アリアの課題
既に外は夕暮れになり、客間に幾つもあるろうそくを灯して四人を招き入れた。
お茶と、少し摘まめる焼き菓子や果物を出して待ってもらう。
客間の暖炉の近くにある椅子に座り、糊付けされた封筒の中身を見れば、一枚だけ折り畳まれた手紙があり、それを開いてみればただ一行だけ……
“手紙を届けた四人の護衛をしな”
と、アリアの字で書かれたものだと分かる癖のある書き方をしていた。
アリアが課題を出す時はいつもこんな感じだ。簡潔過ぎて分かりにくい。
改めて四人の方をチラリとみれば、四人の視線は私の方を見ているのに気付く。
ため息を一つついて椅子から離れて四人のいるテーブルに行けば、ランドールが先に口を開く。
「……何と書かれていたか聞いてもいいかな?」
そう言われて私はランドールに手紙を渡し、再び暖炉の椅子に座り直した。
しばらくして、ランドールとディアナの気配が近付いた気がして振り返れば、既に四人が私の少し後ろに立ち尽くして私を見下ろしていた。
「……断ってくれて構わない、無理強いはしたくないんだ。ただ折角なら一緒に旅をしてみないか?」
「一応ね、今までだって私たちも旅してきて、盗賊相手でも対処してきたのよ。私も少しは魔術使えるし」
「護衛だって俺の剣だけでも十分だぜ。ただ細かい事は苦手だしよ、そういう諸々の手伝ってくれるやつは欲しいとは思ってる」
ランドール、ディアナ、ガルムの声を聞いても、私はどうしたものかな……と悩んでいた。
するとずっと黙っていたローウェンが動き出し、私の向かいに膝をついて目線を合わせる。
改めて彼の朱色の瞳を見ると居心地が悪くて視線を下げてじっとしてしまう。
「……ルルシアちゃん、一緒に行きましょう。私が貴方を守るから」
その言葉に、思わず目を見開いてローウェンを見つめた。ローウェンは幼子を見るような優しい笑みを私に向けている。
アリアから言われた“護衛”の事を知らないのかと驚きつつ、私は躊躇っていると、微弱だが足元から揺れを感じた。
「な、なんだっ!?」
「え、なに、地震っ!?」
「早く外に出るぞ!」
「ほら、ルルシアちゃんもっ!」
「え? あの……?」
私はローウェンの小脇に抱えられ、皆は荷物を持って慌てて外に出た。
私も荷物のように運ばれて家の外に出され、全員が外に出たと同時に魔女の家が激しく揺れたと思ってみてたら次の瞬間、
空の彼方からやってきた家よりも大きな岩……というか隕石が家を目掛けて落ちる。
「……あのババァ、マジないわ……」
ディアナの呆れた声がぽつりと響く。
潰れた家は跡形もなくなり、大きな岩だけが残る景色に私たちは呆然とするしかなかった。
こうして、私の旅は始まった……なんて、そう簡単な話ではない。
荷物一つも持たせず放り出された状態に、私の頭は追い付かなかった。
「……とりあえず、近くの町で宿をとりましょう」
ローウェンの一言で四人は町に向かうのかと他人事のように聞いていると、小脇に抱えられたままの私はそのままローウェン運ばれた。
「あ、あのっ、下ろしてくださ……」
「何言ってるのよ、アンタ今下ろしたら逃げるでしょう? 今日は私たちと泊まるのよ」
「に、逃げっ……あ、いえ、逃げる家ももう無いので、私は野宿でも……」
「野宿なんて私が許さないわよ! いくら旅とはいえ初日からなんてっ!」
「いえっ、別に野宿はしたことありますしっ……泊まるお金もありませんし……」
「あら、うちには王子様がいるのよ? 存分にたかりなさいな」
「たかるって……まぁ、町の宿代なら大した額じゃないから、ルルシアは気にしなくてもいいよ」
「そうだぜ、ランドールが全部出してくれっからな。ほら行くぞ」
ローウェンとディアナ、ランドールとガルムの言葉に流されて、結局近くの町に行くことになった。
町に着いてすぐにランドール自ら町一番の良い宿を手配していた。
私はローウェンに抱えられたまま何も出来ずにそれを見てる事しか出来なかった。
流石に受付のお姉さんが私の姿を心配そうに見ていたが、ディアナが何やらカードを出してそれを見せるとお姉さんは慌てた様子で対応し、私の事など見向きもせずにディアナたちにペコペコしていた。
二人部屋と三人部屋を案内され、ひとまず四人と私は三人部屋のほうに集まる。
「ルルシアちゃんはここに座ってね」
抱えられたのが解放されたかと思ったら、ローウェンはベッドに座り、そのローウェンの膝に乗せられた。
気分の良さそうなローウェンに対して面倒になり、私はされるがままに大人しく黙っていた。
「あんたさ、セクハラとかなんとか騒いでた本人が一番ヤバくない?」
見かねたディアナが呆れながら指摘する。
そういえばディアナは去年よりも言葉が荒くなっている気がする。まぁ……それはガルムにも言えるけど。
「いいのよワタシは。万物を愛する聖職者だもの」
「思いっきり贔屓してるよな」
「弱虫泣き虫王子様、むさ苦しい護衛騎士、じゃじゃ馬格闘家令嬢……ここに来てようやく妖精のような可愛い魔法使いよ! 絶対にルルシアちゃんはワタシのものだから、いくらランドールでも渡さないからね!」
「誰がじゃじゃ馬格闘家よっ! 変態オカマ聖者に言われたくないわよ!」
「待ってくれっ、僕はそんな目で見たことないからね! 妹的なあれなんだって!」
「むさ苦しいって、騎士はだいたいそうだろ? 汗一つかかない騎士なんて騎士じゃねぇよ……つーか、今一番むさいのはてめぇだろうが」
「むさい訳ないでしょ! ワタシはいつも清潔を心掛けているんだから」
「ガルムが言ってるのはそういうむさいじゃないわよ。ルルシア、私の隣に来なさい」
ディアナの申し出に腰を浮かそうとしたらすぐにローウェンが逃げれないように腕を身体に巻き付けてきた。
「ルルシアちゃん、あんな怪力女の近くに行ってはダメよ? 握り潰されちゃうわよ」
「なんですって!? 抱き潰しかねないのはあんたでしょうが!」
「あーもう、話が進まねぇな」
「二人とも落ち着いて、ルルシアが困っているだろう」
ランドールが間に入って諌め、とりあえず二人はにらみ合いながらも口を紡いだ。
私はローウェンの膝の上でぬいぐるみのように大人しく収まるしかなく、そのまま黙って話を聞いた。
「ごめんね。急な事になって混乱してると思うけど、僕らの話をしてもいいかな?」
私が縦に頷くと、ランドールが私の向かいのベッドに腰掛け、優しく笑みを浮かべてながら話始めた。
「今回、君の師匠であるアリア殿が王の城に着いた時から予めルルシアを旅に同行させろという話は出ていたんだ」
それについては私も何となく予想はついていた。
アリアは私を外に出したがっている節はあったし、この一年は特に薬草採取などで遠出に行かないといけない課題もいくつもあったし、再び四人が来たら同行しろと遠回しに言われたこともあったから。
「僕としても魔術師がいてくれたら助かるよ。もちろんディアナも魔術で身体強化して戦ってくれるし、ガルムは剣の実力で対抗出来るし、回復や結界に関してはローウェンが防いでくれるんだ。まぁ僕は三人ほど強くないけど、君一人守れる位の力はあるから」
「何言ってるのよ、ランドールの剣は魔術と合わせて使う魔剣の使い手じゃないの。王族しか現れない力よ、すごいのよ」
自慢げにディアナはランドールの話をしていた。
魔剣……そういえば、小さい頃に王族だけの血筋でしか使えない武器があるのを聞いたことがあった。
王族の魔力を流した剣は刃先が触れなくても切れるとか、何人切っても汚れることも錆びることないとか……民間に出回る本とかではもっと凄い事も書かれていて実際のところは詳しく分からないけど、きっと凄いのだろう。
ただひとつ気になるのは、ランドールは剣を携えていない。それは会った当初から剣を持っていなかった。
だけど今朝は持っていたのはガルム同様に木刀だった。いったいそれもどこから出したのか気にはなっていたけど。
「いや、王族なら誰でも使えるらしいし。それに大した力もない僕が使うからあまり役立てなくて申し訳ないと思ってるんだ」
「あら嫌味かしら、ワタシ相手なら一撃で仕留められるでしょうに」
「いや、ローウェンの展開する防御壁は越えられないよ。それに戦術を組むのも上手なら尚更僕には無理だよ」
「いつも本気で来ないくせに。始めから出来ないって決め付ける癖は直して欲しいものね」
「ランドールは優しすぎるのよ。仲間意識が強いから余計にね」
ローウェンとディアナの言葉に苦笑いをするランドールを見ていると、やはり普通の王族とは違うな、と改めて思った。
私も10歳まで王都にいて式典の際にも参加していたが、王族の席で表立って出ていた中にランドールは居なかった。
側妃の子であれば出ないこともあるが、今の代の陛下は側妃もその子どもも座っていたはずだ。
勝手な予想だけど、側妃になれない地位の出……つまり平民の妾からの子……?
いや流石に私も物語の読み過ぎか……と頭を振った。
そんなふうに考え込んでいると、ランドールが不思議そうに私を見ているのに気付く。
「どうした? 何か気になる事でもあれば聞いてくれて構わないよ」
「いえ……剣をお持ちでないので、気になりまして……」
流石に王族の内情についてとやかく聞くつもりはないし面倒そうだから、とりあえずそちらの疑問を投げかけた。
「ああ、確かに見せた事なかったね」
そう言いながらランドールは背負っていたカバンから二本の短剣を出した。
刃の部分は革で包まれヒモでキツく結ばれていた。
魔剣が短剣なのは驚いたけど、何より戦闘に使うはずの剣を何故カバンの中に仕舞っているのか……持ち手部分もあまり使われていないのか、比較的新しく錆びもない……そういう意味では魔剣らしいのか?
これはフェイク用? いや、ランドール自身から魔力の動きがないようだし、何か企んでいるとは思えないけど。
「……キレイな剣ですね」
試すように問えば、ランドールは苦笑いで短剣のヒモと革袋をとってはさきを見せた。
刃先はよく見る短剣と変わらない……むしろこれが魔剣なのかと疑惑を深めた。
「あまり使った事がないんだ。使う機会がないって言えばいいのかな」
「それは……皆さんが戦ってくれるから、ですか?」
「それもあるけど、戦闘自体あまり無いんだよ。野党や盗賊は割りと感がいいから逃げ出すから人相手ではあまり使った事がないんだ」
「え? 逃げ出す? 盗賊が?」
「ああ、三人のお陰で事なきを得ているよ。だから戦闘は基本的に森の猛獣相手が大半だね」
三人……確かに、ローウェンの力は分からないが防御や回復が出来るなら戦わずともそれだけで十分だろう。
ディアナの魔力もアリアと同等位はあるし、普通の魔術師なら手を出さないだろう……ましてや自身に身体強化が出来る人間は初めて見たし、それで戦われたら体術では敵わないのは分かる。
ガルムは魔力がなくても見ただけで分かる位に身体も出来ているし、何より動きに無駄がない。やる気がないような口振りで身体はあまり動かしてないのはいざという時の備えなのか。
ランドール自身何かまだあるようだが、本人があまり戦闘を好まないように見える。だが確かにこの三人が居れば彼が安全な位置に居られるのは分かる気がした。
「……アリアの要望を、貴殿は飲んだということですか」
“護衛”などと書いておきながら、守る必要のない旅をしろとは……自らの家を壊すくらいにアリアは相当私を追い出したかったようだ。
「いや、僕はあくまでもルルシア自身を尊重したいと思っている。四人での旅とは言え危険が全くないとは言えないから、正直お勧め出来ないけど」
「では、何故?」
「アリア殿は君を心配しているようだ。このまま一人で誰とも関わらずに生きることを選びそうだと」
それは言い過ぎだ。人と全く関わらない生き方など出来る訳がない。
ただ、必要最低限の関わりだけして過ごせたらとは思っているけれど。
「僕たちも君を見ていると心配なんだ。君は一人で何でもこなせるだろうが……やはり放ってはおけない気がしてね」
見た目が子どもだから余計にそう見えるのか、王子様特有の正義感か、世捨て人のような暮らしを見て不憫に思われてか……あるいは別の企みがあってか。
アリアも追い出すだけでなく何か他にも考えているのかもしれない。
しかし、私は今無一文の宿無しだ。
断っても森の中でしばらく暮らしていけなくはないが、やはり手持ちがないのは心もと無い。
本当は分かっていたけど、家がなくなった時点で私の断る選択はなかったのだ。
「……お役に立てるか分かりませんが、是非同行させて下さい」
軽く頭を下げて伝えれば、ランドールはほっとしたようで胸を撫で下ろしていた。