう? ならば見せてみよ。貴様の本気とやらをな」


 余裕に満ちた笑みを浮かべたまま、ディアスはそう言ってマイナロスを煽る。

 先程のフランメですらディアスにとっては本気の一割も出してはいないのだ。

 それだけの余裕が確かに彼女にはあった。

 

「後悔するんだなァッ!! これこそが俺様の本気の一撃にして最強の風魔法! サイクロンタイフーンだァァッ!!」


 煽られに煽られ、怒りの感情を剥き出しにするマイナロス。

 そんな彼が発動させたのは風属性の上級魔法であるサイクロンタイフーンだ。


 最強の風魔法と言うのにふさわしく元々の魔法自体が持つ威力も凄まじいのだが、そこに彼の卓越した魔法の才が合わさることで、より一層凶悪な威力と規模を実現していた。


「ふむ、なるほど……言うだけのことはある」


 それを見たディアスは余裕こそ崩さないものの、初めてマイナロスの放った魔法に興味を示す。 

 逆に言えば、これだけやってようやっとディアスの足元に及んだと言う話でもあった。


「良いだろう。ならば、我も本気の一端を見せてやるとするか」


「何だと? 今までのは本気では無かったってのか? ブハハッ、笑わせるんじゃねぇ。あれだけの魔法が本気でないなど、ありえないだろうがァッ! 死にやがれェッッ!!」


 サイクロンタイフーンによって生み出された無数の風の刃がディアスへと迫る。

 だが彼女は微動だにせず、代わりに一つの魔法を発動させた。


「……ウェンビュート」


 静かに魔法の名を呟くディアス。

 すると彼女の前方に国一つを滅ぼしかねない程の巨大な竜巻が生み出され、マイナロスのサイクロンタイフーンをも飲みこみながら彼の元へと進行し始めた。


 ディアスが使った風属性の上級魔法であるウェンビュートは確かに竜巻を引き起こす魔法ではあるが、本来その大きさは町一つにも満たないものである。

 それがこれだけの規模になってしまうのは、やはり彼女が魔王だからと言う他無いだろう。


「な、なんなんだこの魔法はァッ!?」


 そんなとんでもない竜巻を……自らの放った魔法すら飲みこんで迫りくる巨大な怪物を前に、驚きを隠せない様子のマイナロスはただただ叫んだ。

 

「ええい、来るなァ!! フレイムブラスト! アイシクルメテオ!!」


 そして何とかして止めようと魔法を放つものの、そのどれもが竜巻に飲みこまれて霧散してしまう。

 もはや災害とも言えるそれに、彼のちっぽけな魔法などまったくの無力なのだった。


「グ、グアアァァッッ!!」


 とうとう竜巻に巻き込まれてしまったマイナロスは全身を無数の風の刃によって切り裂かれ、ついには地面へと墜落してしまう。


「ガァァッ! はぁ……はぁ……!」


「まだ生きていたか。やはりその丈夫さだけは見どころがある」


「ぜ、絶対に……許さねえぇ……俺様は、最強なん……だ」


 地面を這うマイナロスは近くまで来ていたディアスの元へと移動する。

 そして彼女にしがみつき、再び魔法を発動しようとするも……。


「見苦しいな。実力の差がまだわからんのか」


「グゲッ」


 ディアスの蹴りによってその首を吹き飛ばされ、絶命したのだった。

 圧倒的フィジカルもまた魔王としての重要な力なのである。


「……終わりか。やはり、取るに足らん雑魚であったな」


 マイナロスを倒し、町へと戻るディアス。

 しかし、彼女の戦いはまだ終わってなどいなかった。


「キヒヒ、確かにそうかもしれませんなぁ」


「……? 貴様、いつからそこにいた?」


 いつの間にやらローブを被った魔族がディアスの後ろに立っていたのだ。

 魔王ですら気付けない程の気配遮断を持っている以上、彼が隠密に特化していることは明白だった。

 と言うより、そうでも無ければディアスの後ろを取ることなど出来るはずが無いのである。


 もっとも、こうして姿を見せた時点でもはや彼に勝ち目など無いのだが。


「答えぬか……まあ良い。我に気付かれずにここまで近づいたことは素直に誉めてやろう。だが、そんなことをすれば相応の対応をされるのもまた必然。覚悟は良いな?」


 ディアスは腕に魔力を込め、いつでも魔法を放てる状態にする。


「キヒヒ、怖いのぅ。じゃが、戦うつもりは無いのじゃよ。わしの目的は……これじゃからのぅ」


 しかし彼は戦う気が無いらしく、そう言うなりワープホールを開いた。

 そして、その向こうで拘束されているリーシャをディアスへと見せる。


「リーシャ……!?」


「わしの目的は最初から巫女なのじゃよ。マイナロスが派手に暴れている内に、こうして確保させてもらったと言う訳じゃ」


「そう言うことか。魔王軍幹部とやらにも中々に頭の回る者がいた訳だ。しかし、あ奴は我の連れなのでな。返してもらうぞ」


 ディアスは男へと魔法を放つ。

 だがそれよりも速く、彼はワープホールの中へと入ってしまった。


「逃がさん!」


 その後を追う形でディアスもワープホールの中へと飛び込む。


 これが罠である可能性も勿論あっただろう。

 だが、こうして喧嘩を売られたまま放っておくことは彼女のプライドが許さなかったし、リーシャを連れ去られてしまえばそれこそ彼女の完全敗北となってしまうのだ。


 ……つまり、この状況でディアスがその選択をすることは初めから決まっていた訳である。

 それを理解している存在が魔王軍側にいることを、彼女はまだ知らない。



 ――――――――――――――



 ワープホールを抜けたディアスが辿り着いたのはとある監獄だった。

 どうやらここにリーシャはおらず、他に収監されている者もいないようだ。


「ふむ、ひとまず罠は無いようだな。早速リーシャを探すとしよう」


 鍵などと言う矮小なものをディアスは圧倒的な魔王パワーで扉ごと亡き者にし、監獄の外へと出た。

 そしてそのまま監獄のあるエリアを抜け、やたらと豪華な装飾の施された廊下へとたどり着いた。


「これは……」


 その雰囲気にどこか覚えがあるディアス。

 と言うのも、この廊下の雰囲気はどういう訳か彼女が前世で拠点としていた魔王城によく似ていたのだ。


「魔王城……なのか?」


 そのため魔王特有の超速理解によってディアスはここが魔王城だと言うことに気付く。

 そう、ここは魔王リュカオンの拠点であり、紛れもなく魔王城だったのだ!


 ……と、もはや予定調和と言った魔王パワーでその答えに辿り着いたディアスではあるが、実際はそうでは無い。

 何故ならこの廊下の雰囲気は意図的にそうしてあるのだから。


 それを知らないディアスは廊下を進み続ける。

 全ての行動が仕組まれているものだとも知らずに。


「……リーシャ?」


 そんな彼女は魔族によってリーシャが運ばれているのを発見した。

 当然それを追いかけるディアスだが、ここまで来ればこれが罠であることは明らかだろう。


 もっとも今の彼女には情報が少ないため、このままリーシャを追うしかないのだが。


「ここに入っていったはずだが……」


 リーシャが運び込まれた部屋へとやってきたディアスは慎重に扉を開ける。

 するとそこはなんと玉座の間であった。


「……なるほど、そう言う事か」


 ここでようやくディアスは自分が罠にはめられていることに気付いたようだ。

 

「良いだろう。我を罠にかけたこと、その意味を思い知らせてやるとしよう」


 ただ、そうは言っても特に動揺する訳でも無いのが魔王の器である。

 むしろこれでコソコソする必要もなくなったと、開き直ったディアスは堂々と玉座の間へと入って行く。

 

「来たようだな……異世界の魔王よ」


 そんな彼女を出迎えるように、黒い靄が玉座へと集まって行き……魔王リュカオンがその姿を現した。


「ほう、貴様が魔王リュカオンか。その魔力……流石に魔王を名乗るだけのことはあるようだな」


 怖気づく様子も無く、ディアスはリュカオンに対して啖呵を切る。


「このリュカオンを前にそのような口を利くとはな。やはり貴様が魔王と言うのは本当のようだ」


「ではどうする? 命乞いでもするか?」


 そう言ってディアスは余裕を崩すことなく、リュカオンの座る玉座へと近づいて行く。

 勿論いつ戦闘が始まっても良いように、いつでも魔法を放てる準備をしながら。


「馬鹿なことを。我の目的はただ一つ。貴様を倒し……大魔王様への贄とするのみだ」


「大魔王……だと?」


「そうだ。我が主、大魔王アルカディアス様に貴様を捧げることこそが我が喜びである」


「……」


 しかしリュカオンの言葉を聞いた瞬間、ディアスの様子が豹変する。


「貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか? 魔王ともあろう存在がこともあろうに服従していると? そんなこと、あってはならんだろうが……!!」


「き、貴様何を……!」


「そこになおれ、魔王を名乗るに値しない雑魚が! 我が本当の魔王がどうあるべきか、教え込んでやろうぞ!!」


 どうやら大魔王と言う存在にリュカオンが忠誠を誓っていることが許せなかったようで、ディアスはすぐさまリュカオンへと戦いを申し込んだのだった。

 

 とは言え、こうして彼女が怒り狂ったのも決してわからない話では無い。

 魔王は魔族の王にして魔獣の王。その上に立つ者はおらず、全てを従えなければならないのだ。

 そんな魔王があろうことか更なる上の存在に服従するなど、もってのほかなのである。


「貴様、大魔王様を侮辱するつもりか……!」


「その姿勢が駄目だと言っておるのだ!」


 リュカオンの大魔王への忠誠心が伝わってくる発言により、火に油を注いだように一層ディアスの怒りが増していく。


「ギガフラム!!」


 そしてそのままの勢いでディアスは何の躊躇いも無く本気の魔法を放った。

 炎属性の上級魔法であるギガフラムを魔王の魔力マシマシでぶち込んだのだ。


「グゥゥッッ……! この威力! この魔力! 間違いない、貴様こそが大魔王様にふさわしい……! だが、我もこのまま負ける訳には行かぬぞ!! イントゥ・オブ・デス……!!」」


 とは言えリュカオンも魔王を名乗る者なだけあってかなり頑丈である。

 その証拠に、ディアスの放った極大な業火に焼かれながらも魔法を放っている。

 並外れた防御力と精神力を持っていると言わざるを得ないだろう。

 

「ッ!!」


「どうだ……いくら貴様が異世界の魔王と言えど、即死魔法には勝てんはずだ」


 彼の放った魔法は即死魔法と言われる凶悪なものであり、これには流石のディアスも終わり……。


「……なんてな。我に即死魔法が効くとでも?」


 などと、その気になっていたリュカオンの姿はお笑いである。


「ば、馬鹿な……!!」


「ふむ、確かに勝機の薄い状況で即死魔法に頼るのは悪くは無い。だが相手が悪かったな」


「ありえん! 我が即死魔法に抗える者など、いるはずが無いのだ……!!」


「知らんのか? 魔王に即死魔法は効かぬ」


 当然のことのようにそう言い放ったディアスは再び魔法を発動させる。


「この一撃で終わらせてやろう。ドスビアス……!!」


 闇属性の上位魔法であるドスビアス。

 それをディアスはリュカオンの足元で炸裂させた。


「グゥッッ!?」


 底の見えぬ深淵へと対象を引きずり込む、決死にして必死にして万死の魔法が彼を襲う。


「お、おのれェッ!! 我が!! こんなにもあっさりと倒されるなど! あるはず……が……」


 闇の魔力によって構成された底なし沼に、リュカオンは完全に沈み切ってしまった。

 彼が顔を出すことはもう二度と無いだろう。

 いくら魔王と言えど、ディアスが作り出した深淵に飲み込まれてしまってはその命は無いに等しいのだ。


「魔王の恥晒しである貴様にはお似合いの最期だ。さて、後はリーシャを探せば良いだけだが……」


 リュカオンがいなくなり、静かになった玉座の間を見渡すディアス。

 だがそこにリーシャの姿は無い。


「……誰だ」


 それどころか、何者かの視線を感じてすらいた。


「やっぱり、気付くよね」


「その声は……」


 すると再び黒い靄が現れ、先程ディアスがギガフラムで焼き払った玉座を復活させた。

 そして姿を現すや否やそこに座る。


「ありえん、ありえんはずだ……どうして貴様がここに……」


 その姿を見たディアスは動揺していた。

 目の前の存在が大魔王であることを直感的に理解したからか?

 自らでは勝てないことを察したからか? 


 ……違う。

 確かにその二つとも真実ではある。

 しかし、彼女が酷く動揺している理由は他にあった。


「久しぶりだね、ディアス」


 少女が口を開く。

 そう、ディアスが大魔王だと認識しているその存在は少女なのである。 


 それもディアスが良く知る少女であった。


「何故だ……何故貴様が、ここにいるのだ! ……アルカ!!」


 勇者アルカ。その名をディアスが忘れたことは一度だって無い。

 何故なら彼女はディアスにとって生涯の宿敵であり、好敵手なのだから。

 そして力尽きるその瞬間、ディアスのそばにいたのもまた彼女である。

 その顔を、その声を、忘れるはずが無いのだ。

 

 そんな彼女との再会。

 色々な感情が湧き上がって来ることだろう。

 

「アルカ……本当に、アルカなのだな……?」


 それらを処理しきれないのか、ディアスは動揺を隠すこともなくアルカへと近づいて行く。

 ゆっくりと、力なく、心ここにあらずと言った動きで。


「……そうだよ」


「ならばどうして、ここにいる……。貴様は我を倒し、平和な世を生きていたのでは無いのか?」


「……私も死んじゃったんだよ。君との戦いの後でね」


「なん……だと……?」


 ディアスが歩みを止めた。

 それだけアルカの口から出た言葉はディアスを狼狽させるのに十分な破壊力を持っていた訳だ。


「……限界だったみたい。町に戻る気力も無くて、そのまま魔王城の崩壊に巻き込まれちゃった」


「そんな……あんまりでは無いか……!」


「ディアス……?」


 突如叫んだディアスに驚きながら、アルカは彼女の名を呟く。

 それこそディアスがこれほどまでに感情を露わにしたのは最終決戦の時くらいのものであり、こうしてアルカが驚くのも無理も無いことだった。


「せっかく平和にした世を、貴様は生きていないと!? それでは何のために戦ったのかわからぬでは無いか……!!」


「えへへ、優しいね君。自分を殺した勇者にそんな事を言ってくれるんだ」


「勇者だとか魔王だとかは……関係が無い。大義を果たしたのなら、それだけ報われなければならぬ! ……それだけの事よ。そうでなければ、この我を倒した意味も無かろう……」


「……そうだね、ありがとう。君がそう言ってくれて嬉しい」


 ディアスの感情の乗った叫びに最初は驚いていたアルカ。

 しかしその叫びに込められた気持ちを受け取ったのか、彼女は優しく微笑む。


「そんな顔をするな、アルカ……」


「ううん、別に良いの。私は世界を平和に出来たから……それで充分」


「……強いのだな、貴様は」


 それでこそ我が宿敵である勇者アルカだ……と、まるで自らのことのように誇りながら、ディアスも微笑み返した。


「……いや、待て」


 しかしここで彼女は一つの疑問にぶち当たる。


「それならば貴様……どうして『大魔王』などになっておる?」

 

 それは至って単純な疑問と言えるものだった。

 アルカもまたこの世界に転生していたと言う奇跡は一旦おいておくにしても、どういう訳か彼女は大魔王になっていたのだ。

 

 これには魔王であるディアスも、どうしてそうなったのか皆目見当もつかない様子。


 ディアスがこの世界に転生した以上、アルカもまたこの世界に転生すること自体に何ら問題は無いだろう。

 だが仮にも勇者だった者が大魔王になると言うのは、中々に無視出来ない異質さがあるのではなかろうか。


「そんなの、簡単だよ」


 ただ、アルカは最初からそれを説明するつもりだったようだ。


「ッ!? これは……拘束魔法か!」


 もっとも、その方法はディアスの想定していたものとは少し違っていたのかもしれない。


「その通り。光の拘束魔法、サリマエル……これ、君みたいな邪悪な力を持つ存在は中々抜け出せないんだったよね」


 アルカが発動させたのは拘束魔法であるサリマエルだった。

 光り輝く鎖で対象を拘束するというものだが、聖なる力を帯びているために魔族は脱出するのに苦戦を強いられるのである。


 現にディアスは光の鎖によって無理やり跪かされており、魔王パワーを使って藻掻いているものの中々抜け出せそうに無かった。


「貴様、やはり我を殺すつもりなのか……!!」


 そんな拘束魔法を使われてしまっては警戒せざるを得ないディアス。

 よもや別の世界に来てまで勇者は自身を殺そうとしているのでは……と、そう思った矢先のこと。


「殺す? 違うよ。私は……」


 アルカの細い手が、彼女の顎へと伸びた。


「な、何をしている……貴様!」


 まるで甘酸っぱい青春を送る学生のように、アルカはディアスの顎を持ち上げて無理やり視線を合わせる。

 その行動の意味がわからないディアスはただただ動揺するばかりだ。


「何って……君を私の物にするための準備?」


「何だと?」


「ずっと……ずっとね。君のことが好きだったんだよ、私」


「んなっ!?」


 それはまさしく衝撃のカミングアウト!

 なんと、アルカはディアスへと恋心を抱いていたのである!

 

 これはえらいことだ。

 何故なら二人は勇者と魔王と言う絶対に交わることの無い関係。

 例えるならそう、水と油のようなものなのだ。


「ま、待て貴様! 正気か!?」


 それを理解しているディアスはアルカの正気を疑った。


「正気だし、本気だよ」


 対してアルカは真剣にそう答える。

 その目は本気と書いてマジと読むような、まさしく本気で恋をする乙女のそれであった。

 

 ……いや、もはや狂気の類と言った方が正しいだろうか。


「し、しかしだな。我は魔王であるがゆえ、勇者と結ばれるなどあっては……そ、それにだ! 貴様だって多くの人を、町を、我ら魔王軍に壊滅させられたはず。なのにそのような感情を持てるはずが……」


「良いんだよ。全部、もう良いの」


「なに?」


「この世界は元の世界とは全くの別の世界。だからもう私は勇者じゃないし、守るべき世界も、失ったものも、何もかもがもう意味を持たないんだよ」


 アルカは狂気に満ちた目でディアスを見つめながら語り続ける。


「最初にこの世界に来た時、肩の荷が下りた気がしたんだ。もう私は勇者でいなくていいんだって。そうしたら急に自分の気持ちに素直になれちゃってさ」


「まさか、最初から我のことを好いていたと?」


「そうみたい。でも勇者が魔王を好きだなんて絶対に駄目な訳だから、ずっと……その気持ちを押し殺してきた」


 その時のことを思い出してしまったのか、彼女は辛そうな顔をする。

 しかしすぐにまた狂気を前面に押し出した表情へと戻ってしまった。


 そしてまた語る。止まることなく、語り続ける。

 ディアスへのありったけの思いをぶつけるかのように。

 

「だけどね、奇跡が起きたの。勇者の力はこの世界に君がいるって示してくれたんだよ! すっごく嬉しかった。また君に会えるって考えたら胸がドキドキして、いてもたってもいられなくなって……気付いたら体が動いてたよ」


「まさか、貴様が大魔王になったのは我をこうしておびき寄せるためだったと……?」


「えへへ、その通り。色々と考えて、どうにかして君をここに呼ぼうとしていたんだ。君が喜んでくれるかと思って、一緒に住む城まで用意したんだよ? ここに来るまでに見たでしょ? この城たち、君の魔王城そっくりに作ったんだから」


「……ッ!!」


 その瞬間、ディアスは理解した。理解してしまった。

 この城の装飾がやけに見慣れたものであるその理由を。


 最初はただ単にこの世界の魔王も似たような趣味趣向をしているのだろうと、ディアスもそう思っていた。

 それが自然であり、もっとも違和感のない考えなのだから当然だろう。


 しかし、実際のところは全く違うのである。

 実際はもっとドロドロとした、身の毛がよだつような恐ろしい理由だった。


 本当の理由……それは、そもそもアルカが彼女の魔王城を模して造っていたから。

 それこそがこの城とディアスの魔王城の雰囲気が一致している真の理由であった。


 要は勝手に家を模倣されたうえで、更にはそこに住むことを前提にされていた訳だ。


「き、貴様……頭がどうかしているのではないか……」


 これにはディアスも参ってしまう。

 好敵手だと思っていた相手が少し目を離した隙に激ヤバストーカーのようになっているのだからそうもなるだろう。


 魔王である彼女にとって、こんなことは初めてなのだ。

 冷静な判断など出来るはずも無かった。


「どうして怯えるの? 私、頑張ったんだよ? 魔王を力でねじ伏せてさ。色々と根回しをしてきたんだから。いつでも君を迎え入れられるようにね。予想外だったのは君が破邪の巫女と行動を共にしていたことかな」


「そ、そうだ! 貴様、リーシャをどこへやった?」


「彼女なら心配はいらないよ。ほら」


 アルカはワープホールを広げ、その向こう側にいる五体満足なリーシャの姿をディアスへと見せた。

 

「万が一にも君が破邪の力で倒されることを危惧して、彼女を殺そうとしていたんだけどね。こうして君がここに来てくれた以上はもう関係ないんだ。だから安全そうな人里に移動させておいたよ」


 彼女の言う通りそこは人通りの多い都市であり、魔獣の脅威も無い安全な場所であった。

 そしてそれはすなわち、もうこの城に彼女はいないことを示している。


「そうか……ならもはやこの城に未練など無い。この城ごと消し去り、貴様を正気に戻してやろうぞ!」


 それを理解したディアスは実力行使に出た。

 このままでは取り返しがつかないことになると、本能が叫んでいたのだ。


「な、何故だ。魔法が……発動しない?」


 しかし、どういう訳かディアスの魔法が発動しない。

 どれだけ詠唱を行おうと、魔力を腕に込めようと、彼女は一切の魔法を行使することが出来なかった。

 

 それもそのはずだ。


「こうなると思って、君の魔法は封じさせてもらったよ」


 仮にも勇者である彼女が、魔王の対策を知らない訳が無いのだから。


「き、貴様ァ!!」


「魔法を使えず、身動きも取れない。もう君に抵抗する手段は無いんだよ」


「やめろ、気安く触れるでない……!」


 アルカはその細い指で、もはや何も出来ないディアスの肌に優しく触れる。


「んぅっ……♡」


 そしてそのまま、ゆっくりとなぞった。

 その動きはあまりにもいやらしく、そう言う経験の無いディアスにとってはまさしく未知の刺激であっただろう。 


「魔王なのに、そんなに可愛い声を出すんだね。えへへ、ずっと……ずっとこうしたかったんだ。君の体を、声を、君と言う存在全てを私のものにしたかった……!」


「おっ、おのれアルカァッ! 我が、そう簡単に屈すると思うな……!!」


 アルカに柔肌を触られ続け、今なお体をビクビクと震わせているディアス。

 既に彼女の体は更なる刺激を求めてアルカに服従しかけてしまっていた。


 それでも、心までは負けていない。

 絶対に屈することは無い。魔王としてそれだけはありえないのだと、自らに言い聞かせるように叫ぶ。


「そうだろうね。だから、私は本気で君を壊して見せるよ♡」


「ひっ……」


 ただ、それも全てアルカの前には無力だった。

 唯一魔王に勝てる存在である勇者。それが激ヤバヤンデレになってしまった時点で、最初からディアスに勝ち目など無かったのだ。


 こうして、ただ静かに暮らしたかっただけの魔王様は度重なる面倒事ののちに、めでたく勇者アルカのものになってしまうのでした。

 めでたしめでたし。HAPPY END!!

これでもかって位ドロドロの愛情の中にはヤンデレが入っており

さすがの魔王ディアスも敗北してしまいました~!

ちなみに、アルカがディアスを滅茶苦茶にしている様子は

是非『転生勇者ちゃんは魔王様を滅茶苦茶にしたい』をご覧ください。

URL:https://novel18.syosetu.com/n6267jw/

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