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聖者とザビの町

 



 次の村に着いて、浄化して、泊まり……

 たまに野宿を挟んでを繰り返して10日経ち、明日でようやくザビの町に着く予定だ。



 今日は少し大きい村で宿があり、そこで一泊する予定だ。



「井戸か?」



「はい。レアン様は馬小屋へ?」



「あぁ。その後に宿をとっておく」



「ありがとうございます」




 あれからレアンドロはあまり怒らない……というか説教が減った。


 落ち着いた様子で話をしていると、まるで別人のようで始めは私が落ち着かなかった。



 だけど彼なりに思うところがあって、時折彼の話を聞くようになり、少しイメージが変わった。



 レアンドロは、王宮の中で抑制された気持ちなどの悩みを私はただ聞くだけで、それで良かったのか分からないが、話した後はスッキリした様子だった。












 宿は一部屋しか取れなかった……らしい。

 まぁ村でも野宿でもだいたい一緒だから慣れたけどね。


 ベッドだって2つあるし、いいんだけね。



「……静かですね」



 大きい村とは言え、人は少ない。


 井戸を探してる時も、やはり人が少ない。


 宿は古く、歩くと軋む。



 他の物音一つしない中で、ポツリと言った私に、レアンドロは何も言わない。




「他のお部屋に……」



「今日はこの部屋しか使えないんだ」



 頑なに、空き部屋を否定する。


 なんか怪しいな……私、今日襲われるとか?



「レアン様は幼女のほうがお好……」



「それはない!」



「失礼しました。では何故?」



「最後だからな。ゆっくり話がしたい」



 今までも話してたけど、まだ話し足りないのか。


 親しい友人のように、聞いてやろうじゃないか。




「そういう事なら」



「始めから、俺とお前では間違いなど起こらないだろう」



「それを聞いて尚、安心しました」



「お前な……まぁ、いい。早めに飯でも食べるか」



「近くにお店がありましたよ」



「いや、今日は……そうだな。外で食べるか」




 店で夕食をとり、宿に戻ってのんびり過ごした。


 この窓から星がちらほら見えて、それを眺めていると後ろにいるレアンドロが声をかけてきた。



「……話してもいいか」



「どうぞ?」



「お前の旅に同行して色んな事を知れた。感謝する」



「いえ……もう魔剣の事はいいのですか?」



 湖の時から、レアンドロから魔剣についての事を聞かれなくなった。



「聞いたところで理解出来そうにない。それを兄上に報告する。俺では役不足だったようだ」



「聖なる力と魔力では、使い方も全く異なりますものね」



「ああ、ザビの町に着いてから私は王都に戻る予定だ。ランドールのこともあるが、何より今は国の事が心配だ」



 王宮にアリアがいるなら多少は大丈夫だと……思いたいけど、場合によってはアリアも危険を感じたら保身の為に逃避していそうだ。



「そうですね。それにしても国王陛下は何を考えているのでしょうね」



「それを知らなければならないが……だが少なくとも父も、兄上でさえ俺には詳しく話してはくれないだろうな」



「……そうでしょうか」



「俺は近い内に他国に婿として行くことになる」



「昔から話が上がっていたようですね……隣のアシュフィード国でしたっけ」



「知っていたか、あの国は“聖なる力”を至上としている。私にとっては住みやすい場所だろうと……昔から父上は俺に薦めていたんだ」



「そうでしたか」



 ラシュエラ教の発祥地と言われているアシュフィードは、我が国より長い歴史があるが、隣国に侵略され続け、昔よりも半分ほどの国土になっていた。


 戦を嫌悪し、戦わずに生き残っているのは凄いことだ。

 聖なる力自体、守りは出来ても攻撃が出来ないものだから仕方ないのかもしれないけど、奪われて見離された土地の者はそれを受け入れているのだろうか?





「国の為になるのなら俺は誰と婚姻しても構わない」



「……凄いですね」



「お前も同じだろう。いずれは王族と婚姻を結ぶ、恐らく兄上と」



「一番合わない相手なんですけどね」



「俺やランドールよりもルルシアにとって一番の理解者になるさ」



「理解しているなら婚姻もしないように動いて欲しいです」



「どうだろうな。現国王陛下が退位しても、貴族であり力がある限りそれは難しいだろうな……ルルシアも言っていたではないか」



「そうですが……聖なる力と違い、魔力は必ずしも子どもに受け継がれる訳ではないのに」



「跡継ぎではなく、ルルシア自身を目の届く場所におきたいのだろう。王族だけでなく貴族もまた……これも前に言っていたな」



「陛下は私が遠くにいた方が喜ばれていますよ」



「兄上の方に肩入れする貴族も増えていくだろう。父も今後はどうなるか……」



 それでも、繋がりの強い派閥のトップを大臣に据えている……現国王の動き云々以上に、それらをライオネルが抑えられる程の人力があるかにもかかってくる気がする。


 確かに前に見たライオネルは、レアンドロやパトリシアのような王族とは違う。

 二人は“王族とは民のトップ”である理解を、どこか非現実的に捉えているように見える。真っ直ぐ過ぎるし、理想を押し付けがちだ。


 ライオネルはまだ現実的なほうだろう。

 私は彼の本質も知らないし、彼自身も私に大事なことを決して伝えない人だった。


 王族はいつだって本当のところは教えてくれないくせに、私を欲しがるのだ。

 同じならば、まだ現国王やアルベルト殿下のほうが私を上手く扱えていると思うけど。




「では……手っ取り早く、革命でも起こしますか」



「やめろ。お前が言うと洒落に聞こえん」



「真に受けないで下さいよ。私にそんなやる気がないのはご存知でしょう? 安心して下さいよ」




「分かっている。国を乱すのではなく、ルルシアにはこの国を守って欲しいのだがな」



 何気なく出たレアンドロの言葉は、今まで出していた声よりも低くく重い。


 自国の心配しているのは伝わるが、レアンドロが考えているよりも、私は周りを信用していないし、されていない。


 信用のない者を味方に取り入れるほど、現国王もライオネルも単純ではないのだ。


 彼らは取れるものだけ取っておきたいだけ

 私は大人しく言われた事をやっていただけ




「昔から何度も伝えておりますが、レアン様は私に騙されていますよ」



「どうだろうな……少なくともルルシアが国に害意をもたらす人間ではないのは分かっているつもりだ」



「……やっぱり、騙されていますよ」



「ならば、そのまま俺を騙し続けてくれ。この世で生きている限りずっと」



 肌寒くなり、窓を締めてベッドに腰掛けた。

 ずっと後ろから視線を感じていたが、私はそちらを見ることなく、そのまま横になり、掛布を身体にかける。




「……私は攻撃の魔術も使えません。防御だけでは国を守ることは出来ませんよ」




 アシュフィードもまた、犠牲がなかった訳ではないだろう。

 現に土地や人を奪われているのだから


 あの国のやり方を否定するつもりはないし、聖なる力を卑下している訳ではないが、やはり防御だけで守り切れるほど人が感情的に起こした争いは止められない。



「だが王族が最も警戒している相手はルルシアだ。力の大きさも分からず、知識もあるが決して他者の言葉だけで動く人間ではない」



「私はずっとアリアの言葉で動いているではありませんか」



「魔女アリアから言われた行動をしていても、線引きはしっかりしているのは分かる」



「そんな事……」



「ないか? 俺にはそう見えたがな。一緒に旅をしていて、ルルシアはアリアに言われていない事も沢山していたじゃないか」



 アリアからはただザビの町に向かえと伝えられたが、私はそれ以外に井戸や畑の浄化や魔剣についての話をしていた。


 命令通りなら余計な事などしないし言わない。後々の事を考えればしないほうがいいのに、私は違う方を選んだ。



 レアンドロの話を聞きながら、どこか他人事だった今までの話が、現実的に自分に返ってくる。


 やらなければ良かったなんて思っていないけど、私がして良かったのかは密かにずっと考えていた。

 誰か私の代わりに出来ないかと、ディアナに浄化を教えたりした事もあったけど、それでも私自ら動いていたのは事実だ。


 


「魔女だなんて言いながらやっている事は聖女そのものだ。自分の事ばかりを考えている者とは違う……だからルルシアを恐れているのだろう」



「私も自分の事ばかりですが」



「……お前は褒め甲斐がない」



「褒めないで下さい。つけ上がりますよ」



「では褒め続けるか、我が国がより良くなるのなら」



「だから私はっ」



 起き上がりレアンドロの方を向けば、彼は私のベッドの手前に立っていた。

 近すぎて思わず身を引こうとしたが、レアンドロは急に頭を深く下げた。




「あ、の……レアン様? 何を……」



「ルルシアから見れば王族は傲慢で愚かだろう。分かっている……が、頼む、我が国を見捨てないでくれ」



 あのレアンドロが私に頭を下げている……それだけ彼もまた、国の行く末を憂いているのだろう。

 他国に行って、もう関係ないからいいのだとか考えず、彼は国の為だと一生かけて我が国を他国から守る為に行くのだと……


 昔、私が魔力などない時に母から聞いた事を思い出す。貴族にとっての婚姻についての役割……同盟のような強い繋がりであり、嫁いだ後も家の繋がりを絶たないように仲介するような役割がある、と


 そんな当たり前の事さえ、私は忘れていたようだ。今となっては私には貴族の役割など出来ないし、やれそうにないね。

 



「頭を上げて下さい」



 レアンドロはゆっくり頭を上げたが、少し顔を伏せるように表情を隠していた。前髪から見えた蒼い目が、悔しげに歪めている。




「私は今もこれからも変わらないと思いますよ。昔から変わっていませんからね」



「ふっ……確かにな。いつだってお前は王族だろうと高位貴族だろうと不遜な態度だったな」



 何かを思い出したように笑うレアンドロに、私も少しほっとした。



「よく両親を困らせていました。今でもそうでしょうね」



「どちらが王族なのかと思ったものだよ」



「それでも今は許されているのですから、皆さん心が広いですよね」



「いや、諦めたに近いだろう。その行動は不敬ではあるが正しくもある……だから言い返せば、それを認めることになり、周りは離れていく」



「ふふふ、自分の行いは自分に返って来るものですから」



「全く、お前は賢いヤツだよ」



 呆れた顔をするレアンドロに、私も頬を緩ませてクスクス笑ってしまう。


 一拍おいてから、私はレアンドロから視線を外すように目を伏せた。



「レアン様が思っているよりも、私は自由に気兼ねなく居られるこの国が好きですよ」




「ルルシアがそう思っているのなら……少しだけ心が軽くなった」



「やはり王族の方は私を信用しませんね」



「いや、まぁ……うむ、すまない」



「ふふふ……きっと王族と私との関係は今後も変わりませんよ。だから私の居る位置も変わらないでしょう」



「なるほどな、その言葉でもう少しだけ安心したな」



 素直じゃないな。なんて思いながら、私は再び横になる。




「もう疲れました。先に休みますね」



「早くないか? まだ日が暮れたばかりだぞ?」



「私はいつも早く寝ているじゃないですか」



「そういえばそうだが……」



「身体は子どもなので、寝るのも早いのですよ……」



 あ、目が重い……


 瞼を閉じてしまえば、睡魔がすぐに襲ってきた。



「そうか……安らぎの時間になるよう祈ろう……」



 レアンドロの言葉に聞き覚えがあったが、それすらも返せず深い眠りに落ちていく。









 朝早く起きて、朝日が出始めた頃に村の近くの畑を回って浄化する。もうこれも日課になっていた。


 宿屋の人にキッチンを借りて、私はレアンドロ用にコーン入りのスープを拵えた。



 部屋から降りてきたレアンドロにそれを出すと、嬉しそうに微笑み。



「昨日、最後に食べたかったんだ」



「はい、そんな気がしたので作りました」



 二人でテーブルに向かい、スープとパンを食べ始めると、レアンドロが



「……実は、母上の故郷ではコーンを使ったスープが当たり前らしい」



 ああ、側妃のことか。

 側妃が産まれた国は主食が小麦などのパンよりも、コーンを主流にパンを作っているのは本から学んだことがあった。


 コーンをスープにするのも当たり前なようで、レアンドロは幼少期に側妃からコーンのスープを食べさせてもらっていたという。



「コーン自体は濾してドロドロの状態のスープだったが、濃厚でとても美味しかったよ」



「そうでしたか」



「……まさか、母上がコーンを好きだったから私にこれを?」



「コーン自体はたまにスープの具材にしていましたが、レアン様の反応が良かったのを覚えておりましたから作っただけですよ」



 湖にいた時以外でも作った事があって、その時も反応が良かったのだ。


 側妃が好きだったのは今知ったが、どうやらレアンドロも好きなのは正解だったようだ。



「……お前は良い妻になるよ」



「スープ一つで絆され安すぎですよ」



「いいんだよ、俺は」



 それから気分をよくしたレアンドロが、スープをおかわりし、食べ終わると満足した様子に、私も安心した。



 今日もまたレアンドロの愛馬に乗り、ザビの町に向けて走り出した。











「見えてきたな……随分と大きな町ではないか」



 レアンドロが指差すほうを見ると、確かに今までよりも倍は有りそうな町だった。



「あちらの山頂に領主の城がある。あれだな」



 差した方向を変えて、少しずれた場所に分かりやすく建っている歴史のありそうな高い城が見えた。


 今までは領主が町に屋敷を構えていたが、あれは一般的ではない。


 グラジア領は要塞なのもあり、中に作ったのかもしれない。

 マクレガー領も詳しくは分からないが、侵略されてから居住いを町に移したと噂で聞いた。


 本来は領主の屋敷や城は町から程よく離れていれものだ。




「では、既にここはもうハヌラ伯爵領なのですね」



 ハヌラ伯爵家。実は我がシュトレ伯爵家とは仲の良い間柄だ。

 


 こことは逆の場所には海が面しており、他国との貿易も盛んだった。

 だが前国王の代で貿易の規制がかかり全盛期よりは落ちたらしいが、災害で税に苦しむ地領の人を受け入れ、それでも豊かな土地で領地を繁栄させている。


 実際は、貿易の規制を守っているふりをして裏では海賊と取引している……と、兄が言っていた。

 実際のところ、兄はハヌラ伯爵のやり方が雑だと言って、あまり付き合いたくないようだった。

 海賊云々は別に気にしていない様で、兄らしいなとは思ったが……深く関わらないほうがいいとは昔言われたことがあったっけ。




「治安は大丈夫でしょうか……」



「ハヌラ伯爵領を知らないのか? 治安の良い場所で有名ではないか」



 それはハヌラ伯の領主が山賊とも繋がりがあるからでしょうね。

 私はまだ大丈夫だが中立だと見せつつ、しっかり王政反対派なのだ。むしろレアンドロが心配なんだけど……



「では、前とあまり変わらないのですね」



「三年とはいえ、そうそう変わるものではないぞ」



 王都は変わってるじゃない……とは言えないが、実際に見てみない事には分からないよね。



 山を下り、ザビの町の前に着く。



「悪いがここまでだ。俺は先に行かせてもらう」



「町で一泊されないのですか?」



「ああ、このまま走れば日暮れまでに次の村に着くだろう。早めに帰りたいからな」



「そうですか……ここまでありがとうございました。レアン様、どうかお気をつけて」



「ルルシアも、また王都で会おう」



 最後に優しく笑いかけたレアンドロに、驚きつつも、彼が先に視線を逸らし、来た道とは別の方へと走っていく。

 後ろ姿を見えなくなるまで、私は頭を深く下げて見送った。





「さて、と」



 カバンを背負い、改めてザビの町の入り口に向き合う。



 ザビの町の周りには要塞程ではないにしろ、高い塀に囲まれていた。

 関所らしきものもあり、私はマクレガー領の町で作った農業ギルドのカードを出した。これしか身分証がなかったが、どうやらそれで通れるようで、何とか町に入る事が出来た。




「凄い賑わってる……」



 今まで以上に人口が多い。

 店も露店ではなく建物が通路沿いにひしめき合って建っている。


 露店も押し車式のもので、可愛らしいアメ細工や焼き菓子を売っていたり、貝殻を使ったアクセサリーや魚を串でさして焼いたものなど、この町独特の店もいくつかあった。


 観光で来ている客も多いようだ。


 とりあえず町を見ながら宿屋を探した。



 歩いている途中、芝生がある広場に出た。

 真ん中に噴水があり、その周りには散歩する人や芝生の上に座り食事をする人がいたり、思い思いの過ごし方をしていた。



 噴水自体も一つではなく幾つかあるようで、見渡す限りには7つ程あるようだ。



 

 

「お嬢ちゃん、これ分かる~?」



 頭の上から男性らしき人の声をかけられ、見上げるより先に顔の前に何かを広げられた。


 紙なのは分かるが、書かれているのはこの国の言葉ではない。


 意味はすぐ分かったが、これを答えていいのか迷っていると、紙を上げられて見えなくなる。


 振り返れば男は既に背を向けて、私を見ることなく手を軽く振りながら



「わりぃ、人違いだったわ~」



 そのまま男は去っていく。


 身長の高い男は兵士より細いが痩せている訳ではなくバランスのとれた体躯をしており、珍しいアッシュブロンドの明るく癖のある髪を束ねることなく放置しているが、ある意味それはそれで纏まっていた。

 日焼けしたような濃いめの肌色は、この町の人とは異なっていて、異国の生まれのようだ。


 肌色だけで見れば南の国の出だが、髪は最北部にある領地の者に多くある色だ。


 変わった組み合わせだが、彼の横を通り過ぎる女性は振り返って頬を赤らめている者が多く、男性でさえ振り返っていた。



 顔を見ることはなかったが、周りの反応を見ると色男なのだろう……と思う。


 しかし、あの紙に書かれていた字はハヌラ領から海を挟んだ向こうのタボルアン国の言葉だった。



 小国ではあるが自国や他国の古い書籍を保管しており、書籍を大事にする頭の良い民が多いという。

 タボルアンの民は同盟国に留学もよくしており、他国との友好交流を積極的に行っている。

 我が国は災害により大変な時期にタボルアンから無償の支援を受けており、国同士でも仲の良い間柄だ。

 夏の式典の際も国賓として毎年招いている。

 タボルアンの民の殆どこの国の民と変わらない肌色だが、髪色は赤毛が多いらしい。

 国賓として来ていた王子や王女も明るい赤毛の色をしていた。



 だから、どうしてもちぐはぐな印象的で不思議な男ではあったが、何よりあまり関わらないほうがいいだろう。


 何故なら、彼の紙には『私を助けて』だから 







 気持ちを切りかえ、私は宿屋探しをする。


 子ども一人が泊まることに疑いの目を向けられ、なかなか宿が決まらなかったが、敷居の高い宿屋……というかホテルに行くと、貴族である事と、お金を見せたら何とか部屋をとることが出来た。


 案内された部屋に入ってみれば、掃除は行き届いており、家具も凝っていて一つ一つがデザインに拘る職人によるものだと分かる。

 寝心地の良さそうなベッドは一人なのにダブルの大きさだった。


 色々と不要ではあったが、朝のうちにレアンドロが心配して金貨を渡してくれたのもあるし、今回は有り難く使わせて貰おう。



「お食事はいかがなさいますか?」



 案内してくれた女性に聞かれて私は外で食べる旨を話し、鍵を受け取る。



「何かありましたら……」



 女性が聞きかけると、部屋の扉がノックされた。


 私は女性に頷いて開けるよう促すと、扉の前に恭しく頭を下げる中年の男がいた。



「急な訪問でございまして失礼致します。シュトレ伯のご令嬢がお見えと知り、ご挨拶にさせて頂くため参りました」



 こちらの声をかける前に顔を上げた男は、笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 私は無表情でそれを見ていたら、男は何も言わない私を気にすることなく話を続けた。



「我がホテルは貴族の方のご宿泊にも対応しておりますが、何分、ここはハヌラ伯爵領主直々に手を掛けている場所でして……」



「そう、ハヌラ伯爵領主であるダニエル様はお元気?」



「勿論でございます。ダニエル様のご子息も……」



「ああ、マティアスね。前に王都で会っていたけど、今は領地に戻っているのね」



「は、はい。マティアス様の祖母にあたる……」



「ヨハンナ様はお亡くなりになって5年かしら……あの時はマティアスよりも侍女長のサラが嘆いていたことをよく覚えているわ」



「さ、サラ様までご存知で……したか」



「サラは元々男爵家の出で、学院時代にヨハンナ様の目にとまり、才を認められてハヌラ伯爵家に来た方ですもの」



「そ、その様な事までっ……あ、いえ、失礼致しました! で、ですが、我がホテルでは貴族の方がお泊まりになる場合はハヌラ伯爵領主に伝える勤めがありまして、つきましては貴女様のお名前をお伝えさせて頂きたく存じます!」



 脅しかな?

 領主に筒抜けって……これ、貴族が内密に来れないんじゃないかな?


 変な人がきたら直ぐに情報がくるようにするのはいいが、こんな面と向かって言うのは……多分、脅しの類いが強いな。



「ではダニエル・ハヌラ伯爵には『イカの食べ過ぎにはご注意下さい』と宜しくお伝え下さい」



「は、はい、畏まりました、失礼致します!」



 足早に立ち去る男に、私はため息をつきつつ、近くにいた女性に目を向けた。



「あら、貴女も魔力があるのね」



 よく見れば少し力の動きが見えた。恐らく私の魔力を鑑定している。


 しかし自分と同等までしか量れないので、直ぐに諦めたようで、申し訳なさそうに顔を伏せた。



「魔術の学校には通っていたのでしょう? 鑑定出来るのですから」



「す、すみっ……申し訳ございません!」



「いいのよ。貴女も言われて量っていたのでしょう?」



「い、いえ……ルルシア・シュトレ様と言えば魔術を学ぶ者が必ず聞く名前ですので、その私が勝手にしでかしたことでっ……申し訳ございません」



 女性は慌てて絨毯の上に土下座して頭を下げた。



「いいのよ、私は気にしないから。それよりちょっと付き合ってくれない?」



「は、はい!」



「出来れば今日1日付き合って欲しいのよ。店長さんには私から伝えるから」



「いえ、店長は恐らくハヌラ伯爵領主の方にシュトレ伯のご令嬢の事を伝えに行っておりますので……それに、この部屋の担当は私なので、どうぞご自由にお使い下さい!」



「あら、良かったわ。まずは貴女の名前を教えて頂戴」



「はい、私はアリナと申します。宜しくお願い致します!」



「私の事はルルシアと呼んで。では町の井戸を全て案内して頂戴」



「はい! ……い、井戸……ですか?」



 荷物を置いて部屋の鍵を閉めて、私は半ば強引にアリナを連れて町へと出向いた。








「こちらがホテルから近い井戸です」



「水を汲んでくれない?」



 ホテルの裏にある道を辿れば、すぐに開けた場所に出て真ん中に井戸があった。


 レンガで組まれた四角い井戸から、アリナに水を汲み上げてもらい、中を覗く。


 見ている私の隣で、同じように覗くアリナは、目を細めていた。




「アリナにも見える?」



「とても薄く、微かに淀みが見えますが……」



「見えているのね、良かったわ」



「見えます……井戸は川の水よりも多少の濁りはありますから」



「いいえ、この井戸に濁りはほぼないのよ。普通なら淀みも見えないはずなの」



「それってまさか……魔力があるかどうかで分かるという事ですか!?」



 凄く驚くアリナは、更に何かを思い出して辺りを見渡してから、再び私を見つめた。




「井戸の水が良くないって噂がありましたが……まさか誰かが魔術をかけたのですか?」



「それは私にも分からないの。それをしているのが魔術師かどうかも検討がつかないのよ」



「それを調べる為にルルシア様は旅をされているのですか?」



「元々は別の目的なのだけれど、気付いてからはなるべく見るようにはしていたの」



「……やはり、他の町にも体調が良くない方がいるのですか?」



「大なり小なり居たわね。だいたいは腹痛の症状ばかりだけど」



「こ、この町も同じ症状です!」



 やっぱりか……でも、浄化もされていない様子だ。

 ここの井戸水も今までの村と同様に酷い有り様だ。


 アリナには薄く見えるようだが、私からはしっかり黒い藻が見えていた。



「……アリナ、その辺りに石はない? 小石でもいいわ」



「い、石? えっと……これではどうでしょうか?」



 石壁から落ちて片隅に避けられた石を持ってきてくれて、私はそれを受け取り、すぐに浄化の力を込めた。


 目を見開いてそれに驚くアリナに、私は変えたばかりの石をアリナの手に渡した。



「こ、この色っ……浄化の魔術ですね!」



「井戸に投げ入れて」



「は、はい」



 ぽちゃんという音の後に、キラキラ浄化して輝く水面が見えたが、アリナにはいまいちピンと来ていないようなので、再び水を汲んでもらって確認するれば、アリナは嬉しそうに



「淀みが……ありませんよ。凄いですルルシア様!」



 アリナは舞い上がり、私の両手を握りしめていた。


 我に返り、慌てて両手を離して「申し訳ございません」と消え入りそうな声で言っていた。



「いいのよ。次の井戸に案内して」



「は、はい!」



 こうして、アリナの案内と共に町中の井戸を巡る。

 計21個もあったが、全てを浄化した。


 途中でアリナが私の魔力を心配していたので、ついでに浄化について教えてみた。

 井戸を周りながら練習を重ね、アリナは石に浄化を込める事が出来た。だいたい1日分の作用だが、それで十分だ。


 すっかり日が暮れ、飲み屋ばかりが開く中でアリナと一緒にホテルに戻る。



「ルルシア様の浄化の方が効きますよね」



 と聞かれたので、詳しく浄化について教えてあげた。



「これで浄化しているのも、今ある水だけを濁す魔術だと思っているからなの」



「ですが、ルルシア様は長期で効くものを入れていますよね?」



「新たにかけられた時に対抗出来るようにしているだけ。村や町に何度も足繁く通えないもの」



「石などに魔術を込めていることはありませんか?」



「全くないとは言えないけれど、少なくとも1日は試してみたの。やっぱり浄化された後は綺麗なままだったわ」



「そうでした、浄化は全てを洗い流す魔術でしたね……相対するものは全て搔き消されてしまう」



「浄化の魔力自体、文献が少ないのよね。アリナはよく覚えているのね」



「い、いえ! 魔力は少ないですがせっかくなら学べるうちに学ぼうと思ってたんです」



「それは凄い事よ。アリナがこうして浄化の石を作れたから、この町の事は安心出来そうよ」



「そんなっ……でも、魔術で水を汚染する事が出来るのは知りませんでした」



「それは私も同じよ。こんな悪意のある魔術なんて見たことなかったもの」



「ルルシア様が分からない魔術……怖いです」



「私に出来る対策はこれくらいなのよ。早く原因が分かればいいのだけれど」



「そうですね……あれ、そういえば魔術の淀みなら、どうして腹痛が発生するのでしょうか? 皆さん魔力持ちではないはずなのに……?」



「それも分からない事の一つなの」



「……あのルルシア様、実は腹痛じゃない症状の方がいるのですが」



「どういう症状なの?」



「腹痛はないのですが、身体の節々が痛み、力が上手く入らない事が多いのです」



「それはいつから?」



「だいたい半年くらいでしょうか」



 村にいたイベラと同じ……よりも酷いかもしれない。



「そういう方は他にもいるの?」



「私の知る限り三人程……今は町医者のところに通っているようです」



「そう……ねぇアリナ、近い内にそのお医者さんのところに案内して欲しいわ」



「それは勿論です! 是非来て下さい!」



「アリナ何か期待しているようだけど……」



「分かってます。ただルルシア様にとって何かのきっかけになればと思いまして」



「そう、ありがとう……」



 話している内にホテルの前に着くと、何やら人が混み合っていた。


 アリナが先に様子を見に行ってから、慌てて戻ってくる。



「ルルシア様、領主様の馬車がいらっしゃってます!」



「馬車?」



「恐らくルルシア様にお会いに来られたのではないかと……」



 それはまた面倒な出迎えだ。


 けど逃げたらこのホテルに泊まれない。



「いかがなさいますか?」



「行くしかないわ」



 諦めてアリナを伴い、人混みを避けながらホテルの出入り口に入ると、受付すぐ近くに立つ一人の男に目が行った。


 後ろ姿でも分かる。彼はマティアスだ。

 伯爵夫人譲りのゴールドブロンドの目立つ髪色と、領主譲りの壊滅的なセンスの服装は、紛れもなく彼だ。


 光の具合でキラキラと輝きを放つ紫色の上下スーツ一式に、季節度外視の白い毛皮のマフラーが巻かれ、足元は髪色と同じゴールドの靴を履いている。



 振り返って私を見つけた彼は、その見た目なのに仕草はスマートで、片膝をついて恭しく頭を垂れる。



「シュトレ伯爵令嬢、お迎えが遅れて申し訳ない。どうか我が城に招かれてくれぬか?」



 言ってる内容は気に食わないが、マティアスの姿に先ほどの疑っていた男もとい店長は焦っている様子だった。


 信じてもらえたなら良かったが、私の前でギラギラした目をこちらに向ける彼に、私は顔に隠すことなく、しかめながら見ていた。



「……私は本日この町に着いたばかりの身、どうかお城に上がる際はこちらからご一報させて頂きたく存じます」



「疲れているのなら我が家に参ろうではないか、大丈夫だ。私自ら丁寧にもてなしてやろう」



「その様な事を伯爵家のご子息にはさせられませんわ。どうぞ今日はお引き取り下さい」



「伯爵令嬢をもてなすのは貴族として当然の事だ。気にする必要などないよ。さぁ馬車にお乗り」



「いえいえ、同じ伯爵家とはいえ家格が違いますわ。私など……」



「ええいっ! 往生際が悪いぞルルシア!」



 あ、早くも化けの皮が剥がれた。


 その姿勢のままに顔を上げたかと思えば、私のフードを払って頭を出させると、片手で顔を掴んで引き寄せられた。


 間近で見るマティアスは、前よりも男らしく凛々しい顔つきになっていたが、いかんせん今は険しい顔を私に向けていた。



「ようやく会いに来たと思えばなんだその態度は!」



「私は貴方に会いに来た訳ではありません」



「卒業の時に約束しただろうっ、会いに来いと!」



「そんな約束していません」



 一方的に言ってただけでしょうが。



「来たからにはちゃんと我が城に来てもらうぞ! そして私のコレクションを見て恐れ戦くといい!」



「そんな暇ないので、お断りします」



「お前は変わらず無礼なやつだなっ、いいから来い!」



 そのままマティアスに担ぎ上げられ、私は抵抗する気も起きずにそのまま連れ去られた。


 アリナが慌てていたが、私は苦笑いで「ちょっと行ってくるわ」と言っておいた。



 エスコートなしで荷物のように馬車に運ばれ、馬車の中では丁寧に座席に下ろされた。


 向かいの席にマティアスが座ると、馬車は動き出した。





 町を抜けてからも、なだらかとはいえ山道で道も斜めになり、マティアスも当たり前のように何も言わずに私の隣に座って腕と足を組む。




「本当の目的は何だ?」



 無言の車内で、先に口を出したのはマティアスだった。



「魔女アリアからの指示で、ザビの町に来ました」



「魔女アリア? あのアリアドネか?」



 マティアスはアリアの事をいつも本来の名前で呼ぶ。皆結構忘れがちなのだ。


 ハヌラ伯爵の祖母にあたる方がアリアという名前なので、この家の者は被らないように配慮しているらしい。



「私は卒業後にアリアの弟子になり、今は修行中の身で旅をしています」



「ほう、皆行方を探していたが、アリアドネの元にいたのか……簡単には見付からない訳だな」



「ですからハヌラ領には旅で立ち寄っただけなので……」



「それでも約束は守って貰おうか」



「先ほどのコレクションの話ですか?」



「いいや、守って欲しい約束は別のことだ」



 勝手に約束されてる事が多いから、どれの話か分からないが、私はげんなりしながらマティアスの言葉を待つ。



「……私の妹、エヴェリーナと約束しただろう。“何かあれば駆け付ける”と」



 逸らしていた視線をマティアスに向ける。

 彼も私をじっと見つめていた。


 どうやら嘘ではないようだと分かり、私は前を向いてため息をつき、後ろにもたれ掛かる。



「……私は医者じゃないわよ」



 腕を組んで、横から向けられる視線に嫌々ながらそう答えてみる。



「分かっている。私が求めているのは医者ではなく魔女だ」



「魔術師では駄目という事は……禁術でも使わせるつもり?」



 魔術師の認可が降りていない私は魔女であり、本来であれば薬の販売すらしてはいけない。

 だが縛りがあまり無いのもあり、魔女とは国に関わらず密かに活動する者でもある。


 それでも魔術師としていたほうが制約も少ないから、だいたいの者は国に申請する。




「禁術に近いかもしれないな」



「……何をさせたいの?」



 本来、マティアスは真面目な性格であった。

 服装のセンスに似て、魔術も壊滅的にセンスがなく、決まった術式だけしか出来ない人間だ。

 掛け合わせた魔術も出来なくはないが、真面目過ぎる故に、理屈にないような術を認めたがらないせいで、上手く出す事が出来ないようだ。


 そんなマティアスが、常識を破ろうとする程に追い詰められている……エヴェリーナに一体何があったの?




「アルベルト殿下が作った新薬……魔力溜まりを流す薬を作って欲しい」



 最近話したばかりのそれに、ランドールの顔が過る。


 だけどあれはアルベルトに譲渡したレシピだ。

 それに特許取得後は薬を扱う魔術師が作り、一般的に出回っているはずだ。




「どういう事? それなら王都で買えるはず……」



「購入して飲んだが効かないんだ。違う魔術師の作ったものを試したがどれも効き目がない」



「作り方が変えたのかしら?」



「アルベルト殿下に直接作って貰ったものでも駄目だった。作り方も変えていないようだ」



「……アルベルト殿下が作ったもので無理なら私でも無理でしょう?」



「殿下に作り方を教えたのは君だろう?」



 ……どうして、知ってるの?


 まさか、またライオネルが?



「薬学の教授がよくルルシアを訪ねていただろう。教授もしっかり結界も張っていたようだが、肝心のアルベルト殿下と教授のやり取りを聞いた者が居てね」



 ライオネルが気付いたのは薬が出来てからよね……?



「私の父、ダニエル・ハヌラが聞いていたよ。元々諜報部員としての魔術を得意としていた……アルベルト殿下の動きを探っていた時に知ったらしい」



「……先ほど見付からないと言っていたけれど、私を探していたのはそういう理由?」



「探し始めたのは3ヶ月前からだ。父上ですら見付からなかったが、ようやく最近グラジア領にいる情報が入ったが、また消息を絶ったな? そのせいで今も父上は探し続けているよ」



「それを私のせいにされてもね……」



「言い方が悪かったな、すまない。だが分かって欲しい。妹は既に手足が上手く動かないんだ」



「……え? 手足が上手く動かない?」



「ああ、半年前から体調がおかしくなり、徐々に身体に力が上手く入らなくなってから悪化して行った」



 マティアスが頭を抱えて話していたが、私は戸惑っていた。


 先ほどアリナと話したばかりの事を思い出す。

 あれも一種の魔力溜まりではあるが、自分自身のものではない……つまり私の作った薬では構成上それは流せない。



 魔力を持つ貴族にまで及んでいるのだとすれば、他の領地は大丈夫なの?




 私が色々考え、悩んでいると、マティアスも顔を上げて



「……分かっている。作ったとはいえ必ずしも解決出来るとは思っていない。ただ診てくれないか? 少しでもいい、何か分かる事があれば教えて欲しいんだ」



 必死な顔をするマティアスに、私はただ頷いて答えた。

 それだけでもマティアスは安心したようで、弱々しくも笑っていた。







 夜の暗い中に建つ城は、どこか恐く感じたが、それよりもマティアスに急かされ、内装もじっくり見れず、挨拶された使用人にすら声を返せずに連れられて、とある部屋の前に来た。


 マティアスがノックすれば、中から弱々しい声で「どうぞ」と返ってくる。


 それを合図にマティアスは無作法にも扉を開けて、手を引かれてベッドの前に立たされた。

 乱暴だな……なんて考えつつ、ベッドから見上げる女の子は、以前よりも痩せこけていたが無理に笑ってみせながら



「ルルシアだ……久しぶり……こんな姿で、出迎えも、出来なくて、ごめんなさいね」



 声まで弱々しくなった。



「久しぶりね、エヴェリーナ。気にしなくていいのよ。私と貴女の仲じゃない」



 私も笑って見せるが、エヴェリーナは悲しげに笑っていた。



「お父様や、お兄様が……無理を、言ったのでしょう?」



「それもいつもの事よ。でも本当にどうしたの? いつからこんな……」



 横からマティアスが「半年前だと言っただろう。早く診てくれ!」と急かすので、エヴェリーナから



「やめて、お兄様……ルルシア、ごめんなさい……いつもは優しいのよ」



 エヴェリーナに対してはね。

 私はいつもこんな扱いなのだけど、マティアスのシスコンぶりは、普段は妹に見付からないようにしている。



 さてと、じゃあ始めますか……


 エヴェリーナの両手に自分のを重ねる。




「エヴェリーナ、私の両手を握れる?」



「うん……」



 

 あまり力が入らないようだが、それでも問題はない。


 目を閉じて、私は魔力を流す。


 しかしすぐに魔力がぶつかった。

 既に指先に溜まっているようだ。


 目を開けてエヴェリーナの身体を魔力に沿って読み取れば、幾つか溜まりが出来ている。だいたいは関節に溜まっているようだが、頭の方や心臓には行っていない事には安心した。



「何か分かったか?」



 急かすマティアスを無視して、私は集中して再び目を閉じてエヴェリーナの指から溜まっている塊を自分の魔力に浄化の効果を合わせて流していく。


 指先は早く流れて私の元に来ると、それを一旦自分の胃の中に留めておく。


 時間が掛かるが、これくらいなら何とかなりそうだ。



「おい、何か分かったのか? 黙ってないで教えろ!」



「お兄様、少し落ち着いて……ルルシアは慎重な方なのよ」



 さすがエヴェリーナ、ありがとう。

 まぁ、未だに後ろでガヤガヤうるさく騒いでいるマティアスがいるが、無視だ。


 たまに肩を叩かれるが気にしないよ。



 指先より他の関節の溜まりはせき止めも浅く、早く私に流し込む事が出来た。


 どれくらい経ったか分からないが、そんなに時間はかけていないはず。


 次に目を開けた時、エヴィリーナは変わらず優しい笑みを浮かべていた。



「ルルシア、大丈夫?」



 恐らくまだ効果はないだろうが、とりあえず体内で溜まっていた分は何とか私の胃の中に収めた。



「……ちょっと、お手洗いを借りていいかしら?」



「ええ、どうぞ」



「おい、何かっ……」



「お兄様、無粋ですわ」



「し、しかし……」



「失礼します」



 私は近くにいた侍女に頼み、お手洗いの部屋に行く。


 私は窓を開けて外に出て、思い切り咳き込めば、黒い吐血のようなものが口から出された。


 

 イベラの時よりも明らかに量が多い。


 エヴィリーナは随分と取り込んだようだ。



「……これ、本当に何なのかしら……」



 吐き出したそれをじっと見ていると、黒い液体は空に向かって蒸発していく。


 跡形もなく消えて、私は窓からお手洗いの部屋に戻り、何事もなかったように侍女と共にエヴィリーナの部屋へと向かった。



 しかし戻る途中で、マティアスに待ち伏せされて、別の部屋に案内された。



 来客室のようで、ソファーに向かい合うように座れば、侍女がお茶を出してくる。



「……それで、話を聞かせてくれ」



「マティアス様はお身体のほうは大丈夫ですか?」



「私は大丈夫だが……それがどうした?」



「エヴィリーナと共に領地でお過ごしに?」



「いや、私は父上と共に王都を行き来していた。最近はずっとこちらに居るが」



 二人は王都にいた……じゃあ王都の井戸水は大丈夫ということか。



「エヴィリーナ以外にも同じような症状の者はいませんか?」



「だいたいは腹痛が多いが……従者と侍女が二人ずつかかっているが、エヴィリーナ程の症状はないようだ」



「他にもいませんか?」



「城の中ではそうだが、町のほうにも腹痛の者がいる話は聞いていた」



 お茶に口を付けようとしたマティアスに、私は



「原因は井戸水です」



「は?」



「今飲まれようとしたそれにも、含まれています」



 口を離してお茶を見ているマティアスは、見えないらしい。


 恐らくエヴィリーナやダニエル様も見えないから分からなかったようだ。



「……本当か?」



「汚染した井戸水を繰り返し飲んだ事で身体に蓄積されてしまった。だから力まで入れられなくなった」



「何故、一部の人間だけがそうなる?」



「魔力がある方に限ります。特にエヴィリーナは魔力を多く持っているからこそ多く取り入れてしまい、魔力溜まりのような症状になったようですね」



「何故分かった?」



「まず、マティアス様から予め聞いていた症状で自身の魔力溜まりで出る症状とは異なるものが有りました」



「……力が入らない……ところか」



「本来、魔力がなくとも人は生きて行けます。多少非力になるものの力が入らない程ではないのです」



「身体にまで影響する程は有り得ないと?」



「はい、魔力が行き渡らない事を知るのは自分で気付くか、誰かに見てもらうかしか分からないので、明らかな不調はないはず」



「なるほど……」



「魔力溜まり自体あまりない症例ですし、詳しいところが曖昧になっていたようですね」



「では何故、井戸が原因だと分かった?」



 それから私はマティアスに、井戸水の汚染について今までの町や村で見た事をかい摘まんでに説明した。


 マティアスは驚いて再びカップのお茶を見ていたが、やはり見えないようで険しい顔をしていた。



「……我が領地の井戸全てもその可能性があるということか」



「魔術師と共に回り、確認すべきでしょう」



「エヴィリーナはいつ回復するんだ?」



「そこまでは分かりません。魔力のほうは普通に流れていますが、身体が弱っているのでそれが良くなり次第でしょうね」



「ならば先に、浄化を使える魔術師を早く雇うべきだな」



「とりあえず私が城の井戸に浄化の力を付けます。しばらくは大丈夫かと思いますが、警戒していたほうが良いでしょう。後はエヴィリーナが回復すれば浄化に関しては彼女に任せれば大丈夫かと」



「それは助かる! 出来れば浄化の魔術を施したものも幾つか買い取らせてくれないか?」



「マティアス様にしては珍しい……この様な取引を提案されるなんて」



「領民に関わる話だ。表も裏もないだろう……だが、こういう時にルルシアが魔女で助かったな」

 


 安心してヘラっと笑うマティアスに、つられて笑いそうになった私は我に返り、彼の服装に目が行く。


 ああ、目が疲れる。



 視線を逸らし、私はマティアスにエヴィリーナ同様の症状を人を集めてもらう。


 その間に城の井戸を回り、浄化していく。



 それから集まってもらった人たちの溜まりを自分に引き入れるように流し込み、外で吐き出す。


 最後にエヴィリーナの様子を見に行ったが既に眠っており、私は魔力の流れが正常であることを確認して部屋を出た。



「良ければ今日は泊まっていかないか」



 マティアスに言われたが、私は町に戻って宿で休みたい事を伝えると意外にも引き止められることなく、馬車を出してくれた。


 しかし馬車にはマティアスも乗り、見送ると言った。断るがそれは聞いて貰えず、仕方なくそれに従った。

 



「……ありがとう」



 馬車の中で、マティアスが小さく言った。



「いえ、私も旅をしていて気付きましたから」



「それでも、遅ければエヴィリーナは……助からなかったかもしれない。ルルシアでなければ……」



 偶然……だったのかな?


 アリアは分かっててここに呼んだのか……

 じゃあアリアは何で知っていたのか……

 アリア自身は場所を指示をするだけ、それに従っている私はその場所に行き、魔術を使って何かをする。


 アリアはどこまで分かっていて私を動かしているのだろう。




「お礼は、魔女アリアに伝えて下さい。私がここに来たのは彼女の指示ですから」



「何故いつも、お前は人の好意を素直に受け取らないんだ」



「私が受けるべきものじゃありません」



「それを決めるのは君じゃない」



「受け取る側にも決める権利がありますわ」



「……私はやはり、君が嫌いだよ」



「そうですか」



 思ってもいない事を口にしていたが、私は訂正する気はなかった。


 嫌いならそれでいい。

 私にはこれ以上は勿体無い。




「……明日は何をするんだ?」



「町のほうにも同様の症状がある方を回り、診てみる予定です」



「君は本当にっ……。ムカつくな」



「そうでしょうね。浄化を込めた石を幾つか用意しておきますから、改めて使いの者を派遣して下さい」



「ハァ……一度は城に来い。エヴィリーナの為に」



「……分かりました」



「安心しろ。兄上は王都にいる」



「それは有り難い話ですね」



「兄上も周りに言われてルルシアに近付いているだけだ。あまり邪険にしないでくれ」




 ハヌラ伯爵家の長子であり、マティアスの兄のヘンリックとは家同士の繋がりもあり、何度か顔を合わせている。


 エヴィリーナとマティアスは学院時代でよく会っていたが、ヘンリックは魔力がないので会うのはだいたいホームパーティーくらいだ。



 マティアスの言うように、ハヌラ伯爵家はシュトレ伯爵家の私との縁談を望んでおり、ヘンリックはそれに従って私と仲良くなろうとしているが、彼が望んでいないのは私でも分かるし、未だにこの身体なのを気味悪く思っているのも知っていた。





「お互いの為にもハヌラ伯が諦めて頂けないでしょうか」



「今回の事で尚更……いや、これを機に断ればいいか」



「交換条件のようなものですかね」



「そうなると……次の矛先は私になりそうだが」



「困りますね。その時は何とかして下さい」



「自分で何とかしろ。私は知らん」



 知らんって、自分も気に食わない相手と婚姻したくないでしょうが……


 まぁいいや、そうなる事はほぼ有り得ない話だ。










 宿に戻り、よくやく私は休むことが出来た。

 久しぶりの夜更かしもあり、ベッドに入れば疲れてすぐに寝てしまった。




 次に目が覚めると、朝日はとっくに上がっていた。

 窓から町を見下ろせば、既に人が賑わいをみせていた。



 大分寝ていたようだ。


 慌て身支度を整えていると、扉をノックするアリナを招き入れた。



「準備でしたら私がしますよ!」



「髪の毛結び直すくらいよ?」



「お任せ下さい! 夕方にはお風呂も用意しますから!」



 至れり尽くせりだな。


 大人しくアリナにお任せし、アリナが用意した朝食をとりながら



「昨日話したお医者さんのところだけど……」



「話はつけてありますから、いつでも来ていいですよ!」



「急な話なのに……本当に大丈夫なの?」



「はい、町医者は私の知り合いなので」



「そう? ではお邪魔しようかしら」



「是非来て下さい!」








 アリナの案内により町医者がいるのは裏路地にある二階建ての家で、そこに入ると一人の中年男性が机の上で何かを書いていた。


 私たちが入ってきた事に気付かない様子で、アリナが大きな声で



「ニイロ先生!」



「ぅおっ!? あ、アリナ?」



「話してた方をお連れしましたよ」



「あ、あぁ……えっと……君?」



 視線をさ迷わせたあとに私を見つけたニイロという先生は、意外な様子で私をじっと見つめていた。



「伯爵家のご令嬢だって話したでしょう! ルルシア様すみません!」



「か、彼女……んんっ、こちらのご令嬢がルルシア・シュトレ様なのですか?」



「ニイロ先生! もっと畏まって!」



「ほ、本日は、遥々我が病院にいらっしゃって、その心より歓迎致す所存であり……」



「あぁもう! しっかりして下さいよ!」



 慌てる二人を見て、思わず笑ってしまう。



「大丈夫ですよ。言葉遣いは気にしませんから話しやすいようにどうぞ」



「ルルシア様優し過ぎますよ! 場合によっては極刑ものでしょう」



「き、極刑!?」



「しませんから。そんな傲慢な貴族今時いませんかから」



 多分ね。



「ルルシア様、改めまして……この医院を営んでいるニイロ・サクサです。どうぞ宜しくお願いいたします……」



「サクサというと……男爵家でしたっけ?」



「な、何故知っているのですかっ? 一代前に没落したのにっ」



「一応、貴族名鑑には頭に入れていますから」



「さすが伯爵家のご令嬢だ……あ、すみません。今回来られたのは患者の事をお聞きになりたいと?」



「はい、アリナから聞いたのですが、井戸の水を飲んで腹痛以外の症状が出ている方と」



 ニイロは私からアリナをじっと見ていたが、すぐに諦めた様子で視線を逸らす。



「……その様な方は居ませんよ」



「え?」



「ちょっとニイロ先生! 3日前に話してたじゃないですか!」



「治りましたよ。ですからもう居ません」



 明らかに話を終わらせたいようだ。


 というか、私に知られたくない様子?



「……どのような治療をなさったのですか?」



「薬を処方しました」



「何のお薬ですか?」



「私が煎じた毒消しの薬です」



「では、患者は完治しているという事ですね」



「……はい、そうです」



 言いたくない……情報を漏らしたくないのか?


 悪い人には見えないけど、どうも頑なな様だし、詳しい話は聞けそうにないな。



「アリナ、帰りましょうか」



「え、でもっ……」



 アリナも明らかにニイロを疑っていたが、話さない様子では無理だと分かり、それ以上は何も言わなかった。



「ニイロ先生、失礼致しました」



「いえ、お役に立てず申し訳ありませんでした」



 私はそこから足早に退散した。


 アリナも後ろからついて来て、未だに納得しない様子だった。



「ルルシア様、先生はっ……」



「隠していらっしゃるのね。仕方ないわ……信用がないもの」



「で、でもっ、井戸の水を浄化してくれたルルシア様に対して失礼過ぎますよ!」



「魔力が無ければ見えないもの、信じられない気持ちも分かるわ」



「そんなっ……でも、苦しんでいる人が居るのに……」



 確かに、放置は出来ないわよね。



「アリナは患者さんの場所は知っているの?」



「一人なら……近所に住むおじさんよ」



「行ってみましょうか、アリナも協力して」



「は、はい!」





 30分程歩いた先に、幾つかある民家の中でも少し大きい家があり、アリナが先に入って話をした。


 その後、アリナが戻ってきて



「ルルシア様が医者を目指していて、患者を診たいって言いました。念のため貴族ってことは言ってません」



「ありがとう。騙しているようで申し訳ないけれど……」



「これも皆の為ですよ、まずは診て下さい!」



 背中を押されて中に入れば、一階の広い部屋の片隅の椅子に座るニイロと同じくらいの中年男性がいた。


 私を見て人好きする笑みを浮かべた。



「アリナが言ってた医者の卵ってのは嬢ちゃんか?」



「は、はい! お話伺ってもいいですか?」



「何でも聞いてくれ」



 おじさんから話を聞くと、そこまで酷くはないようで、手足の指先に力が入らなくなる位だと話してくれた。



「あの……両手を握ってもいいですか?」



「ん? 何か照れるなー。こんなおっちゃんで良ければ好きに触ってくれ」



 触ってすぐに分かった。

 昨日よりも早くて簡単に取り込めた。



「ありがとうございます。また様子を見に来ていいですか?」



「ああ、構わないよ。どのみちこの手じゃ仕事も出来ねぇからよ」



「お仕事は何を?」



「店で料理を作ってんだ」



「コックさんでしたか」



「おじさんの魚料理は絶品なのよ」




 少し話してから家を出て少し歩いてから、人気がないのを確認して私は深呼吸し、胃にある黒いものを吐き出した。


 黒い塵のように舞い落ちる姿を隣で見ていたアリナは驚いていた。



「る、ルルシア様……だ、大丈夫ですか?」



「えぇ、全部出したからスッキリしたわ」



「もしかして、今出したのって水の中にあった淀みじゃ……?」



「ええ、せき止めていた物を私の胃に移して出したのよ」



「そんな事出来るなんてっ……」



「魔力を相手に流す時に浄化をかけながら相手の身体には残らないようにして、逃げ道を私の胃にだけ集中させる」



「それだけでおじさんの悪い物を取っちゃったんですか!?」



「術式等が複雑にはなるけれど、基本的にはそうね」



「じゃあおじさんはもう大丈夫なんですか?」



「前のように動かすまでは少し時間がかかるかも。汚染した水を飲み続けなければ問題ないはずよ」



「す、すごいですよっ!」



 アリナは感動したようで、ニイロにこの事を伝えて患者を診て貰うように説得すると言った。


 近くにある広場で待ち合わせをする話をつけて、アリナと一旦別れた。




 私は一人、麻袋片手に広場を散策しながら小石を探した。


 広場は昨日よりも狭いが、噴水が2つ程あった。

 その内の一つに、一人の男が噴水の水を飲んでいた。


 慌てて近付けば、昨日会ったアッシュブロンドの日焼けの男だった。



 男は私に気付いてニコニコしていた。

 なるほど顔は確かに整っている。これは女性が放っておかないだろうな。




「お嬢ちゃん、昨日会ったね~」



「あの、水飲まないほうがいいですよ」



「あ~お腹壊すとかっていうアレ? 俺は大丈夫だから」



「でもっ」



「これでも俺は“聖心力”の持ち主だからさ~」



 聖心力……これは我が国でいう“聖なる力”だ。


 この言い方をするのはラシュフィード国の人が使う言葉だったはず。



「ところで君、随分と良い見た目してるね~」



 フードを勝手に後ろへと下ろし、男は屈んで私をじろじろ見る。



「プラチナブロンドに琥珀の瞳……本の中の聖女そのものだね~」



「あの……」



「俺はエドアルド、エドでいいよ」



 エドアルド、どこかで聞いたことがあるけれど……思い出せない。



「聖女様の名前は?」



「私は……ルルシアです」



「じゃあルルって呼ぶよ~」



 よく分からないまま、自己紹介をしてしまった。


 この人、本当になんなんだろう?













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