第1話『只今、人手不足につき』
「元陸軍隻腕少佐ワイ、本日の業務はおつかいな件」
主君のもとへと帰る途中の、黒い軍服に黒いぺリース――左肩片側にかかるマント――をつけ、左目に覆うほど伸びている髪を垂らした男は、ぶつぶつとそうぼやく。
右手に持たれた紙袋には、ずっしりとおつかいで頼まれた品が入っている。
「買い出しって、これで全部だったか?」
ぼんやりと聞き流したおつかいの内容を、空でも眺めながら考える。
雲一つない快晴の空が、まるで何でも許してくれそうな気がして、
――いいや、間違っててもいいか。
などと楽観的な考えにたどり着いた男は、不意に目の前に出てきた人間と衝突する。
「おい、何だてめぇ!」
ぶつかった男は、軍服の男にそう怒鳴る。
男はナイフを構え軍服の男を威嚇し、今にもとびかかってきそうな勢いだった。
しかし、軍服の男は極めて冷静に一言言った。
「あ、酒買ってない」
***
この軍服隻腕の男――アンダルチア・アンタレスは元軍人の少佐官である。
ここで元、とついているのは彼が戦争で隻腕となったために、軍を降りるしかなかったためである。
年齢は二十、従軍に三年。
この国では貴族でなくては将官に上ることはできない。
平民出身である彼は将官に上ることはできないのだが、三年で平兵から少佐まで登った彼は、その功績から英雄としてこの国で語られることもある。
その三年は大いに語るに壮大であるので、さわりだけ話すと彼が得たのは地位でも名誉でもなく、生きる術だった。
なんてことはない、ただそれまでになかった仲間を手に入れたのだ。
退軍した彼は今、このカルタ―カン王国第三皇女直属の臣下となっている。
そして今、英雄と言われた彼はその皇女の仲間たちからおつかいを頼まれたのである。
「そうだそうだ、酒だ酒。全くあの魔術師いっつも飲んだくれてるよな。『少佐クンついでにおしゃけよろしく~』じゃないんだよ全く」
おつかいという仕事の内容を思い出すと同時に嫌なことも思い出して思わず愚痴が漏れる。
――いやぁ、思い出せてよかった。
そうアンダルチアが安堵すると同時に、目の前の男が彼に向かってナイフを突き立てる。
「なめてんじゃねぇ!」
怒号を聞いて初めて目の前の男を認識したアンダルチアは、ひょいとその攻撃をかわす。
そしてお返しとばかりに相手の肩に自分の肩をぶつけ、相手にしりもちをつかせる。
――ずいぶん稚拙な攻撃だな。
おそらく完全に素人。
まあ、ほっといても警察でどうにかなるレベルだな。
「全く危ないな。この街はこんなに治安が悪いはずないんだけどな。どうなってる?」
アンダルチアは気にも留めない様子でそう言って、その場を離れようとする。
しかし、
「強盗よ!捕まえて!」
と、いう声があたり一帯に響くと、すぐにアンダルチアは振り返ってその声の方向を見る。
そのアンダルチアの視線の先にいたのは、さっきのナイフで切りかかかってきた男とそれと二人の男がこちらの方に向かって走ってきている。
見た目は若めで働き盛り、そんな男たちがアンダルチアをにらみつける。
「もしかして、君ら強盗だったりする?」
アンダルチアは持っていた紙袋をその場において、彼らの進行方向に立ちふさがる。
彼らはアンダルチアの足止めされて一旦歩みを止め対峙する。
そして、彼らはナイフを取り出して戦闘態勢に入った。
完全にこの場の空気は戦闘一色。
しかし正直全くやる気にならない。
元々戦闘が好きな性分ではないし、おつかいの途中で厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
……民に被害が出るのはもっとごめんだが。
「はあ、もしかしてやる気だったりする? まあ、いいけど」
気だるげに声を出して敵を確認する。
そして、ぺリースの中に隠された日本刀に手をかけ鞘の部分を持って引き抜く。
次の瞬間には走ってきた二人の男のうち、片方の顎に下から筒頭―—日本刀の持ち手の先端の部分――をぶつけ後ろに倒し、もう一人の攻撃はうまくかわす。
「鞘をつけた剣とか、タックルとか舐めた攻撃しやがって!」
「あ~、いいよ。そういうの。かかってきなって」
いきり立つ強盗たちを前に、相も変わらず冷めた態度で受け流す。
どんな攻撃が来ても受け流せる自信はあったし、大して脅威になる相手でもないと思っていた。
――ぼくは元軍人だよ?
経験値に差があるんだって。
練度よ、練度。
しかし、次の瞬間彼らの右腕から放たれた魔法に困惑する。
「火炎球!」
右手を突き出し、その手のひらから文字通りの火炎の球が発射される。
アンダルチアが困惑した理由は一つだ。
アンダルチアは魔力を持っていないのだ。
見たところあの火炎の球は初級の火魔法。
それはわかるが、対処に困る。
剣で切るか? と、問われればまず無理、と答えるしかない。
愛刀が溶ける姿は想像するだけで心が痛む。
ならば、とアンダルチアは一つ、思いついたことを実行に移す。
――そう言えば、仲間の発明家が『この魔法は、魔素を練れなくても使えるから覚えといて、あと、このマシン試作品だけど試したいから右腕に付けといて』とか言って覚えさせられた魔法があるな。
それを使えばどうにかなるか?
あと、無理やり付けさせられた機械も重くて筋トレしてるみたいな感じだし……一体何なんだよ。
まあ、いいか。と納得できない自分の頭から無理やりその話を消して、目の前の出来事に集中する。
日本刀をその場に落として、右手を突き出し呪文を唱える。
「魔素吸収!」
アンダルチアがそれを唱えると、まるで吸い込まれるようにその火炎の球が右手に吸い寄せられ消滅する。
この現象には、彼らもびっくりした様子を見せる。
アンダルチアはその隙を見逃さずに一気に距離を詰め、二人に手刀でみねうちを当てることに成功する。
二人の男はその場に気絶し倒れ、勢いよく頭を舗装された地面へとぶつける。
「一人取り逃がしたか」
はあ、と明らかに聞こえるようにため息を吐く。
残った一人は警戒心マックスでなかなかこちらと距離を詰めようとせず、むしろ一定の距離を保っている。
じゃあ、とアンダルチアは相手に背を向け先ほど落とした剣を足で空中に浮かせて右手でキャッチする。
そして振り返ると、残った一人が逃走しようとしているのが目に入る。
もちろん逃がす気はないが。
アンダルチアがすぐに距離を詰めて攻撃を仕掛けようとすると、突然男が倒れる。
そして、その男の陰から身なりのいい紫色の制服を着た若い男が一人、姿を現した。
あの制服は確か、近衛兵――この街の警察の服だったか。
それに紫色は最高官か、その次官だったか、それほどの位を表すものだった気がする。
――まあ、何はともあれ問題は解決か。
酒買わなきゃな。
能天気に事の終了を合点し、アンダルチアがその場を離れようとするとその紫色の制服の男に引き留められる。
何事かとアンダルチアが振り返ると、右手を構えた男の姿がそこにあった。
「君、この辺で強盗があったらしいんだけど、知ってる?」
「そこに転がっているのがそうじゃないのか」
アンダルチアは周りに転がっている男三人を見ながら答える。
「君はこの事件に関係ないと?」
「実際関係ないしな」
「そうか、それでも、君を裁かせてもらう」
紫色の制服の男はそう言うと、呪文の詠唱を始める。
アンダルチアはそれを聞いてすぐさま戦闘態勢に入る。
しかしさっきとはわけが違う。
本当の戦闘をするときの態勢だ。
剣の柄の部分を咥え、鞘を投げ捨てて抜刀し右手に持ち替える。
「大氷界!」
そう唱えられた右手からは、さっきの火炎の球とは比較にならないくらいの大きさの氷の球が飛んでくる。
例えるならば、さっきのが野球のボールくらい、今回のは直径がアンダルチアの身長くらいもある。
スケールがあまりにも違った。
当然、さっきのごとく『魔素吸収』をしようかと考えるが、あまりの大きさに吸い取れる気がしない。
ならば避けるか? そう考えてもその考えは一瞬できる。
後ろには民がいる。
ここでアンダルチアが良ければどうなるかは一目瞭然だった。
――だったら、切る。
切って威力をおさえるほかないだろ。
勢いよく右手を振り降ろし、剣先をうまくその氷球に当てる。
しかし、押される。
音を立てて靴の底が地面とこすれ合い削られ、体はそれに伴い後退していく。
魔力で構成された高度物質に対し高々一鉄の塊ごときがそれを貫くには、あまりにも必要パワーが多すぎる。
どうする? やはり避けるか? じりじりと押されていく中でそんな考えが何度も出たり消えたりするが、やはりそれは根本的な解決にはならなくて、何度も立ち消える。
――っ、魔力があれば。
ないものねだりをしてもしょうがないのだが、やはり上を見れば愚痴は出るし、下を見ればそこに安住する。
圧倒的な力を前にして、諦め、ではなく言い訳、が出る辺りなんとやら……と自分でも飽き飽きするのだが、ここでアンダルチアは思い出す。
――あるんじゃないか? 魔素が体内に。
奪った魔力が体内に。
やるか、そう決断するのは意外と早くて次の瞬間にはアンダルチアは実行していた。
「火炎刃!」
右手に握ったこぶしから、火炎の球が発射されるのではなく爆発するようにして剣に炎がまとわれた。
そして、それに呼応するように、発明家に着けろと言われた機械が反応する。
四つの噴射口がつけられたこの機械は、ものすごい音を立てて振動をし始める。
きっと中にあるエンジンとかが動いているのだろうが、原理はよくわからない。
ただ結果としてその機械がアンダルチアにもたらしたのは、前に進む推進力が得られ、炎をまとった剣で巨大な氷球を切ることが出来たという事だ。
――どうにかなった。
それにしても、魔素が元々ないとはいえ魔素欠乏症の事例と同じように、頭が痛い。
それに視界が幾分かぼやける感覚に襲われる。
それに、今の一撃で機械も黒い煙を吐いていてオーバーヒートしたっぽいし、どう見ても壊れたらしい。
アンダルチアは頭の痛みに耐えつつ、剣先を地面につけて杖代わりにして態勢を保つ。
限界に近い状態でいると、紫色の制服の男が駆け寄って話しかけてくる。
「ああ、なんだ。少佐じゃないか! いや、元少佐と言った方がいいのかな? どちらにしても悪かったよ。いやいや、わざとじゃないんだ、本当にね。それで、どうしたんだい? と聞きたいんだけど、大分お疲れの様子じゃないか、少佐?」
近づいて初めて気づいたのか、それともちょっとからかって来ただけなのか、その男はアンダルチアの顔を見ると、わざとらしく驚いた。
そして、アンダルチアの様子を見て肩を貸してくる。
「一体誰のせいだと……」
鞘を回収し剣を鞘にしまいぺリースの中に剣を収めて男の方をにらみつける。
男は悪びれた様子もなく余裕そうにこちらを見て微笑む。
「アハハ、悪かったって。帰りの馬車くらい用意するよ。尤も、私はここまで徒歩できたから、迎えが来るまで時間はかかるかもだけどね」
「買い物が済んでいないんだよ。そっちが優先なんだけど」
「そうかそうか、なら行こう、今すぐ行こう。少佐は隻腕だ、そこで私の出番というわけだね。そうだ! せっかくならその店の方に馬車を呼ぼう。それならば時間も少しは短縮されるからね」
男はそうポンと手をたたいて合点をし、呪文を詠唱し始める。
「魔報鳥!」
すると、左腕に留まるかのように鳥が現れる。
相変わらず魔法というものには驚かされることが多い。
それもこれも魔法になじみのない人生を送ってきたのが原因なのだろうが。
「『イレーネの酒場前に二人が乗れる馬車を頼む。至急だ。以上』よし、これで大丈夫かな」
鳥に向かってそれを言うと、鳥は勢いよく飛んでいきすぐに姿が見えなくなる。
「ちょっと待ってくれ、イレーネのところか? ぼくはそんなに高い酒を買うつもりはなかったんだが」
「うん? ああ、気にしないでくれ少佐。氷弾を撃った賠償だとでも思ってくれ。私がそれは奢ろう」
「いや、何かそれは……悪いな」
――というか、あの魔術師にそんな高いものを飲ませるのがもったいないというか。
正直アルコール取れれば何でもいいみたいなところあるしな、あの人。
いつか消毒用アルコールとか飲みそう。
アンダルチアは色々と説得するが、男は歩き始めアンダルチアも渋々それについていかざるを得ない。
先ほどまでに買ったものが入っている紙袋をアンダルチアの代わりに男は拾い上げた。
「ところでなんだが、君は誰だ?」
「え? ああ、そうか。私が一方的に知っているだけだったな。いや、夢の中では何度も少佐と会話しているから、これが初対面だと気づかずうっかり……。私は、アルバ―ハート・ダルクメシア。カルタ―カン王国の、ここ王都守護隊、近衛局最高責任者兼王位聖戦治安維持課監督をしているよ」
「肩書きがずいぶんと長いな。情報が全く入ってこない」
「なにを言っているんだ少佐。少佐だって、カルタ―カン王国王国軍第三部隊西方支部防衛局防衛局長兼支部長じゃないか」
「第三支部長か、西方少佐としか上官からは呼ばれないからな。下の者にも詳しいことは名乗ったことないぞ。それにさっきから初対面なのにぼくの事を少佐って言うのはなんなんだ?」
「いやあ、それはやはり国を救った英雄だからね。敬意を込めた階級呼びだよ」
「あまりいい気はしないな」
ため息と言葉が同時に出る。
一方でアルバ―ハートはそんなことは気にしない様子でにこやかな笑顔を保ち続ける。
イレーネの酒場につき中に入ると相変わらずの喧騒具合。
これでもかと、歌い、笑い、盛り上がり、ジョッキをかわす音が絶えない。
アンダルチアとアルバ―ハートはその集団たちをかき分けながら店の最奥に位置するカウンターまで行く。
「一杯お願いするよ」
「ぼくは飲まんぞ」
カウンター席について早々にマスターのイレーネに笑顔で言ったアルバ―ハートに対して、アンダルチアはにらみを利かせる。
イレーネはアンダルチアの方をちらちらと見てきて、アンダルチアがそれを気にしてイレーネの方を見ると、イレーネは目を逸らす。
嫌われてるとかではないと思うが。
「アンか、ずいぶん久しぶりに来たじゃないか」
目を合わせずにカウンターの内側を布巾で拭いている。
黒い上半身の服の内側に白い色が見える。
男どもが群雄割拠している場所の服装とは思えない清涼感がある服装をした彼女は淡々と作業のように酒を準備し客に提供している。
あまり親しいのでどうとも言えないが、何かやらかしたか、嫌なことがあったかのどちらか、か。
前者ではないと思うが。
「……三年ぶりか」
「あ、はいよ。ビールね」
ぶっきらぼうにビールとその場においてまた布巾で拭き作業に入る。
「うん? 少佐、彼女と結構仲がいいのかい?」
「いや、軍役につく前に片手で収まる回数だけ……」
「私に酒を置く時の声と少佐に話しかける声には大きな差があったように思えたのだけれども」
「気のせいじゃないか?」
アンダルチアがそう言うと、腑に落ちない不満げな顔をしてビールを口に運ぶ。
アンダルチアがその間、あたりを見るとガヤガヤしているのはさっきと変わらず、これがここのいつもなのか。
――似合わないな、こういう場所は。
内心そう思いつつも、目的は達成してないし、達成したとしても馬車が来るまでどのみちと言ったところでどうしようもない。
はあ、思わずそんなため息も漏れる。
「アン、今年でいくつだ?」
「……今年で二十」
「そうか、飲むか?」
「いやいいよ。ぼくは相当弱いってことくらい自分でわかってるし」
すぅ、とイレーネが息を吸う音が聞こえる。
何事かと思って顔を上げるとそこで初めてイレーネと目が合う。
どうやら呼吸を整えている様子だった。
そして、息が吐かれると同時にイレーネは口を開いて言った。
「帰ってくるのが遅い‼」
机を強く叩いて、目を見開いて酒場にその声が響き渡った。
「大してぼくに思い入れもないだろ!」
怒号に対し冷静というよりかは皮肉の返し。
それが思わず立ち上がって口から出てしまう。
「いや、私はお前がガキの頃から見てるからな。軍役に行って心配だったんだぞ?」
「そんな通った覚えないよ。というか、勝手に子供にしないでくれるか。初対面でぼくが十六、君が十九だった覚えがあるんだけども」
「アハハ、大して変わんねえよ」
イレーネの笑いにつられ笑いが漏れる。
その笑い声はこの場に相応しいと言って遜色ない。
――郷に入ればなんとやら、か。
「そうだ、酒を買いに来たんだ」
「何の酒だ?」
「アルコール度数二十ないくらいで頼むよ」
それを聞いたイレーネはすぐに席を外し、口頭で数えるに飽きないほど経ってから戻ってくる。
「はい、一個目がイレーネスペシャル20。まあ、いわゆる最高級ってやつだね。口当たりもさっぱり、飲みやすさ重視の一品だよ。で、二個目が神通力。飲めば気分が高揚、まさに天にも昇る力を得た気分にさせる酒だね。最後に三つ目、狐の嫁入り。安く酔うならこれだね。しいて言うならちょっと辛目かな?」
「最後の」
有無を言わさず即答。
むしろそれ以外に選択肢はなかったといっても過言ではなかった。
「いや、やめておいた方がいいよ。正直あんまりお勧めできないよ、最後の。よほどのアルコール中毒者じゃないとおいしいとは言えないと思うし」
「いや、ぼくが飲むわけじゃないから。それに量があればあるだけいいし」
「なるほど、まあ、何か事情があるって感じか。じゃあ、何本買う?」
アンダルチアはすぐに隣の男を見る。
うん? と首を傾げた男はすぐに頷きカウンターに金貨3枚を置く。
「勘弁してくれよ、旦那。そんな金だと在庫がなくなっちゃうじゃないか」
「じゃあ、金貨一枚にしようか」
「いやいや、それでも余りあるって」
「一本銅貨五枚なんだ。金貨一枚で約二百本も買えちまうんだぞ。そんなに在庫はないし、そんなに買われたら他の人に出せなくなっちまうだろ。安価な酒って言うのは貴重なんだ。買うなら……そうだな。二十五本までだ」
「じゃあ、二十五本お願いするよ」
「わかった」
イレーネはカウンター奥にある扉からバックヤードに入っていく。
戻ってくるときに、イレーネは入口の方から荷台を引いて帰ってきた。
「はいよ、お代は銅貨百二十五枚」
「悪いね、あいにく細かいのは持っていないんだ」
「釣り取りに行けって言うのか?」
「いや、お釣りはいいよ。その代わりに台ごと持っていくけどいいよね?」
「それは構わねえよ」
それを聞くとアルバ―ハートは一気に手元にある酒を飲み干す。
「いくらだ?」
「そのお代は金貨に入っているだろうが」
「そうか悪いね。おいしかったよ」
アルバ―ハートは席を立つと荷台に紙袋を入れて、酒場を後にしようとする。
それについてアンダルチアも席を立つ。
「アン!」
イレーネに声をかけられ振り向く。
「いつでも来いよ」
「来るときは、連れられてくるときだろうな」
「相変わらずだな」
淡泊にもとられる返しだけしてアンダルチアは酒場を後にした。
「ちょうど馬車が来たみたいだ。少佐」
「荷台もらったのはいいが、どうやって荷台を運ぶ? というか、馬車に酒を積み込めばよかったんじゃ
ないか?」
「私らの座る場所が少なくなるじゃないか」
有無を言わさずの即答。
そしてさらに言葉を続けるアルバ―ハート。
「それにだ。馬車の後ろにひもで荷台を付ければ勝手についてくるじゃないか」
「それ曲がり角大丈夫か?」
「それはその時じゃないか、少佐」
そのように強く主張するアルバ―ハートにアンダルチアはそれ以上何も言わなかった。
「よし、それじゃあ行こうか」
ひもで括りつける行為を終えたアルバ―ハートはにこやかな笑顔を見せる。
それに対し無言で馬車に乗るアンダルチア。
「何も言わないで先の乗るなんてひどいじゃないか」
扉を閉めると馬車が動き始める。
地面の石と石の間に車輪が入ってガタガタと揺れる。
昔乗った馬車よりはだいぶ緩和されていて息苦しさを覚えない。
扉の窓付近に肘を置いて、さながら新幹線の中で暇を持て余す人、みたいな雰囲気を出す。
ああ、暇だ、とは思わないがすごい疲れたのは事実で、きっと目の前の男のせいなのだろう。
――かえって姫様がいたら食事の準備か。
そんなことを考えて目の前の男に言葉を返す。
「今はぼくが客人じゃないのか?」
「それもそうだな、少佐」
それ以降アルバ―ハートは何も言わず、ただ、こちらを眺めたり目をぐるぐると回したり、外を眺めたりしていた。
一方でアンダルチアは窓を見て黄昏ていた。
――ここら辺の街並み全く分からんな。
アルバ―ハートとかいうのいなかったら確実に迷ってたな、助かった。
今度行く時は、メイドさん連れていこ。
馬車が進むにつれて、待ちの投げはどんどんと長くなっているのが分かる。
不意に馬車が止まったかと思うと、ゴトンっ! と音がする。
「ああ、馬車が止まった時に慣性で荷台が馬車に当たることを考慮していなかったな」
アハハ、と笑みを浮かべるアルバ―ハートにしっかりしてくれよと、苦笑を浮かべる。
「ただいま」
荷台の様子を見に行ったアルバ―ハートを置いてアンダルチアは先に紙袋だけ回収して家に入る。
家は、街のはずれにあって、ほぼ王都外の王都近郊と言って差し支えない。
――全く、よくこんな場所から王都の中心部まで歩いて行ったもんだ。
ちょっとは労って欲しいんだけど。
家の外装は、正直酷い。
捨てられた廃館と言って差し支えないほどに、壁にツタが張り、外壁の木は苔が生え、剰えクモの巣が張っている。
しかし、決して外壁の木が壊れているだとか、ガラスが割れているだとかは決してそんなことはなく、見た目が悪いだけである。
ちなみに、内装も結構ひどい。
まず、床を歩けば軋み、階段の手すりの柱は腐り、買った時についてきた家具の一部は、壊れていたり痛んでいた。
まあ、住めることは住めるし、多分機能的には何も問題ないのだから困ったものだ。
さて、ぼくが扉を開け家に入って迎えの第一声。
「おかえりなさ……おかえり」
そう、メイド服の彼女は出そうとした言葉を一旦飲み込んで、代わりの言葉を吐き出した。
彼女の名前は、リンライフィード・ラスター。
元々お姫様のお付きのメイドで、この聖戦に伴って王宮を出た後もこうやってお姫様のそばに居るとのこと。
仕事の腕は一流で、掃除洗濯、おまけに縫物も完璧だが、料理の腕だけアンダルチアに劣っている。
だが、それを除いても余りある有能さが日々発揮されている。
しかし、なぜかアンダルチアに対して厳しい態度をとっており、今もこうやっておかえりなさいませと言いかけて、彼女は言葉を変えたのである。
「なんでぼくだけなさいがつかないの?」
「いえ、私の主人はアルストル・リーセンだけですから」
そう微笑んで、いや、蔑んだような目を彼女は向けた。
「他のみんなには言うのに?」
「はて? なんのことやら?」
「やっぱぼくのこと嫌いじゃん」
彼女が目を逸らすと、アンダルチアはため息を一つつく。
完全にとぼけている彼女の顔や、その態度は、アンダルチアが第3皇女臣下の仲間と完全に打ち解けられていないという証拠として、彼の頭を悩ませている。
「そうでもないですよ? ……お客人連れですか、応対してきますのでお先に家にどうぞ」
「じゃあ、任せるよ」
家に入って目の前のつぎはぎが——リンライフィードの完璧な裁縫技術で目を凝らさなければ見えないレベルで——よく見ればある絨毯の上に、半分になって足の代わりに本を数冊おいてバランスをとっているソファーがある。
それに座っている女性が、ソファーの背もたれから後ろに顔を後屈させてアンダルチアのことを見る。
「お~! 少佐クンおっかえり~」
えへへ~と笑顔を見せつつ、被っている帽子が落ちそうになって慌てている彼女の名は、ドロシー・リンシア。
青い帽子、青い服と、青色の服で体を包んでいる。
基本いつも飲んだくれており、何か仕事をしている風には見えないが、お姫様曰く、
『ドロちゃんはすっごい魔法使いだよ~。まあ、ボクも見たことないんだけどさ。ってわけで勧誘したんだよ~。仲良くしてね~』
とのことで、すごい魔法使いらしい。
どう凄いとか、どんな魔法が使えるとかは全く分からないのが、この話の信憑性を欠く要因なのだが。
「おしゃけ、買ってきてくれた?」
「うん、買って来たよ。それも結構な量ね。一日で飲み切らないでくれよ?」
「まっしゃか~、そんにゃことないよ~?」
ふにゃふにゃとした彼女の喋り方はきっと酔っているからだ。
年中ずっと酔っているので、彼女が本来どんな人なのかとか全くわからない。
「あ、メイドチャ~ン! おしゃけ、ぱ~す!」
リンライフィードがいくつか酒瓶を持って家に入ってくると、すかさずドロシーは彼女に声をかけ手を振った。
「与えていいと思います?」
「えあ~、禁酒したらしたでどうなるか分かったもんじゃない気もするけど」
呆れたような顔をドロシーに向け、イラついたような声でアンダルチアに彼女は質問する。
「そうですね、はあ」
アンダルチアにも、この場にいる誰にでも聞こえるように彼女はため息をついてから、ドロシーの方に向かって酒瓶を一本投げた。
それを見た瞬間、猫のごとく目がキランと光り、ドロシーは酒瓶をキャッチしそのまま栓を抜いて酒を飲み始める。
「うお~、少佐クンこれ狐の嫁入りでしょ~。イレーネのおしゃけなんてひっさしぶり~。あは~、幸せ~」
「なんでわかんだよ」
思わずツッコミが入る。
――そんな酒って味でわかるもんなのか?
てっきり飲みすぎで味覚が逝ってるもんかと。
まあ、ぼくが利きバニラアイスできるようなものか。
「ニャハハ~、昔はよく飲んだもにょよ~。最近はもっと安いの飲んでるけどね~」
そのままニャハハ~と笑って酒をがぶがぶ飲んでいるドロシーをよそ眼に調理室に入る。
玄関から左手側にあって、中に入ると、広いキッチンがある。
なんていったってシンクの蛇口が三つもあって、コンロも四つある。
あまりに広いというよりは、アンダルチアとリンライフィードの二人が使うには少々持て余す大きさだ。
「あ、少佐。これを運び終わったら私は失礼するよ」
両手で抱えるほど酒瓶を持ったアルバ―ハートは、器用に冷蔵庫の扉を開けると、その酒瓶を詰め込んで冷蔵庫を閉めた。
「なんか、悪かったな。金も払わせたし」
「いやいや、いいんだ少佐。私だって少佐の技量を計ったし……ああ、いや、あれは偶然犯罪者と間違えたんだ、そうだそう。意図的に罪もない一般市民に攻撃を仕掛けるなんて、王都守護隊の私がするわけないじゃないか」
あ、と察したようで、そこから異様に早口になってアルバ―ハートは言い放った。
「まあ、金払わせて悪いと思ってるからそれでいい分で」
「あはは、助かるよ少佐」
じゃあ、と一言言ってアルバ―ハートは出ていった。
アンダルチアは、広いスペースのある机に紙袋を置いて、頼まれていたいくつかの調味料をその机の上に置いた。
――まあ、ここにおいておけば大丈夫だろうな。
そんな風に楽観的に考えて、アンダルチアもキッチンを後にした。
キッチン出て右手側、玄関から見て正面にある一つの大きな階段を上って、左右に分かれた道の右側に行って、手前から三つ目の扉に入る。
ちなみに、手前から順に、ドロシー、リンライフィード、今から入る部屋、お姫様の部屋となっている。
扉をキィィときしむ音を立てて開けると、一人の小さな女性が目に入る。
「帰ったよ。ナツ」
「よかった、無事に帰ってこれたんだね! 少佐!」
彼女はアンダルチアの姿を見るや否や胸をなでおろして彼のもとに近づいた。
彼女は身長が小さく、その背丈に似合わない実験用の白衣、そしてその隙間から見える水色の服を着ている。
彼女の名前は、ナツ・キャルニャト。
お姫様の幼馴染であって自称的中率百パーセントの占い師らしい。
しかしその実、彼女は来る日も来る日も発明に明け暮れており、今日だって彼女の発明品の部品として鉄くずがいるらしく、それでおつかいに行ったのだ。
――だからって、リンライフィ―ドもドロシーもついでと言って余計なものをつけ足すな。
だから、結構な割合で彼女のことを発明家と呼ぶものも多い。
実際、アンダルチアもだ。
「ああ、そうだ。この前のこれ、壊れちゃったんだけど」
「ううん、全然いいんだ。君が無事でよかったよ。これが壊れたってことはきっと役に立って壊れたんでしょ?」
右手についたままの壊れたブースターエンジンらしきものを見せると、ナツは嬉しそうな笑顔を見せる。
「まあ、助かったよ」
「えへへ~、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「あはは、ほんと助かったよ。あと、これ、頼まれてたやつね」
褒めることになれてなくてどういっていいか分からなかったアンダルチアはすぐに話題を切り替えるために、おつかいの品をナツに出した。
「ありがと、助かる! あ、そうそう、君これ一人じゃとれないもんね。今外すね」
右手を前に出すと、ナツがぶかぶかで余りある袖の部分のひじの部分くらいまでしか行き届いていない短い腕で、白衣の袖の上から、ぐちゃごちゃとその機械をとろうと色々する。
「あ~、取れない。って言うかどの服も大きすぎるよ! 全く! なんでみんな大きいの?」
「メイドさんに頼んで服の大きさ変えたらいいんじゃない」
「あ、確かに!」
ポンと手をたたいて納得したナツはしばらく開いた口がふさがらなかった。
しばらくして、袖まくりをして露わになった白い小さな手でアンダルチアの右腕についている機械をとった。
「よし、じゃあこれ回収するね! また溶かせば別のものに再利用できるからね」
ナツが機械を回収して鉄やら発明品と言ってもいいか分からない、他から見たらガラクタのようなものばかりの部屋の奥に行くと、後ろから声がかかる。
「ちょっと~、逢引するなら部屋の中でやってよね~」
「あ、トルちゃんおかえり!」
「お姫様! ああ、これは失礼。あはは~、お帰りなさいませ」
肩をポンと叩かれ、恐怖をあおる笑顔で立っていたのは、第三皇女、アンダルチアの雇い主だった。
第三皇女、名前をアルストル・リーセン。
皇女、という割には活発な性格をしており、おしとやかと言うにはほど遠い。
しかし、それは逆に行動力溢れる、ともいうことが出来、民のために問題のあった現地に行くなどアンダルチアが考える最高の国家、民のために尽くす国家と同じ考えをしていて、素晴らしい皇女と言える。
服装はそれに伴うように、動きやすく、貴族が着るような長いスカートなんてはくはずもなく、短いスカートで足が見え、背中には大きなリボン、上半身も袖が肩ほどまでしかないドレスを着ている。
ちなみに、アンダルチアの身長が178でアルストルはアンダルチアの肩までしか身長がない。
もっと言うと、ナツはアルストルの口元よりちょっと高いくらいしかし身長がない。
つまるところ、アルストルもずいぶん小さい見た目をしている。
「うん、帰ったよ~。夕食の時にみんなに話があるから頼むよ。じゃあ、ボクちょっと寝てもいいかな~? 遠出して疲れちゃって……」
「お部屋までおんぶしましょうか?」
アンダルチアは気を利かせてアルストルに手を伸ばす。
「アハハ~、冗談が上手いな~、少佐は。女の子のベッドに入る時は抱く時だけだぞ~。それにボクはなかなかお高いぞ~。いいのか~?」
「……遠慮します」
「え~、ボクが振られたみたいじゃん! まあ、少佐はナツちゃんがお似合いな気もするけどね~」
アルストルは驚いた顔をしたあと、すぐにナツの方を見て納得したような顔と、察したような顔をする。
「え、ちょ、トルちゃん! そう言うのは……!」
「アハハ~、ナッちゃんにはそう言う話は早かったか~」
赤面するナツを見て、アルストルは機嫌がよさそうに笑った。
――……こういう時ぼくはどういう反応したらいいんだか。
一方でアンダルチアは苦笑いで場をごまかしていた。
「いや~、でも君を勧誘してよかったよ~。まあ、ナツちゃんの薦めなんだけどね~。それにしてもここまでこの家が辛気臭くなくなるなんてね~。昔なんてまともに息してられなかったもんね~」
「いやいや、またまた」
「そうは言ってもね~少佐。君がいなかったら結構険悪な雰囲気だったんだぞ~。ボクが手のつけようがないくらいにはね~」
「ぼくとしては半ば無理やり、みたいな感じだった覚えしますがね」
アハハ~と笑うアルストルに対し、アンダルチアは苦笑で返した。