第20章 その後
この章で完結になります。
第20章 その後
「キャスリンは将来子爵夫人になれるのだからいいかもしれないけど、貴女達の間に子供ができたらローリスをどうするの? アルトとの子が子爵家の後継者になるのでしょ? 大切なのはアルトの血のほうなのだから。
そうなったら結局ローリスは行き場がなってしまうわ。その上きっと親の見ていないところで回りの人間に苛められるに違いないわ。犯罪者の息子だって! そんなの可哀想じゃないの」
「やめて!」
母の言葉に私は耐えられなくなって叫んでしまった。自分が愚かだったせいで愛する息子を犯罪者の息子にしてしまったのだ。
実際はあの男の子ではない。ローリスはアルトの実の息子であり、彼の後継者になるのは当然の権利があるわ。でもそれを明かしたら、今度は不義の子だと後ろ指を指されてしまう。
たとえディケンズ侯爵の尽力のおかげで、ジュリアンとの結婚が無効となったからといって、やはりローリスがあの男の子ではなくアルトの息子だとわかったら不義の子になってしまうだろう。
なんて私は罪深い酷い母親なのだろう。胸が張り裂けそう。ローリスを産んだことに何一つ後悔しないつもりだったけれど、それは独り善がりだった。
私は涙を流しながら嗚咽を漏らした。ローリスの真実を知っているのは、アルトとカローディアとローディス、そして、この場にはいない侍女のフローラだけだ。
私が今生きていられているのは、ローリスを産むことができたから。
自死がお天道様を裏切る最悪の罪だと言われて、それを避けるために私は別の罪を犯してしまった。
でもそれを知った友人達は誰も私を責めなかった。この世界に間違いを犯さない人間なんて果たしているのだろうか? いないよ、と言ってくれた。
けれど、やっぱり罪だった。何の罪もないローリスを犯罪者の息子にして、一生下ろせない重い荷を背負わせてしまったのだから。
「フォーラ伯爵夫人、心配なさらなくても、俺の後継者はローリスです。彼の下にたとえ弟や妹が何人生まれたとしても。
皆様の前で宣誓しますし、書類にも残します。私はキャスリン様とローリス様を誰よりも何よりも大切に思っています。そしてそれは未来永劫変わることはありません。この家宝に誓います」
アルトは私を包み込むようにしっかり抱きしめながら、後ろ手にベルを鳴らしながらこう言った。すると、
「君の言葉を信じるよ。今度こそ私は間違わない。私の代わりに、君が私の大切な娘と孫を幸せにしてやってくれ」
父はかつての使用人であるアルトに向かって深々と頭を下げてくれた。そしてまだ何かブツブツ言っている母にこう言い放った。
「煩い、黙れ! これ以上娘の幸せの邪魔をするなら、お前との縁を切るぞ!」
その一言にさすがに自分本位で我儘な母も驚嘆して口がきけなくなったのだった。
✽
ジュリアンの裁判から一年後、カローディアとローディスは結婚した。そしてそれと同時フォーラ伯爵家を継いだ。
婿入りしたローディスは騎士を辞めるつもりはなかったので、二人は王都のタウンハウスに住むことになり、両親が彼らの代わりに領地に戻った。
私はカローディアに家政や領地経営を指導するために、半年間フォーラ伯爵家のタウンハウスに滞在した。
そしてアルトはディケンズ侯爵の養子となり、正式に騎士団の指南役に就任した。
しかしこの時私はアルトから意外な話を聞いた。なんとフォーラ伯爵家のタウンハウスの執事は、アルトに領地の方の執事になってもらおうと、父に進言しようとしていたらしいのだ。
「彼だけは俺の能力を買ってくれていたみたいなんだ。だからあんなにも丁寧に仕事を教えてくれていたんだなって今になってわかったよ。それなのに彼の期待に応じることができずに心苦しく思った。
でも俺はキャスリン様と共にいたいからって断ったら、俺のキャスリン様への思いを知って、彼はかなり驚いていた。でもね、結局最後は兄のような慈愛の籠もった目をして、お嬢様と幸せになれと言ってくれたんだ。嬉しかったよ」
アルトは満面の笑顔でそう言っていた。
そして、ついに私達は待ち望んでいた挙式の日を迎えた。
かつて真っ赤なドレスを着て悪霊と呼ばれた私が、その一年半後に再び生まれ変わって幸せな花嫁になったのだ。
結婚の定型の宣誓をした後、新郎のアルトは恒例の詩の朗読を始めた。でもそれはとても詩とは呼べない、宣誓の続きのようなものだった。
「貴女を守ること、それは生まれながらに天より与えられた我が使命。
愚かにもれを果たせなかった一度目の生。
今度こそその使命を果たすため、再び与えられた二度目の生。
キャスリン、ローリス、愛すべき貴き二輪の花をこの胸に抱き、この命のある限り散らすことなく、愛し守り抜くことをここに誓います」
それは、かつてのジュリアンの詩とは比べものにならないほど短くて単純だった。
しかし私や家族、そして友人達だけでなく、彼を知る多くの参列者が彼の誠実な人柄を知っていた。だからこそその嘘偽りのない心のこもった言葉に大きな感銘を受けたのだった。
聖堂での結婚の儀式を全て無事に終え、私は私の最愛の男性二人に両側からエスコートされて、再びバージンロードを踏み締めながら出口に向かって歩いて行った。
そして聖堂の扉から一歩足を踏み出した所で、色取りの花びらと多くの歓声を浴びた。
「キャスリン、幸せのお裾分けしてあげたらどう?」
アルトが預かってくれていたブーケを私に手渡そうとしてくれた瞬間、私の左手を握っていたローリスがいきなりそのブーケを奪い取った。
そして彼は天使の微笑みを浮かべながら、それを両手で天に向って思い切り高く放り投げた。
「しあわせのおすそわけで〜す。みなさんにもど〜ぞ!」
と言いながら。
階段下にいた淑女達は皆満面の笑顔で、ピンク色の薔薇と白いかすみ草の小さなブーケに向かって一斉にその両手を伸ばしたのだった。
【 エピローグ 】第三者視点
アルトはディケンズ侯爵の養子となった五年後、ディケンズ子爵となって、王都とフォーラ伯爵領の中間地点辺りある小ぢんまりとした領地を賜った。
元々領地無しの爵位の継承だったのだが、騎士育成において多大な成果を上げたとして王家から領地を封土されたのだ。
しかしそこは元々あまり豊かな土地ではなかったために、貧しさに喘いでいたかつての領主が国に返納した領地だった。
そのために、それを断わることも可能だと義父であるディケンズ侯爵から言われたのだが、アルトは妻キャスリンの同意を得て三人の子供達を連れてその領地に向かった。
アルトは今では国王からの信頼もかなり高いものになっていた。そのために今後も引き続き騎士団指南役を続けることになった。しかし、後輩の指導者達も順調に育っていたので、週の半分ほど騎士団に顔を出せばいいことになっていた。
そしてアルトは幼なじみのモリスを領地に誘った。領地には古代種と呼ばれている葡萄が自生していた。その葡萄を使った新しいワインを作って、領地の特産品にして欲しいとヴィントナーである彼に依頼をしたのだ。
新しもの好きで研究熱心な彼は、二つ返事でそれを引き受けてくれた。
おかげでモリスの妻のフローラや可愛い子供達も一緒に領地へ行ってくれることになったので、私とローリスも大喜びしたのだった。
その後完成したワイン醸造所には『フローラ・ワイナリー』という彼の愛妻の名付けられたのだった。
(第三者視点)
ディケンズ子爵一家とその友人一家は領民達からの大歓迎を受けた。
五人の子供達もすぐに領地に馴染んで、たくさんの友達ができた。
領主となったアルトは領内の長達を集めて何度も意見交換をし、新しい政策を次々と進めていった。
そして領主夫人となったキャサリンはフローラと共に、領地内に子供だけでなく大人まで学べる学校や、職業訓練所、病院、そして身寄りのない者達のための施設作りに奔走した。
もちろん、領民達の意見を聞き協力し合いながら進めて行った。しかもそれらが立ち上がって安定すると、領民達が自主的に協力して運営する形態にした。
ここの領民達は長らく直接命令を下す支配者がいなかったために、ただ命令に従うのではなく、自ら考えて動ける人々が多いことをキャサリンは知っていたからだ。
そう。新たにディケンズ子爵領となったその場所は、かつて、領主夫妻が崖下に落ちて大怪我を負ったときに助けてくれた村がある土地だったのだ。
訳ありの若者の身元を調べることもなく、治療し世話してくれた懐の深い人々の住む土地だ。
事件が一段落した後キャスリンとアルトは、ローリスを連れて三人で礼を言いに訪問したのだが、それ以後もずっと交流を続けていた。そのため、彼らにとっては第二の故郷のような大切な場所になっていたのだ。
村の人々は、髪や瞳の色が母親に、そして顔形が父親によく似た三兄妹と、彼らのお守り役のような少し年上の二人の姉弟を、村のほかの子供達と同様に可愛がり、見守ったのだった。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
この話を作る際の裏話を一つ。
実は作者はこの話を一万文字程度の短編にするつもりで書いていました。
というのも、仮タイトル『たとえこの耳を塞いでも、貴方の歌が響くので……』という連載ものを書いていたのですが、その話のヒロインが芝居の脚本を書くというストーリーがあって、その脚本用の話としてショートショートのようなストーリーを考えたのです。それが今回の話だった訳です。
ところが某有名刑事ドラマの主人公の台詞じゃないですが、「これがぼくのいけない癖!」って感じで、短編じゃなくなりました。
まあ、自分では短編じゃくなくて良かったとは思っているのですが、大元の小説にこの部分を差し込むのは、いくらなんでも無理! 今度こそ短くしないと、と思っています。
この小説同様、完結させてから投稿するつもりなので、気になったら読んもらえると嬉しいです。