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第13章 第三者視点(3)……復活への道


 四年前のことを思い返していた男の目をまっすぐに見つめながらキャスリンはこう訊ねた。

 

「私と貴方は既に子供を成した仲なのでしょう? それなのに何故キスもしてくれないのですか? 記憶を失った私のことはもう、好きではなくなったのですか?」

 

 今の自分だけでなく、覚えていない過去も、私は目の前のこの人を愛していたのだ。それは間違いと何故か彼女には確信があった。

 彼の話を聞く限り、彼も自分を愛してくれていたのだろう。だから息子が生まれたのだ。でも今はもう違うのだろうか? 

 今自分は彼にとても大切にはしてもらっている。しかしそれはただの同情なのだろうか? 記憶を無くし生きる術を持たない哀れな女だから、見捨てられないだけなのだろうか? 長年仕えてきたお嬢様だから義務感でほっとけないのだろうか?

 優しくしてくれるのは惰性? 同情? 憐れみ?

 二人の思い出を無くしてしまった今の私に、彼の側にいる権利などあるのだろうか……

 

 そんな思いが頭の中を際限なくぐるぐると巡った。キャスリンがふらつくと、咄嗟にアルトは彼女を抱きしめて彼女の耳元でこう囁やいた。

 

「今も昔と変わらず貴女を愛しています。だからこそ次に貴女を抱くときは、もう後ろめたい気持ちで抱きたくはないのです。正々堂々と貴女の夫としてキスをし、愛し合いたいのです。

 そして息子と三人で暮らしたいのです」

 

「貴方って本当に誠実な人なのね」

 

 記憶を失くしているのに、昔と同じ台詞を呟くキャスリンが愛おしくて、アルトは彼女をさらにギューっと抱きしめた。

 そして、憎い男の顔を思い浮かべなから、アルトは心の奥深くでこう誓った。

 

(今度は俺の方があの男を地獄の底に叩き落としてやる!)

 

 と。

 

 

 

 そしてキャスリンとアルトが崖下に落ちたその一年後、ようやく彼らは自分達を殺そうとした者達を叩きのめすために行動を起こした。練りに練った復讐計画を引っ提げて。

 もちろん、現在の彼らの状況がわからない以上臨機応変に事を進めるつもりではあったが。

 

 彼らはまず王都を目指した。領地には帰ることはできなかった。生きていることがわかったら、今度こそあの男に抹消されてしまうことが明らかだったからだ。

 彼らは治安の良い下町の安宿を拠点にすることにした。資金は事故当時身に着けていたキャスリンの装飾品だった。

 

 二人が最初にどうしてもやりたかったことは、キャスリンの妹のカローディアに連絡を取ることだった。今家族の中で一番辛い思いをしているのはおそらく妹のはずだから。

 妹に自分達の無事を伝えて、息子のローリスの現在の状況を早く教えてもらいたかった。

 とはいえ、カローディアに詳細を手紙で伝えたくても、万が一妹以外の人間に自分達のことを知られたら大変なことになる。

 そこで、とりあえず今現在王都にいるはずの幼なじみと接触して、彼らに妹を王都へ呼び出してもらうと思った。

 

 しかし実際は、フォーラ伯爵家姉妹の幼なじみであるオーダント伯爵家の兄妹に会うことさえ容易ではなかった。

 なぜなら彼らは今、身元を証明するものが何もないので、幼なじみと接触することは簡単なことではなかったからだ。

 本名が記せない以上、先触れを出すわけにはいかないし、たとえ偽名で手紙を書いたとしても読んでもらえるとは思えなかったからだ。

 この状況を打破するためにはどうしたらいいのかと考えていた時、ふとアルトはオーダント家の妹のクリスティーナが大の読書好きだということを思い出した。

 王都の学園に入ったら、休みの日には王立図書館にも行ってみたい、と昔彼女が言っていたことも。

 

 なぜそんなことをアルトが知っていたのかといえば、フォーラ姉妹だけでなくオーダント兄妹のことも、アルトは事あるごとに面倒を見てきたからだった。



 キャスリンとアルトは、イライラする気持ちを必死に堪えながら休日になるのを待ち、一縷の望みを持って休日に王立の図書館へ向った。

 すると、なんと彼らは運良く、その日のうちにその場所でオーダント伯爵家の兄妹を見つけることができた。

 アルトが最後に彼らと会ったのは、キャスリンがローリスを産んだ時に見舞いにやって来た時以来だった。

 三年ぶりの再会だったが、燃えているような真っ赤な髪をした美形兄妹は、静謐な図書館の中でかなり目立っていた。

 

 本棚の前で本を探していたローディスとクリスティーナは、呆然とその場に立ち尽くし、キャスリンとアルトを見つめた。邪魔だと見知らぬ小さな男の子に両手で押されるまで。

 

「ローディス様、クリスティーナ様、ご無沙汰しております」

 

 アルトが頭を下げると、二人はガタガタと震え出した。特にクリスティーナの方は立っていられずその場に崩れ落ちそうになったので、ローディスがハッと我に返って妹を抱き抱えた。


「驚かせてすみません。幽霊などではありません。アルトです。そしてこちらはキャスリンお嬢様です」 

 

「本当にキャッシー(キャスリン)お姉様なの?」

 

 かつてのトレードマークだったロングのストレートヘアではなく、肩より少し上の辺りで切り揃えた黒い髪。そして、質素な平民の服を着た二十代前半に見える女性が、少し困った顔で少女の顔を見ていた。

 

 

 それから四人は図書館を出て、裏通りの静かなカフェに入った。

 そしてまだわけがわからず困惑している兄妹に、アルトがまず簡単にこれまでの経緯(いきさつ)を話した。

 ジュリアンの(はかりごと)で馬車ごと崖から落ちたこと。何とか村里まで辿り着いたがそこで気を失い、数日後気がついたらキャスリンは記憶を失っていたこと。リハビリに一年もかかってしまったこと。

 

「手紙を出そうにも誰に出していいのかわからなかったのです。

 信用できるのはあなた方お二人とカローディアお嬢様、そして侍女のフローラくらいだったのですが、真実を知らせれば相手にも危険が及ぶのではないと思ってそれもできませんでした。だから、自分達が動けるようになるまで我慢しました。

 

 聞くのが怖いのですが、フォーラ伯爵家はどうなっているのでしょうか? ローリス様とカローディア様はお元気ですか?」

 

「二人とも元気です。ローリス君は今三歳の可愛い盛りで、大分お喋りも大分上手になりました。カーディー(カローディア)もなんとかやっています」

 

「カーディーはあの男に酷いことをされたりしていない?」

 

 キャスリンが震えながらそう訊ねると、クリスティーナは自分の手で優しく彼女の手を包みながら、にっこりと微笑みながらこう言った。

 

「それは大丈夫ですよ。兄がちゃんとカーディーを守っていますから。

 まさか平気で妻殺しをするような極悪人だったとは思っていませんでしたが、学生時代の女性スキャンダルを兄も聞いて知っていましたから、ちゃんと対策はとっていますよ」

 

 カローディアのために付けられた家庭教師とマナー教師は、ローディスの推薦した護衛騎士の資格を有する人物なのだという。

 それにそもそもカローディアは姉同様に知的美人タイプなので、可愛らしくて庇護欲をそそるタイプの女性を好むジュリアンの対象外で、手を出される可能性は低かった。寧ろ早く追い出したくて仕方なかった。

 ただし、近頃では成人するまであと一年だと諦めていたが。

 

「それにあの人はローリス君のナニーに夢中みたいなので、とりあえず二人は無事ですわ」

 

「そのナニーってどんな方なの?」

 

「エリミア=オースティンさん。没落子爵令嬢だそうです。奨学金をもらっていたそうですから、かなり優秀みたいですよ。

 ナニーとしては何の問題もないとカーディーは言っていました」

 

「「「エリミア=オースティン?」」」

 

 あり得ないないその名前にキャスリンとアルトだけでなくローディスまで絶句したのだった。


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