第12章 第三者視点(2)……四年前の出来事
その夜、キャスリンはアルトに抱いて欲しいと頼んだ。
しかしいくら彼女を愛していてもアルトがその願いを簡単に叶えてやるわけにはいかなかった。
抱くことで彼女を救えるというのなら、たとえどんな重い罪を背負うことになってもアルトは後悔などしない。
しかし彼女が望んでいるのはその行為だけでなく子を成すことだ。
もし彼女の望み通り子が無事に生まれたとしても、その子が自分に似ていた場合どうするのか? とアルトは考えたのだ。
キャスリンが産んだ子ならフォーラ伯爵家の跡取りにすること自体には何も問題はない。大事なのは彼女の血筋なのだから。
しかし子供は一生、不義の子かもしれないと疑われ続けながら生きて行かなければならない。そんな重荷を何の罪もない子に背負わせるわけにはいかない。
アルトはその懸念を正直に伝えた。するとなんとキャスリンは、顔色一つ変えずにその心配はいらないとあっさり言い放った。
「生まれてくる子供がたとえ貴方に似ていても、色味は私と同じだから、疑われたりしないわ」
「どういうことですか?」
「ねぇ、どうしてお父様がお母様を好き勝手にさせているかわかる? それはね、お母様が最低限の役割を果たしたからなのよ」
キャスリンの言葉にアルトは顔を顰めた。家政を預かるという奥方の役目や子育てをほとんどせずに、社交ばかりしている夫人を思い浮かべたのだ。正直伯爵が何故あんなにも夫人に甘いのかさっぱりわからなかった。
妻を溺愛しているからわがままを言われても許している、というのならまだわかる。
しかし、伯爵がそれほど夫人に思い入れがあるようには到底思えなかったからだ。夫人の方は夫に愛されていると思っている節があったが。
「お父様は本当に社交界が嫌いなの。決して人付き合いが苦手というわけではないけれど、意味のない社交辞令や見知らぬ女性とダンスをするのは虫酸が走るほど嫌なんですって。
だから社交好き、しかもたとえパートナーがいなくても平気な女性を妻にしたかったんですって。そして、最低限自分の子供を産んでくれる女性。
その条件に当てはまったのがお母様だったのよ。そしてその条件はお母様にとっても願ったり叶ったりだったというわけ。
でもまあ初夜に我が伯爵家の秘密を聞かされた時は、自分の考えが甘かったとお母様も反省したでしょうけどね」
「伯爵家の秘密?」
思わず疑問形になってしまったが、アルトは本気でそれを聞こうと思ったわけじゃなかった。一介の侍従が知っていいことじゃないからだ。
ところがキャスリンはそんなことを気にする様子もなくその秘密を口にした。いや、その秘密こそが今大事だったのだ。
「我がフォーラ家の血を引く直系の子供は必ず黒髪にペリドットの瞳の子が生まれるの。父や私や妹のように。
つまり私と妹は間違いなく父の子だわ」
キャスリンは父親から教えられたその秘密についてこう説明した。
フォーラ伯爵は初夜に妻に向かって、家名に泥を塗らない程度なら予算内で君の好きに暮らせばいいと言った。
ただし、我が家の血を引かない子供を作ることだけは許さないとも。
「誤魔化しは効かないから、騙せるだなんて甘い考えは決して持たない方がいい。
我が家は王家と肩を並べるくらい歴史の古い家でね、特殊な家系なんだ。それが家を守るためなのか呪いなのかはわからないけれどね。
王族は金髪碧眼が多いだろう? そして王位に就くのは必ずその色目だ。生まれた順番や母親の実家の爵位に関わらず。
なぜだと思う? 王家の直系の血を引く者は必ず金髪碧眼なんだよ。つまり、それ以外の色を持った子供は妃達が不義で作った子供なんだよ。
たとえば、王妃が夫である国王の同母弟と関係を持って子を作ったとする。王弟は当然金髪碧眼で、王妃も金髪碧眼だったとする。
となると、生まれてくる子供が金髪碧眼になる可能性がかなり高いよね、普通は。
ところがね、直系の子でも後継にはならない王子から生まれてくる子供は、不思議なことに絶対に金髪碧眼にならないんだ。
それじゃあ王太子が子供を作る前に早世したらどうするんだと思うだろう? ところがね、過去に後継者を作る前に王太子や国王が身罷った事例はかつてないんだよ。王太子に選ばれると加護が付くのかもしれないね。
王家の秘密を知っている国王は当然自分の子だとは認めない。そしてその秘密を知らない王弟も実際は王弟の子種だったとしても、自分の子じゃないと否定するだろう。色目が自分とは違うから。
だからこうして生まれた金髪碧眼でない子供達には王位継承権がない。おそらくその事実を知らされるのは不義をした妃とその子供、そして宰相くらいだろうけどね。
ただし、たとえ不義の子供でも政略の駒としては役に立つから、王宮できちんと教育され、表面的には他の子供達と平等に扱われる。
だから王位継承に異議さえ唱えなければ抹消されることはない。
王家は太っ腹だよね。でも、我が家はそれほど度量が大きくはない。もし君が私の色と違う子供を産んだら、即離縁して、君の実家から慰謝料をもらうことになる。そのことだけは頭の中にしっかり入れておいて欲しい。
それと、君も王家の秘密を知ってしまったから、王家と我が家の秘密を決して洩らさないという魔法誓約書にサインをしてもらうよ」
キャスリンは父親から聞いた話を淡々と語ったが、それを聞いていたアルトは平静さを保とうと必死だった。そんな超極秘情報など知りたくはなかったと、彼は思った。
魔法誓約書にサインをするとかなりの激痛が体中を巡ると聞いたことがあるが、殺されるよりはましだ。さっさとサインさせて欲しいとお嬢様に頼んだ。
この時ばかりは伯爵夫人に同情した。聞きたいと望んだわけでもないのに、こちらの確認も取らずいきなり秘密をばらすなんて。
しかし、魔法誓約書なんて必要ないと彼女は言った。自分もそんなものにサインなんてしていないと。教える必要があるけれど信用できない相手の場合にだけサインをさせるのよと。
アルトとの間に子供ができても、その子は絶対に自分と同じ黒髪にペリドットの瞳の子供だ。貴方の子供だと疑われることはないとキャスリンは言った。
そんな彼女をじっと見つめていたアルトは覚悟を決めた。 アルトは誠実で真っ直ぐな男であり、不正や不義を嫌う男だった。しかし、好きな女性のためならば天罰をくらおうが、構わなかったのだ。
愛する女が不幸になるのをただ見ているだけで、何もしないのが正しい生き方だというなら、そんな人生はいらないと彼は思ったのだった。
そしてついにその夜、彼は彼女の願いを聞き届けたのだった。