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第10話 sold world

『お前に目の前にいるのは

 世界を売った男だ』





 「初めまして。この前の写真って美鷹北公園からの景色ですか?」


 知らないユーザーからのDMであった。名前は「みゅらー」だった。二日前に公園で撮った写真の投稿に対するDMだ。美鷹北公園であるのは正しい。だけれど、正しく場所を特定されたことにかなりの驚きと怖さを感じる。写真には海と少しの街並みが写っている。ありふれた景色である。


 「そうですよ!!よく分かりましたね….」


 場所が正しいことを認めていいのか迷いながら、返信した。こんなことあるんだな、と思いながら、ベッドでくつろぎ、スマホをいじる。


 返信はすぐに来た。


「その公園、通学路の途中にあるので…

 私、そこからの眺めがめちゃ好きなんで、ついDMしちゃいました。」


 もしかしなくても、この「みゅらー」という人は、かなり家の近い人なのかもしれない。

面白そうだから少年もすぐに返信した。会話は続く。「鉄肺」と「みゅらー」の言葉のキャッチボールは、テンポよく進む。


 「鉄肺さんはおいくつですか?」


 気づいたら、かなりプライベートなことまで話は及んでいた。話していいのか少し戸惑うが、勢いで答える。

 

 「僕は17です。高校二年生ですよ。」


 「そうなんですか!私もです!」


 驚いた。家が近いだけでなく、年も一緒だ。もしかしたら、同級生かもしれない。世の中は意外と狭いし、その可能性はある。少年は、思い切って高校名を聞き出す。


 「高校はどこですか?僕は赤富士高校です。」


 「赤富士ってめちゃくちゃ頭いいですね!私は美鷹第一高校です!」


 さすがに高校は違った。「みゅらー」が同級生でないことが分かり、少年は少し安堵した。「第一高校ですか!本坊って奴知っていますか?」と友人のことを聞き出そうと文字をタイプしていたら。


 「あの。

  洋楽のロックとかって好きですか?

  鉄肺さん、結構洋楽ロックのツイートしていますよね…

  私も結構好きなんです。」


 これはまた驚いた。斜め上へと話題が飛んだ。でもとても嬉しかった。少年の周りでは音楽の趣味が合う友達など今までいなかったから、こうやって話せる人ができることは喜ばしい。ウキウキで返信する。


 「大好きですよ!

  みゅらーさんも好きなんですね!すごく嬉しいです!」


 スマホを通じて会話が盛り上がる。それからお互いの好きな音楽を紹介しあった。「みゅらー」さんは90年代のグランジムーブメントが特に好きなようだ。それでもできるだけ広く音楽を聴いているみたいで、少年が特に好きなUKロックについても語ることができた。少年は、洋楽ロックを誰かと語り合えたことはいままでなかったから、嬉しくて興奮していた。


 「あの。鉄肺さん。

  来週、woodpeckerで中古CDのセールするみたいですけど、一緒行きませんか?」


 「えっ」と思わず声がでる。woodpeckerは繫華街にある中古レコード・CDショップである。しかし、あまりに突然だ。寝耳に水とはつまりこういうこと。DMのやり取りを初めて一時間ほどしかたっていないのに、リアルで会うことを提案された。これまでのやり取りで少年は押せ押せといった気持ちでいたが、相手の「みゅらー」さんの方がもっと押せ押せであった。さすがに、かなりの迷いが生じる。いろんなことが脳裏をよぎる。これは、もしかして誰かが少年を馬鹿にするための罠なのかもしれない。

数分くらい考える。


 「こんな機会めったにないから、行ってみよう。」

  そう決めて、返事を書いた。


 「いいですね!」


 前の自分であったら絶対にこんな決断はしないだろう。少年は自分というものがちょっとずつ分かってきているのだ。自分の中で起こす革命は、自分の決断のもとでなくてはならない。


 「やったー!楽しみです!」



 約束の土曜日はすぐに訪れた。薄手のパーカーに黒いMA-1を羽織って、バスに乗る。集合場所は中央駅の銅像前である。お互いの家が近いから、一緒にバスに乗っていくことも考えられたが、出会っていきなりバスに乗るのはさすがに抵抗があり、集合場所を中央駅にした。バスの中ではイヤホンをし、「みゅらー」さんが好きだというグランジの有名曲を聴いた。予習のようなものだ。Nirvana、Soundgarden、Pearl Jam、、、、。グランジの古典たちは、気持ちをゆっくりと強く揺さぶるのが上手い。バスは揺れながら街に続く坂を下る。


 予定より20分くらい早く着いた。少年はせっかちだから、予定よりかなり早く着く方が気分がいい。しかし、とても緊張していた。なにせ、相手の顔も性別も身長も本名も知らない。相手には、既に少年の容姿を伝えてある。「みゅらー」さんが少年を見つけたら声をかけることになっている。待っている間は、落ち着くために自分の好きな音楽を聴いていた。


 「こんにちは!鉄肺さん…ですか?」


 美形の女の子だった。ショートカットがよく似合い、身長は少年より十センチほど低い。はきはきとした喋り方だった。それに笑顔がとても素敵であった。


 少年はどぎまぎと「こんにちは。もしかして、「みゅらー」さん?」と尋ねた。彼女は「はい、そうです!はじめまして!」と笑顔で答えた。


 少年は、想像していた「みゅらー」さんと彼女の違いに驚いて、頭が真っ白になっていた。


 「そんなびっくりしないでくださいよ。」


 と彼女は笑った。素敵な表情であった。


 それから二人はwoodpeckerへと歩き出した。道中、色々な話をしたが、まず最初に呼び方を決めた。お互い、ツイッターのユーザー名で呼ぶのではなく、本名で呼ぼうと決めた。彼女の本名は三浦朋美だから「朋美ちゃん」であり、少年は「勉くん」で呼び合うことになった。少年はとっても恥ずかしかった。でも、少ししたらその呼び方には慣れていったし、その方がなんかカップルみたいで嬉しかった。

woodpeckerのある繁華街は、中央駅からは二十分くらい歩く必要がある。路面電車を利用した方が楽であるが、彼らは歩いて行った。スマホを通じて話していた時よりも、こうやってリアルで話した方がより多くの言葉を交わせた。だから、二十分くらいはなんてこともないくらい、楽しかった。お互いの好きな音楽の話や学校の話、家族の話までした。そして、「woodpeckerでは、お互いのおすすめのCDを一枚ずつ買う」という約束をした。

woodpeckerの前には、「中古CDセール中」とかいたのぼりがあった。「わーい。着いた!」と少女のように朋美ちゃんは騒ぐ。少年も楽しそうに、いつも以上の笑顔を浮かべていた。店内は、奥の半分がレコード、手前の半分がCD のエリアに分かれていた。CDは綺麗に梱包され、その中の黄色いラベルにアーティストとアルバム名、盤の状態、価格が書いてあった。あまりセールをする店ではないのだが、今日はCDが三割引きである。

二人は真剣に、CD の並べられたラックをなぞりながら見る。お互いに好きな盤や気になっているものを見つけ、語り合う。欲しいCDはかなりの数があったが、そんなにお金を持っていないので、買うのは三枚にしようと決めた。かなり悩んだ結果、The WallflowersのBringing Down the HorseとBeady EyeのDifferent Gear, Still Speedingを買った。朋美ちゃんも買うものを決めたみたいだ。そして、お互いのおすすめの一枚を紹介しあった。


「これ、Radioheadのitch。来日企画版で結構レア、五百円だけど本当かな。僕は、ネットで二千円で買った。最後のCreepの弾き語りは凄いよ。はい、オススメ。」


「じゃあ、私はこれ。Stone Temple PilotsのCore。六曲目のタイトルはCreepなの。私にとってCreepって言ったら、レディヘよりストテンだね。」


「ふん。」といった表情は可愛げがあった。お互いのオススメアルバムと他の二枚のアルバムを抱えながら、レジに向かい、精算する。


 店を出たら、お腹が空いたので近くのカフェに行き、ちょっとしたスイーツを食べた。少年はこの時間が限りなく心地いいものであることを感じていた。繫華街にはもう一つ中古CDショップがあるが、二人でまた今度行こうと話し、約束を作った。


 そして、ゲームセンターに行って、二時間ほどワイワイとゲームを楽しんだ。少年にしては、お金を使い過ぎた一日であったが、それに見合う対価を得たと感じているから大丈夫だ。二人は、出会ったばかりだとは見えないほど、相性が良く、嚙み合った存在であった。


 近くバス停から地元行きのバスに一緒に乗る。話は尽きることなく、いつの間にか少年の降りるバス停に着いた。今日はこれでお別れである。「じゃあね。」と言ったら、「バイバイ」という言葉が笑顔付きで帰ってきた。


 少年は、家に帰り、食事を済ませる。そして、すぐにオススメされたアルバムを聴いた。聴きながら今日のことをかみしめていた。クソみたいな人生は変えてやるんだ。自分的革命は成功の兆しを見せている。ただ、ちょっと変化が急すぎる。もう少しゆっくりとしなければ、革命は失敗してしまうかもしれない。Stone Temple Pilotsのスコット・ウェイランドが妖艶に歌い上げる、『傷ついた手は時間をかけて治せ』ってね。


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