防衛と防壁
あれからグラジア侯爵の体調が少し良くなったのをきっかけに、何かを始めるようだ。
マートルとグレアもそれに付き添っている。
私は隙をみて屋敷の外に出て、空を見上げた。
とても薄く、微かに張っている“何か”が理解出来ずにいたら、後ろから声をかけられて振り返れば、ランドールたちが神妙な面持ちでやってきた。
なんだろう? まだ何かあるのかと不思議に待っていると、私の前までランドールは来て目線を合わせた。
「すまなかった。事情を話さずに置いていってしまった」
申し訳なさそうに話すが、私は慌てて
「いえっ、お気になさらずっ! 私には別に話さなくても大丈夫ですからっ」
「ほらみなさい、ルルシアちゃんならこういうでしょう。だから始めから一緒に行けば良かったのに……ランドールもガルムも変なところで頑固なんだから」
「そうよ。危険から遠ざけたいなんて……そんなの余計なお節介だわ」
ローウェンやディアナから言われている二人をみると、居心地が悪そうな顔を背けていた。
しかしローウェンはまだ言いなりないのか、話を続けている。
「ルルシアちゃんはこの国でトップクラスの魔術師なんでしょう? 今だってサルバドール様に会わせてすぐに“呪い”を見ただけで分かったじゃない。ワタシたちよりよっぽど即戦力なのに何もさせないなんて可笑しな話だわ」
呆れながらも説教のように話す隣で、ディアナも頷きながら同意していた。
私も口を開こうとしたら、先にガルムが苛立ちを露にしていた。
「こんなの偶然だろ! だいたいまだ信用出来ないって言ってたのはローウェンじゃねぇか!」
「なっ! それは言わないお約束でしょっ!」
「あんた達、まだルルシアを疑ってたの? 呆れるわ。私は違うからねルルシア」
ディアナは何となく分かってたからいい
「僕も信用してない訳じゃないよ! ただアリア殿から預かっているからで……」
ランドールについてもその真意は何となく分かる。逆に後だしされて面倒になるタイプだけど
「それによっ、まだ解決してねぇだろ!」
「いい加減にしなさいよ、何も分からない中で糸口が見つかったのよ」
「アンタは喧嘩出来ない相手を認めたくないだけでしょう? ガキなんだから」
「うるせぇな! 腹割って話せない奴なんか認めねぇからな!」
熱血な戦士によくあるタイプか……面倒だな。
私は別に腹なんて割らなくていいし、勝手にしてくれればいいけど
「……それなら、ルルシアと決闘すればいいよぉ」
するりと割って入ってきたハインツに、私は身を引きながらも距離を取る。
ディアナやランドールが私の前に立ち、守ってくれてた。
ハインツはそんな事はお構い無しにニヤニヤしながらガルムに向かって話を続けた。
「ルルシアは攻撃魔術は出来ない……らしいけど、それ以外は凄いんだよねぇ。魔力のない相手でも負けた事ないんだぁ」
それを聞いたガルムはニヤリと不敵に笑い
「それなら手加減なくやり合えるな」
やる気出しちゃったよ。面倒だな。
ハインツは煽っているのも、明らかにこいつは面白がってるだけだろう。
「私はやりません。怪我したくないので」
「なんだ? 皆の前で負けるのが怖いか?」
「はい、怖いです。だから決闘なんてしません」
潔く引いたつもりが、ガルムが更に怒りを露にしていた。
「ふざけんなよっ! 護衛だとか言う前にてめぇの実力見せやがれ!」
ああ、面倒なこと。
すると、前にいたディアナやランドールが横にずれて私を前に出した。え?なんで?
「少しだけ相手してあげて、少しはマシになるかもしれないし」
「いざという時は割って入るから、安心せてくれ」
あぁ、止めてはくれないのね……
ローウェンのほうも見てみたが止める様子はないし、ハインツは「私が立会うよぉ」と審判をかって出ている。
うーん、どうしたものか……
でも相手しないとしつこいだろうな、こういうタイプは。
「ハァ……ルールはどうしますか?」
渋々受け入れ、ガルムに問えば
「そうだな、先に地面に倒れたほうが負けでどうだ?」
その提案に、ハインツは少しがっかりした様子で「騎手らしい勝敗ですねぇ」と言った。
「いいでしょう。地面に倒れたらいいんですね」
確認すれば、ガルムが疑うように
「自ら倒れるんじゃねぇぞ」
と凄められたが、それこそ怒りをかうのが目に見えているからしないけど。
背負っていた大剣を鞘から抜いて構えると、周りにいた人間は離れて観戦し始めた。
意気揚々と高らかにハインツが「始めっ!」と声を上げた。
ガルムは身構えているが警戒しているようで動き出さない。
そのおかげで、私は心の中で詠唱して術式を完成させた。
「動かないつもりか? じゃあこっちからっ……っ!?」
ガルムが足を踏みしめた瞬間、ぐにゃりと地面がぬかるみ、足をとられたがもう遅い。
両足は動けば動くほど地面の土の中へと砂が沈むように下がっていく。
「なっ、くそっ! 詠唱もなしに卑怯だぞ!」
足の動きを止めたようで、膝まで埋まった状態で喚いていた。
今更だが、普通は声に出して詠唱して術式を展開するんだったな。
「何が卑怯でしょうか? 私はずっとこのやり方なのはご存知のはずですが?」
当然だと言い張ってみたが、ガルムは納得しないようにまだ喚いていた。
私はふと、昨日の事を思い出し、ガルムの近くまで歩く。
大剣一つ分離れた場所でガルムを見下ろす。
「私は頭が悪いので、出来る限りのことをしているだけですよ」
悔しげなガルムと、遠巻きにいたローウェンが「ぶふっ」と笑っていた。
昨日の話、聞いてたんだな。
大剣を振るにしても抜かるんで上手く力が入らないようで、足を抜こうと片手を地面に触れれば片手すら埋まってしまう。
先ほどより少しの振動で埋まるようになる。それは自らでなくても近くに居る者が動かしても成り立つ術式で……
私は片足をタンタンとリズムを取るように踏む。
それによりガルムが動かなくても沈んでいった。
「おいっ、やめろっ!」
「降参しますか?」
「こんなの闘いじゃねぇ! 無効だ!」
この人は何を言ってるのだろう?
呆れながら見下ろし、足を何度も踏んで振動を与えた。
何か言っていたが、私はガルムが胸の辺りまで埋まったところで振動を止めた。
すると憐れみの目をしたハインツがやってきてガルムを見下ろしてから三人に向かって
「ハイ、じゃあルルシアの勝ちって事でいいよねぇ?」
その言葉に、三人は納得して頷いていた。
「くそっ、こんなのっ……」
「君、あまり魔術師と戦闘経験がないでしょ。ルルシアはまだ優しいほうだよぉ?」
ハインツはしゃがんで埋まるガルムに語りかける。
「あのねぇ、もう少し謙虚になったほうがいいんじゃないかなぁ? 魔力が見えないにしてもルルシアは優秀な魔術師だって誰でも知ってる事だから侮っていい相手じゃないしのは分かるでしょ、本当に強い人間は闘う前に終わらせる……そうだよね、ルルシアぁ~」
急にこちらを向いて話を振られて、私はハインツを睨みながら
「何の事だか」
「忘れたのかなぁ、私と初めて闘った時に言っていたじゃないかぁ。あの時も埋められたなぁ」
「あの時と同じ条件だからね。だいたいは埋めれば早いもの」
「おや、その割りには優しくなりましたねぇ。私の時は口元まで埋まってから止めましたよねぇ」
昔負けた事を自ら話す神経が分からない。
とりあえず私もガルムに向かって
「別の闘い方がいいのなら要望に添いますよ」
聞いてみたが、ガルムは「いや、いい……」と諦めたようだ。
ハインツの言葉が何かしら刺さったのか、随分と大人しくなった。
私は術式を変えてから土をせり上げてガルムを引き出した。砂のような地面は次第に元の土に戻っていく。
「おや、ルルシアは彼に優し過ぎませんかぁ? 妬けてしまうなぁ」
「……そんな事より、情報が欲しいわ」
「情報ぉ? ルルシアは知らない事はない魔女じゃないかぁ」
「今の情勢を知りたいわ。私が離れていた三年で何があったの?」
さっきから現国王陛下やら次期国王やら……三年前まで大した動きはなかった。
現国王に関しても優柔不断さはあったが家臣には恵まれていたはずだ。
今になって他国を攻める準備とか……我が国ですら魔力所有者が減退の一歩を辿っているというのに、一体何を考えているんだか理解出来ない。
「……そうだねぇ、せっかくだからティータイムでも挟みましょうかぁ」
嬉しそうにハインツは準備をしに屋敷に戻っていく。
「……ルルシア、申し訳ないがここでサルバドール殿を診ててくれないかな?」
ランドールが申し訳なさそうに話す。
どうやら要塞都市の中の様子が気になるようで、見に行きたいのだとか。
「ローウェンも残ってくれ、結界のこともあるから」
「いいわよ。私もあの男とルルシアちゃんを二人きりにはしたくないもの」
そうして、ランドールとディアナ、ガルムが向かっていく。
途中、ガルムが何か言いたそうにしていたが、結局ディアナに言われて何も言わずに去っていく。
「全く、いつまでたってもガキなんだからっ!」
ローウェンと二人になったが、それはそれで気まずい。
黙っている私に対し、ローウェンは気にせずいつものように私を抱えた。
「あ、あのっ」
「少しでも仲良しアピールしとかないと、あのハインツってヤツにね」
「いえ、無理にアピールしなくても」
「さっきの話で警戒してるの? 気にしないでよ、ワタシが警戒してるのはアナタの底知れない魔力であってアナタ自身は何とも思ってないから」
……何とも思ったない。そうか、なるほど。
「……私もローウェン様の“聖なる力”は気になります。よく分からないので」
「ふふ……ワタシたちって似た者同士かもね」
嬉しそうに笑うローウェンに、私も思わず頬が緩む。
互いに警戒しているけど、今はそれでいいと言ってくれているようだ。
ガルムのように、すぐに結果を出したい訳じゃないのは有難いと思った。
抱えられながら、ふと気になってローウェンに聞いた。
「先ほど結界の話が出ていましたが、ここに張っているのですか?」
「えぇそうよ。アナタには見えないけど屋敷や庭も含めてしっかり懸けてるわ。」
空を見上げたら、先ほど見えてた薄い張りは見えなくなっていた。
不思議だな……と見上げていたら、横から笑われ
「見えないわよ。いくらアナタでも“魔力”がある時点で無理な話でしょう?」
「……そうでしたね」
魔力を持つ者、聖なる力を持つ者ははっきりと分断される。
相容れない力だからこそ、それぞれの力が使えるというもの……らしい。
確かに両方持つ者に会った事はない。
ただ魔力とは違い、聖なる力は遺伝するらしい。
だから教会は聖職者であっても結婚を薦めていた。
昔は聖職者の結婚は禁じられていたが、100年程前から推奨するようになったとか。
「ローウェン様はご結婚を急かされたりしていませんか?」
「あら、私のお嫁さんになってくれるの?」
「いえ、教会の方なら魔力が全くない人と一緒になると聞いた事がありますので、私は眼中にないかと」
「それはただの噂よ。魔力あるなし関係なく早く結婚するようには急かされているけれど」
「誰でもではないのでは? 貴族の方を薦められてますよね?」
「……あぁ、昔はそれも言われてた事はあるわね。でも今は諦められてるし」
その話し方では同性の方を好いているように見えるからか……実際はどうか知らないけど、年齢的にまだ20過ぎた位の歳なら諦めるのは早い気もするが
「私も早く諦めて欲しいです」
「あらま、まだ16でしょう? これからじゃないの」
「いえ、家にとっての結婚を諦めて欲しいという事です」
「なるほどね。その気持ちは分かるわね」
「……やはり、縁談をルルシアが断っているわけじゃないんだねぇ」
横から急に現れてびっくりしたが、ローウェンは驚く様子はなく、呆れた顔で
「脅かさないでよ。ルルシアちゃんがびっくりしてるでしょう」
ローウェンは気付いていたらしい。
私はどうもハインツの気配を逃しがちになる。警戒しているつもりでもやはり級友との再開に気が緩んでいるのかもしれない。
ハインツはローウェンを無視して私に顔を近付けてくる。
身体を引いてはいるが、更に近付いてじっと見つめる。
「……シュトレ家からは“身体の成長が遅れている”と言って先延ばしにされててねぇ、私だけじゃなく他の家も同じ。てっきりルルシアが断っているからだと思ったけどねぇ」
「……ハインツの縁談については私自ら断ってるわよ」
「私だけですかぁ! 特別という事ですねぇ~」
「アナタちょっと気持ち悪いわね」
ローウェンも身体を後退り距離を取る。
「ルルシアの言葉を全て聞いていたら私の想いなど伝わらないではありませんかぁ」
「その考えなら確かにルルシアちゃんと距離が近いのも頷けるけど、逆に遠退いているようにも感じるわ」
「今はこれでいいのですよ……今はねぇ。さぁティータイムを始めましょう」
そうして庭にあるテーブルと椅子に腰掛けると、給仕をする従者がカップにお茶を注いで1人1人に出されていく。
「……そのまま聞くのぉ?」
「えぇ、このままよ!」
ローウェンは高らかに言う。
今私はローウェンの膝の上に乗せられたまま、手前に置かれたカップを手にとって一口飲む。
私は早くから諦めて受け入れていた。
どうせ座らざるを得ないなら、始めから諦めて大人しく従っていよう。
「ルルシアがいいならいいけどぉ……で、何が聞きたいのぉ?」
「現国王陛下の動きを知りたいわ」
「いきなり突っ込むねぇ、でもいくら私でも陛下の考えは分からないよ。相変わらず魔術師相手にビクビクしてるから」
ああ、そういえばそういう人だっけ。
昔から魔力量が平均位だからと自分より高い可能性がある人間に怯えていた。
陛下は魔力感知において優秀だったとか言われていたが、常に力量ばかり見ていて忙しない人だなとも思っていたっけ。
「動きねぇ……陛下がっていうより、大臣が1人新しく入ったねぇ」
「トピアス・サロネン。サロネン侯爵家の次男ね」
ローウェンも知っていたのか、更に補足する。
「彼は“聖なる力”の持ち主らしいけど、教会で会ったことは一度もないし、力を使ったところも見たことない……誰が判定したのか分からないけど、教会にはその一人として記載があるわ」
それって教会もいい加減過ぎないかと思ったが、よそ様の事は深く突っ込まないほうがいいか。
「新しく大臣が入った話はあったけど表舞台には出てない人でねぇ、教会のほうが余程知ってるのかと思ったけどぉ」
「私はあまり親の動きに興味ないのよ。繋がってたとしても私は何も聞いてないし、知らないわよ」
「……そういう事で、皆知らないんだ。だから良くも悪くも色んな噂が出ているんだぁ」
「例えば?」
「そうだなぁ“影で陛下を動かしている”とかぁ」
「実際に私も王都に来て色々聞いた事あるけど、その声が一番多いわね。彼が入ってから政策が少しずつ変わってきてて、急に徴兵制度を取り入れようと陛下が動いているのが起因でしょうね」
「私の属する魔術師団でも魔力のある者を集めるように言われてねぇ、強制ではないけど……いずれはどうかなぁ」
「騎士や兵士もそうよ。グラジア侯爵領だけでなく、その動きは王公派の貴族の領地にもお触れが出ているみたい」
国全体に兵を集めて戦争でもする気なのか。
反対する者もいれば内戦の可能性も出てくる。
「……何を急いでいるのかしら」
ぽつりと言った私に、二人は顔を見合せてから
「任期の間に功績を作りたい……って話じゃないのぉ? 一応今56歳だしぃ、動くなら今って思っても不思議じゃないよぉ」
「どの王も歴史に偉業を遺したいものでしょう。今のところ現国王は良くも悪くも何もしてないもの」
「次期国王が優秀だからねぇ。既に統治者として平民からも認められてるしぃ」
「貴族じゃなくて平民?」
「そうさぁ、平民の暮らしを良くしようと他国の政策を模して議会に訴えているよぉ」
「大半の貴族は自分たちに旨みがないからって流してるけど、一部の貴族からは支持を受けているわね」
議会に平民は居ないものね。
平等じゃないけど、貴族との垣根を浅くすればするほど別の争いも生まれる。
他国のように革命が起きてしまえば内乱は長く続いてそれこそ他国にとっては格好の的だ。
「偉業なのか嫉妬なのか……私にはよく分からないけど、国王陛下は更に優柔不断になっていると」
するとハインツはため息をついてから私に指をさした。
「あのねぇ、こうなったのも君が王都から居なくなって行方を眩ましてからなんだよぉ……それこそシュトレ伯が国王陛下に報告した時は嬉しそうだったって上司が言ってたよぉ」
「……それだけなら、私のせいではないのでは?」
「ルルシアさえいれば陛下だけでなく他の貴族にも圧をかけられるしぃ、未だに魔力中心の考えは根付いたままだもんねぇ。師団長も居なくなって嘆いていたよぉ……魔術師団の広告塔として担ぎ出したかったのかなぁ」
「嫌ね、結局みんな力で押さえ付けようとしてるなんて」
「分からなくもないけどなぁ。ただ動き出したのもその時位からだねぇ……そういえばルルシアは何処にいたのぉ?」
「そんな事はどうでもいいの。私のせいかどうかもこの際聞き流すから、そもそもの問題は何で他国制圧を急いでいるのかよ」
「王の吟じだけじゃ納得しないのぉ?」
「……あの王が一人で躍起になるのはあり得ない。それこそ功績よりも今の自分の立ち位置を維持出来ればそれでいいはず」
「だから次期国王の事を懸念してるとかじゃないの?」
「いいえ、それも考えられません。あの王は早く引退して引き継ぎたがっていた……」
二人は驚いて私を凝視していたが、私は続けて
「私は卒業後に会ってるのよ。しかも二人きりで周りに聞こえないように話したこともあるの。詳しくは話せないけど、次期国王である息子のことや自身のことをペラペラと軽率に話していたのよ。そこに偽りの魔力はなかった」
始めはビクビクしてたけど、次第に慣れてきたのか色々話していたっけ。
王でありながら弱気で、何かあれば頼りたいなどとも言っていた。
こんなに下手で大丈夫なのか心配になったくらいだけど。
「親しいんだねぇ。やっぱり幼い容姿のせいかなぁ?」
「ルルシアちゃんって魔力関係なく庇護欲そそる見た目だものね」
「それはともかく……もしあの時以降から変わったのであれば、やっぱり誰かに言われて煽てられた可能性が高いはず。だけどぽっと出の人間を信用するとは思えない」
あの人は用心深い。よく人を見ているからか人の善意や悪意などに気付くのも早い。
私には無い才能だけど、王の立場なら必要な能力だろう。
「つまりぃ、サロネンは囮要員?」
「全て擦り付けて、別の長く居座る大臣が王を動かしているという事?」
「現国王陛下は式典以外はあまり出て来ないのは人が集まるパーティーなんて怖くて出て行けないから。もしかしたら最近の噂の事も知らないでしょうね。知らないように王の回りを誰かぎ囲っているのかもしれないけど」
「じゃあ誰が焚き付けたの……?」
すっかり冷めてしまったお茶を一口飲み、久しぶりの紅茶だなぁなんて考えながら
「……それを聞きたくてハインツに問い質しているのだけど?」
「え、私ぃっ!? 知らないよぉ!?」
慌てるハインツに、私はふと昔の事を思い出した。
「……そういえば、ハインツのお兄様は薬学に詳しかったわね。今も薬学研究会に属しているの?」
「兄さん? そうだけどぉ……急に何?」
「薬草の一つになかなか栽培が難しいものがあったわよね。上手くいってるの?」
「あぁ……リリフ草の事? あれはまだ上手くはいってないみたいだよぉ、やっぱり我が国では難しいねぇ」
「そうなのね」
まだまだ輸入に頼ることになるのか、と思いつつハインツを見るが、ハインツは従者にお茶を入れ替えるように指示していた。
「魔術師といえば、私の学院の先輩にアナベル・ミューレンという方がいたのだけれど、彼女は在籍しているかしら?」
「ミューレン……子爵家だねぇ。師団に在籍はしてないよ。学院卒業生なら魔術師の登録はしているだろうけど」
「彼女は学院時代から私に優しい方だったわ。魔術も魅力的なものだった。もし協力を願うなら彼女に声をかけたいものね」
「それって私に連れてこいって言ってるぅ?」
「違うわよ。魔術師団にとって有益な存在だと宣伝しているの。彼女の考え方はとても為になるわよ」
ハインツは「ふーん」とあまり興味無さそうに煎れたてのお茶を飲んでいた。
それから一息ついて、ハインツは身を乗り出して
「ルルシアはいつ来るのぉ? 早く王都においでよぉ、皆大歓迎だよぉ」
「現国王様が一番望んでいないのに」
「ルルシアが居れば全ての物事が万事解決するよぉ」
「適当な事言わないで。それに私は私で忙しいの」
まぁ、この旅がいつ終わるのかも分からないからね。
「国の問題でしょう? そういうのは役職についてる人たちが動くものよ」
「あー、今思いっきり切り捨てたねぇ! 自国民の誇りはないのぉ!」
「無いわよ。私は登録もしていない魔女よ、国に認められた魔術師とは違うわ」
しつこいハインツの話は無視して、私は空を見上げて違和感を感じてローウェンの膝から飛び降りた。
「どうしたの?」
「……魔術による防壁もなされてますね」
聖なる力で作られたものが張られたままなら、二重に強化している。
ハインツのほうを見たが、顔を横に振ってニヤニヤと笑う。
「グラジア侯爵の魔力ですねぇ。随分と強力なものをおかけになったものだぁ」
「知ってたの?」
「足止めは任されましたが、これに関しては聞いていませんねぇ」
やられたなぁ……と口元では笑い続けるハインツの目は苛立ちを露にしていた。
「ローウェン様はご存知でしたか?」
口をつぐんで顔を横に振り、知らないと言い張る。
ローウェンは何か知っているようだ。
私は再び見上げて、屋敷のほうを向いて声を張り上げる。
「なぁにコレ、随分と粗末な防壁だことっ、これなら簡単に壊せるわねっ!」
近くで聞いていた二人がぎょっとしていた。
私はじっと待てば、地面の奥底から魔力の気配を感じて、空いている椅子に飛び乗り、全体的に満ちている魔力の気配を読み取る。
「ローウェン様とハインツはそのままで大丈夫ですよ。狙いは私だけですから」
何かが地面から這い上がってくる。
先ほどグラジア侯爵に触れて感じていたものと同じものだ。
じっと待てば、ぼこぼこと土がせり上がる。
始めに出てきたのは手の形をした土だった。
近くで息を飲む音が聞こえたが、出てきた手から地面を掴み、埋まっていた“人形の何か”が次第にその姿を現した。
身体が全て出るが立ち上がろうとしているが上手く保てず、結局座り込んでしまう。
肩で息をしながら見上げた姿は人間の女性の形をした土だと分かる。
その土で型どられた女性は長い髪を掻き上げて私を捉えるが、目が合った瞬間に酷く怯えながらガタガタ震え始めた。
『……な、なんで……なんで……こんなバケモノが存在してるのよ……』
バケモノか、久々に言われたな。
見た目だけなら貴方のほうがヤバいけどね。
彼女の見ているのは私の身体ではない。
魔力のみに焦点を合わせてしか見えていないからだろう。
見た目は人形をしていても肌や目等を見れば人間のそれではないのは分かる。
土人形……変わり身の術式か。
土人形の彼女は更にわめき散らしながら頭を抱えながら叫ぶ。
『聞いてない! 聞いてない! 聞いてない! 私が……こんなのの相手しなきゃいけないなんて聞いてないっ!』
「では、止めましょう。お互いに益がない闘いなんて無駄でしかありませんよ」
土人形は小石で出来た目を私を睨み付けて怒りを露にした。
『うるさいっ! 黙れ黙れ黙れっ!』
話は出来そうにないか……操り人形だけど、胸の辺りに魔力の核がある。
目視して流れを読み取っている間も、土人形は独りでに独白していく。
『なんでなんでなんでよっ! こんなのどうすればいいのっ!? エルザめ、騙したわねっ!』
エルザ。先ほどのグラジア侯爵の口から出ていた女性と同じ名前ね。
やはり感じていた魔力はこちらの女性の物だったか。
『男に溺れて、嫉妬に狂っただけで私が呼ばれる事も腹立たしいのに……面倒な男を好きになったものだね、エルザも……巻き込まれるアンタもさぁ!』
来る。いや既に来ている。
土から生えた苗木が延び続けて私の乗る椅子の脚に巻き付いてきたが、私に触れる直前に動きを止めた。
『アンタたちっ! 怯まず動きなっ!』
土人形は慌てて怒鳴り、地面の下に向かって叫ぶ。
だが蔓のように伸びる枝は成長するように動くのに、私には一切触れてこない。
可哀想に、と心の中で術式を唱えながら苗木を労れば、苗木は更に伸び続ける枝を曲げて自ら土に還っていく。
『這い上がれっこの出来損ないっ! 私の言う事が聞けないのっ?』
枝が全て土に還り、ただの土の地面に戻ると、土人形は私を再び小石の目で睨み付けた。
『アンタっ、何かしたわねっ? この盗っ人がっ! 返せ返せ返せっ!』
「……貴方の魔力が私より上回れば、再びあの子たちは貴方の元に戻りますよ」
『やっぱり私から奪ったんだねっ! なんて汚いやつなのっ!』
「元々貴方のものじゃないでしょう。随分と酷使していたのですね? あの子たち既にぼろぼろでしたよ」
可哀想に。と付け加えると、土人形はニヒルに笑っていた。
『ハッ、なに魔女が聖女にでもなったつもり? 使役した扱いなんてそんなものよ。死ぬまでこき使うのは当たり前のことだわ』
「貴方も同じですね。誰に使役しているのですか? 貴方も大分ぼろぼろになっていますよ」
土人形の彼女もまた、そう長くないのは気配で分かる。
しかし自分の事が分からないらしく、それを聞こうとしない。
『何、今度ははったり? 私がぼろぼろなんて適当な事言って……アンタそんなに強くないわね?』
話をしていても聞いていない。
やはり対話も無理だったか。
「このまま還るのなら何もしませんよ」
『本当は弱いからって逃げるつもり? やり方次第ではアンタに勝てそうだわ』
止める意思はないのね。
じゃあ仕方ない。可哀想だけど彼女はもう自我を忘れて動いているようだし、これ以上続けたら彼の身が持たないだろう。
土人形の魔力の中はエルザのものだが、混じりあって見辛いがグラジア侯爵の魔力も入っている。
グラジア侯爵の意思とは関係なく使われているから、魔力を消費するような事は避けるべきだろう。
気配を感じとれば土人形の彼女、エルザ、グラジア侯爵という三つの力が混じって複雑になっている。
色々方法はあるけど、何が一番適切かを考えている間に、土人形はふらっと立ち上がり、土で出来た口から詠唱を唱えた。
せり上がりる土は砂のような質に変わり、波を起こして私の方まで来る。
しかし先ほどのように、波は私の足元で壁を作るようにピタリと停止する。
『このっ、動けっ! 動くんだよっ!』
「元の姿にお戻り」
砂は私に従って静かに壁を崩して地面へと戻り、再び同じ土へと戻っていく。
『このっ、なんて汚いやつなの! 自分から動かないなんて卑怯者のすることだよ!』
本日二度目の“卑怯”扱い。
今、闘いの最中にとやかく言われるのは違うと思うけど。
「土に還れ」
一言呟くと、土人形は口を開く前にボタボタと土が崩れ落ち、跡形もなく、何もなかったような地面へと戻る。
私は椅子から降りて、土人形の崩れた場所を軽く手で叩けば、そこには赤いルビーの宝石があった。
それを拾って確かめれば、やはり核になっていたものらしく、二人の魔力が入っていた。
「……終わったの?」
後ろからローウェンに声をかけられて振り返ると、そこには居るはずのハインツがいない。
「一旦は終わりました。ハインツはどこに行きました?」
「彼なら屋敷に戻ったわ。グラジア侯爵に問い質しているんじゃないかしら」
あの時、苛立っていた様子だけど大丈夫かな?
彼の存じ知らぬ場所で勝手に動いたのだ。
「それにしても見事なものね。あれを一瞬でなんて」
「アンデッドよりはマシですよ。私たち魔女にとって霊的なものは魔力のみでは太刀打ちできませんからね」
「あれは特殊よ。だけどなかなか居ないわよ? 私も過去に討伐依頼されたのも一度だけだもの」
「戦争が始まれば、それこそ増えますよ……終戦後は聖職者の天下でしょうね」
一瞬だがローウェンの表情に陰りが差した。すぐに元に戻ったが……
わざと煽ったのは私だけど、今の言葉を誤ったな。
「そういえばこの防壁をこのままにしていたら、ディアナ様やランドール様が入って来れませんね」
「えっ? 何それ、どういう事?」
すぐに防壁の話題に戻せば、ローウェンは本当に分からない様子で聞いてくる。
「魔力の持つ者は入れません。その為の防壁ですから、バリアのような防御とは物が違うのです」
「じゃあ、ここから出られないの?」
「ローウェン様は出られますから大丈夫ですよ」
「ワタシじゃなくてルルシアちゃんの話よ!」
「私ですか? 別に出なくても……ランドール様にはここでグラジア侯爵様を診るよう言われていますし」
大きなため息と共に頭を抱えるローウェンに、私は何を心配しているのか分からなかった。
「そのサルバドール様が余計な事をしたんでしょ? 敵か味方か分からないのに、ルルシアちゃんはまだ治そうとしてるワケ?」
「……本当にグラジア侯爵様がやったか分かりませんから」
「だってハインツは言っていたじゃないの、サルバドール様の魔力だって……」
「ハインツや近くの者が知っているのはグラジア侯爵様とエルザ様の混じり合った魔力しか見たことないはず……ああ、でも国王陛下ならその辺り得意なので分かっているかもしれませんが」
相当昔で、しかも微量に馴染んでいるのなら、周りの人はそれが当たり前になって気付かない。
初めて会う人でも、相当感知する力が優れていないと分からないだろう。
私でもグラジア侯爵が呪いや病とかの話と、身体に触れた痺れで分かったが、ただ単に会っただけなら気付けなかっただろう。
どちらにしても、怒っていたハインツも気がかりだ。何かやらかしてないといいけど……
バンッ! と、急に上から叩く音がして二階の角部屋の窓のほうに目を向けた。
一見して何ともないが、中ではハインツの魔力とグラジア侯爵もといエルザの魔力が満ちていた。
「今の音、何?」
ローウェン様にも物音は聞こえたようで、同じように見上げていた。
「様子を見に行って来ますね」
「わ、ワタシもっ……」
「いえ、二手に別れていたほうがいいですから、ランドール様たちの事もあるのでローウェン様はこちらでお待ちください」
そう告げてから、私は急がずゆっくり歩きながら魔力が満ちている部屋へと向かった。