第16章 第三者視点(6)……第三騎士団と御者
第16章 第三者視点(6)……第三騎士団と御者
その後アルトとキャスリンは、夜な夜なフォーラ伯爵家の領内をうろつき回ったり、わざと人前で出たり消えたりして人々に目撃させた。
そして時にはキャスリンが、物悲しく子守唄や悲恋の歌を歌ったりもした。
こうして徐々に領地内で幽霊騒ぎが広まり出した頃、領の屋敷で働いている御者のオットーが、お坊ちゃま一行を王都のタウンハウスへ送り届けた帰り道に事故にあった。
狭い道に立っていた人影に御者が気付いて、それを避けようと彼は馬の進行方向をとっさに変えようとした。
しかし馬がひどく驚いて暴れたために、業者は座席から放り出された。そして彼は崖下に落ちてしまった。
しかし運良く崖の高さはそれほどでもなく、運良くその場を通りかかった第三騎士団の騎士達によって救い出されたオットーは、どうにか一命を取り留めることができた。
ところが、意識が戻ったとたん、彼はひどく怯えながらこう叫んだ。
「お嬢様だ、あれはお嬢様だ。お嬢様が悪霊として蘇って俺の前に現れたんだ。
騎士様、どうか助けてください!」
しかし当然ながら騎士達は相手にしなかった。
「悪霊なんているわけがないだろう」
ところがそれから数日間、オットーは夜中になるとずっと叫びあげ続けた。そして、げっそりした顔で回診に来た医師に泣きついた。
「どうか夜中に誰かを俺の側に付けてください。このまま一人っきりでいたら、俺は必ず悪霊に地の底に連れて行かれてしまいす」
「落ち着いて下さい。悪いことをしていなければ、悪霊に取り憑かれたりはしないそうですよ。寝不足で悪い夢でも見たのでしょう。今日は夢を見ないですむ強めの睡眠薬を出しておきますからね」
「い、いりません。そんなに深い眠りについてしまったら、悪霊が来ても追い払えないじゃないですか?」
「だから、善良な人間の元には悪霊なんて来ませんよ」
医師が患者をなだめながら薬を飲ませようとすると、患者はその手を払い除けて叫んだ。
「俺は善人なんかじゃない。だから悪霊が来たんだ」
「あなたは一体どんな罪を犯したのですか? でも大丈夫ですよ。たとえ罪を犯しても心から反省して罪を告白すれば悪霊には取り憑かれないといいますからね」
「それは本当ですか?
お、俺は一年半前に若奥様と侍従の男を殺したんだ。
王都から領地へ帰る道中で俺だけ馬車を降りて、馬に鞭打って暴走させたんだ。
そのせいで若奥様達は馬車ごと崖下に落ちて死んでしまったんだ。
だけど、俺は殺したくて殺したんじゃない。若旦那に命令されて仕方無かったんだ。俺が違法賭博していることをバラされたくなかったら言う事を聞けって脅かされて。
悪いのはみんな若旦那だ。証拠だってある。
いざというとき俺だけ罪を被されちゃ困るから、殺人計画書を作らせておいたんだ。
指示書がねぇとできねぇってゴネたら奴が持ってきたんだ。あの男の字であることは間違いねぇ」
「それはどこにあるのですか?」
「灯台下暗しっていうだろう? 領地のお屋敷の屋根裏部屋の天井裏だ。
以前誰かが何度かうちに盗みに入ったみたいだが、散らかすだけ散らかして、何も盗まなかったよ。ありゃあきっと若旦那が命じたんだ」
病室の外からその話を聞いていた騎士は、すぐさまそれを報告するために、急いで病院を出て行った。
そしてその夜。
もう悪霊に取り憑かれることはないと安心していたオットーは、ようやくぐっすりと眠れると安堵して、医師に処方された睡眠薬を飲み、目を瞑った。
しかしその瞬間、氷のように冷たい手に両手を握られた。驚いて目を開けると、見覚えのある女性がぬぅーっと彼の顔の真上から覗き込んでいだ。その顔の表情はその手と同じくまるで氷のように冷たく、男は声無き悲鳴を上げて気を失ったのだった。
因みにオットーの手を実際に掴んだのはキャスリン本人で、待ち伏せて彼の馬車の走行を邪魔したのは、運動神経バツグンの第三騎士団の女騎士の一人だった。
その翌日、告白すれば悪霊は現れないと言ったじゃねぇか!と文句を言ったオットーに、医師は前日とは全く違う冷たい目をしてこう言った。
「心から反省したらと言っただろう? 貴様は悪霊が怖いから白状しただけで、罪は旦那様とやらに丸投げにしただけじゃないか。
貴様が事に及んだ理由なんて、殺された者には関係ないんだ。人殺し野郎!」
この医師はたしかに本物の医師だった。しかし、この一般病院の医師ではなく、なんと第三騎士団に属する医療衛生班の騎士だったのだ。