第4章 侍女フローラ視点(2)
そして若奥様がなくなってから一年と一月ばかりたった頃、そう、まだカローディア様が領地にいらした頃のことだ。
お隣の領地のオーダント伯爵家のクリスティーナ様からお手紙が届いた。
オーダント伯爵家とフォーラ伯爵家の領主は狩猟仲間だったので、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。そのためオーダント伯爵家の四人兄妹のうち下の二人、ローディス様とクリスティーナ様はフォーラ伯爵家のお嬢様は年が近いこともあって特に仲が良かった。いわゆる幼なじみという関係だった。
貴族の母親はあまり子供に関わらない者も多いが、両家の母もそうだった。それゆえに、四人の中で一番年上だったキャスリン様のことを他の三人は、まるで母親のように甘え慕っていた。
キャスリン様はとても面倒見がよく、いつも優しく三人を見守っていたからだ。
カローディア様とクリスティーナ様は同じ年で、単なる幼なじみというより親友だと思う。クリスティーナ様が王都の学園に入学する前から、お隣に住んでいたにもかかわらずまめに手紙のやり取りをしていたくらいだから。
領地からほとんど外へ出る機会のないカローディア様は、クリスティーナ様からの手紙をいつも楽しみにしていた。
ところが先日の手紙はいつもとは違う深刻な内容だったらしく、一度読み終えた後、真っ青な顔をしてお嬢様は考え込んでいた。
そして暫くしてからもう一度目を通し、数回読み返した後で、その手紙を文机の鍵付きの引き出しの中にしまった。
それからカローディア様は私にこう言ったのだ。
「明日、クリスティーナとローディス様に会いに王都へ向かうわ。ローリスも連れて行くから、貴女も子供達と一緒に行ってちょうだい」
「子供達もですか?」
驚いて私がそう訊ねると、お嬢様は頷きながら少しだけ笑ってこう言った。
「長旅もあの子達が居ればローリスも飽きずにいられるでしょう。それに、貴女の旦那様にまだ幼い二人の子供を何日も預けるのはさすがに申し訳ないし」
そしてその翌日のうちに、カローディア様はジュリアン様にこう告げた。
「お母様からローリスを連れてタウンハウスに来るように言われたの。お友達に孫を紹介したいからって」
そしてその翌日、私達は王都へ向かって出発した。
伯爵夫人の奥様はお仲間の孫自慢に参戦したくなって、ローリス様を連れて来るようにという手紙を何度となくカローディアに寄越していた。
そのため、それはまんざら嘘でもなかったので、カローディア様と私は堂々と屋敷を出発した。
しかし王都へのこの旅が、この後フォーラ伯爵家を大きく揺さぶることになろうとは、その時の私はまだ露ほども思っていなかった。
✽✽✽
私の夫のモリスは、子供の頃に聖堂の付属の孤児院で共に過ごした二つ年上の幼なじみだ。
五年振りに再会した時、まさか彼が有名ワイナリーでヴィントナーとして働いているとは思わなかったのでとても驚いた。
彼はフォーラ伯爵領内のワイナリーの新商品の責任者として、新種の葡萄栽培の依頼にやって来たのだ。
その後私とモリス、そして侍従のアルトの三人は時々街で会うようになった。
実はアルトも夫同様に孤児院で一緒に育った私の仲間だったのだ。
しかしそのうちアルトは王都のタウンハウスで働くようになったので、私はモリスと二人きりで会うことになり、自然と恋人と呼べる関係になっていったのだ。
二人とも身内がいなかったので別に誰かから交際を反対されるということはなかった。
しかし、私は一生キャスリン様に仕える気でいたのでなかなか結婚には踏み切れなかった。
そんな私が結婚できたのはキャスリン様の後押しがあったからだった。
「私の子供は絶対にフローラに見てもらいたの。だからできれば一足先に母親になって子育てに慣れておいて欲しいわ。
それに、私は大好きな人にはやっぱり大好きな人と幸せになって欲しいの。フローラ、どうか結婚して幸せになって、そのお裾分けを私にして頂戴」
キャスリンお嬢様は優しい笑顔で私にそう言ってくれた。美しいウェディングドレスやベールをこっそり準備してくれたのもお嬢様だった。
そしてとても可愛らしいブーケとブートニアをくれたのは私達の幼なじみのアルトだった。耳元で彼から、
「俺達の分まで幸せになれ。そしていつかその幸せを分けてくれ」
そう言われた時、私の涙腺は決壊した。
私の大切な主であるキャスリンお嬢様と、大切な幼なじみで同僚でもあるアルトの思いに私も気付いていたからだ。
そして私達夫婦は幸せになった。可愛らしい娘と息子にも恵まれて。
だから若奥様になられたキャスリン様もせめて母親としては幸せになれるようにと祈っていたのだ。
それなのに……
あの馬車の事故があった当日、私はローリス様の乳母として領地に残っていた。
まさか王都で医師の診察を受けた後、お嬢様がそのまま療養先に向かうだなんて思っていなかった。
そして帰宅途中で崖下に馬車ごと落ちるだなんて想像もしていなかった。
自分が側に付いていたら、もしかしたらお嬢様を死なせずに済んだかもしれない。その思いがいつまでも消えずに、あれから二年も経つというのに私はずっと苦しんできた。
だからこそあの日、思いがけない人からとんでもない事実を知らされた時は喫驚し、心の底から許せないと思ったのだ。それ故に
「ぜひとも貴女に協力してもらいたい」
と言われて私はすぐに頷いた。復讐なんて恐ろしいことに自分が手を貸す事態になるなんて夢にも思わなかったが、私は一切迷うことはなかったのだった。