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第8章 侍従アルト視点(3)


 俺がフォーラ伯爵家に仕えるようになったのは、侍女のフローラと同じ十歳の時だった。自分で言うのもなんだが、俺達二人は過去を遡っても孤児院では突出した子供だったらしい。

 聖職者からそれを聞いた伯爵によって、俺達は他人に取られる前にと青田買いされたのだ。そして雑用をしながら伯爵家で教育を受けた。

 そんな俺達が初めてキャスリンお嬢様と顔を会わせたのは、お嬢様がまだ五歳の時だった。

 伯爵夫人が二人目のお子様を身籠っていたので、母親に相手にしてもらえず寂しいかったのだろう。彼女はすぐにフローラに懐いて離れなくなった。

 俺には生きていればキャスリンお嬢様と同じ年齢だったはずの妹がいた。そのため、彼女が妹のように思えてかわいくて仕方なかったのだが、近寄ろうとするすぐに泣かれてしまうので、遠目で眺めるしかなかった。それ故に、当時はお嬢様に懐かれているフローラに軽く嫉妬をしていた。

 

「アルトは、明るいブルネットの髪に美しい青い瞳の優しげな顔立ちの美少年なのに、なんでお嬢様はあなたに懐かないのかしら? 不思議よね。

 まるでどこかの王子様みたいな風貌で、大概の女の子なら好きになっちゃいそうなのにね。先輩方もあと数年経ったら付き合ってあげてもいいわねぇ、なんて言っていたわよ」

 

「やめてくれよ、気持ち悪い。

 大体どんな女でもって言っておきながら、お前はモリス兄さんの方が好みだよな?」

 

「ええっ? バレてた?」

 

「バレないわけないだろう? 昔から明らかに俺との接し方と違っていたじゃないか」

 

 フローラは子供の頃から二つ年上のモリス兄さん(彼女の現在の夫)のことが好きだった。寡黙で地味だったが、何でもコツコツ努力する真面目な男で、優しい奴だ。妙に目立っていた俺達を陰でいつも助けてくれていた。

 そしてモリス兄さんの方もフローラを好きだったのだろう。俺達がフォーラ伯爵家に行く事になった時、

 

「俺の代わりにこれからはフローラを守ってやってくれよ。あいつ可愛いし、負けん気が強いから同性に憎まれそうだからな」

 

「わかった。でもずっと守る気はないから、兄さんも早く一人前になって迎えに来てよね」

 

 俺がそう言ったら、彼は真っ赤になって頷いていた。

 そしてその五年後偶然ヴィントナー(ワイン製造者)として伯爵家にやってきたモリス兄さんはフローラと再会したのだ。 

 だから俺が音頭をとって、三人で数回デートをすることにした。そうしてしばらくして引っ込んで二人きりにしてやった。つまり俺の絶妙なアシストがあって二人は見事にゴールインしたのだ。

 

 しかし、あの時偶然出逢えていなくても、フローラを向かえに行こうと思っていたところだったと、後で兄さんは言っていた。それは本当だろうと思った。

 俺達三人はガキの頃からよく似た気質だったから。思いが一途というか重すぎるというか。どんなに時間が経とうと、どんなに逢えなかったとしても、相手への想いは消えないタイプだった。

 そしてそれはキャスリンお嬢様も同じだったようだ。

 

 

 あの日(・・・)キャサリンお嬢様は生気のない顔をしてこう言ったのだ。

 

「もう生きていたくないの。好きな人以外には触れられるのは嫌だから……」

 

 と。貴族の令嬢としての義務だと、政略結婚を受け入れていたお嬢様が、結婚式を数日後に控えて突然そんなことを言い出したので俺は喫驚した。

 しかもそれはマリッジブルーとかそんなものではなく生きること全てに絶望しているかのようだった。

 

 

 ✽✽✽

 

 

 キャスリン様は幼い頃から父親っ子だったようだ。

 初めて会った時、母親である奥様の側にあまり近寄らなかったのは、母親のお産が近いのを子供なりに感じて気を使っているのかと思った。しかしそうではなった。

 妹のカローディア様が生まれた後に、ようやく伯爵家の家庭状況が俺にも見えてきたのだ。

 

 奥様は派手好き社交好きで、社交シーズン以外でもほとんど王都のタウンハウスで暮らしていたのだ。領地の仕事どころか家政や子育てまで全て旦那様や執事に任せっぱなしで。

 本来なら貴族の妻としては失格なのだろうが、彼女の社交術のおかげで仕事が上手くいっていることも事実だったようで、旦那様も強く妻を叱責することはなかったようだ。

 それに旦那様は社交も王都もあまり得意ではなかったので、奥様に任せられることは都合が良かったのかもしれない。高位貴族に気を使うより、自分の領地で気の置けない仲間と狩猟や乗馬を楽しんでいた方が好きだったのだろう。

 

 奥様は二人目のお子様を産んで一月後にはもう、お子様達を領地に残して王都へ行ってしまった。これには俺も驚いた。

 いくら母乳は乳母が与えるといっても、ろくに赤ん坊を抱きもせずに、母親がさっさと居なくなるなんて信じられなかった。

 貴族ってみんなこんなものなのかと驚いていたら、ここの奥様みたいな人はそんなにいないと思うわよと先輩方に言われて、ようやく俺はホッとしたのだった。

 とにかく母親がいつもこんな風だったので、キャスリンお嬢様は母親に対して幼い頃から何の思い入れもなかったようだ。そりゃあそうだろうと俺も思ったが。

 

 そして出会った頃はほとんど俺に関心を持ってくれなかったキャスリンお嬢様も、次第に俺に懐いてくれるようになった。

 俺が赤ん坊のカローディア様をあやしているのを見て、安全な人間だと理解してくれたようだった。

 俺は事故で死に別れになる前までは、忙しい両親に代わって幼い妹の面倒を見ていた。そして聖堂の孤児院に入ってからも、年下の連中の世話をよくしていたから、子供の相手は慣れたものだったのだ。

 

 しかし、俺は旦那様付きだったから、どうしたってお嬢様付きになったフローラに比べると、キャスリン様と触れ合う時間が少なかった。それ故にお嬢様にとって俺は、二番目に親しい使用人だったのだが、それは仕方ないと渋々自分を納得させていたのだった。

 

 

 俺は伯爵家で働くようになってからそう日を置かないうちから馬の世話やら剣や弓矢を教え込まれた。

 それに案外俺は器用で物覚えも早かったらしく、二年経った頃には旦那様の身の回りの世話をするようになっていた。

 しかも料理も結構得意だったために、色々と使える奴だと目をかけられて、いつの間にか旦那様の狩猟や乗馬のお供をするようになっていた。


 そしていつしか旦那様の乗馬や狩猟にはキャスリンお嬢様も付いて来るようになった。

 お嬢様は案外お転婆で、馬や荷馬車に乗るのも平気だったし、狩猟も怖がったり騒いだりすることはなかったので、旦那様も拒むことはなかった。

 だけどお嬢様が本当に狩猟を好きだったのかといえばそれほどでもなかったと思う。お嬢様は、怪我をした猫や犬や小鳥をほっとけなくて、自ら世話をするくらい大変優しいお子様だったのだから。

 ただお嬢様はただ単に寂しかったのだと思う。だから少しでも父親の側に一緒にいたかったのに違いない。

 そんな彼女の世話を仰せつかったのが、使用人で一番年下の俺だったのだ。

 

 一緒に過ごす時間が増えるにつれて、俺のお嬢様を大切に思う気持ちは段々と大きくなっていった。そしてそれが恋心に変わっていったのはいつ頃だったろうか?

 十六か十七だったか……

 五歳も年の離れた、しかもお仕えしているお屋敷のお嬢様に恋心を抱くなんて、とんでもないことだ。そんなことは百も承知だった。

 それでもその想いはどうしても消すことができなかったので、それを無理矢理に自分の心の奥底に押し込んだ。そしてキャスリン様に婚約者ができた時も、ただ彼女の幸せだけを祈っていたのだ。それなのにあの男は。


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