第18章 従者アルト視点(8)……断罪
これでようやくジュリアンのフォーラ伯爵家への不正行為及び、キャスリン様と俺に対する殺人未遂を立証できるだけの証拠が揃った。
後はお家乗っ取り疑惑だが、これを証明するにはやはりフォーラ伯爵本人の協力を仰がなければならない。
そこで俺は一騎士に成りすまし、準備した証拠を持ち、第三騎士団の団長と副団長、そしてアントル医師と共にフォーラ伯爵家を訪問した。
不正帳簿、殺人計画書、実行犯達(御者と料理人)の証言、不義や窃盗や嫌がらせをした使用人達の反省文を目の前に提示されたフォーラ伯爵夫妻は、あまりの衝撃にパニック状態に陥った。
そしてこんなことは有り得ないと騒ぎ出した。現実逃避だ。
彼らは今までずっと義息子ジュリアンを信じ切っていたからだ。そう、実の娘のキャスリンの言葉よりも。
しかし、正式な証拠をいくつも提示され、娘のカローディアや侍女のフローラの口から、これが真実ですとはっきり言われてようやく現実を受け容れざるを得なくなった。
「なぜこんなことに……」
伯爵夫人がそう言った時、伯爵の頭の中でこれまで溜め込んでいた不満が一気に爆ぜた。
「こんなことだと? これらは全てお前が伯爵夫人としての役目を放置したからだろう!
社交ばかりして肝心の家政を蔑ろにしたから、こんなろくでもない使用人ばかりなったのだ!
キャスリンやカローディアだけでなく、フローラからも上申書が出されていたのに、お前はいつもそれを無視していた。そのせいでこうなったのだ。そんなこともわからないのか!」
「ひっ!」
これまで怒鳴ったことなど一度もなかった、穏やかな夫のあまりにも激しい怒りの声に、夫人は悲鳴を上げて震え上がった。
たしかにこれまでも夫からは家政にもっと励むようにと散々注意をされていた。そして娘達にも文句を言われたこともあったが、その度に居丈高に喚き散らしているうちに、三人とも何も言ってはこなくなった。
だから問題なんて何もないと思っていたのに……
「ああ。私達がキャスリンを殺してしまったようなものだ。あの子はジュリアンとの結婚をひどく嫌がっていた。彼は信用できない男だと言って。
しかし、自分の書籍の著作権をキャスリンに譲ると言われて、それほどまでに娘を想ってくれる男なら安心だと単純に思ってしまった。
本当は娘を殺せばどうせ自分のところに返って来るという打算だったというのに。
なんて愚かだったのか。許してくれ、キャスリン」
興奮が収まると、伯爵が今度は俯いて悔恨の涙を流し始めた。
しかしそれを見ていたカローディアは、ポツリ「今さらだわ」と呟いた。
そして少し開いた扉の向こうの廊下にいたメイドも、やはり同じことを心の中で呟いていることだろうと俺は思った。
そして暫くして伯爵夫妻のすすり泣きがようやく止んだのを見計らって、騎士団長が再び口を開いた。
「ジュリアン=フォーラを次期当主と侍従殺しと伯爵家及び妻の個人資産の使い込み、そしてこのフォーラ伯爵家の乗っ取り未遂で捕まえたいのです。ご協力願えますか?」
すると夫妻はもちろんだと、大きく頷いた。
しかしこの時彼らはまだ全ての真相を知らされていたわけではなかった。ただもう娘を死なせてしまったショックと、ジュリアンに対する憎しみで他に何も考えられなくなっていたように思えた。
キャスリン様の生きていることを知ってしまえば、怒りでジュリアンにそのことを話してしまう恐れがあると考えて、全てが終わるまで夫妻には秘密にしておくことに決めていたが、それは正しかったようだ。
フォーラ伯爵はただもう思考放棄したのか、俺達に指示された通りに動くことを約束した。
そして、ジュリアンに再婚を勧める手紙を認めた。もちろんそれに対しては忸怩たる思いはあったと思うが。
そしてそれから三か月後、キャスリン様と俺が死んだとされたあの日から二年が過ぎた初秋、あの結婚式の日を迎えたのだった。
✽✽✽
「殺人罪にならずに済んで、本当に運が良かったな。一生石切り場で作業をしながら使い込んだ金を全て返して、心から反省しているところを示せば、悪霊に呪い殺されずに済むかもしないぞ」
「これまでたくさんの女性と関係を持っておいて良かったな。これからもう死ぬまで女性と結ばれないとしても、何の未練もないよな」
「お得意の詩の朗読を披露しても、あそこじゃあんたに陥落される女はいないからな、無駄なことは考えるなよ」
ジュリアンは城の牢番達からさんざん揶揄われたが、惨めで恥ずかしくて何も言い返せなかった。
有罪判決を受けた後、ジュリアンは当然フォーラ伯爵家から籍を抜かれ、実家のモーランド侯爵家からも勘当され、王都から遠く離れた石切場で死ぬまで強制労働させられることになった。
使い込みだけでなく、多くの女性に対する慰謝料を支払うためにも長生きしてもらいたいものだ。
しかし、意外なことに彼の愛人だったエリミアは、ジュリアンの計画には一切関わっていなかったことが証明された。
とはいえ、彼女はフォーラ伯爵家から慰謝料を請求されたので、地方にある女性だけの聖堂の付属の学校に住み込んで、子供達の世話をする仕事に就いた。
元々子供好きだった彼女にとってそこは天国だった。エリミアは男が絡まなければ、かなり優秀で子供の世話が好きな女性だったのだ。
御者のオットーは殺人未遂の実行犯と違法賭博の罪で有罪になり、ジュリアンのところよりは幾分楽な石切場で懲役三十年の懲罰刑になった。
キャスリンの料理に体調不良になる薬を混入させた料理人のアボットは、料理人として最もやってはいけないことをした。
たとえ毒でなくても害になるような物を他人の口に入れるなんて言語道断だ。
二度と人様に出す料理を作ることに関われないように、料理人失格を示すバツ印の焼印を両手の甲に押され、鞭打ちの刑を言い渡された。
メイドのコリーヌを始めとする、キャスリンに嫌がらせをしてきた使用人達は、素直に罪を認めた上に食中毒という天罰も受けていたので、法的罰則は受けずにただ解雇処分で済んだ。
元々女主がしっかり教育を施さなかったのが原因だったので。ただし当然紹介状は誰ももらうことはできなかったが。
そして領地の屋敷の執事と侍女長はただの見習い侍従と侍女に降格し、オーダント伯爵家に長らく仕えてきた同年代のベテランの執事と侍女長にしっかり教育されることになった。
何故オーダント伯爵家がフォーラ伯爵家の人事に関わったのかと言えば、フォーラ伯爵家の次期後継者は次女のカローディアに決まり、オーダント伯爵家の次男であるローディスが、そこに婿入りすることに決まったからだった。
しかし、次期後継者が次女のカローディアに決まるまでには一悶着があった。もちろんそれは、フォーラ伯爵がキャスリンの生存を両親が知ったからだ。