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第17章 第三者視点(7)……第三騎士団の医師とメイド


 オットーが事故にあったと聞いてからというもの、メイドのカレンが挙動不審になった。

 おどおどして周りの様子を伺い、一人になるのを恐れているかのように、絶えず誰かの側にいたがって仲間に鬱陶しがられるようになったのだ。

 そしてそんなある日のこと。

 仲間と共に屋敷の二階の掃除をしていたカレンは、来客の知らせを聞いて出迎えをしようとして階段を下りかけた。その時正面玄関の扉が開いた。

 誰が来たのだろう? 何気なくカレンが顔を上げると、そこには真っ赤なドレスを着た黒くて長いストレートヘアの女性が立っていた。

 

「!!!」

 

 カレンはよろめくと、階段を踏み外してそのまま階下へと転げ落ちた。

 その後病院のベッドで目を覚ましたカレンは誰かに背中を押されたと喚いたが、その場にいた数人の目撃者全員からそれを否定された。

 そう。二階には数人の使用人達がいたのだが、カレンに手が届く距離の場所には誰もいなかったのだ。

 その後彼女の顔の包帯を取ってみると、なんと右目は潰れて何も見えなくなっていた。しかし、開いていたドアの先の廊下の窓の向こう側に、真っ赤なドレスを着た黒くて長いストレートヘアの女性立っている姿が、彼女のもう片方の左目にはしっかりと映っていた。

 

「わ、若奥様、お許し下さい! わ、私が悪かったんです! すみません、すみません」

 

 パニックを起こしたカレンを宥めながら医師が訊ねた。

 

「ここには君と私しかいないよ。それなのに一体誰に謝っているんだい?」

 

「近くに悪霊がいます。わ、若奥様が悪霊になって。わ、私は奥様の生前にひどいことばかりしていました。だからきっとあの方に恨まれているんです。

 でも、私だって若旦那様に殺されかけたんですよ? 御者のトーマが隠し持っていた旦那様の殺人計画書には、私も対象になっていたんですから。

 いつか若奥様が亡くなったら妻にしてやるとか言っておきながら、本命はあのナニーのエリミアだったんですよ。

 私は若奥様の身代わりどころか、あんな没落令嬢の身代わりとして弄ばれていただけなんです! 

 しかも用無しになったら殺そうとしたんですよ。

 あの男は本当に悪魔のようなクソ野郎です」

 

 医師は興奮するカレンの背中を擦りながら、彼女の意見に賛同しつつこう言った。

 

「本当にその男はクソ野郎だね。だけど、そんな男と浮気していた君も大概だと思うけどね。

 しかも若奥様と侍従が殺されるとわかっていて、自分だけ逃げ出して彼らを見殺しにしたのだろう? 悪霊に祟られてもしかたないと私は思うけどね」

 

「ひっ!」

 

 カレンは悲鳴をあげて、恐怖でガタガタ震えながら、一人にしないでと泣いて医師にしがみついた。

 しかし医師はそれを乱暴に振り解くと、オットーの時と同じことを説明し、紙にこれまで自分がやってきたことを全て記して、反省の意を見せれば悪霊に取り憑かれることはないだろうと言った。

 

(以前若奥様にも似たようなことを命令されたっけ……)

 

 カレンは四年前のことをふと思い出し、その紙をすぐには受けとらなかった。

 

 そんな躊躇いを見せたカレンに、第三騎士団の医療衛生部門に属している騎士でもあるアントル医師はこう告げた。

  

「君は若旦那や御者とは違って人殺しの仲間ではないのだろう? それなら死刑にはならないと思うよ。悪霊に取り付かれて殺されるのがいいか、懲罰刑がいいのかは、それは君次第だよ」

 

 それを聞いたカレンはさすがに覚悟を決めた。悪霊に取り憑かれて地獄へ堕ちるくらいなら反省して懲罰刑になった方がまだマシだと。

 キャスリンの宝石を盗んだこと。

 彼女のベッドで彼女の夫と関係を持ったこと。

 御者がジュリアンの指示で馬車の事故を起こそうとしていることを知って、自分だけ逃げ出したこと。

 再び(ジュリアン)に命を狙われないように、馬車墜落事故が故意に引き起こされた事件だと知りつつも、それに気付かなかったふりをして黙っていたこと……

 

 一通り書き終わった後カレンは、若奥様が亡くなった後も平然としていたジュリアンを見て、こんな悪魔のように冷たい男とはもう一切関わりを持ちたくないと思った。しかしそんな心配は無用だったと言った。

 なぜなら、彼は自分の息子ローリスのナニーと愛人関係になったことで、その後カレンのことなど見向きもしなくなったからだ。

 そのことにホッとするとともに、正直なことを言えば腹ただしく感じたと彼女は語った。

 

 カレンは全て正直に告白した……が、生前のキャスリンとの契約については口にしなかった。話してしまったら、亡き人を陥れてしまう気がしたからだった。

 いくら憎いメイドだろうと、キャスリンが己の身を守るために他人を人身御供にした、無慈悲な女だという風に思われることを避けたかった。

 自分さえ裏切らなかったら、彼女が本当は優しくて慈悲深い主のままだったことをカレンは知っていたからだ。

 メイド仲間のコリーヌがジュリアンと関係を持った時に厳しく叱ったのも、彼女を思ってのことだったことをわかっていた。

 夫のことなんて何とも思っていなかったキャスリンが、浮気相手に嫉妬などするはずがなかったのだから。

 

 カレンはキャスリンと結婚する以前からジュリアンと関係を持っていた。彼を愛していた。だからこそ、あんな契約をキャスリンと結んでまでもあの男と関係を持っていたのだ。

 

(私は決して彼女に脅されたからサインしたわけじゃなかった。だからキャスリン様は悪くはない)

 

 とカレンは思った。それに、

 

(あんな契約をしていたことがわかったら、ローリスぼっちゃまの出生・出自が疑われてしまう。ただでさえ母親を亡くして辛い思いをしている幼子を苦しめたくはないわ。父親が誰なのかわからないなんて)

 

 母親を殺したような男が父親のままでいいのかという問題は残るが、それは自分が関わることではないとカレンは判断した。

 

 切羽詰まった最悪の状態でも、カレンは罪のない幼子を思う気持ちをまだ持ち合わせていた。

 そのことで、彼女は悪霊に取り憑かれることなく、きちんと刑罰を受けた後、真っ当に生きることになったのだった。

 

 

 こんな風に第三騎士団の助けを得ながらフォーラ伯爵家の領地内で幽霊騒動を起こし、それを利用しながら、キャスリンとアルト、そして侍女のフローラは領民や使用人達から多くの証言を引き出すことに成功した。

 

 そしてフローラはローリスと共に王都へ向かう度に、フォーラ伯爵家のタウンハウスなどではなく、まず第三騎士団の下を訪れては新しい情報を提供していたのだった。


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