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行ってらっしゃい

 



 私が目を覚まして辺りを見れば、朝焼けがカーテンの隙間から溢れさしていた。



 早く起きてしまったことを残念に思いながらも、仕方ないとベッドから離れて身支度を済ませて部屋を出た。





 家の裏手には小さな井戸があり、いつもそこから水を汲んでバケツでキッチンまで運ぶ。


 しかし今日は裏手から外に出ると、だだっ広い芝生だけがある場所で二人の人影がくっついたり離れたりしている。


 フードを少しずらして目を凝らせば、人影の二人はランドールとガルムだった。



 互いに剣を構えつつ、交戦……というより手合わせしているようだった。


 ガルムの方は余裕があるのか、うっすら笑みを浮かべながら相手しているのに対し、ランドールはヘトヘトになりながら挑んでいた。




 何だかんだ鍛えているんだと少し感心しつつ、私は気にせず井戸に行って水を汲もうとしたら、急に横から手が伸びてきて驚き、すぐに横にずれて身構えた。



「……何?」



 振り返って見れば、そこには驚いた顔をして両手を軽く上げているローウェンの姿があり、警戒しながら問う。

 

 ローウェンも慌てた様子で口を開く。




「ごめんなさい! 手伝おうと思って……驚かすつもりはなかったのよ」



「……何故、声を先に掛けなかったのですか?」



「気付いているかな~って思って……悪気はなかったのよ、本当よ?」



 弁明しているローウェンを睨みながら、私内心焦っていた。

 彼が言うように、本来なら気付いているはずだった……なのに私は気付けなかった。


 元々私は気配を感じとるのが苦手だ。

 その気配を感じるとれる相手も魔力が少しでもある人間や動物ならすぐに分かるが、それ以外はてんで気付けない。



 ローウェンには魔力が全くない。

 それはガルムもそうだろうが、ガルムならもっと物音一つくらいはたてるから、普通の感覚で分かるはず。


 しかしローウェンはあまり足音を立てない歩き方をする。貴族らしいと言えばらしいのだが……服の布が擦れる音すらさせないのを見ると大分訓練したのだろう。



 それに"聖なる力"……どういう力なのか、正直未知数なことが多いし、どう対応すればいいのか分からない。

 少し見習わないといけないかな、私も。




「おはよう、ルルシアちゃん。お水汲んじゃうわね」



 気にしていないようで、笑みを浮かべながらローウェンはさっさと井戸から水を汲んでバケツに移す。



「お台所に運べばいいかしら?」



 バケツを片手に、私の返事も聞かずにさっさとキッチンの方へと向かっていく。


 彼が離れて、ようやく緊張感がなくなり身体の強ばりが解けた。


 すると後方から魔力の気配と足音を感じて振り替えれば、先ほどまで打ち合っていたランドールとガルムが近いてきた。




「おはよう、昨日はありがとうね」



 ランドールが井戸の手前で止まって挨拶してきたので会釈しながら「おはようございます」と伝えた。


 ランドールは困ったように苦笑いして



「そんなに畏まらなくていいって」



 と、言う。

 でもこの人、王族なんだよなと思って私も戸惑っていると、ガルムが隣に来て私ん見下ろしながら



「おはよ、わりぃけど水くんない?」



「あ、はいっ、少々お待ちをっ」



 急いで井戸から水を汲もうとしたら、ガルムがバケツを引くロープを持って自ら汲み、バケツから直接水を飲んでいた。


 男らしい人だな……なんて感心していると、よこからランドールがガルムの頭を後ろから叩いた。



「おいっ、ちゃんとコップ使え! みっともない」



 口うるさいオバサンのようにガルムを叱りつつ、嗜める姿をみて、思わず吹き出してしまった。




「……ふっ、はははっ……」



 声を抑えたつもりだったけど、やはり二人には聞かれていて、改めて見上げた時には照れてるランドールと、への字口でガルムが視線を反らしていた。



「ご、ごめんなさい」



 と慌てて謝れば、ガルムから



「別に気にしてねぇよ。むしろ畏まられるほうが俺らはやりづれぇし」



 と、ぶっきらぼうに言ってから家の方へと歩き出した。



「……うん、そういう事だからさ。自由にしていいんだよ、笑ってもいいしさ」



 ランドールも照れつつも笑いながら、昨日のように頭をぽんぽんと撫でる。


 しかしすぐに慌てて手を離して



「あ、違うからね! 妹的なあれだから!」



 と、言い訳していたので、私はまた笑ってしまう。



「ふふっ……分かってます。妹的なあれですね」



 そう返せば、ランドールは安心してため息をついていた。


 しかしすぐ後に、ガルムから話を聞いたローウェンと身支度を済ませたディアナがやってきてランドールを説教しつつ、連行されていた。









 キッチンでローウェンに彷徨かれながらも朝のスープを作り、スープの盛り付けだけはローウェンが率先してやっていた。




「朝くらいは一緒に食べるのよ!」



 私は再び部屋に戻ろうとしたがディアナに捕まり、私も食堂に連れて行かれた。




「……おはようさん、捕まっちまったようだね」



 食堂に行くと、既にアリアがいつもの窓際の席に座っていた。


 ローウェンがアリアや他の仲間の前にスープ置いていく。


 入り口で立っていた私に、ローウェンは



「ルルシアちゃんの席はどこ?」



 と言われ、私は慌ててローウェンから直接スープの皿を受け取る。


 食堂は無駄に広くテーブルや椅子もたくさん並んでいる。いつもはここでテーブルをくっ付けてアリアと薬を調合したりしているのだ。


 片隅の方の席に行こうとしたら、アリアが「ルルシア、おいで」と、珍しく自分を呼んだ。


 私はアリアの向かいの席にスープを置いて、椅子に座った。



「じゃあ、頂こうかの」



 そう言ってアリアは自らのフードを取り、羽織を脱いで椅子の背もたれにかける。


 別のテーブルに座る四人はそれを合図に手を合わせてから食べ始めた。




「……ルルシア、食事の時だよ」



 と、アリアに嗜められて、渋々自分もフードをとって羽織を背もたれにかける。


 私は父親譲りの珍しい銀の髪と母親と同じ琥珀の瞳、祖母に似たこの容姿を疎ましく思っていた。しかしアリアは私の嫌がる事を望む、だから人前で見せたかったのだろう。




「相変わらず、恐ろしいほど聖女と瓜二つだねぇ、羨ましいねぇ」



 嫌味を聞きながら私は視線を下げて食べることに集中する。



「朝日に輝く銀糸は美しいねぇ、月のような輝きの瞳も麗しいこと。ああ、お前が年相応だったら引く手あまただろうに……勿体無いことさ」



 元の年齢に戻れ……そう言っているのだろう。

 貴族にとっては美しさは重要だ。

 でも私には魔力がある、それも不必要に多大な量が蓄積されている。

 私に必要なのは貴族としての私ではなく、魔術師としての私なのだ。


 そうなると、見た目の良し悪しなど関係ない……むしろ一般的に街や村ではその美しさなどマイナスでしかない。


 アリアはきっと、私が貴族に戻ることを望んでいるのかもしれない。

 あとはただ単純に嫌がらせだ。アリアは自分より美しい女性が嫌いだから。




「そうだ、お前さんも一緒に王の城に行かないかい? きっと良い出逢いがあるよ」



「いきません」



「あぁ残念、一緒に来て私の世話を焼いて欲しかったんだがねぇ」



「……いきません」



「薄情な弟子だねぇ」



「すみません」



 淡々と返事を返し、私は食事を終えるとすぐに羽織り、フードを目深にかぶった。



「ごちそうさまでした」



「見送りくらいしておくれ、手土産も欲しいねぇ」



「……準備します」



 視線を感じ、目を合わせないように足早に食堂を出た。



 自室に戻り、棚から幾つかの薬を下ろしてテーブルに並べる。


 一つ一つ吟味しながらも、先ほどアリアが言った「世話を焼いて欲しかった」という言葉を思い出して胸が傷んだ。



「……王都じゃなければ考えたけど」



 貴族だらけの王都に、魔術師として王の城に……どちらも私の居場所はない。


 アリアの世話も、私以上に出来る人が溢れている都には、やはり私は必要ないだろう。




「ここが良い」



 安全で、安心できる場所は今のところここしかない。


 近くの街で薬を売って生活する……それで十分じゃないか。












 小さなトランクに薬をいっぱいに積め、アリアのいるリビングに行く。


 アリアの座る前のテーブルにトランクを開けて中身を見せる。



「随分とサービスがいいじゃないか。このカバンにも重量の軽減させる魔術をかけたんだろう?」



「はい、以前の課題で出されたように、この軽減の効果は3ヶ月は持続するようにしました」



「王都までは馬車も使うから一週間もかからないがね。まぁ有りがたく使わせてもらうかのぅ」



 トランクの中身を一つ一つ見ながら確認してから閉めると、アリアは向かいに座るよう促された。

 私が座ると、アリアも背を持をもたれて一息ついた。




「いつ戻るか分からないが、恐らく長く家を開けるだろう」



「……お帰りをお待ちしてます」



「待たなくていいよ、お前と私はただの師弟だ」



「親戚でもあります」



「大分遠いがね。薄い繋がりさ」



「寝食を共にした仲です」



「おや、珍しくすがり付いてくるねぇ。寂しいのかい?」



「……はい、と答えれば待っていてもいいですか?」



「ふぅ……私は魔女だ。誰かを縛るのも縛られるのも嫌なんでね。縛られたいなら意中の男でも見つけて手懐ければいいだろう」



「私はまだ子供です。男の人なんて……」



「誤魔化すんじゃないよ、年頃のくせして遊びもしないまま終わる気かい?」



「……では、アリアが見つけて下さい。私に合う方を」



「なんで私がそこまで世話しなくちゃならないんだ。外へ出て自分の足で見つけてきな」



「アリア、私はっ……」

 



 扉をノックする音で話は終わった。

 私もそれ以上言っても無駄な事は分かっていた。もうこれでいい。



 扉の外にはランドールたちが居て、アリアは私の渡したトランクを持って部屋を出た。



 家の外に出ると、アリアは家に魔術をかけていた。

 どういうものを使ったのか分からないけど。



「……さて、折角だから四人の荷物も軽減させておくれ」



 アリアが言うように、私は四人の背負うカバンや手持ちの荷物に一つ一つ魔術をかける。


 それを見たディアナが感心した様子で



「流石、最短主席で魔術学校卒業しただけあるわね。術式も複雑で私は真似できないわ」



「カーッカッカッ、私でもこんなの無理だよ。こんな無茶苦茶な事ができるのは魔力量あっての事だ。ルルシアは異質なんだよ」



 アリアの言葉を気にせず、一人一人にかけていく。



「わぁ、凄いわ! ありがとうルルシアちゃん」



「本当だな、ありがとう! これなら早く先に進めるよ」



「うわ、鎧まで軽くなったぞ、すげぇなお前。ありがとな」



 ローウェン、ランドール、ガルムが口々に礼をする。



「すごいすごい! やっぱりルルシアも一緒に行きましょうよー」



 軽くなった荷物に喜ぶディアナに、私は苦笑いで返事を誤魔化した。








 アリアと四人を見送り、アリアの使い魔のカラスも後を追うように飛んで行く。



 しばらく一人の生活になるのかと寂しく思いつつも、私は家に戻っていつものように薬作りを始めた。














 1ヶ月後、客人が訪れた。





「久しぶりね、ルルシアちゃん!」




 何故かローウェンが笑顔で訪ねてきた。


 その数十分後にディアナ、その数分後にランドールとガルムがやってきた。



 

 家に招き入れて、改めてランドールが一つの手紙を手渡して言った。




「アリア殿からの依頼で来たんだ」





 




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