始まり
伯爵家の次女として生を受け、衣食住に困らない環境に使用人や領民に蔑まれることや疎まれることなく恵まれた私は、それを当たり前のように与えられるものだと思っていた。
そう思っていたのは10歳の誕生日までの話だ。
毎年誕生日に王都の聖堂に行き礼拝にいくのだが、その年の神官長に自分の体質が魔力なるものが多大にあることを教えてもらった。
それを知った母上はすぐに魔術を扱う学校に編入させ、いずれは魔術師としてこの国を守るように言い付けられる。
私は伯爵家の令嬢という立場は無くなったのだと、貴族ではなく国の兵士として働けと言われた気がして、これを機に色々諦めた。
折角なら……と、学校で学べるものは全て学ぼうと頑張った結果、私は3年で優秀な結果を残して卒業した。
有り余る魔力と、親譲りの暗記力で実技も座学も難なく合格したのだった。
卒業後はまだ13という年齢もありすぐには魔術師団に入れず実家に戻ると、両親や兄弟たちが驚いていた。
それは私の見た目が10歳の頃から全く変わっていなかったからだった。
母上はこの時に私の貴族としての婚姻を諦めたと、後で聞いた。
結局、私は辺境の領地にある母上の親戚に預けられる事となる。
親戚は国でも優秀な大魔術師で、しばらくそこで魔術の知識を更に深めるように言われ、半ば追い出されるように親戚の家へと向かった。
そんな経緯で、私は必然的に他者に対して不信感を持つような人間になったのは言うまでもないだろう。
魔女の家と言われている親戚の家に着き、老婆が私を招き入れてくれたが彼女もまた素っ気なく、私も言われた通りのことだけ従ってやり過ごした。
そんな私の魔女…ではなく師匠のアリアは80は越えているだろう見た目と、黒く所々穴が空いているフード付きのマントを目深に被って気味悪く笑って今日も私を呼ぶ。
「カーッカッカッ、ルルシア、あれをごらん」
師匠のしわしわの細い指が差す方を見れば、窓の外にいる少し離れた位置に4つの人影が見えた。
「1人は王族だねぇ、厄介そうだねぇ」
「……薬を買いにきたのでしょうか?」
ここに来る人はだいたいアリア特製の薬を買いにくる者か行商人だ。
しかしアリアは何か思案してから私に、二階の客間を掃除してベッドを整えるように言われた。
「日が暮れてきているから来るなんてね、きっと奴らは泊まらせろとせがむに決まっているさ」
ぶっきらぼうに言いつつ、アリアも水を入れた鍋を暖炉で温め始めていた。
私も四人の姿を一瞥してからため息をつき、二階の部屋を魔術を使って掃除を始めた。
ベッドのシーツを張り替え終わった頃、一階の方からガタガタと複数の音が聞こえ始めた。
どうやら四人の旅人が既に魔女の家の中に入ってきていたようだ。
魔女の家の周りにはアリアの魔術で結界が張られているのに、こんなにも早く見つけられるとは……
やはり王族だからか、はたまたあの旅人のうちの一人は魔術を使えるようだったからその者か、あるいは旅人の中にいる聖者が使う"聖なる力"を用いたか……
「どちらにしても、アリアにとっては厄介なお客様のようね」
二階の客間を整え終わると私は自室に戻って自分の研究の続きをしていたらアリアの使い魔であるカラスに呼ばれて渋々戻れば、アリアの向かいに、ブロンドの目立つ髪色と夏の青空色の瞳をしているのにどこか気弱そうな青年がいた。普通にしていたら顔立ちも整っているし、さぞ女性にモテるだろうに……あぁ、この人が王族の血筋だな。
その横には夕焼けの空の髪色と、翡翠の瞳の美女が勝ち気な目で私を見ていた。この人から魔力の気配を感じるが、大した力量は無さそうだ。
そちらから視線を逸らして後方の二人を観察した。
右側の男は鎧をしっかり纏っていたが、顔は兜をとって手に持っていた。短い髪は上質な土壌のように濃い茶色をしており、瞳は青年よりも濃い水色をしている。どうやら騎士のようで、後ろには大きな剣を背負っており、持ち手が見える。私を警戒している様子はない……魔力もないから私の事をただの子どもにしか見えていないのかも知れない。
さて……問題は左側の男だ。この者は私が部屋に入ってから今もずっと私を見ている。
格好からして聖職者だ。魔力はないが別の異なる力があるからか、私の異色さに警戒しているように見える。
男の髪は漆黒の艶のあるもので、長い髪を後ろに結い上げていた。瞳の色は朱色で、顔の造りも整っている。聖職者でこの色合いの組み合わせの者は初めて見たが、きっと苦労していただろう。
黒い髪と赤い瞳……かつてこの国を不幸に貶めた国王と同じ色合いだ。
年配の者であれば記憶にあるだろう。見た目がそれなのに、更に聖者となればまた……
まぁ、私には関係ないか。
そう思ってアリアの方に視線を向ければ、ニヤニヤ笑いながら広げられた手紙を私の足元にパサッと投げ寄越した。
私は気にせずそれを拾い上げて中身を目で追って黙読した。
「……どうやら次代の王様からお呼びがかかっちまったよ。全く、奴らはまた戦争でも始めようってのかねぇ」
アリアは気だるげにソファーの背にもたれて、わざとらしくため息をつく。
「ち、違います! 決してその様な事ではなく、あくまでも軍事強化の為に、アリア殿に助力願いたいのであってっ…」
そんなアリアの言葉を、向かいに座る気弱な青年が慌てるように入ってくる。
確かにアリアは昔、王国の大魔術師として在籍していたと聞いたことがあった。
しかし、あの国を貶めた王の時代に手を引いて俗世から離れたという。アリアはしばらく雲隠れしていたが、その王が無くなってからも国や貴族といった者と関わりを絶っていた。
私の事は貴族とか親戚だとか考えていないのか、魔術の勉強以外は小間使いのように扱われている。
今となってはそれが当たり前のようになり、私も今更貴族社会に戻りたくないので、自分で生活する術を教わる事が出来るのは有り難かった。
「理由なんてどうでもいいよ。私は今この弟子の世話でいっぱいなんだ、他を当たっておくれ」
勝手にだしにされたが、どっちが世話をされてるのかしてるのか……と、愚痴を言いたくなった。
確かに魔術の課題は出されるが、基本的に魔女の家の中にある本を探して調べたり、自ら実験して答えを出させていた。
これならば遠くからでも手紙で課題を出してくれれば問題ないように思うが、そこは黙っておこう。
「そうさねぇ……あと一年は待っておくれよ。この子に基礎を教え終わったら行ってやると次代の王様に言っときな」
アリアの言葉に、青年は目を輝かせて
「ありがとうございます! その様に伝えさせて頂きます」
と、ほっとしていた。
一年か……と、あまりに早い終わりに、私は次はどこに行こうかと少し考えていると、私の近くに人が立っていることに気付いて見上げれば、そこには朱色の瞳を私に合わせるように膝をついた男がいた。
男は人の良さそうな笑みを浮かべて、口を開く。
「初めまして、ワタシはローウェンと言います。ラシュエラ教の聖職者として皆と旅を共にしております。どうぞ宜しく」
紳士的な対応に目を見開いたが、すぐに視線を逸らして「どうも」とだけ言った。
すると気弱そうな青年がソファーから立ち上がり、
「申し遅れた、私はランドールだ。こんななりだし力もあまりないけど一応王族なんだ」
と、自信なさげに言われた。
すると隣に座る美人が夕焼け色の髪を掻きあげながら気だるげに立ち上がり、
「私はディアナ。これでもバルミル侯爵家の出だけど畏まらなくていいから」
ニカッと笑う表情は嫌味のないもので、悪い人では無さそうだと思った。
「じゃあ次は俺な。一応ランドールの警護…つーのをやってる。名はガルム。俺もロダン伯爵家の出だが家とは疎遠でね、フツーに話してくれて構わないぜ」
無表情でそう言った男は頭を掻きながら飄々と話してくれた。
「……どうも、ルルシアです」
と、言ってから軽く会釈した。
「それだけかい? 全く、愛想のない娘だね。ルルシアもシュトレ伯爵家の出なんだよ。人よりも魔術の才があるからって私のとこで見てやってんだよ」
「まさか、あなたがあのルルシア・シュトレなのっ!?」
補足するようにアリアが言うと、ディアナが驚いたように慌てていた。
ディアナは私に近づき、ローウェンを押し退けて私の前に屈み込んで私の顔をじっと見つめた。
「本当だわ。絹のような銀糸の髪と琥珀の瞳……間違いない、シュトレ伯爵の次女ね。でもどうして? あなた確かに15歳のはず……」
「ルルシアの身体は10歳の時に成長を止めたのさ、有り余る魔力を留めるための器としてこの身体のままなのさ」
アリアは勝手に私の話を始めた。
「ずっと溜め込んで、使い道もないまま今も薬作りにしか使わないものだから困ったものさ。かと言って私の為に使ってくれもしないケチな娘でね」
愚痴るアリアを後目に、私はアリアの望む使い道を思い出してため息が溢れた。
アリアは決して良い魔女ではない。勿論すごく悪いかと言われると難しいのだが、すごく人間的なのだろう。
「畑の野菜も促進させて売り物に出来れば金にもなるのにねぇ。もっと孝行して欲しいもんさ」
アリア自らそう言えば、旅人たちはそれに引いた目を向けていた。
大魔術師とはいえアリアは不老不死のある魔女で知識なども豊富な一方、魔力量に関しては平均位しかない。
勿論力量だけで優劣は決まらないが、力量があるだけで出来る幅は沢山広がるものだ。
集中的に使うものほど魔力が必要になる。アリアのいうものは最たるもので、植物や動物を進化させることは魔力が多くなければ出来ないのだ。
「金や銀を見つけたり、宝石を見つけたりでもして欲しいねぇ」
金山や鉱石を見付けることも、それを掘り起こすことも力がいる。
「そのくせ、攻撃の魔術は点で才能がないから、お国の為に志願兵にもなれない。全く、厄介な弟子だよ」
攻撃の魔術については興味がない、何より争いが始まって敵となるのは同じ人間だ。人間に攻撃して死んでしまったらトラウマものだろう。一生負い目を感じながら生きるのはごめんだ。
害獣の熊とか猪ならいなせば良いし、盗賊などなら眠らせてしまえばいい。
アリアも魔術師として国に仕えていた時に人が争うのを助長したくなくて逃げた訳で、実際には攻撃魔術は一切私には教えられていないし、そういう本すらも隠しているようだ。
「……それなら、ワタシたちと旅をしましょうよ」
そう言ったのはローウェンだった。
……あれ? 話し方がちょっと……?
「戦うのはワタシたちに任せて、ルルシアちゃんは回復用のお薬作りを任せればどうかしら? 色んな所に行って色々見て回るのも楽しいわよ!」
女性らしい話し方に驚いていると、ディアナから
「それはいいわ! オネェさんじゃなくて女の子の仲間が欲しかったのよ!」
「あら、ワタシじゃ不満ってこと?」
「不満はないけれど、別で女の子の友達が欲しいの」
「あ、でも仲間に入ってくれるのは有り難いな。僕も生傷耐えないし……痛み止めとか欲しい」
すると、ランドールがモゴモゴ話し始め、近くにいたガルムが「確かにな」と同意していたが、私よりもアリアが慌てて止めに入る。
「お待ちよ! ルルシアはまだ後一年修行させるんだ、あんた達には渡さないよっ」
「ルルシアちゃんはどう? ワタシ達と一緒に来ない?」
ローウェンの言葉に、私は迷うことなく顔を横に振ってから口を開く。
「……申し訳ございません。私はここに居たいので」
そう答えると、旅人たちは残念がっていた。
しかしアリアは、私がそう言うとは思わなかったようで、驚いた顔をしていた。
それから旅人たちは魔女の家に一泊し、朝には旅立って行った。