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友だちをつくるため、ダークヒーローは卒業します  作者: null
一章 さよなら、ダークヒーロー
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さよなら、ダークヒーロー.1

初めまして、nullと申します。

いつも百合作品を投稿させて頂いているものです。


今回は、5万字程度のスクールラブ・中編のつもりで執筆しております。


企画に則り、『勇気』を主題として書いているつもりですが、なかなか難しいものです。


私なりに『勇気』の意味を考えながら進めようと考えていますので、

どうかお付き合いください。


それでは…。

 昔から、僕が興味を抱くものは人とは少し違っていた。


 ゆるっと、ふわっとしたものよりも、スマートでスタイリッシュなものを。


 淡いパステルカラーよりも、暗く、闇に溶け込みそうな色合いを。


 甘くきらびやかなスイーツよりも、顔をしかめたくなるくらい苦いコーヒーを。


『私』や『アタシ』という自己よりも、『僕』という自己を。


 もっと僕を僕らしく表現するために、他に何かないだろうかと考える。そうすると、ああ、これが一番かな、というものが思い浮かぶ。


 それは、みんなが好きな『優しく明るいヒーロー』よりも、『孤独と葛藤に身悶えしながら暗い影を背負うダークヒーロー』を好むという傾向だ。


 漫画やゲームが好きだった僕は、同じ年の女の子が好むような少女漫画やドラマの世界よりも、闘争と善悪が描き出されるファンタジーの世界に浸ってばかりだった。


 見たことのない世界、モンスター、魔法、剣、そして、魅力的なキャラクター。


 それらと出会ってから虜になるまでに、たいした時間はかからなかった。


 僕は色々なキャラクターがいる中でも決まって、暗く、孤独で、しかし、尋常ではない使命感を持つようなキャラクターが好きになった。


 彼ら、あるいは彼女らは度々主人公の敵として現れた。そして、幾度かの戦いを経た後、主人公の味方になるか…己を貫き、最期を迎えるのである。


 その生き様に僕は震えた。


 なにも、独りでいることに憧れを覚えたわけではない。もちろん、暗い性格や拒絶的な物言いでも。


 ひとえに、僕は彼らが示す、孤独の中にあっても輝きを失わず、己を貫き続けられる、その強さに惹かれたのだ。


 小学校時代から、クラスの中に馴染めなかった僕。


 今思えば、『僕』という呼び方がいけなかったのかもしれない。


 女の子は、普通、『私』だよと両親や先生、そして同級生からだって言われていた。


 一言断っておくが、僕は別に性的違和感を覚えているわけではない。ただ、言葉が示すものと自分との間に乖離を感じているだけだ。


 とにかく、彼らに出会うまでは、『僕』は『私』でいることを余儀なくされた。


 何かが違うと思いながら、それを言葉にできない、臆病で情けのない『私』。


『私』は『私』が嫌いだった。理解してくれるものはこの世のどこにもいないと思っていた。


 しかし、彼らはそんな『私』を変えてくれた。


 自分が自分を貫き続ける限り、誰がどう否定しようとそれは保たれ、そして、立派な生き様になると。


 背中を押された『私』は、『僕』になった。


 それからというものの、僕は僕の認めた個性をもって、教室に、家に、存在することができるようになったのだ。


 憧れた彼らのように、無個性やマジョリティに同調するよう求める有象無象の呼び声を弾き返し、己という個を育むことができた。


『私』が『僕』になって、もう7年ばかりが過ぎた、高一年生の春。


 生まれ変わった当初に比べ、随分と背も伸びた。同学年の少女たちに比べると頭一つ、二つぶんほど差ができるほど。


 ぐんぐん伸びたのだ。


 僕という個性が芽吹き、幹が形成され、枝葉が広がり始めたのと同様に順調な伸び方だったろう。


 こうして大きく育った僕という木は、他のみんなとは明らかに異彩を放っている。


 そうなれば、当然にして起こることがある。


 ――孤立である。


 僕は今、家族からは変人扱いを受ける、友人の一人もいない、本当に孤独な人間になってしまっていた。


 前述したように、僕は孤独になりたかったわけではない。それどころか、年相応に人とのつながりを求める少女だったのだ。


 しかし、小学生時代からクールなダークヒーローに憧れを抱くことで、その模倣を繰り返した結果形成されていた僕の言動、癖、習慣は、およそ女の子らしさとはかけ離れていた。


 いや、女の子と比べることすらおこがましい。


 子どもらしくもない、斜に構えた態度。


 ニヒリスト気取った発言。


 自然と愛らしく笑える時代にそれをしなかったゆえに染み付いた、鼻で笑うような癖。


 顔の造形が父に似たのもよくなかった。おかげで、怒ってもいないのに怒っている呼ばわりされる。嫌なものを嫌と言えるようになってからは、その傾向も顕著だった。


 とにもかくにも、僕は孤立した。


 初めはそれも一つの感慨をもたらした。なぜなら、僕が憧れたダークヒーローたちも往々にして孤立していたからだ。


 僕は、僕が臨んだ自分になれている。貫き通せている…と誰とも一言も交わさない日は満足感すら覚えたものである。


 …しかし、その感動も長続きはしない。


 人間は社会性の生き物だからだ。


 いや…こういう気取った表現の仕方こそ避けるべきなのかもしれない。


 ダークヒーローに憧れた僕の喜びが長続きしなかった理由は、もっと単純な言葉で表せられる。


 僕は友だちが欲しかった。そして、恋人が欲しかった。


 漫画やアニメ、ゲーム、小説――フィクションの中で度々描かれる、人と人との暖かな交流を求めたのだ。


 なぜ、今の自分に年相応のそれがないのか分かっていた。


 だから、高校一年生の春、僕――夕凪晶ゆうなぎあきらは勇気をもって決意した。


 ダークヒーローを、自分を形作ったものを卒業すると。



 高校一年生の春、一念発起して迎えた入学式では、挨拶や自己紹介も含め、自分なりに上手く(つまり、『普通に』だ)やったつもりだった。


 その証拠に、挨拶を終えた後は男女問わず何人かのクラスメイトに声をかけられた。


 どこの中学校だったのか、身長はどれくらいあるのか、どこの部活に入るのか…。


 すさまじく緊張した。人当たりの良い人間になるためには、意識して笑顔を作ったほうがいいとネットに書いてあったが、とてもではないが無理だった。


 ただし、今までのように冷淡にあしらったりはしていない。きちんと相手の目を見て話したし、問いには齟齬無く返した。


 そう、聞かれたことには答えたし、嫌味な対応はしていない。


 やれるだけのことはやったのだ。


 …それにも関わらず、入学式からもう一ヶ月ほどが経とうという今、僕は未だに孤独であった。


 移動教室のときも、昼休みも、授業と授業の合間も、放課後も、全てにおいて僕は孤立していた。


 おかしい、と心のなかで唱えた僕は、ある日の放課後に人目を忍んで屋上へと向かい、錆びた扉を開けて外へと出た。


 扉には『立入禁止』の貼り紙が貼られているが、僕は気にしない。昔からそういう場所で一人冒険してきたし、校内において独りになれる場所を探すと、いつもこうした場所にたどり着くものだ。それに、鍵をしていないほうも悪いと思っている。


 風が静かに五月の空を流れていく。


 雲を追い抜き、地を、空を、海を渡る目に見えない風の流れに、遠い日の冒険譚を思い出すも、これでは駄目だと頭を振る。


 そういうものとは決別すると決めたじゃないか。


 友人が欲しい。恋人が欲しい。


 この世にあふれる物語の多くが、それらの美しさを称えている。だとしたら、そこに間違いがあるはずがない。物語というものは、人々の共感と憧憬で成り立つものだからだ。


 幸せの中心にあるはずのものを追い求め、僕は孤独に耽溺することをやめると誓った。


 それに、身も蓋もないことを言えば、僕が憧れたダークヒーローたちだって、結局は友や恋人に救われている。


 僕は風の波間を漂うように歩き始めると、バックからとある一冊のノートを取り出した。そして、それをふらふらとした足取りで食い入るように見つめる。


 ①、できるだけ笑顔を絶やさないこと。

 ②、自分から話しかけること。

 ③、会話を盛り上げること。


 昨日、即席で作ったA4の『友人ノート』。


 友だちを作るために重要と思われることを、思いつく限り書き込んでいこうと考えて筆を取ったつもりだったが、想像以上に何も思いつかなくて驚愕した。


 そのため、とりあえずはネットで調べて出てきたキーワードの中で、自分でも大事だと思うものをピックアップしたのだが…。


「…何故だ。まるで役に立たない…」


 意気込みだけが空回りしている自覚はある。しかしながら、今まで友人づくりというものをしたことがない僕は、ネット上に散らばっている情報にすがるほかない。


 両親にだって、今更頼れない。妹だって僕のことを変な姉としか思っていないから、まともに会話してくれない。


 高校一年生の春。ダークヒーローを卒業すると決めたのはいいが、その道は前途多難を極めていた。


 自分の意志一つで何かが変わると考えていた僕。


「どうしたらいい。どうしたら…」


 たった一つの頭で、カラカラと滑車を回すハツカネズミみたいに堂々巡りしていた僕は、ため息と共にコンクリートの床の上に腰を下ろすと、友人ノートを前方に放った。


 そのうち、困り果てている僕の目を、風が舞い上げた砂塵が遮る。反射的につむった目蓋の裏側には暗くどんよりとした闇だけが広がっている。


 まるで、僕の未来を暗示しているみたいだ…とネガティブな心持ちに陥る。



 そんな春風が頬を滑る頃だった。僕が、彼女に出会ったのは。



 次に目を開けた瞬間、僕の目の前から『友人ノート』は消えていた。


「え」と間抜けなぼやきをこぼした僕は、ぱちぱちと瞳を瞬かせて何が起こったのかを考えていた。


 すると、ノートがあった辺り、自分の前方数メートルに人型の影が落ちていることに気づく。


 それとほぼ同時だった。


「ふぅん、『友人ノート』…」


 天上の福音を思わせる調べ。


 澄んだ、知的な声だった。


 振り返って声のしたほうを見上げれば、背中まで伸びた髪を翻し、春風になびく前髪を片手で抑える少女が立っていた。


「これは酷いわね…。ここまで酷いのは古今稀にしか見ないわよ」


 同じ制服に、同じ色のタイ。同級生だ。


 汚い布切れでも掴んでいるみたいなつまみ方でノートを持つ少女の姿に面食らっていた僕だったが、すぐに少女が発していた言葉が『友人ノート』を揶揄したものだと気づき、目くじらを立てる。


「おい、それは僕のだ!返せ!」

「僕?」


 少女は、求めに応じる気配もないままこちらの全貌を眺めて、小首を傾げる。


「失礼だけど、あんた女の子よね?え、トランスジェンダーなの?」

「と、トランス…?」

「あー…忘れていいわ。どうでもいいし。で?なによ、これ」


 彼女がパタパタと振っているのは、僕の大事なノート。ぞんざいな扱いに耐えかねて、僕は大きな声を出す。


「それを返せ!」


 僕は跳ねるように立ち上がり、相手の腕からそれを奪い取ろうとした。だが、彼女は驚きのあまり反射的に手に力を込めてしまったようで、ノートを離そうとしなかった。


 その結果…。


 ビリッ。


 乾いた音が青天井に吸い込まれていく。


「あっ!」


 どちらともなく声を発したときには、『友人ノート』は背表紙から無惨に引き裂かれ、二つに分離してしまっていた。


「あ、ああ…」


 たいしたことは何も書き込んでいないノートだが、一つの決意をもって書いたものだ。それがゴミ同然の姿になってしまうのは不穏な予感を抱かざるを得ない。


 千切れたノートを見つめて喘ぐ僕を見て、彼女は何度か口をパクパクさせていた。かと思えば、つんと唇を尖らせて明後日の方向へと顔を逸らす。


「わ、私のせいじゃないわよ。あんたが、急に引っ張るから…」


 反省の色のない返答。とうとう頭にきて、僕は怒鳴り声を上げる。


「どう考えても、悪いのはお前だろう!?」

「お、お前!?あんた、失礼でしょ!」

「はっ、黄金律を知らないのか」

「黄金律…?」


「『自分がされたら嫌なことは他人にするな』というやつだ。つまり…人のことをあんた呼ばわりするお前には何も言われたくない!そもそも、お前が僕のノートを勝手に取った結果がこれだ!先に謝るのが筋というものじゃないか」


「ぐっ…」


 教室ではろくに出てこない言葉が、弾丸のようにして名も知らぬ同級生相手に爽快に爆ぜる。


 元々、言語関係は苦手ではない。ゲームやアニメ、小説に出てくる言葉の意味をいちいち調べていればこうもなる。間接的にではあるが、言葉もダークヒーロー同様、僕を形作った偉大な存在だった。


 機銃も真っ青な勢いに押され、少女はようやく口ごもりながら謝罪の言葉を口にした。


「悪かったわよ、夕凪」

「え?」思わぬ言葉に、僕は呆気に取られてしまった。「どうして、僕の名前を…」


 不思議に思ってそう尋ねた瞬間、急に彼女の顔色が変わった。


 驚きから、悔しそうな、悲しそうな顔。そして最後に怒りの顔。


「クラスメイトでしょ!?ばっかじゃないの!」


 怒髪天になった彼女の声が青空に響き渡る。


 放課後のグラウンドやテニスコートからは運動部の声が、校舎内や庭からはブラスバンド部の楽器の音色が聞こえてくるなか、彼女の声はそのどれよりも天高く駆け上がっていった。


(しまった。クラスメイトだったのか)


 これは怒るのも無理はない。


「あ、あんたのほうがずっと失礼じゃない!あぁもう、最低っ!」

「そんなに怒るなよ…すまなかった。その、色々と必死で…クラスメイトの名前とか、顔とか、覚える余裕がなかったんだ」

「はぁ?ありえなくない?本当」

「…ノートの件と合わせて互いに水に流そう。それが最も平和的だ」


 一方的に責められる言われはないと言外に示せば、彼女は少しばかり不服そうな顔をした。それから、自分が手に持っているノートの半分を一瞥すると、渋々といった感じでため息と共に頷く。


「分かったわよ。まあ、ノートを破っちゃったことは謝るわ。弁償させて」


 僕は彼女の言い分に対し、そんな必要はない、と即座に首を横に振る。


 決して高い物ではないし、新品のノートはまだ手元にある。


 それを聞くと、彼女は苦い顔をしてみせた。


「まあ、あんたが…夕凪がそう言うならいいわ」


 再び自分の名前が呼ばれ、不覚にも僕は心を踊らせる。


 こんなふうに真っ直ぐ名前を呼ばれるのは、一体、いつぶりだろうか。今も昔も、大概のクラスメイトたちは、遠慮がちに『夕凪さん』としか呼ばなかった。


「そうだ。名前。名前はなんていうんだ」

「…本当に覚えてないのね。クラスメイトの名前」

「教えたくないのか」

「違うわよ」


 彼女は顔をしかめてそう言うと、ちっ、と舌打ちしてから、腕を組んだ。


「…北宿雪姫きたやどゆきひめ

「雪姫…」キラキラネームだ、と目を丸くすれば、じろり、と彼女に――雪姫に睨まれる。

「そっちで呼ばないで!名前、嫌いだから」

「…分かった。北宿さん」


 雪姫は高圧的な態度なのに、どうしてだろう…何年ぶりにか気を遣わずに会話することができていた気がした。

一章の間は毎日続きを投稿しますので、よろしくお願いします!


時間は21時頃を想定しています。


内容が多少でもお気に召した方は、ブックマーク等頂けると幸いです!

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