研磨された翡翠
私はフードを被り直し、広場で石を集めていた。
「石を集めて何するの~?」
何故か私に付きまとってくる。
暇なのかな?
着ている服は町の人と同じような格好なのに、ずっとニヤニヤ笑っていて軽薄そうな雰囲気がある。
仕事してなさそう……というか、夜の仕事かな? パトロン探しとか?
「エドアルドさんは何をしているのですか?」
「エドでいいって~、それに俺はこうやって人を待ってんの」
昨日持っていた紙を広げてヒラヒラ見せてくる。
ん? 昨日の字と違う?
タボルアンじゃない……今日はアシュフィードの言葉で書かれていた。
意味は変わらず『私を助けて』だけど
「誰を待っているのですか?」
「そりゃあ、これが読める人さ~」
「……何て書いてあるんですか?」
「何て書いてあると思う?」
これ、答えたら駄目なやつだな。
ため息をついて、エドアルドから背を向けて改めて石を探しては麻袋に入れていく。
「重くなってきたろ? 持ってやるよ~」
「……ありがとうございます」
ずっと後をついてくるので、もういいかと麻袋を渡した。
「沢山集めてるね~、何に使うの?」
「何に使うと思います?」
「お、仕返しされた~」
ケラケラ笑っていたが、それ以上詮索される事はなかった。
それでもずっと私の後ろを付いて、時おり話しかけられてを繰り返していると、ようやくアリナが広場にやってきた。
「ルルシア様、お待たせしました」
「おかえりなさい」
「いえ、それよりこの方は……?」
アリナは疑いつつも、男の顔の良さに怯んでいた。
エドアルドも人好きする笑みを浮かべて
「はじめまして、俺はエドアルド! エドって呼んでいいよ~」
「は、初めまして……アリナです」
「アリナちゃん、可愛い名前だね~」
「えっ、別にっ、普通ですから!」
「もちろん名前だけじゃなくて、見た目も可愛いよ~?」
「はぁ!? な、何ですか急にっ!」
普通に目の前でナンパしてる。
「ルルと一緒にアリナちゃんも石拾いしにきたの~?」
「ち、違いますから! ルルシア様、行きましょう!」
「え、あ……」
アリナに手を引かれて逃げるように広場から出た。
しばらく歩いてからアリナがようやく我に返って私に謝る。
「も、申し訳ございません!」
「いいのよ。それよりニイロ先生はどうだったの?」
「それが……」
どうやら駄目だったらしい。
口で説明してもなかなか信じられないものよね。
「でも、ニイロ先生の信用を得るのに時間をかけていられないわ」
苦しんでいる人が、もしかしたら助けられるかもしれないのに……
「じゃあさ~、俺が教えてあげるよ~」
「うわっ!? いつの間にっ!?」
急に出てきたエドアルドの声に、アリナが驚いていたが、実はずっと付いてきてるのは私も気付いていた。
普通に振り返れば歩いてきていたし、アリナは気付かないし、面倒で放置していたけど
「だって、ルルの集めた石を持ってんだもん。俺は荷物持ちで付いてきただけね~」
「じゃあ荷物は私が預かりますから、どうぞお引き取り下さい!」
「まぁまぁ~、それよりさ、人探しでしょ? 俺そういうの得意よ?」
私の方を見てニヤニヤしながら顔を傾げ
「人助けなら、早い方がいいんじゃない?」
怪しいけど、分かるというなら一度任せてみるか……
「じゃあ、教えて下さい」
「いいよ~」
それからアリナから特定の体調不良ある人を説明すると、エドアルドは空を見上げてキョロキョロすると、とある方向を指差した。
「ここからなら、あっちが一番近いかな~」
「それ、本当に分かってるの?」
「行ってみたら分かるよ~、さぁ行きましょ~」
先頭をきって歩くエドアルドに、私は躊躇うことなく付いていくと、アリナも慌てながらも私に付いてきた。
「ここの二階だね~」
三階建ての家の前に止まり、指をさすエドアルドに、私は微か魔力の気配を感じた。
エドアルドは聖なる力を持っているのに、魔力を感じることが出来るの?
「アリナ、悪いけどまた先に話をしてくれない?」
「も、勿論です! 行ってきます!」
家を訪ねて、玄関先で交渉しているアリナを遠くで見ていると、隣からエドアルドが屈んで私の目を見てくる。
「俺、凄くない? 褒めていいよ~」
「とても偉かったわね。心から感謝するわ」
「思い切り棒読みだね~、まぁいいけど~」
「不思議な力をお持ちですね。羨ましいです」
「ふふん! そうでしょ~? 俺は人の中に流れている生命力を読み取るのが得意なんだ~」
「……生命力ですか?」
「そうだよ~、魂の灯火みたいなものかな? 身体が弱っている人は灯火が弱くて分かりやすいんだ~」
それもまた聖なる力の一種だろうか?
まるで神様のような眼を持っている……魔術よりも凄いと思う。
逆に、知りたくない人の事まで見えてしまうのは怖いけど
「お医者さんになられては?」
「それね! でも俺には無理だったんだ。上手くいかなかったんだ~」
屈んでいた体勢を戻し、変わらずヘラヘラ笑ってはいたが、視線はどこか遠くを見ていた。
「ルルシア様、了解とれました!」
しばらくしてアリナが戻ってきて、私はアリナと家に入る。
さすがにエドアルドは付いて来なかったが「待ってるね~」と言っていたので、まだ一緒にいたいようだった。
家主に案内されて家の二階に上がり、手前の部屋に入るとベッドで横たわる女性がいた。
弱々しく瞼を開けて「あなたが見習いさん?」と優しく笑いかけてくれた。
「すみません、両手に触れてもいいですか?」
「ええ、どうぞ……」
先ほどのおじさんよりは多く溜まっているようだ。それでもエヴィリーナよりまだマシだろう。
少し時間をかけて私の胃の中に押し込み、私は少しだけお話してから
「また見にきてもいいですか?」
「ええ、是非きてちょうだい。小さなお医者様」
優しげに答えた女性に、私は少し照れながらも、挨拶をしてアリナと家を出た。
玄関から離れた場所で、咳き込むと、先ほどよりも多くの黒い塵が出された。
すぐに風に飛ばされて消えたが、アリナは私の背中を優しく擦りながら
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、出してしまえば楽になるわ」
落ち着いてから再び歩き出すと、前に立ち塞がる人がいた。
見上げればエドアルドだが、彼の顔が笑っておらず、無表情というか怒っているように見えた。
「エドアルドもありがとうございました。これで彼女も元気に……」
「何してるの? 何でルルが変わりに請け負ってるさっ」
やっぱり怒っていた。
請け負って……そこまで見れているのか。
心配しての怒りなのは分かるけど、何故会ったばかりの彼からそんな怒られ方をするのだろうか?
「悪い物は吐き出しましたから大丈夫ですよ」
「そういう事じゃないでしょ! 何で赤の他人の治療までしてるのっ? ルルには関係ない事じゃん!」
赤の他人、関係ない……確かにね。
今までだって町や村の井戸水を浄化する意味は私にはないはずだ。
しかも他の領地で、貴族としても関わらないほうがいいはず。
アリアの言う事だけすればいい……
……いや、今さら無理ね。
有り余る魔力があって、自分がやりたいと思っている……それがたまたま人助けだっただけだ。
正義感とかじゃなく、道徳的にやっている訳でもなく、今は偽善者だと後ろ指さされていたいような思いでいる。
今はそれくらいが丁度いい。
「私がやりたいからやってるだけです。他人に言われて止めるような人間じゃないのでね。余計な心配を押し付けるなら迷惑です」
思っていたより低い声が出てしまったが、エドアルドは口を閉じた。
悔しげな顔をしていたが、彼はため息をついて諦めたようで、再び空を見渡してから
「……次はあっち」
「協力してくれるんですか?」
「ルルに付いて行きたいからね~」
再びニヤニヤしていたが、やはりまだ何か言いたそうだ。
それでも、私としては教えてくれるのは有難い。
エドアルドについて行きながら、私とアリナは進む。
アリナも私とエドアルドの言い合いを気にしている様子だったが、何も言わずに付いてきてくれた。
次の場所でも同じようにエドアルドが道案内し、アリナが交渉し、私が流して治すをした。
外に出て、同様に吐き出すのを二人は何も言えずに険しい顔で見ていた。
それから昨日エドアルドと会った噴水が幾つもある広場に行き、私とアリナはベンチに腰かけ、エドアルドは石の入った麻袋を芝生の上に置いてから自分もその横に腰を下ろした。
「それにしても、ルルがずっと魔術で浄化?しながら旅してるなんて知らなかったよ~」
エドアルドにも他の町や村が同様に汚染している話をすると、驚いた様子だった。
「ルルシア様は凄いですよ! こんなに凄いのに、どうして王都で魔術師にならないのか不思議です!」
「始めは年齢的に無理だったけれど、自由でいられるなら今はこのままでもいいかなって思っているの」
「確かにな~、今こうして居られるのも、魔術師じゃないからだもんね~」
「そうでした、ルルシア様のお陰で助かる方が沢山いますからね」
ふと、また思い出した。
そういえば魔力あるなし関係なく腹痛になる人は何でだろう?
「それにしても、腹痛を起こす人は魔力がないはずなのにどうして影響されたのかしら?」
「それについては俺は少し分かるかも!」
エドアルドが乗り気で話し始めた。
「井戸水は魔力だけじゃなく、聖心力も加わってるっぽいんだよね」
「……聖なる力では害意のあるような力を使えないはずですよね?」
「うーん、害意って人にとっては善意になる事があるよね? 多分、それを利用して何かしてる気がするんだよね~」
なるほど。力のかけ方次第ではそういう事も出来るのかもしれないのね。
「それでは明らかに聖なる力を持っている人の仕業だと言っているようなものだけど?」
「あくまでも俺の考えはそうってだけで、実際は分からないよ? たださ~聖心力がある人だけは大丈夫な水なんておかしいでしょ?」
「魔力を持つ人には特に悪化してるのだっておかしいですよね!」
「魔術師に恨みがあるのかしら?」
「この国の人でそんな事する人は少ないんじゃないかな~」
エドアルドはヒントを出すように話を進めているように聞こえる。気のせい?
「まさかっ、他国からの侵略ですかっ?」
その可能性もあるけど、国力の要である魔力所有者を減らしたいという思惑もあるし、国王の考えている他国の戦に気付いて先手をうったりもあり得る。
世界から見ても聖なる力の所有者は魔力所有者よりも遥かに多いと聞く。
どの国の狙いかは定められないだろう。
「自国の教会の聖職者でも有り得る話ね……勢力強化したいのか」
「犯人が多すぎて絞れませんね」
「そうね……それに、話を戻すけど、誠意として使われた聖なる力で水を汚染したとしても、やはり魔力で浄化出来るのはやはり気になるわ」
「誠意とはいえほとんど害意なんだから、浄化出来て当然だと思うよ~」
「魔力と聖なる力は相容れない力同士ですよね? じゃあ浄化だって出来ないはずですよ」
「あ~この国は、聖心力と魔力は似て非なるものって教えだったね~」
学校で習った範囲であればそうだ。
聖なる力の文献も、禁書でない限りは見た事がある。
論文として幾つか読んだが、聖なる力と魔力は繋がりがあるものとして研究している人が多い……が、研究結果で有効なものは今のところないらしい。
「ラシュフィードは違う考えみたいだよ~? 元は聖心力だけしかなかった世界に魔力が現れて、度々争いが起こるようになって、その度に魔力を持つ者が勝っていたらしいんだ」
「利便性もいいし攻撃が出来るから、確かに優位かもしれないわね」
「ラシュフィードの国の考えは分かりますが、それと今の話とは関係ないのでは……」
「だから~、勝ってるって事は聖なる力に魔力が対抗出来るって事でしょ~」
「あ、そういう事ですか!」
「つまり、今回の浄化もまた対抗出来る魔力の一種だったんだよ。聖なる力なら普通の人でも効くからね~、きっと魔力の浄化も普通の人に効くんだと思うんだ~」
ただ、それを迂闊に魔術師に話せば、聖なる力に対抗出来る魔術の開発に尽力しそうだな。
「もしそうだとすれば、腹痛の人たちも魔術で浄化した水を飲んでも治っていくのかしら」
「そうだね~、少なくとも昨日よりは皆元気そうだよ~」
そうだといいけど……
全てを信じれはしないけど、エドアルドの言葉を聞いて少し安心した。
「それにさ~、いくら善意としての力とは言え、人を害していたのは事実だから、少なくとも力を使った人にはその分返ってきてるんじゃないかな?」
「返ってくるとは?」
「聖心力はね~、本来は神や天使、精霊から力を借りて使うものなんだよ。だから良いことに使えばいいけど、悪いことに使えば裏切られたと考えてその分が災いとして降りかかることもあるんだよね~」
「へぇ、魔力の場合は自分の中にあるだけしか使えませんから、その辺りは違うんですね」
「良いことに使えば使う分だけ次は沢山使えるから、ある意味凄いよね~」
では、私が吐き出したものは今頃使った人に行っているのかな?
「こういう類いは繰り返し使えない力だから、何度もかけ直せる訳じゃないと思うな~?」
一人ならそうかもしれないけれど、複数人でやっているとすれば、実際はどうなのだろうか……
「では浄化さえすれば大丈夫そうですね!」
アリナはエドアルドの言葉を信じているようだ。
聖なる力の使い方について考えると未知数だ。正直なところ浄化以外で対抗できるのか分からないから、今後は特に気をつけないと……
「ルル~?」
エドアルドに呼ばれて、思考の波から戻って来た。
彼は私を見て、ニコニコ笑っている。
「大丈夫だよ~、ルルは人の為に力を使ってるじゃん。だから悪い奴には負けないよ!」
「そうですよ! ルルシア様の行いは神様だって称賛してますよ!」
何故か二人に励まされていた。
「ありがとう。まずは私の出来る事をやっていくわね」
私はベンチから離れて芝生に座り、麻袋の中の石に触れて、術式を展開して一気に魔力を込めた。
麻袋の周りがキラキラと輝き、袋ごと浄化の魔術で染めていく。
「綺麗っ……ルルシア様が聖女に見えます!」
アリナの言葉に苦笑いで返し、私は更に力を込めた。
輝きが治まれば完成だ。
「ねぇ、それど~するの?」
「ハヌラ伯爵家にお渡しするの」
「マティアス様に頼まれたのですか?」
「ええ、町以外の領地内の井戸も浄化したいからと言われてね」
麻袋の口を縛っていると、目の前でエドアルドが私の手の上に自分のを重ねて来た。
顔を上げると、エドアルドはキラキラと楽しそうな表情で
「俺っ、ルルと一緒に旅したいっ!」
「……は?」
「ルルの従者でも下僕でも何でもいいから連れてってよ!」
テンションがやけに高くなっているが……
従者はいらないし、下僕はもっといらない。
「人探しはどうするの?」
「いいのいいの! きっとルルと旅する事が俺にとって一番良い気がする!」
「よく分からないけれど、エドアルドは容姿が良いから一緒にいると目立ちそうで嫌だわ」
「それなら、ルルシア様にも言えますよね?」
「ルル~、顔隠すからお揃いのフード買ってくれ~」
なんでよ。
「よくも分からない相手と旅なんて……」
まぁ、今までしてたけどね。
「大丈夫だって! 俺こう見えて熟女派だから幼女は食指動かないし~」
「さ、最低っ!」
「それは有難いかも」
「ルルシア様まで!」
「旅する中で大事よ。寝首かかれるよりも嫌じゃない?」
「寝首かかれるのも駄目ですよ!」
「他には何か出来るの?」
「ヒョロガリだけど体術得意です! 力もあります!」
「荷物持ちを頼めるのね」
「いや、護衛出来るってほうじゃないんですか?」
「頭良いです! かけ算出来ます!」
「それ、頭良いんでしょうか」
「歴史はどう? 道中に聖心力について学びたいわ」
「だいたい知ってます! 任せて下さい!」
「アバウトな……大丈夫でしょうか」
「最後に、何かアピールしていいわよ」
「聖心力は人一倍あります! ルルについて行って俺は最強聖者になります!」
「主旨変わってません?」
「うん、不採用で」
「えぇ~っ!?」
「でしょうね。というか、最強聖者って何ですか」
「世界一強い聖者のこと、略して最強聖者だけど~?」
「それならアシュフィードに行ったほうがいいわよ。わざわざ魔力至上主義の国にいてもね……」
「行ったけど、つまらなかったんだ~」
「ルルシア様もうこの人、放っておきましょうよ」
「そんな~、拾って下さいよ~。わりかし役に立ちますから~」
「…………仕方ないわね」
ギャーギャー騒ぐので、面倒になった私はエドアルドを飼い……仲間にする事にした。
「宿に戻るわ。エドアルドも一旦住処にお帰り」
「宿無しなんで、俺も泊めて!」
「同じ部屋なんて駄目ですよ!」
「じゃあ別の部屋を取るわ。アリナ、帰ったら手続きをお願い」
「もう……分かりました」
こうして、三人でホテルに戻る。
別室をとったらエドアルドは久しぶりのお風呂にはしゃいでいたと、後からアリナに聞いた。
その日は昼過ぎにアリナが用意したお風呂に入り、早めの夕食をとって日が沈む前に休んだ。
目が覚めれば、カーテンの隙間からは夜空が微かに見えた。
身体を起こして周りを見渡すが、やはり夜中で部屋の中は真っ暗だった。
近くのランプに火を灯すと、部屋にあるソファーに何か大きなものが置いてあった。
ベッドから離れて近付くと、箱が幾つも重なって置いてあった。
テーブルに置かれたカードを見付けて読むと、どうやらマティアスからで
『少しばかりだが、お礼の品を贈る。
捨てるなよ。 マティアス 』
箱の中身を一つ一つ確認すれば、意外にも旅する私には使えるものばかり入っていた。
丈夫なズボンや、水に強い素材の外套、コンパクトな鍋や器、日持ちする食べ物など……
多分、エヴィリーナからアドバイスをもらったのだろう。彼女は本当に親切な人だ。
「また元気な姿を見たいけど……」
すると、窓をコツコツ叩く音がしてカーテンを開ければ、久しぶりに見たアリアの使い魔であるドライがいた。
窓を開けて中に招き入れると、ドライは水差しの近付くに飛んでいく。
慌てて水差しからコップに水を入れると、ごくごくと勢いよくクチバシから水を啜っていた。
あまりカラスらしくないが、ドライは使い魔だからか普通のカラスよりも人間のような態度をとることも多い。
アリアが気に入って使い魔にしてるから、普通ではないのは分かっていたが
「手紙貰うわね」
ドライの足に結ばれた紙をほどいて広げれば、アリアの字が書いてあった。
『王都は後回し。先にガーディア領の領主のところに行きな。期限は一月以内』
相変わらずよく分からない内容だが、とりあえずガーディア領に行けばいいのか。
ガーディア領は侯爵家で土地も広い。
大臣の一人がガーディア家の出身だったはずだ。
「ここから南下する事になりそうね。それにしてもガーディア領か……」
ガーディアの領主の次男にあたる大臣のグレイソンは、王公派の中でも特に国王と懇意にしている。
ただ現領主であるジョシュア・ガーディア侯爵はあまり表に出ず、式典ですらグレイソンが代理で出席していた。
私も記憶を辿っても会った事がないようで、顔が浮かばない。
知る限りでは学院時代はとても優秀な成績で卒業し、少ない魔力で攻撃魔術を展開する卒論を出していた。
詳しくは分からないが、身体が弱いのもあり魔術師にはならず領主として領地の事を中心に行い、弟のグレイソンが外交を行っているようだ。
「今回は誰かと旅する指示はないのかしら……あ!」
紙を裏返して見れば、小さな字で
「後で合流する者あり……って、誰が来るのよ」
別に一人でもいいんだけど……あぁ、エドアルドがいるからどのみち一人ではないわね。
ドライは水を飲んだ後、急にムセ込むようにクチバシから小さな塊を出した。
塊をよく見れば濁りのある翡翠の原石だった。
「アリアってば、また……」
私は翡翠の原石を角がないように丸く削り、それから魔力を込めた。
魔力が込められた翡翠はガラスの透き通るほど透明になり、石から輝きを発している。
それをドライの前に置けば、器用にそれを飲み込んで、再びコップから水を啜っていた。
テーブルにあるレターセットの紙をちぎり、返事を簡単に書く。
『無理をしないで下さい』
それを細く畳んで、ドライの足に結ぶ。
ドライの頭を撫でると、すぐに窓から外に向かって飛び立ってしまった。
それを見送りながら、私はアリアの事を思い出していた。
前からアリアは私に宝石の原石に魔力を入れるように言われていた。
それを何に使っているのかは知らないが、自分が利用されているのも分かっていてそれを続けていた。
一度だけ、それを使ったところを見た事がある。
同じ翡翠の原石で、アリアは私の魔力で自らの身体を若返らせて見せた。
美しく妖艶な雰囲気のある年頃の娘になり、それを私に自慢していた。
きっと今回もそれの為にドライを使って要求したのだろう。
私自身が大事だと思う人から利用されても構わないし、頼られているのは嬉しい。
ただ、アリアの事は心配でならないのだ。
私利私欲で人よりも自分の安全を確保したいし、何かあればすぐ逃げる人だが、昔から長く生きながら誰よりも知識を持っているのに、彼女は権力に弱いのだ。
王族を蔑ろに言う割には、命令に従い、今も手を貸している。
無理をしているのではないだろうか……私が心配しても余計なお世話だと言われて終わりだろう。
せめて私の魔力で少しでも楽になるのなら、なんでも言って欲しい。
あぁ、でも……そんな考えになっている私こそ、おかしいのだろう。
「私にとっての人生の座標だからね」
窓を閉めてから、私はテーブルの前に行き、レターセットを再び出した。
椅子に腰掛けて、私はマティアス宛にお礼の手紙をしたためた。
手紙を書き終わってから二度寝し、朝を迎えた。
アリナがやって来て私の支度をしてくれていると、別の使用人が手紙を持って来た。
それを確認するとエヴィリーナからで、近いうちにまた来て欲しいと書いてあった。
「アリナ、手紙を出してもいいかしら?」
「はい! 店長が届けてくれますよ」
あの店長が? まぁ領主の城に誰でも行っていい訳じゃないものね。
昨日のマティアス宛以外に、エヴィリーナ用にも手紙を書いて出してもらった。
「エドアルドが扉の外で待っていますが、どうします?」
手紙と支度を終えると、アリナが呆れた顔で扉を見ながら言うので、中に入ってもらうように促す。
「おはよ~、ルル~」
ご機嫌に入ってきて、すぐにソファーに腰掛け、ローテーブルに置いてあるお菓子を食べ始めた。
「うまっ!? 俺の部屋貰ってないよ~?」
「ルルシア様宛にマティアス様が贈られたものです! 勝手に食べないで下さいよ!」
「ああ、領主の息子様からか~、お菓子のセンスは悪くないんだね~」
エドアルドですらマティアスのセンスを疑っていたようだ。
見た事あるのかな?
案外マティアスもよく町に降りてるのか?
「アリナも食べていいわよ」
「いいんですかっ? ありがとうございます!」
「そういえばさ~、アリナちゃんは魔力があるのに何で身体平気なの~?」
ああ、そういえばそうか……
アリナは笑いながら
「私は先月まで魔術を学ぶ学校に通っていましたから、この町に居なかったんですよ」
「なるほどね~、でも別の町では井戸水も大丈夫だったんだ~?」
「平民でも魔力がある人は王都の学校に行けるんですよ。流石に井戸水に何かあれば魔術師が多いですし、すぐ気付きますよ」
「ま~分かりやすく王都には広めないよね~」
「アリナは何年王都にいたの?」
「平民ですし、あまり魔力もなかったので基礎学科のみでしたから一年ですね」
「魔術師の登録は?」
「勿論しました! やっぱり稼ぎが違いますから!」
「登録しただけで違うんだね~?」
「当然ですよっ、魔術師の証明書があれば給仕でも別途手当てが付きますし、魔術においての仕事や、薬の販売も出来ます」
「いいね~、じゃあルルも登録すればいいのに~」
「通常ならメリットは多いけど、緊急時は否応なく出向させられたり、魔術の仕事も上官や上位貴族の言葉には逆らえず、薬も販売以前に王宮から上級クラスの物ばかり作らされて、お金もそれ程貰えないでしょうから……私にはデメリットばかりなのよ」
「ルルシア様の場合は、魔力の量が多いですからね」
「ルルってそんなに多いの~? どれくらいあるの~?」
アリナも気になった様子で私を見ていたが……正直、私にも分からない。
「自分よりも魔力が同じ人に会った事がないから分からないわ」
「マジでっ? ルルすげ~じゃん!」
「学校でも先生が現代で一番魔力が多いのはルルシア様だって言っていましたよ! 二代前の王の妃のトゥーリア様よりも多いのではないかと言われていますよ!」
アリナが興奮しながら話しているが、実はトゥーリアと私は会ったことがある。
当時私が6歳で、彼女が87歳の時に王宮に連れて来られ、訳も分からず謁見した。
まだ魔力も何も分からない状態だったが、彼女はハッキリと私に「お前には聖なる力が備わっているな」と言ったのだ。
魔術師として上位に君臨している者がそれを言った事に騒然し、その一年後にトゥーリアは死去した。
後になって私に多大な魔力がある事が分かり、当時を知る家臣たちは「あれは負け惜しみだったのではないか」と言い出し、それから形を変えてアリナの言うような話が広まったようだ。
私も当時は魔力云々など分からなかったので、実際はどうなのかは謎のままだが……
「あまり広めて欲しくない噂よ。攻撃魔術が使えないのに魔力が多いだけで決闘を申し込まれるのよ。相手を見て挑んで欲しいものだわ」
私もエドアルドの向かいのソファーに座り、隣にアリナを呼んで座ってもらう。
貴族の屋敷で働く侍女と違って、断ることなく素直に聞いてくれる彼女は可愛いものだ。
アリナに焼き菓子を薦め、三人でお茶をする。
「それでも決闘してもルルは勝つんだろ~」
「闘う前に先手を打って、戦意喪失させるようにしていたわ」
「やっぱりな~、戦う前に終わらせるか~……どっかの上官に聞かせてやりたいね」
何気なく言ったエドアルドの言葉には同意したい。
今は国王より大臣のほうが問題よね。
国王は考えをコロコロ替えるタイプだし、王なのに強い者に従うタイプだから、本来ならそんなに面倒な人ではない。
「みんなルルシア様みたいに頭が良い訳ではありませんよ」
悲しげに目を伏せるアリナに対し、エドアルドが首を傾げながら
「記憶力が良いだけで、ルルは頭良くないよ~? ただ流されやすいし、流されても気にしないタイプだよね~?」
「あら、エドアルドって私をよく見ているのね。大正解よ」
「本当にっ? やった~!」
「なっ、ルルシア様は頭が良いんですよ! 私は間違ってませんからね!」
「じゃあアリナちゃんも大正解ってことでい~ね!」
「エドに言われても嬉しくないです!」
実際は頭良くないよ。
上手く立ち回れないし、利用されるし、強く断れないし、余計な事も多くて無駄が多い。
何でも出来るように見えても、魔力でカバー出来ているだけだ。
「アリナがそう思うならそれでいいのよ」
「もう、ルルシア様を見ていると心配になります」
「分かる分かる~、急に何か大きい事やりそうだよね~」
「やりたくはないけどね」
自ずとそうなっていくのよね。
「でさ~、今日は何するの~?」
「浄化の石をマティアスに渡したいけど、今お伺いしているのよ」
先ほどのお礼状にその内容を入れている。
今は返事待ちである。
すると、扉をノックする音に、私はアリナに行ってもらう。
別の使用人がアリナに何か話をしてから、アリナは強張った表情で私の元に戻り
「ニイロ先生がルルシア様にお会いしたいと一階に見えていらっしゃいます」
昨日の先生……もしかして、私たちが患者のところに行ったのを気付いたから来たとか?
「ニイロ先生って誰~?」
アリナが苦々しくも昨日あった事を話すと、聞いたにも関わらずエドアルドは興味無さげな様子だった。
「没落したって聞くと貴族嫌いなのかな~」
「私もニイロ先生とは王都から戻ってきてから知り合ったので、あまり詳しくは分からないのですが」
「医者ってプライド高い人多いよね~、自分が学んだ事が一番で間違ってない~みたいな考えの人もいるし~」
「そんな人じゃありませんよ! た、多分……」
「アリナ、ニイロ先生をこちらにお呼びして。せっかくお茶の支度もあるからもてなしましょう」
「え~、お菓子減っちゃうじゃん!」
「また貰いましょう。エドアルドは私の後ろに居てね」
「護衛ってこと~? 任せてよ!」
「そんな物騒な方じゃないわよ……多分」
ティーカップを下げて新しいカップを用意してからアリナに呼びに行かせると、すぐに二人が部屋へとやってくる。
「急なご来訪をお許し下さい」
頭を下げるニイロに、私は席を立つことなく目の前のソファーに腰掛けるよう促す。
一度は断るが、再度伝えるとニイロはソファーに座った。部屋をキョロキョロ見ては落ち着かず肩身が狭そうな様子だった。
私はエドアルドを横目で確認すると、明らかに睨んでいたし、怪しんでいる。
視線を戻し、改めてニイロを見れば昨日よりは清潔な服を着て髪も後ろに撫で付けていた。
身だしなみを整えないと、入り口で追い出されると思ったのか……
「アリナ、ニイロ先生にもお茶を」
「畏まりました」
アリナの出したお茶を見るだけで飲む様子はない。
私は同じように出されたお茶を飲んで見せれば、ニイロは恐る恐る
「だ、大丈夫なのですかっ?」
「ご心配なく、ちゃんと浄化した後の井戸水を使用しておりますから」
「浄化……ああ、魔術の類いの」
素っ気ない様子で言うのが気になるが、とりあえず何しに来たのか、だ。
「来訪の際は事前に手紙などで伺い立てたほうが宜しいかと……貴族も様々な方がいらっしゃいますからお気をつけに」
「そうですね、気を付けます……申し訳ございません……何分、私も没落したとはいえ今は平民の身分でしてね」
「その言い方だとルル以外はアウトだからね~極刑ものだよ~」
エドアルドの言葉に、ニイロは急に鋭く睨み付ける。
昨日と同じように言われても、ニイロは明らかに昨日よりも強気だった。
「お~怖いね~、同じ聖心力持ちなのにさ~」
ニイロも……?
聖なる力の持ち主同士は互いに分かるのは聞いたけど、私だけでなくアリナも驚いていたから知らなかったようだ。
「……同じではない。私は“精霊使い”だ」
「へ~、アンタこの国の人じゃないんだ?」
「半分はね。お前こそラシュフィードの出か」
「そういうアンタは、ケールニッカか?」
「おや、我が小国をよくご存知か」
ケールニッカ。
島国ではあるが歴史の長い国の一つで、精霊を神格化している国だ。
この国の者は聖なる力を“精霊召還”と言っているくらい、精霊から借りる力を元にしている。
アシュフィードが神、天使、精霊それぞれをまとめて聖心力としているが、他国では仕える象徴の違いで呼び方も違う。
それにしても、エドアルドと話してばかりでアリナと私は置いてけぼり状態なのだが、二人の掛け合いはまだ続いている。
「アンタの国が悪い事してんの~?」
「何の事だか……私はただ邪魔をしないで頂きたいだけだ」
「白状してんじゃん、ケールニッカは友好国なのにね~」
「我が国は傍観してるだけだ。手出しがあれば注意はするがね」
「同盟国のガルジアナか~、タボルアンか~……」
「アシュフィードの君には関係のない事だ。何より私が話をしに来たのはルルシア・シュトレが目的なんだ。少し黙ってくれ」
「一応、ルルは俺の飼い主なんでね~。首は突っ込ませてもらうよ~」
飼い主じゃないんだけど……まぁいいか。
従者や下僕と言いながら勝手にしてるもんね。
「ルルシア・シュトレ、私はケールニッカの人間だ。だからお前にへりくだる気はない」
ようやく私のほうに話しかけてきた。
エドアルドと話していた流れで態度が明らかに変わってしまったが
「構いませんよ。私は気にしておりませんので、ニイロ先生も始めからそうおっしゃれば良かったのに」
「生意気な子どもだな。自分のしている事が正義だと信じて疑わないのも気に食わない」
「正しい事なんて一つもしていませんよ。ただ私がやりたい事をやっているだけの事」
「ただの我が儘な子どもという訳か、だがもう邪魔をするなよ。魔術でどうにか出来る問題じゃないんでね」
「お前っ……」
「魔術を使っても変わらないのなら注意も不要なはずですが?」
「不要だから無駄な力を使うなと忠告してやってるんだ」
「そうですか、では無駄じゃない使い方をします。それで宜しいかしら?」
「噂通り、聖女と偽る魔女はムカつくな」
「よく言われますよ。減らず口や鼻持ちならないなんて……」
「……“精霊召還”」
ニイロがそう口にする。
警戒するエドアルドや、辺りを見回すアリナ、私はただただニイロを見つめた。
不意に頬に何か掠めていく感覚があったが、何も見えず、風か何かかと思って待機する。
しかし、しばらくしても何も起きず、沈黙しているだけ。
「せ、精霊召還っ! ヘル! ヘルっ!」
慌てて立ち上がるニイロに、私やアリナは訳が分からなかったが、エドアルドだけは何かを見つけて天井を見上げていた。
「……あ~、見離されたね」
呟くエドアルドに、ニイロはまだ繰り返し唱えているようだが、何も起こらない。
「何故だっ、まだ何も出していないというのにっ!?」
「アンタの波長と合わなかったんだよ~、精霊は良くも悪くも気まぐれな生き物だけどさ、根本的に頼む内容と精霊の特性がよくなかったな」
「お前だなっ! お前が何かしたなっ!」
「人間が何とか出来る力じゃないのは分かるだろ~? 何に使う気だったか分からないけどさ~明らかな悪意じゃ力は借りられないよ~」
「くっ……くそっ!」
「お~っと」
そのまま扉に向かって走り出したニイロをエドアルドが長い足で素早く動き、三歩ほどで追い付いて、呆気なくニイロを羽交い締めにして捕えた。
「アリナちゃん、何か縛るものを持ってきて~」
「は、はい!」
二人が動いている間に、私は近くにあった布巾を丸めて近付き、ニイロの口に無理やりねじ込んだ。
「んぐっ、かはっ!?」
「尋問するまで黙ってて下さいね」
実際は舌を切って自殺を謀られたら困るからなんだけど
それにしても、傍観してるだけなら私に近付いて忠告するのはおかしい気がする。
勿論、別の人間にも私の情報を伝えてはいるだろうが、何故ニイロ自身も関わってきたのだろうか?
まぁ、私の周りにはよく感情的になりやすい人が集まりやすいのだけど
「わっ……ん、おっ……」
何か言いたげに私を睨むニイロだが、アリナとエドアルドが紐で手や腕、足などを縛り上げるとそのまま床に転がした。
エドアルドも私のほうを見て、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「ルルって~よくモテるでしょ?」
急に言われ、怪訝な目を向ければ、エドアルドはニヤニヤしながら
「聖心力が使えたら、きっと精霊たちから凄い力を貸してくれるはずだよ~」
「……よく分からないけど、ありがとう」
「精霊に好かれるのは凄いことなんだよ~、伝説の聖女も夢じゃないんだから~」
聖女とか、そういうのは心からのお人好しが人生かけてやればいいのよ。
私は魔女で十分だし、まだ性に合ってるほうだ。
「聖女でも魔女でも私は何でもいいけど、まずはマティアスに連絡を……」
窓の外から馬が歩く音に気付いて目を向ければ、昨日と同じ領主の馬車がホテルの前までやって来た。
「流石、いいタイミングだわ」
馬車から出てきたマティアスの頭を眺めながら呟いた。
「……それで、この者を捕えたと?」
マティアスを部屋まで呼び、事の顛末を話せば、ソファーから床に転がるニイロを一瞥してからため息をつく。
「捕まえたのは私の……護衛であるエドアルドと、魔術師でもあるアリナが捕まえてくれました」
二人の紹介も兼ねて話せば、エドアルドのほうを見たがすぐに視線を私に戻す。
「この者は私が引き取り、直々に話を聞く。何か分かれば改めて連絡をしよう……それでいいか?」
「はい、あと……」
アリナに麻袋を持って来てもらい、マティアスの後ろにいる従者に渡した。
結構入れて重いのもあり、従者も受け取る時によろけていた。
「例の石をご用意致しました。小石が73個入っております。足りないかと存じますので、後程また追加を作成し、お渡ししたいと思っております」
「そんなにっ? いや、助かる。先ほどの話を聞く限り、多少の予備も幾つか必要になるやもしれんからな」
「今回の件は王宮や他の領主にもお伝えされるのでしょうか?」
「当然だ。どこまで及んでいるか分からないが、いち早く浄化をして行かねばならないだろう」
「ただ聖なる力によるものならば、あまり聖職者には伝えないほうが宜しいかと思っております……あまり自国の者を疑いたくはないのですが」
「分かっている。魔術師のほうの情報局に注意喚起と共に詳しい話を流す予定だ」
「早く対策出来ればいいのですが……」
「……ルルシア、今回のエヴェリーナのような溜まりを流す薬を開発出来ないだろうか?」
実はそれについては少し考えてはいた。
「自らの魔力溜まりを流すよりも実は簡単でして、胃の中に流せればそれこそ楽に外に出せますから」
「では薬も作れると?」
「薬草などの材料や器材さえ有れば作れますが、特許についてはマティアス様かエヴェリーナがとって頂くのであれば私が作りましょう」
「待ってくれ、特許を他人に渡すなど……いくら魔術師ではないにしろそれでは」
「私は魔術師にはなりません。なったとて薬の特許取得までどれだけかかるか分からないではありませんか」
「時間がかかるのは分かっているが……」
「今は時間が大事でしょう? 早く治療し、早く治さねば手遅れになりますよ」
「……分かった。だがその分の報酬は受け取ってくれよ」
「荷物にならないものであれば頂きます」
こうして、私はホテルからハヌラ領主の城に移り、薬の研究を始めた。
アリナも付いて来たがっていたが、仕事があるので流石に遠慮してもらった。
しかしエドアルドは共にやって来て、たまに私のところに来るがすぐに暇だと出て行き、ほとんどは城の中を探索したり、時折エヴェリーナの元に行き話をしに行き、途中でマティアスが乱入して怒って追い払うを繰り返していた。
エヴェリーナを気に入っているようだし、何気なく
「このままエドアルドはここに居てもいいのよ? マティアスには話をつけれるから」
と話したら、エドアルドはきょとんとした顔をしてからすぐに、いつものようなヘラヘラ笑って
「俺は綺麗な女性とお話するのが好きなだけだよ~、それはエヴェリーナ様も同じ気持ちだし~」
エドアルドはともかく、エヴェリーナはどうなのかと、元気になってきた彼女とお茶をする時に同じように話してみたが
「エドのこと? 綺麗な顔だとは思うのだけれど特段気に入っている訳ではないわね。私はお兄様のように私を大切にしてくれる人と一緒になりたいわ」
それからエドアルドがいるとマティアスが来てくれて楽しいし嬉しいのだと話すエヴェリーナに、マティアスの一方的な片思いでは無さそうなのがよく分かっただけだった。
おまけにマティアスにも研究している時に話を振ってみれば呆れながらも
「あのエドアルドという男はルルシアの護衛だろう? エヴェリーナにばかりかまけているがいいのか?」
普通に私が心配されていた。
「暇そうなので自由にさせています。エドアルド自身も護衛というより番犬のような立ち位置だと思っているようなので、仕方ないのかなと」
「飼い主ならちゃんと繋いでおけ」
「私は放任主義でして、それに番犬なら見回りを兼ねた散歩も必要かと」
「その内にエヴェリーナを追いかけそうで見ていて不安になるんだが」
「大丈夫ですよ。エドアルドは熟女でなければ発情しませんから」
「発情……ますます信用ならん」
「むしろ働かれている熟して食べ頃の侍女に注意喚起が必要ではないかと」
「下品な言い方はやめてくれ……まぁ、簡単に貴族令嬢に手を出すほど愚か者ではないとは思っているよ」
それでもマティアスは心配なようで、まだ話をぶつぶつしていた。
エヴェリーナがエドアルドを気に入っているのでは?と、気が気でないようだ。
ある意味三角関係のような感じなのにドロドロ感がなく、さっぱりしている三人を見て、いらないお節介だったようだ。
ただ、研究しているとマティアスがよく来るので、エドアルドはよく拗ねていた。
「たまには構ってよ~!」
そう言われた時は仕方なく、休憩を兼ねて城の中庭の芝生や木陰の下で一休みする。
エドアルドの腕枕で寝ているところをマティアスに見られて
「伯爵家の令嬢があのようなしたない事をするな!」
と、叱られた。
だから腕枕は無しにして、エドアルドの膝枕や腹枕にしたが、それでも叱られ、横並びに並んで寝ていても怒られた。
エドアルドが気にする様子もなく
「他の家の躾に口挟むのはマナー違反じゃないの~」
「我が城だっ、風紀を乱すな!」
「はいは~い、気を付けま~す」
マティアスが居なくなってからエドアルドは
「ここを出れば問題ないって事だよね~」
「確かに、そういう事ね」
「ルルも早く作ってよ~、ご飯は美味しいけど窮屈だよ~」
「分かったわ。私も次に行かないと行けないもの」
こうして、薬の作成に一週間ほどかけて作り上げ、あのマティアスも妹のことがあったからか術式の有無など意見せず、素直に聞き入れて完璧に作れるようになった。
エヴェリーナも不調はなく、後は身体のリハビリをしている状態だ。
旅立ちの当日、マティアスとエヴェリーナから馬とそれをひく幌馬車をプレゼントされた。
鍵も掛けれる幌馬車の中は二人でも寝るには十分の広さがあったが、マティアスからは
「ちゃんと村や町に宿をとって泊まるように、部屋も別にとるように。いいな?」
と、どこかの心配症な父親の言動にエドアルドとエヴェリーナは笑っていた。
私はマティアスのお小言を聞いているフリをしながら右から左へ流し聞いた。
他にも石の分の金貨や、食材などもエヴェリーナの計らいで色々用意してくれた。
最後にマティアスから薬の特許についての報酬の話をされたが、私は今はいらない事といずれ助けて欲しい時の“貸し”として預かってくれと伝えれば、マティアスは呆れたように力なく笑って了承した。
幌馬車をエドアルドが運転して私たちはようやくハヌラ領から旅立った。