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「女神様を侮辱する行為になるぞ、伯爵。だが、これはあなたの責任でもないし、奥様の責任でもない。どこの誰と誰が交わろうが、産まれてきた子供に与えられるスキルは、最初から女神様が決めている」
「つまり――」
父は数歩、神官に詰め寄るとそっと質問する。
それは彼らの足元に佇んでいたわたしにも聞こえた。
「妻の不貞が‥‥‥そんな、愚かなことは考えたくない。だが、それはあり得ない、と?」
「その心配はない。あったとしても、生まれた子供が持っているスキルは何も変わらん。彼女の‥‥‥リシェルが産まれた年月日、そして時間、分から秒に至るまで神は把握なさり、そして、スキルをお配りなさる」
「もし、それが誤りだった時。あんたはどうするつもりだ、神官」
不貞、という言葉の意味は分からなかった。
だけれども、父が母を強く疑っていることだけは理解できた。
下から見上げたとき、父の顔には焦りと怒りの二つが混在したから。
どうしてもここでそれを晴らしたい。
この問題を解決できないと困ったことになる。
そう、父の顔色はわたしに教えていた。
「……全部、わたしが悪いのですか。神官様‥‥‥?」
「お前は黙っていろ、リシェル。俺はこれを受け入れることはできんっ!」
「お父様」
その時、一瞬だけ。
父親のことを頼もしいと思ってしまった。
自分を庇ってくれそうだと期待したから。
でも、違った。
「お前の属性をこのまま受け入れたら、我が伯爵家は世間から笑い者にされてしまうのだ。この愚かな娘のせいで、三百年続いた我が家の輝かしい栄光は地に堕ちるんだぞ! お前が生まれてきたせいだ」
「えっ」
「娘にあたるのは良くないぞ、伯爵。お前がこの世に生を与えたその子に憎しみを向けるなど、どうかしている」
「くっ‥‥‥。ならどすればいいんだ、神官。ここにはみんなが集まっている。この地方の貴族の子も多い」
「分かっている。もう噂は広まるだろう」
「打つ手がないではないか!」
お父様の言葉に、わたしを気遣うものなど、なにもなかった。
今まで与えられた優しさはなんだったのか。
娘として可愛い、自慢の子供だと、かけられたあの言葉は、嘘だったのか。
六歳にして、わたしが初めて知ったその感覚。
それは、絶望という恐ろしいものだった。
わたしはおそるおそる、拒絶をしめすその瞳に向かって手を伸ばす。
父親の腰ほどにしか背の無いわたしが伸ばすそれは、父の胸元くらいには届くはずだった。
でも、その手は届かない。
神官によって、そっと握られたからだ。
「打つ手はある」
「なんだとっ?」
「打つ手はある、とそう言ったのだ。落ち着こうではないか、伯爵。この子が魔王になると神託が降りた訳でもない。ただ闇属性のスキルを授かったというだけで、差別することは良くないだろう?」
「……」
父はよく分からん、といった顔をした。
その手で、わたしを押しのけるように、遠ざける。
てっきり抱き寄せられるかと思ったわたしは、また心に一つ、穴が開いたのを感じた。